『舞い踊る季節の中で』 第127話
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真・恋姫無双 二次創作小説 明命√

『 舞い踊る季節の中で 』 -群雄割拠編-

   第百二十七話 〜 正しき者達の晩餐は、血霞を舞わせる 〜

 

 

(はじめに)

 キャラ崩壊や、セリフ間違いや、設定の違い、誤字脱字があると思いますが、温かい目で読んで下さると助

 かります。

 この話の一刀はチート性能です。 オリキャラがあります。 どうぞよろしくお願いします。

 

北郷一刀:

     姓 :北郷    名 :一刀   字 :なし    真名:なし(敢えて言うなら"一刀")

     武器:鉄扇(二つの鉄扇には、それぞれ"虚空"、"無風"と書かれている) & 普通の扇

       :鋼線(特殊繊維製)と対刃手袋(ただし曹魏との防衛戦で予備の糸を僅かに残して破損)

   習得技術:家事全般、舞踊(裏舞踊含む)、意匠を凝らした服の制作、天使の微笑み(本人は無自覚)

        気配り(乙女心以外)、超鈍感(乙女心に対してのみ)、食医、

        神の手のマッサージ(若い女性は危険です)、メイクアップアーティスト並みの化粧技術、

        

  (今後順次公開)

        

 

 

 

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蒲公英(馬岱)視点:

 

 

しゅしゅっ!

ひゅっん

どささっ!

 

 間合いに入って来た敵兵二人を一息で二突きづつして確実に息の根を止め、そのまま槍を引きながら横に払って敵の矢を纏めて絡め落とす。

 物心つく前から槍術の基本となる、突き、巻き、払いの基本動作を中心に徹底的に叩き込まれてきた武が、蒲公英と((皆|みんな))の命を守ってくれている。

 武術を学び始めて最初の五年は、この三つの技しか教わらなかったし、師である叔母様よりそれ以外の技を鍛錬する事を禁じられてきたけど、今ならその意味は良く分かる。

 戦においての戦闘は、鍛錬や仕合とは全くの別物と言ってもいい。

 取れる行動は制限され、息を継ぐ余裕などある訳も無く、次々変わって行く戦況に視野は自ずと狭くなってしまう。

 そんな状況の中で最も役に立つのは、己が血肉になるまで鍛錬した技。

 単純が故にとっさに出す事が出き、どんな状況であろうとも応用が効かせれる事の出来る技。

 叔母様はその事について何も言わなかった。ただ…。

 

『くだくだ言わずに黙ってやれ。文句があるならワシから一本取ってから言うがよい』

 

 横暴で…、足りない言葉で…、絶対不可能な事を平気で言い放ち。

 蒲公英が其れでも文句を言おうものなら即座に殴られ、その後に鍛錬で散々叩きのめされたのも…。

 そんな単調な鍛錬を課しておきながら、ただ一突きとて惰性で槍を振るう事すら許さない厳しさも…。

 歳の離れたお姉様に、一方的に叩きのめすような鍛錬を強いらせたのも…。

 全ては蒲公英を生き残らせるため。

 皆を、民を、蒲公英の守りたい人達を守らせるため。

 

「肆番隊、伍番隊、何が在っても馬の勢いを殺すなっ!

 敵陣の中を突っっきているんだから、馬の足を遅めた時点で皆纏めて死んじゃうよっ!」

 

 戦場では全てが理不尽だ。

 無茶苦茶な命令。 一方的な状況。 むろん待ち伏せや伏せ討ちは当然の事で、時には騙し討ちに会う事すらある。

 そんな混戦に次ぐ混戦で視野が狭くなり、思考が泥沼に突っ込まれる。

 血と肉と泥で出来た泥沼の中、大人も…、老人も…、子供も…、生まれも育ちも身分すらも関係なく死んでゆく。

 強ければ生き残れるわけでもなく、弱ければ当然生き残れない。

 当たり前だよ。蒲公英達は戦争をしているんだもん。

 相手を殺すために、生き残るために互いに獲物を振るいあっているんだもん。

 殺して殺されてが当たり前、そしてそんな事にすら関係なく死んでゆくのも当たり前。

 そんな理不尽で矛盾だらけなのが((戦|いくさ))なんだもん。

 死んだのは運が無かっただけと言う人はいるけど、それは絶対違う。

 ううん、違わないけど蒲公英は違うと言える。

 蒲公英はね、こう思うんだ。

 必要なのは、どんな理不尽であろうとも生きようとする力だって。

 後はその力で運を掴めれるかだって。

 無理やりにでも引き寄せれるかだって。

 だから蒲公英は生き残る術を学んできた。

 お姉様のような武の才能の無い蒲公英が生き残るには、そうするしかないもん。

 武人の誇りを持ったまま、皆と生き残る術を考えるしかないもん。

 思考が泥沼の中に沈むなら、相手をもっと泥沼に沈めてしまえばいい。

 相手が勢いづくならその勢いを利用してやれば良い。

 強さが強い事であるなら。弱い事もまた、強い事だと思うから。

 挑発も、罠も、油断や隙を誘うのも、生きる強さに違いない。

 皆を守り、傷つけずにすむ強さの一つなんだもん。

 

「後陣に一端引くための隙間は……ないか」

 

 馬の勢いを殺す事なく周りを見回したけど、嫌な感じが抜けない。

 相手の騎馬隊は、お姉様が部隊の指揮から抜けて勢いが落ちたとはいえ、敵部隊は蒲公英達に押され気味で、蒲公英達の優勢に見える。ううん、きっと周りからはそう見えている。

 お姉様が敵将である関羽に足止めを喰らってしまい、関羽の部隊の歩兵達が増えているのにも((拘らず|・・・))。

 最初は部隊を指揮する者がお姉様に足止めを喰らって、右往左往しているからだと思ったんだけど、どうやら足止めを喰らっていたのは蒲公英達なのかも……。

 しかも数は少ないとは言え、新手の部隊の出現。

 相手は水関で姿を消した華雄さん。……そして月さん。

 再び会えるだなんて思わなかった。

 しかもまた敵味方に分かれてだなんて思ってもいなかった。

 その華雄さんが向かった先は………。

 

「西涼隊は次の一当で一度後退するっ!

 お姉様の事は今は心配するなっ!」

 

 迷いは一瞬で終わらせ、仲間に新たな指示を、唇の端を咬み千切るようにして飛ばす。

 足の速い騎馬においては戦況の変化もそれに合わせて早く、一々深く考えていては状況に追いつけなくなってしまう。

 騎馬における戦術においては、決断が正解だろうが間違いだろうが即決即断が要。

 距離を置けば相手にも余裕を与えてしまう事になるけど、相手の思惑に乗るのはもっと危険。

 思惑と言うのは乗せる物であって、乗る物じゃない。

 少なくとも蒲公英の腕程度ではそれは危険だもん。

 蒲公英一人だけならともかく、一族の運命が掛かっている以上そんな危険な橋は乗れない。

 お姉様の心配は言葉通りしない。

 だってお姉様だもん。

 相手の将である関羽は、蒲公英ではとても敵わないような相手だけど、お姉様だって負けていない。

 ただでさえ強いお姉様が愛馬である((紫燕|しえん))に乗っているんだもん。きっと今頃関羽は人馬一体と言われる西涼の馬術に舌を巻いている頃に決まっている。

 そんなお姉様を心配するだなんて、叔母様なら蒲公英には十年早いと言うと思う。

 幾ら心配で仕方ないとは言え、それは個人の感情で将としての判断は別。

 紫燕に乗ったお姉様は、叔母様を抜かせば誰より強い。

 うん、これは絶対。だから今はお姉様の力を信じて…。

 蒲公英を信じてくれたお姉様を信じて…。

 

「でぇえぇぇぇぇぇーいっ!」

 

 敵陣形を無理やり切り開く。

 敵の歩兵隊の槍を掻い潜り。切り払い。

 地面へと転んだ歩兵を、馬の体重で踏み潰しながら、なおも馬を駆けさせる。

 ごめんね。後で綺麗に洗ってあげるから。

 蒲公英の手に付いた血はもう汚れすぎて落とせないけど、貴方の血は綺麗に落としてあげるから。

 そう心の中で…、蒲公英を乗せて一緒に戦場を駆けてくれてる相棒に謝りながら、背中の鬣を片手で優しくさすりながら馬を駆けさせる。

 きっと蒲公英について来てくれている部隊の皆も同じ想いだと思う。

 だから今は駆けて、今を生き残るために、皆を守るために。

 蒲公英と一緒に生きて帰ろう。

 

 

 

 

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焔耶(魏延)視点:

 

どごんっ!!

 

 地を揺らす振動が確かに足元を襲う。

 空気を震わせる音が、弱気になった一般兵の心を押し潰す。

 なにより双頭の大金棒である鈍砕骨を握った手どころか、腕そのものに走った痺れが振るわれた一撃の凄さを教えてくれる。

 

「ほう、我が金剛瀑斧の剛撃をよく受け止めた」

「はっ!今のが剛撃だって?

 気の抜けた一撃の間違えじゃないのか?」

 

 身近な銀髪を僅かに風に揺らしながらも巨大な戦斧を振るった董卓軍の敵将に、不敵にも笑みを浮かべて軽口で持って返して見せる。

 相手を馬鹿にする気など毛頭ない。彼女の強さは今の一撃で十二分にワタシに伝わってきた。

 共に超重量級の獲物を一般兵の持つ槍以上に軽々と扱いながらも、少しもその重さに取られる事も無く、むしろその重ささえ己が味方にした攻撃。

 それが真面にぶつかり合ってなお、姿勢を僅かに崩すどころか、それさえも次の動作への足掛かりにし、今なお次の一撃を今か今かと待たんばかりに、攻撃の溜めを作り上げていた。

 ワタシが分かったように、相手も今の一撃で理解できたのだろう。

 腕力も速度もほぼ互角の上、互いに手にしているのは超重量級の獲物。

 だからこその溜めなのだろう。

 相手より強い一撃を放つために…。

 相手の攻撃をものともしない攻撃を放つために…。

 相手を防御ごと叩き潰すために…。

 ならばその選択は当然。

 

「ふっ、行くぞっ」

 

 相手の逡巡はほんの一瞬。

 短な言葉と共に、その顔に獰猛とも言える笑みを浮かべ踏み込んでくる。

 踏み込んだ脚と共に溜めた力を巨大な戦斧に乗せた一撃が、空気を引き裂きながらワタシに襲い掛かってくるが、その攻撃に私は正面から挑むために、ワタシも手にした鈍砕骨を握り直し迎撃に向かう。

 今度こそ相手の戦斧ごと叩き潰してくれる。

 

ぎぎぃいーーーん!

「くっ…! こなくそっ」

がぃーーーんっ!

「はははっ、良い攻撃だ。受けた手が痺れたぞ」

 

 重く、金属が悲鳴を上げる固く嫌な音が辺りに響き渡る。

 攻撃を受け止め、そしてその受け止めた力をそのまま攻撃に乗せる。

 攻撃をしては受け止められ、受け止められては相手の攻撃に備えて構える。

 その繰り返しに腕の筋肉が今まで以上に盛り上がる。

 足の筋肉が相手の攻撃に悲鳴を上げる。

 だがそれは一瞬の事。

 筋肉を固くしたままでは速さは失われ、相手の攻撃について行けなくなる。

 ただそれが断続的に連続して繰り返されているだけだ。

 

がぎんっ!

どごんっ!

 

 何度も…。

 何度も…。

 己が獲物を相手の獲物叩きつける。

 攻撃が弾かれ獲物が地面を叩きつける。

 互いに己が力の限りをぶつけ合う。

 不用意にワタシ達に近づいた一般兵達が空を舞って行く。

 相手に踏み込む以外には足を動かす事無く、互いの息が顔にかかる距離でで足を止めての打ち合いにも拘らず、互いの獲物は相手の身体に届かない。

 

ごんっ!

だがんっ!

 

 息が荒くなろうとも…。

 身体のあちこちが軋み悲鳴を上げようとも…。

 そんな事は少しも気にならない。

 むしろ相手を上回ろうと…、今の自分を上回ろうと力が湧き上がる。

 拮抗する力に、自分の全力を叩き込める相手の存在に身体の奥から熱くなる。

 あまりにも激しいワタシ達の戦闘に周りは静まり始める。

 自分の存在意義を天に示すかのように、己が力の全てを相手にぶつける。

 だが、そんな攻防も突然止む。

 相手の攻撃が止んでしまう。

 

「どうした。今更怖気づいたかっ!」

 

 獲物を構えたまま、一歩引いた相手に私は言葉をぶつける。

 此処まで身体と魂を高ぶらせておきながら、自ら一歩引いた相手に怒りをぶつける。

 だが、相手はそんなワタシに対して獰猛で不敵な笑みを浮かべてみせる。

 相手の喉笛を咬み千切ろうと狙う瞳の奥に、強い何かを潜めながら口を開く。

 

「我が名は華雄。名を聞いておこうか」

「魏延。それが貴様の命を奪った者の名だ」

「はっはっはっはっ、面白い事を言う。

 だが、そう言うのは嫌いではないな」

 

 華雄は戦場で声を上げて笑って見せる。

 気を抜くのでもなく、ワタシや周りに意識を向けたまま自然に笑って見せた。

 まっすぐと、言葉通りに己が信じる力のままに笑って見せた。

 だが、それは相手を侮どること。隙を見せようが見せまいが己が力を過信する事。

 そんな浮ついた心を持つ相手に負けはしない。

 いいや、私を信じて一緒に戦っている者達のためにも負けられない。

 我が手に握っているは鈍砕骨だけではないからだ。

 

どん!

 

 今まで以上の踏込む音が地面から響き鳴る。

 一瞬で相手の内側へと踏み込んだ勢いと共に、己が体重と共に乗せた攻撃が今度こそ華雄を襲う

 右手首を、腕を、膝を、片を、腰を、脚を捻り鈍砕骨に今出せる私の全ての力を乗せる。

 踏み込みと共に左脇をしっかり締めた攻撃は、今までの私の攻撃の比では無い。

 戦場でべらべらとくっちゃべる余裕が貴様の敗因だ。

 今度こそ鈍砕骨が相手の身体を捉える。

 皮膚を、肉を、骨を、血管を、全てを叩き潰す。

 

ぢぃーーーーんっ!

 

 ……はずだった。

 

「なっ…に…」

 

 まっすぐと地面に突き立てた戦斧が、我が渾身の一撃をがっしりと受け止めきる。

 ……いや、戦斧と共に左腕と身体全体を使って受け止めたため、攻撃の衝撃は受け止めきれず華雄の身体を襲ったはず。少なくとも手応えからして、左腕の骨が折れるかヒビが入っているはず。

 だと言うのにも拘らず華雄はその顔に笑みを浮かべながら。

 

「さっきも言ったが良い攻撃だ。己が肩と背に掛かっているモノの意味を良く理解している者の一撃。

 だが、それだけの事。まだまだ自分に酔っているだけの軽い攻撃でしかないな」

「何をっ! ならばもう一撃」

「いいや、今度は私の番だ」

 

 相手の言葉に一瞬気圧されてしまう。

 いいや。そんな物に気圧されるワタシではない。

 気圧されたのは相手の瞳。

 此方の喉笛を狙う猛獣の瞳の奥に秘めた何かに、ワタシは確かに気圧された。

 その一瞬の隙を、この相手が見逃すはずも無く相手は獲物を構える。

 負傷した左腕など関係ないとばかりに、両手でもって大きく横に振りかぶる。

 だが、その行動は相手にとっても大きな隙。

 それだけの隙が在れば、ワタシが立ち直る時間には十二分すぎる。

 相手の攻撃に備える事を含めても十分と言える。

 腰をしっかりと落とし、鈍砕骨を内側に引き寄せ受けの構えを作り終える

 今度は私が攻撃を受けきって見せよう。

 相手の渾身の一撃を真正面から受けきり、相手の自信を粉砕してくれよう。

 極限まで集中しているせいか、相手の動きがゆっくりと動いて見える。

 まるで相手の筋の動きまで見える様な錯覚の中、戦斧が切り裂く空気の渦が確かに視認できる。

 

ずどんっっ!!

 

 その中で華雄の踏込む足音と共に、地面が縦横無尽にヒビ割れるのが見えた。

 地面の上げる悲鳴が、かつて無い程辺りに響き渡る。

 だが、……それさえも次の瞬間に打ち消される。

 

ぎゃぎぃぃぃーーーーーーーーーーんっ!

 

 鍛え上げられ、一般兵では数人がかりでも持てない程に巨大な鉄の塊だったそれは…。

 断末魔の如き嫌な悲鳴の音を上げながら一瞬で砕かれ。

 巨大だったそれは拳以下の幾つもの小さな塊となり、陽光を受けて反射しながら地面へと舞い落ちてゆく。

 まるで悪夢かのように、美しくも冷たい光景がゆっくりと目に映る。

 それが何を意味しているか理解していて尚、………理性がそれを拒絶してしまう。

 幾人もの敵兵士を……、名のある将を……、巨大な岩さえも粉砕しきる鈍砕骨が折られるのではなく、文字通り粉微塵に砕かれたなどと……。

 とはいえ、それも一瞬の事。

 瞬き二つを数えない程度の身近な時間。次の瞬間にはワタシは地を蹴り跳び離れる。

 ……退くためでは無く戦うために。

 

ごっ!

「…っ!」

 

 だが、それで十分だったのだろう。

 彼女の持つ戦斧の石突が、私の腹部へと突き刺さる。

 その重さと鋭さに、息を吐き出す事も出来ず。腹部を襲った衝撃が背中へと突き抜け。どうしようもない虚脱感が全身を襲う。

 

どさっ

 

 膝をつく音が他人事のように聞こえる。

 視界に霞が掛かるなか、それでもワタシは歯を食い縛り相手を睨みつける。

 最早勝敗は誰の眼にも明らか。

 それでも私は諦める事無く、もはや力の入らぬ手足の代わりに殺気を込めて相手を睨みつける。

 負けたのは私の力が足りなかっただけの事で、自業自得と言える。

 だが、それで終わらせる訳にはいかない。

 私を信じてついて来てくれた兵士達のためにも、彼等が生き残る道は切り開かねばならない。

 ほんの一瞬であろうとも、部隊を率いる敵将をこの場に引き留めねばならない。

 それが将としての最後の役目。

 

「ふん。強く、真っ直ぐな瞳だ。

 浴びせられる殺気さえ、心地良く感じる」

「な、なにをっ・!」

 

 華雄の言葉に怒鳴り返そうとするが、怒鳴り返す自由さえ今の私の躰には残されていない。

 咽込みそうになるのを無理やり飲み込む。代わりに湧き上る怒りが視界の霞を追い払う。

 それでも揺れる視界の中で、飛び掛かるための力を掻き集めながら睨みつけた華雄の姿は、不敵な笑みを浮かべたまま此方を見ようともせず。

 

「おい何をしている。お前等の将だろう。そいつを連れて部隊ごと退がれ」

「なっ!」

「「えっ? い、いいんですか?」」

「ふん。我が主の命は『戦って勝て』だ。なら、もはや貴様ら相手に用は無い。

 気が変わらぬうちにとっとと連れて行け」

「く、くっ、くのっ…げごっ、ごほっ」

「ぎ、魏延様。お待ちください。 さ、早く私の肩を、お前は反対側の肩を」

「ああっ」

「くそ、お前ら離せっ…ごほっ…」

 

 武人としてあるまじき扱いに、華雄に向かって飛び掛かろうとするワタシを配下の兵が数人掛かりで飛び掛かって止める。

 言う事の効かないワタシの身体を、無理やり引きずって退ろうとする私達を。

 

「まて、忘れていた事が在った」

「今更ワタシの頚が欲しくなったか」

「私より弱い奴の頚などいるか」

「くっ!」

「次は勝つと思っているなら何度やっても同じだ。今の貴様と私では決定的に違うものがある」

「なにぃ!」

「貴様には何かを成さんとする何かを感じん。

 自分ではなく、周りの誰かのためではなく、もっと大きな何かのために何かを成さんとする意思をな。

「そんな訳の分からないもの貴様には在るのかっ」

 

 あまりにも抽象的な言葉に、ワタシは((咽|むせ))るのも構わずに語気を荒げて返すが、彼女は…、華雄は巨大な戦斧を己が肩に軽く引っかけながら、くっくっくっと笑って見せる。

 何をくだらぬ事を問いかけるかと。

 

「私はあの方の見る夢を見たいだけだ。

 優しいが故に悲しい決意をするあの方の作る世の中を見たいだけ。

 民のために本当の涙を見せる事の出来るあの方なら、笑って酒が飲める世の中を作ってくださる。

 皆が安心して明日を迎えれるように、明日を夢見て眠れる世の中をな」

 

 それは誰もが夢見て得いる事。

 だか世の中其れを目指さない王がいない訳では無い。

 国と民の平穏を祈る王がいないほどこの世の中は腐ってはいない。

 

「確かに、平和を願うだけの王など幾らでもいるがあの方は違う。

 そのために何を成さば良いかを考え、そして動かれる。

 それに信じられるか?

 汚名を着る事を恐れず。

 他人に騙される事を恐れず。

 自分が間違っていた時は遠慮なく叱って欲しいと、配下の将に頭を下げて頼む王を。

 遜るでも媚びるでもなく。ただ自分の進む道を歩むために、真っ直ぐと臣下や民と向かい合う王の姿を」

「……」

「それだけだ。行け。

 真の主のいない貴様を斬った所で酒の肴にすらならん」

「………」

 

 華雄の言葉に、言い草に何も言えなかった。

 彼女が正しいと言う訳では無い。

 かと言って間違いを言っている訳でもない。

 ……ただ、羨ましかっただけなのかもしれない。

 そして……。

 

『焔耶よ覚えておけ。 あれは想念でもって動く兵士の目だ。

 死を受け入れた死兵ではなく。命を賭してでもなにかを成さんとする者の目よ。

 ああ言う目をした者は強い。そして実力以上に怖いものだ』

 

 桔梗様の、…師の言葉が正しかった事を我が身を持って知らされただけ。

 

「魏延様、今は我慢くださいませ」

「そうです。悔しくとも今は生き残る事を考える時です」

 

 私の両肩を抱き上げながら戦場を後退しながら駆ける部下の言葉が、両の耳から聞こえる。

 鈍砕骨は砕かれたため、この手に無くとも、戦場で疲弊した体には私を抱えて駆けるのも辛いのだろう。

 荒い息がワタシの短い髪を僅かに揺らして肌に掛かるが、不快は感じない。

 戦場で敗れたこの私を、命の危険を顧みずに担いで駆けてくれるのだ。感謝こそすれ恨む事など考えられない。

 何故なら、ワタシは生きているからだ。

 もし恨むとしたら、自分の力の無さ、そして不甲斐なさだ。

 ……なんにしろ理由はどうあれ、相手の都合であろうとも、生きているのならば負けではない。

 桔梗様ではないが、こう言うのも負け戦を楽しむと言うのかもしれない。

 勝っていては得れぬものを、生きて得てみせる。

 こうして生き残った仲間達と掴み取ってみせる。

 本当の力を……。

 将としての本当の力を……。

 ……いつか必ず。

 

 

 

 取りあえずは此奴らと守るためにもな。

 

 

 

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蒲公英(馬岱)視点:

 

 

 

きんっ!

ぎんっ!

しゅっ!

 

 態勢を立て直すために後退を掛け始めたと言うのに、敵から突き出される槍は一向に止まない。

 兵と兵の隙間から時折射掛けられる矢は減らない。

 どうして? そう思うも思考が瞬時に戦況を分析し理解する。

 答えは簡単、互いに騎馬隊を旋回させながら、一撃離脱し合っていた敵部隊が少しづつ歩兵部隊へと入れ替わっていたから。

 混戦に次ぐ混戦で狭まって行く視野を利用して…。

 自分達が優位に立っていると言う心理を目くらましにして…。

 地味に少しづつ少しづつ。……犠牲すらも利用しながら。

 そして、入れ替わった敵の騎馬隊は…。

 

「はぁ…、やっと追いついた」

 

 いつの間にか蒲公英達と並走していた。

 並走? 敵陣を突っ切って疲弊した蒲公英達と同じな訳ないじゃない。

 そんな甘い考えは死を招くだけ。幾ら西涼の騎馬が鍛えられているからと言って、騎馬自身に体力や力が在ると言っても大きく差がある訳じゃないもん。

 違うのは友として家族として野山を共に駆け。風と共にこの天地を共に生きる。ただそれだけの事。

 関羽の連れてきた歩兵部隊を楯に敢えて薄い所を作り、其処を道と成した敵の騎馬隊は蒲公英達より体力に余裕があるはず。

 でも…。

 

「そんな息も上がった状態で言われても、止めを((刺され|・・・))に来たとしか聞こえないよっ。でぃっ」

「ぐぅっ」

 

 一息に七突きを騎馬を率いる敵将に放つ。

 蒲公英の手に握る片鎌槍(影閃)は、例え突きを寸前で躱したとしても片刃が相手の喉笛と横腹を引き裂く。

 だけど目の前の公孫賛は、騎乗の武器に向かない剣の扱いやすさと速さを活かして、白い鎧に刃先を掠らせながらも全てを叩き弾く。

 流石は、蒲公英の前に堂々と姿を見せてきただけはある。と言う事かな。

 でも、それが精一杯だと言う事も同時に理解できる。

 此奴は蒲公英より遥かに弱い。でも油断なんてしてあげない。

 だって此奴はそれでもお姉様や蒲公英達と渡り合った相手だもん。

 いくら騎馬の数は互角と言ってもこの兵数差で、真面にぶつかる事なくこの局面に持ち込んだ相手。

 そうは見えなくても軍を率いる能力((だけ|・・))なら蒲公英達と同等と見た方が良い。

 ……もっとも逆を言えば、それだけの事なんだけどね。

 

「みんな、この壁を破れば蒲公英達の勝ち、壁にならない壁なんて一気に潰しちゃうよっ!」

「「「応っ!」」」

 

 武将としては普通か、やや上程度の実力。

 叔母様とお姉様に鍛えられた西涼の騎馬隊を止めるには、役不足だって教えてあげる。

 そうして見せねば、この先この地で生きて行けない。

 知らない土地で生きると言う事はそう言う事。

 其処に住む人達を黙らせるだけの力を蒲公英達は持っていない。

 ならば恭順するか、蒲公英達が利用する価値があると思わせなければいけないんだもん。

 だから((普通|・・))程度の将が率いる隊なんて、まともにぶつかれば歯牙にもかけないって思わせなければいけないだもん。

 

「でぃでぃ!」

「っ!うっ!」

 

 相手の手に持つ獲物は騎馬戦には向かない剣。

 幾ら振るう切っ先は速くとも、相手に届かなければ意味は無い。

 その速さを活かして受けに回ろうとも、そんなものは振るう槍の重さと威力で叩き潰しちゃえば良いだけの事。

 手首を、肘を、肩を、そして腰に貯めた力を捻りながら解放する。

 螺旋を描くように放った力は影閃を横に回転させながら、まっすぐと公孫賛の胸元へと突き入れる。

 公孫賛の元へと突き進む蒲公英の回転する槍は、片鎌槍と言う形状の為、その穂先を僅かにブレさせるため、その穂先を正確に捉えるのは不可能に近い。

 槍を弾こうものなら、回転する槍の威力の前に逆に弾かれるだけ。

 剣の腹で受けたとしても、込められた槍の威力の重さの前に何の意味も持たないだけの威力を内包するその一撃は蒲公英の奥の手の一つ。

 

ぎぃやりっ!!

「…えっ?」

 

 なのに蒲公英の一撃はかろうじて受け止められる。

 蒲公英の槍の威力を殺しきれず上体を浮かせながらも、確かにその手にした剣の腹で蒲公英の一撃を受け止めきった。

 

「ふぅ…。あぶなかった」

 

 冷や汗をびっしょりとかきながら安堵の息を放つ公孫賛とは反対に、騎馬は主の危機を察して僅かに距離を取っているけど、それでも主の意志を汲んで離れすぎずに蒲公英と対峙できる距離を保つ。

 そんな己が馬を信じるかのように、公孫賛は手綱を腕に引っかける事さえ止めて両手で剣を持ち蒲公英の一撃に備える。

 

「今の蒲公英の一撃を受けきれるだなんて、よっぽど良い剣なんだね。殺す前に銘を聞かせてくれると嬉しいかな」

「ははっ、銘は『((普通の剣|・・・・))』さ。

 まぁ((私達|・・))を守ってくれる良い剣には違いないけどな」

 

 苦笑を浮かべながらも、己が手にする相棒を信じてた瞳で蒲公英の問い掛けに応えずにそう答えてくる。

 本当に答えを期待したわけじゃないからいいけど、所詮は蒲公英の一撃が防がれた事に対する驚きから立ち上がるための時間稼ぎにしか過ぎないもん。

 おかげできちんと理解できた。 蒲公英の一撃を防がれたのは公孫賛の腕と言うより剣のおかげ。 普通の剣だなんて巫山戯た事を言っていたけど、名剣である事は間違いない。

 でもその名剣も使い手が普通程度の武しか持たないんじゃ宝の持ち腐れ。

 さっきの一撃の感触から、目の前の相手の武では、あれ以上の威力のある一撃には耐えられずに剣は折れると分かった。

 

「はいはいはいはいっ!」

「…くっ。…うぅっ!」

 

 なら簡単な事。先程の以上の威力を持たせれば良いだけの事。

 きっと相手も蒲公英がそう来ると読んでるだろうけど、そんなの蒲公英だって分かってる。

 だから油断なく虚実を混ぜながらの一撃。

 目の前の相手ではその虚実で終わってしまう可能性もあるけど、それならそれだけの事。

 

「ほらほらどうしたの? 全然蒲公英の攻撃を防ぎきれてないじゃない」

「だ、だまれ、これからだなんだよっ」

 

 公孫賛は虚勢を張りながらも、蒲公英の一撃をギリギリで防いでいるけど、蒲公英の槍の速さと重さの前に、次第に動作が大きくなり姿勢が崩れて行く。

 苦悶の声を僅かに発しながらも、歯を食い縛り蒲公英の攻撃に堪え続ける。

 互いに騎馬を操りながら、兵士達が周りで殺し合いを続ける。

 それでも蒲公英と公孫賛は、兵達に指示を飛ばしながら互いに剣と槍を振るい続ける。

 軍と言う群れの弱まった箇所を…。

 突き崩し、守り打倒すために…。

 

「これぐらいで息が上がり始めるだなんて、鍛錬が足りない証拠だね」

「……はぁはぁはぁ…」

 

 そんな中、蒲公英と公孫賛は戦い続ける。

 連続して繰り出される剣戟の音。

 鎧に蒲公英の槍の穂先が掠れる音。

 そして何かを引き裂く音。

 ……でも、それももうおしまい。

 

「あれ、もう喋れる元気も無くなっちゃった?」

「……はぁ…はぁ…はぁ……だまれよ……」

 

 蒲公英の槍を必死に防いでいる向こうで、何かを狙い続ける瞳をけっして止めない公孫賛は、息も絶え絶えになりながらも蒲公英の挑発に乗ってくる。

 そんな如何にも何かを狙っていますと丸分かりな瞳じゃ、蒲公英は倒せないよ。

 蒲公英は油断なんてしてあげない。

 戦場じゃ幾ら強い武を持とうとも、油断したらあっという間に殺られちゃうもの。

 そして将である蒲公英が殺られると言う事は、蒲公英達を信じてついて来てくれる人達を死に追いやると言う事。

 力を無くし利用価値の無くなった西涼の民に残されるのは、過酷な生活。

 それが分かっているから、こんな所で油断なんてできる訳ない。

 だからもっと蒲公英の挑発に乗りなさい。

 蒲公英の攻撃を必死に防いで視野狭窄に陥るの。

 本当はこういう戦い方は嫌いだけど、選り好みなんてしていられない。

 蒲公英達は何が何でも、生き残らなくちゃならないんだから。

 

「ぐぅっ! しまっ!」

 

 幾ら蒲公英の攻撃をなんとか防いでいても、そもそもの地力が違う以上限界は簡単に訪れる。

 ましてや狭まった視界では尚更の事。

 蒲公英の槍を処理しきれずに剣を大きく弾かれ、騎乗で姿勢を完全に崩した公孫賛に蒲公英は先程以上の溜め威力でもって一撃を放つ。

 

「でぇぇぇーーーーいっ!」

 

 蒲公英の一撃を何とか防ごうと、必死に剣を握る手を引き戻すけど、例え間にあった所でそんな崩れた姿勢で防げれる程この一撃は軽くない。 その時は今度こそ、その剣ごど貴女の身体を砕くだけの事。

 

どすっ

「へっ?」

 

 突然と消える白蓮の身体に蒲公英は、間抜けな声を発してしまう。

 あろうことか公孫賛は蒲公英の一撃を躱すために、密集する戦場だと言うのにも拘らず。馬ごとその身体を地面に横たわらせる。

 確かにそう言う技術はあるし、馬と息の合った者ならこのまま馬に蹴り足を出させる事も出来る。

 でも間違ってもこんな騎馬が密集した状態で出す技なんかじゃない。

 だって敵所か、味方に踏み潰されかねない危険な行為でしかないもん。

 そんなあまりにも無謀な行為で、蒲公英の一撃を交わした公孫賛に驚く隙を見せた蒲公英に、幾つもの長槍が突きだされてくる。

 まるでこうなる事が分かっていたかのように、機を逃さない鋭い攻撃。

 息の合った攻撃は一つとなったかのように、空気を切り裂く音すら一つへと重なる。

 

しゅっ!

 

 ―――でも、それですら蒲公英達からしたら何の変哲もない凡庸の一撃達。

 当たり前と言えば当たり前の事。だって所詮は一般兵の放つ一撃だもん。

 そして幾ら隙を見せたからと言っても、そんな一撃を貰うほどの大きな隙を蒲公英は見せない。

 なにより音が一つと言う事は、槍を放つ呼吸が少しもズラされていないと言う事。

 つまり…。

 

「あまいよっ!」

 

 愛槍である影閃を文字通り一閃。

 何本もの槍では無く、一つの大きな何かと捉えてしまえば、それで事は要してしまう。

 打ち降ろし気味に目の前で回転させた蒲公英の槍は、一般兵の持つ長槍の先を悉く切り払ってやる。

 穂先を失った槍はタダの棒切れでしかない。

 そんな棒切れと化した長槍が、何本か敵兵の手を離れ地面へと落ちる。

 蒲公英達のような将と力の差の前に絶望したのか、それとも今程度の払いにすら衝撃を殺せなかったのかは知らない。

でも相手の絶望を、戦意を逸らした隙を蒲公英は逃さない。

 殺さずに済むならそれにこした事は無いけど、殺せる時は殺すのが戦場での理。

 おそらく公孫賛の窮地を救おうとしたんだけど、今見せた程度の隙で蒲公英を殺れると思ったアンタ達が悪いんだからね。

 無駄に殺したくはない。

 でも仕方ないじゃない。

 それが戦争なんだから。

 仕掛けてきたのはアンタ達なんだからね。

 そう心の中で悲鳴を上げながら突き出した蒲公英の槍は…。

 

がっ!

「へっ!?」

 

 今度こそ蒲公英は本当に驚愕する。

 蒲公英が繰り出した槍を…。

 無謀にも向って来た敵兵の命を刈り取らんとした槍を…。

 下から上へと弾かれる。

 いや押し上げられた。

 白いなにかによって。

 

「…はぁはぁ、悪いが部下達を殺らせはしない」

 

 己が身に着けた白い鎧の背中部分でもって蒲公英の槍を押し上げながら、再び馬を起こした公孫賛が蒲公英と敵兵達の間に割り込む。

 実際には自ら地面へと寝転がせた馬を再び立ち上がらせただけど。その流れがあまりにも滑らかに見えて、そう感じてしまった。 その事でほんの一瞬だけど確かに心を乱されてしまった。

 

「な、なにを・」

「でぇぇぇえーーーーーーいっ!」

 

 そしていつの間にか手にしていた棍が、蒲公英が取り乱した一瞬を逃さずに襲い掛かる。

 いったい何時の間に獲物を?

 あっ! さっき蒲公英が打ち払った敵兵の槍。

 己が上から落ちてきた槍の残骸を、棒切れではなく棍として手にした。

 槍の残骸として役に立たないものとして見た者。

 残骸すらも得物として掴みとる者。

 ほんの些細な差。

 だけどそれは果てしなく大きな差。

 それを蒲公英は思い知らされた。

 力を持たないが故に、持つ者より積んだ多くの経験が…。

 力が無い故に、それを補うために試行錯誤の繰り返しが…。

 なにより、なにかを成さんとする強い意志の差が…。

 

がっ!

「うぐぁっ!」

 

 公孫賛の手にした棍は、下から掬い上げるように蒲公英の身体を捉えた。

 蒲公英の武器を持つ手を掻い潜り脇の下に入れられた棍は、そのまま蒲公英の身体を馬から引っぺがし、衝撃と痛みと共に空高く舞い上げる。

 だけどそれは一瞬の事で、人は空を飛べやしない。

 そんな事は小さな子供ですら知っている常識とも呼べない道理。

 空を飛べるのは鳥か龍ぐらいなもの。それ以外と言ったら妖しか仙人、後は天に住まう者ぐらいだ。

 だから蒲公英の身体を襲う浮遊感は無くなり、代わりに地面へと落ちはじめる落下感が体を襲う。

 落ちながら素早く状況を確認する。

 右手には……影閃を手放さずにしっかりと握っている。

 戦場で得物を手放すと言う事は死ぬと言う事。

 叔母様やお姉様に泣こうが喚こうが、嫌と言う程地面に叩きのめされるまで鍛えられただけあったかな。

 ……でも左肩と左の肋骨が逝ってるみたいだから、生憎と無理してもすぐには動かせそうもない。

 打ち上げられる前は確か周りには敵味方共に混戦状態だったよね、地面に落ちたらヤバイかな。

 余程運がよくない限り、馬に踏み潰されちゃうよね。

 人間の体など馬に踏まれれば、ただの血袋に過ぎなく。踏まれればまず助からない。

 蒲公英なら着地と共にすぐに飛び上れば回避できる自信はあるけど、それは五体満足の場合の話で、………生憎と今は無理そう。

 蒲公英、このまま死んじゃうのかな?

 せめてお姉様や皆が、心から笑って暮らせるようになるのを見てからにしたかったな。

 お姉様の前に素敵な人が現れて、自分の気持ちが訳が分からなくなって可愛くワタワタする姿を見たかったな。

 ……ああ、でも何かに夢中になり過ぎて、お手洗いに行く事も忘れちゃう癖を直さない限り、当分彼氏さんだなんて無理かな?

 だってお姉様の事だもん。いつか大失敗して彼氏さんの前で洩らしかねないもん。

 あはははっ、さすがにそれはないかな。

 幾らなんでもお姉様の歳でお漏らしだなんて………うん、とりあえずこんなこと考えてただなんてバレたら、後でどんな目に遭わせられるか分からないから、蒲公英の心の内にしまっておこうと。

 もっとも、あの世まで持っていくことになりそうだけどね。せめて……。

 

「顔は踏まれずにすみますように」

どさっ

 

 思ったより軽い衝撃に…。

 その前に蒲公英の背中を襲った感触に…。

 なにより馴染んだお尻の感触に…。

 

「……ぁ」

 

 無言に声を上げてしまう。

 お尻の下に感じる温かさと柔らかさ。

 例え目を瞑っていたって分かる。

 赤ん坊頃から馴染んだ馬の背の感覚を間違えようはずもない。

 

 ……分かる。

 

 蒲公英は助かったのだと。

 地面に落ち敵味方の騎馬に踏まれる事なく。

 空高く舞いあがらせられた蒲公英は馬の背に落ち助かったのだと。

 ………そして。

 

「この状況がどう言う事なのかは西涼の民なら分かるだろ?

 だから無駄な抵抗は止めてくれ」

 

 …背中から。

 …上から降り注がれる言葉。

 緊張を残したまま、安堵の息を吐き。

 そこから心を平常へと…、冷静に保たんとする息遣いが背中越しに感じる。

 喉元近くに寄せられた冷たい剣の煌めきが、ただ蒲公英の命を救っただけで、状況は最悪だと教えてくれる。

 傍から見たら、蒲公英を前に公孫賛が同じ馬に乗っているだけに見えるこの状況。

 だけど騎馬と言うものを知っている者なら、誰だって知っている。

 これがどんな抵抗をしようが無駄な体勢である事を。

 足元の踏ん張りも無く。

 腰で踏ん張ろうにも、剣が喉元近くにあるため前屈みになる事も出来ず。

 背中は公孫賛自身の身体でもって抑えられ。

 なにより馬が誰を味方すればよいのかをよく知っている。

 でも、例え蒲公英の動きを封じたって意味なんてない。

 

「無駄だよ。わたしを押さえたって部隊は降伏したりしない。

 だってこの部隊の本当の将はお姉様だもん。 残念だったね」

 

 そう、これがこの地が西涼の地でなら、蒲公英を捕らえる事にも意味はあったと思う。

 でもこの地は西涼ではなく、益州へと流れてきた蒲公英達はこの地で生き残るためにも、幾らお姉様の従妹とは言え蒲公英一人の命に拘る訳にはいかない。

 それはお姉様が一番分かっている。例え皆が蒲公英を救うと言っても、お姉様は蒲公英を見捨てる決断をしなければいけない。

 蒲公英を本当の妹のように可愛がってくれたお姉様だからこそ、一族を率いる者としてその答えを覆す事は許されないんだもん。

 だから蒲公英のする事はただ一つ。

 お姉様にそんな決断をさせちゃいけないと言う事。

 皆に、一歩を突き進ませる事。

 蒲公英の命に構わずに一度退くのだと。

 蒲公英の命を糧に戦況を立て直す機会にするのだと。

 皆が笑って暮らせる日をその手に掴むために。

 

「すぅ〜」

 

 息を大きく吸い込む。

 覚悟はもうできている。

 例え此処で喉笛を割かれようとも関係ない。

 最後の最後まで口にしてやる。

 それが蒲公英が仲間のために出来る最後の仕事。

 

「みんなお姉様に合流し・」

「聞いてくれぇっ!西涼の騎馬の民よっ!馬を友とする我が同胞よっ!」

 

 だけど蒲公英の言葉に打ち消す様に大きな声が、背中から繰り広げられる。

 蒲公英に隙を見せると言うと言うのに構わずに、喉が割けんばかりに周りに…、天へと叫ぶ。 この戦場の地にいる皆に聞こえよと言わんばかりに。

 

「私は公孫賛。嘗て白馬長子と呼ばれた。

 袁紹に攻め込まれ故郷を離れざる得なくなり、今は仲間と共にこの陣営に身を置いている。

 だから分かるんだお前達の気持ちが。

 今を、これからを、家族と仲間がこの地で生きるために、死に向かう気持ちがっ。

 例え東西の違いはあれど同じ北方の民。そして馬を友とする民なんだ。分からない訳が無いだろうっ。

 だから矛を収めてくれ。私は同胞とは本当の意味で殺り合いたくはないだっ」

 

 

 

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桔梗(厳顔)視点:

 

 

 

 聞こえてくる。

 流れ込んでくる。

 鳴り止まない剣戟の鳴らす旋律の中。

 怒声と断末魔、そして怨嗟の合唱が支配する空間に。

 生と死が支配する戦場中に届かすには凡庸な言葉が……。

 戦の最中に舌戦を仕掛けたにしては、下手とは言えないが褒めるほど巧くは無い言葉が……。

 有り触れた言葉で、ただ必死さが伝わってくるだけの言葉で。

 ただ、まっすぐと心の底からの言葉だと分かる声音。

 それだけに伝わるモノがあると言う泥臭さ。

 

「ふっ」

 

 それでも、つい口元に笑みが浮かんでしまう。

 今、戦場中に響き渡ら戦と流れ出ている言葉は、天性在る者の言葉に比べたら掻き消えてしまう程に凡庸。

 だが幾ら才在る者の言葉が眩しくとも、人を納得させようとも、それは偽りの作られた言葉。

 そして人は大地の上に立つ者、泥臭い方が馴染むのは当然の事。

 土の匂いに安堵と懐かしさを覚えるのは道理と言えよう。

 青く茂った草原を撫で行く風を心地よく感じる事に何の抵抗が在ろうか。

 なるほど、平凡故に、……いやだからこそ伝わるモノが在ると言うものか。

 この歳になって、随分と面白いものが見れたものだ。

 ならば……。

 

「はぁぁぁぁぁーーーっ!」

どんっ!どんっ!

どんっ!どんっ!

 

 息を吐き出すと共に、続けて轟天砲を水平に撃ち放つ。

 圧縮した"氣"を鉄筒内で爆発させたことで打ちだされた鉄杭は、的となった敵兵の腹に大きな穴を穿ち、更に後ろの兵士達に襲い掛かり、前にいた兵士と同じ運命を迎えさせ、更なる犠牲者に向かい飛んで行く。

 我ながら惨い最後だとは思うが、それが戦と言うもの。

 それに戦であろうとも一人一人相手をして殺してやるのがせめてもの礼儀だと思う。

 だが人の上に立つ将となればそう言う訳にはいかない事もあるし、今はその時と言えよう。

 敵を一気に打ち払う攻撃と引き換えに込めた"氣"の量に加え。連続して撃ちだす事で更に大量の"氣"を失う事になるが、此れくらいですぐにどうにかなるような生半可な鍛え方も生き方もしておらぬが、強引に作り出した僅かな時間で、あらためて周りを見回し戦況を分析しなおす。

 そこまでしなければならない程に戦況は苛烈していた。

 あの紫苑が認める相手だ。倍近い数の利が在ろうとも苦戦する事は分かってはいたが、まさかここまで余力を残していたとはな。

 いや、……この戦力差でそんな余裕など、どこを探そうともあるわけがない。

 ならば答えは一つ、血と命を燃やして絞り出したのだろう。

 そしてそれを分かっていてなおも冷徹に軍を動かす将に、その命と流れた血を欠片も無駄にせぬためにも、更に冷徹に策を張り巡らせ続ける軍師。………それは冷酷で冷淡と言うよりも、むしろ優しいからこそなのかもしれぬ。

 

「想念の成せる技か……、それとも劉備がそれほどの者と言う事か」

 

 ……ふっ、弟子である焔耶に教えておきながら、自分が身をもって体験する事になろうとはな。

 それでも、肝心の戦況は我等が有利に見える。

 幾ら優秀な将や軍師が付こうとも、何もない平原での数の利はそうそう覆せるものではない。

 もっとも連れてきた兵士達が此処まで疲弊していなければ、それも一概に言えはしなかっただろうな。それ程の気概と強さを敵将達から感じられる。

 

「だが……」

 

 焔耶は新手の敵にやられたようだが、どうやら生き延びてはいるようじゃな。

 翠は敵の将と一騎打ちに巻き込まれ、押してはいるようだが抜け出せずにいるのが実情。

 馬岱は………アヤツも焔耶と同様半人前とは言え、将としてそれなりの覚悟はしてはおろう。

 そして、幾ら戦況で押していようとも、副官も無しにワシ一人でこの数の兵士を率いるのは流石に無茶と言える。

 軍の率いる者がいなければ、否、率いる軍勢を仕切れるだけの能力が無ければその軍はただの烏合の塊と化してしまう。

 やれやれ、こうなると主だった副官達が法正達の命で此処を離れざるえなかった事が悔やまれてしょうがないが、状況がととなわないのもまた戦。……今回はそれを防ぐ事のでき何だワシの力量が足りなんだ証と言えよう。

 

「ふぅ……」

 

 ならばワシ等の都合に翠達までを巻き込むわけにはいかぬな。

 アヤツ等はまだ若い。この国と共に運命を共に死ぬには、あまりにも縁が浅すぎる。

 せめてもう半年、共にする時間が在れば、この苦境も共に乗り越えられたかもしれなかったが、そうならばそもそもこの状況自体が生まれなかったであろう。

 まったく世の中上手く行かぬと分かっていたつもりだったのだがな。これも天命と言う事…………ですかな劉璋様。

 

「誰かあるっ!」

「はっ」

「張仁、おえは軍を後退させぃ。これ以上の戦は無意味である」

「…えっ!?」

 

 突然の私の呼びかけに、声が届いたのか周りの兵士達も困惑の声を上げる。

 勝っているように見える戦を前に、いきなりの敗北宣言に等しい言葉を発した私の言葉に戸惑いと驚きの表情を露わにする。それは敵軍の兵士も同様、何かの策かと警戒する者もおるが、そのような事など戦人の誇りに賭けてもするはずもない。

 私の事をよく知る自陣の兵士は、私の命と真剣な眼に戸惑いながらも何度も唾を嚥下しながら、私の言葉を呑み込む。

 それで良い。最早決着の見えた戦で無駄に死者を出す必要はない。

 もしこれ以上死者を出す必要があるとするならば……。

 

「今は勝っているように見えてはいても、最早この戦に勝機は無い。退くがよい」

「そ、そんなっ……。いえ分かりました。 ……して厳顔様は…?」

「ふん、しれた事。

 此れよりワシは修羅道に入る。 兵達までそれに付き合う必要はない。 これはワシが好きでやっている事だからな」

「……厳顔様」

「これがワシの最後の((命|めい))だ。 生き残れっ。そして明日を生きろっ。 けっして無駄に死なんようにせいっ」

「……了解いたしました。厳顔様、どうか御武運をっ!」

「応さっ!」

 

 部下の言葉に応えるように地面を一気に蹴る。

 背中越しに聞こえる後退の指示の声に、ワシを少しでも安心して逝かそうとする部下達の心意気が嬉しくなる。それが背中を押してくれる。脚をより早く駆けさせてくれる。

 

「はぁぁぁぁぁっーーーっ!!」

どんっ!どんっ!どんっ!

どんっ!どんっ!どんっ!

 

 疾走しながらの連射に、其処等中に砂煙とともに血煙が空を舞う。

 込めた"氣"には少しも力加減をする事はなく、今においての全力の攻撃。

 後先を考える必要が無い故に出来る派手な所業。

 そして先程以上に"氣"が一気に消耗するのを、身体に掛かる重さと軽い眩暈でもって感じながらも、敵軍に及ぼす被害は僅か。

 運の悪かった者達が轟天砲の餌食となり吹き飛ばされ、その命を落としただけの事。

 轟天砲の放った鉄杭は地面を深く抉りながら空を駆け。最後には地面に大穴を空けて力尽きる。

 外したわけではない。

 躱されたわけでもない。

 轟天砲が放った鉄杭は狙い違わずにその目的は達したのだ。

 そこへ戦中に何度も見かけた青い髪の将達が二股の槍を片手に、その槍から延びる飾り紐を((空|ちゅう))に舞わせながら、ワシの前にその姿を現す。

 

「ほう、砂埃を高く舞い上げて何を企む」

「あわわ、星さん。この人はもう・」

「雛里は下がっておれっ。此処はまだ危険だ。

 ……それに分かっておる。この者の目を見た時からな」

 

 戦を平穏に終わらせるのには必要なものがある。

 この先奴等が生き残るには不要なものがある。

 それは歳をとっただけの軍を率いし将と言う名の老兵の命。

 紫苑ほど頭を柔らかくできなんだが故に、道を違えた馬鹿者の魂。

 それに、せめて兵達を無事に逃す時間稼ぎをせねば、劉璋様への義理は果たせぬ。

 

「なに、邪魔者が入らぬ様にしたまでの事。

 将としての誉も名も捨て、ただ勝つためだけに兵を動かし邁進し続けたお主等を討つためにな」

 

 そう、部隊の先頭に立ち。己が磨き上げた武でもって兵達を鼓舞し、己と己が率いる部隊の活躍によって戦を勝利へと導く。それが将としての華であり誉であり、何より誇り。

 だがこの者達は違う。 ……いや違わぬだろうな。少なくとも槍を携えた短い髪の方はな。

 それでも成したのだ。 己が功名を捨て、只管に他の部隊との連携をし続ける。

 此方の攻め気を逸らし、惑わせ、虚に嵌める事を貫き通し、軍を文字通り群と化した。

 まさに平原での戦の理想の一つを具現して見せたのだ。………この疲弊した軍でな。

 むろんこの二人だけで出来るものではなく、多くの信頼のおける仲間や才ある軍師がいて初めてなせる業と言えよう。

 ………だが、それは箸の先で掴んだ針の穴に、同じように箸で掴んだ糸を通すようなもの。しかも指先すら見えぬ暗闇の中でな。 そう言えるほどの事を劉備軍はやって見せたのだ。

 そしてその要に居たのがこの二人の率いる部隊だとワシは睨んだ。

 

「なるほど、流石は紫苑殿が信を置くだけの事はある。

 この趙雲と鳳統が率いる部隊を、我が軍最強と見抜くとはな。

 ちなみに部隊で一番の華でもあるがな。おっと、どちらが一番かは言わぬが花と言うものゆえに聞いてくださるなよ」

「ふむ。どちらも散らすには惜しい華である事には違いないな」

「あ、あわわっ」

 

 ふふっ、やはりな。

 左右に長い青い髪を垂らした童女とは違い、此方は睨んだ通り生来は派手好きのようだ。……見た目通りにな。

 ……だが、それとは裏腹に槍を斜め下に構える立ち姿は…、地に置く脚の重心の取り方…、指先一つに至るまで、武に身を置く者なら美しい思えるほどの物を身につけるには、延々と永久と思えるほどの地味で退屈とも言える鍛錬の繰返しのみがなせる業。

 なるほど……な。あれ程のことを成せれる訳だ。

 

「だが、華と言うならば此方も負けはせぬぞ」

 

 これで戦況が覆る訳では無い。

 目の前の将達を討とうとも、おそらく何も変わらぬ。

 だがそれでも、ただ終わらせる訳にはいかない。

 時間稼ぎにしかならぬと分かっていようとも、ワシは此の負け戦を楽しむ事にしたのだ。

 将としても、武人としてもな。それがこれまでこの手に掛けてきた者達への手向けと言うもの。

 ならばこそ咲かせてみせる。

 語り草になるほどの花を。

 徒花と言う名の大輪をな。

 

「ならば付き合うのが武人としての礼儀と言うもの」

 

 どこか世の中を斜めから見たような雰囲気をまといながらも、まっすぐと鋭い眼差しを向ける。

 其処にはワシに確実に勝てると言う驕りもなく。

 敵軍を率いる将の頸を獲って見せると言う欲もなく。

 負けるかもしれないと理解しつつも、必ず勝つと言う気迫が在る。

 将としてではなく武人として。…いいや、人として此の娘はワシの目の前に出てきたのだ。

 ……最初からな。

 

 そう判断する理由は至極簡単な事。

 如何にワシが優れた武人であろうとも、所詮は単騎。

 雑兵では相手にならないとはいえ、体力気力共に有限。

 何時かは尽き果てるのを待てばよい。

 ましてやワシの相手になるほどの武将が居れば、なおさら選択肢は増える。

 もしこれが極普通のまっとうの将ならば、とる手段は三つ。

 ワシが力尽きるのを待ってから討つ。

 配下の兵と力を合わせて、一気にワシを叩く。

 そして最悪なのが、一切相手にしない事。

 戦局がほぼついた今、ワシを適当にあしらいながら、後極の憂いを断つ意味で、逃げる兵団を討つのが戦術として当然の判断。

 

 それでもこうして配下の兵を下がらせてワシの前に一騎で立つのは……優しい娘だからであろう。

 ワシの真意を汲み取り、言葉通り戦人の礼儀として己が命を危険に晒しているのだ。

 これだけ厳しい戦いをしてきてなお戦いに酔う事無く。人の心を…、武人としての心を重んじる優しさと強さを同居させる娘。

 ……それが目の前に立つ。

 ふふふっ、天も最後の最後に粋な計らいをしてくれたものだ。

 

「あらためて名乗ろう。ワシの名は厳顔。この討伐軍を率いし将。

 だがワシを弓兵と侮るな。侮ったならば、その瞬間に我が矢がその身体を穿っていると思うがよい」

「侮る? 貴公ほどの将を前に随分と出来の悪い冗談と言だ。

 そして名乗られたならば私も改めて名乗り返そう。劉備軍第三師団長、趙雲。

 数字に意味も興味もないが、第三位と侮ってくれるとありがたい」

 

 はっ、それこそ質の悪い冗談だ。

 冗談のような口調と態度ともにあるのは口にした言葉とは真逆の意、一瞬たりとも気を緩めるなと言っているのだ。

 歴戦の将であるワシを前にして不遜ともとれるその言葉に、自然と口元が笑みの形を浮かび上がらせてしまう。

 ワシや翠と同等かそれ以上の実力を持つ武将と矛を重ねれることに……。

 血と泥と怨嗟の声に塗れた戦場の中にあって、なおも輝きを保たんとする者と出会えたことに……。

 ワシの最後の戦差の相手が、このような娘達であったことに……。

 そうか、……なら想い残すことはあっても悔いはない。

 

「来るがよい」

 

 思いを心の片隅に浮かび上がらせながらも、己が発した言葉とは反対にワシは地を蹴り疾走する。

 堅い地面が幾百幾千もの兵士達の具足によって踏み荒らされた地面は土を僅かに舞わせ、ワシの駆ける後を追いかけてくる。

 近接戦闘用の矛を先端に付けているとはいえ、轟天砲の武器の種別は弓。 しかも超重量級の武器に属し、槍として使うには御世辞ににも適しているとは言い難い形状と重さ。

 そんな得物を愛用とするワシが、自ら近接戦闘を仕掛けるなど正気の沙汰ではない。

 ……そしてだからこそ有効な一手。

 正面から相手の武を打ち破るのが武ならば、相手の裏を掻いて撃ち破るのもまた武。

 武人だからこそ……、こんな刻だからこそ……、己が一番信じられる戦い方で、ワシなら弓で勝負すると想いこむもの。

 

「ふっ」

 

 ……だが目の前の娘は欠片も思っておらず。むしろその目はワシの行動を当然と受け止めていた。

 だからこそ相対するに値すると。

 娘の瞳に宿る光と想いとこの展開を当然と読み受け入れたのは見事と言えよう。

 だが、ワシの轟天砲を近接戦闘では鈍重な矛と、奇をてらった攻撃だと思ったのならこれで終わりじゃ。

 鈍重さ………言い返れば重さにはこういう使い方もある。

 轟天砲の握りでは無く奇怪な形状の轟天砲の重心を支えるためおいた、重心のやや先に添えていた手の先に力を入れ、握り手を一気に下げる事で超重量級の重さは逆に先端の矛を速さへと変え、超重量級の獲物とは思えぬ……いや、一級の槍の速さでもって目も前の娘に下から襲い掛かる。

 

ぎぃっ!

……ほう。

 

 冷や汗をかきながらもその表情に不遜な笑みを浮かべながら、身体を僅かに持ち上がったもののワシの一撃を受け止めきった娘……いや趙雲にワシは心の中で感嘆する。

 その若さで正面から正々堂々と裏を掻く戦いを識っているその事に。

 勢いと若さと才能に任せて走って来た者では、決して受けきれ無い攻撃を見切って見せた事に。

 

「くぅ……重い一撃。手が痺れましたぞ」

「ふん、あれだけ芯を捕らえて受け止めておいてよく言う。だがよく受け止めたと誉めてやろう」

「世辞の言葉などは私の攻撃を受けてからいただきましょう」

 

 ワシの想いは確かに受け取った。ならば次は己の番だと言わんばかりに轟天砲の切っ先を受け止めていた趙雲の槍が、攻撃のために僅かに引いた瞬間。

 

「はぁぁーーーーーーっ!」

 

 丹田でもって最速で"氣"を練り上げる。

 警戒されるのを防ぐために必要以上に"氣"を集めていなかった分全身から"氣"を掻き集める。

 城壁に穴を穿つほどの威力は今は不要。

 必要なのは速さ。人一人分を跡形も無く吹き飛ばす分だけで十分に事足りる。

 それは時間にして、ほんの刹那の事。

 我ながら無理と言えるほどの"氣"の練りが祟って視界が暗くなるが、その甲斐あって趙雲は槍を引き戻しおえ、ワシの狙いに気がついたのか後ろへと跳びすざろうとするが…。

 遅いわっ! それにこれだけの至近距離での一撃において、もはや狙いなど不要っ!

 

「ちぃっ!」

 

 趙雲。お主のその優しき心意気には賞賛もするし尊敬もしよう。

 だがだが戦場では甘いっ!

 ワシの狙いは最初からこっちだ。

 趙雲の舌打ちの声を聞きながら、構わずに轟天砲内に送った"氣"を一気に爆発させる。

 

どんっ!

 

 極限までに集中しているせいか、轟天砲の声がよく聞こえる。

 轟天砲の"氣"室内に送られ"たワシの氣"が、ワシの意志に呼応して触媒石内に圧縮して溜めこまれた"氣"が爆発的に解放され、厚い鋼で包まねば堪えられない程の威力は、轟天砲内の鉄杭を凄まじい威力と速さへと変え標的へと向かう。

 

くんっ

ぎゃりっ!

 

 だがワシの必殺の一撃は虚しく地面を抉り、轟天号の刃先は地面へと首を垂れる。

 轟天砲が鉄杭を噴出すその瞬間。趙雲がとっさに回転させた槍で弾くためでは無く、その飾り紐に轟天砲を絡め獲られせるため。後ろに逃げるように跳んで見せたのはこの為かっ!

 しかも轟天砲の矛先が趙雲から逸れた瞬間に、何処からともなく飛んできた矛が轟天砲の矛先を地面へと叩きつけるように弾いた。

 いったいどこから? それよりなにより、今のは矛が飛んでくるより後に風切り音が聞こえた。

 達人の放つ矢ならともかく矛でそのような真似をするとは。

 しかも目の前で地面に突き刺さる矛は一尺八寸もあるような長大矛。

 その波打つよう矛先は……。

 

「やれやれ。一応聞いておくが鈴々、一騎打ちに邪魔立てをするとは何のつもりだ?」

 

 まるで酒でも飲まんかと言わんばかりの気安い口調で背中の方に問い掛ける趙雲だが、それとは裏腹にその瞳にはくだらぬ理由なら許さんと浮かべている。………心の底から怒って((くれている|・・・・・))のだ此の娘は……。

 一騎打ちに横槍を入れられた事ではなく、武人として最後の戦いに挑もうとするワシの最後の願いを邪魔立てした事に……。

 そして怒声では無く問いかけと言う形を取っているのは、それだけ相手を信頼しているからこそなのだろう。 だからこそ、帰って来た言葉に目を丸くする。

 

「星は間違っていないのだ。 でも、そんなのは違うのだ!」

 

 胸を張って。

 自信満々に。

 子供の言い訳のような言葉で。

 

「鈴々は難しい事は良く分からないけど、でも絶対にこんなの違うのだっ!」

 

 己が信じる正義を全力でぶつけてくる。

 童女のような真っ平らな胸を大きく張って。

 まっすぐな瞳で、力いっぱいの想いと言葉を。

 

「其処の……えーと、えーと名前なんだったかな。

 まあいいや。とにかくオバちゃんもこんなの絶対に間違えてるのだっ!」

 

……ぴきりっ

 

 ぶつけられた瞬間に戦場だと言うのにも拘らず、ワシは不用意に己の身体が固まるのが分かる。

 だがそれは目の前の趙雲も同じであったのだろう。致命的な隙を見せたワシに攻撃する事すら出来ずに、何やら嫌な汗を顔中から滝のように垂れ流している。

 視界を見回せば、どうやらワシを中心に時でも止まったかのように兵士達が固まっているのが分かる。

 まるで風すらも止まったかのようにな。

 だが今はそんな事はどうでも良い。ああ、全然かまわぬ。

 今、あの童女は何と言った?

 このワシに向かって何と言った?

 

ぎちっ

 

 轟天砲が悲鳴を上げるかのように音に視線をやれば、まるでワシの心に反応してか、薄暗い紫色の靄を吐き出しながら輝きを放っていた。

 どうやら轟天砲内の"氣"室が限界まで満たされ、なおも溢れる"氣"が轟天砲全体を強化するように包んでいるようだがまあ良い。

 何故こうなったか知らぬが丁度良いわ。

 そんな事より今は、あの童女の事だったな。

 

 ………ああ、そうだ。思い出したぞ。

 確かこう言ったのだったな……。

 

 

 

-6ページ-

 

 

 

「誰が婆々じゃっ!

 ワシは貴様のような小便臭い小娘に、婆々呼ばわれるされるほど歳をとっておらぬわっ!」

「ぴぃぃっ! ご、ごめんなのだ」

 

 

 

-7ページ-

愛紗(関羽)視点:

 

きんっ

だっ

がっ

 

 右肩への突き。それを弾いたところに石突き側での横払いを受け止めるのを見からかって、馬体をぶつけて体を崩しにかかってくる。

 そこへ……。

 

しゅっ

がんっ!

 

 上半身の体重を乗せた一撃が左肩に打ち下ろされる。

 

「へぇ、今のをよく凌いだじゃないか」

「ふん、あれくらいの事など造作もない。 それともまさかあれが本気の攻撃とか言わぬであろう」

「はっ、額所か顔中を汗でびっしょり濡らしながら言っても説得力ないぜ。はぁぁぁっぁぁっ!」

 

 激しい攻防を繰り広げる中に繰り出される言葉の後、再び馬超の猛攻が私を襲う。

 馬上による戦いは明らかに馬超の方が上。

 さすが馬の民と言われるだけあって、馬の扱い方は言うに及ばず、一撃一撃に己の力だけではなく馬の体重移動をも乗せてくる。

 その上さっきの一撃も、十字槍の形状と馬超の膂力を生かした攻撃。僅かでもこちらが受け止め損ねれば、横に張り出した穂先が私の体に喰い込んでいた。

 しかも此処に来て、兵の数の差を埋めるために戦開始後からずっと戦場を走り回ざるえなかったツケが回ってきたのか、身体が重くて動きについてこようとしないのを、気力でもって無理やり動かしているのが実情。

 

しゅしゅっ

ききんっ

 

 まったく桃香様と出会って以降、無茶な戦いには事欠かぬが今回の戦いは無茶が過ぎる。

 もっとも無茶だとは思っていても無理とは思っておらぬがな。

 現にこうして体力を疲弊してなおも、馬超を相手に戦っていれている。

 無謀とも言える戦況の中で、皆が必死になって未来を手繰り寄せれている。

 皆が真に一つと成っているからこそ、違う場で戦っていようとも、こうして互いに助け合えれている。

 そしてだからこそ、馬超の槍に焦りが見えはじめている。

 先程聞こえてきた白蓮殿の声に……、その意味する所に馬超が気がついてから、彼女の眼の色が一気に変わった。必死に感情を抑え込もうとする瞳に。

 今は将として、一族を率いる者として成すべき時を成さないといけない時だと、重く硬い瞳でもって吹き上がる感情を力ずくで抑えつけようとする瞳に……。

 ……それが馬超本来の能力を封殺している事に気がつかずにな。

 

「はぁぁぁぁーーーっ!」

「ふんっ」

 

 振り抜きざまに石突で突き込む勢いを利用して肘打ちによる追撃。そして……頭突きか。

 相手の動きに合わせるのではなく、相手の癖と思考に合わせる。

 なおかつ反射的な動きに警戒しながらも惑わされない。

 難しい事だが、それが北郷殿との手合わせから得た私なりの答えで、まだ身に付き切っていないが、逆に馬超ほどの相手ならばできない事はない。

 相手が近しい実力を持つからこそ、今の私でもできる芸当。

 ああ、私はまだまだ未熟だ。

 私はまだまだ強く成れる事にこうして気づかされる。

 仲間達と一緒に歩むためなら……。

 子供たちの笑顔のためなら……。

 民の平凡な日々のためなら……。

 皆が私を強くしてくれる事に…。

 その為なら幾らでも強くなって見せよう。

 どんな苦境でも背負えるほどに。

 絶望的な困難すら皆と乗り越えて見せよう。

 その後に待っている護りたい者達の笑顔のために。

 

「そこっ!」

「なにっ!? くっ!」

 

 ほんの毛先程の違い。

 隙と取るにはあまりにも小さく一瞬の出来事。

 だが私を倒し斬れぬ焦りが生んだ隙。

 いいや、皆が必死になって作り出してくれた隙を、軍神たろうとする私が見逃したりしてはならない。

 僅かに腰の入りきっていない一撃は、ほんの刹那分だけ槍の穂先の伸びが鈍った所に、私の偃月刀が馬超の槍を弾かずに馬超の槍の絵を滑らせ、馬超の手元と脇腹を襲う。

 だがそこは馬超、とっさに槍を立てて私の偃月刀を防ぐが、焦りが焦りを生んで注意力が必要以上に偃月刀に傾く。

 更に生まれた隙を私が見逃す訳も無く。槍から力を抜いてやる事で、私の偃月刀の力を弾こうとしていた馬超の膂力を空回りあっせて姿勢を崩させる。

 其処までやっても生まれる隙はほんの一瞬で、馬超ほどの実力の持ち主なら一瞬きもあれば埋める事の出来るほどの小さなもの。

 だが、……それで十分。

 軍神たろうとするならば、皆の作り出してくれたこの隙を生かす事が出来なくて何のための軍神かっ!

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーっ!」

 

 疲弊した身体の重みを気合いの声と共に吹き飛ばし、体中から力と気力を掻き集めて己が内に爆発させ偃月刀を先程とは逆方向から横に払う。

 己が体重を乗せ、上手く行ったか分からないが馬の体重もその一撃に乗せ。

 なにより皆の想いを乗せて偃月刀を振るった一撃は……。

 

がぎっぎっぎっぎっぎぃぃっ!!

「ぐっぐっぐっぐぅぅーーーー!!」

 

 馬超の槍に受け止められるが構わずに、気合いと共に振り抜いて見せる。

 

ずざざざざーーーーーっ。

 

 無理やり体中から振り絞った力の反動で、肩が大きく息をしようとするが、それすらも意志の力で無理やり抑えてみせる。

 今の一撃でも((決着|・・))はつかなかったが、疲れなど……、疲弊している姿など決して相手に見せられない。

 持ち慣れたはずの偃月刀が、今は酷く重く感じるが其れを軽々と、悠々と肩に担いで構えてみせる。

 まだまだこんなものではないと。

 

「あたしも力には自身が在る方だが、まさか馬ごと((空|ちゅう))を舞わされるとは思わなかったぜ。相棒が((紫燕|しえん))じゃなかったら今のはヤバかったかもな。 残念だったな」

 

 ……やはりな。

 流石に今の一撃がそれなりに堪えたのか馬超の方も疲弊しているのか、多少ふらついているが五体満足な事に変わりはない。

 ……だが、

 

「いや終わりだ。槍を引くがよい」

「なっ! どういう意味だよそりゃ! あたしはまだ・」

「お主とお主の隊は確かに負けてはおらぬであろう。

 だがあれを見るがよい、お主の軍の本体である厳顔殿の部隊が、厳顔殿を残して部隊を引き始めている。この意味が分からぬ訳ではあるまい?

 数ではまだ勝っていようとも、すでにこの戦の勝敗はついた。

 兵を纏めるべき将を欠き、一つに成りきれていない軍など各個撃破される的でしかない」

 

 私等に言われなくても、心の中では分かっているのだろう。

 馬超はその瞳に怒りと殺気を浮かばせて私を睨みつけるも、歯を喰いしばって現状の把握と事態の打開策を模索している。

 彼女もまた真の将となろうとしている。

 仲間が生き残るために死に物狂いに考えている。

 己の生より、己が守りたい者達のために今を必死に戦っているのだ。

 

「……確かにもう勝敗はついたかもしれない。

 槍を引くなら見逃してくれるっているあんたの気持ちも嬉しい。

 だけど、此処であたしがあっさり引いたら、あたしは……いいや((あたし達)|・・・))は大切なものを失ってしまう気がするんだ。

 ただ生きるだけなら、犬や猫のようにただ生きるだけなら、あたし等西涼の民は此処には居ない」

 

 馬超の心の悲鳴が聞こえる。

 守るべき者達のために勝つ事の出来なかった悔しさが……。

 仲間を白蓮殿に囚われ。それを見捨てる覚悟をしなければいけない悲しみが……。

 なにより自分を信じてついて来てくれる者達の想いに、応えきれない自分の無力さへの怒りと情けなさが…。

 

「この地に流れてきたあたし達の事を本気で心配してくれた人がいるんだ。

 上役に煙たがれると分かっていてなおも、何の関係もないあたし達の力になろうとしてくれた人がいるんだ。

 なによりこんな情けないあたしでも本気で叱ってくれる人がいるんだ。

 あたしは母様からよく馬鹿で阿呆と言われていたしその自覚もあるけど、それでもそんな人を見殺しなんて真似は絶対やっちゃいけないって分かるつもりだ」

 

 ああそうなのだろうな。

 紫苑殿が信頼する相手だ。厳顔殿が一角の人物には違いないと分かってはいた。

 そしてたった今本気で矛を交えた相手がこうして言うんだ。その事に疑いなど持つはずもない。

 だからこそ分かる。彼女は本気だ。

 少なくても命を引き替えにしても厳顔殿を助けようとするだろう。

 そして厳顔殿の置かれた状況からして厳顔殿の気持ちも分かる。

 せめてこの国とあまり関係の無い馬超達を、この国の負け戦に巻き込みたくないのだと。

 互いが互いを思いやっているからこその決断。

 どちらも正しく、どちらが間違っている等、私には分からない。

 だが、だからこそ信じられるものがある。

 信じられる者がいる。

 

『鈴々は難しい事は良く分からないけど、でも絶対にこんなの違うのだっ!』

 

 幼き頃より聞きなれた声を風が砂埃と共に運んでくる。

 いつも元気いっぱいで私の後をついてまわっていた可愛い義妹。

 我儘で、食欲魔人で、考えなしの行動をして問題を起こしてばかりだが、それはまだ幼いが故に仕方なき事。 それでも武の才能は私より上のはずなのにそれを活かせず。何時までも子供子供した所が抜けずに、いつも私に叱られてばかりの記憶だが、それでも私の想いでの中の義妹はいつも笑っていた。

 義妹は私以上に理解していたのだ。

 本当に大切な事を。

 己がまっすぐ歩むのに必要な心を。

 

「そうか、ならば賭けて見せぬか?」

「あたしがアンタに勝ったら厳顔を見逃してくれるとでも言うつもりか。

 あんたを疑うつもりじゃないが、もうそう言う問題じゃないって事くらいあたしにだって分かるぜ」

 

 ああ、戦の責任を取るかとらないかの問題ならば、そのような事などけっして言えるものではない。

 そして、そう思っているからこそ価値が在る提案だと言えよう。

 元々我等は厳顔殿を味方に引き入れんためにこの街まで来たのだ。

 ならば賭けの対象は決まっている。

 

「我が義妹が厳顔殿を説得できた時は、お主等西涼の民も我等に降るがよい。

 厳顔殿さえ助かれば、元々この国には其処までの義理はあるまい?

 むろん公孫賛殿が捉えたお主の仲間の無事も約束しよう」

 

 そう戦だからと言って、一騎打ちだからと言って決着など付ける必要などないのだ。

 武人としてはどうかと言うわれるかもしれないが、それで被害が少なく済むのなら、悲しむ者が少なく済むのならそれで構わない。

 軍神を目指すのならば己が功名より、守るべき者達の想い。

 戦で得た功名など、所詮はそのための道具でしかない。

 だから鈴々が厳顔殿を説得できなかった時はただ捉えられてくれればよいのだと。

 この国での戦が決着が付くまで紫苑殿の街で幽閉させてもらうだけの事だと。己が矛に掛けて約束しようと馬超に告げるのだが………。

 う〜ん、思いっきり眉をしかめられてしまった。

 た、たしかに逆の立場だったら思いっきり疑っていただろ。と言うか罠だと決めつけていたかもしれない。

 朱里や雛里ならもっと相手の信を得れる言葉を思いつくだろうが、今、傍にいないものはいっても仕方なき事。

 せめて星がいれば、何時ものようにのらりくらりと相手を陥れ…じゃなくて、相手を言いくるめる事くらい出来るのだろうが、愚直な私では正直にぶつかる事しかできない。

 どう言ったら、この状況で私の言葉を信じてもらえるだろうかと頭を捻っていると。

 

「そんな賭けに、いったい何の得が在るんだ?

 此処まで勝負がついたんだそんな面倒な事などせずに、殺してしまえば済む話だろう」

 

 ああ、そうか。

 馬超の『殺してしまえば済む』と言う言葉に己が心がはっきりする。

 私はただ惜しいと思っただけだ。

 この心優しき娘と、ただ敵対すると言うだけで命を奪う事が。

 皆のための将にならんと必死になる此の娘と紫苑が信じる厳顔の命を奪わねばならない事が。

 なにより、この者達とならきっと桃香様の良き力になってくれるはず。

 力を合わせる事が出来たのならば、より多くの民に笑顔を取り戻させることができるはずだと。

 それをこんな所で費やしたくないだけなのだと。

 ……甘く。

 ……夢の如き戯言。

……だけど、必要だと思える願い。

 ならば私に出来る事など唯一つ。

 

「なに、幻想してしまっただけだ。

 私の王である桃香様の夢は、民全てに笑顔が溢れさせる事。

 王と言うのはその願いを叶えれば叶えるほど、民の笑顔から遠くなる存在になってしまうと識っていながら、ただその願いのためだけに、あの方は自ら血と泥に塗れた世界へと飛び込む。

 私はそんなあの方の力になり、皆と共に歩みたいと思っている。

 ただ、その横にお主達がいれば、桃香様の願いを………いや、せめて子供達が屈託なく笑っていられる国にしたいと言う((私の願い|・・・・))を叶えられるのではないかとな」

 

 今の子供達に、……此れから生まれ来る子供達にこのような血で汚れた剣や槍を持たせずにすむ世の中を。

 桃香様の願いに逃げるのではなく、それが私の願い。

 途中で誰かを説得しようと言うのに、他人の夢や言葉などに何の力が在ろうと言う事に気がつく。

 其処に己が願いが無ければ、それこそ夢や幻想を語るだけの愚か者。

 それでは言い訳と言う名の理由を楯に、盲目的に突き進むだけの狂信者と同じだ。……少し前の自分と同じだ。その事に気がつかせるきっかけを作ってくれた詠には礼を言わねばならぬ。

 ……あの晩、虫の小さな鳴き声と月明りが優しく見守る中、地面を背に声を出して涙を流す私を黙って背中を向けて見守ってくれたあの者にもな。

 

「………ああ、それが叶うならいいかもな」

 

 馬超の優しく、……悲しげな声が聞こえる。

 潤んだ瞳で僅かに瞳を下に向けながらも、私の夢に頷いてくれる。

 叶わぬ願いと識ってなおも、それを望めるのならと。

 識っているのだ。自分が如何に無力なのかを。

 いくら力を付けようとも、幾ら声を張り上げようとも、………一人では何もできない無力な自分を。

 

「馬超よ。見届けようではないか。我が義妹の力を」

「……信じてもいいのか?」

「それを見定めに行くのだ。違うか?」

「……そうだな。 だがあんたの義妹があっさりやられると言う展開も十分あり得るけどな」

「ふっ、それこそ心配無用。

 アレは見た目こそ童女だが、その武の腕は私を超えている」

 ……もっともアレに遅れを取った事等、一度たりとも無いがな」

「なんなんだよそりゃ」

「行けば分かる事だ」

「そりゃそうだ」

 

 黙って馬と共に背を向ける私に、馬超もその肩に己が愛槍をかけてついて来てくれる。

 戦場ゆえに警戒は解いてはいないが、もはや今の馬超に警戒は不要。

 彼女もそれが分かっているのだろう。視界の端に映る彼女の表情は仲間を心配する一人の少女。

 チラチラと公孫賛殿が捉えたと声を上げた仲間の方に視線を送っている。

 ふふっ、どうやら私と一緒で嘘のつけない性格のようだな。

 ならば、後は鈴々が馬超の憂いを晴らしてくれるのを待つだけ。

 可愛い義妹に全てを投げ出す様で申し訳ない気がするが、これも義妹を信頼しているからこその想いと思ってくれ。

 信じているぞ鈴々。

 

『誰が婆々じゃっ!

 ワシは貴様のような小便臭い小娘に、婆々呼ばわれるされるほど歳をとっておらぬわっ!』

『ぴぃぃっ! ご、ごめんなのだぁぁ!』

 

 足を運ぼうとしている先から、何やら凄まじく不吉な気配と共に、よく知った声が聞こえて来る。

 突然暴れ出そうとする馬を必死に抑えながら、どうやらしばらくこれ以上は近づかない方が賢明か?

 馬超も同じ感想を得たのか馬の足を止めてくれる。……と言うか、私と同様に馬の方が必死にこの場から逃げ出したいのを宥めている。

 しかしこの尋常でない気配、いったいこの先で何がおきているのだ!?

 

「ちょ、頼むから((紫燕|しえん))落ち着いてくれって。

 いったいなんなんだよ。これじゃあまるで本気で怒らせた母様並みの嫌な気配じゃないか。

 おい関羽っ。お前の義妹とやらはいったい何やらかしたんだよ」

 

 馬超の切羽詰まった問い掛けに、私の方が聞きたいくらいだと心の中で言い返しながらも、武人の性か頭の中で勝手に状況を見極めようとする。

 よく聞き取れなかったが、先程の怒声と何か関係があるのか?

 そう疑問が脳裏に浮かぶも、次の瞬間にその疑問を『知りたくないっ』と言う感情が否定する。

 武人としてそのような事などあってはならないのだが、同じく本能がたしかにそう警告しているのだ。しかもいつの間にかに手に握った冷たい汗が、その警告に従うべきだと教えてくれる以上、此処はその意見に従うべきと判断するのだが、心配なのはこの先に居るであろう者達の事。

 あまりもの予想外の出来事に私は馬超の言葉に応えるどころか、あろうことかつい先ほど心の中で信じると覚悟を否定する言葉が零れ落ちてしまう。

 

「り、鈴々。あ、義姉は信じているぞ……、と言うか信じも良いよな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく

-8ページ-

あとがき みたいなもの

 

 

 こんにちは、うたまるです。

 第百二十七話 〜 正しき者達の晩餐は、血霞を舞わせる 〜 を此処にお送りしました。

 

 皆様お久しぶりです。

 生活環境の変化後は、色々あって更新が遅れておりますが、こうして無事執筆を再開出来る事が出来ました。 今回は前回から大分時間を空けてしまいましたが、蜀侵攻編も後半にはいる事が出来ました。

 それぞれの正義をぶつけ合う戦争。どちらも正しく間違っているのが戦争ですが、本来分かり合えるはずの人達が、立ち位置が違うだけでこうして血みどろの戦いに放り込まれると言うのは本当に悲しい話ですよね。

 まぁ戦い方は恋姫らしさをそれなりに出したつもりですが、え? 白蓮と華雄が活躍しすぎ? いえいえ彼女達もれっきとした恋姫達、多くの困難や失敗が彼女達を強くしたのだと思ってください。……まぁ白蓮の場合は個人技では無く、集団戦なんですけどね。 だって……武の腕だけで他の恋姫を圧倒する白蓮を想像できないんですもん(笑

 でも一応今回の話の主役は、公孫賛と蒲公英ちゃんのつもりなんですよね〜。 この二人は私の中では結構お気に入りです。

 

 そして原作とは少し違う形で入った『 鈴々 VS 桔梗 』この勝負の行方は?(w

 禁句によって無双モードに入った美人で若くて優しい桔梗お姉様を鈴々は説得できるのか?(ぉ

 取りあえずネットで三国志と言うゲームで二人のパラメータを調べてみると以下のとおり。

  張飛【統率:85 武力:98 知力:30】

  厳顔【統率:79 武力:83 知力:69】

 これがパラメータ補正が入り。

  厳顔【統率:79(+100) 武力:83(+∞) 知力:69(+100)】

    【特殊技能】として【恐怖】と【硬直】が発動。その代わり【慈愛】が極端に低下。

 頑張れ鈴々。読者の人達のためにも何時までも瑞々し桔梗お姉様を取り戻してちょうだいね(w

 でも、今話の一番の被害者は、近くにいた星でしょうね。………きっと。

 

 では、頑張って書きますので、どうか最期までお付き合いの程、お願いいたします。

説明
『真・恋姫無双』明命√の二次創作のSSです。

蒲公英『蒲公英の活躍を待ってくれていた者はいるかーーーーっ!?』

拙い文ですが、面白いと思ってくれた方、一言でもコメントをいただけたら僥倖です。
※登場人物の口調が可笑しい所が在る事を御了承ください。
(9/17:本文と作品説明文を少し修正)
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コメント
かんがるー様、待ってくれている皆さまのためにも、頑張って書き続けて行こうと思います(うたまる)
根黒宅様、はい私も更新が久しぶりすぎて、キャラの名前が出て来ない事がしばしばでした。 リハビリに時間がかかりそうです(汗(うたまる)
RevolutionT1115様、分の最後は仕様です。 理由はひ・み・つ♪(うたまる)
きたさん様、絶対言ってはいけない事ではなく、絶対に言ってはいけないタイミングだったと言うだけです。次話をお楽しみに(うたまる)
ニッカ様、誤字報告ありがとうございます。  うーん、見直しても見直しても減らない誤字脱字・゚・(ノД`)・゚・  文才ない証拠ですね(うたまる)
よーぜふ様、華雄がどれだけ強くなったかは、今後をお楽しみにしてくださいね♪(うたまる)
ヒトヤ犬様、……えーと貴女様の生き様を普通の犬猫に適用するのはどうかと(汗w(うたまる)
劉邦様、ただいま帰りましたーーーーーーーっ。 またラウンジでドタバタ騒ぎをしましょうね♪(うたまる)
ほわぷり様、お待たせいたしまして申し訳ございません。 でも待っていただいてうれしく思います。(うたまる)
投稿をお待ちしてました♪♪(かんがるーO)
やっべえ...マジで公孫賛の存在を完っ全に忘れたけどwww(根黒宅)
こりゃ鈴々逝っちまったなww↑文の[最期]は仕様ですか?(RevolutionT1115)
鈴々、紫苑や桔梗には絶対言っちゃいけないことを!逝ったなこれは!? (きたさん)
最新話読みました。続き楽しみにしてます。誤字報告を3Pの鈍砕骨が折られるがおられるってになってます。(ニッカ)
ここにいるz・・・むしろ華雄姐さんまってたぞー!!  よし、鈴々にげてぇぇぇえええwww(よーぜふ)
犬や猫のようにただ生きるだけなら・・・だと? う、馬女め〜犬と猫の苦労を知らんのかー!ただ生きているだけなどと今まで犬猫のナニを見てきたー!!特にこの俺の生き様をー!(ギミック・パペット ヒトヤ・ドッグ)
ここにいるぞーーー!?  お帰りになされる日をずっと待ってましたよwwwwwwwwwwwwww!?(´;ω;`)(劉邦柾棟)
最近また一話から読み返してたので、執筆再開のタイミング良すぎですw毎回楽しみにしてますのでがんばってください(ほわぷり)
たこきむち@ちぇりおの伝道師様、皆さんの反応の良さに感謝感激です(うたまる)
アルヤ様、どうか完結までお付き合いくださいませ。(うたまる)
SYUU様、蒲公英『待ってくれててありがとーーーー♪』(うたまる)
patishin様、ありがとうございます。(うたまる)
h995様、誤字脱字報告ありがとうございます。 とりあえず気がついた所は直してみました。(うたまる)
狼様、またラウンジでお話ししましょうね(うたまる)
下駄を脱いだ猫様、本当に、鈴々には、まず言いたいのが【生き残れ】ですね(汗(うたまる)
t-chan様、お待たせいたしました。 次回も待たせてしまった時はゴメンなのら(うたまる)
siasia様、ここ『ひ』いるぞー なんですね(w(うたまる)
mokiti様、こう言う事に関しては紫苑お姉様と桔梗お姉様どちらがマシなんでしょうね(w(うたまる)
紫蒼の慧悟[しっけい]様、補正値に関しては逆らうのは危険領域と言う事で(w(うたまる)
ONES様、まって頂き有難うございます。(うたまる)
デューク様、お待たせいたしました。(うたまる)
\ここにいるぞ/(たこきむち@ちぇりおの伝道師)
ここにもいるぞーーーー!!(アルヤ)
お待ちしておりましたぞ(SYUU)
ここここここにもいるぞーーーーーーー!!(patishin)
誤字報告 この意味が訳ではあるまい?→この意味がわからぬ訳ではあるまい?他にも)や」が意味のないところでついていたりもしています。(h995)
ここにもいるぞ〜!www そしてうたちゃんの復帰も待ってたよ〜!wまたラウンジにもおいでよ〜♪ 最後に鈴々・・・合掌(−人ー)(狭乃 狼)
こっちにもいるぞー!! ・・・鈴々、がんばれ!(下駄を脱いだ猫)
ここにもいたぞ〜!!(t-chan)
ここひいるぞーーーーーーーーーーーーー! (siasia)
ここにも待っていたのがいるぞーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!…しかし鈴々はああいう年代の方に言ってはいけない事を…頑張れ。(mokiti1976-2010)
ここにいるぞおおおおおおおおおおおお!!!!!!!待ってましたよ!待ち望んでいましたとも!!!そして、桔梗さんww補正が半端ないんですけどwww(紫蒼の慧悟[しっけい])
ここにもいるぞー!!(ONES)
ここにいるぞー!!待っていたじぇー!!(デューク)
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