太陽のような笑顔
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太陽のような笑顔

 

 澤田彩菜。私が心の底から興味を持てた2番目の人物。

それは今はまだ対象物としての興味だけ。

 

 一心不乱に画板に掛けた真っ白の上で筆を走らせていた私は一息ついて

外を見やると、描き始めた時とは空の色が違っていた。

 

 今日も授業をサボる形になってしまった。

 

 そんな私が問題視されていないのは、美術に対する才能のためである。

自分でいうのはおかしいだろうけど、美術を扱うコンクールでの受賞はそこそこある。

そこを買われたのだろうけれど。

 

「ふぅ・・・」

 

 そこだけでしか、私を見てくれる人がいないのが複雑だった。

寂しくはない、小さい頃から慣れているからね。

 

 ボーっと窓から覗く景色を見ながら、ふと2年前のことを思い出した。

彩菜の前に本気で好きになって、とてもモデルにしたかった先輩の話。

 

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 入学時からいきなり、変人扱いを受けていた私。

それは普通の生徒とは受け答えがズレてるとこからきているようだった。

 

 面白おかしいように、からかわれて。

何とも思わないんだけど、そのことに先生から注意を受けるその生徒達は

もっと、私をからかうようになる。

 

 でも、私の視線の先はその生徒たちは入ってなくて。常に頭の中で

繰り広げられる世界を創造しつつ、その景色をペンに載せて表現していく。

長年繰り返してきたことだ。

 

 それなりに上手くもなって、それプラス独特なタッチが好評で噂は

広まっていった。

 

 私自身。自分の作品が誰にどう評価されようが、何とも思わない。

自分さえよければそれでいいと。所謂、心の引きこもりってやつだったのかもしれない。

 

 だけど、そんな私の思考を他のことに変えた人がいた。

 

「君、絵描いてる時だけはいい顔してるね」

「・・・」

 

 普段と違う言葉の色を感じ取った私は絵を描いていた手を止めて声が聞こえた

扉付近に視線を移した。

 

 そこにはライトブラウンに染められた、それでいて嫌味のない色合いになって。

更にそれに似合いそうな明るい表情で私の傍まで歩いてきた。

 

「誰ですか」

「一応ここの部長なんだけど。覚えてないか」

 

 とにかく、疑問に思ったことを呟くように言うと、その人は説明をしてくれて。

それで私は思い出した。何の変哲もないチャラチャラした感じの部長だったから

記憶にはなかったけれど。

 

 私の作品を見るその目はとても純粋で私は少し心が動いたような気がした。

そうして、私は彼女。先輩に興味を抱くようになった。

 

 彼女が私の作品を見る目は、まるで子供が楽しんでいるような暖かくてむず痒くなる。

そんな心地良さ。

 

 汚い大人たちが感じてる、価値観とか評価とかよりも嬉しい、この反応。

心なしか無表情で居続けた私の頬も緩みそうになるくらいだ。

 

 先輩の名前を知らなかったから聞いてみたけど、結局のところ。

私が彼女の名前は覚えられることはなかった。名前なんて、飾りみたいなものだ。

 

 私は先輩の本質を好きになっていたんだと、本能的に感じていたのだ。

 

 同じ部活の生徒が、終わり間際に他の生徒と出かける相談をしているのを

耳に入ってくる。私はそれに構わず筆を進めて私の世界を絵として現実に具現化させる。

 

 その行為に精一杯の気持ちを込めていた。先輩も同じように私に付き合って

ただ、私の描く様子を傍で終わるまで見ていたこともあった。

 

「あんたが絵を描いてる姿を見てると飽きないわ」

「そうですか・・・」

 

 先輩も私のことを名前で呼んだことはなかった。

ただ、気持ちが触れられるだけで心地良かったのだ。

 

 誰もが、どこかへ遊ぶ約束をしていても、私と先輩の約束の場所といったら美術室。

休みの日でも、ちょっとした言い訳をしてここで絵を描いて楽しい一時を過ごした。

 

 先輩は見た目はチャラチャラしていても、実は真面目で成績も上の辺りにいたみたいだ。

私といえば、美術以外に才能があるはずもなく。いつもビリだったけれど。

 

 でも成績とかは私には関係なく、ただ先輩と過ごせる時間が一番大切で

生きている実感を受けられた。

 

 だけど、楽しい時間というのはあっという間で。一年の私と三年の先輩との時間は

残り僅かになっていた。タイムリミットは1ヶ月。

 

 私は珍しく屋上に呼び出され、先輩の姿を確認をした。先輩はいつも太陽のような

笑顔を私に向けてくれたけれど、その時はなんだかその笑顔も翳っているように見えた。

 

「先輩・・・?」

「あーあ。なんで学年がこんなに違っちゃったかね」

 

「・・・」

「もっと、あんたとこういう時間が欲しかったよ」

 

「卒業してもまた会えるのでは?」

「ところがね、ここの高校。私の地元じゃないんだよ」

 

 話によると、ここには我が侭を通してまで来たかった理由があり。

その条件が終わってしまうから、故郷に戻らないといけないという。

 

 ありがちな話でも、何だか私には胸がチクチク痛むようだった。

これまで、誰が転校したり、離れていったりしても。何ともなかったのに・・・。

 

 わずかな一年間でここまで接する人は今までいなかったのに。

 

「私・・・先輩の時間を取っちゃいましたね・・・」

「いや、そのことは不満はない。むしろ充実していた」

 

 先輩の言葉はその後も続く。

 

「たまに別の友達と遊びにいったりしてたけど、全然楽しくなくってね。

あんたの絵を描いてる姿を見ている方がよっぽど有意義だったよ」

 

 時間が止まればいいのに、って。呟く先輩の言葉は、今の私には返す言葉がなくて。

だって、私も同じことを考えていたんだもの。

 

「私もそうですよ・・・」

 

 生まれてこの方。泣くことなんてなかったものでして、こういう時には泣くのが

相場なんでしょうけど、相変わらずの無表情の私に先輩は笑ってくれました。

 

 人がからかうような笑い方じゃなくて。何だかとても暖かい母親のような温もりが

ありました。本当は泣きそうだったけれど、泣けない私はその反応をもらえただけで

幸せだったのです。

 

卒業式の後。

 

 私は先輩の前にいって一枚の絵を提出をした。

それは私の想像で映し出した、私達の思い出を絵という世界に描いて。

 

 先輩はそれはもう、今にも泣きそうな表情で絵を見て私に視線を移してきた。

 

「ありがとう・・・」

「先輩、これからもその太陽のような笑顔で誰かを幸せにしてあげてください」

 

 これが私にとって今まで最初で最後の長い言葉を発した瞬間だった。

それから、ごくたまにではあるけれど。先輩と文通をしている。

 

 メールでいいじゃないかって?

それでは私の気分が乗らない。私の感覚を先輩は理解をしているから、喜んで

私と文通をしてくれている。こんな面倒なやつ、好意に接してくれるのは彼女だけ

かと思ってた。

 

 あぁ、忘れていたよ。先輩と私の唯一の写真を、写真立てに入れて眺めていて、

ようやく気づいたことだった。

 

 私は先輩のことが好きだったんだ。

 

 ドラマやマンガのようにドキドキはしなかったけれど、ずっと傍に居て欲しかった人。

離れて半年も経ってから気づくなんて、間抜けもいい所だ。

 

「言えばよかったかな・・・いや、言ったら先輩は・・・」

 

 先輩は困るかもしれない。私は特に失恋とかいう言葉ではなく、軽い片想いくらいで

甘酸っぱい記憶を振り返りながら大好きな絵に集中することにした。

 

 でも、先生に言われて気づいたことだけど。今までは寒色系や暗い色を好んで

使用をしていた私が、今では暖色系。いや、主に太陽をモチーフにしたのが

多くなっていることを指摘してきたのだ。

 

 文句はないらしいが、どうしてそうなったのか。不思議で仕方なかったらしい。

私も無意識の中での変化でわからなかったが、私の中で先輩が微笑みかけてきてる。

 

 その影響なのかもしれなかった。

 

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 久しぶりに新規の文通の内容を読んで、先輩は大学ライフを満喫しているのを

写真と手書きの文章を見て、私は心の中で微笑んでいるような気分でいた。

 

「先輩、また来たよ〜」

 

 先輩といいながら、後輩らしからぬ言動で近寄ってくるのが澤田彩菜である。

思えば雰囲気は先輩にどこか似ているような気もするけど、先輩はこんなに軽率な

タイプではなかった気がした。

 

「そろそろモデルになる気持ちにでもなったかしら・・・?」

「うん、でも。春花が怒るからなぁ」

 

「・・・そう」

「あ、でも先輩がしたいなら喜んで・・・」

 

「興味が失せたわ」

「ちょっ、ちょっと。先輩〜・・・」

 

 あの時とは違った楽しさだけれど、私は今の時間も大切にしていた。

最初の一年の頃は全く会うことがなかった私と彼女。私は三年。彩菜は二年。

先輩と同じような境遇だけれど、時間の短さは同じという不思議な体験をしている。

 

「あぁ・・・騒がしいのが来るわ」

「え?」

 

 言って数分もしないうちに彼女と思しき生徒が乱入してきて、私を勝手にライバル

扱いをしてくる。そんなのもどうしてか、嫌いになれずに群れていた。

 

 この人間が得意ではない、この私が・・・である。

 

 暴れて部屋がめちゃくちゃになる前に大切な手紙をそっと封筒に戻してポケットに

しまう。その際にあて先の私の名前と、送ってきた先輩の名前が見えた。

 

【眞?時雨様へ。橘美織より】

 

 飾りだったはずのお互いの名前がとても宝物のように感じるようになった瞬間だった。

 

お終い。

 

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 追記・モデルになってくれるように一度だけ頼んで描かせてくれた絵は私の部屋に

大切に保管をしてある。その内容は完全なヌードであったが、どこか神秘的な

部分を感じることができた。自分で言うなっていうとこだとは思うけど。

 

 私は死ぬまでこれを大切にするだろう。

 

 そこから、私はモデルに固執するようになっていたのかもしれない。

この無邪気な後輩がその二人目のターゲットになったのは私にとって良かったのか

どうかは、後々判明するであろう。

 

 それまではこの楽しい気持ちを大切にしたいと思った。

 

「あれ、先輩笑った?」

「そんなことない・・・」

 

 太陽のような笑顔で私に問いかけ、私は一見無表情ながらもテレながら否定をした。

先輩の言いたいことが今ようやくわかった気がする。

 

 私は賑やかな美術室の外を見て夕焼け空を眺めながら思った。

 

 あぁ・・・。時間が止まればいいのにって。

 

本当のお終い。

説明
読みきりものだけど、登場人物は双子物語の一人にスポットあてたもの。
美術の謎の先輩。眞?時雨さんです。
無表情でも、無口でも中では色んな感情が芽生えるものです。
そんなマニアックで自分得でしかないですが、
もしよかったら見ていってくださいましまし♪
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読みきり 百合 先輩後輩絵描き物語 

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