真剣で私たちに恋しなさい! EP.18 百鬼夜行の章(1)
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 禍々しいほどの真っ赤な空を見上げながら、彼女はピリピリと肌を刺す妖気に笑みをこぼす。どこか懐かしい緊張感に、全身から力が漲るようだった。

 いつものように街中を散歩中に、突然、世界が豹変した。溢れ出す妖気に、彼女はその力を覚醒したのである。だが、本来の記憶を取り戻すことは出来なかった。この空気が、潜在的な本能のみを呼び起こしたのだろう。生み出された新しい人生と、与えられた名前だけが変わらずに残った。

 葉桜清楚……それが、記憶にある彼女の名である。

 

(何者かのクローンとして生み出されたが、肝心な部分が何一つ思い出せない。だがまあ、些末なことだ。俺が何者であろうとも、進むべき覇道に変わりはない)

 

 彼女は九鬼による『武士道プラン』によって生み出された、過去の英雄によるクローンだった。しかし清楚は、その正体を教えられてはいない。だが、この闘気と力がただ者ではないことを教えてくれる。

 本当の名を思い出すことは出来なかったが、沸き立つ心が混沌を望んだ。そしてそれに相応しい舞台が、目の前に広がっている。そうなれば、やるべきことは一つだった。

 

(結界を張られたようだな……外には出られず、住民のほとんどが避難している)

 

 それでもわずかに、人の気配はあった。大半が彼女の興味を惹かない小物だったが、いくつか気になる気配もあった。あからさまに挑発するような気配もあれば、罠を張るように力を隠している気配も感じられる。

 しかし何よりも清楚の心を躍らせるのは、人外の存在だった。最も多く見かけるのは、子供ほどの体格にぽっこりと不自然に膨らんだお腹、手足は枝のように細く、頭髪はまばらで、耳の近くまで裂けた大きな口をしたモノ。清楚が好んで読んでいた古典に登場する『餓鬼』という小鬼に、その容姿は似ていた。褐色というよりも、土気色という感じの肌をしていて、集団で他の鬼や人間を襲うのだ。

 

(食べ物を粗末にした者が、死んだ後に餓鬼となるらしいな)

 

 それゆえ、彼らは食べても食べても空腹が消えることはなく、永遠に満たされない。

 

(限りのない欲望は、人そのもののようだ。ともすれば、人間は姿こそ違えど餓鬼と変わらないということか……)

 

 そして力に魅入られた自分も、ひたすら強者に渇望する。錆び付いたような血の匂いだけが、生きている実感を与えてくれた。握りしめた拳が、喜びに震える。

 真っ赤な空を見上げ、清楚は笑った。

 

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 猿のような鳴き声に、清楚は目を向けた。数匹の餓鬼が、道端で死体の肉を貪っている。服装から、どうやら女性だったもののようだ。逃げ遅れたのか、自ら乗り込んできたのかわからないが、生き残るほどの力はなかったようである。

 両手足は折れ曲がり、もぎ取られていた。餓鬼たちは執拗に、骨にこびりついた肉片すら残さぬように喰らいついている。無残に散らばった臓物も、やがて彼らの食料となるのだろう。

 

「……」

 

 餓鬼を相手にしてもつまらぬと視線を外しかけ、清楚はあるものに気づいた。女の手に握られた、缶詰である。

 弱肉強食の世界、餓鬼どもは他の鬼や人間を襲って食うが、清楚はさすがにそこまでする気はない。となれば、食料は重要だ。住民は避難したが、多くの商品はそのまま残されている。生ものはすでに腐敗しているだろうが、缶詰などは貴重だろう。

 清楚は餓鬼たちに近づく。

 

「邪魔をせねば、何もしない」

 

 言葉が通じたわけではないだろう。清楚の闘気を感じたのか、餓鬼たちは女から離れて様子を伺っている。

 

「ふん」

 

 鼻を鳴らし、清楚は餓鬼たちを一瞥し、女の手から缶詰を奪う。桃の缶詰だ。両手で缶詰をねじると、中を満たしていた汁が溢れ出す。甘い匂いが清楚の鼻に届き、食欲を刺激した。

 歩きながら清楚は桃を頬張り、満足そうに空の缶を捨てる。

 

「悪くない」

 

 ベトつく指を舐めながら、清楚は笑みを浮かべる。もともとの自分というよりも、『葉桜清楚』が好む食べ物だった。

 

(餓鬼を探せば、食べ物が見つかるかも知れないな)

 

 食事の確保は必要だ。数日なら食べなくとも平気だが、あって困るものでもない。清楚は気配を探り、餓鬼を探してみる。

 

「あっちか……」

 

 いくつも集まる餓鬼の気配がある。餓鬼は常に餓えているので、わかりやすいのだ。

 清楚は餓鬼が集まる場所に向かった。

 

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 奇妙なものを見たような、そんな気分だった。清楚は足を止め、その光景を眺める。

 無数の餓鬼が、近寄ることもなく遠巻きにして一人の男を見ていたのだ。強そうには見えないし、力を隠している様子もない。どこにでもいるような、普通の男にしか思えない。

 

(餓鬼が怯えている? 何者だ、あの男?)

 

 汚れた着物姿の男は、倒れたブロック塀を椅子にしてぼんやりと座っている。清楚は興味を惹かれ、近づいてゆく。集まっていた餓鬼たちが清楚に気づき、蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。

 

「お前は、何者だ?」

「……」

「なぜ、餓鬼どもはお前を襲わない? それどころか、怯えているようにも思えたが」

「……」

 

 男は応えない。それどころか、清楚に目を向けもしなかった。まるでこちらの言葉が、わからないようだ。

 

「聞こえないのか?」

 

 清楚は男の胸ぐらを掴む。だが、男は顔色一つ変えない。清楚は舌打ちし、男の着物を探った。内側にポケットがあり、手帳が入っている。川神学園の生徒手帳だ。

 

「京極彦一……3年。俺が編入されるはずだった学年と同じだな」

 

 何か持っていないかと他にも探ったが、後は帯に扇子が差してあるだけだった。手帳をポケットに戻すと、清楚はしばらく彦一を見つめる。

 

(理由はわからないが、餓鬼が怯えるなら何か使えるかもしれない。連れていくか……)

 

 そう考えた清楚は、彦一の腕を引く。よろよろと立ち上がり、少し歩くが清楚が手を離すと彦一も止まってしまう。

 

「チッ……俺に手を引いて歩く趣味はない。仕方ない。待ってろ」

 

 清楚は彦一を残し、近くの民家に入っていく。何件か周り、やがて戻ってきた。その手には、鎖の付いた首輪が握られている。

 

「これを付けてもらう。今からお前は、俺の所有物だ」

 

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 首輪を付けた彦一の鎖を引き、清楚は多馬川の土手を歩いていた。日が暮れ始めたのか、空はやや紫がかって薄暗くなっている。

 

「ここからは街がよく見えるな」

 

 暗い影に沈んだ街並みは、どこか寂しげだ。住宅街はそうでもないが、商店街の方は倒壊している建物が多い。

 

「不良どもが暴れたのだろうな。食料も豊富に残っているだろうから、奪い合いでも起きたか」

「……」

 

 つまらなそうに呟き、清楚は多馬川の流れを見つめた。結界を張ったとはいえ、さすがに川の水を堰き止めるまではいかなかったようだ。風が普通に吹いているところから、自然に対しては効果がないのかも知れない。

 

「ん?」

 

 不意に、清楚は光るものを見つけた。ふわふわと、河原にいくつも漂っている。

 

「虫か?」

「……川神蛍」

 

 何気なく口にした清楚の言葉に、初めて彦一が反応を示した。興味深そうに彦一を見た清楚は、再び川神蛍に目を向ける。

 

「蛍……あれがそうか」

 

 清楚は彦一の鎖を引き、河原に降りてみた。無数の蛍が舞う様子は、どこか幻想的で夢見心地がする。一瞬、普通の少女のような顔を浮かべた彼女は、そんな自分を嘲笑うように笑みを浮かべた。

 

「野生の生き物は、人間よりも危機を察知する能力が高いはずだ。だとすれば、とうに街から逃げ出していてもおかしくはない。にもかかわらず、蛍たちは残ることを決めた。それは今、街にいる人間たちとは違う理由だろう。諦めか、あるいは人間のいない街こそが平穏だと感じたのか……」

「……」

「餓鬼どもも他の生き物を襲う。だがそれは、生きるために必要な捕食だ。蛍にとって、人間こそが恐怖なのだとすれば、彼らにとってここは天国に他なるまい」

 

 自分にとって、ここはどちらだろうか。天国か地獄か。

 清楚はこれから起こる戦いを想像し、紫の空を映す川面をいつまでも眺めていた。

説明
真剣で私に恋しなさい!の無印、Sを伝奇小説風にしつつ、ハーレムを目指します。
楽しんでもらえれば、幸いです。
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真剣で私に恋しなさい! 葉桜清楚 京極彦一 

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