【小説】しあわせの魔法使いシイナ『風船の花が飛ぶ日』
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綾の住む「央野区」は、普通の街と少し違っています。

街の中央には「魔法学園」があり、街には魔法使いが住んでいます。

 

綾の家にホームステイしているシイナも、そんな魔法使いの一人です。

 

「ふわぁ… ねむ…」大きなあくびをするシイナ。

「もうお昼よ?」呆れ顔の綾。

 

日曜日の昼下がり。

春の陽気がシイナの眠りを誘うようです。

 

「わ、もうそんな時間?」

シイナがあわてて立ち上がります。

 

「行こ!綾ちゃん」シイナの金髪がふわりと揺れます。

「へ? ちょっと、どこへ?」

 

シイナが綾を家の外に誘います。

「早く早く!」

「待って、シイナ」

シイナはずんずん先に歩いて行きます。

 

着いたのは「妖精の丘」。

央野区の中でも、不思議なことがたくさん起こる場所です。

 

「今日は風船の種が飛ぶ日なの」シイナが笑顔で言います。

「風船?」綾が聞き返します。

 

丘をどんどん登って行く二人。

「見て、綾ちゃん!」

 

眼下に広がる風景を見て、綾が声を上げます。

「わぁ…!」

 

丘の上の草原一面を埋め尽くすのは、色とりどりの風船。

 

赤、青、ピンク、黄色、緑、黄緑、紫、橙、ベージュ、灰色、空色、茶色、白、黒、茜色…。

 

「すごい…」目に飛び込む色の数が多すぎて、綾は目が回りそうです。

風が吹くたびに、たくさんの色の風船たちがゆらゆらと揺らめきます。

 

「もうすぐ始まるよ!」シイナが笑顔で言います。

 

すると、赤い風船が一つ、ふわりと空へ浮かびました。

それを合図にするように、空色の風船が一つ、ピンクの風船が一つ、空へ浮かびます。

 

「あっ…!」

風船が次々と空へ飛び立ちました。

 

空の青色がさまざまな色の風船でおおわれていきます。

青いカンバスの上で、色とりどりの丸が思い思いに踊ります。

 

「きれい… 」綾が思わずつぶやきます。

 

「今日は風船の花が一斉に種を飛ばす日なの」

シイナが綾に語りかけます。

 

「飛んで行った風船が、またどこかで根付いて花を咲かせるんだよ」

「素敵だね…」綾は思わずつぶやきました。

 

「また来年も、綾ちゃんと一緒に見たいな」シイナが綾に笑いかけます。

「そうだね…」綾もシイナに笑いかけます。

 

「もっと近くに行ってみようよ、綾ちゃん!」

「うん!」

二人はゆるい坂を下って、風船の花畑へと近づいていきました。

 

ふわり、ふわり

 

目の前で、風船たちが地面から飛びたってゆきます。

 

「おー、すごい」シイナが感心したようにつぶやきます。

 

シイナは、目の前の赤い風船のひもを握ってみました。

すると、赤い風船とともに、シイナはゆっくりと空へ浮かびあがっていきます。

 

「シイナ、浮いてるよ!」

綾は驚いて言いました。

 

「綾ちゃんもおいでよ! 早く早く!」

そう言いながらシイナは、ゆっくりと空へ上がっていきます。

 

 

綾は、あわててまわりを見渡しました。

 

ふわり

 

綾の目の前にあった青い風船が、今まさに地面から飛び立つところでした。

綾は急いで、青い風船のひもをつかまえました。

 

ふわり、ふわり

 

綾の体も、青い風船とともに、地面から離れて空を登っていきます。

シイナと綾の体は、どんどん空高く登っていきます。

たくさんの風船が、空の青色を覆いつくすように浮かんでいます。

 

シイナは右手で風船を持ったまま、左手でひょいひょいと空気をかいて、空気の中を泳ぐように、綾の方へと近づいてきました。

 

「ねえ、あの風船の群れの中に入ってみようよ、綾ちゃん!」

シイナは綾に言いました。

 

「面白そう。 行ってみましょう!」

綾もきれいな風船たちの中に入ってみたくなりました。

 

二人は手で空気をかいて、少しずつ風船の群れへと近づいていきます。

 

風船の群れの中へ入ると、たくさんの色鮮やかな風船がひしめいています。

風船と風船がポン、とぶつかると、それぞれはねかえった方向へ、ゆらりゆらりと動きます。

 

シイナと綾は、玉つきゲームのように、ポン、ポンと押しては、風船の集まりの奥へと入っていきます。

 

まわりの風船たちがゆらゆら揺れます。

太陽の光が透けて、風船の色がシイナと綾の顔や体をさまざまな色で照らします。

 

まるでステンドグラスの窓から差し込む日差しのように、きれいな色がゆらゆらと揺れます。

 

「とってもきれい…」

綾は夢の中にいるような気持ちになりました。

 

シイナは面白がって、風船を指でつんつん、とつついています。

そのときです。

 

ぱぁん!

 

と、大きい音がして、ばらばらと小さな赤いビー玉が降ってきました。

「わっ! なに?」

シイナはびっくりして、音がした方に目をやりました。

 

あちこちで風船が、ぱぁん! ぱぁん! と割れて、中からきれいなビー玉がばらばらと下に落ちていきます。

 

赤い風船からは赤いビー玉、青い風船からは青いビー玉、黄色い風船からは黄色いビー玉。

次々に風船が割れて、色とりどりのビー玉が降り注ぎます。

 

「風船の種の殻が割れて、種を蒔いてるんだ!」

シイナがいいました。

 

そう言っている間にも、どんどん風船が、ぱぁん! ぱぁん! と割れていきます。

ざらざらと滝の水ように、あちこちからキラキラ輝くビー玉が落ちていきます。

 

「シイナ、このままじゃ私たちの風船も割れちゃう!」

綾は心配になって、シイナに聞きました。

 

シイナは慌てて、

「ちょっと待って、えーと、えーと、どうしよう」

きょろきょろとまわりを見たり、ポケットの中をさぐったりしましたが、何も思いつきません。

 

ぱぁん! ぱぁん!

 

とうとう、シイナと綾の風船も割れてしまいました。

 

「わぁー! 落ちるー!!」

シイナが叫びます。

 

綾は怖くて、目をぎゅっと閉じて体をかたく縮こまらせました。

 

二人は地面に向かって、すべるような速さで落ちていきます。

あわや、と思ったそのとき。

 

ぽーん!

 

シイナと綾の体は、地面にいっぱい咲いている、たくさんの風船の花の上ではね返りました。

 

ぼよん、ぼよん、と風船の花の上ではずんだ二人は、無事に地面に降りられました。

二人が落ちてきたはずみで、近くの風船たちはいっせいに空へ舞い上がっていきます。

 

しばらく、ふたりは空に登っていく風船を、ぼーっと見つめました。

 

「ふわぁ、すごくびっくりした」

綾は、まだちょっとどきどきしながら言いました。

 

「いやあ、危ない危ない。 助かってよかったよ」

シイナはのんきな調子で笑いながら言いました。

 

「もう、シイナったら。 ふふふ」

綾は、シイナがひとごとみたいにのんびりしているので、つられて笑ってしまいました。

 

「えへへ」

シイナも一緒に笑います。

 

シイナといると、いつもこんなふうにびっくりすることが起こります。

でも、やっぱり綾は、シイナと一緒にいるのがいちばん楽しいな、と思いました。

 

シイナの魔法は、人をちょっとだけ幸せにする魔法。

魔法学園ではおっちょこちょいな魔法使いのシイナですが、綾にとっては世界を輝かせてくれる、素敵な魔法使いなんです。

 

 

―おしまい―

 

説明
普通の女の子・綾と、魔法使いの女の子・シイナは仲良し同士。
何事もマイペースなシイナを心配して、綾はいつもやきもき。
でも、シイナは綾に笑顔をくれる素敵な魔法使いなんです。
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ファンタジー 魔法使い 

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