交わる外史〜別れぬ道〜
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降り注ぐ無数の光線の間を縫うようにして雪蓮は駆け抜ける。

あの天術というものは確かに厄介だ。

上空から打ち出される光の柱の数は多く、その速さ自体も普通の矢を上回る。

おまけに少しかすっただけでも難なくこちらの着ている服を焼き切り、その下の肉にまで重度の火傷を負わせる。

一歩でも進むことを躊躇すれば、その瞬間に自分の体が黒焦げになるのは想像に難くない。

 

だが……所詮それだけだ。

 

いくら速度が矢よりも速いとはいえ、この光線自体は点の攻撃でしかない。

つまり『見切り』『避ける』ことさえできればいくらでも反撃の機会は回ってくるのである。

現に雪蓮は次々と降りかかってくる光の柱を最低限の動きで避け、そのまま全力の疾走を続けているのである。

もちろん普通の兵士ならこうはいかず、名のある将であっても真似するのは難しいだろう。

数多くの戦闘経験と類まれな天性の勘を持つ雪蓮だからこそ、たった一度見ただけの天術を紙一重で避けながら疾走するという型破りの芸当が可能なのである。

 

 

「………………」

 

 

白く輝く光線の間を走り抜ける雪蓮の表情はどこまでも冷たく、そして熱い。

すでに彼女の意識は自分の周りに存在する死の気配にすら向いていない。

彼女の目に映っているのは自分の大切な『友』をゴミ呼ばわりした憎き敵の姿だけ。

このとき『江東の小覇王』の異名を持つ彼女は今まさに狩人となっていた。

 

 

「はっ! 焼き焦げろ、木偶人形め! 四大神の一人になるこの私に逆らったその罪の重さ! 苦しみの果てにたっぷりと理解するがいい!」

 

 

……そのことに獲物である((天若|あめわか))は気づかなかった。

無数の光線で敵を撃ち抜く『レイ』の呪文は、元々呪文の発動中に敵を視認しづらいという弱点を持っている。

それに加え、彼が今相手にしているのは簡単な呪文一つも使うことのできない外史の人間。

天若は自身の勝利を疑っていなかった。

……目の前に破滅を携えた悪鬼が現れるその瞬間までは。

 

 

「はっ?」

「…………さっさと死になさい」

 

 

思わぬ事態に呆然とする天若の体の中を南海覇王が血しぶきをあげながら通過する。

剣を振り切った雪蓮が着地したその次の瞬間には天若の着ている白を基調にした服が自身の鮮血で真っ赤に染め上がった。

 

 

「あああああああああああああああああああああああああああっ!?」

「――っ!」

 

 

激痛のあまり身をよじる天若を見上げながらも雪蓮は苦渋に満ちた表情をしていた。

実は先ほどの一撃、雪蓮は相手の体を両断できる程の力を込めて放っていた。

得物である南海覇王自身も刀身の速度が最速になり剣先に最大の力が籠る……振るわれた剣が最高の結果を発揮するその瞬間に見事獲物の体に叩きつけられたのだ。

この状態の南海覇王ならば例え相手の脳天に当たったとしてもそのまま獲物を両断できる――そのことを長い経験から彼女は知っていた。

 

ところが現実はどうだ?

 

確かに振るわれた剣は相手に深く食い込み、その肉体に惨たらしい傷を与えることができた。

それは間違ない。

しかしその傷から血しぶきを上げながらも敵の肉体は未だに分断されておらず、口からは痛ましい悲鳴を上げながらも羽ばたくのを止めて地面に降りようともしていない。

 

 

「思ったよりも傷が浅い……! どんだけ頑丈なのよ、コイツ……!」

 

 

舌打ちをしながら雪蓮は一旦天若との距離を取る。

いくら身体能力の高い彼女とはいえ、もう一度あの高さまで跳ぶにはどうしても助走が必要となる。

 

 

「逃がすかぁぁぁぁ! この木偶人形がぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 

雪蓮が後ろに跳ぶのを見た天若は目を血走らせながらも、すぐさま彼女の進路先に回り込む。

突然の不意打ちを食らい動揺しているように見えたが、雪蓮の行動を見てすぐさま頭を切り替えたらしい。

思いがけない天若の行動に雪蓮もすぐに体勢を整えるが、元より相手は空中からの遠距離攻撃を主体とする天使。

ある意味では最初から防御の体勢など無意味な相手である。

 

 

「集いし光よ ここに閃光の槍となりて わが敵を貫け!」

(やばっ!)

 

 

南海覇王が届かないギリギリの距離を保ちつつ、天若は自身の右腕に先ほどとは比べ物にならない量のマナを貯める。

右腕全体が白い光に包まれると天若の顔が喜悦に歪む。

 

 

「消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろおおおおおおおおおおおおお! 木偶人形おおおおおおおおおおおおおお! ディバインレー――」

「いかんのう。状況判断ができておらぬようじゃな、小童」

 

 

天術を放とうとしたその瞬間、天若の右腕を二本の矢が貫通する。

 

 

「なぁぁぁぁぁ!?」

 

 

集中力の途切れた天若の体からマナが霧散する。

離れたところからその状況を冷静に見据える祭は続く第二射、第三射で敵の翼を的確に射抜く。

 

 

「策殿にばかり目が行って儂等のことをすっかり忘れておった様じゃな。そんな有様で最強の戦士を名乗るとは………少々考え方が甘かったようだのう」

「馬鹿な!? 最強の力が何故!?」

 

 

翼を撃ち抜かれ絶叫する天若の目の前に冷たい目をした鬼が現れる。

落下している最中の天若に最早その剣から逃れる術はなかった。

 

 

「……今度こそ終わりよ」

 

 

冷徹な宣告と共に繰り出された一撃は苦し紛れに構えられた右腕を切断し、そのまま天若の脇腹を深くえぐり取った。

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「姉様! ご無事ですか!?」

「ええ、私は大丈夫よ、蓮華。ちょっと予想より頑丈な奴だったけど、まあ、大したことはなかったわ。他のみんなは無事?」

「はい。あのいかがわしい天術を避けるときに多少の傷を負いましたが、皆命に関わるような大きな傷は受けていません」

「そう。それはよかったわ」

 

 

実際、あの光線の連撃を受けて誰一人致命傷を負わなかったのは運がよかったとしかいいようがない。

全滅の可能性も十分にありえたのだ。

にもかかわらず、致命傷どころか重傷すら誰一人負っていないのは、流石孫呉の精鋭というべきか。

 

「……それはともかく、姉様?」

「え、ええと……どうしたの、蓮華? 顔が怖いんだけど?」

「いつも言っていますが姉様は孫呉の王という自覚を持ってください! いきなり光線の雨に突っ込んでいく姉様を見た時には心臓が止まるかと思ったんですよ!? もっと御自愛してください!」

「まったくじゃ。策殿が無鉄砲なのはいつものことじゃがのう……。さすがにアレは儂も肝が冷えたわい。味方からの援護が期待できん状況での特攻はできればこれっきりにしてほしいのう」

「あ、あははは……」

 

 

いくら歴戦の勇である祭でも無数の光線が降り注ぐ中で空中にいる敵を狙い撃つのは難しい。

冷静さを欠いた天若が雪蓮にのみ意識を向けていたからこそ、あのときの祭の援護射撃はうまく通ったのだ。

もし敵が再び光線を放つ天術を使っていたら、地に這いつくばっていたのは逆に自分達だったかもしれない。

 

 

「ところでよろしいのですか、姉様? あの男まだ息絶えていないようですけど……」

「策殿の必殺の一撃を二度も食らってまだ生きておるとはな……。呆れた頑丈さじゃのう」

 

 

警戒を含んだ蓮華と祭の視線の先には血の海に沈んでいる天若の姿があった。

二つの大きな傷からは血がドクドクと流れ出て、その体はときどき思い出したかのようにピクピクと痙攣している。

美しかった純白の服は持ち主の鮮血に汚れすでに見るも無残な姿になっており、整った顔にはしっかりと死相が刻まれている。

 

 

「馬鹿な……! 最強の戦士である((天津神|あまつかみ))がこんな木偶人形共に…………!」

 

 

しかし未だにその眼は曇っておらず、その口はか細い呼吸を必死に繰り返している。

そんな天若の姿に雪蓮は冷たい目を向けるが、すぐに興味を失ったかのように視線を戻す。

 

 

「放っておきなさい。どうせすぐに死ぬわ」

「いいんですか?」

「策殿が敵にとどめを刺さぬとは珍しいのう。先ほどまではまさに鬼神のごとき勢いでこやつを殺そうとしておったというのに、一体どういう風の吹き回しじゃ?」

「別に。ただあんなやつの生死よりも((聖|ひじり))の様子が気になるだけよ。……それで聖は?」

「それが……」

「……良くはないのう。公瑾や伯言が今は見ておるが……」

「そう……」

 

 

交わす言葉も少ないまま雪蓮は『友』の元へ歩き出す。

その顔にはめったに表に出すことのない後悔と悲痛の感情が浮かんでいる。

 

 

「冥琳、穏。聖の様子はどう?」

「…………芳しくないな。こちらからの呼びかけにも答えず、かと言って自分から何か行動を起こすわけでもない。私達のことを忘れてしまった――というよりも、まるで私達のことを認識すらしていないかのようだ……」

「こちらの言っていることを理解しているかのかも怪しいんです…………。こんなんじゃあ、まるで――」

 

 

――まるで人形です……。

涙を薄くにじませながら穏は絞り出すように言葉を紡ぐ。

ギシリ。

雪蓮の強く噛みしめた歯から鈍い音が漏れる。

 

 

「聖…………」

 

 

視線の先には美しい黒髪の少女が立っていた。

絹のように繊細な黒い髪に傷一つない白く美しい肌、目鼻の整ったその顔立ちは百人中、百人が美少女と答えるほどのものだ。

その身にまとう派手ではないが非常に品のいい衣服と合わさって神聖な雰囲気を漂わせている。

しかし今の彼女の眼に生気はない。

目の焦点はあっておらず、虚空をただ見つめているだけだ。

見つめているだけ。

何も見ていない。

何も見えていない。

もしかしたら五感のすべてを失ってしまったのかもしれない、という嫌な予感に雪連は囚われる。

これまでだって封印を解く度に聖は感触や言葉を失っていたのだ、最後の封印を解いて完全に((神化|しんか))したこの状況ではその可能性だって十分にあり得る。

 

 

「聖様。聖様! 返事をしてください!」

「私です! 亞莎です! わからないんですか!?」

 

 

明命と亞莎が必死に呼びかけるが聖は何も反応を返さない。

体を揺さぶられてもされるがままで、振りほどこうともしなかった。

そのとても生き物とは思えない姿を見た雪連の胸にズキリと鋭い痛みが走る。

 

 

「っ…………! 聖、あなた本当に私達のことがわからないの!? 一緒に旅をして、一緒に戦って、一緒に笑った――私達のことを忘れてしまったの!?」

「…………」

 

 

普段は絶対に見せない小覇王の取り乱した姿に臣下は何も言えなくなる。

 

 

「約束したじゃない! この旅が終わって平和になったら今度は何のしがらみもなく大陸を巡るって! 私と一刀と一緒に旅をするって!」

「…………」

 

 

雪連の心の叫びにも今の聖は何の反応も示さない。

その姿は魂のないただの人形にそっくりだった。

 

 

「ねえ、聖…………!」

「無駄だよ。今の聖にはみんなの記憶どころか、みんなの声に耳を貸す心すらない。今の聖は死を目前にしたただの人形だ」

 

 

雪連の叫びを遮るようにどこからか声が聞こえてくる。

その声は残酷なほどに無機質で、非情なほどに冷たかった。

 

 

「えっ…………!?」

 

 

思わぬ声を耳にした呉の将達の動きが止まる。

別に聞こえてきたその声の岩のような無機質さに驚いたわけではない。

氷のような冷たさに((慄|おのの))いたわけでもない。

ただ、理解できなかったのだ。

なぜなら彼女達はその声の主を知っていたから。

日の光のように暖かいその声を知っていたから。

全てを包み込んでくれる優しいその声を……知っていたから。

知っていたからこそ、理解できなかった。

なぜ、『彼』があんな声で喋ったのか…………理解できなかったのだ。

 

 

「なん、で……?」

 

 

戸惑いを隠せない蓮華の視線の先には一人の男がいた。

筋肉質ではないが弱弱しさを決して感じさせない細身で引き締まった肉体。

『((零否空|れいぴあ))』と彼が呼んでいる独特な細身の剣。

身にまとっているのは陽光を反射して輝く純白の衣服。

 

「一刀…………?」

 

 

『天の御使い』北郷一刀がそこに立っていた。

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「一刀! あなた今までどこにいたの!? 何を言っているの!?」

 

 

わからない。

なぜ一刀がここにいるのか。

彼は昨日の夜に聖と共に左慈と于吉に捕らわれたのではなかったのか。

 

わからない。

なぜ一刀が今の聖の容体を知っているのか。

彼は((神化|しんか))のことに関しては詳しく知らなかったのでないのか。

 

わからない。

なぜ一刀が自分達を冷たい目で見ているのか。

あれでは……まるで自分達が彼の敵であるかのようではないか。

 

 

「聖が………………いや、神子が『高天原』に召喚されることで最後の封印は解かれ、女神天照は完全に復活する。そのときにこそ外史の再生も完成し、この大陸には真の平和と安寧がもたらされる」

 

 

蓮華の問いに対して何の返答もせず北郷一刀は目をつぶり淡々と言葉を紡いでいく。

普段の優しく穏やかな彼の様子からは考えられないほどにその声は固く冷め切っている。

 

 

「一刀様…………? どういうことなんですか………………!?」

 

 

恐る恐る話しかける明命の顔には恐怖の感情が浮かんでいる。

今の一刀の言動で彼女はすでにある可能性に思い当たっている………………いや、彼女だけではない。

 

 

 

無感情に一刀を見詰める雪蓮も。

千切れんばかりに唇を噛みしめている冥琳も。

多幻双弓を片手で強く握りしめている祭も。

雨に打たれたかのように体を震わせている穏も。

呆然として動きの止まった亞莎も。

体を強張らせて一刀を強く睨む思春も。

病的なまでに顔を青くした蓮華も。

 

 

 

皆、彼女達にとって『最悪の可能性』を思い浮かべていた。

 

 

「神子は大陸の平和を願って自ら望んでそうなり、そしてお前達三国の者もそれを認めた。神子は…………。神子は新たな天照の肉体として俺達が貰い受ける!」

 

 

吐き捨てるようにそう言い切り、一刀は閉じられていた眼をカッと見開く。

その眼を見た瞬間、ガツンと鈍器で殴られた様な衝撃を孫呉の者は受けた。

一刀の眼に浮かんでいたのは負の感情。

 

 

 

――絶望。

――恐怖。

――憤怒。

――悲哀。

――憎悪。

――後悔。

――罪悪感。

 

 

 

ありとあらゆるマイナスの感情がその眼の中を渦巻き、混じり合い、溶け合って、浸食していた。

それは彼女たちの知っている陽光のような彼の姿にはあまりにも似合わず、不釣り合いな感情だった。

 

 

「何を言っているの…………? 何でそんなことをあなたが言うの…………? 答えてよ………………ねえ、答えてよ! 一刀!?」

 

 

頭に浮かんだまま消えずに、逆に濃くなっていく最悪の可能性を振り払おうとするかのように蓮華は泣きそうな声で最愛の人に必死に呼びかける。

その姿は傍から見ていてあまりにも痛々しい。

顔を歪めた一刀が口を開く。

――そのとき。

 

 

「一刀、様……」

 

 

突然背後から聞こえてきたかすれ声に思わず振り向いた呉の武将はその光景に息を呑む。

そこには致命傷を負いズタボロになった体のまま、這うようにしながら前に進む天若の姿があった。

傷から止めどなく流れる鮮血はすでにその全身を真っ赤に染め上がっているにも関わらず、まだ足りないとでも言うようにその体を赤で覆っていく。

羽ばたく力を失った翼は無駄にバサバサと動かされており、その度に紅い水たまりから血が跳ねる。

ヒューヒューと必死に呼吸を繰り返しながらズルズルと地面を這うその様子はどうしようもなく哀れだ。

天若は痙攣する腕を天に伸ばし、最早見えているのかもわからないその曇った眼で一刀を捉える。

 

 

「一刀様、慈悲を……。私に……救いの手を!」

『――!?』

「……忘れたのか、天若?」

 

 

思いもよらない天若の言葉でいよいよ絶句する雪蓮達を余所に、北郷一刀は動揺ひとつ見せず冷静に天若を見据える。

 

 

「俺も元はそこにいる孫呉の者と同じ『木偶人形』…………外史の人間だ。……お前の言う最強の戦士とは自身がもっとも蔑んでいた者に救いを求める者のことなのか?」

「それはっ……」

 

 

冷徹な一刀の言葉に天若の青い顔に絶望の色が広がる。

口をパクパクと動かすだけでそれ以上の弁論もしない天若を一刀は冷たく見据えながら、めんどくさそうに片手をあげて溜息を吐く。

 

 

 

 

 

「安息なき剣よ 悲痛な叫びと共に降り注げ 」

 

 

 

 

 

溜息と共に呪文を呟き、挙げていた右手を無造作に振り下ろす。

その姿はまるで、罪人に審判を下す神のようであった。

 

 

「……『レストレスソード』」

 

 

発せられた死の宣告。

解き放たれた無慈悲な呪文。

天から降り注ぐ暗黒の剣は哀れな標的に余すことなく突き刺さり、末期の叫びをあげることさえ許さずその命を奪い去った。

 

 

「失せろ。お前のような奴は四大神どころか高天原の末席を汚す資格すら、ない」

 

 

すでに無残な肉塊と化した天若に対し一刀は視線を向けようともせずに冷たくそう言い放つ。

その顔に後悔の念は一切浮かんでいない。

 

 

「……一刀。あなたは一体、何者なの?」

 

 

ほとんどの者が目の前の光景を信じられず呆然とする中、静かに雪蓮は愛する男に対して問いかける。

彼女の横に立つ冥琳も静かに一刀の一挙一足を観測している。

一見すると冷静に見える二人だが、その心中は決して冷静とは言えない。

王や軍師として民には畏怖の念を抱かれている彼女達もその心はれっきとした一人の人間であり……一人の女である。

今も爆発しそうな心の内を王や軍師の殻を被ることで無理やり押さえつけているに過ぎない。

最早、確信に変わりつつある『最悪の予感』。

それでもなお、彼女は一縷の希望にすがるように彼に問い詰めたのだ。

お前は何者なのか、と。

 

平和をもたらすために舞い降りた天の御使い。

亜莎と共に冥琳、穏に鍛え上げられた孫呉の軍師。

そして孫呉の将達の心の支え。

 

そう答えて欲しかった。

 

 

 

 

 

しかしその儚い希望は裏切られる。

 

 

 

 

 

「……俺は((外史|せかい))を導く最高機関『高天原』に属する者」

 

 

呟くように綴られる言葉。

同時に無数の黒い羽が一刀の周りを舞い遊ぶ。

 

 

「神子を監視し、世界再生を円滑に進めるために遣わされた四大神の一人だ!」

 

 

花が咲くように一刀の背中に黒い羽が出現する。

天若のような鳥をモチーフにした翼ではなく、神化した聖に現れた妖精のような羽に近い。

しかし聖のものよりもデザインが細かくより神々しさが増している。

宵闇のような漆黒の羽は彼の着ている白い服と合わさって奇妙な調和を描いている。

……これこそが四大神の証。

高天原を支配する者にのみ許される“特別”の証明だった。

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「一刀様が……神……?」

 

 

呆然とした亞莎のポツリと漏らした言葉がいやにはっきりと周囲に響く。

一刀の告白に誰も何も言えなかった。

 

信じられなかった。

信じたく、なかった。

一刀が――

あの北郷一刀が――

 

 

 

 

 

――自分達を裏切っていたなんて。

 

 

 

 

 

「貴様、騙していたのか……! ずっと我らを…………騙していたというのか!」

 

 

誰もが無言の中、突然思春が吐き捨てるように叫ぶ。

その声には、怒り、屈辱、憎しみ――そして、隠しきれない程の悲痛の感情が混じっていた。

涙を流して放心している主を庇うようにして武器を構えるその凛々しい姿はとてもケガをしているようには見えない。

 

 

(弁明は聞いてやる。甘い貴様のことだ。こんな戯言を言うのにも、どうせ何か訳があるのだろう。だからすぐには首を撥ねん。……だが、もしも。もしも本当に蓮華様を、我らを裏切っていたのなら! そのときは! そのときは――!)

 

 

殺気をにじませながら一刀を睨みつける。

その胸の内をぐしゃぐしゃにしながらも、目の前の人物に集中することでそのことを意識的に忘れようとする。

――だからこそ彼女は気づかない。

彼を睨む自身の目から涙がはらはらと零れていることに。

 

 

「騙すって? 管輅の予言どおりに乱世は終わり三国同盟が結成された。これで聖が天照と同化できれば大陸から全ての苦しみが取り除かれ、真の平和がもたらされる。それのどこが不満なんだ?」

「貴様――!」

「そして天照に体を奪われることで、聖様は本当の意味で死を迎える。……そういうことだな、北郷?」

 

 

今にも飛び出しそうな思春を手で制しながら冥琳は冷静な口調でそう問いかける。

どのような状況でも冷静な判断を下すことができる――それが一流の軍師としての条件。

たとえその心の内がどのようなものであれ、はた目から見る彼女はひどく落ち着いて見えた。

 

 

「違うよ。聖は死ぬんじゃない。女神天照として新たに生まれ変わるだけだ」

「……本気で言っているのか?」

「当たり前だろ? こんなときに冗談なんか言わないさ」

 

 

一刀の目に迷いはない。

渦巻くどす黒い負の感情の中、ただ強い使命感だけが鈍い光を放っていた。

 

 

「ねえ、一刀。一つ聞いていいかしら」

「……なんだい、雪蓮」

 

 

これまで口を開かなかった雪蓮が静かな口調で話し出す。

静かな口調、無表情な顔は普段の自由気ままな彼女とも、戦の時の修羅のごとき彼女とも違う、今まで見たことのないものだった。

 

 

「あなたにとって私達はどういう存在だったのかしら。高天原とやらの野望を叶えるための道具にすぎなかったのかしら?」

「答えるまでもないだろう? 俺は天照復活の任を帯びた高天原の四大神の一人。目的のために利用できるものは何でも利用したに過ぎない。ただ、それだけだよ」

「嘘ね」

 

 

冷めた目で淡々と答える一刀の言葉を雪蓮はバッサリと切り捨てる。

その言葉に全くためらいはない。

 

 

「嘘……?」

「ええ。嘘よ。一刀は私達はもちろん聖のことだって、道具なんて思ってなんかいないわ。天の御使いだろうと、孫呉の軍師だろうと、高天原の神だろうと、あなたはあなた。どんな裏があろうと、そんなこと関係なくあなたは本気で私達と向かい合っていたのよ。いつだって全力でね」

「とんでもないことを簡単に言うね。お得意の勘かい?」

「今回は違うわ。ただの信頼よ」

 

 

呆れた様子でこちらを見る自分の愛する男に雪蓮はウインクを一つ投げかける。

 

 

「理性とか勘とかそんなんじゃなくて、ただ心の底から湧きあがるこの想いに素直になっているだけ。私は自分の愛した男を信じてるのよ。優しくて、甘くて、スケベで、どこか頼りなくて……でもとってもカッコいい男の子のことをね」

 

 

そう言う雪蓮の顔には思わず誰もが見惚れてしまう程の美しい微笑みが浮かんでいた。

本当は口で言うほど割り切れてはいないのだろう。

どういう事情があったにしろ一刀は大陸中の人を騙していた。

自分達と出会ったことだってきっと偶然ではなく何か裏があってのことだ。

――自分達を利用し、裏切った。

それはきっと間違いではない純粋な真実だ。

だが。

それでも彼女は信じると言ったのだ。

騙され、誑かされ、謀られ、裏切られ……。

それによって生まれた、怒り、憎しみ、悲しみ、戸惑い、混乱、衝撃……。

それでもなお、彼女は言ったのだ。

 

 

一刀を信じる、と――

 

 

美しいその微笑み。

痛い程にわかるその胸中。

純粋なその言葉。

 

 

それら全てが混乱していた孫呉の将の心を落ち着かせていく。

 

 

「それはただの陶酔にすぎないよ。はぁー……。現実主義者の雪蓮らしくもない。今の雪蓮は王どころか将にも見えないよ」

「そう? だったらそれは一刀のせいよ。散々私達のことを女の子扱いしちゃったから、もう王様に戻れないのかも?」

「……だったら俺が頼んだら聖を渡してくれるのか?」

「それは嫌。だって今の一刀ったら全然本当のことを言ってくれないんだもん。そんな嘘つきに大事な聖は渡せないわ」

「信じてるんじゃなかったっけ?」

「もちろん信じてるわよ。だから天照の復活のため〜なんて建前じゃない、あなたの本心を聞きたいのよ」

 

 

変わり果てた友人を守るように立つ雪蓮を見ながら、一刀は重苦しい溜息を吐く。

 

 

「悪いけど俺にも時間がないんだ。どうしても聖を渡さないって言うんだったら、気は進まないけど力づくで奪い取るしかないんだけど」

「上等よ。だったら私はあなたを叩きのめして無理やりにでも本当のことを聞き出すまでよ!」

「冥琳。わがままお姫様がまた好き勝手なこと言ってるけどいいのかい? 言っておくけど天照が復活すれば大陸は救われる。これは文句なしの本当のことだ。((友|ひじり))を犠牲にするのはつらいだろうけど、政に携わる軍師としては((雪蓮|おう))を止めるべきなんじゃないのかい?」

「まさかお前の口からそんな言葉を耳にする日がくるとはな……。雪蓮も言っていたが今のお前は残念ながら信用できん。そうでなくとも先ほどの天若の件でお前達高天原に対する信頼はすでに失われている。それに……」

 

 

ビュッ!

風を切り裂き白虎九尾が構えられる。

 

 

「今回ばかりは私も雪蓮の意見に賛成だ。洗いざらい全て喋ってもらうぞ、北郷」

「……交渉決裂、か……。天若のやつが上手くやっておけばこんな面倒な状況にならなかったっていうのに……。儘ならないなー……」

 

 

何の躊躇もなく彼はその手にある刃を彼女達の方に向ける。

表情はあくまで辛そうに、だが鈍く光るその眼に迷いはなく、体から発せられる闘気には殺気が混じり始める。

 

 

「祭、穏、思春、明命、亞莎、蓮華。…………いいわね」

「無論じゃ。久しぶりにあやつに拳骨をくらわせたるわ」

「ふふ。夫婦喧嘩なんて始めてですね〜。穏もドキドキしてきました〜」

「こんなものを夫婦喧嘩なんかと呼べるか。北郷、覚悟しろ……蓮華様を泣かせた罪を償わせてやる!」

「思春殿も先ほど泣かれていたような……。ひっ! い、いえ、なんでもないです! え、ええと……。か、一刀様! 御覚悟です!」

「一刀様……信じています。ですから、今は……!」

「(ねえ、一刀。今の私にはあなたの心がわからない……。あなたの本心を知りたい。あなたの本当の気持ちを知りたいの。……でも、それは私のわがまま。だってきっとみんなも同じ気持ちなのだから。だから……)…………北郷一刀! 孫仲謀がお前の相手になろう! かかってくるがいい!」

 

 

友を守るため。

真実を知るため。

自身の心を信じ。

迷いを殺し。

覚悟を決め。

孫呉の精鋭たる将達は各々の武器を構える。

 

 

「一度は折れかけたっていうのにもうみんな立ち直ったのか。さすがは雪蓮と讃えるべきなのか。――それともすぐに心を入れ替えられることを嘆くべきなのか。……ま、どっちでもいいか」

 

 

一刀の闘気に合わせ背中の羽が発光する。

それは見る者の心を怪しく揺さぶる異様な漆黒の光。

手に握られたレイピアは黒き光に照らされ鈍く輝く。

 

 

「行くよ、みんな――!」

「来なさい、一刀!」

 

 

 

 

 

分かゆく二つの道

しかし分かれ道は最後まで分かれ道では非ず

分岐した道もやがては一つに繋がる

願わくは

彼の

そして彼女達の歩む道に

多くの幸が

あらんことを

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あとがき

 

 

というわけで、恋姫無双とテイルズオブシンフォニアのクロスオーバー『交わる外史〜分かれぬ道〜』でした。

今回もかなり無茶な設定にしてしまいました。

というわけで、以下裏話(言い訳)コーナーです。

 

 

 

 

 

――なんで今回はシンフォニアとクロスさせたの?

(恋姫シリーズの)天の御使い=(テイルズオブシンフォニアの)天使、という安直な発想が元だからです。

 

 

――呉ルートなの?

ベースになっているのは真の呉ルートですが、原作と違い雪蓮および冥琳生存ルートです。原作通り毒矢イベントと病気イベントはありましたが、一刀の活躍で死亡フラグ自体は折られています。(具体的には『アンチドート』と『レイズデット』を駆使して)また、赤壁の戦いで曹魏は大敗していますが、華琳さんは新たな世界へと旅立っていませんし、曹魏自体も国として健在です。その理由はまた後で。

 

 

――クラトスポジション?

はい。見てわかると思いますが、この作品はクラトス戦一回目を基にして書かれています。実はゼロスポジションにする考えもあったんですが、さすがにダメだろってことで没になりました。

 

 

――聖って……誰?

オリキャラで後漢王朝最後の皇帝劉協様です。簡単に言うと薄幸属性を持つコレットポジションの女の子。雪蓮達とはかなり仲良くなっています。

 

 

――あれ……? シャオはどこ?

万が一の時に孫家の血筋を残すためお留守番しています。小蓮ファンの皆様、申し訳ございません。

 

 

――世界観が訳分からないんだけど…………?

分かりにくいですよね……。実はそれとなく世界観を説明する描写を最初はしていたんですが……途中で「あれ? なんかみんな冷静すぎじゃないか……?」と思い直し書き直しました。

消すには惜しくなったのでここに晒しておきます。(結構な量なので興味のない方は1ページ程飛ばしてください)

-6ページ-

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「一刀様が……神……?」

 

 

呆然とした亜莎のポツリと漏らした言葉がいやにはっきりと周囲に響く。

一刀の告白に誰も何も言えなかった。

 

信じられなかった。

信じたく、なかった。

一刀が――

あの北郷一刀が――

 

 

 

 

 

――自分達を裏切っていたなんて。

 

 

 

 

 

「貴様、騙していたのか……! ずっと我らを…………騙していたというのか!」

 

 

誰もが無言の中、突然思春が吐き捨てるように叫ぶ。

その声には、怒り、屈辱、憎しみ――そして、隠しきれない程の悲痛の感情が混じっていた。

涙を流して放心している主を庇うようにして武器を構えるその凛々しい姿はとてもケガをしているようには見えない。

 

 

(弁明は聞いてやる。甘い貴様のことだ。こんな戯言を言うのにも、どうせ何か訳があるのだろう。だからすぐには首を撥ねん。……だが、もしも。もしも本当に蓮華様を、我らを裏切っていたのなら! そのときは! そのときは――!)

 

 

殺気をにじませながら一刀を睨みつける。

その胸の内をぐしゃぐしゃにしながらも、目の前の人物に集中することでそのことを意識的に忘れようとする。

――だからこそ彼女は気づかない。

彼を睨む自身の目から涙がはらはらと零れていることに。

 

 

「騙すって? 管輅の予言どおりに乱世は終わり三国同盟が結成された。これで聖が天照と同化できれば大陸から全ての苦しみが取り除かれ、真の平和がもたらされる。それのどこが不満なんだ?」

「貴様――!」

「そして天照に体を奪われることで、聖様は本当の意味で死を迎える。……そういうことだな、北郷?」

「なっ!? 冥琳様!?」

 

 

飛び出そうとした思春を手で制し、冥琳はゆっくりと話し出す。

 

 

「管輅による世界再生の予言を聞いた時、あまりにも時期が良すぎたので奇妙だとは思っていた。乱世の頃は噂一つ聞かなかったその予言が、三国同盟が結成されてから一年もたたないうちに出されたのだからな。あのときにはただの偶然とも思っていたのだが……あれもそちらの策略だったということか」

 

 

穏もハッと何かに気づいた顔をする。

 

 

「聖様が神化するには大陸の四方にある封印を解くことが条件でした。だからこそ世界再生の旅に協力することになった魏と蜀の支援も受けながら、私達は聖様を護衛しながら大陸中を旅することになりました。だけどいくら大陸全体のためとはいえ、そんなことは三国がお互いを対等と認め同盟を組んだ今だからこそできたことです。もしも……」

 

 

顔を青ざめた亞莎がその言葉の後を繋げる。

 

 

「……もしも三国が覇権を競い合っていた時期に世界再生の予言が広がったとしても、とてもこんな旅を実行することができなかった。いえ。それどころか神子と予言された聖様の命すら危うくなってしまいます……」

「そう。大陸全体を巡る世界再生の旅を行うためには、大陸をある程度安全に行き来でき、さらに皇帝である聖様が自由に動くことができる状況が必要不可欠だ。しかし三国が鼎立している時はおろか、黄巾の乱が起きる前ですらその条件を満たすことはできない。……だからこそ高天原はお前を天の御使いとしてこの大陸に降らせた。違うか?」

 

 

斬りかかるように鋭い冥琳の視線にも北郷一刀はまるで動じないで無言を貫く。

彼のその沈黙を暗黙の肯定、そして話を続ける了承と受け取った冥琳は再び口を開く。

 

 

「天の御使いという名を利用することで国の中枢に入り込み乱世を平定する。口で言う程簡単なことではないが、だからと言ってまるっきり不可能というわけでもない。何よりも乱世を鎮めることさえできれば、『天の御使い』北郷一刀の発言は誰も無視できないものになる」

「そうなれば眉唾物だった神子の予言を私達に信じさせるのはもちろんのこと、世界再生の旅を行わせるのも容易ですね〜……。なにしろ一刀さんが『天でもこういうものはあった』と言うだけで、こちらはどんな話でも信じるしかないんですから。おまけに天の御使いという前例さえあれば、管輅さんの予言自体の信憑性も増すことになりますしね……」

「一刀様が降り立つことを管輅様に予言させる。……たったそれだけのことで乱世の平定に、神子の予言の信憑性、そして世界再生の旅の円滑な進行という三つの問題を解決してしまうなんて…………」

 

 

冷静に推理しているように見えるが、既に冥琳達三人の心は乱れに乱れきっている。

傍で聞いているだけの他の将ですら三人の言葉が進むにつれ顔が白くなっているというのに、どうして話している本人が平静でいられるだろうか。

ましてやこの三人は軍師である。

考えれば考えるほどに――

話せば話すほどに――

彼女達の((頭脳|りせい))が彼への((信頼|きもち))を消していくのだ。

 

 

「どうだ、北郷? ここまでの話。どこか間違っているところはあるか?」

 

 

だが理性と感情を別々に切り分けることができる軍師だからこそ、三人は今も淡々と話を続けられている。

どのような状況下でも普段通りに頭脳を働かせることができる。

それゆえに彼女達三人は三国でも指折りの軍師なのだ。

――たとえ、心の中でどれほど嘆き叫んでいたとしても。

 

 

「さすがだね、三人とも。まさかこの短時間に……おまけにたったそれだけの情報から俺達の作戦のほとんどを見破ることができるなんてな。わかってはいたけど孫呉の大都督の名は伊達じゃないってことか」

 

 

無論、この策にはいくつもの穴がある。

 

北郷一刀が天の御使いとして認められるか。

将や民の信頼を得ることができるか。

所属した軍が天下を取るか、もしくはそれに準じた成果を上げることができるか。

神子の予言を三国の者に信じさせることができるか。

世界再生の旅を有利に運べるか。

 

他にも様々な不確定要素がある。

だが、それができると思わせるだけの力が彼にはあったということなのだろう。

 

 

「では、お主は。初めから儂らを利用するつもりで近づいてきたということか……!?」

「簡単に言えばそうなるね。でも結果としてこうして乱世は静まり、孫呉の民は安寧を手に入れた。それに世界再生の旅も天照の復活も大陸の平和に必ず繋がると俺は信じている。騙していたことについては……ゴメン。本当に謝る。……だけどそのことで俺を責めるのは筋違いだよ、祭さん」

「……待て。儂の聞き間違いでなければ、お主、今。自分の力で乱世を収めたと、そう言ったのか?」

「……そうだよ」

 

 

話を聞いていた祭の眉が吊り上り、目に怒りの炎が灯る。

 

 

「っ――! 慢心したか、北郷! いつからそのような戯言を吐けるようになった!? 確かに戦乱時代のお主の働きを否定するつもりはない。じゃがな! 今日の平穏があるのは策殿や権殿が献身的に国を治め、公瑾達が策を練り、儂や幼平が軍を率い……何よりも民が多くの血を流したからこそ!」

「祭様の仰るとおりだ! 三国同盟を結成できたのも、桃香殿や華琳殿が自身の理想や自国の利益を曲げてまで大陸全体の民を救おうと決心なされたおかげだ! 断じて貴様一人の手柄ではない!」

「そうだね。それは否定しないよ。だけど『天の御使い』がいなければこの戦乱の時代はあと数十年……。いや、四百年は続いていた」

「なんじゃと?」

「本気で言っているのか、貴様!?」

「冗談でもなんでもないよ。確かに『俺』がいなくても乱世はいずれ終わっただろうさ。だけど『天の御使い』は絶対に必要だったんだ。この((外史|せかい))の人達だけだったら乱世はいつ終わるともわからぬ地獄として数百年この大陸に存在したのは間違いない。……正史と多くの外史がそれを証明している」

 

 

正史において。

後漢王朝による政治体制が崩壊する要因となった黄巾の乱が始まったのは184年のこと。

その後晋王朝が280年に呉を滅ぼし中華帝国を復活させるが、八王の乱や五胡の侵入により316年には華北の支配権を失ってしまう。

長きにわたり南北に分裂していた中華を再び統一した隋王朝も建国から三十年も経たずに滅亡し、結局真の意味で乱世が終わるのは唐王朝が建国された618年のことだった。

この間、実に434年。

長き分裂と戦乱の時代であった。

 

 

「北郷、お主は――」

「…………どうして私達だったの?」

「む!?」

「蓮華様!?」

 

 

突然、祭の言葉を遮ってこれまで会話に入ってこなかった蓮華がポツリとつぶやく。

 

 

「どうしてあなたは私達の所に降り立ったの……? 世界再生の旅のためだけに乱世を鎮めたんだったら…………。どうして私達の所に来たの…………?」

 

 

ポロポロと涙を流しながら蓮華はかすれた声で尋ねる。

その問いはほとんど無意識によるもの。

立て続けに起こる信じたくない事実――心を失った友、愛する者の裏切り――今の彼女はまともな思考ができる状態ではない。

しかしそれでも彼女はその問いを口にした。

 

 

「他の人の所でも……よかったじゃない…………」

「――っ!」

 

 

泣きながら言葉を紡ぐ彼女を見て、彼は思わず顔を伏せる。

 

 

一刀が大陸に降り立った時、大陸は漢王朝の衰退により大小の諸侯が乱立しており、雪蓮達の孫呉もその一つだった。

では数ある勢力の中で孫呉が最も天下に近かったか?

否。

当時の孫呉は先代当主である孫堅の死による混乱で衰退しており、一刀が雪蓮と出会った時には美羽の勢力に半ば以上吸収される程に弱体化していた。

最終的には天下を三分する勢力になったとはいえ滅亡の可能性も決して低くはなかった。

そして孫呉以外にも大陸を統一できた勢力などいくらでもある。

例えば孫呉と肩を並べる勢力である曹魏に劉蜀。

黄巾の乱の頃強大であった袁家一門や董卓軍、旧蜀の勢力。

それらの勢力に比べば若干の見劣りがあるとはいえ、幽州の公孫賛や西涼の馬一族、荊州の劉表などの勢力も充分天下を狙える大きな勢力であった。

それなのに。

なぜ彼は雪蓮の元に現れたのか?

 

 

「……どこでもいいなんてことはなかったさ」

 

 

うつむいたまま彼は彼女の問いへの答えを口にする。

 

 

「少なくともこの『俺』が雪蓮達の所に天の御使いとして現れたのには理由がある」

 

 

先程よりも冷たく硬い声音。

 

 

「教えてあげるよ」

 

 

再び顔を上げた彼の顔は先程よりも表情が削られていた。

 

 

「俺がどうして孫呉に降り立ったのか」

 

 

共に道を歩んだ『仲間』を冷たく見下ろしながら彼は独白を始める。

-7ページ-

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というわけで簡単な世界設定。

 

 

[世界]

呉ルートをベースにした恋姫の世界がシンフォニアで言うシルヴァラント、一刀のいた世界(俗にいう天の世界)がテセアラに相当する。

恋姫の世界は赤壁の戦いの後、魏呉蜀三国同盟が組まれ一応乱世は終結する。

しかし度重なる天災やそれに伴う飢饉、地方豪族の反乱、五胡の侵入など、平和な世界とは言い難い状況。

どちらの世界も外史。

 

[高天原]

シンフォニアでいうクルシスのポジションである機関。

世界を導く神の集う機関とされる。

下位組織であるディザイアンはこの作品では五胡が担当している。

一刀はこの機関の存在について、天の世界でもこの時代に存在していた、と三国の将に説明しているが、無論、真っ赤な嘘である

 

[世界再生の旅]

大陸を平和に導くためにしなくてはならないとされる試練。

神子が大陸の様々な場所に散らばった封印を解くことで女神天照が目覚め、大陸から全ての苦しみの要因が取り除かれる……という内容。

眉唾ものだったが管輅の予言、天若の存在、そして一刀の説明により信憑性が増し、実行に移されることになった。

護衛として雪蓮、蓮華、小蓮、冥琳、穏、亞莎、祭、思春、明命、そして一刀が参加した。

 

[神子]

シンフォニアと基本設定は変わらず。

この外史では聖が担当した。

 

[天津神]

シンフォニアでいう天使。

名称が違うだけで基本的な設定は変わらないが、この外史では貂蝉や左慈達のような外史の管理者としての側面も持つ。

天術と呼ばれる魔術を自在に行使できる。

 

[四大神]

高天原を支配する四人の天津神。

シンフォニアでの四大天使に相当する。

メンバーは天照(死亡)、須佐之男(実質のリーダー)、月読(管輅)、大国主(北郷一刀)。

 

[神化]

天使化のこと。

 

 

――三国同盟? 天下二分の計じゃないの?

一刀さんの計略でこうなっちゃいました。

 

神子である献帝劉協(聖)の確保と世界再生の旅を円滑に進めるため、孫呉に天下を統一させるのというのが高天原の当初の予定。

だが呉の二本柱である雪蓮が毒矢に、冥琳が病に倒れる。幸い一刀の尽力で二人とも命は助かるが、この混乱で呉は国の外に目を向けることができなくなり、曹魏の更なる勢力拡大と劉蜀の建国を許してしまう。(ここら辺の流れは概ね原作通り。ただし赤壁前に冥琳が倒れるなど細かい違いあり)

こうなると正史の流れからして、呉が短期間に単独で天下を取ることが難しくなってしまう。

仮に赤壁の戦いで勝利した勢いのまま曹魏を上手く滅ぼしたとしても、ほぼ同じ力を持つ劉蜀を短期間で滅ぼすのは難しい。戦乱の時代が長引けば長引くほど天下を取っても国を安定させるのに時間がかかり、その後の世界再生の旅に悪影響が出てしまう。さらにその間に要である聖が亡くなる可能性も高くなる。

蜀と天下を二分したとしても、広大な元魏領に安定した統治を行うには時間がかかり、さらに肝心の世界再生の旅自体も蜀が反対する可能性が出てくる。(三国同盟の場合とは違い、三竦みの関係にない以上孫呉への警戒心が上昇せざるを得ないため)

そこで、赤壁の戦いで曹魏を破った後、三国同盟を結び天下を三分するという案が高天原で決定される

三国同盟ならば今ある領土を三国がそのまま統治するだけなので、かなりの短期間で世界再生の旅を行うことができる状況になる。さらに『民のことを考え戦乱の時代をすぐにでも終わらせるため』というお題目を使えば劉蜀は断ることができず、上手くいけば信用を得ることもできる。赤壁の戦いのすぐ後に戦勝国である孫呉が提案すれば曹魏に対してもある種の恩を売る形にすることも可能。おまけに高天原の傀儡と化している五胡を動かすことで蜀ルートに近い状況にし、三国全てが手を結ばざる得なくさせる。乱世を鎮めるとされる天の御使いが提案することでさらに効果が上がる。長期的には様々な問題が発生するが世界再生の旅さえ行えればいい高天原には全く問題がない。

 

以上の経緯から一刀の進言により三国同盟が結ばれることになりました。

 

 

――なんで呉だったの? 魏や蜀でもいいじゃん。

一言にすると「呉が一番、将が少ないから」ですね。……はい。これだけじゃ意味不明ですね。もう少し詳しくすると「天下をとれる可能性が高い勢力の中でも、呉が最も中心となる将が増えにくいため」となります。

 

さらに詳しく解説。

まず高天原の望む条件は二つ。

 

一つ目は「天下をとれるだけの力がある(可能性が高い)」。この時点で、公孫賛や馬超(西涼)等の勢力が消える。

 

二つ目は「できる限り中心となる将が少ない」。なぜかというと、世界再生の旅を行ったとしても、本編にあるとおり聖を確保する際に邪魔が入る可能性がある。聖が高天原に向かうのは世界再生の旅の終盤のため、このとき聖の近くにいるのは国の中心近くにいる側近達の可能性が最も高い。そこで将の数が少ない孫呉が第一の候補となった。人材マニアの華琳、人徳の王である桃香では天下統一を進める中で、正史にはいない将が増える恐れがある。(事実、劉蜀は元董卓軍の主な将を吸収している)その点、孫呉は孫堅時代からの側近も多く、江東という他の勢力がほとんど介入しない地のためほとんど正史通りの将が士官するため、無理に他の勢力から人材を確保しようとしない。さらに正史の孫呉は有力豪族や山越等の内憂を抱えていたため、信頼のおける将は必要以上国の外には出せない。また孫家の血筋を重視するため世界再生の旅の途中ならばともかく、最後の封印を解くときには万が一の可能性に備え孫家の誰かとその護衛が国に残りさらに将が少なくなる。

 

これらの事情(特に二つ目)を考慮した結果、高天原は一刀を孫呉に降り立たせることに決定しました。……いやー。とんでもない話ですね〜……。

 

 

――天若(?)だっけ。なに、あの小物?

シンフォニアでのレミエルポジションの小物です。元の人物も大概な方なのでこんなことになってしまいました。……もう少しキャラを立たせた方がよかったかなー……。ちなみに、天若の名前の由来は、記紀において大国主神に国を譲るよう説得するために遣わせられながら、命令を破りそのまま大国主神に従った天津神、((天若日子|あめのわかひこ))から。

 

 

――なんで天使を天津神に変えたの?

天使の名前のままだとさすがに天の御使いである一刀が疑われるからです。一刀は原作でも、自分は天の御使いなんて大層なものじゃない、と否定していましたが、この外史でも似たようなことを言っていました。そのため、自分達の言う天は一刀の住んでいた世界ではなく、本当は高天原のことだった、という刷り込みを三国の将に施すことになっています。天の世界と天の御使いというあいまいな存在を逆手に取った形です。

 

 

――管輅って何者なの?

この外史では恋姫の世界の人間ではなく、高天原の構成員という設定です。おまけに正体は四大神の一人であり、須佐之男のもう一人の姉である月読です。ポジションで言えばユアンですね。

 

 

――左慈と于吉っているの?

ユアンポジションその二、その三です。世界再生の旅の途中で何度か邪魔しにきました。(具体的には聖と一刀の暗殺)実は本編の一日前にも襲撃を行い、その結果一刀と聖の二人が行方不明になりました。雪蓮達は左慈達に連れ去られたと思っていましたが、実際は襲撃時の混乱に乗じて一刀が聖を拉致したというのが真相です。………………もしかしたら、この外史では「旋律の戒めよ 神仙の名のもとに 具現せよ!」とか「目障りだ! 俺の目の前から 消えてしまえ!」とか言っているかもしれません。

 

 

 

――『レストレスソード』にレイピア? クラトスポジションなのにリチャードが混ざってる?

はい、混ざってます。同じ裏切りポジションなので混ぜてもいいかなーっと……。実はリチャードがグレイセスfから使えるようになった“ある技”を一刀さんにも使わせたかったので混ぜてみたんですが、当初書く予定だった戦闘シーンをバッサリ省いたせいで実現しませんでした……。

 

 

――えっ? 一刀が最低な奴なんですけど……。

これだけ見たら本当に最低なヤツですよね。まあ、裏切り云々のところは『クラトスポジション』ということでお察しください。それに“あの”一刀ですよ?

 

 

――雪蓮達の立ち直りが早くね?

自分の力不足、表現不足です……。最初は原作通り、感情のまま一刀と対決!…………という流れにするつもりだったんですが、正直書いていてものすごく嫌な気分になってしまったので変更してしまいました…………。敢えて言い訳させてもらうならこの外史では原作と同じかそれ以上に一刀と彼女らはラブラブ……もとい、信頼関係が築かれていたということでお願いします……。

 

 

――設定が色々おかしいですよー?

だって外史だもん……っていうことで、細かいところは見逃してください!(土下座)

 

 

 

 

 

では、また次回お会いしましょう。

(次は明るい話が書きたいなーと思ってる)メガネオオカミでした。

 

説明
注意!
この作品は恋姫無双とその他の作品のクロスオーバーです!
だって外史だもん!という言葉を許せる方は読みください!

そんなこんなで『交わる外史〜分かれぬ道〜』
お楽しみいただけたら幸いです(^^)
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コメント
kuorumu様>外史の可能性は無限大ですもんね! 続きは……今回のような読み切りでよければ。ちょっと連載は難しいかも、です; ドラゴンラージャの方は近々更新予定です(^^)(メガネオオカミ)
魔界発現世行デスヒトヤ様>べ、別に隔離とかじゃナイデスヨ? ただ、仕方ないとはいえ、一人だけ仲間外れにされる形になってしまったシャオが機嫌を損ねてしまい、結局一刀が(文字通り)三日三晩説得するはめになった……とだけは言っておきます。(メガネオオカミ)
西湘カモメ様、魔界発現世行デスヒトヤ様>政治的理由説以外にも太陽神を祀る巫女がすり替わった説等もあるみたいですし、中には両性具有説のようなものもあるようですね。ただ、魔界発現世行デスヒトヤ様のコメントの通りあくまでコレは外史ですから、細かいところは気にしないでください。思いっきり男神のはずの月読命もここでは女性設定にしていますし……;(メガネオオカミ)
これは面白そうな感じですね。外史ならば大抵の事は許される! ぜひとも続編を! ドラゴンラージャもね。(kuorumu)
↓性別の違いなんて恋姫で言っても仕方ないさ シャオはゼロスの妹のように保険で隔離か(ギミック・パペット ヒトヤ・ドッグ)
天照は女神ではなく男神だぞ?藤原不比等が持統天皇を擁立する時に、強引な解釈「天照は実は女神だった」と世間に嘘を教えたからね。(西湘カモメ)
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