人類には早すぎた御使いが恋姫入り 四十三話
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孫策SIDE

 

明命たちが帰ってこない。

既に諜報隊を出して十日が経つけど、明命も、冥琳が出した追加の部隊も帰ってこない。

思春が自分が再び行くと行ったけど、最悪の状況を考えると、思春をここで出すわけには行かないと冥琳がとめた。

そしてそういう予想とは裏腹に、私の勘が彼女らは無事だと告いだ。

 

冥琳は憂いの様子が顔から去らなかったけど、それと裏腹に淡々としている顔があった。

 

そして蓮華、

 

あの娘は何かを予想としているような顔だった。

それは彼女の行動から察すると、即ち明命が帰ってこない理由が、あの男、北郷一刀という男に関連していると思っているということになる。

 

一体いつの間に蓮華はあそこまであの男を信用出来るようになったのかしら。

会ったと言ってもたったの一回や二回。

そんな相手を心から信用(どんな形であれ)できるというのは、普段の頭の固い蓮華の様子とは大分ズレていた。

今の蓮華は以前よりも、孫呉の王になるに相応しい心かけになったとも言えるでしょうね。

だとすれば……

 

「雪蓮、どうする?」

「…そうね、あの男は取っておこうかしら」

「は?」

 

うん?

 

あ、その話じゃなかったわね。

向こうから皇室を旗を上げて進軍してくるのを見てどう対応するか聞かれてるのだったわ。

 

「どうするにも、こちらとしてはどうする必要もないんじゃない?一番焦ってるのは袁紹や袁術だろうし、直ぐに軍議を招集するでしょう」

「向こうは皇帝を前に出して我々を、連合軍を揺らすつもりだろう」

「そうね」

 

実際董卓にとって一番大きな武器は他でもなく皇帝だ。

皇帝を脅迫(別に袁紹が言ってるような状況ではないと分かってるけど)して連合軍を逆賊と天下に示せばそれはそれは袁紹にそれ以上悪いお知らせはない。

大義を以て集めたこの連合軍が、逆賊とされるのなら一体どの軍がここに残るでしょうかね。

しかも、戦況が良ければまだ可能性はあるけど、水関、虎牢関を通ったは良しとしても袁紹軍はもう戦争ではあまり頼りにならないし、洛陽の中に篭る董卓軍と戦うとすれば、状況は五分五分、いや、これが一つの軍として戦っているならまだしも、こんな連合軍ではこちらが劣勢になるでしょうね。

 

それならつまり、今董卓軍側から持ってきた策、

もしかしたらこの場で連合軍を瓦解させることも出来るかもしれない。

 

「姉様」

 

その時、蓮華が天幕に入ってきた。

 

「袁紹軍からの伝令です。軍議のために皆集まれとのことです」

「来たわね。どうする、蓮華。ついてくる?」

「え?」

「雪蓮?」

 

蓮華はこの戦争で思いの外に成長した様子を見せた。

孫呉の未来にとって、私たちが得た戦功よりも蓮華のこの変化がもっと貴重かもしれない。

そもそもそれが功になるか罪になるかはこれからを見なければ判らないけど。

 

「…判りました。そう言われるのでしたらついていきます」

「いいわ。では冥琳、蓮華、行きましょう」

「はい」「ああ」

 

私は二人を連れて袁紹軍の陣へ向かった。

 

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月SIDE

 

「送った伝令が帰って来ました。こちらの意図は伝えています」

 

旗は

戦争が始めると、旗はつまり命とも言えます。

旗を無くした部隊は、それ即ち壊滅したも同然。

旗とはつまりそういうその部隊の所属を表すと同時に、自分たちの存在意義を示すものでもあります。

 

今私たちが揚げた旗は、『董』ではなく、金色の『漢』の旗。

これはこの部隊が漢の軍隊であり、そして皇室の象徴である黄金色の旗はこの部隊が陛下がいらっしゃる部隊か、それともその命を受けた部隊であることを示します。

そして、陛下は今は洛陽にいらっしゃいます。今ここに居るのは私と、恋さんと、そして…

 

「軍議を始めるだろ。時間を与えても何も生み出せないだろうからさっさと向かうぞ」

 

一刀さんが居ます。

その姿は七日ぐらい前よりは少しマシになっています。

杖を突いていて、熱もまだ残っています。

じゃあ何がマシなのかって言うと、本人が苦しむ顔が無くなりました。

ただ我慢強くなっただけです。実際は何も好転したことはありません。

この人がこのままちゃんとした療養を受けずに居たらいつ倒れてそのまま動かなくなってもおかしいことではないということです。

 

「部隊はここで待機。董卓、呂布はついて来い」

「…はい」

 

今私は、普段着ていた相国の礼服ではなく、侍女の服を着ています。

これは一刀さんの策のうちでした。

連合軍のうち誰も私がどんな人が知っている者が居ません。

だから侍女の格好をして向かえば、誰も私なんかに注目しないでしょう。

皆が死んだと思った一刀さんが敵の使者として来たことに注目するはずです。

 

でも、だからと言って私が敢えて敵地に入る必要があるのかって言うと、特ありません。

私がすることは、ただ持ってきた巻物を横で持っているだけです。

それでも私が行くことになったのは完全に私の我侭でした。

 

危険だと詠ちゃんは当然反対して、他の人たちも反対しました。

そしたら一刀さんは、

 

『例えば俺が皇帝の服を来て繁華した街のど真ん中に居るとしよう。そしたら誰もが俺を注目するだろう。でも皇帝が普通の民の服を来て街を歩きまわれば誰も注目しない。それがおかしいと気づくのはそいつが皇帝だと知っている者だけだ』

 

ですが万が一の時は恋さんが私を優先的に守ってくれることにしました。

恋さんは元々付いて行く予定ではありましたけど、敵地の中で私と一刀さんを同時守ることは難しいです。

万が一何かあれば、恋さんは一刀さんを置いて私だけを連れてそこを即刻逃げ出します。

 

「…一刀」

「一つ、そんなことは起きない。二つ、起きても自分でなんとかする。三つ、俺も死にたくない」

「……」

「だからお前は自分がやるべきことをしろ」

 

一刀さんはそう言って歩き出しました。

 

「…月、一刀の近くに居て」

「はい?」

「…その方が二人とも守りやすい」

「あ、はい」

 

私も直ぐに一刀さんを追いかけて、恋さんも直ぐ後ろに付いてきました。

恋さんの背中には大きな箱が一つ負われています。

 

行くのは私たち三人だけです。

万が一何があったら信号を送って、残った部隊は直ぐに撤退します。

 

・・・

 

・・

 

 

「待て、何者…っ!」

「ひ、りょ、りょ、りょふだーー!!!」

「………頭痛くなってくる連中だ」

 

少し離れた場所から私たちを確認した袁紹軍の先陣の兵たちが、恋さんを見た途端半狂乱状態に突入したことに、一刀さんは眉間を掴みました。

 

「このまま進むぞ」

「え、で、でも…」

「大人しく立っていることもろくに出来ない雑魚らに構ってる暇はない。掛かって来れそうな連中も見当たらないし、このまま軍議場まで向かうぞ」

 

それで、私たちは袁紹軍の兵たちが逃げ出して誰も近寄らないその道をただ歩いて行きました。

それでも人一人、矢一つがやって来ません。

 

「今お前の兵でこいつらを蹴散らすこともできた」

「え?」

「今ここに居る群雄ども、俺が助ければ全てお前の手で落せる。そしたらお前は皇帝を背負った正真正銘の覇者だ」

「……私はそんなこと一度も望んだことなんてありません。現に、今向かっている私は董卓などではなく、ただの侍女です」

「なら、これから俺はお前の名前を忘れよう。董卓という人間はもうここに居ない」

「え」

「逆賊とされた董卓という人間はお前ではない。お前はただの侍女だ。お前は善人かもしれないが、ただ優しいだけでは人を守れない。お前には覇王の栄光を握る資格がない」

「……」

 

出来れば、誰も傷つけたくありませんでした。

でも、私の力ではそれができませんでした。

だから誰だかも良く知らない一刀さんに助けを求めて、今に至ります。

一刀さんの言う通りです。

私はあんな場所にあんな姿で居られるほど大した人間ではありませんでした。

こうして装っている姿が、私にはもっと相応しい姿だったのかもしれません。

 

「月は恋を守ってくれた」

 

その時、恋さんが言いました。

 

「恋と、霞と、ねね、詠、そしてたくさんの人たちを守ってくれた。守れなかったのは、恋たちの方」

「恋さん……」

「…恋は月が幸せなら何だって良い」

 

最初はただ辺境の地の平凡な太守の一人でした。

それがいつの前に陛下の隣に立てるようになって、逆賊にされて……。

今は、皆が安全になったら、私はどうなっても良いと思います。

少なくともまた私のせいで誰かが死んで行く姿を見るのは嫌です。

 

「今はまだ私から始めたことたちが終わっていません。全てが終わるのを私の目で確認するまで幸せなんて贅沢なものは期待しません」

「………」

 

一刀さんは無言のままただ歩いて行きました。

これぐらい騒ぎが起こってるのなら、そろそろ向こうでも私たちが来たことに気付いただろうと思います。

 

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朱里SIDE

 

袁紹軍の人から集まるように言われて、武将は来ることを許されず、私と桃香さまだけが軍議場に連れてこられました。

到着した軍議場は既に多くの諸侯たちが集まっていつも以上に激しく語り合っていました。

 

云わば大混乱な状態。

突然現れた『漢』軍の旗。

これが何を意味するだろうか皆薄々感じ取っているのでしょう。

 

諸侯たちは董卓に皇帝を軟禁し、都を自分勝手にしている逆賊とされていました。

ところが、皇帝が自らここまで来たのだとしたら、それはどういう意味か。

董卓から逃げて自分たちに助けを求めているのだと考える人が居るならとても幸せな頭の持ち主です。

 

「なーにを慌てていらっしゃいますの、皆さん」

 

袁紹さんの声に諸侯の皆さんが静まりました。

 

「これはわたくしたちにとって勝利の女神が手を振っている他ありませんわ。ここで漢の旗を持った者が居ること、それが皇帝陛下か、そうでないとしても董卓から逃げ出してわたくしたちに助けを求めに来たに違いありませんわ。もし陛下がいらっしゃるのだとすれば尚更のこと。わたくしたちに義があることをもう一度証明できるのですわ。おーっほっほっほ」

「「「「………」」」」

 

…多分ただ大口叩いてるだけです。

そうです。決して本気でそう思ってるわけではないと思いたいです。

そうであってください。

 

「……して、向こうからはなんと伝令が来ているの?」

 

曹操さんが引きずった顔で袁紹さんに聞きました。

 

「良くぞ聞いてくださいましたわ。この勅書がそうですわ」

 

袁紹さんが握っているのは絹で造った巻物です。

皇帝陛下が公式的な命を下す時に使うものです。

 

「諸侯たちが皆集まった場でこれを開くようにと言ってましたわ」

「つまり、あなたも内容を知らないってわけね」

「きっと私たちを称える内容に違いありませんわ」

 

さて、その巻物にあるものが何か、

そしてあの旗を持って現れたのが誰かによって

 

私たちの運命も変わります。

 

「では、読みますわよ」

 

巻物の封を開けて、袁紹さんが書を開き読み始める時でした。

 

「汝ら」

「汝ら国の反逆者ども」

「「「!!!」」」

 

その声を聞き慣れた人たちは皆無意識に立ち上がりました。

 

「汝らのここまでの働き、実に無礼で、恥知らずで、傲慢なり。余は父に続きこの天下を治める皇帝。先代の無能さと十常侍の強欲さが天下を蝕む時、汝らは忠義と善意ではなく、またまた無能さと強欲さを世に見せた。そして今、余が選んだ者が汝らの前に居る。汝らの選択肢は二つ。このまま逆賊として歴史に残るか、それとも再びこの国に忠誠を誓ってもう一度平和な世への道のりを始めるか」

「天の御使い!?」

「死んだはずでは…!」

「しかも隣に居るのは呂布ではないか!」

 

軍議場の中がまたも騒がしくなり始まりました。

 

服は置いていった白い服の変わりに男が着る礼服に替えましたけど、それでも醜い姿勢と顔は相変わらずです。

 

「…一刀さん」

 

北郷さんを見て、桃香さまは涙を流しました。

生きていると疑わなかった桃香さまでしたけど、この瞬間、溢れる感情が我慢出来なかった様子です。

 

「良くも…良くもわたくしの前に現れましたわね!この裏切り者めが!猪々子さん!今直ぐそいつを殺っておしまいなさい!」

「応!」

 

北郷さんを見た途端、袁紹さんは激怒して文醜さんに命じました。

 

「アンタのせいで斗詩が…!」

「……俺を殺そうとするのは自由だが、先ずこちらの品を拝見していただこう」

「知るか!そんなのお前殺してから見ても十分…!」

 

大剣を握って北郷さんに向かう文醜さんの目には後ろで羅刹と化した呂布の顔が見えなかったようです。

持っていたものを下ろして文醜さんの前に立ちふさがると、それでやっと呂布に気づき脚を止めました。

 

「…一刀に触れたら殺す」

「げっ…!」

「猪々子さん!何をなさってますの!早くそのの男を…!」

 

袁紹さんのご乱心とは関係なく、北郷さんは呂布が置いた箱を開けました。箱の中には袁紹さんが持っていたものと同じような巻物がたくさん盛ってある四角い盆が出てきました。後ろにいた侍女さんがそれを持ち上げると、北郷さんがそのうち一番上にある一つの勅書の封を解いて開きました。

 

「この書を読む者を丞相に任ずる」

「「「「!!!」」」」

「……存命」

 

丞相…とは、つまり皇帝を一番近くで補佐し、都の全てを司ることができる地位。

今この場に居る誰よりも高い地位なのは言うまでもありません。

 

「後将軍、豫州刺史、袁公路」

「…む?」

「……勅命。礼を示せ」

「な、七乃、どうするのじゃ」

「ここは取り敢えず従ってください、お嬢様」

「し、しかし、麗羽お姉さまが…」

「相手は丞相ですよ。大将軍なんて目じゃありません」

 

袁紹さんが睨みつくのも無視して、袁術さんがその場に立ったまま礼をしました。

 

「後将軍、豫州刺史、袁公路、汝の罪、赦し豫州州牧に任ずる」

「え?」

「……」

 

北郷さんは読んだ巻物を巻き戻して、袁術さんに向かって伸ばしました。

 

「命、授かるか」

「あ、え…っと…」

「美羽さん…?」

「ひっ!」

「それを受けた時から、あなたはあの逆賊どもと一緒ですわよ」

 

袁紹さんは軍議場の皆に向かって叫びました。

 

「皆さんも同じですわ!相手は皇帝陛下を人質にした逆賊!そんな連中がくれる位なんて何の意味もないことなんて言わなくても分かっていると思いますわ!」

「……西涼太守、馬騰、涼州州牧に任ずる」

「なっ!」

 

袁紹さんの話など耳にもせず、北郷さんは次の勅命を読んでいました。

 

「…馬騰はこの場に居ないな。西涼を率いるのは誰だ」

「あ、あたしだけど…」

 

馬超さんが立ち上がりました。

 

「親に変わって命を授かるか」

「って…そもそも州牧ってなんだよ」

「…皇帝が新しく作られた地位だ。既存の刺史より広い範囲の権利を公式的に認める。既に国荒れてお前らが国に代わってやっていたことだ」

「……」

「西涼に加えて、董卓が去った長安も馬騰に任せる」

「……」

 

北郷さんは巻物を自分の前に置いて次のに移りました。

 

「北平太守、公孫伯珪」

「あ、ああ…」

「幽州州牧に任ずる」

「なっ!」

 

そうやって他の諸侯たちも名を呼ばれては、新しい官位を言われることが続きました。でも袁紹さんを恐れた諸侯たちは誰一人勅書を受けに行くことはありませんでした。

 

「典軍校尉、?州刺史曹孟徳、罪を赦し?州州牧」

「前長沙太守、孫文台が娘孫伯符、揚州州牧」

「……」「……」

 

その時でした。

その二人の巻物を読んだ途端、二人とも北郷さんに歩いて行って、迷いもなくその書を受けました。

 

「なっ!華琳さん、あなた正気ですの!」

「どういうことじゃ、孫策。妾よりも先に動くなど…!」

 

袁家の姉妹の怒鳴り声はものともせず、二人は授かった書を開きました。

 

「………一刀」

「何だ」

「…玉璽が押してないのだけど」

 

その言葉にもう一度場内が騒ぎました。

 

「はっ!玉璽も押してない巻物を勅命ですって?偽物だという証拠ですわ!」

「はぁ…押してあると言って信じるわけでもないだろ」

 

ため息をつきながら北郷さんは言いました。

 

「確かに、玉璽が押してあった所で、陛下に無理やり圧させたか、董卓が押したのだとしてしまえばこんなもの意味ないわよね。その点からすれば、別に玉璽なんて押してなくても同じというわけね」

「寧ろ押してない方が証拠になる。孫伯符、さてお前はその書に印を押して貰うために皇帝の前に立つか」

「ふーん…そうね……」

 

そういうことですか…

玉璽の押してないこの勅書は、『玉璽が押してある偽物』とは違います。

これはただの『未完成』物なだけです。

洛陽に行って、陛下から直接玉璽を押してもらう、つまり自分たちの味方になるかを確かめるために、この印のない勅命があるのです。

 

「そういえば、北郷一刀って行ったわね。一刀って読んでいい?」

 

巻物を巻き戻して、孫策さんが北郷さんに言いました。

 

「私が斥候に出した娘が帰って来ないからおかしいと思ったけど、貴方知らない?」

「……ちょっと借りている。洛陽から半日で付く距離なのにもかかわらず、誰も洛陽の状況を知らないのはそのせいだろ」

「やっぱりね…欲しいわね、あなた。全部終わったら私の所に来ない?」

「姉様、それ以上の戯れ言は…」

「戯れてなんていないわ、蓮華。私は私の考えをこの男にはっきりと伝えようとしているの」

 

 

 

「悪いけど、彼は私の者よ。あなたの所には渡さないわ」

 

今度は曹操さんが孫策さんに声を出しました。

 

「あら、でも確か一刀って、曹操の所から捨てられたんじゃなかったっけ」

「捨てたわけじゃないわ。ちょっとした事故があっただけよ」

「その割には彼とあなたの部下が互いに矢を射ったという話を聞くのだけれど」

「……何故それを」

「うちの将たちはそういう所では長けててね」

「…確かに彼女は頼りになった。いずれその恩は返そう」

「一刀!」

 

三人がそんな話を続けている中、私はふと桃香さまが静かなことに違和感を覚えました。

いつもの桃香さまなら、きっと一番最初に、北郷さんを見た途端抱きつくなりしたはずです。

 

「……」

 

なのに、今は静かに、まだ呼ばれていない自分の名前が呼ばれてくるのを待っています。

 

「じゃあ、来てくれるのね」

「それに答える前に…まだ仕事が残っている」

 

北郷さんはそう言いながら盆にある次の巻物に手を付けました。

残ったのは二つ。

呼ばれてない人は二人です。

桃香さまと、袁紹さん。

 

「平原相、劉玄徳」

「…はい」

 

桃香さまは立ち上がって、礼をしました。

 

「汝の功を称え、冀州州牧、并州州牧、青州州牧に任ずる」

 

……

…多くないですか?

 

「…ちょっと贔屓すぎない?」

「大盤振る舞いね」

「ちょ、ちょっと待ちなさい!」

 

状況がこうだと困るのは袁紹さんです。

 

「何ですの、それは。あの弱小君主の劉備さんが三つの州の州牧なんて、しかも冀州の州牧なら、現冀州刺史であるわたくしを任ずるべきですわ!」

 

袁紹さんがそう抗議しましたが例の如く、その言葉は無視されました。

 

「…一刀さん」

「元なら河北全て任せるつもりだったが、公孫賛とは仲が良いだろうし、異民族の扱いには彼女の方が慣れているだろう。だからこんな配置になった。不満か」

「……」

「もらっておけ」

「…餞別ですか?」

「……」

 

桃香さまがそう言うと、北郷さんは一度黙りました。

そして、

 

「…そうだ」

「……」

「お前は自分の力で立てるようになった。俺が助けられる仕事は外の仲間たちからでも助けてもらえる」

「でも…ここまで来れたのは一刀さんのおかげでした」

「自分の脚で歩いてきたのは桃香、お前だ。受け取れ」

「……」

 

北郷さんは、

 

桃香さまを自分の力で立ち上がれるようにしました。

心が優しい故に弱かった桃香さまを叩き、その心をいつの間にか利用しようとしていた私たちを叱って、私たちはやっとまともな軍としての形を持ったのです。

そして自立できるようになった途端、この北郷さんは桃香さまから離れようとしています。

それはもう完成しているその組織体に自分の存在が必要ないから。

寧ろ邪魔になりかねないから。

 

北郷さんも自ら自分の異様さに気づいているのです。

このまま北郷さんがずっと桃香さまの側に居たら、桃香さまと私たちはきっと今以上に成長するでしょう。

でもそうなるには北郷さんが私たちにとても大きく関わらなければなりません。

それこそこの軍の本当の統率者が桃香さまではなく、北郷さんになるかもしれないように。

 

だから、今なんです。

桃香さまと別れる時は、今この場でなければなりません。

 

「嬉しかった」

「…」

「一刀さんに認めてもらえて、本当に嬉しかったです」

 

桃香さまの両目から涙が顔を沿ってこぼれ落ちていました。

 

「…お前は相当興味深かった。……これは卒業証書とでも言っておこう」

「また会えるんですか?」

「早く受けろ。そろそろ腕が痛い」

「…っ」

 

巻物をもらった途端、桃香さまは北郷さんにしがみつきました。

 

「ずっと一緒じゃ駄目なんですか」

「駄目だ」

「……っ」

「でもお前は今この場に居る誰よりも輝ける。だから輝け。見上げれば人々が誰よりも先にお前が居ることに気づくように」

「はい……はい…」

 

桃香さまはそのまま北郷さんを抱きついてる様子を見ていると、まるで親から離れてお嫁に行く娘さんみたいでした。

 

「で、誰か忘れていませんこと?」

 

あ、そうでしたね。

 

今の河北の配置図だと、袁紹さんの居場所がありません。

そこから引き出せる答えは…

案外明らかで、また袁紹さんにとっては絶望的かもしれません。

 

「…桃香」

「あ…」

 

桃香さまを離した北郷さんは最後の巻物を開きました。

 

「『逆賊』袁紹。その罪、国の諸侯たちを篭絡し、自分の家門の力を盛って己の野望の手駒に使おうとしたこと」

「なっ!」

「董卓という者を餌食にして、諸侯たちを操り自分がその地位を奪わんとしたこと。そして何より大きな罪は…」

 

北郷さんは一度袁紹さんの顔を見ました。

 

「余を殺そうとしたこと」

「「「「!!」」」」

 

皇帝陛下を逆賊董卓から救うというこの連合軍の中で、その盟主の袁紹さんが皇帝陛下を殺そうとした?

 

「な、何を馬鹿げたことを言っていますの?」

「これは…袁家より大司馬劉虞へ送られた書簡だ。そこにはちゃんと袁家当主の印が押してある。内容はこうだ。今の皇帝は董卓によって立たれた偽りの皇帝。本当に皇帝に相応しいのは貴方だ。私が都に行って董卓を討ち皇帝を廃位すれば、あなたを皇帝に揚げることを推薦しよう」

「な、ななななっ!?」

 

全ての諸侯の目が袁紹さんに向かいました。

驚く者、信じない者、軽蔑の目で見る者。憐れなように見る者。

 

「わ、私は違いますわ。インチキですわよ!このような話!」

 

袁紹さんは北郷さんを指さしながら叫びました。

 

「今までの戯れ言全てがあの男の計略に過ぎませんわ!地位も、中傷も、全てあの男の頭の中から出てきた真っ赤な嘘ですわよ!この男さえ殺してしまえば、残るは董卓だけ!わたくしたちの勝利は目前ですわ!」

「……」

「猪々子さん!何をしてらっしゃいますの!さっさとあの男をやっておしまいなさい」

「……」

「そうですわ!劉備さん、今直ぐあなたの所の部下たちに命じてあの男を殺しなさい!さもなくばわたくしの軍が今直ぐにでもあなたの軍を…」

 

 

「俺が本当にあの部隊だけ連れて来たと思ってるのか」

「……はい?」

「ここ十日間、お前らは董卓の軍で何が起きたか全く分かってない。董卓に何があったかも、その軍に何があったかも……」

「な、何を仰って…」

「例えば、ここ周り一里ぐらいに董卓軍の残った全部隊が連合軍を包囲しているとしても、ここに居るお前らはそれを知っているわけがないということだ」

 

いつか思ったことがありましたね。

 

この人が味方に居る時に、逆にすごく恐れていたこと。

 

もし、この人を敵に回すとしたらどうなるであろうか。

 

「巻物を持って行ってない奴らに告げる。そうだ。これは提案ではない。確定するためだ。誰が『忠臣』か。誰が『逆賊』か。どの軍が再びに歴史を築いていくか。どの軍がここで歴史に逆賊として残り果てるか

 

 

 

 

自由に選ぶが良い」

 

 

きっとこの人を敵に回すことは、天下の全てを敵に回すよりも恐ろしいことなのだって、尚更気づきました。

 

 

 

 

 

説明
素晴らしき用件だけのお話。
いつものようにやってくとこれだけで3回分書けた。
だが解決は一瞬。

心理描写は次回に
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コメント
袁術は残りましたが、袁家はこれまでですね。しんみりとしてきましたね。もはや彼を留めることが出来る人はいないのだろうか……(山県阿波守景勝)
アルヤ>>豫州ですね。すみません。(TAPEt)
冀州州牧が桃香と美羽でかぶってません?(アルヤ)
この一刀、政治方面では一応自重していましたがそれもとうとう捨てましたね。これでこの時代においてやりたいことは全てやってしまいましたし、後は現代へ帰るだけになってしまいましたか。さてどうなるかな?(h995)
一刀の発想は今回も完全無欠と言えそうですね…腕っ節が強いだけの人なんて比べ物にならないくらい怖いですね…(ミドラ)
桃香と一刀のやり取りが切なくて良いシーンでした。(yosi)
か、一刀こえぇ〜〜〜(ガクガクブルブルッ) 朱里の言う通り、天下の全てを敵に回すことよりも恐ろしいですね・・・。(本郷 刃)
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真・恋姫†無双 恋姫 一刀 董卓  袁紹 韓国人 

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