硬貨
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 男はその歳になるまで、一枚の不思議な硬貨を持ち続けていた。それは彼が若い時に偶然手に入れたもので、古ぼけており、彼の国の貨幣とはまったく異なったものであったため、使うことが出来なかった。

 もともと風変わりな気質を持っていた男は、生涯の半分以上をその硬貨の為に捧げた。どこにいけば、それの価値が発揮されるのか。調べるためにずいぶんと各地を転々とした。

 最近はすっかり足腰が弱り、以前のようなフットワークはなくなってしまった。だが、男は諦めていない。男以外、誰もその硬貨のことを見たことすらなかったが、「おもちゃ」などではなく、きちんとした価値があるものとして探し続けた。それが自分の生涯だと、胸を張って言える。男は知人にも家族にも常にそう話している。

 

 男が硬貨の為に辿った軌跡には、数々の発見があった。彼はそれらのおかげで安定した暮らしと立場を得たが、その半分以上に頓着がない。彼は最低限大切にするべきものは大切にして、あとはすべて硬貨の為に時間を捧げて来た。しかし、未だ硬貨の正体は掴めない。

 中には「もういいだろう」と彼を諭す者もある。彼の持つその硬貨を、素材以上の値段で引き取ろうと持ちかけてくる者もある。男はそれらすべてを、穏やかに拒絶してきた。

 なにも狂っては居ない。男は硬貨の魅力に取りつかれているが、健全であった。彼は常に穏やかで、よく笑う。その人生は、誰が見ても幸せで満ち足りたものだ。

 

 ある時、青年が男に訊ねた。

 

「先生、その硬貨で何か買えるとしたら、一体何を買いますか?」

 

 青年はその硬貨が、現実に使えないものと分かっていた。そして、男も充分にそれを知っている。

 

「ああ、そうだね」

 

 男は手入れをしていた発掘道具を傍らに置いて、青年に笑いかけた。

 

「タイムマシンかな。それと出来れば、若さが欲しい。過去に世界をもう一度、旅してみたいものだね」

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ちょうど二十分製作の小ネタ。
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