MATERIAL LINK / 現代の魔法使い達02
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 なんて、残念な結果に終わった入学式の翌日。

 予定通りパンツ一枚で下校し、どこか開き直ったのか寮へと帰る途中で、そのままコンビニまで寄るという奇行を行った昨日の自分に物申したい感情を抑えつつ、それでも抑え切れない憂鬱を全開にして通学路を歩いていた。

 

『やだ、あの子噂の……』

『あれが噂の裸王か』

『マジで!? 入学オリエンテーションで童貞宣言したっていうアノ!?』

 

 ごめん、少し見栄を張ってしまった。

 実は昨日、保健室で目が覚めた時にはパンツすら残っていなかったのだ。仕方がないので、ボロボロになった制服の切れ端を腰に巻いて帰りました。

 そのくせ、今朝には新しい制服が届いていたのには納得出来ない。昨日の内にくれよ。おかげでこれから三年間の間、俺のあだ名は裸王で決定だろう。さようなら、俺の学園生活。ようこそ、灰色の学園生活。

 そんな冷ややかな視線の浴びながら、ようやく先日ぶりの学園の正門へと到着した。

 海に浮かぶ人工島に作られた南ヶ丘学園は、大きく分けて4つのエリアに分けられる。

 1つは北側の教育エリア。魔法研究関係の施設や、南ヶ丘学園本校舎、屋内外グラウンド、大図書館など、教育機関が集中しているエリアだ。

 次に、南側に位置する住居エリア。学生が住まう寮や南ヶ丘に住居を設けている人々が住まうエリアだ。自分の寮も、このエリアになる。

 3つ目が、西側にある新市街エリアだ。主に飲食店、日用雑貨など生活に必要なもの全てを販売している商店街。学生たちの遊び場である大型ショッピングモールや、大人達が足を運ぶ洒落たバーなどが立ち並ぶ所。また、企業などのオフィスビルや一部の高級マンションもこのエリアにある。まだ足を運んだことはないが、近いうちに利用するエリアだろう。

 そして、4つ目が東に位置する密林エリア。

 この場所は有刺鉄線が張り巡らされ、普段は立入禁止となっているが学園のカリキュラムで利用することがあるらしい。このご時世、幽霊なんてものまで出るという噂のある、あまり望んで立ち入りたくないエリアだ。

 南ヶ丘学園単体を表すなら北側の本校舎のことなのだが、一つの人工島が学園都市となっているので、都市関係者以外は人工島そのものを南ヶ丘学園と呼んだりする。

 1つ1つ名前を付けるより、全部ひっくるめた方がシンプルで覚えやすいということだろう。

 

 さておき、現在1年2組教室扉前。

 普通に、気まずい。道中裸王など噂されている時点で、この教室の中にいるであろうクラスメイト達にも先日の一件が知れ渡っているだろう。このまま教室に入れば、間違いなく冷ややかな目線と失笑に襲われるに違いない。

 思わず、小さくため息を吐きながら教室の扉に手を掛けた。

 

 

 

 

 丁度そのころ、1年2組教室では一人を除いて全ての生徒が揃っていた。

 その中で、一際目立つ容姿をしている金髪の少女が教室後方の隅で窓の外を眺めている。

 昨日のアイツ……、どういうこと?

 彼女が考えているのは、先日の入学オリエンテーションで吹き飛ばした一人の少年のことだ。自分と同じ新入生。少し目つきの悪い所に目を潰れば、容姿は中の上くらい。グラウンドを逃げ回っているだけだった、普通なら思考どころか視界にすら入れる選択肢の無いヤツ。最後に汚物を見せつけた変態。

 それらが、彼女の彼に対する評価だ。だが、

「あの時、アイツ障壁張ってなかった」

 自分の攻撃は間違いなく直撃していた筈だ。だけど、アイツ自信は無傷だった。

 そのような疑問が、彼女の脳裏を駆け巡る。

 何故だ、何故だ、何故だ。

 可能性として、魔法を無効化した。

 確かに、そういう技術は存在する。だが、それは有り得ない。なぜなら、魔法無力化スキルは、魔法データそのものを分解し、無効化するという技術。そしてそれは、自分自身の魔法にも影響を与える。つまり、魔法が一切使えなくなるのだ。

 魔法そのものは無効化出来ても、発生してしまった衝撃までは殺せない。彼の服は弾け飛んだが身体が無傷だった時点で、この可能性は消去。

 となると、あの一瞬で自分の砲撃を相殺出来るだけの魔法を構築、展開した可能性が出てくる。

「――それこそ有り得ない」

 そんな高速処理、いくらネットワークヒューマンでも不可能だ。それに素直に障壁を張った方が被害は断然少なく済む。もし、露出狂のケがあってあのようなパフォーマンスをしたとしたら、完全にナメられているのとしか思えない。

 と、ここで彼女は何かに気がつく。

「……ん?」

 遠巻きに彼女の様子を眺めていたクラスメイト達が、なぜか涙目になりながら震えている。ふと、窓ガラスに映る見慣れた顔には、女の子としてどうかと思うような、酷く歪んだ表情が浮かんでいた。

――これは酷い。

 考えこむと周りが見えなくなる悪い癖だ、と彼女は軽く頭を振り払う。入学式で無双したこともあって、彼らには余計に恐ろしく見えたのだろう。幸い、ホームルームまでは少し時間があるので、冷たい水で顔でも洗って思考をリセットしよう。何事も、考えすぎるのはイケナイことだ。

 そう結論付けると、彼女は小さくため息を吐きながら教室の扉を開いた。すると、

「――ん?」

「えっ?」

 どこかで見たような男子生徒が、哀愁を漂わせながら棒立ちになっている。誰だっけ? と、一瞬考えこむが疑問は男子生徒の一言で氷解した。

「――昨日の水玉?」

 瞬間、彼の顔面に惚れ惚れするようなコークスクリューが突き刺さったのだった。

 

 

 

 

「はーい、皆さん揃ってますねー。まずは、国立南ヶ丘学園への入学おめでとうございます! 皆さんはこれから、立派な魔法使い、魔女になるべく日々勉学に励むことになります。つまり、あなた達はその卵である魔法少年と魔法少女になるわけですね」

 登校早々に、その魔法少女の一人に殴られた頬を擦りながら、温和な笑みを浮かべる小柄な教師の話に耳を傾ける。

「魔法――マテリアルリンクとは一つの大きな力です。使い方を誤れば、周囲だけではなく自分自身にも危険を及ぼします。近年、魔法を使った犯罪などが増えている一方、魔法技術は人々の生活に深く関わっています。この力を正しく認識し、責任をもって扱えるように、あなた達は魔法に対する正しい認識を学ばなければなりません。卒業後、軍を目指す方も、技術者を目指す方も、学者を目指す方も、医者を目指すかたも、他の分野に転向される方も、それだけは心に刻んでおいて下さい」

 刹那、教師の鋭い眼光が教室内を走ったかと思うと、直ぐに柔らかな笑みに戻った。

 やべぇ、一瞬チビるかと思った。

「では、改めて入学おめでとうございます! 私がこの1年2組を担当する九重マツリです。見た目はちっちゃいけど、これでも特級ライセンス持ちだから、あんまりナメてかからないようにね?」

 どうやら、柔らかな雰囲気とは裏腹に結構激しい人のようだ。見た目は十代前半くらいの幼児体型系美少女みたいな感じなんだけどなぁ。

 軽く眼球を左に動かして、プラットフォームを表示。カテゴリを担任に設定して網膜に映るニコニコ顔の少女の画像を保存しておく。きっちりカメラ目線にポーズまでキメているところを見ると、この一連の作業も彼女は把握しているのだろう。ライセンス持ちは伊達じゃないらしい。気がついたら、保存した画像に“私の考えた可愛らしいポーズ”なんて文字まで描かれている。うん、ハッキングされてますね。

「――はい、可愛い私の姿を脳内保存した人もいるようだし、このままクラスメイト同士で自己紹介いってみよー。出席番号1番の人から、前に出て3分間の自己紹介よろしく。内容は得意な魔法とか趣味とか話すなり、好きな自己アピールの仕方でどうぞー」

 と、急に砕けた口調になった担任教師マツリさん。多分、こっちが地か。

『そうだよー』

 うん、わかりましたから、わざわざハッキングしてチャットを送って来ないで下さい。

 これからお世話になる担任教師様は中々におちゃめさんらしい。

 このままハッキングされつつリアクションを取られると落ち着かないので、こちらのアドレスを送っておくことにする。通知も無しに、いきなり網膜に文字が浮かぶのは正直心臓に悪いのです。

 ちなみに、この一連の動作も魔法の一種である。

 おそらくは、最も広く一般的に利用されている魔法であり、魔法を利用できる人間なら誰もが標準搭載されている機能だ。自身の持つネットワークを通じて文字、音声、映像を送受信するための連絡用の魔法。つまるところ、脳みその中に携帯電話がぶち込まれているようなものとイメージしてもらえば結構だと思う。

 しかし、普通は連絡を取る側と受信する側の両方が相手のアドレスを知らなければ、全くもって使えない魔法である。

 例外として、先程のハッキングのような普通じゃない方法もあるのだけれど。

 などと、世の中的には今更な回想をしている間にも自己紹介は進み、次は先ほど顔面に拳をくれやがった金髪の番のようだ。

 彼女は腰まである金髪を後ろに払うと、

「マリア・サマーウインド。昨日のレクリエーションに参加してたなら、知らない人はいないでしょう?」

 どこぞの暴君のような尊大な態度で言いのけた。

「いや、まあ、あれだけ暴れてれば……」

 あと、全裸にされた恨みは忘れてないぞ金髪――もといマリア・サマーウインド。

「サマーウインドちゃん、昨日は大暴れだったねー。流石は入学試験で2位に大差を付けてのトップだったことはあるかな。上級生だけじゃなくて、新入生も全員ノックアウトしちゃうとは思わなかったけど」

 と、飴玉舐めながらコメントする九重女史。

 あいつ、マジで全員ぶっ倒したのか。

「お褒めに預かり光栄です。ですが、私の目標は在学中に『全員』に勝つことです。この全員というのは教師陣――勿論、九重先生も数に入ってるんですよ?」

「あはは、面白いねキミ。上を目指すのは良いことだけど、無茶と無謀を履き違えたらいけないよ?」

「――無謀か、試してみますか?」

「個人的には、それも面白いけど――」

 刹那、九重女史の姿が消えた。そして、

「あまり、ナメるなよ小娘」

 先ほどまで窓際に居たはずの九重女史が、金髪の肩で彼女の頭にピストルの形にした指を突きつけながら微笑んでいた。

「それに、この校舎にはランク2以上の魔法は強制的に解除されるようセキュリティが掛かってるから、魔法を使おうとしても無理だよ。勿論、教師陣は除いてね」

 九重女史の言う通りだ。

 学園内は、基本的に実習区画を除いて強固なセキュリティが張り巡らされている。

 

――魔法とは、理論化された奇跡だ。

 魔法使い達は『海』という情報が漂うネットワークにアクセスし、必要なデータを自身に落とし込むことによって、奇跡を再現する。

 例えば、火を起こすとしよう。

 その為には、まず必要な要素を『海』からダウンロードする。どうすれば火を起こせるか? 火をおこすには、大なり小なり火種が必要だ。だから、最初にそれを手に入れる。

 そして、火種を手に入れたら発火させる為の術式を構築する。

 術式とは、プログラムのようなものであり、自己暗示でもある。

 発火させる為の仕組みを自分の中で組み上げて、それを現実へと流し出す為に言霊で魔法を明確化させる。これが魔法の一連のプロセスだ。

 だから、魔法使いによって術式の組み方も言霊も違うし、厳密に言えばネットワークから取り込む情報の種類だって違う。

 つまり、それらをいかに効率良く、最大限の出力で運用するのは魔法使い本人の腕次第ということになるのだが。

「ご忠告……痛み入ります」

 金髪の苦味を潰したような呟きが、雑音の消えた教室内に響く。

「どういたしまして〜。それじゃ、次の人いってみよー」

 いつの間にか再び窓際に戻った九重女史は、今のやり取りなど無かったように極めて明るい声で続きを促した。うん、なるべく九重女史には逆らわないようにしよう。多分、幸せな学園生活を送れなくなりそうだ。

「おい、マリアちゃんだったか? 彼女、性格はキツイみたいだけど、先生のアレに反応してたみたいだぜ? 流石は学年首位の実力保持者だよな」

 ふと、後ろの席に座っていた大柄で筋肉質な男子生徒から声が掛かる。

「……マジ? 俺、九重女史が何をしたかも分からなかったんだけど」

「おいおい……、それでよく入学試験パス出来たな? 確かに、詳しい理論なんて理解できたヤツなんてこの教室に居るか分からないけど、多分転移魔法の一種だろ? でも、彼女は別だな。しっかり左手が術式組もうと反応してたし。学園のセキュリティ無かったら、多分どデカイのぶっ放してたんじゃないか?」

「おい、それって最悪教室が火の海になってたってことじゃないか」

「そうとも言うな。それにしても、九重先生は素晴らしいな。あの見た目でライセンス持ち、小柄ながら生徒を簡単にあしらう実力、そしてあの幼児体型系! 彼女は妖精か!? そうに違いない。なにせ、俺の心をこんなにもかき乱すのだから……」

「――ちょっと待て」

 微妙に危ない発言しなかったかコイツ。

「なんだ? 九重先生の素晴らしさを語って欲しいなら後にしてくれ。圧倒的に時間が足りない。どうしてもっていうなら、この俺の番が回ってきたら全て費やして語ってやろう。あの抱きしめたら今にも崩れてしまいそうな繊細さを醸し出す体躯、まるで秘境に広がる大草原を眺めているような胸元、世の汚れから守ってやりたくなるようなキメ細かい肌、ああ――素晴らしい! あの全てを俺の筋肉で包んでやりたい!」

 握り拳を作りながら語り出したコイツの第一印象は、馬鹿に決定した。

「お、そろそろお前の番じゃないか? 面白い自己紹介を期待してるぜ、裸王!」

「裸王は余計だ!」

 好きで脱いだんじゃないと何度言えば。

 内心愚痴りつつ、好奇の視線を浴びながら教壇へ向かう。

 仕方がない、腹を括って深呼吸。

そして、最初に一言。

 

「――では、自己紹介を始めよう」

 

 

 

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