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 キャンプ・チタクワに戻るや、二人の治療はすぐに行われた。思いのほか時間がかからなかったのは、既に応急処置を済ませていたからだ。

 

 慌ただしく人が出入りしていたディーンの部屋は今、話すことがあると言って残らせた、カスティエルと二人きり。

 

 しかしディーンは、しばらくは何も話さなかった。手当を終えて服も整えたので、重苦しい沈黙も、一見すれば日常の延長とも取れる。

 

 二人とも怪我の割に、包帯の巻かれている部分は僅かしかない。無駄遣いが出来ないのを知っているディーンが、頭や手などの部分を断ったからだ。一番傷の深い胸部だけは巻かれているものの、最初はここも断った。

タオルとガムテープで構わないと言えば、そっちの方が貴重だと返された。

 

 一方のカスティエルは、裂傷を負った頭部に包帯を巻かれている。額の半分を覆われ、あとは打ち身が酷い。骨折も捻挫もしていないから、しばらくすれば動けるが、今はまだ動作も鈍かった。

 

 カスティエルからすれば、すぐに部屋を出ていけと言われなくて良かったとしていた。居た堪れない空気に変わりないが、今はディーンの傍に居たかった。

 

 そのディーンの様子が、どうにもおかしい。二人きりでいると大抵は、ディーンから刺々しい空気を感じるのに、今回に限ってはそれが無い。

 

 一体どういう事なのか。引き止めたのならいずれ相手から何かしら言うだろうと、向かい合う椅子に座ったまま、待つことにした。

 

 やがて聞こえたものは、端的な命令だった。

 

「二度とするな」

 

 何に、と聞き返そうとしたが、すぐにルシファーとの件だと察した。少なからず甘やかしい物を期待した分、カスティエルはあえて皮肉を込めて反論する。

 

「別にしたくてした訳じゃない」

 

 天使だった頃の力でも、到底敵う相手ではなかった。人間となった身では、一層その差を見せつけられ、事実、何もできなかった。

 

 唯一しようとしたのが盾になる事。想像するのもバカバカしい程くだらない手段だ。ルシファーにとって、赤子を捻るよりも簡単に殺せるというのに、盾になったからといってディーンが助かる保証など皆無。

 

 それでもやってしまったのだ。無意識の物に対し非難されてもどうしようもないから、したくてした訳じゃないとした。

 

 つまりは、これが最初で最後になりはしない事を示している。

 

 カスティエルは深い溜め息を付くと、自分に言い聞かせるように、首を傾けつつ頷いた。

 

「でもそうだな……同じ事が起きたら、またするだろうな、僕は」

 

 どこか達観した顔に、ディーンは苦しげな顔でカスティエルを見るや、勢いよく立ち上がる。

 

「っ、馬鹿か、てめぇっ」

 

 ガタッという椅子がずれた音と、床が軋む音が同時に鳴った。

 

「お前、も、何なんだよっ。そうだっ、お前はいつだって勝手にそうやって、好きなようにするんだっ」

 

 絞り出される大声に、カスティエルは驚愕で眼を見張った。散々、呆れられ怒られてきたが、これは初めてみるものだ。

 

「ディーン……?」

 

「名前を呼ぶなっ」

 

 カスティエルの声にかぶりを振り、全身で拒絶した。

 

 名を呼ぶな。名前には意味がある。

それは、己を縛るに等しい言葉。

 

 とうに捨てた感情が、彼が名前を呼ぶ度に起き上がりそうになるから耐えてきたのに。よりにもよって、アレと対当した時の告白によって、全てが崩れさった。

 

―良いんだ、僕は……君の居ない世界に、はなから興味がない。

 

 初めて聞かされた。

 

「俺の居ない世界て何だ?!俺が居なくたって、世の中には関係ねえっ、俺が居なくなっても誰も困らない、むしろ、俺は……っ」

 

「僕が困る」

 

「?!」

 

 ディーンの感情と相反する心で、カスティエルは静かに反論した。

 

 無言で見上げる先にあるのは、怒りで震えるディーンが居た。けれど目の奥にあるのは、怯え。

 

 ディーンは恐れている。

 

 どうして恐れるのか皆目見当がつかない。いつだって喪失の恐怖と隣り合わせに居たのは、カスティエルだったから。

 

 恐る恐る手を伸ばし、ディーンの指に触れた。先だけなのにビクリとされたので、思い切って手を握ってみる。

 

「ディーン」

 

「っ……」

 

 視線は変わらずディーンに向けたまま。予想に反し、彼は拒絶をしなかった。

 

 ただ恐れているのだ、他でもないカスティエルに対し。

 

 畏怖する意味を知りたい。

 

 その為に必要な告白なら持っている。何せこの男は大層口が固く、こちらが解してやらないと、どんなものであれ、教えてはくれないのだ。

 

 同時にそれは、カスティエルにとっては諸刃の剣となる。だから今まで口を閉ざしていた。結局は閉ざしきれぬ隙間からポロポロと零し、彼を振り回してきたのだから、あまり意味は無かったのかもしれない。

 

 恐れは消えない。

 

 どうかこの感情の刃が、彼を傷つけませんように。

 

「……懺悔をしたい」

 

 神聖な教会で信者がするように眼を伏せ、反応を待つ。

 

「ざ、んげ?」

 

 オウム返しでも、こちらが話すことを許してくれたらしい。現に握られた手はそのままだ。

 

「もう……等しい言葉を吐いてしまったから。隠す必要も無くなったよ」

 

 自虐的な笑みに疲労を乗せ、俯いたまま懺悔する。

 

「許されないのは僕さ、僕はあの時、天が何も答えなかったあの時、安堵したんだ……」

 

「安堵だと……?」

 

「すまない」

 

 握った手から伝わる不穏な空気に、咄嗟に謝罪を入れた。

 

 やはり彼は許さないだろう。傷つけてしまう。そんなのは嫌なのに、自分にはもう、話す術しか持っていない。

 

「本当にすまない、本当は、こうしてここに居る資格なんて無いんだ」

 

 カスティエルは、チャックの告解を思い出す。

 

―キャスだってそうだろ?

 

 誰だってそうさ、と返したが、やはり見透かされていた。

 

「僕は安堵した。だってそうだろ、君が、ディーンがこの世界から消えなかったんだから」

 

「お前、何を」

 

「君が生きているから、僕は今もここに居る。だから、逆もしかりという事だ」

 

 何かしらを返されるが怖く、己の声で封じていく。

 

まだだ、まだ僕は、何も伝えていない。

 

「ディーンの傍にいるために、僕は今の僕を受け入れた。力を失った僕では、君のために在れない」

 

 ぎゅっと、握っていた手の力を強めた。

 

「それら含めて……僕は許されない存在だ」

 

 咎人であると教え、一つ長い呼吸をした。視線から逃げるように俯いて目を閉じる。

 

 沈黙がこれほど怖い物であることなど無かった。きっと心底幻滅し、言葉を失ったのだろう。

 

 カスティエルは見限られても仕方ないとし、どうせ捨てられるなら、最後の情けとして彼の手で殺されたかった。

 

 そう願うことすら身勝手でおぞましい感情であると、とうに知っている。

 

 罰せられてもいい。だからこれだけは聞いて欲しい。

 

「僕の罪は君の比じゃない。僕の罪は、博愛など誰も愛さないのと相違ないと知り、僕だけの幸福を追い求めたことだ」

 

 カスティエルは我慢出来ずに、顔をゆっくりと上げた。

 

 視線が交わるのが怖くて逃げていたけれど、やはり彼の目が見たかった。

 

 一瞬とて、瞬きすらも惜しい程に、ディーンを見入る。

 

 彼は苦しげに眉根を寄せ、唇を噛み締めていた。

 

 傷つけてすまない。

 

 でも言わせて欲しい。

 

「ディーン、好きだ。……好きだったんだ、ずっと、これからだって愛している。なあ分かってくれよ、君のいない世界に興味なんて無い。君が僕の絶対であり……全てなんだ」

 

 ただ好きでいられた頃、これらはとても愛しく、優しい言の葉だった。いつしか葉は重みを増し、紡げば紡ぐほど届いていた筈の声が遠のいていった。

 

 嘘じゃないのに。

 

 羽のようにふわりと舞い、大切な人を守るどころか、足を捕らえる泥のように枷となっていく現実が苦しかった。

 

 こうして心のままに告げていたのも、随分と昔となった。

 

 恐れ、それでも敬いながら収めていた感情を吐露し、後は罪に対する罰が執行されるのを待つだけ。

 

 ところが、その執行者から最初に出たのは質問だった。

 

「…………聞いてもいいか」

 

 相手の了承を得ないまま尋ねる。

 

「俺はお前に何をした?」

 

 どうしてそんな事を尋ねるのか気にはなったが、聞かれたからには答える気でいる。何せ迷う必要がない。

 

 直接ではない、だが間違いなく、彼を地獄から救い出し、会話を重ねた事で知った。

 

 ディーンがカスティエルにしたこと。

 

「盲目が見返りを求める恋だということ」

 

 神への心酔とてギブアンドテイクが発生すると、身をもって教えられた。

 

 ディーンの質問は終わらない。

 

「何を与えたって言うんだ?」

 

「愛に不偏は無いという現実」

 

 躊躇いのない回答は、そのままカスティエルの気持ちを表している。

 

 等しく愛する裏で等しく愛しない世界は、目覚めて消える夢のようだ。

 

 ディーンは最後に、「そうしてお前は、何を……選んだって言うんだ」と問うた。

 

 カスティエルは笑った。

 

「幸福な自己満足」

 

 罪人の罪状である証を、至極満足げに舌に乗せる。

 

 ディーンは奥歯を噛み締め、やがて噛みきれなかった感情が溢れ出る。

 

「……お前みたいな馬鹿、見た事ねえ」

 

 ディーンは心底、言葉のままに吐き捨てた。

 

 こいつは、自分で何を言ったのか分かっているのか。

 

 分かってないに決まっている。でなければこんな状況になどならない。

 

「大馬鹿だ。そんな馬鹿より馬鹿なのは……」

 

 俺は、分かっている。

 

「……俺だ、畜生……っ」

 

 嫌って程分かっているから、ディーンは掴まれていた手をようやく振り払った。

 

「俺は許さない、絶対、許せない!」

 

 ぐっと拳を作り、短い爪が手のひらに食い込むほどに握りしめる。何も受け取らない、何ものからも拒絶するような仕草は、欠片とて貰う価値など己には無いと知っているから。

 

 咎人はむしろ、俺だ。

 

「俺が、お前を人間にさせちまったんだぞ……っ」

 

 羽を失った元天使が眼を見開いて、ディーンを凝視する。

 

 まさかそんな事を言われるとは、思ってもみなかった。

 

 驚きのあまり思考が追いつかないカスティエルに対し、ディーンは矢継ぎ早に続ける。

 

「俺が還る場所を奪っちまったんだっ俺の決断が遅かったばかりに……!どうして許せる?許さなくて良い、むしろお前がしなきゃいけないのは、俺を誰よりも断罪することだっ」

 

 先ほどのカスティエルから受けた告白は、あまりに遠くに過ぎ去った、天使であった頃を思い出させた。

 

 不器用で一途な、嘘のない男を。

 

 失った筈のものが、突然現れたに等しい衝撃だった。

 

 変貌とも取れるほど【人間臭くなった】姿の性根が、実はちっとも変わっていないだなんて有り得ない。

 

「どうしてそんな……っ、俺はお前を」

 

「ディーン、僕は君の悔恨など求めていない」

 

「っ……」

 

「そして君が奪ったなんて、一度も思ったことないよ」

 

 カスティエルの声に驚き、びくりと全身が震える。

 

 我を忘れ、柄にもなく取り乱してしまったことに口を噤んだ。居たたまれずに押し黙るディーンの両手を、カスティエルも両手で掴む。

 

「離せ」

 

「離さない」

 

 少し強めに握り、態度でも示す。きっと相手に対して怯えているのは同じ筈。

 

「僕が君から知りたいのは一つだけ。だからどうか教えて欲しい」

 

 淡々としたものとは裏腹に、指先から伝わる熱に浮かされる。縋る熱が、どちらから発せられているのか分からないまま、カスティエルは請う。

 

「僕は、君の何だ?」

 

 ディーンの喉が引きつった。

 

「ディーン」

 

 促す意味を持って呼ぶ名に、体が強ばる。

 

「そ、……んな、の……」

 

「ディーン」

 

 縋る眼は引くつもりのない意思。

 

 ディーンが全てだと告げた心に嘘はない。

 

「いやだ、言ってもし……手から溢れたら……」

 

 今、この手を握る両手は、ディーンに熱を与えている。一心に見つめる眼差しには、ディーン以外の何者も映さない。

 

 名を呼ぶ声も体も、命すらも、この手の中に握られている。

 

 カスティエルはルシファーを前にしても、ディーンが僅かでも生き延びる可能性を選んだ。それが何よりの答え。

 

 なんて恐ろしい。それが、彼を形成する全てが手の中なら、この指の隙間から溢れる時が来るのが怖い。

 

 現にルシファーの迫る足音が、心臓を打ち抜いた。

 

 これ以上の喪失は無い。弟ばかりかの二度目は耐えられない。唯一不二の弟以外を計りにかけるのを、愚問としてきた男の、認めたくはない計りの反対側。

 

「俺には……も……、無理だ……」

 

 お前を失えない。

 

 空気に解けるような、掠れた声で囁いた。

 

 聞こえなければ良いとでも思っているのだろう。それほどにか細く、儚い声だった。

 

 だがカスティエルの耳には届いていた。

 

 そう、聞こえたのだ。

 

「……ここだったんだ」

 

 カスティエルも、聞かせるつもりのない音量で呟く。

 

「……キャス?」

 

 聞こえたものの、意味が分からないディーンは様子を伺うように声をかけた。無意識に名前を呼んで。

 

 カスティエルはすぐに答えず、ゆっくりと、噛み締めるように長い息を吐き、やがて頭を垂れた。

 

「君の声が聞こえる場所さ。ずっと知りたかった、君の声が届く場所を。ここだったんだな」

 

 震えるのは声だけではない。肩も、ディーンの手を掴んで離さない手も。

 

 それら全部から、彼が泣いているのだと悟る。

 

「キャス、お前泣いて……」

 

 また名前を呼んだ。戸惑いながらも、今度は自覚して。

 

 キャス、と呼んでくれた。

 

「うれしい」

 

「おい……」

 

「嬉しい、ようやく、聞こえたんだ。嬉しい……」

 

 震える唇を時折噛み締めながら、何ども嬉しいと繰り返す。

 

「嬉しんだ、これは嬉しくて泣いているんだ。僕は……ディーンの傍に居られる場所を、ずっと知りたかったんだ」

 

 ディーンの両手ごと、己の手を抱き合わせ、俯いていた顔を上げる。

 

 確かに聞こえた。そして、ここに彼は立っている。

 

「嬉しい……」

 

 また一筋、涙が流れた。止める気がないのか、カスティエルが嬉しいと笑う度、ポロポロと涙の粒があふれ、頬を濡らすどころか、顎を伝って床へと落ちる。

 

 子供のように泣く姿にディーンは困惑した。けれど両手は塞がれ、手があったとしても、どうしてやれば良いのか分からない。

 

 ディーンには分からない。でもカスティエルには分かっている。

 

 嬉しい、聞こえた、嬉しい、嬉しい。

 

 彼がこうも泣いた姿を見たのは、初めてだった。天使である時は当然、やがて地上に堕ちてからも、一度とて無い。

 

 

 人間となった事で、元より持っていた想いを吐き出す形が変わったのか。

 

 ディーンは呆然としつつも、何のてらいもない涙を、綺麗だと思った。同時に、やっぱりこんな馬鹿、カスティエルという奴以外には居ないとも。

 

 両手が塞がれているならと、そのまましゃがんで目線を合わせた。何どもしてきた、彼の不可解な行動に対しての溜め息をつく。

 

「はあ、ったく……お前、なんだよ、どんだけお前……大馬鹿なんだ畜生」

 

 重苦しさの消えた態度に、カスティエルも負けじと言い返す。

 

「馬鹿はこの際受け入れるが、大が付く上に畜生と悪態つくのはひどいな」

 

 眼や鼻を赤くして言われても、説得力など無い。

 

 馬鹿は死んでも治らないというが、最初から死んでて人間になったこいつは、もはや打つ手なし。

 

「何がひどいだ。酷いのはてめえの性根だ」

 

 おかげで男に両手握られてる。と付け加えた。

 

 そんな薄ら寒い状況も受け入れるしかないのだから、悪態ぐらいつかせて欲しい。

 

 何せ、ディーン自身にも生まれた、このどうしようもない感情を吐き出したくてたまらないのだ。

 

「ほら、見た目も中身も良い年なんだから、もう泣くな」

 

 茶化しながらカスティエルの眦に唇を当て、涙を舐めとる。

 

 すると本当に涙がひくりと止まった。常常忠犬のようだと揶揄されてきた男だが、これではパブロフの犬だ。

 

 ただ犬と違う点は、涙の跡をくっきり見せた顔で、流し目をする所だろう。

 

「何?セックスのお誘い?」

 

「お前……マジでむかつく野郎になったよな」

 

 この状況で言える、面の皮の厚さに舌打ちした。結果的にではあるが、本音を当てられたことが腹立たしかったりもする。

 

「少しは可愛げを見せろ」

 

「むしろ僕のどの態度で、可愛げが見えたのか教えて欲しいな」

 

「無い」

 

 にべもなく言い切られた当人は気にした様子もなく、今度は自分からと、ディーンにキスをするべく顔を近づける。

 

「代わりに君が可愛いから良いんじゃないか」

 

 唇に触れる寸での殺し文句に、ディーンは眉間に皺を作った。ディーンの文句は唇で塞がれ、隙間から舌を差し込まれる。

 

「ん、おい、……っ、ふ……」

 

 丁寧に歯列を辿り、舌を絡める。狭い口内を蹂躙し、息すら惜しむように求めるカスティエルに、行為に慣れている側が翻弄される。

 

「おま……息ぐらい、させろ……」

 

「ああ……」

 

 短いながらも無造作に伸ばされている後ろ髪を引っ張ると、カスティエルの息も上がっていた。

 

 久しぶりに許されるキスに夢中になったのもあるが、もう一つ理由があった。

 

 温度を求めるようにディーンの頬を包むように触れ、鼻筋を合わせる。まつ毛が絡み合う程の距離で感じる息が熱い。

 

「なあ……どうか消えないでくれ」

 

「キャス……」

 

「夢から覚めたくない、幻覚から離れたくない。この熱が、本物である保証がどこにある」

 

 ディーンの背中に腕をまわし、服の布地ごとかき抱く。腕から伝わる熱に、ディーンは一度目を閉じた。

 

「……この腐れジャンキーが。俺とやるの初めてじゃねえくせに、そんな言い方で誘うな」

 

 ほだされかけたのは一瞬、ディーンはカスティエルの腕を引きはがしながら睨みつけた。けれどそれで引くような相手では、とうになくなっている。

 

「だから余計に夢がリアルだ」

 

「勝手に俺と寝るな」

 

「変な嫉妬だな」

 

「嫉妬じゃねえっ」

 

 言い負かされそうな雰囲気が気に食わない。

 

「あと忘れたとは言わせねえぞ、あの時は俺のケツによくも銃を突っ込んでくれたな」

 

「善がってたじゃないか」

 

「勝手に決めつけんな変態っ」

 

「そうだな悪かった」

 

 今度はあっさり謝罪をしてきたので、肩透かしをくらう。すると少し拗ねたような態度で、「ずっと嫉妬してた」と吐いた。

 

「ああいう奴らは、さっさと追い払って奪えば良いのにと思っていた」

 

 殺すとまでは言わなかったが、内心は似たような気持ちだ。だがどんな理由であれ、ディーンにした行為の正当とは為らない。

 

「すまなかった。いくら僕が君への気持ちで焦っていたとはいえ、してはいけないことだった」

 

「……その反省、嘘じゃ無いだろうな」

 

 猛省する態度から、ディーンは問い詰める態度とは裏腹に気にするのを止めた。元よりどんな場合であれ、情事を引きずらない主義だ。

 

「嘘もなにも、僕は君の事に関しては、いつだって正直でいた筈だけど?」

 

「度が過ぎんだよ」

 

 その結果がアレでは、まったくもって笑えない。しかしカスティエルは「ディーンにだけだ」と駄目押しをする。

 

「ちっとも嬉しくねえな」

 

「でも僕は嬉しい」

 

 零す笑みが本心だと教える。益々もって笑えない。

 

「…………救いようねえよな、お前も俺も」

 

「ディーンが居れば良い」

 

 救いなどいらない。でも君が居れば、それは救いだ。

 

 そう言われている気がしたが、ディーンの気のせいではない。

 

 思い返せばカスティエルの根幹はこれに尽きるからこそ、今の彼になっていったのではないか。

 

 ならもう、悩むだけ無駄なのかもしれない。現に元天使は、こともなく言った。僕の罪は、僕だけの幸福を追い求めたことだと。

 

 自己犠牲に自己満足。身をもって知るディーンは、はなからカスティエルに敵うわけがなかったと言える。

 

 複雑な真理に辿り着きそうになり、考えるのが苦手な性格上、頭痛がしてきた。

 

 一方、何も返してこない相手に、カスティエルはどうしたのかと首を傾げる。

 

「ディーン?」

 

 実はキスの続きをしたくてたまらないのを、反省した矢先故に我慢しているだけなのだ。残念なのは言わないだけで、眼差しでは訴えているという点。

 

「……分かった、もう黙れ」

 

 俺も、もう何も言わねえ。とカスティエルにキスをしてやる。

 

 今は罪を重ねてきた人生に、新たな罪を足してしまえという気分だった。

 

 救われないと知って求める、ひと時の熱を享受する罪を。

説明
2014世界での、CD馴れ初め話。こちらではR18を省いて載せます。
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