■ #njslyr ■ライク・コープス・イン・オオカミ・フォレスト■完全版な■
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 ゴウン、ゴウン、ゴウン、ギュグン!

 重苦しい金属音の無機的斉唱が終わりを告げ、開かれたハッチの向こう側に美観を最重視した駅舎が姿を露わにした。

 アンダーガイオンからのリフトに満載された、労働者やカチグミを目指す学生達が次々と吐き出されてくる。彼ら彼女らは、キョート駅前に乗りつけた送迎リキシャーに乗り込んで各々の目的地へと向かっていった。

 その人の群れから遅れPVCレインコートを目深に被った学生が一人、駅の入り口に現れる。

 コートは薄汚れていたが、左胸の校章からはガイオン有数の進学校たるアケボノ・ジュニアハイスクールの学生と分かる。中高一貫教育で、未来の逸材を促成栽培する私立校だ。

 だが、どうしたことか。学生が姿を現わすと同時に、乗客を待ち構えているリキシャー達がクモノコ・スプレッドで走り出すではないか。別の場所へ客を探しに? いや、朝のラッシュアワー時にそれはあまりにも不自然。

 学生は走り去るリキシャーを無視するように、徒歩で学校へと向かう。

 歩みはリキシャーと比べて、あまりに遅い。授業開始寸前に、ようやく学校へとたどり着く。

 校門を潜り校舎に足を踏み入れる。フードを取ると、手入れがされていないタテガミめいた長髪が零れ落ちた……女学生だ。少女らしさの残る大きな両目は、光の加減によって時折深い青空のような輝きを放っている。

 彼女は整然とした所作でレインコートを畳み、粛々とロッカーの前へと立つ。

 ……彼女のロッカーだけが、異世界へと放り込まれたかのような惨状を呈していた。

 扉に油性ペンで「消えろ」「アケボノの恥」といったラクガキに加え「退学重点」「闇医者の娘」と書かれた付箋が重なる。接着剤で貼り付けられ、剥がすことすらままならぬのだ。

 だが……それら無慈悲な罵詈雑言に対して、少女は全くの無反応。ラクガキも付箋も無視し粛々とロッカーの鍵を外し、上履きを引き出す。

 

「君ィ、毎度毎度困るんだよ。学校の備品をそんなに汚く使われちゃ」

 

 その横合いから声。大柄な生活指導教師が、廊下に向かう入り口に立ち塞がっている。

 なんと、この教師はどこを見ていたのか? たった今登校したばかりの少女を、ロッカーを汚した犯人と決めつけている!

 

「責任持って清掃したまえ! 放置していては、他の生徒達にも示しがつかんだろうが!」

 

 理不尽! しかし対する少女は怒らないし、反論もしない! 教師が空気めいて上履きへと履き替えると、彼の眼前に歩み寄る!

 

「な、なんだねその態度は! 君は全く反省というものを知らんのか」

「雑巾」

 

 呆気にとられた教師に、少女は感情の一切が抜け落ちたかのような声を上げた。

 

「雑巾を取りに行きたいのですが」

「よ、よかろう。さっさとしたまえ」

 

 開いた隙間を、ドロイドめいてすり抜ける。

 

「さっさとしろと言っている。カケアシだ!」

 

 同時に、廊下を走り出す。その様子もやはり。

 否。少女の動作を見るにつれ、機械とて少し可愛げのある動きをするとも思える。理不尽を意に介さず、命令を淡々とこなすその様子は。

 まるで、ズンビーのようではないか。

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「あのフリーク女子、いつ退学するんだ?」

 

 アケボノ・ジュニアハイスクール校舎の片隅にある、生徒会室。

 そこには生徒会に所属する男子学生達が机を囲み、攻撃的笑みを突き合わせていた。彼らは全て有数な財界人の親類を持つジョックであり、将来が約束されている。

 その脇からチアマイコ部の女子達がしなだれかかって、ジョックスが会話しながら彼女らの豊満な胸を揉みしだいている。なんたる倒錯的アトモスフィアか……だがそれを咎める者は、生徒にはおろか教師にすら皆無だ。彼らは……正確には彼らの親は、学校の上層部に顔が利く。

 

「ムラハチもしたしアンコもくれてやったのに堪えない。早急に学校から追い出さなければ、校内の空気はあいつに汚される一方だ!」

「同意!」「カッコイー!」「決断的!」

 

 女学生達が、アジテーションめいて力説するジョックに賞賛の声を送る。ちなみにアンコとは言葉通りの意味ではなく、ロッカーや荷物に仕込むゴミや汚物などを示す隠語である。

 彼らにはそれが当然なのだ。フリークスから特に目障りな生徒を選び、ムラハチ・ゲームと称して全校生徒を挙げた虐待を繰り返す。次の標的となることを恐れ、逆らう者は皆無である。

 アワレ、件の少女はジョックスにより陰湿なムラハチへと追い込まれたのだ……彼らには、罪悪感など存在しない。むしろ自分達の信念に基づいて生徒達を主導していくのは、将来的にリーダーシップを発揮していく上での演習行為として必要なことだとすら考えていた。

 

「だが、どうしよう。もう粗方のゲームはやり尽くしたぜ。何をやってもナシノツブテだ」

「悲鳴一つ上げやしないもんな。それどころかこちらを見もしやがらない……まるで死体でも眺めてるみたいで、気持ちが悪いや」

「ナニソレー?」「ユーレイ?」「コワーイ」

 

 女子達が不安の声を上げながら、ジョックスにしがみついた。

 

「何をやっても反応しないってことは、何をやったって構わないってことさ」

 

 彼らの中心で、決断的な声を上げる者あり。ジョックスのリーダー、会長のカワタである。ガイオンの伝統的通商メガコーポの御曹司で、アメフト部部長でもあった。

 

「でもムラハチもオミヤゲもやり尽くしたぜ? 他にどんなゲームが残ってるんだ?」

 

 両脇にチアマイコ部の部長と副部長を侍らせたカワタは、胸を張って鷹揚に言い放つ。

 

「ファックするんだよ。校内で、しかも死体が相手なら何も問題がないだろう」

「おお、ブッダ! 誰にネクロフィリアになれと言うんだい?」

 

 ナムサン! 彼らは帝王学教育の一環として、ジュニアでありながら前後を経験済みなのだ! 当然、法的問題を指摘する者はいない!

 

「別に僕達が、あんなフリークを相手する必要なんてないだろ? 体育部には僕らとの覚えをよくしたい奴、前後に興味のある奴はたくさんいるはずさ。そいつらを使って襲わせればいい。僕らの手は汚さないで、奴を好き放題できる。いい案だろう?」

「スゴーイ!」「名案!」「ヤッチャッテー!」

 

 ジョックスがアクマめいた笑みを浮かべる。確かに名案だと思った……ファックされる段になってもかの女子は無反応でいられるか、見てみたいと思わずにはいられぬのだ。

 

「異論はないね? では早速計画を練ろうじゃないか。まずは先生を言いくるめてさ……」

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 少女の自宅はアンダーガイオンの第五層の、いわゆる上層部と呼ばれる比較的治安の良好な地区の片隅にあった。人目を忍ぶよう住宅街に埋もれた、二階建ての一軒家がそれだ。

 玄関を潜ると、消毒液の匂いが鼻を突いた。おそらく今日も……今晩も、急患が舞い込んだのだろう。一般家屋を密かに医療施設へと改装した、この闇サイバネ施療院に。

 

「呼吸器繋げ!」「心拍数低下」「ヤバイ」

 

 通路の奥にあるサイバネオペルームからは、逼迫した男女の声が聞こえてくる。治安が悪化する第六層以下では、労働者の暴動やヤクザの抗争が頻繁に発生する。階層を超えて施療院に運び込まれる怪我人は、二十四時間尽きることを知らぬ。父親の卓越したサイバネ治療技術を目当てに施療院の門を叩く者は数多く、少女の学費を捻出するには十分であった。

 しかしそれが、少女にとっては裏目となってしまった。いかなる経緯か、数ヶ月前に両親の職業がジョックスの知るところとなって彼女はムラハチ重点となった。学友達はこぞって掌を返し、校内においては孤立無援だ。

 

「先生、コレいい加減に撤去しましょうよ! オペルームが狭くて仕方がない」

「いいや、まだ退かさないよ。こいつはうちの看板代わりなんだ」

 

 オペルームから、スタッフと父のやり取りが聞こえてくる。重機マニュピレータを改装して作った、世界最大のサイバネアームだ。大人の身長より巨大なそれに、イミテーション以上の意味はない。三メートルの巨人でもなければ、移植しても使いこなせまい。しかし、アームは施療院の広告塔としてよく機能していた。

 普段から多忙なので、両親との会話の機会はほとんどない。それより何より娘をカチグミに進ませようとする彼らの努力を一方的に反故にすることなど、少女にできるわけがなかった。

 二階の住居に上る。彼女は二人の妹がいたが、その妹達も受験勉強で最近は部屋に篭り切りだ。悲惨な境遇を打ち明け、妹達のモチベーションを削ぐこともできそうにない。

 最初に、笑顔が死んだ。

 教師にいくらムラハチの事実を主張しても、聞き入れられない。それどころか、彼らすらもムラハチに加担する。

 結果、怒りが死んだ。悲しみも死んだ。

 学校を辞めることも一度は考えたが、懸命に働く両親を眺めているとその気力すら萎えた。

 そして少女は、絶望も殺した。

 食卓を通り過ぎ、自室に入る。殺風景な勉強部屋だ。彼女は投げ捨てるように鞄を置くと、ベッドに体を横たえた。考える気力も湧かない。今の彼女は、死体だった。

 

「……戦いで傷つき死に瀕した王は、森で一匹の狼と出会いました」

 

 か細い声で、口からポエムの一節が流れ出る。幼い頃に母親から読み聞かせられた絵本の一つ。戦に敗れ自らの死を悟った王は、屍を隠すため狼に亡骸を喰らうように依頼する。しかし狼は四本の足で王の遺体を森に埋め、その傍で敵の兵士や他の獣を退け続けた。

 

「狼は王が朽ちるまで、墓を守りました……」

 

 ナムアミダブツ……彼女は物語の中の王に、自分の姿を当てはめているのだ。そして狼との出会いを渇望している。

 しかし集団に相入れない者がムラハチされるのは、マッポーの競争社会においてチャメシ・インシデントである。守り手の狼が現れることなど、永遠にないのだ……!

 

「戦いで傷つき死に瀕した王は……」

 

 だが少女は壊れたレコードプレイヤーめいて、その一節を繰り返す、繰り返す! ブッダ! 正視に堪えません! 淀んだ瞳は深く青い光を放ち、視認のように濁りきって……!

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 プリントの束を抱えて廊下を歩いていたら、突然横から捕まって部屋に引きずりこまれた。

 そも、いつもは自分を無視する教師が今日に限りプリントを職員室に運ぶように頼んでくる時点でおかしかったのだ。散乱するワラバン・ペーパーを回収する暇もなく、あっという間にバラクラバで顔を覆う体格のいい男子生徒達に床へ叩きつけられた。向こうにはマスカレードめいたハーフ・オメーンを被る、リーダー風の男子達も見える。半笑いの口元に見覚えがある。

 ファック・アンド・サヨナラという奴だろう。アンダーガイオンではよくある話だがアッパーで実行に移す者がいるとは。

 男子生徒達が目に下卑た笑いを湛えて、少女の制服を強引に剥がし始める。破られたら替えもない。さすがに両親にもばれてしまうだろう。

 遺骸を守る狼はいない。これが現実。こんな卑しい連中に、やりたい放題されるくらいなら。

 

 本物の「アバーッ!」え?

 

 最初は何が起こったか、よく分からなかった。気がつけば彼女にのしかかり服をはだけようとしていた男子生徒の姿……正確には首から上はない。フットボールめいた頭が、ジョックスの目の前に放物線を描いて着地する。

 

「アイエエエエエエエ!?」

 

 ナムサン……そこから少女の記憶は、しばし途切れている。気がつけば、彼女は荒れ果てた体育準備室にただ一人座り込んでいた。彼女を襲おうとしていた男子生徒達やジョックスは? 大半は何かに切り刻まれ、物言わぬ肉の塊に変わり果てていた。部屋の片隅では、カワタがしめやかに失禁の上失神している。

 机に、ロッカーに、教室全体に無数の爪跡が残されている。その様子はまるで部屋を埋めるほどの大きさがある獣が、爪を振りかざし暴れ回ったようにも見えた。

 その猟奇事件は、表向き事故と処理された。ブッダ! 何を改竄すれば事故にできるのか? だがその頃の少女には、知る由もなかった。このキョートを影で牛耳るニンジャ・クラン、ザイバツ・シャドーギルドの存在を。そして、頭目のロード・オブ・ザイバツが使う恐るべきキョジツテンカンホー・ジツの影響力を……!

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「アズール」

 

 黒い拘束衣状の装束に身を包む、ジゴクめいて逆立った頭髪を持つ男が少女の目を覗き込みながらそんなことを言う。

 自分のことを言われたのだと気がつくまでに、ずいぶん時間がかかった。

 

「テメェの名前だ。目がそんな色をしてるぜ。だから、これからテメェは空色《アズール》だ。いいな?」

 

 身勝手。元の名も聞かずに、男は彼女の名前を勝手にそう定義した。

 最期まで彼女を、アズールの実態を見ようとしなかった両親、妹達、そして従業員を遊びのように殺す様子を、彼女はつい先ほどまで家の片隅で眺めていた。何の憐憫も湧かなかったが、この男がもはや決定的レベルでアズールの人生を破壊したことは理解している。

 そしてこの男と……隣を歩くもう一人の男も、アズールと「同じ」だということも。

 

「物好きめ」

 

 無感情な顔を、拘束衣に向ける。むき出しの上半身は引き締まった筋肉質だが、その両腕は明らかに異質だった。彼はあのサイバネアームを、自分の両腕代わりに取り付けているのだ。両腕を失った状態で現れたこの男に、拘束衣が無理矢理あのアームを移植させた。

 

「かてエこと言うなっての。一度でいいから、やってみたかったんだよ。ゴッドファーザー。そのうち中身が目エ覚ましたら、様んなる名前になるぜエ。へへへへ!」

「お前の思いつきなら、好きにすればいいが」

 

 サイバネ男は拘束衣の刹那的な言い草を軽く受け流した。おおむねいつもこの調子で、何を言っても無駄だと知っているのだ。

 

「こいつにはニンジャソウルが憑いているから、きっと使える。お前が言うならそうなのだろう。ただ、一つだけ分からんことがある」

 

 感情の抜け落ちた目が、アズールを見下ろす。

 

「お前が言うほど上玉か? この娘が」

 

 拘束衣が一度、瞬きした。それからしばらくして、汚物めいた目でサイバネ男を見上げる。

 

「分かってねエな、てめエは。俺様の審美眼を疑うってのかよ」

「そりゃ理解はできんな。死体にしか勃たないお前が、上玉とは」

 

 拘束衣の歪んだ嗜好をアズールは知らない。彼らが来いと言ったから、そうしているだけだ。どの道彼女を縛るものは、もう何もない。

 いずれ仇を討つ日も来よう。だが今は自分に指示する者が彼しかいないからこうしていよう。

 

 

 狼の森に葬られた死体のように。

 

(おわり)

 

説明

 ドーモ。こちらは忍殺アンソロジーに投稿したセカンド・クリエイション・ストーリーです。この度主催様より公開許可が下りたのを期に決断的公開へと踏み切ることにした。ヨコガキ・インシデントに対応するべく台詞に行間を挟み読みやすさを重点している。アズール=サンがニンジャになる前のエピソードであるが妄想が多分に含まれており真実と誤差が生じている可能性があることをあしからずごりょうしょうください。
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