YELL! 試読み
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放課後になると聞こえる様々な音。

 運動部員のかけ声、ホイッスルの音、そして金属バットのノック音――。

 綾瀬和哉は一緒に帰る親友が迎えに来る間、いつもそれらの音を聞いて楽しんでいた。

「んー。今日は遅いなぁ……」

 隣のクラスの親友は、いつも終業のチャイムから数分で迎えにくるが、今日は十分以上待っている。

 教室に、クラスメイトはもう誰も残っていない。

「んーーーーっ」

座っている事に飽きた和哉は、一度背伸びをするとベランダに出て外を眺めた。

 眼下に野球部員の姿が見える。

 和哉は手すりに肘を付き、その練習風景を眺めた。

 心地いいノック音の後に、捕球したショートが二塁のカバーに入ったセカンドにトスをし、一塁に送球する。

(ノックは何気に巧いと思うんだけど……ちょっとスピード上げれば、もう少しレベルも上がると思うのになー)

 繰り返し行われている練習を眺めながら和哉は首を傾げた。

 監督は数学教師の兼任で、本業ではない。その割に左右にきっちり打ち分けられるし、難しいフライを上げるのも巧い。

 しかしせっかくの技術ものんびりとした雰囲気の練習では効果がない。和哉には練習のテンポがもどかしく感じた。

和哉は中学時代、リトルシニア――通称シニアと呼ばれる中学生を

対象とした硬式野球チームに所属していた。

高校入学を機にそれまで続けていた野球を辞めたが、やはり練習を見ると体が疼く。

「もったいないなぁ……」

「なにが?」

「うわっ!」

 不意に漏れた独り言に返事が返ってきて、和哉は驚いて振り返ると、親友の小木津隼人が窓際に肘を付いてにっこり笑ってた。

「なんだぁー、小木津かよ。気配感じなかったぞ」

 小木津の顔を見て一転、安堵の笑みを浮かべた。

「何見てたの?」

「何でもないよ。早く帰ろうぜ。バイト遅れる」

 和哉はベランダに出てこようとする小木津を制し、中に入ると机の上の鞄を取り、早足で教室を後にした。

「遅かったじゃん。何してたんだよ」

「あー悪い、悪い。急に担任に捕まっちゃって」

 結局三十分近くも待たされ文句を言うが、悪びれる様子もなく小木津はそう言いながら、笑顔を浮かべ頭を掻いた。

「……笑えば許してもらえると思ってね?」

「あ、バレた?」

「そんなの通用するのは女の子だけだから」

 そう言いながらも小木津の笑顔を見ると、怒る気が失せてしまう。

 同性でも男前の笑顔は最強だと和哉はしみじみ思った。

 和哉が小木津と初めて出会ったのは高校一年の時。

地元からもっとも離れた高校に進学した和哉は、同中の進学者もほぼなく、人見知りで誰にも話しかけることが出来ずにいた。

そんな和哉に話しかけてきたのが、和哉の後ろの席にいた小木津だった。

―なぁなぁ〜。

突然背中を突かれ驚いて振り返ると、くりんと外跳ねさせた長め髪型を気にし、何度も手櫛で髪を梳く小木津がいた。

―ここさ〜やっぱ跳ねすぎだと思う?

綺麗なアーチを描いた太めの眉にくりっとした大きな瞳――突然話しかけられた事よりも、まるでアイドルのような小木津のキレイな顔立ちに和哉は言葉を失った。

―いやさぁ、やっぱ最初が肝心かなって、めっちゃ気合入れて決めてきたんだけどさ〜。なんかこっちやりすぎたかなぁって思って。どう? 

美男子を目の前にし、さらに答えづらい質問に戸惑い、言葉に詰まっている和哉に、小木津は屈託のない笑顔で最初から積極的に話しかけてきた。

入学して一ヶ月経っても、なかなかクラスの輪に入っていけない和哉と対照的に、気さくで嫌味のない性格だった小木津は、早々にクラスの人気者となった。アイドル並みの容姿に加えて百八十センチの長身だった小木津は、さらに女子からの人気もすごかった。

そんな小木津が、移動教室やクラスの当番、クラスメイトと遊びに行く時など、何故か何かある度にいつも和哉を誘った。

半ば巻き込まれる形で、行動を共にさせられていた和哉は、自分と対照的で人を引きつける魅力のある小木津の人柄に、次第に惹かれていった。

小木津の誘いでアルバイトまで一緒に始めると、小木津に軽口を叩けるまでになり、そしていつの間にか和哉にとって初めての親友となっていた。

 二年に進級しクラスが離れてしまっても、二人の仲は変わらなかった。和哉のクラスに小木津が迎えに来て、一緒にアルバイトに向かう。

「あ、そう言えばお前中学の時、野球で日本代表にまで選ばれたんだって?」

「えっ?!」

 校門を出てしばらくして、突然思い出したように小木津が言った。

「なんでお前それ……」

入学当初、話の流れで中学まで野球をやっていた事を小木津に話したことはあった。しかしそれ以上の詳しい話はしていない。

「あぁ、磯っちから聞いた」

(あ、磯原君か……)

磯原は小木津のクラスメイトで、数少ない和哉と同中の進学者だ。

一度も同じクラスになった事はなかったが、その話は当時全校集会で発表された為、和哉が優秀な野球選手だった事を磯原が知っていてもおかしくない。

「世界大会ってどこでやんの? やっぱ海外?」

「あー……うん、毎年違うんだけど、俺の時はアメリカ」

「へぇ〜、すげぇ奴なんだなお前」

小木津が目を輝かせながら質問をしてくるが、和哉は言葉少なに答える。

 所属していたチーム自体、何度もリーグ優勝をした強豪チームで、その中でも優秀選手として注目を浴びていた和哉は、中学三年の時に、世界野球選手権大会の全日本メンバーに選出された。

 しかし、中学の話をすると必ず付いて回る苦い思い出がある。

 毎日練習に明け暮れ、同級生と遊んだ記憶がほとんどなかった中学時代。学校外で同級生と遊んだ記憶もなく、思い出すのはいつも練習風景。父親が所属チームの監督だった為、練習のある土日はもちろん、普段の生活でも野球が中心だった。

 また中学校の野球部は軟式の為、硬式のシニアを拠点にしていた和哉は、父親の反対で学校の部活動には所属させてもらえなかった。そんな毎日で、同級生と打ち解ける事も出来ず、仲良くなれる訳もない。

 父はチームメイトと馴れ合う事を好ましく思っていない為、シニアでも和哉と練習以外で会いたがるメンバーがいなかった。

 和哉には同級生にもチームメイトにも、ずっと友達と呼べる人間がいなかった。

 だから高校では野球と決別しようと、和哉は推薦のあった私立の強豪校を断り、最も自宅から遠く、受験学区の最端にあった野球でも無名の公立校を受験した。

 友達と遊んだり、漫画雑誌を回し読みしたり、アルバイトをしたり――そういう普通の毎日に憧れて。

 そして手に入れた「普通の生活」。

 過去の友達のいない孤独な自分は、野球とともに捨てた。

 だから野球を辞めた理由を、小木津には知られたくなかった。

「なんで野球部入らなかったの?」

「えっ? あ、え、と……野球は今まで思う存分やったし、全国大会も出られたからさ。高校ではもっと自由な時間を謳歌しようって……」

「あーそういう事か、うん、わかる、わかる。俺も中学ではサッカー漬けだったからなぁ。まぁうちは予選落ちレベルだったけど」

 小木津に不審に思われないよう、努めて笑顔で説明する和哉に、小木津は意外にもあっさりと納得してくれた。

「ちょっと、物足りねーけど、こうのんびりと学生生活を送るのも悪くないよな〜」

 そう言うと、小木津はグーッと両手を挙げ背伸びをした。

「う、うん! そう、そう。バイトとかやりたかったし!」

 その反応にホッと胸を撫で下ろすと、和哉は小木津の言葉に同意した。

 和哉と違い怪我が原因で辞めたと言っていたが、中学ではサッカー一筋だったという小木津は、この「普通の高校生活」の大切さをわかってくれる。

 お互いスポーツ中心の生活だったという状況が似ていたせいか、小木津は和哉の気持ちをいつも理解してくれる。

 それが心地良く、ここまで親しくなれた要因かもしれない。

「それに髪も伸ばしかたかったんだ。もう坊主頭に戻りたくねーよ」

 そう言って猫っ毛のふわっとした髪を、和哉はくるくると指に巻き付けた。野球を辞めてから必死で髪を伸ばして、初めて気が付いた癖毛。始めは鏡を見るたび違和感があり、髪を整えるのも苦労したが、今では坊主頭の自分の姿を思い出す方が難しいくらい馴染んでいる。

「でもさー、お前は別に怪我じゃないんだし。うちの野球部なんか緩そうだから、バイトやりながらでも出来そうじゃん」

「――え?」

 しかし再び話題が野球に戻ると、髪を弄っていた和哉の指が止まった。

「い……いや、別に……やらされてたってだけで、本当は野球そんな好きじゃ……」

「またまたぁ。だっていつもお前、俺が来る間野球部の練習見てるじゃん」

「え?!」

 思わず小木津を見上げた。小木津はただニコニコ笑っている。

「いつも野球部の方さ、羨ましそうに見てるだろ。下で俺が手振ってんのも気付かねぇくらいにさ」

「え……?」

 そう言って得意げに笑う小木津に、和哉は顔が熱くなっていくのを感じた。

 今までずっと野球の話題を避けてきた。そうする事で野球へ未練がある自分自身も誤魔化し続けてきた。

 それなのに。

「本当はやりたいんじゃね? 野球」

「小木津……」

 小木津には何故か全て見透かされているような気がしてならない。

 押さえ込んできた想いが、小木津の一言で騒ぎ出す。

 本当はやりたい。

 野球がしたい。

 ボールに触りたい。

 基礎トレーニングは今でも欠かしたことは無い。毎朝夜走っているし、腹筋腕立ても回数を決めて行っている。

 野球にまつわる思い出は辛いものばかりだけれど、野球自体は嫌いになれなかった。

 打撃音、スパイクで走る感触、土の匂い、グラウンドの全てが恋しい。

「入っちゃえよ、野球部。俺、バックアップするし」

 だめ押しのように小木津が優しく微笑む。

 しかし、その笑顔の小木津を見つめて、和哉はふっと笑みを零しながら小さく首を振った。

「……ううん。やっぱいい」

「え、なんで?」

「だって、お前と遊ぶ方が楽しいもん」

 野球よりも小木津との今を大事にしたい。

 野球と親友をどちらかを選べというなら――親友だ。

「えー……でもさー」

「いいの! それより、誰かさんのせいで、早く歩かないとバイト遅れる」

 まだ何か言い足り無そうな、不満気な表情の小木津を無視して、和哉は話を打ち切った。

 本当はもう一つ。

 和哉には野球部に入れない理由があった――。

説明
高校球児とその応援団のお話。友情から始まる青春BLです。OFF発行作品の試読みですので、続きが気になる方は「ポッチョム’s」でコミティア・J庭に参加してますので、よろしくお願いします♪
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