銀と青Episode07【岩戸神楽】そのC
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 神を敬え、畏れ崇めよ。

 この極東の島国である日本には、八百万の神という伝承が存在する。

 これは、あらゆる万物にはそれぞれの特性に応じた神格が宿るという考え方だ。最も分かりやすいモノは、自然現象や災いなど人に理解できないものを神格化した場合だ。

 有名ドコロで言えば、太陽を神格化、主神とした天照大神。炎を神格化した火之迦具土神などだろうか。今では浅見屋双司と名乗っている自身も、その八百万の神と呼ばれる一柱である。

 一体どんな理由があって今更確認する必要もない事実を考えていたのかといえば、現在進行中の人里離れた山奥。人工の瞳を焼くような光も、鬱陶しい羽虫の鳴き声も届かない暗い場所が関係があった。進路上の片付けが出来ていない邪魔な大岩を蹴り飛ばしながら、脇目も振らずに奥へ、奥へとお邪魔していく。どうやら、大昔と変わらず片付けは苦手のようだ。もし、奇跡的にもこの場所を発見した参拝客が居たら、さぞかし迷惑がるだろう。つまり、多少は片付けて欲しい。ここまで来るのに蹴り飛ばした大岩の数は、とっくに両の手を越えていた。そもそも、本来なら神様専用の道を使ってお邪魔する予定だったのだ。ところが、殆ど使われていないせいか完全に通行止め。外から道を開こうにも、家主の閉じこもり具合には定評のある頑丈な結界のせいでビクともしない。結果、地道に岩だらけの瓦礫道を通って行くことになった。

 余談だが、この場所は犬も歩けば棒に当たり、猿が登れば木から落ち、人が歩けば一寸先は崖になるという災くが付き過ぎてどうしようもないくらいの危険地帯及び無法地帯となっている。

――俗に、人はこういう場所のことを幽世とも言うのだが。

 ひとしきり進んでいくと、ようやく目的の場所がかすかに見えてくる。何百年は経っているであろうボロボロの柱。その先端部分だと思われるところが三メートルほどの大きさの岩と岩の隙間からひょっこり伸びている。あくまで、見えているのは柱だ。つまり、本来視界に入るはずの建造物はその下――岩の中に埋もれていることになる。そんな光景を見ると、いっそのことこのまま引き返してやろうかとも考えてしまうが、そうすると態々山奥くんだりやってきた労力が非常に勿体無く感じるので掘り出すことにした。

 いや、殴り飛ばすことにした。

 

「単一概念付加、金剛力」

 

『青』を纏う。

 ぶっちゃけ、中に埋もれている物体ごと殴り飛ばすつもりだが気にしない。せめてもの腹いせのつもりで筋を引き絞り、殴る。

 拳に伝わる鈍い衝撃。確かな岩盤を砕いた感触。それは舞い上がる土煙と鉄骨を落としたような破砕音でも確認できた。だが、開けた視界に飛び込んできたのは今にも崩れそうなクセにしっかりと原型を留めている社だ。この程度ではビクともしないと、まるで自己主張するように悠然とその姿を現している。個人的には、岩と一緒に砕けて欲しかったのだが、流石と言うべきか憎たらしいほどに頑丈であった。

 埃に汚れた木戸はひんやりと氷のような感触がした。そのまま無言で本殿へと立ち入る。先ほど巻き起こした砂埃と長年放置されていたかび臭さが混じって嗅覚を刺激する。歩くたびにギシギシと音を立てる床が、よりいっそう社の古臭さを物語っていた。

 さもありなん、ここが社というからには神体が安置されている場所がある。本殿の最奥に置かれたところどころ罅の入った徳利の後。見るものを圧迫するような、巨大な岩戸。間違いない、ここが目的地だ。足元の徳利を空けつつ、ここの家主は酒を嗜んだかと昔の記憶を遡るが、いかんせん大昔過ぎて思い出せない。中に満ちる酒を持参したお猪口に注ぎ一気に煽る。喉を焼く酒臭の余韻に浸りつつ、今度は残った徳利の中身を周囲にばらまいた。そして、

 

「――開けろ。寝ているなら起きろ。むしろ出てきてさっさと掃除しろ。このズボラ馬鹿姉貴!」

 

 岩をぶっ飛ばしたときと同じように、岩戸を殴りつける。

 だが、

 

「――、っ」

 

 握りこんだ拳に、鈍い音が返って来た。

 骨格が軋む。突き出した右腕に伝う神経が全身を支配する。即ち、凄まじく痛い。外部からの衝撃に対する物理的な意趣返し。まさに全面鉄壁を誇る岩戸の真骨頂だった。

ではなく。

 

「だから起きろ! 人を呼び出しといてこんな埃だらけの場所で待たせる気かこのヤロウ!?」

 

 我のことながら口調が昔に退行しているような気がするが、こうでもしないとここの家主は絶対にこの岩戸を開かないのである。

 かつて、神代の時代。多くの神々から尊敬と畏怖を集めた最高神。同時に、神々の間で最もズボラと言われ引きこもったら手に負えないと全知を司る神からもサイを投げられた自身の実姉。

 

「……あれ? スーちゃん?」

 

 そんな声と共に、ひょっこりと微かに開いた岩戸の隙間から身の着を崩した幼女が顔を出した。足元まで届く寝癖の残った黒髪を無造作に垂らし、眠気眼を擦りながらぼーっとこちらを見つめている。本来であれば上質なはずの着物は帯がほつれてしまっており、裾が床に引きずられながら染色を落としてしまっている。ああ、全く変わってない。これ、俺の姉だ。そして太陽神、天照大神その人である。こうして見ると完全に煤けた太陽だが。

 

「わあー、スーちゃんだー」

 

 まだ寝ぼけているのか。トテトテとこちらに歩み寄って腹部に顔を埋めてくる。が、寸前で回避。そして物理法則に従って床にダイブ。きっと今ので目が覚めただろう。

 埃まみれの古床に顔面から突っ込んだまま動かない幼女の首根っこを掴み、引きずりながら岩戸の中にお邪魔する。

 巨大な一枚岩の向こう側は、これまでの光景とは真逆の現代的なものだった。足の踏み場もないくらいに床に散乱した衣服や書物。『祝! 百万部突破!』と書かれた帯を見る限り、きっと人気があるのだろう積まれた漫画本。その上には食べかけのスナック菓子の袋と食べ滓が散乱し、部屋の中央のコタツには自分こそがこの部屋の主と言わんばかりに最新の薄型テレビが鎮座していた。

 一言で表すなら、ゴミの巣窟。

 この惨状を自分の姉。それも神格の中でも上位の存在が引き起こしたという事実が、余計に頭を抱える種になる。

 

「おい、愚姉。座る場所すら見当たらないのだが?」

「賢姉だよー。テキトーに場所作ってくれたら嬉しいな?」

「その台詞はこの部屋の惨状についてある程度自覚があるとみた。何か申し開きはあるか?」

「申されても私の岩戸は開かない! なぜなら私は――」

「お前、もう完全に目が覚めてるだろ」

 

 部屋の奥にある布団の束目掛けて掴んでいるナマモノを放り投げる。憎たらしくも、ナマモノは空中で身体を捻り、専門の競技ならば十点満点間違いなしの着地を決めた。

 

「……それだけの元気があるなら、そろそろ本題に入ってもいいか天照。今まで惰眠を貪っていたお前にとっては一瞬のことだろうが、生憎と俺はこの人里離れた山奥を体力と労力と精神力と愚姉と遭う面倒臭さをにじみ出る汗にブレンドしながら登ってきたんだ。つまらない要件なら今直ぐこの汚部屋を吹き飛ばすぞ」

「酷い!? 実の姉を呼び捨てなんて……、ああ黄泉の国にいらっしゃるお父様とお母様。弟が、弟が、反抗期なんです……! でも大丈夫、私は姉だもん。これくらいの悲しみ――三百年くらい引き篭もれば耐えられます!」

 

 何だ、この三文芝居。まるで天に祈るようなポーズのまま、天照はチラチラとこちらに目線を送る。どうやら、俺のリアクション待ちらしい。

 

「……帰る」

「わ、わっ、待ってまって! ゴメンナサイ調子に乗りすぎました! 謝るから、土下座するから、秘蔵のお菓子あげるから帰らないでぇ……!」

「ならさっさと要件を言え要件を。本来なら先日の件でヴァチカンに殴りこみに行く予定だったんだ。これで大した用じゃなかったら――吊るす」

「吊るす!? 何処に!?」

 

 ヴァチカンの大聖堂の天辺から。

 

「……今、信仰的にも場所的にも非常に身の危険を感じたよ!?」

「安心しろ。骨は拾ってやる。勿論……残れば、だが」

「ぼそっと不吉なこと言わないで!? うう、スーちゃん横暴だよ…‥。長丁場になりそうだからお茶入れてくる……」

「ああ、待て」

「……なに?」

 

 まだいじめ足りないのかと、若干涙目になりながら首を傾げる天照に向かって、

 

「秘蔵の菓子とやらも忘れるなよ?」

 

 一言、とどめを刺すのだった。

 

 

 

説明
岩戸神楽そのCです。未読の方はその@からお読みください。
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