そらおと/ZERO 終章「蒼穹の誓い」
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 そして、最後の夜がきた。

 

 見月は玄関まで俺とイカロスを見送りに来てくれた。

 彼女と顔を合わせるのも、これで最後になるだろう。

「んじゃ、行ってくる」

「うん。ちゃんと帰って…は、来れないんだよね」

 俺を励まそうとした見月は困ったようにはにかんだ。

「だな。朝にはここともお別れだ」

 俺達が勝っても負けてもこの戦いは終わる。

 そして戦いの終わりはこの世界の終わりに等しい。だから俺がここに戻る事はないだろう。

 そこには勝って生きて元の世界に帰るか、負けて消えてなくなるかの違いしかない。

「なあ見月。元の世界に帰ったらこっちに遊びに来いよ。俺や先輩達も歓迎するからさ」

「…そうだね。考えておくよ」

 曖昧な見月の答えから、本人がこの世界での事を覚えていても実際にこの町に来ることは難しいだろう事が見て取れた。

「もしかして、元の世界でも体弱いのか?」

「うん。私のって遺伝みたいな物だから」

 だから、これが最後だと分かってしまった。

 

 桜井智蔵が見月そあらに会う事は、もうないのだと。

 

「そっか。じゃあ馬鹿みたいに鋭い空手チョップもきっと遺伝なんだな」

「それは桜井君が原因だし、違うと思うんだけど」

「そっか? 見月なら世界を狙える器だと…いてぇ! ほら、やっぱり鬼のようなスイングじゃんか」

「それ、言っとくけど女の子には失礼だからね」

「へーへー、すいませんね」

 だから、いつもの様に別れる事にした。

 ここ半月の間、顔を合わせるたびにやってきたやり取りで。

「また会おうぜ」

「うん、きっと」

 俺達は互いに笑って。

 再会を口にして別れた。

 

 

 

 夜更けの町はいつもより冷え込んでいる様に感じた。

 きっと錯覚じゃないだろう。壊れかけた町は急速に温度を失いつつある。

 そんな中、俺の隣を歩くイカロスがぽつりと呟いた。

「…マスター」

「うん?」

「…あれで、よろしかったのですか?」

「ああ、見月の事か? あれで良かったんだよ、きっとな」

 最後だからこそ、俺は彼女と笑って別れたかった。

 さっきの別れ方ならこの先に彼女を思い出す事があっても、俺はいい思い出として語る事ができるだろう。

 きっと彼女もそうだと信じたい。

「…そう、ですか」

「どうした?」

「いえ。私には、できない別れ方でしたので」

「…そうか」

 イカロスがさっきの俺と見月のやり取りを黙って見ていたのは、単に俺達に気を遣ったんじゃなかったんだ。

「でも、そこはお前なりのやり方でいいんじゃないのか?」

「そう、でしょうか」

「ああ」

 こいつも確かに感じていたのだ。

 この先に待つ、別れの実感というものを。

「というか、戦う前から勝った後の事なんて考えちゃ駄目だよな。今は勝つ事に集中しようぜ」 

「…はい」

 まったく、我ながらなんでこんなに感傷に浸っているのやら。

 この先の戦いに勝機はあっても、余裕なんて微塵もないと分かっているのに。

 

 

 

 

 そらおと/ZERO 終章「蒼穹の誓い」

 

 

 

 

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 夜の道を二人で歩く。足はすでに町の外れにまで進んでいた。

 ここにきて、俺とイカロスは互いに無言だった。

 互いにやるべき事は確認していたし、別れらしいものは日暮れ前に済ませていたからだろう。

「なあ、イカロス」

「はい」

 それでも俺は半ば無理やりに口を開いた。

 相手の指定した小高い丘にある大桜の元へはあと僅か。これ以上進めばまともに話す機会は失われるだろう。

 俺もイカロスも互い仕事で精一杯になるし、すべてが終わった後にお互い無事だとは限らない。

 きっとこれが最後の機会だ。

 彼女と別れたくないのなら、ここの戦いを避けてこの世界から脱出する別の方法を探さないと―

 

「―俺、お前に会えて良かったよ」

 その未練を、渾身の力をもって封じ込めた。

 

「ここでの事、俺にはとても大切なもんなったからさ。先にお礼だけ言っとく」

 そう。本当に大切だから。

 それを俺の意地汚い願望で台無しにしちゃいけない。

 彼女の誓いと願いを、俺は最後まで肯定したいんだから。

「…私も、マスターに会えて良かったです。貴方のおかげで、大切な事を思い出しました」

「思い出したって、何を?」

「…大切な人を守りたい、という想いです。最近の私は、平穏な日々に甘え過ぎていたと実感しました」

「んー、少しくらい甘えてもいいんじゃないか? お前が変に力入れると、逆に失敗しかしないと思うぞ?」

 俺としてはむしろ戦いなんて忘れちまえと言いたんだけど、さすがにそれは言いすぎだろう。

「………誓いを新たにした早々、否定されました。やっぱりマスターは朴念仁です」

「いや、そんな拗ねられてもなぁ」

 鉄面皮のイカロスの視線は恨めしそうに俺を責めてくる。

 せっかく気を遣ってみたのに逆効果とは、つくづく女心って分からない。

 っつーか、イカロス君。俺の純情を弄ぶ君にだけは朴念仁とか言われたくないです。

 

 そんな与太話に脱線している間にも、視界に占める大桜の割合が大きくなっていく。

 その元に小さくだけどカオスとそのマスターの姿も確認できる。

 遂にこの時が来た。

 この戦いが始まった夜に出会った、もう一人のエンジェロイドとそのマスター。

 俺はあいつらの事をほとんど知らない。だから怒りはあっても、心底憎む事はできなかった。

「よし、行くか」

 ただ、勝つ。

 それだけを心に決めて挑んでいく。

「はい。御武運を、マスター」

 言うが早いかイカロスは星が瞬く夜空へと飛び立っていく。それを目にしたカオスも彼女を追いかけ始めた。

 こうして俺は、彼女との別れを避ける最後の機会を失った。

「………ホント、ブレないよなあいつは」

 まあ、これで良かったんだろう。

 最後まで俺達の立てた作戦を信じて戦い抜くだろうあいつの姿は、初めて会った時と何も変わっていない。

 俺達の関係は最後までこうであるべきだとも思うのだ。

 

 さて、それじゃあこっちもいい加減に腹をくくろう。

 今、大桜の元には倒すべき敵が一人だけ立っている。そして俺のすべき事は最初から一つだけだ。

「あの夜の借り、しっかり返してやらないとな」

 バーサーカー、いやカオスのマスターであるあいつに一発きついのをお見舞いする。

 その為に俺はここに来たんだから。

 

 

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 澄み切った夜の空気を切り裂いて二人のエンジェロイドが交戦を開始してから、数分が過ぎようとしていた。

 現状、両者に大きな動きは無い。互いにけん制ともいえる攻撃を散発的に繰り返している。

 この光景を両者のマスターが目にすれば、一方は眉をしかめ残りの一方は小さく頷くだけだろう。

 当然ながら、この膠着状態は両エンジェロイドの意思によるものだ。

「ねえイカロスお姉さま。お姉さまは愛を理解できた?」

「…いいえ。私にはまだ、分からない」

 衝突の度に交わされる言葉。

 それは二人が望むものを探す為の交わり。

「それでも、今のマスターを守りたいと思ったわ。それだけは、本物だと思うから」

「でも、それは最初からお姉さまの望みだったわよね?」

「…ええ、そうね」

 桜井智樹を守るために、桜井智蔵を守る。

 それはイカロスにとって最も優先するべき目的だった。

「それでも、少しだけ変わったと思う」

 

 桜井智樹を守るという目的。

 桜井智蔵は守るという手段。

 

「…うまく言葉にできないけれど。確かに変わった気がするの」

 

 いつの間にか手段が目的に変わっていた事に、彼女は遂に気づけなかった。

 それが自分の求める答えの一部だという事も、今の彼女は理解できない。

 

「…そう。なんだか、私も分かんなくなっちゃったわ」

「それは、どうして?」

「今のマスターは私を愛してくれるっていうけど、何か違う気がするの。お兄ちゃんの言っていた愛とは、何か違うの」

「………そう」

 イカロスは曖昧に頷く事しかできない。

 愛を理解できない彼女に、カオスの違和感に答える事はできない。

「それでも、そう。愛に違いがあるんだなって分かったわ。お兄ちゃんの愛とマスターの愛は違うんだって」

「あなたは、どちらを望むの?」

「………お兄ちゃんの言う愛をもっと知りたい。そうじゃないと、答えが出ないと思うの」

「…そうね」

 二人は真摯に互いの言葉を交わす。

 そして真摯に対敵を撃墜せんと戦いの熱を上げていく。

「だから、お姉さまを堕としてお兄ちゃんに聞きに行くわ」

「それは、許さない。私は、マスターと一緒に勝つと約束したから」

 

 ギアはローからハイへ。ハイからトップへ。

 交わす言葉は尽き、残ったのは互いの意思を通そうとする力だけが残る。

 それに従い、両者の飛行速度は加速度的に増していく。

 

「堕ちて、お姉さま!」

「私は墜ちない。貴女を制して、マスターの元へ、帰る」

 

 獰猛な光を放つ((超高熱体圧縮発射砲|プロメテウス))。

 鮮烈な光を放つ((超々高熱体圧縮対艦砲|ヘパイストス))。

 両者の意思の光が闇夜を白く染めていく。

 

 

 

 本来ならば誰よりもそれを見据えるべき二人のマスターは、それに見向きもしなかった。

 何故なら―

「あの夜以来だな。よく逃げずに来たと褒めてやろう」

「アホか。逃げ場なんて最初からないだろ」

 両者にもまた、決して無視できない相手が眼前にいたのだから。

 

 

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 相手を眼前に見据える。

 敵はカオスのマスターであり、このふざけた世界を作り上げた敵。

 そして、ある意味感謝するべき恩人だった。

 

「なんだ、複雑そうな顔をしているな。もう少し憎悪を燃やしたらどうなのだ?」

「そりゃそうなんだけどな。一つだけお前に感謝する事があるんだよ」

 俺はこの世界で心から大切だと思える人に会えた。

 甚だ不本意だけど、それはどうやっても誤魔化せない俺の本心だった。

「…く、やはり血筋だな。貴様らは使役するべき((人形|エンジェロイド))に無駄な感情を向ける」

「お前こそ、なんでそこまで意固地なんだよ」

 とことん侮蔑しきった相手の嘲笑に、俺は憤りを感じずにはいられなかった。

「あいつらにはちゃんと心があるんだ。なら俺たちと同じだろ?」 

 当然ながら、相手には感謝と同時に怒りもあるのだ。

 その中でも一番の理由は今言った通りだ。こいつのその一点だけはどうしても許容できない。

「心など無い。ただ意思伝達を目的として作られたインターフェイスだ」

「嘘つけ。あんな不器用なシステムがあってたまるかっての」

 イカロスや風音、他のエンジェロイドのみんなはいつも真剣に悩んで、考えて、自分で決めた事を選んでいた。

 彼女達が持っているあの不器用ながらも真っ直ぐな心が、機械仕掛けだなんて俺には思えない。

 あれが全部まやかしだったなら、俺たちの持つ心だって偽者に等しくなるだろう。

「…頑固だな。どこまでも憎らしい『奴』にそっくりだ」

「そりゃ家族だからな。お前にはいないのかよ」

「いらんな、そんなものは。私は貴様が邪魔で始末したい。今はそれだけでいい」

 俺の孫が憎いから俺を殺す。俺が孫に似て憎いから俺を殺す。

 本当に自分勝手な奴だ。こいつの心は今も子供のままなのかもしれない。

 

「…もういいだろう。上も本格的に始まった様だ。我々の方も始めるとしよう」

「そうだな、それには賛成だ」

 イカロスが戦いを始めて数分が経った。今ならカオスの介入はないだろう。

 俺では逆立ちしてもカオスには敵わない。ニンフの翼を持っている今でもきっと結果は同じだ。

 きっとハッキングなんて悠長な事をしている間に殺される。

「さあ、なんでも来いよ…!」

 だけど、俺とこいつとの一対一なら勝機がある。

 こいつが俺と同じ生身の人間なら、今の俺でもハッキングで戦う事が可能なハズだ。

 勝機は十分ある。作戦通りにやれれば勝てると信じる。

「………くくく、そう急くな。では私も手札を開くとしよう」

 不適に笑うやつの周囲が歪む。

 次の瞬間、その場所にいくつもの重火器が並び始めた。

 自動小銃やバズーカ砲に始まり、ミサイルやら多分レーザー銃だろうなと思われるものまでより取り見取り。

 二十以上の銃砲火気がやつの周りに浮遊し、こっちに狙いを定めてくる。

「…きったねーな、おい」

 相手は完全に力押しだ。

 こっちのハッキングという切り札を見通し、絡め手ではなく純粋な破壊力と物量で押しつぶすつもりらしい。

 昨日の作戦会議での守形先輩の指摘は正しかった。やつは俺と先輩の戦いを観察し、確実に勝てる手段を選んだんだ。

 こいつ、子供っぽいくせに勝つための計算だけは大人じみてやがる。

「ではいくぞ。せいぜい持ちこたえて私を楽しませて見せろ」

「けっ。お断りだ」

 大丈夫だ。

 これも先輩たちとの作戦会議で出てきた内容だ。まるでテストのヤマが当たった気分だ。

「死ね!」

「嫌だっつの!」

 砲弾が俺へとはじき出される前に、まずは右手のリボンを起動して身体能力を上げる。

 本来なら数秒程度しか持たないけど、ハッキングで効果時間を無理やりに引き伸ばす。

 一射目は危なげなく回避。飛び退った地面が小さいクレーターと化したが無視。

「そうだ! そうでなくてはな! そら、第二射もいくぞ!」

「舐めんな!」

 第二射目へ対応。

 今度はあいつが第一射に使用した火器をハッキングし、迎撃させる。

 性能は似たようなものなんだから、当然撃ち負ける事はない。問題は―

「いいぞ、どこまで持つか試してやろう。ベータからの借り物でどこまでやれるだろうな?」

「うるっ…せぇ!」

 そう、問題はそこだ。

 俺の使うハッキングは所詮ニンフからの借り物だ。本物には遠く及ばず、長続きもしない。

 その証拠に、俺がハッキングした火器はあっという間に奴に所有権を奪い返されて再びこちらへ砲火を向ける。

「んなろ…!」

 それをまた別の火器をハッキングして迎撃。そして、また同じように奪い返される。

 この対応方法では耐えしのぐ事はできても、反撃なんて夢のまた夢だ。

「ははははははは! 先ほどまでの大言はどうした!? 顔色も悪いぞ!」

「………っ!」

 くそ、こっちの体調まで読まれているか。

 アストレアとの戦いでできた背中の傷はもう開いてしまった。そこからニンフの翼が少しだけ飛び出してきている。

 当然、痛い。しかも出血で体力まで落ちてくる。

「まだだ、まだ…!」

 勝つためにはニンフの翼が必要だ。

 その時がくれば、この翼を全開にして最大出力のハッキングを慣行しなければならない。

 だけど、今は駄目だ。

 それをしたら俺はあっという間に力尽きる。これを使うのは、最初で最後の勝機を見い出した時だけだ。

「涙ぐましい努力だな! だがアルファーが貴様に勝利を運ぶ事などない! 勝つのは私のカオスだ!」

「やっかましい…! んな事は最初から分かってんだ!」

 そう。俺((だけ|・・))では勝機をつかめない。

 よってイカロスが勝機を手繰り寄せる瞬間まで俺は耐え忍ぶしかない。

 だが。

「イカロスが俺に勝利を運ぶんじゃない…! 俺達は二人で勝つんだ!」

 カオスと奴は一人一人で戦う。だけど俺達は二人で一緒に戦う。

 そうしなければ勝てないし、それが俺達のあるべき形だと信じている。

「ふん、屁理屈を。幻想を抱いたままここで朽ちていくがいい!」

 

 銃火は止むどころか一層激しく俺を追い詰めてくる。少しでも反応やハッキングが遅れれば次の瞬間に消し炭なるだろう。

 もう、いつそうなってもおかしくない。

 それでも。

「…俺は、勝つ! あいつと、約束、したんだ!」

 右手の((契約の鎖|つながり))から伝わる熱が、それを思い出させてくれる。

 夕日が差すあの場所で、俺達は互いにこの世界での事を憶えていく事を約束した。

 あの誓いを守る為に、俺はここに立っている。

 まだ倒れる事はできないと、ちゃんと思い出せる。

 だから。

「お前も、約束守れよ、イカロス…!」

 彼女に限ってありえないだろうけど。

 ほんの少しだけ不安だったから、弱音を吐いた。

 

 

 

 次の瞬間、夜空に大きな閃光が走る。

 そして俺はふと悟った。どうも、彼女はきちんと俺の愚痴を聞いていたらしいと。

「地獄耳だな、お前…!」

 情けない所を見られたというのに、思わず口がにやけてしまった。

 そして相手は今の光に気を取られている。

 いける。勝機は今、この時を置いて他にない。

「アフロディーテ、起動!」

 背中から翼を解き放つ。

 今こそニンフからの贈り物を最大限に使ってハッキングを慣行する。

 唯一にして最後の勝機。俺達はそれをつかみに行く。

「おおおおおおおおおおおおおっ!」

 手繰り寄せるは彼女の半身にして最後の兵装。

 彼女を((空の女王|ウラヌス・クイーン))たらしめる最強の証。

 

 ((其|そ))は―

 

 

 

 

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 馬鹿め。

 

 バーサーカーのマスターは歓喜をこらえつつ彼の蛮行を意図的に見逃した。

 無論、対敵の作戦はすでに周知済みでありその対策も万全だったからだ。

 五月田根美佐子に仕組んだセンサーにより昨夜の作戦会議など筒抜けであった事に、彼らは遂に気づかなかった。

 その時点で敵の敗北は決定している。彼は絶対の自信をもってそう断じた。

 

 桜井智蔵がこれから行おうとしているのは、彼のパートナーが持つ最強の兵装の召還である。

 その名を、ウラヌス・システム。

 可変ウイングの核の出力を完全に発揮するための巨大な外付け戦略ユニットであり、異次元空間から喚び出し使用する殲滅戦用の兵装。

 システム本体もエンジェロイドの規格を大きく上回る出力を発揮し、純粋な力比べでなら第二世代ですら凌駕する。

 確かにそれならばカオス相手にも十二分に勝機が見込める。

 今しがたカオスの隙を作るために、右腕と左足を犠牲にした特攻による損傷があったとしても、だ。

 ゆえに、この兵装だけはこの世界に召還できないように厳重な封印を施してある。

 イカロス本人は及ばず、ハッキングを専門とするニンフでさえ易々と手を出せない様にだ。

 その防壁を赤の他人であり、借り物を使うしか能のない桜井智蔵に突破できるハズも無い。

 彼らはイカロスが口を滑らせた最強の兵器に飛びつくあまり、そもそもの選択を誤ったのだ。

 彼女が最後までそれの使用を控えようとした理由を、彼女の優しさだと勘違いをして。

 

「く、はは。ははははは!」

 バーサーカーのマスターは哄笑する。

 桜井智蔵にこの世界のプロテクトは破れない。

 彼にウラヌス・システムは召還できない。

 故に、彼らの策は失敗の未来しかない。

 

 だというのに。

 

「ははははははは! くはははははは!」

 彼の哄笑は止まらない。

 それは、おかしくて仕方が無いからだ。

「なぜだ!? くくく、ははははは!」

 そう、本当におかしくて堪らない。

「はーっはっはっは! なぜだなぜだなぜだぁ!?」

 この理不尽はないだろうと、笑いを堪えきれない。

 

 

 

 

 

「なぜ((ウラヌス・システム|それ))がここに来るのだ!? 貴様は何をしたのだサクライトモゾウ!!」

 今、少年の背には確かに最強の殲滅兵装が姿を現している。それは見る間に巨大化し、本来の持ち主である彼女の元へと飛翔していく。

 その対敵の出鱈目さに、笑う以外の反応ができなかった。

 

 

 

 

 

「…勝つ為の事をした。それだけだっ!」

 背中で輝く翼を己の血液で染めながら、桜井友蔵は倒すべき敵へと走り出す。 

 走る彼の右手には((彼女の矢|アルテミス))が顕現している。

 最後の力を振り絞り、彼は自分の成すべき最後の仕事を果たしに行く。

「この、((地蟲|ダウナー))がぁっ!」

 対するバーサーカーのマスターは怒りに双眸を滾らせる。この時、彼はようやくこの出鱈目な少年を倒すべき敵だと断じた。

 最初から全力をもって挑むべき相手だと決めて戦いを始めた少年と、今この時まで相手を踏み潰す虫程度にしか見ていなかった男。

「死ねぇぇぇ!」

「死ぬかよぉ!」

 ここに形勢は逆転した。

 少年は倒すべき敵へと駆け、男は自分へと襲い掛かる死神を迎え撃つ。

 

 

 戦いは終わりを迎える。

 その後に残るものはただ一組。それを決める時がきたのだ。

 

 

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「―((接続|コネクト))」

 彼と二人で手繰り寄せた奥の手に、彼女は迷わず手を伸ばした。

 彼女の翼とその兵装が接合し、膨大なエネルギーを得たシステムが唸りをあげる。

 

 アポロンのゼロ距離射撃という特攻により、彼女の右腕と左足は失われている。

 だが何も問題はない。これより、彼女の手足は重厚かつ巨大な兵器が代用する。

 普段の彼女ならばいかな理由があろうと使用をためらう破滅の力。

 だが、今この時だけは違う。

 これは彼と決めた二人の戦いなのだ。自分の身勝手な嫌悪感で、彼の覚悟を台無しにしてはならない。

 

「ずるい! ずるいわお姉さま! お姉さまだけお兄ちゃんに助けてもらって!」

 イカロスと同様の損傷を受けたカオスが背中の羽を巨大化させ、彼女へと肉薄する。

 拙い自己修復を繰り返し、歪な翼を彼女へ打ち付ける。

「…それは違うわ、カオス。これは、最初から決めていた事だから。私達は、二人で戦うって」

 それをその身に受けながら、彼女は己の半身に命令を下す。

「全速、突撃…!」

 爆発的な加速をもってイカロスはその巨体ごとカオスへ体当たりを慣行する。

 傷ついたカオスは避ける事もままならずそれに押さえ込まれる形になった。

 イカロスとカオスは互いにろくな身動きができないまま、急速に空見町から離れていく。

「どういう、つもりなの…? こんな体当たりじゃ、私は壊せない。ここは仮想だもの。海なんてないわよ、お姉さま!」

 かつて、一度だけイカロスはカオスを制した事がある。

 それはエンジェロイドは海を泳げないという性質を使った自爆まがいの特攻だった。

 この世界に海は無い。ここは空美町を再現した仮想の町なのだから。

 故に、カオスを制する事はできない。

 

 そこに、『海』が無ければ。

 

「…海ならあるわ。すぐそこに」

「………あ」

 イカロスの言葉に考える事数秒、カオスは彼女の言葉の意味を理解する。

 そして、その数秒こそが勝敗を分かつ事になった。

「いくらあなたでも、『虚数空間の海』には耐えられない」

 カオスの背後に広がる再現が及ばなくなった仮想の狭間。

 0であり、1である混沌の海がそこにある。

「お姉、さまっ…!」

「ごめんなさい。私は、一緒に行ってあげられない」

 イカロスが自分と繋がっているシステムを切り離し、その加速から脱出する。

 そして、そのシステムにつかまったカオスに逃れるすべは無く。

 世界の端である混沌の海を目前として。

「…そっか。私、負けちゃったのね」

 愛に飢える少女は、自分の敗北を理解した。

 

 

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 俺が切り札を使える射程に踏み込んだ時、眼前の敵はすでに迎撃の体勢を整えていた。

 奴の動揺を考えれば、それは驚異的な速さだったといえるだろう。

 

「終わりだ!」

 奴の操る幾数もの銃砲火気が俺に向けられている。

 ここまで近づいてしまうと、もう避ける事はできない。

 見月のリボンのおかげで上がった身体能力にも限界が来ている。

 それでも、俺は勝ちに行く。

 こいつを倒すのは俺の仕事だ。

 他の誰にも譲れない、俺がやると決めた事だ。

 だから俺は最後の切り札を切る。左手を前へとかざし、あいつへの言葉と共にそれを召還する。

 

「アストレア! もういっぺんだけ借りるぞっ!」

 

 昨日の戦いで彼女から奪った((最強の盾|イージス=L))。

 それを左手に呼び出して俺はそのまま前へ走る。

「馬鹿な!? デルタは消滅したはずだ!」

「ああそうだ! でもあいつの意地は、まだここにあるんだ!」

 ドライな考え方をするなら、単にあいつが消える前にこの盾の所有権が俺に移っていただけだろう。

 …それでも、たとえ俺の身勝手な思い込みであっても。

 これはあいつが俺達を守るために残したものだと、そう信じたい。

 ろくなエネルギーも注いでないのにその盾は俺への攻撃を完全に防いでいる。

 その堅牢な守りは、確かに単純で強情なあいつと同じだった。

 

 銃撃の雨を抜ける。

 右手に彼女から受け取った((一矢|アルテミス))を装填する。

「おのれ―」

「てめぇの、負けだ!」

 怒りに歪む奴の顔を見据えて。

 俺は、その胸を撃ち抜いた。

 

 

 

 

 

「………ひとつ、答えろ」

「なんだよ」

 地面に仰向けに倒れこんだままだというのに、まるで自分が勝ったかのようにそいつは問いかけをしてきた。

 完全に致命傷だというのに、微塵も苦しそうに見えない。

「なぜ、アルファーのウラヌス・システムを召還できたのだ。貴様がこの世界にハッキングをした形跡はなかった」

 なるほど。

 俺達でウラヌス・システムを呼んだ時にやけに慌てふためいていたと思ったけど、こいつにはそれがどうしてか分からなかったらしい。

「そりゃ、必要ないからな」

 確かにニンフならこの世界そのものにハッキングしないといけないだろう。

 だけど、俺にはそんな『面倒な事』は必要ないのだ。

「俺がハッキングしたのはこの世界じゃなくてイカロスだ。あいつの奥の手、本当に無茶苦茶だな」

 俺とイカロスには((契約の鎖|つながり))がある。

 それを通してウラヌス・システムに直接ハッキングし、あれの規格外な出力で強引に封印をぶち破ったのだ。

 今の俺とイカロスだからこそできる力押し。

 イカロスが最後までこれの使用を渋ったのも、俺への負担が大きいからだった。

「………ク。なるほど、ベータの基準で判断していた私の失策だったか」

 さも満足げに苦笑するこいつに俺は違和感を覚えた。

 今にも息絶えそうだというのに、微塵も無念さが見られない。

「お前、死にたくないと思わないのか?」

「思わんな。結局の所、私もオリジナルのコピーだ。今頃現世の私は癇癪を起こしているだろうが、知った事ではない」

「…お前ら、本当に勝手なのな」

 こいつとは終生分かりえないだろうなと思いつつ、俺は大桜のふもとへと歩みを進める。

 俺の戦いは終わった。あとは彼女を迎えに行くだけだ。

 

「待て。最後に一ついい事を教えてやろう」

「…俺、疲れてんだけど」

 正直、今にも膝が折れそうだ。

 できればイカロスと最後の挨拶くらいしておきたいのだけど。

「貴様の向かう桜の木がこの世界の中枢となっている。それを破壊しなければ、この世界の住人は無秩序に崩壊する世界に巻き込まれるだろう。貴様らが無事に帰りたいならばすぐにでも破壊しておく事だ」

「へぇ。で、壊す方法は?」

「アルファーのアポロンならば十分に可能だろう。もっとも、アルファーも満身創痍だ。((契約の鎖|インプリンティング))で補強しなければ行使できまい」

「…てめぇ」

 それはつまり。

 俺達の最後の繋がりを、俺自身が断ち切って今生の別れをしろという事。

「せいぜい、後悔しない選択をする事だ。………思えば、貴様は―」

 

 ―最期まで、私を退屈させない存在だった。

 

 そう言い残して、最後の敵は息を引き取った。

 その体は砂のように砕けて風に吹きさらされて消えていく。

「…けっ。余計なお世話だ」

 とことんまでに身勝手な奴だ。

 それでもどこか憎みきれない奴だった、というのが俺の正直な感想だ。

 こいつにも決して譲れないものがあったんじゃないか。なんとなくだけど、そう思うのだ。

 

「………行くか」

 大桜の元まであと十数メートル。

 そのごく短い距離が俺の最後の道行きだった。

 そこに、彼女が待っている。

 自然に頬が強張るのを抑えつつ、可能な限り穏やかな笑みを作って俺は歩き出した。

 

 

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 己の半身と共に混沌の海に沈んでいく自分の妹を、彼女は最期まで見届けた。

「…カオス」

 彼女の表情に喜びはない。

 ただ哀切に胸を痛め、罪悪に怯えるだけしか今の彼女にはできない。

 

(お姉さまは、きっと愛を知ってるよ。なんとなくだけど、それに気づかないフリをしてるのよ)

 

 妹の最後の言葉を心の中で反すうしても、彼女は答えを見つけられない。

 それでも―

「…貴女も、きっと答えを知っているわ。ただ、それを怖がっているだけで」

 自分の心に湧き出た言葉を、もういない妹に投げかけて。

「マスター。今、戻ります」

 彼女は主の元へと飛んでいく。

 

 

 

 空は白みを増している。じきに夜は明けるだろう。

 その淡い白の中、彼女は空から彼の姿を見た。

 全身傷だらけの彼が、彼女を目にして僅かに笑う。

 その笑みに答えるすべを、今の彼女は知らないけれど。

「ご無事で何よりです、マスター」

 彼が望むであろう言葉を舌に載せて、彼女は彼の元へ降りていく。

 

 彼女の戦いは終わった。

 残されたのは安堵感と罪悪感。

 そして彼との確かな約束だけ。

 それだけしかなかったし、それだけで十分だった。

 

 この時、彼女は確かに幸せだった。

 そこにあったのは、彼女が求める((もの|あい))だったから。

 

 

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「ご無事で何よりです、マスター」

「ああ、そっちもご苦労さん」

 できるだけ何でもない事のように言葉を交わす。

 実際の所はお互いに重傷なのだが、元々この体は今の世界が消えればきれいさっぱり無くなってしまうんだから、大して気にする事じゃなかった。

 気にするべき事は、別にある。

「イカロス、悪いんだけどもう一仕事頼んでいいか?」

「はい。この木を破壊するのですね」

 イカロスの見上げる先にある大桜は、今も鮮やかな花を散らし続けている。

「なんだ、聞いてたのか」

「いいえ。分析の結果、破壊の必要があると判断しただけです」

 それは良かった。

 彼女が俺とあいつの会話を聞いていないという事は、俺がその時に険しい顔をしていた事も知らないという事だ。

 これ以上こいつにいらない気遣いをさせたくないと思っていた俺には好都合だった。

「こいつを壊したら、俺達はちゃんと帰れるんだな?」

「はい。99.9%の確立で無事に帰還できると予想されます」

「そっか。じゃあ―」

「―マスター」

 努めて軽い口調で命じようとした俺を、彼女はらしくない強い口調で遮った。

 そして。

 

「どうか、((契約の鎖|インプリンティング))で命じてください。でなければ、今の私にあれは破壊できません」

 俺に背を向け、まっすぐに大桜を見据えた彼女は最後の命令を嘆願した。

 

 ここから顔の見えない彼女がどんな表情をしているのか、俺には分からない。

 それでも、その言葉に万感の想いが込められている事は理解できた。

「………分かった」

 それを、どうしていつもの調子で返す事ができただろう。

「イカロス。最後の務めを、果たしてくれ」

 俺も万感の想いを込めて、最後の命令権を行使する。

 右手に残っていた最後の鎖が砕けて空に散っていく。

「…イエス。マイ・マスター」

 

 瞬く間に復元した彼女の右腕に、最強の弓が現れる。

 ほどなくして放たれた閃光は桜の木と空を赤く染め上げた。

 

 

 

 

 空を染め上げた赤が薄れる頃、そこに残っていたのは夜の闇ではなく朝の白さだった。

 

「…これで、終わったのですね」

「ああ、終わったな」

 その白が蒼に変わりつつある空の下、俺とイカロスは消えていく架空の空見町を見つめていた。

「これで私は、自分の使命を果たせました。ありがとうございます、マスター」

「こっちこそありがとな。お前のおかげで助かったし、色々なもんを貰ったよ」

「…そう、ですか。それは何よりです」

「ああ」

 すでに別れらしきものは済ませていたからだろう、交わす言葉は簡潔だった。

 足元からの感覚が薄れつつある。目をやれば白くなって崩れ始めていた。

 残された時間はもう僅かだろう。

 だから、最後にこれだけは伝えておかないと。

 隣のイカロスへ視線を向ける。彼女もまた、まっすぐに俺を見つめていた。

 今ここで二人の約束を。その誓いをもう一度だけ口にする。

 

「じゃあなイカロス。俺はお前を―」

「さようなら、もう一人のマスター。私は貴方を―」

 

 ―絶対に、忘れない。

 

 

 

 

 

 こうして、俺と彼女の物語は終わりを告げた。

 残ったものは数日間の思い出とたった一つの約束だけ。

 それだけしかなかったし、それだけで十分だった。

 

 この時、俺は確かに幸せだった。

 そこにあったのは、俺が求める((もの|あい))だったから。

 

 

 

-10ページ-

 

 

 epilogue

 

 

 

 ある日、イカロスが家の昔の写真を見せてほしいと言ってきた。

 

「ん〜、あったあった。これだ」

「はい」

 押入れから引っ張り出したアルバムをイカロスに手渡す。

 こいつが何を思って昔の写真を見たいなんて思ったのかは分からないけど、自主性を出すのはいい事だ。

 

「ぷすすぅ〜。智樹って子供の頃からバカっぽい顔してるんだ〜」

「ん〜、でもエロさは感じないわね。この頃のトモキはきっと純心だったのね。なにをどう間違ってこんなエロ魔人に…」

 勝手についてきた((ニンフとアストレア|ちんちくりんとおバカ))が非常に失礼な発言をしている。

 しょうがないので一つ訂正しておこう。

「その写真、俺じゃなくてじいちゃんだからな」

『ええっ!?』

 写真が白黒という時点で気づいてほしいものだけど、考えてみればこいつらがこっちの写真の歴史なんて知るわけないか。

 母ちゃんいわく、じいちゃんの若い頃は結構俺に似てたらしいんで仕方ないのかもしれない。

「まったく、二人とも今度じいちゃんの墓の前で謝って…」

「マスター」

「うん?」

 二人を叱ろうとしたところに、イカロスが声をかけてきた。

 その手には、くすんだ白と黒の枠の中で微笑む少年の写真がある。

 

「近いうちに、お墓参りに、行きましょう」

 写真を優しくなでながら、彼女はそんな当たり前の願いを口にした。

 

「…ああ。そうだな」

 思えばこいつらが居候になってから、じいちゃんの墓参りに行った記憶がない。

 以前は毎年どころか季節の変わり目には必ず参るくらいだったのに。

「えー。私、あのエロ超人って苦手なのよ」

「そうですか? 結構気さくな人ですよ? ま、確かにエロいですけど」

 不平不満を迷わず口にするニンフとアストレア。

「いや、そもそもお前ら顔合わせた事ないだろ」

 二人が言うには俺の夢の中や三途の川で会った事があるそうだが、さすがにそれを認めるわけにはいかない。

 非常識にはなれたつもりだが、非現実にまでなれるつもりはないのだ。

「イカロスも何か言ってやってくれよ。お前らがじいちゃんに会ってるなんておかしいだろ」

 死者は、決して帰らない。

 俺にでっかい男になれと言い残した人は、もう空の彼方なのだ。

 その冷たい現実を、実直なイカロスなら迷わず口にしてくれると信じて―

 

「いえ。私も、お会いした事があります。高潔で、尊敬に値する方です」

「―はい?」

 見事に、裏切られましたよ?

 

「…えーと、イカロスさん?」

「…失言でした。今の言葉は、忘れてください。お昼の準備をしてきます」

 しまった、というていでそそくさと台所へ逃げるイカロス。

 なんだろう。最近のあいつ、少し変わった気がする。

「まあ、いいけど」

 きっとあれは良いほうの変化だし、歓迎すべき事だ。

 …その割には、なぜか俺の胸がムカムカする時があるけど。

 ともあれ。

 

「ぷすすすす〜〜〜っ! こうけつ!? こうけつってかっこいいって意味ですよねニンフ先輩!?」

「ええそうよ。アルファーったら、どうしたのかしら。あのエロの化身が尊敬に値するってありえないわよね?」

「ですよね〜。きっとイカロス先輩なりのジョークなんですね!」

「だとしたらアルファーは高度な笑いを理解したのかしら? 愛情の理解はどこにいったのやら、ね」

 

「お・ま・え・ら〜〜〜〜!!」

 今はこの不届き者どもにお仕置きするのが先だ。

 俺にとって桜井智蔵という祖父は、まぎれも無く尊敬に値する人だったのだから。

「今日は絶対に許さん! チチモミ五百回の刑じゃ〜〜〜!」

 

『きゃあああああぁぁぁ〜〜〜〜!?』

 

 遥か蒼い空の先にいるであろう祖父に誓った俺の夢。

 でっかい男になって大切な人を守るという約束。

 はたして俺にそれができるのか、分からないけれど。

 

「マスター、お食事の用意が…」

「うひょひょひょひょ! さあ、あと四百四十三回も残ってるぞぅ〜!」

『いやあああぁぁぁぁ!』

「………アルテミス、装填」

 

 大切な人達がいる事だけは、確かだ。

 

「はっ!? 待てイカロス! これは俺なりのお仕置きであってだな―」

「ご飯は、仲良く食べるもの。マスターが仰った事です」

「…そうだったね、うん」

「ご理解していただけて何よりです。では、発射」

「最近の君は容赦がないよねってうわらばぁ!?」

「ちょっと!? こっちまで巻き込まないでよアルファー!」

「爆発オチなんて最低ですぅ〜〜〜!」

 イカロスの砲撃によって俺達は三人仲良く宙を舞う。

 まったくもっていつも通りの、他愛のない馬鹿騒ぎ。

 

 

 

 願わくば、こんな時間がもっと続きますように。

 それが今の俺の、もう一つの夢なのだ。

 

 

 

-11ページ-

 

 

 ZERO

 

 

 病室の窓から空が見える。

 その蒼さが、いつになく懐かしかった。

 

 眼前には青い空が広がっている。

 どこまでも遠く、遥かに続く空に吸い込まれそうだ。

 この空の向こうに彼女はいるのだろうか。

 

 彼女。

 忘れられないその名前を口にしなくなって、どれくらいの時間が経ったのだろう。

 一瞬のようでもあったし、とてつもなく長い時間だった気もする。

 

 ベッドに横たわる自分の傍らには、でかい男になってほしいと願った少年がいる。

 その少年は涙に頬を濡らしながら、自分との別れを受け止めようとしている。

 自分は願う。この少年が彼女を本当の意味で救う存在になってほしいと。

 彼女を『兵器』という呪縛から解き放つ事ができるのは、きっと彼なのだと信じたい。

 

 空は遠く。

 それは自分と彼女との距離を示すかのよう。

 それでも、今でも鮮明に覚えている。あの出会いと別離を。

 

 今、自分はこの世界から旅立とうとしている。

 なら、もう一度くらいは口にしてもいいだろう。

 

 自分は((無|ゼロ))に還る。

 そして、すべてはここから始まる。彼女はきっと救われる。

 その事を、いまだ空に囚われている彼女に伝えるように。

 

 決して忘れられない。忘れないと誓った彼女の名を。

 

 

「負けんなよ、イカロス―」

 

 

 

 

 

 その日、一人の老人がこの世を去った。

 たった一人の孫に見送られながら逝った彼の様相は、とても満足そうであったという。

 

 

 

 

 

 

 そらおと/ZERO  〜Fin〜

 

 

-12ページ-

 

 

各エンジェロイドステータス

*本編で解明されていない個所は伏せられています。

 

クラス:アーチャー

マスター:桜井智蔵

真名:イカロス

属性:秩序・善

 

筋力:B

耐久:A

敏捷:B

演算:A

幸運:C

武装:A++

 

スキル

飛翔:A

空を自在に飛行する。ランクが高いほど空中戦で有利になる。

 

自己修復:A

自身の傷を修復する。

Aランクの場合は戦闘中にもダメージが回復し、戦闘不能に陥っても約半日で復帰可能。

ただし完全に破壊された場合、ダメージを継続的に受け続けた場合は発揮されない。

 

千里眼:A

遠距離のおける視力の良さ。

遠く離れた敵を視認し、射撃兵器の命中率を補正する。

 

単独行動:F

クラス別能力。マスターを失っても行動可能。

ただしイカロス自身がそれを望まない為、ランクダウンしている。

 

武装

永久追尾空対空弾「Artemis」(アルテミス):B

外敵を鋭く貫く殺傷力と、地球の裏側まで届く射程を併せ持つ主兵装。

可変ウイングから直接発射するので使い勝手が良く、出力調整可能。

 

絶対防御圏「aegis」(イージス):A

あらゆる攻撃を防ぐ全方位バリア。

非常に高い防御力を持ち、その特性を生かして周囲を巻き込まず攻撃する際にも併用される。

ただしAランク以上の攻撃は防ぎきれず、ダメージの軽減のみになる。

 

超々高熱体圧縮対艦砲「Hephaistos」(ヘパイストス):A

圧縮したエネルギー弾を撃ち出す大砲。

大気圏を越える程の指向性エネルギーを放出し、敵を蒸発させる。

起動と発射には数秒のチャージが必要となる。

 

最終兵器「APOLLON」(アポロン):A++

弓型のエネルギー兵器。

着弾地点を中心に大爆発を引き起こし、国一つでさえたちまち消し飛ばすほどの威力を持つ。

周囲への被害が大き過ぎる為使用には危険を伴うが、その破壊力は全エンジェロイド中でも最高を誇る。

 

ウラヌス・システム:EX

ウラヌス・クイーンたるイカロスの奥の手にして半身。

可変ウイングの核の出力を完全に発揮するための巨大な外付け戦略ユニットであり、異次元空間から喚び出して可変ウイングと接続し使用する。

長大なクローアームやエネルギー反射装置、ビット兵器と多数の兵装を搭載する。

システム本体もエンジェロイドの規格を大きく上回る出力を発揮し、純粋な力比べでなら第二世代ですら凌駕する。

ただし今回の仮想世界ではシナプスマスターの封印により使用不可能な状態になっているので、

召喚には「Aphrodite」(アフロディーテ)によるハッキングが必須。

 

 

 

クラス:キャスター

マスター:見月そあら

真名:ニンフ

属性:秩序・中庸

 

筋力:D

耐久:C

敏捷:C

演算:A

幸運:B

武装:C

 

スキル

ハッキング:A

生物、機械に干渉する能力。

対象の性能及び機能を強化もしくは低下させる。

高ランクになると対象の電子頭脳を破壊する事も可能(ただし相手の演算能力を上回る必要がある)

また、ハッキング中は自身のステータスが低下する。

 

飛翔:B

空を自在に飛行する。ランクが高いほど空中戦で有利になる。

 

陣地作成:B

クラス別能力。自分に有利な陣地を作る。

ハッキングを主としたトラップ陣地を作成できる。ただし対象の選別は困難。

 

道具作成:D

クラス別能力。有用な道具を作成する。

大抵の事をハッキングで済ませしまうニンフはこのスキルの使い道を把握しきれていない。

 

 

武装

超々超音波振動子(パラダイス=ソング):C

口から発する超音波攻撃。

数少ないニンフの武装だが、エンジェロイドに対する攻撃力は低い。

 

素粒子ジャミングシステム「Aphrodite」(アフロディーテ);EX

第二世代エンジェロイドの電子戦機能を軽々と凌駕する強力なジャミングシステム。

智蔵のいる世界において驚異的な効果を発揮できるが、動力炉の出力不足により長時間に渡る展開は不可能。

その機能は多岐にわたり、敵の武装の使用権を強奪した上で強化し使用する事も可能。

現在は桜井智蔵に譲渡されている。

 

 

クラス:セイバー

マスター:守形英三郎

真名:アストレア

属性:中立・善

 

筋力:B

耐久:C

敏捷:A

演算:E

幸運:B

武装:A

 

スキル

飛翔:A+

空を自在に飛行する。ランクが高いほど空中戦で有利になる。

事実上、空中戦でアストレアを捕えられるエンジェロイドはいない。

 

怪力:C+

一時的に筋力を増幅する。

感情の起伏による怪力を発動。つまり馬鹿力。

過去にインプリンティングの鎖を力ずくで引きちぎった事からも、その腕力は他のエンジェロイドと比べても破格。

 

騎乗:F−

クラス別能力。乗り物を乗りこなす。

家電の操作(テレビのリモコン等)が限界なアストレアにとってまったく有用性の無いスキル。

逆に操作を誤って事故を起こす可能性が上がる。

 

勇猛:D

精神干渉を無効化し、格闘ダメージを上昇させる。

アストレアの場合は勇猛というよりただの猪突猛進だが、結果は大差が無い。

Dランクは若干の補正値にとどまる。

 

武装

最強の盾「aegis=L」:A

携行型の盾からエネルギーフィールドを発生させ、Aランク以下の攻撃をシャットアウトする。

出力の高さ故に長時間の展開はできず、正面以外の範囲攻撃は防げない。

 

超振動光子剣「chrysaor」(クリュサオル):A+

携行型の長剣で、アストレアの主兵装。

最大出力では長大なエネルギーブレードを発生させ、イカロスのイージスをも軽々と切り裂く。

A+は最大出力時のものであり、通常はAランク相当の威力となる。

 

 

 

クラス:ライダー

マスター:鳳凰院=キング=頼朝

真名:風音日和

属性:中立・中庸

 

筋力:D

耐久:D

敏捷:C

演算:A

幸運:C

武装:C

 

スキル

ハッキング:A

生物、機械に干渉する能力。

対象の性能及び機能を強化もしくは低下させる。

高ランクになると対象の電子頭脳を破壊する事も可能(ただし相手の演算能力を上回る必要がある)

また、ハッキング中は自身のステータスが低下する。

 

騎乗:C

クラス別能力。乗り物を乗りこなす。

日和の場合 農耕機の運転経験が数えるほどあったのみなので低い。

 

飛翔:C

空を自在に飛行する。ランクが高いほど空中戦で有利になる。

人間としての生活が長かった日和は飛行を苦手とする。

 

気象観測:A

農業経験による気象変化への対応知識。

気象兵器「Demeter」(デメテル)による影響を自分とマスターが受けない様にし、気象効果を上昇させる。

 

武装

気象兵器「Demeter」(デメテル):C

周囲の気象を操作する事ができる。主に気圧を操作し暴風、豪雨、落雷などを広範囲に発生させる。

応用すると人体の鼓膜などに深刻なダメージを与えることも可能。

ただしエンジェロイドへの直接的ダメージは小さい。

 

 

 

クラス:メディック

マスター:五月田根美佐子

真名:オレガノ

属性:秩序・中庸

 

筋力:D

耐久:D

敏捷:C

演算:C

幸運:A

武装:D

 

スキル

医療技術:A

シナプスで従事していた医療知識。Aランクは適切な医療器具さえあれば瀕死の重傷さえも治療可能。

ただしシナプスの器具が地上に無い為、普段は腕のいい外科医程度の能力(Bランク相当)にとどまる。

シナプス製の医療器具は彼女が保有する物のみであり有限。それを消費した時に限り本来のランクへ上昇する。

 

火器管制:C

銃火器を扱う技能。

五月田根美香子が直伝した為、拳銃から機関銃、戦車に手榴弾と豊富な技術を持つ。

ただし扱えるのは地上の火器に限り、シナプス製の兵器は扱えない。

 

飛翔:C

空を自在に飛行する。ランクが高いほど空中戦で有利になる。

医療用として活動してきたオレガノは戦闘用の飛行を苦手とする。

 

単独行動:C

シナプスでは医療用としてマスターから離れて行動していた為、ある程度離れても活動に支障が出ない。

ただし現界の為にマスターの存在そのものは必要不可欠である。

 

武装

なし

 

 

 

クラス:バーサーカー

マスター:シナプスマスター

真名:カオス

属性:混沌・中庸

 

筋力:B(A)

耐久:A(A+)

敏捷:B(A)

演算:A(A+)

幸運:D

武装:A

*()内は狂化による補正値

 

スキル

飛翔:A

空を自在に飛行する。ランクが高いほど空中戦で有利になる。

 

戦闘続行:B

大きな傷を負っても戦闘が可能。

精神的な高揚により痛覚が麻痺し、痛みを感じずに全力を発揮できる。

ただし自身の保身がおろそかになる為、回避にマイナス補正がつく。

 

自己進化プログラム「Pandora」(パンドラ):A++

エンジェロイドの自己進化プログラム。他の生物やエンジェロイドを取りこむ事で最適な機能を獲得する。

カオスはこのシステムに一切の制限がなく、常に最適な機能を模索する事が出来る。

これによりカオスは戦闘中1ターンごとに相手より1ランク上回る性能を獲得する。

 

狂化:B

クラス別能力。全ステータスをランクアップさせる。

元々情緒不安定な面のあるカオスだが、狂化によってさらに不安定になっている。

マスター以外の存在は敵という認識しかなく、イカロス達の事を知識で理解してもそれ以上の思考がされない。

ただし智樹とそれによく似た智蔵は例外。彼らを認識すると著しい精神的負荷が起こる。

 

武装

対認識装置「Medusa」(メデューサ):A

敵エンジェロイドの電子制御機能に介入し、幻惑する。相手の攻撃や回避にマイナス補正を与える。

油断するとニンフですら幻惑されるほどの性能があり、抵抗にはAランク以上の演算能力が必須。

 

硬質翼:A

自身の翼を変幻自在に操る。

筋力ステータスに依存した威力を発揮する。

 

炎弾:B

遠距離戦闘用の射撃兵装。

複数の弾頭を連続発射する事が可能。また、チャージする事で威力がランクアップする。

 

超高熱体圧縮発射砲「Prometheus」(プロメテウス):A

アサシンを取り込んで獲得した武装。カオスの能力に追随してランクアップしている。

Aランク以下の防御及び耐久を貫通し、同ランクの攻撃を相殺する。

 

 

クラス:アサシン

マスター:シナプスマスター

真名:ハーピー

属性:秩序・悪

 

筋力:C

耐久:C

敏捷:C

演算:B

幸運:C

武装:B

 

スキル

飛翔:B

空を自在に飛行する。ランクが高いほど空中戦で有利になる。

 

二身同一:B

二人で一つの役割を負う為の機能。

離れていても互いの意思疎通を可能にする。

 

気配遮断:C

クラス別能力。隠密行動の適正を上げる。

ただし直接攻撃をする際には大きくランクが低下する。

 

武装

超高熱体圧縮発射砲「Prometheus」(プロメテウス):B

摂氏3000度の気化物体を秒速4kmで射出する。

Bランク以下の防御及び耐久を貫通し、同ランクの攻撃を相殺する。

説明
『そらのおとしもの』の二次創作になります。
 一年近く続いたこのシリーズも、ようやく最終回です。
 今後はまたゆるい短編を書きつつ、他の作品にも手を出したいなと思います。


 このシリーズの目標:バトルものシリアス、および中編への挑戦。
           完全オリジナルが困難なため、某作品をオマージュ(パ○リ)して練習する。
           ただし練習といっても基本全力で。自分がどこまでシリアスに迫れるかを探究する。

*某作品を思わせる設定やストーリーがありますが、クロスオーバーではありません。
 つまり某騎士王さんとか赤い悪魔さん達は出てきません。

 これまでのあらすじ
 ある夜、桜井智蔵という少年は背中に羽を持つ少女、イカロスに命を救われる。
 かつての幼馴染であったライダーと、セイバーのエンジェロイドに苦戦しつつも撃退した智蔵とイカロス。
 最後の敵バーサーカーとの戦いを前に、二人は互いの事を忘れないという約束をするのであった。

 主な登場人物
 桜井智蔵:いわずもがな智樹の祖父。基本的に智樹と同じくお馬鹿でスケベ。契約者はイカロス。
 見月そあら:見月そはらの祖母で智蔵のクラスメイト。外来の転校生マスター。
 守形英三郎:守形英四郎の祖父で智蔵の先輩。
 五月田根美佐子:五月田根美香子の祖母で智蔵の先輩。
 イカロス:アーチャーのクラスを担うエンジェロイド。

 第一章:http://www.tinami.com/view/363398
 第二章:http://www.tinami.com/view/370300
 第三章:http://www.tinami.com/view/388794
 第四章:http://www.tinami.com/view/413461
 第五章:http://www.tinami.com/view/429352
 第六章:http://www.tinami.com/view/464974
 第七章:http://www.tinami.com/view/479416
 第八章:http://www.tinami.com/view/489633
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コメント
BLACK様へ そもそものモチーフがそこにあるので、セイバールートを思い起こすのも当然ですね。今後は…ちょっと別作品に浮気するかもです。そらおとも書くつもりですけど。(tk)
終りましたな。fateのセイバールートを感じましたな。(当然と言えば当然かな)次のtkさんの作品、待ってますよ。(できれば前みたいに小ネタみたいなのも見たいかなです)(BLACK)
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