命-MIKOTO-11話-
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【萌黄】

 

 ここ最近疲れが取れていない気がする。仕事が一段落したため、休憩している時に

深く溜息をつくと近くにいた緑ちゃんが苦笑しながら近づいてきた。

 

「随分お疲れのようだね」

「うーん・・・」

 

「何かあったか?」

「・・・それがね」

 

 最近のうちの事情を相談しようか迷った挙句、結局喋ってしまった。

家の住人が増えてから命ちゃんとの営みの回数が減ったり。

新しく来た子に夢中だったり。そんなことを話した。

 

「どう、思う。緑ちゃん〜〜」

「まぁ、大変だね」

 

「でしょ〜〜・・・」

 

 情けない声を出して、同意を求めようとした。途中までは私に情けをかけてくれた

ように見えた緑ちゃんも、そんな私を見て厳しい眼差しに変わる。

 

「でも…あんたそんなつまんない人間だったっけ?」

「え・・・?」

 

「一人だった時は失うものがないとばかりに大胆で。しかもそれが魅力的に見えたけど。

今の萌黄は随分弱くなったように見える」

「あ、いや。でも、相手は子供だし・・・」

 

「相手に今の現状の悪いとこ全て押し付けるつもりかしら?」

「緑ちゃん・・・?」

 

 厳しい声色を変えずに、ただただ緑ちゃんは私のわからない箇所をビシッと

指摘してきた。それは私にとっては衝撃であり間違っていないと思えた。

 

「守る者ができて、あんた・・・臆病になってるよ」

 

 言われて電気が流れたようにビビッと感じる言葉。

確かに昔の私とは随分違ってるように思える。

 

 それは良い変化とも取れるが、マイナスの面も大きかったのだろう。

 

「そうだったね・・・。だけど、それがわかってどうすればいいのかが

わからないのだけど」

 

「そうね、とりあえず本音をぶつけちゃえばいいんじゃない?」

「そんな、適当な・・・」

 

「そんなことで嫌う相手でもないでしょうに」

「まぁ、それはそうだけど・・・」

 

 命ちゃんに限って寂しいと言って「うざい!」「重い!」って思うタイプじゃないのは

わかってるけど、いざ言おうとすると不安が先行して延ばし延ばしになって

しまってるのも事実。

 

 腕を組んで唸ってると、私の肩をポンポンと叩いて笑いながら言ってきた。

 

「まぁ、考えな。でも・・・」

 

 一つ間を置いてから呟くように私の耳元で告げる緑ちゃん。

 

「アンタの場合、行動に移した方が早い気もするけどね」

「緑ちゃん・・・」

 

「がんばんなよ〜」

 

 そういって手をひらひらさせて、私の元から離れていった。

そういえば、昔から私はそういうことでしか表現できなかったもんね。

動いてなんぼか・・・。

 

 その励ましのおかげかどうかはわからないけど、その後の残りの仕事に対して、

ものすごいやる気を出すことができた。それはもう周囲が驚く位には。

 

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【緑】

 

 励ましつつも、もし気持ちが離れていたら寝取ってやろうってくらいの気持ちはあった。

だけど、萌黄が真剣に悩んでいるのを見ていたら、その気持ちはなくなっていた。

もし、そんなことが出来たとしても。萌黄が本当に笑顔にしてやれる自信がなかった。

 

 萌黄から離れてトイレに向かうと新人の癖に仕事がよく出来て、私の上司にあたる

聖・瞳魅(ヒジリ・ヒトミ)と手洗い場で鉢合わせてしまった。

 

「予想外の行動に出たね」

「あん?」

 

 いきなり意味がわからない言葉を投げかけられた私は上司に対しては不適当な言葉を

返す。そのくらい、気にいらないのだ。

 

「摩宮萌黄に対してだよ。あんた、彼女のことが好きなんじゃなかったっけ?」

「どこでそんな情報仕入れるんだよ」

 

「それは秘密」

 

 人差し指を立てて、口元で「シーッ」っていうポーズをとりながら不気味は笑顔を

浮かべる。本当にこいつは何をするにも胡散臭くて仕方ない。

 

「どっちにしろ、あんたには関係ないだろ」

「そうでもないけどね」

 

「まさか萌黄のこと・・・」

「違う違う、その逆。むしろ彼女は鬱陶しいくらい・・・」

 

 私が考えていたことをあっさりと否定して、さりげなく毒吐いてきた。

しかも雰囲気がそれを成就させるなら手段も厭わないっていう意気を出している。

 

「あんた・・・」

 

 私は軽く怒りを出そうとすると、彼女は慌てて手を横に振って否定してきた。

 

「あはは、違う違う。別に何かしようってわけじゃないんだ。

 ただ、私は彼女の相手に惚れちゃってね。

 もし、あんたが彼女に未練があれば、手伝おうって思っただけだよ」

 

「そんなことか・・・」

 

 そんなこと、萌黄と命。二人の姿を見てしまった時に悟ってしまったよ。

 

「本人達が離れようとしないなら、見守るしかないだろ」

「それでいいのかい?」

 

 しつこく聞いてくる上司にイライラしながら「あぁ」と呟くと、さっきまでの

雰囲気と違ってやたら馴れ馴れしくしてきた。

 

「そうか、そうか。さっきから見ていて私の「目」にも影響されないし、

その気持ちの強さ。気にいったよ」

 

 「目」とは何のことだかわからなかったが、何か気に入られてしまった。

一気に和らいだ笑顔に私は神経の隅々まで警戒してしまうほどの変化だ。

 

「あんたに気にいられてもなぁ・・・」

 

 軽く毒を返すと余計に面白かったらしくて肩を強くバンバンと叩かれてる。

厄介なやつと関わってしまった、と少し後悔が残る出来事であった。

 

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【萌黄】

 

 結局の所、命ちゃんとちゃんと話し合うことに決めた私は家に帰ると

最近は迎えに来るのにちょっと時間が掛かるから、その間に考えをまとめようと

したら。

 

「おかえりなさい〜」

 

 すぐに命ちゃんだけが来たのでびっくりした。

 

「あ、うん。ただいま〜」

 

 いきなり予定が狂って頭が真っ白になった私は命ちゃんに促されるまま

中に入っていった。

 

 いつもと様子が違う。って思ったけど、ちょっと前までこれが普通だったような。

あの二人が来なければ〜って思った時に緑ちゃんの言葉を思い出した。

 

 何でも人のせいにしてはいけない。何がどう変わったのか、ちゃんと見定めないと。

 

「あの、命ちゃん」

「ごめんなさい、萌黄」

 

「え・・・?」

 

 私が命ちゃんに聞こうとする前に命ちゃんの方から謝って、私を抱きしめていた。

一瞬何が起こったのかわからないほど、唐突で混乱しそうだ。

 

「最近マナカちゃんのことばっかりで萌黄との時間が少なくなっちゃって」

 

 実は私も少し寂しかったのって命ちゃんの口から零れた時。私は自分のことしか

考えていないことに気づいた。何も変わっちゃいなかった、私が寂しかっただけなのだ。

 

「命ちゃん・・・寂しかったよう・・・」

「私も寂しくなってました・・・」

 

「命ちゃん・・・ごめんなさい」

 

 愛する人の優しさは変わらず私に向けられていた。その温もりに私は涙が出そうになる。

玄関から少し入ったところで、抱き合って。私は頭を撫でられると、命ちゃんの顔を

見るのに見上げるとスッと顔を近づけられた。

 

 久しぶりのキスで命ちゃんの匂いがして、気持ちよかった。今までの寂しさや疲れが

抜けていくように感じた。

 

「あっ・・・」

 

 少しの間キスをしていたら、そっと命ちゃんの口が離される。まだ物足りなくて、

もっとして欲しいって表情で訴えると、命ちゃんの顔が赤く染まっていく。

 

「あの、ここじゃ・・・。ちゃんとやるなら部屋で・・・」

「あ、そっか・・・」

 

 思えばここは入り口付近なのだ。ちゃんとやるなら部屋で、と思うのは当たり前か。

久しぶりすぎて周りが見えてないことに気づいた私は心の中で舌を出していた。

 

「とりあえず、ごはんにしません? 他の事を済ませてから改めて、ということで」

 

 恥じらいながら言うその仕草には私の心に強いときめきをくれた。

かわいい、可愛すぎる。もう、ベッドの上に押し倒したい気持ちが込み上がってくる位。

 

 でも、ここは命ちゃんの言う通り。いつものように過ごして、時間が来るのを

待った方がいいかもしれない。まずは、冷静になろう。

 

 とにかく今思えるのは、私と命ちゃんの気持ちはあれから変わってなかったということ。

それは確認できて、ホッと胸を撫で下ろした。

 

 命ちゃんに連れられてリビングに行くと、マナカちゃんが私の方を一瞬見た後に

視線を逸らす。その姿に今まではイラッとしていたのに、今はさほど気持ちに

変化はない。

 

 どれだけ命ちゃんを取られて嫉妬していたのかっていうのが手に取るように

わかった。そして、どれだけ自分が醜くなっていたのかも・・・。

 

 そんな気持ちの変化に気づいたのか、再びマナカちゃんが振り返って、視線を

逸らした時に見えた顔は一瞬ながらも、どこか柔らかい眼差しになっていた気がした。

 

 ご飯時に会社の話をすると、命ちゃんは自分のことのように聞いてくれる。

こういうやりとりも久しぶりで、具体的にいえないけど、何かいいなぁって思うのだ。

 

 マナカちゃんは最初は興味のない雰囲気を出していたが、ヒトミの話になると

生き生きしたような目に変わって面白かった。

 

 本当に信頼してるんだなって思える。こんな風な目で、私を見てくれることが

あるのだろうか。生意気で可愛げないけど、こういう素直になるときは可愛いと思えた。

 

 いつもは長く感じる食事の時間が今回は早く思えて、どれだけ気持ち次第で感じ方が

変わるかを思い知った。命ちゃんと片付けを一緒にするとき、後ろからトテトテと

小さな足音を立てながらマナカちゃんが来て、手伝ってくれる。

 

 子供がいるとこんな風なのかなって、ちょっとした喜びがあった。

 

 

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 命ちゃんに言われた通り、二人だけになれる時間になってから、まもなくして

私の部屋に命ちゃんが笑顔で入ってきた。

 

「お待たせしました」

 

 私はベッドに座っていて、命ちゃんはその横にちょこんと座って上の方を軽く

見やると、しみじみとした言い方で呟いた。

 

「やっぱり、萌黄といると落ち着きますね」

「私も」

 

 話すこともなく、ただ傍で存在を確認できるだけで癒された。

そんな時、命ちゃんはちょっと言い辛そうに口ごもった後、ゆっくりと私に話してくれた。

 

「萌黄と一緒にいられない日が続いて、私も悪いと思ってました。でも、マナカちゃんを

見ていて放っておけなかったんです」

 

 まるで、私を見ているかのようで、と呟いていたのを見て想像がつかなかった。

それはそうだ、私は命ちゃんの小さい頃のことは全く知らないのだから。

 

「マナカちゃんは私達の考えてることはわかりますが、私達から彼女の気持ちは

わからないので、どう接すればいいのか。ずっと考えていて」

「目のこと?」

 

「はい・・・」

「で、命ちゃんとしては一段落ついたって気持ちなのかな?」

 

「はい・・・!」

 

 力なく俯く、命ちゃんに聞いてみると今度は目が輝いて私の方に振り向いて手を

握られた。しかも両手で。

 

「まだ彼女ほど相手のことがわかるってわけじゃないですが、嫌がられないで

私の手伝いを続けてくれるって言ってくれて嬉しかったんです」

 

「へぇ・・・って仕事させたの!?」

「まぁ、ほんのちょっとですけど」

 

「ま、まぁ。無理はさせないでね」

 

 お手伝いっていう名目なら大丈夫なのかな。マナカちゃんはまだ小学生だし、

学校も正式な所が無理そうだったら、分校に行かせてもいいかもしれない。

 

 これはまた後々、命ちゃんたちと相談するとしよう。

そう、心の中に閉まっておくと、命ちゃんは私に抱きついてきて、頭の匂いを

嗅ぎ始めた。

 

「!? 命ちゃん!?」

 

 普段しないことを不意を突かれてしまって、やや混乱してしまう。

 

「萌黄・・・いい匂いです」

「もう、そんなことすると・・・こうだ!」

 

 私は自分の力の一部を発現させて一気に引き剥がすと、命ちゃんの胸元に

顔をくっつけて思い切り匂いを嗅ぐ。

 

 あぁ、命ちゃんの匂いが肺いっぱいに入っていく。この気持ちよさはまるで

快晴の下でゴロンと横になっているような爽快さがある。

 

「あははっ、萌黄、くすぐったいですよ・・・!」

「くんかくんか!」

 

 子供みたいにふざけて笑って。大人でもたまにはこういうのがあってもいいと思う。

そういう中でお互い手を握り合った後、静かに目を瞑ってキスをした。

どのくらいしていたのか、わからないほど。長く、長く命ちゃんとしていた。

 

 これまでの分を取り返すように互いに相手を求めていた。

 

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 二人がイチャイチャしている頃、暇を持て余していたマナカはヒトミが帰って

来るまでゲームをしていると、玄関からドアが開く音が聞こえ。

 

 ゲームを中断してマナカが玄関まで小走りしていくと、疲れた表情のヒトミがいた。

 

「おかえり・・・」

「ただいま〜。二人は?」

 

「部屋でイチャイチャ」

「はは・・・お熱いことで」

 

 ヒトミはそう言って、だるそうにカバンを置くと。それを大事そうにマナカが抱えて

リビングに移動した。ヒトミがマナカを追って着くと、そこにはラップに包まれた

おかずが並んでいる。

 

「暖かい・・・これ、マナカがやってくれたの?」

「うん・・・」

 

 いつものように素っ気無いつもりで返事をしたのに、ヒトミはまるでマナカの心を

見抜くように言い当てる。

 

「今日、何か良い事でもあったのかい?」

「え・・・?」

 

「とても嬉しそうな、いい顔をしているよ」

 

 言うと、疲れてるはずなのに安らかな表情でマナカを見つめるヒトミ。

マナカは顔を赤くして何かを言おうとしたが、言葉が出てこず。

降参するかのように、頷いた。

 

 そして。

 

「ちょっと・・・」

「ん・・・?」

 

 ヒトミを呼びかけて、こそこそと耳打ちするのかと思って顔を近づけると

ヒトミの頬に暖かいものが吸い付くようにくっついた。

 

 チュッ

 

「マナカ・・・?」

「・・・」

 

「・・・ありがとう」

「・・・うるさい」

 

 抱いていたぬいぐるみに顔を埋めながら照れくさそうに言葉を吐き捨てた。

そんなマナカの頭を撫でながら、積もりに積もっていた疲れも少しは和らいだような

気がしたヒトミなのだった。

 

 その日はそれぞれが幸せな気持ちでいられる、甘い甘い夜であった。

 

説明
恋人に構ってもらえず悶々とする萌黄の話。傍から見ればちっとも危機ではないですが、本人からしたら死活問題なのでした。そんなおろおろしながら百合百合するようなお話し。
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タグ
命一家 百合 キス 恋愛 

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