ゼロザキスタイル-戯言遣いと零崎舞織-
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 拝啓、死んでしまった妹へ。

 悪いことも倫理に反することも道徳に背くこともたくさんやってきたぼくですが、これだけは納得いきません。何故ぼくはこんな姿でこんな場所にいるのでしょうか。教えてください。

 敬具。

 

 追伸、もしお前が生きていたら、この格好をしていたのかもしれない。戯言だけどね。

 

 

 

 その日はいつも通りの一日が始まる予感があった。もっとも、予感も予定も今まで成立したことのないぼくの人生なので、どうせ何かしら邪魔が入るものだろうと思っていた。

 どうせなるようにしかならないし、ならないようになるしかない。

 そんな下らないことを想像しながら消化していくのも一つの人生。殺風景な部屋のなかで、今日もぼくは呆けていた。

 色々なことが起きて、色々なことが終わった。色々な人がいなくなって、色々な人が残った。何というか、伏線処理というよりも敗戦処理な気分。

 しかもマウンドにたっているのが投手ではなくスコアラー。コールド負けでも狙っているのかと勘ぐるほどの層が薄い。

「……いまいちだな」

 何がいまいちなのかもよくわからない。それ以上によくわからないのは眼下の光景。何か、赤い。しかも赤い人がこっちを見て手招きしている。嫌な予感しかしない。どうせ逃げられないけど、逃げる努力はしてみようか。ちょうど今日は崩子ちゃんもいるし。きっと数分ぐらいは逃げ出せるはず。

「んなわきゃねーだろ」

 と、思ったら目の前が赤かった。ものすごい赤い。嫌ってくらい赤い。

「ここ、二階なんですけど哀川さん」

「二階ごときあたしにとっちゃただの段差なのは知ってんだろ。ていうか苗字でよぶな」

「すみません潤さん。で、何の用ですか」

「まあ、いつもどおりのアレだよ」

「いつもどおりって何ですか。ぼくは血腥い状況には手を出したくないんですけど」

「言ってくれんよ。だがあたしはてめーを頼ることにした。なので問題ない」

「ぼくの自由意思はどこへ」

「昨日、どこぞの魔女が捨ててた」

「しかも人のせいですか」

「人じゃねーな、魔女だ」

 すごくどうでもいい会話だった。

「はあ、それで今度は何をすればいいんですか」

「納得してくれたみたいで嬉しいぜいーたん」

 納得なんかしてないけど。

「じゃ、そういうことで」

 プツッ。

 

 

 

 心地よい揺れ。頬を走る風。どこか懐かしい匂い。

 眼をあけると多くの車を後ろに置いていく様子が見えた。

「あれ、ここは……」

「起きたか」

「ええ、まあ、ところで何でぼくは」

「いやぁ、ホントーに大変だった!」

 哀川さんは力いっぱい叫んだ。

「えっと、一体なにが……そういえば心なし、腹部に痛みが……」

「そうか、あんなことがあったんじゃ仕方ないよな。この人類最強をもってしても九死に一生の事件だ。記憶が三日分ぐらい飛んでても不思議じゃない」

 そこから哀川さんは語るも涙の大スペクタクルをぼくに聞かせた。

 生きているのが不思議なくらい。腹部の痛みだけで済んだのは、まさに奇跡。なんとなく頭も数十回鈍器のようなもので殴られた感覚もあるが、それはきっと気のせいだろう。

「そんなことが……いくらぼくでも忘れるなんておかしいぐらいだ」

「いやいや、忘れてていいんだよ。人間は忘れることができる生き物なんだ。思い出さなくていいことは、そのままでいいんだ」

「しかしそれではぼくの気がすみませんよ。このご恩は必ずお返しします。潤さんが嫌だと言ってもお返しするので、覚悟してください」

「あー、まあ、そこまで言うなら、もらわないのがむしろ失礼だな。この人類最強、礼につくすことに定評がある」

 そのあたりはすごく異を唱えたいが、命を救われた恩は返さなければ戯言遣いがすたる。

「じゃあ、そうだな。すっげぇ偶然にも今あたしだけじゃ面倒な事件抱えててさ、それの手伝いしてもらうかな」

「わかりました。この戯言遣い、人類最強の手足となりましょう」

「いやぁ、よかったよかった。偶然にもいーたんのその格好で潜入して欲しい場所があってな」

「格好?」

 そこで初めて自分の姿を観る。

「ってなんですかこれ」

 それはいつかの記憶にある澄百合女学院の制服であった。

「あー、勘違いすんなよいーたん。別に丁度よく着替えさせたわけじゃなくて、事件のさなかでお前の服がもうボロボロになっちまったから仕方なくそれに着替えさせただけだからな、うん」

「そこは流石に疑ってませんけど」

「ああ、もういいから黙って言うこと聞けよ! さっき言ったのは嘘だったのか!?」

 なんでそこでキレるんだろう。

「まあ、いいですけど……」

「うん、だから大好きだぜいーたん」

「……でも澄百合女学院に今更何の用ですか? もう復帰したんですか?」

「いや、あの校舎自体は相変わらず封鎖中だよ。だけど学院だぜ? 全員死んだわけでもねーんだから、普通の授業自体は残ってんだよ。今のところ、別の敷地で代替中」

「はあ、それで?」

「何か面白いことになりそうだから、いーたんあとは頼んだ」

 そしてどこかの街の中。澄百合女学院と表札のある校門の前に車は止まった。

「ここ、ですか……」

「まあ、そこまで今回は危険度はないと思うから、あとはよろしく。詳しい話は中の依頼人に聞いてくれ」

「ちょっと待ってください。まずその前に依頼人のプロフぐらいください」

「めんどくせーな、ほれ、このカバンの中に入ってるからあとは適当にみてくれ。じゃあバイバイキーン」

 言い終わることなく走り去る車。

「……全く、傑作だよなぁ」

 カバンをあけ、中身を観る。数枚の書類と、数枚の写真。まるでぼくが引き受けることを前提にしたかのような作りだ。

「仕方ない、とりあえず依頼人に会うことにしよう」

 

 

 

「と、いうわけでですね」

 依頼人は何ていうか、すごくアレな人だった。

「この事件を解決してほしいんです!」

 パッと見ただの女子高生。ニット帽子をかぶり、女子にしては少し高めの身長。ちょっと両手に違和感があるが、それ以外は普通の女子なのだけど……

「哀川さんにお願いしたはずなんですけど、何かちょっと違う人の気もするけど仕方ないですねー。あとはよろしくお願いします!」

「……えっと、事件の内容なんだけど」

「はい、兄を探してほしいんです」

「お兄さんがいなくなった、て事件なの?」

 何かこれは、すごく受けてはいけない事件な気がしてならない。ぼくのなかの警鐘というかサイレンみたいなものがさっきからずっと鳴り響いてる。

「ほら、もしかしたらただの家出かもしれないし……」

「かもしれないですねー」

「だったら放っておいたほうがいいんじゃ。人間誰しも自分探しに行きたいときが」

「でもですね、たった一人の兄なんです。妹一人おいて家出するとか無責任じゃないですか!?」

「あー、でもほら、道を探しにヒューストンあたりに言ってるかもしれないし」

「歩けば棒ならぬ石を転がすってことですか、ヒューストンだけに」

「かもしれないね」

「だけどそんなの却下です。却下却下。お兄ちゃんは妹の言うことを聞かなきゃいけないんです」

 ひどい暴論。彼女の兄にちょっとだけ同情。……何か自分自身を哀れんでるようにしか思えないけど。

「ところで、えーと、キミの名前を教えてもらってもいいかな」

 キミとかだとすごく呼びづらい。プロフィールには身長スリーサイズ体重まで載っているのに、何故か名前だけ空欄なのが気になった。

「あれ、言ってませんでしたっけ」

「僕は記憶力がないけど、さすがに今日一日の記憶なんて忘れない」

 嘘だけど。

「私の名前は無桐伊織です。ぴっちぴちのJKです」

 JKというのは一般的なのだろうか。ちょっと微妙な気がする。

「なるほど……それで、お兄さんの特徴を教えてもらってもいいかな」

「そうですねー、身長は私より低くて、刃物ばっかり持ち歩いてて、いつも安全靴を履いています。ベストの色とかは結構まちまちですね。だけどやっぱり刃物がいっぱい仕込んであるみたいです」

「それは……」

 なんていうか、逮捕されてる可能性が高いんじゃないだろうか。職質されたら一発だ。

「まあ、何事もなければ人畜無害な人なんで、問題ないんじゃないでしょうか」

 どうみても人畜有害。そんな人と関わり合いになるのは一生に一人で十分だ。

「うーん、他に特徴はある?」

「そうですねー、あ。耳にケータイストラップをピアス替わりにつけてます。あと左顔面に刺青がはいってますね」

 ストラップに刺青……まさか、とは思うんだけど。

「ごめん、お兄さんの名前、聞いてもいい?」

「どっちがいいですか?」

「は?」

「あー、本人の好きなほう教えたほうがいいですね」

 そして、ニット帽の少女――無桐伊織ちゃんは、その名前を教えてくれた。

 

「兄を――零崎人識を、探してください」

 

 

 

「ちょっとびっくりですねー」

「なにが?」

「あなたが男性であったことにです。見た感じ女の子より女の子っぽいですから」

「それ褒めてないですよね」

「褒め言葉です」

 嬉しくはない。

「あー、それよりも零崎を探したいんだっけ」

「はい、っていうか、人識くんのこと知ってるんですか?」

「知ってるっていうか」

 知りたくもないけど、あれがぼくの代理存在なんだよね。

「そういえばどことなくあなたと似てますねー」

「まあ、それはどうでもいいんだけど。どこに行ったとか宛はあるのかな」

「全くこれっぽちもありません」

「だよね」

「あー、でも。出会いたくない奴がいるから、京都にはいたくないって言ってましたね」

 会いたくないのは明らかにぼく。

「ヒューストンに行ったことはあるみたいですけど、またあそこですかねー」

 いや、多分ぼくの縁とか考えると、二度とあそこには行かないとおもう。わからないけど。

「はあ……あれ、でも」

 ふと思う。零崎の妹、ということは、彼女も。

「キミも、零崎?」

「はい、そうですよ?」

「それは、なんていうか」

 殺し名序列第三位殺人鬼集団、零崎一賊。それがこんな学院にいるだなんて、正直ぞっとしない。

「ああ、でも私もいきなり零崎を始めるなんてことないので安心してください。約束してますし」

 約束。いつか、零崎が言っていた『あいつ』は、もしかしてこの子なのだろうか。

「ふーん、剣呑剣呑」

「意味ちがいません?」

「そうかな」

「そうですよ」

 さて、問題はここから――零崎を探す方法なんだけど、どうしたものか。

「ノーヒントはきついなぁ」

「ですかねー」

 当たり前だ。

「何か他に気づいたことはある? どっかの風景写真を見てたとか旅行のパンフレットを見てたとか」

「ないんですよねー」

「お手上げだし帰っていいかな」

 これ以上はぼくの身に余る。というか、人類最強の請負人とか大泥棒でもなければノーヒントで探せるわけがない。

「ぼくは人類最弱だし、どうにかなるものでもどうにかならなくするのがぼくらしいからね」

 問答有用に、殺して解して並べて揃えて晒すことになる。

 まあ、とはいっても、哀川さんに丸投げされた案件である。そう簡単にサボってはあとが怖い。

「さて、セリヌンティウスはいずこへいったのやら――」

 

 

 

「というわけで、だ。真心、あいつを探してくれ」

「げらげらげら。いーちゃん、いくら俺様でも『あいつ』じゃわかんねーよ」

「ああ、ごめん。零崎人識っていうろくでもない殺人鬼を探して欲しいんだ」

「零崎? まあ、できなくはないけど、俺様探すの得意じゃねーんだけど」

「お前なら大丈夫だろ。匂い一つで世界の裏ぐらいまでは探せるだろうし」

「ちぃくんとかじゃダメなのか」

「玖渚にはあんまり頼りたくなくてな」

「げらげらげら。仕方ねーな。いーちゃんの頼みだし俺様が頑張ってやろう」

「頼んだよ」

 滅多に使わないケータイを閉じる。さて、これで零崎が見つかるのも、時間の問題だ。

「今の電話って誰となんですか?」

「うん、ぼくの友達。異様に鼻が利くからね。多分一週間しないでも見つかると思う」

 比喩ではない。

「それじゃ、これからどうしましょうか」

「そうですね、ちょっとお茶でも」

 学院のカフェテリアに移動。お嬢様の学校にはやはり、こういうのはつきものらしい。

「しっかし、成金主義ですねー、ここ」

「伊織ちゃんもそう思う?」

「ええ、私たちの税金がこんなところに使われてるって思うと、何か優越感に浸れますよね」

 税金払ってるのか。そもそもここ公共の場じゃないから別に関係ないんじゃ。

「どうせ利権者とか議員さんが公金つかって建ててるにきまってます。建築族はそんなものです。農林族も似たようなものですけど」

「はあ……でもその恩恵に預かれる立場として、その発言はどうなの?」

「え、私ここ初めて利用しましたし」

 てっきり常連なのかと思った。女子高生とか、そういうイメージがある。

「そもそも私部外者ですし」

「は?」

 部外者? しかし制服は……

「制服っていったらあなたも着てるじゃないですか」

 そうだった。

「そう考えると学校ってセキュリティ低いですよね。制服がそのまま身分証明代わりですもんね」

「いやぁ、ここ、そこまでセキュリティ低いわけじゃないと思うけどなぁ」

 子荻ちゃんも言ってたし。もしかしたら哀川さんが手を回したのかもしれない。ぼくのせいの可能性も、確かにあるけど。

「まあ、でも危ない橋を渡ってるわけですし、これぐらいの役得があってもいいんじゃないでしょうか」

「どうみてもぼくのが危ないけどね」

 生徒じゃない上に、女装した男。単なる変態にしかみえない。

「さて、どんなことを話しましょうか」

「別になんでもいいけど」

 むしろこのまま帰りたい気もする。

「そうだ、探偵さんの名前を教えてください」

「ぼくの名前? それはやめておいたほうがいいと思う」

「何でですか?」

「ぼくの本名を読んだやつは今まで三人いる。けど、全員死んだからね」

「そういうジンクスなんですか」

「ただの事実だよ」

 三人呼んで、三人死んで――二人残った。

「だからやめておいたほうがい。どうしてもぼくを呼ぶのなら」

 そこで迷う。ぼくは一体、何になりたいんだろうか。

「そうだね。それじゃあ、人類最弱の請負人、ってところで」

 赤い背中に追いつけたら、それはどんなに素晴らしいことだろうか。

「何かすごい敗北感の漂う名前ですね」

「うん、最弱で、しかも真ん中に負けってところが」

 どうしようもなくみっともなくて、どうしようもないぐらい誇らしい。

「なんていうんでしたっけ、こういうの」

「戯言かい?」

「いいえ、傑作です」

 それは人間失格の言葉。確かに、今のは戯言じゃあない。箴言ではないけど、有耶無耶な式じゃなかった。

「ねえ、伊織ちゃん」

「はい?」

「零崎を見つけて、どうしたいの?」

 素朴な疑問。家族だから、探す。それはいい。だけど、探して何をしたいのかが、ぼくにはわからない。兄の気持ちはわかっても、妹の気持ちなど想像すらできない。

「そうですね。正直、特にしたいこともないんですけど」

 どこからか、大きなハサミを取り出した。こんなところで目立つかと思ったが、運よく周りにはもう誰もいなかった。

「強いて言うなら、どうでもいいしがらみを、終わらせたいですかね」

「しがらみ?」

「もう、私も人識くんも、十分やってきたと思うんです」

 だから――と。

 そこまで言ったところで、ケータイが鳴った。

「げらげらげら。いーちゃんか」

「真心か、どうした」

「どうしたも何もないぞ。いーちゃんが俺様に人探しならぬ鬼探しを頼んだんじゃないか」

「ああ、だけどもう見つかったのか。流石に一週間ぐらいかかると思ったんだけど」

「げらげらげら。いーちゃんの頼みなら銀河最速だって凌駕するぜ」

「ああ、ありがとう。それであいつは――」

「××××だ」

「は?」

「そこに零崎人識がいる――今もこっそり追いかけてるところなんだけどな」

「わかった。すぐいく」

 電話を切り、伊織ちゃんに顔を向ける。そこにはどこか、あいつによく似た面影で、あの人にもよく似た横顔で。

 

 

 

「だから――私たちで、零崎を終わらせます」

 

    ゼロザキスタイル-End-

説明
というわけで書いてみましたいーちゃんと伊織ちゃんのお話。出会うはずのない二人が出会うっていいですよね!
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無桐伊織 いーちゃん 西尾維新 戯言シリーズ 

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