真・恋姫?無双外伝 〜〜受け継ぐ者たち〜〜 第十九話 『背負った過去と戦う罪』
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第19話 〜〜背負った過去と戦う罪〜〜

 

 

晴  :「それ以上近づけば・・・・・・ボクは、君を斬る・・・・・・・!!」

 

 晴から俺へ・・・・・突き付けられた刀の刃が、ギラリと光る。

 刀の向こうでは、その切っ先よりも鋭いと思えるほどの視線で、晴が俺を見つめていた。

 

 晴は決して、冗談で言っているわけではないだろう。

 

 いきなり城を出ると言ったのにも、よほどの理由があるはず。

 それも、きっとかなり危険な・・・・・

 

 誰にも言わずに城を出たのは、恐らくは俺たちを巻き込みたくないが為。

 

 もし、今こうして俺に刃を向けているのも同じ理由なら・・・・・

 

 だったら、俺は・・・・・・

 

章刀 :「・・・・・いいぜ、やれよ」

 

晴  :「っ!?」

 

 俺は、言葉と同時に足を進めた。

 

 晴は驚いた様子だったが、向けた刃を引こうとはしない。

 

章刀 :「お前がどうして城を出ようとしてるのか、俺には分からない。

    でも、それが今のお前にとって必要な事なら、俺を切ってでも行けばいい」

 

晴  :「何を言っている! 冗談だとでも思ってるのか!?」

 

章刀 :「まさか・・・・・お前が本気なのはよくわかるよ。 だから、俺も本気でお前を連れ戻す」

 

晴  :「なぜだッ!? 君には関係ないと言っているだろう!!」

 

 一歩・・・また一歩と、晴との距離が縮まっていく。

 あと数歩で、晴の刀の間合いに入るだろう。

 

 それでも、俺は足を止めない。

 

 

 ・・・・・関係ないだって?

 

 だったら、なんで・・・・・・

 

 

 なんでお前は、そんな悲しそうな顔してんだよ・・・・・・!!

 

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晴  :「止れ! ボクは本当にやるぞ・・・・・!?」

 

章刀 :「だからやれって。 ほら、もう間合いだぜ?」

 

 既に、晴の刀が届く距離に入っている。

 それでも、刀は俺を襲ってこなかった。

 

 あと数歩進めば、晴に手が届く・・・・・・。

 

晴  :「章刀・・・・・・だめだ、来ないでくれ・・・・・・・!!」

 

 刀は突き付けたまま、晴の青い瞳がユラユラと揺れていた。

 

 まるで、俺が止るのを懇願するように・・・・・・

 

章刀 :「晴・・・・・帰って来い」

 

晴  :「章刀・・・・・・っ」

 

 もう、向けられた刃が鼻先に着くほどの距離。

 

 俺は、ゆっくりと晴に手を伸ばした。

 

晴  :「っ・・・・・!! 来るなーーーーッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     “ズバッ!!!”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

晴  :「章・・・・・刀・・・・・・・」

 

章刀 :「・・・・やっと捕まえた」

 

 俺の腕の中にすっぽりと収まり、驚きで目を見開いている晴。

 

 晴の刀は、俺の肩をかすめた。

 そこからは少し血が出ているが、そんなのは些細なことだ。

 

 ”ギャリン・・・”

 

 晴の手から、握っていた刀がこぼれ落ちた。

 

晴  :「どうしてだ・・・・・・・どうして、ボクの言う事を聞いてくれないんだ・・・・・・」

 

章刀 :「・・・・そんな顔で言っても、説得力ないぜ?」

 

 目を細め、今にも泣きそうな晴の声。

 俺は、彼女の身体を抱く腕にそっと力を込めた。

 

晴  :「バカだな、君は・・・・・・。 ボクの事なんて、放っておいてくれればよかったのに・・・・ッ」

 

章刀 :「バカはお前だ。 無理しやがって・・・・・・」

 

 背中にまわしていた手で、銀色の髪をクシャリと撫でる。

 

晴  :「章刀・・・・・・・・ッ」

 

 思えば、こんな風に晴を抱きしめるのは初めてだ。

 見かけよりずっと細い身体は、強く抱くと折れてしまいそうで・・・・・・

 

 こんな繊細な体で、彼女は今いったいどれほどの覚悟を背負っているのか・・・・・

 それを想うだけで、やりきれない想いが募る。

 

章刀 :「話してくれないか? お前が、いった何と戦ってるのか・・・・・」

 

晴  :「・・・・・・・・・・・・・・・・・・”コク”」

 

 俺の腕の中で、晴は黙って頷くだけだった。

 

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――◇――

 

 

 川辺にある大きな木。

 俺と晴は、その幹に背中を預けて、隣り合わせに座っていた。

 

 サラサラと、静かに川の流れる音がする。

 今までの緊張した空気などまるで嘘の様に、周囲はどこまでものどかだった。

 

晴  :「傷・・・・痛むか?」

 

 いまだに血のにじむ俺の肩の傷を見ながら、晴が申し訳なさそうに聞いていた。

 

章刀 :「少しな。 でも、大丈夫だよ」

 

 応急処置だが布を巻いて、少しずつ血も止ってきた様だ。

 さすがにまだ痛みはあるけど、大した事は無い。

 

晴  :「・・・・・すまない」

 

 大丈夫と言ったのに、晴はうつむいて表情を曇らせる。

 

 気にするな・・・と言ったところで、それも無理な話だろう。

 俺は、とりあえず話題を変えてみることにした。

 

章刀 :「なぁ、晴ってさ・・・・良い名前だよな」

 

晴  :「?・・・・・どうしたんだ、急に」

 

 さすがに無理やりすぎたか・・・・・? 

 

 晴は少しキョトン顔だけど、まぁ顔を上げてくれたから良しとするか。

 

章刀 :「“晴れた空みたいに、たくさんの人の心に青天を与えられるように”・・・・・か」

 

晴  :「!? どうしてそれを・・・・・・」

 

 晴の表情が、キョトンから少し驚きに変わった。

 けどすぐにそれを俺に教えた相手に見当がついたらしく、今度は小さくため息を吐いた。

 

晴  :「・・・・・・・愛梨か」

 

章刀 :「まぁね。 でも、愛梨を怒らないでくれよ? 俺が無理やり聞いたんだ」

 

晴  :「まったく・・・・。 あいつも存外おしゃべりな奴だ」

 

章刀 :「それだけ晴の事が心配なんだよ」

 

 これは別に、俺の勝手な思い込みじゃない。

 

 晴の過去の話を聞いた後、それでも変わらずに晴に接してほしいと・・・・・そう言ってたんだから。

 

晴  :「まぁいいさ。 どのみち、章刀には話さなくてはと思っていた。 

    曹仁との話も聞かれてしまったからね」

 

章刀 :「ああ。 なぁ、晴・・・・・」

 

晴  :「なんだい?」

 

章刀 :「今回の事も、お前の過去と関係があるのか?」

 

晴  :「・・・・・・・・・・・・・・・・“コク”」

 

 話を本題に移すには、少し急すぎたかもしれない。

 晴は少し表情を険しくしたが、少しの間の後静かに頷いた。

 

晴  :「今回の訳を話すには、どうしてもボクの過去を話す必要がある。

    今までこの話をしたのは母さま・・・・・・愛紗さまだけだ。

    他の誰も・・・・・愛梨も知らない、ボクが拾われるより前の、ずっと昔の話」

 

章刀 :「・・・・話して、くれるか?」

 

晴  :「・・・・・・ああ。 だけど、あまり面白い話ではないよ」

 

章刀 :「いいさ。 知りたいんだ、晴が経験したことも、今背負ってる事も・・・・全部な」

 

晴  :「・・・・わかった」

 

 晴はもう一度頷くと、おもむろに空を見上げた。

 快晴とまではいかないが、青い空に太陽が輝く、よく晴れた空だ。

 

晴  :「忘れもしない。 あの日も、こんな風に晴れた空だった・・・・・・」

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

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――◇――

 

―――――蜀の領土の外れにある、小さな村。

 

そこに住むごく普通の農家の子として、ボクは生まれた。

 

父と母との三人家族。

どこにでもある、普通の家庭だった。

 

 家族三人が住むには少し手狭な小さな家。

 父は毎日畑を耕し、母は毎日筵を編んで、ボクもそれを手伝った。

 

 お世辞にも、裕福な暮らしとは言えなかったと思う。

 満腹になるほど食べれる事などほとんど無かったし、服もボロボロのものが数着だけ。

 そんなボロボの服の裏地には、母が縫ってくれた“周倉”というボクの名前が刺しゅうされていて、それがボクは大好きだった。

 

 裕福ではなかったけれど、ボクは幸せだった。

 

 量が少なくても、母が作ってくれる料理はとても美味しかった。

 畑仕事で疲れていても、父は帰って来るといつもボクと遊んでくれた。

 

 満腹でなくてもいい。

 綺麗な服が着れなくてもいい。

 

 ただ、そんなささやかな日々がずっと続いてくれればいい。

 

 子供ながらに、ボクはそんなことを願っていた。

 

 

 ―――――けれど、そんなボクのささやかな願いは、ある日突然消え去った。

 

 

  ・・・・・まるで、か細く燃える蝋燭の火を吹き消すように、いとも簡単に――――――――

 

 

 

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男A :「ヒャッハー! 殺せ殺せーーーっ!!」

 

男B :「遠慮すんな、全部奪っちまえーーッ!!」

 

 

 ある晴れた日。

 

 どこからともなく突然やってきた盗賊の一団に、村は襲われた。

 

 都からも遠く比較的平和だったボクの村には、兵士の駐屯譲も無い。

 毎日筵を編み、クワを持つことしか知らない村人たちが盗賊に対して抵抗できるはずも無く。

 盗賊たちは、瞬く間に村中に広がった。

 

村人A :「キャーーっ!!」

 

村人B :「助け・・・・・グエッ!?」

 

 聞こえてくるのは盗賊たちの下品な歓声と、逃げまどう村人たちの断末魔。

 

 盗賊どもがどこかに火を放ったらしく、ほどなくして村は赤色に包まれていた。

 

父  :「○○、お前はここに隠れていなさい!」

 

周倉 :「え・・・・・? ととさまとかかさまは・・・・・?」

 

 そんなこの世の終わりとさえ思える状況の中で、父と母は私を寝台の下に隠した。

 

 確かこの時真名を呼ばれたはずなのに、今はもう思い出せない。

 

母  :「大丈夫。 父さんも母さんも、違うところに隠れるから」

 

周倉 :「いやだよ・・・・! ととさまもかかさまも一緒がいい!」

 

父  :「必ず後で迎えに来るから。 良いかい? 絶対にここから出てはダメだよ?」

 

周倉 :「ととさま! かかさま!」

 

 それが、両親の声を聞いた最期だった。

 

 

 ほどなくして外が静かになり、ボクは恐る恐る家の外へと出た。

 

 あの時見た光景は、今でも忘れない。

 

 地面のあちらこちらに散らばる瓦礫や木材。

 村中のほとんどの建物が黒ずみと化していて、ボクの家も半分以上が燃えていた。

 

 散乱する瓦礫に下敷きにされて、何人もの人が倒れている。

 小さな村だ・・・・・村人のほとんどは知り合いだった。

 

 隣の家のおばちゃんも、向かいに住んでいた同じ年頃の男の子も・・・・・皆変わり果てていた。

 

周倉 :「ととさま・・・・・? かかさま・・・・・・?」

 

 そんな状況の中で両親を呼んだところで、当然返事があるはずもない。

 遺体は見つけられなかったが、“迎えに来る”という約束が守られる事がないだろうと言う事は、子供ながらに感じた。

 

 

周倉 :「ととさま・・・・。 かかさま・・・・・・」

 

 まるで呪文の様に、両親を呼びながら廃墟と化した村を歩いた。

 

 ・・・・・不思議な事に、涙は出なかった。

 きっと悲しみよりも、突然すぎるその非日常があまりにも衝撃的だったのだと思う。

 

 普通の子供なら、こんな時どうしたのだろう?

 きっとその場に座り込み、泣きじゃくって両親を呼び続けるのではないだろうか・・・・

 

 けれど、ボクは違った。

 

 フラフラと村の中を歩きボクが見つけたのは、道端に落ちた盗賊の剣。

 まるで吸い寄せられるように、ボクはそれを手に取った。

 

 ・・・・・こんな事になったのは誰のせいだ?

 

 ・・・・・自分の幸せを奪い去ったのは、どこの誰だ?

 

 父と母を殺したのは・・・・・・・?

 

 幼いボクの怒りはただ真っ直ぐに、この村を襲った盗賊達に向けられた。

 

 

 

 

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 盗賊たちのアジトを探すのは、それほど難しい事では無かった。

 馬の足跡や、村から奪った略奪品が道中に落ちていた事もあり迷うことも無かった。

 

 しかしさすがに子供の足。

 丸二日をかけて、ボクは盗賊たちのアジトにたどり着いた。

 

 二日の間飲まず食わずで、睡眠もとらず歩き続けたボクは、既にボロボロだった。

 いま思うと、その時のボクはそうとう異常だっただろう。

 

 アジトにやってきたボクをみた盗賊達も、最初は少し面食らった様子だった。

 

盗賊A:「おいガキ、こんなところにひとりで何しに来やがった?」

 

盗賊B:「ガキが来るようなとこじゃねぇ! とっとと母ちゃんの所へ帰んな!」

 

周倉 :「・・・・・・・かかさまは、いない・・・・・・」

 

 ガラガラの喉で、声を絞り出した。

 

盗賊A:「あん・・・・?」

 

周倉 :「おまえたちが・・・・・・ころした・・・・・・」

 

盗賊B:「こいつ、何言ってやがる・・・・?」

 

周倉 :「だからわたしも・・・・・おまえたちを、ころす・・・・・っ」

 

 この二日間、肌身離さず持っていた剣。

 ずっしりと重く感じるその剣を、盗賊達に着き付けた。

 

盗賊A:「ぷっ・・・・あっははははっ!!」

 

盗賊B:「本気かよこいつ! 俺たちを殺しに来たらしいぜ?」

 

 剣を手にしたボクをみて、腹を抱えて笑う盗賊達。

 その姿をみたボクの心に、フツフツと感じた事の無い感情が湧いてきた。

 

 恐らくは、それが醜い感情なのだと言う事は幼いながらに感じた。

 けれど幼いボクは、それを抑える術を持っていなかったんだ。

 

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 ――――――――どうして、こいつらは笑っているんだ?

 

 

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村を襲って、あれだけの人を殺しておいて・・・・・・。

 

 

 

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 自分の両親を殺しておいて・・・・・・・。

 

 

 

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 自分のささやかな幸せを踏みにじって、どうして笑っていられる・・・・・?

 

 

 

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 ああ・・・・そうか・・・・・・。

 

 

 

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 世界は、こんなにも残酷なものなのか・・・・・・・・。

 

 

 

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 残酷で、笑えるくらいに不条理で・・・・・・・・・・。

 

 

 

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 あるいはその不条理こそが、この世界の姿だと言うのなら・・・・・・・・。

 

 

 

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 自分も、堕ちてしまえばいい・・・・・・・。

 

 

 

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 どこまでも深く、どこまでも残酷に・・・・・・・。

 

 

 

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 この不条理な世界に、沈んで溶けて・・・・・・・・。

 

 

 

 

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 黒い自分に、染まってしまえ―――――――――――――――――

 

 

 

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 ―――――――――――――――――気が付いたら、ボクは自分のではない血にまみれていた。

 

 辺りには、無惨に横たわる盗賊達。

 その中でただ一人、赤い血にまみれたボクだけが立っていた。

 

 その景色を見渡して初めて、これは自分がやったんだと悟った。

 

 普通なら成功するはずの無い、年端もいかない少女の復讐劇。

 しかし幸か不幸か、ボクは生き残った。

 

 自分に剣の才能があったなんて、初めて知った。

 初めて振るうはずの剣が、怖い位手になじんだ。

 

 初めて、人を斬る感触を知った。

 

 初めて、血の暖かさを知った。

 

 しかしそれらの初めては、ボクになんの満足感も与えてはくれなかった。

 

 復讐を果たした達成感も、人を殺した後悔すらも無く・・・・・・。 

 ただ、今まで感じた事の無い様な虚無感だけが胸を満たしていた。

 

???:「おいおい、ひでぇなこりゃ・・・・・」

 

周倉 :「・・・・・・・・・・・・・・」

 

 突然後ろから聞こえた声に振りかえると、そこには大柄な男が立っていた。

 その風貌から、盗賊達の仲間で無いだろうことは見て取れた。

 

 男は無惨に倒れている盗賊をひととおり見渡すと、立ちつくすボクに視線を移した。

 

男  :「盗賊退治の依頼を受けて来てみりゃ、既に皆殺しとは・・・・・・・。 

    おい、嬢ちゃん。 まさかこれ、お前がやったのか・・・・・?」

 

周倉 :「・・・・・・そう」

 

男  :「カカッ! まじかよっ!?」

 

 血にまみれて頷くボクを見て、男は怖がるどころか嬉しそうに笑った。

 

男  :「盗賊どもが死んでたのはちと残念だが、代わりにとんでもねぇ拾いモンだぜ。

    おい、お前俺と来ねぇか?」

 

周倉 :「・・・・・・・・・・?」

 

 男は、ボクに向かって手を差し出した。

 それが、ボクなんかとは比べ物にならない程の血に染まった手だと、すぐに分かった。

 

 けれどなぜか、ボクはその手を拒もうとは思わなかった。

 こんな自分を見て恐れずに手を出すその男に、少なからず興味をひかれたのかもしれない。

 

 ボクは血にまみれてしまった手で、男の手を取った。

 

男  :「カカッ! お前に、おもしろい世界を見せてやるよ」

 

 

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 男の名は、海燕(かいえん)と言った。

 人殺しを生業とし、盗賊だろうと権力者だろうと、金さえもらえばだれでも殺す。

 

 こんな時代だ。

 自分の思い通りにする為に、誰かを殺して欲しいと思う人間は少なくないだろう。

 

海燕 :「お前、めずらしい髪の色してんな・・・・。 よし、お前の事は銀公って呼ぶか」

 

 海燕はボクの名も聞かぬまま、勝手に呼び名を決めた。

 ボク自身、別にこの男に名前を呼ばれたいとも思わなかったので、それを拒みはしなかった。

 

 それからボクは、海燕の仕事を手伝い、人を殺す日々を送った。

 どうすれば人を楽に殺せるのか、どこを斬れば血がたくさん出るのか・・・・。

 人を殺す上での様々な急所を、海燕はボクに叩き込んだ。

 

 ボクはその教えを忠実に守り、時にはひとりで仕事をこなす事もあった。

 無事に仕事を終えると、海燕は『よくやった』と言ってニヤリと笑った。

 

 そんな生活が数年続いたが、ある日ボクは海燕の下から逃げ出した。

 

 元から別にヤツに好意を持っていたわけでは無く、ただ行く場所がないから共に居ただけ。

 ボクは一瞬のスキをついて、海燕の右目を斬りつけた。

 

 だが海燕の元を去ってからも、別にボクの生活が変わる訳では無かった。

 

 変わった事と言えば、殺す標的が盗賊だけになったことくらいか・・・・・。

 

 盗賊のアジトを渡り歩いて、奴らを皆殺しにし、そこで食糧と寝床を得た。

 海燕の手伝いをしていた成果か・・・・・ボクは既に、盗賊などものともしない程強くなっていた。

 

 そんな生活が、また数年続いた・・・・・・。

 

 もう何年も、人に名を名乗る事も、人から名を呼ばれる事も無かった。

 気が付くと、ボクは自分の字と真名を思い出せなくなっていた。

 

 唯一覚えていたのは、これだけはと肌身離さず持っていた服の切れ端に刺しゅうされた、“周倉”という名前だけ。

 近くの街では、“銀髪の盗賊狩り”なんて呼ばれる様になっていたが、さして興味は無かった。

 

 もう自分が何のために生きているのか、どうして盗賊を殺しているのかもあいまいになっていた。

 

 

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 だが、そんなボクに転機がやってきた。

 

 

 盗賊を殺すことにも意味を感じなくなり、もういつ死んでもいいと思っていたボクの前に、二人の武人が現れた。

 

 見たことも無い様な、綺麗な黒髪の親子だった。

 

 自分の邪魔をするなら、この二人も殺してしまえばいい。

 そう思って戦いを挑んだが、ボクはその母親に敗れた。

 

 今までに会った事の無い程強くて、綺麗な人だった。

 

 ・・・・・・どうせ死ぬなら、この人の手で死にたい。

 

 ボクはそんなささやかな願いを胸に、剣を捨てた。

 

 けれどその人は、ボクに手を差し伸べてくれた。 

 海燕の時とは違う・・・・・・暖かくて、綺麗な手だった。

 

愛紗 :「さぁ、帰ろう。 私たちの家に」

 

 忘れかけていた・・・・・・。

 その人がボクに向けてくれたのは、まるで母の様な・・・・優しい笑顔。

 

周倉 :「・・・・・・・うん」

 

 本当に、何年ぶりだっただろう・・・・・。

 ボクは、自分の目から溢れる涙を止める事が出来なかった。

 

 

 その日ボクは、その人から真名をもらった。

 

 “晴れた空みたいに、たくさんの人の心に青天を与えられるように”・・・・・・・。

 

周倉 :「晴・・・・・・、晴・・・・・・・・」

 

 ボクはうれしくて、その名前を何度も口にした。

 

 見上げた空が、こんなに青くて綺麗なものなのだと、初めて知った。

 

 これからボクは、この空と同じ名前を名乗って生きていく・・・・・生きていける。

 

 そう思うだけで、ボクは笑顔を抑える事が出来なかったんだ―――――――――――――

 

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――◆――

 

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晴  :「・・・・・・これが、ボクの過去の全てだ」

 

章刀 :「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 ・・・・・・言葉が出なかった。

 

 話を聞いての感想も、晴を元気づけるような言葉も、何も言ってやれなかった。

 

 それほどに、晴の話は俺の想像を超えるものだった。

 彼女が背負っている者は、俺なんかには到底分からない重いものだった。

 

晴  :「軽蔑したかい? ボクがどうしようもない人殺しだと分かって・・・・」

 

 こちらには目を向けないまま、晴がそんな事を聞いてきた。

 まるで自分を責めるような口調。

 

 俺は・・・・・・

 

章刀 :「・・・・・しないよ、軽蔑なんて」

 

晴  :「え・・・・・・・?」

 

 この答えだけは、自信を持って。

 俺は、首を横に振った。

 

章刀 :「話してくれてありがとうな、晴。 おかげでお前の事、少し分かった気がするよ」

 

晴  :「章刀・・・・・・」

 

 きっと、晴にとって過去を話すのは相当勇気がいる事だったろう。

 だからこそ、今まで母さん以外の誰にも話さずにいたんだから。

 

 ・・・・だけど、晴は俺に話してくれた。

 だったら俺も、その覚悟に答えたい。

 

 確かに、晴のやってしまった事は決して許されることじゃないのかもしれない。

 けれど、それを責めることなんてきっと誰にも・・・・・俺にだって出来やしないんだ。

 

 両親を殺した相手を恨み、復讐したいと願う・・・・・。

 それはきっと、同じ状況になれば誰でも思う事。

 

 多分、俺も・・・・・・・

 

 晴の場合は、たまたまその復讐が予期せず上手くいってしまっただけなんだ。

 それはある意味、とても不幸なことなのかもしれない・・・・・・。

 

晴  :「・・・・・君は、本当に母様に似ているな」

 

章刀 :「え?」

 

 突然俺の方を向いて、晴が言った。

 目を細めて、まるで俺に懐かしい母さんの影を重ねるように。

 

晴  :「愛紗さまも、ボクを責めようとはしなかった。

    それどころか名前までくれて、ボクに生きろと言ってくれたんだ。

    初めてだった・・・・・・両親が死んでから、ボクの事を人間として扱ってくれた人は・・・・」

 

章刀 :「・・・・・・そっか」

 

 口元に薄く笑みを浮かべて、なつかしむように話す晴。

 それほど母さんとの出会いは、晴にとって幸運な事だったんだろうと実感する。

 

章刀 :「母さんは、優しかったか?」

 

晴  :「ああ。 もちろん、時には厳しく叱られる事もあったが、それさえもボクは嬉しかった。

    まるで、ボクを本当の娘の様に扱ってくれた。

    だから、ボクも母様の事が本当の母様と同じくらい好きだった」

 

 優しく、時には厳しく・・・・・・俺にもそうであった母さん。

 晴にも同じ様に接したであろう母さんの姿が、容易に想像できた。

 

 きっと晴の言うとおり、母さんは彼女の事を本当の娘の様に思っていたんだろうな。

 

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晴  :「晴・・・・・。 この名をもらった時は本当にうれしかった。

    まるで、自分が生まれ変わったような気さえしたよ。

    ・・・・・・だけど、今のボクにはこの名をなのる資格はないな」

 

章刀 :「どうしてだ?」

 

 急に、晴の表情が少し曇ったように見えた。

 

晴  :「今のボクは人の心に青天を与えるどころか、自分の心にかかった暗雲すら払えない。

    こんなことでは、母様からもらった真名を名乗る資格なんて・・・・・・」

 

章刀 :「晴・・・・・・・」

 

 晴が言う暗雲が何なのか、俺はまだ聞いていない。

 

 彼女を連れ戻すためには、それを聞かなくちゃ・・・・・

 

章刀 :「なぁ、晴。 お前の過去に何があったのかは分かったよ。

    けど、どうして城を出ようとしたのか・・・・・・それをまだ聞いてない」

 

晴  :「・・・・・・・・ああ」

 

 少し考えたようだったが、晴は小さく頷いた。

 

晴  :「話しの中に出て来た、海燕と言う男に誘われたんだ」

 

章刀 :「海燕・・・・・?」

 

 確か、晴に仕事の手伝いをさせていたって言う人殺を生業にしてる男だったか・・・・・。

 

 誘われたって、まさか・・・・・・

 

章刀 :「・・・・・人殺しの手伝い、か?」

 

晴  :「そうだ」

 

 もう隠す必要はないと思ったのだろうか。

 晴は躊躇わずに頷いた。

 

 これで、だいたいの状況が分かってきた。

 

 晴が、どうして俺たちに黙って出て行こうとしたのかも・・・・・

 

章刀 :「条件は、俺たちの命の保証・・・・・だな?」

 

晴  :「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 晴は、答えてはくれなかった。

 けどその沈黙は、恐らく肯定の意味。

 

 そうでなければ、晴ならその話を断ることくらいできたはずなんだから。

 

晴  :「今日の日暮れに、街の外れで海燕と会うことになっている」

 

章刀 :「ひとりで行く気なのか?」

 

晴  :「当然だ。 他の誰かを巻き込む訳にはいかない。 もちろん章刀、君もだ。

    ・・・けれど安心してくれ、君に見つかった以上、もう出ていくなんて言わない。

    ボクは・・・・・・ひとりで海燕を倒す!」

 

章刀 :「晴・・・・・・」

 

 決意のこもった目だった。

 ・・・・・けど、今の晴はなんだか危なっかしい。

 

 覚悟を決めると言うよりは、自分に無理やり言い聞かせてるような・・・・そんな雰囲気だ。

 

 こんな状態の晴を、戦いに行かせる訳にはいかない・・・・・。

 

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章刀 :「・・・・わかった」

 

晴  :「章刀・・・・・・?」

 

 俺は頷いて、立ち上がった。

 

 不思議そうに、晴が見上げている。

 

章刀 :「海燕には、俺が会う。 お前はここいろ」

 

晴  :「なっ・・・!?」

 

 俺の言葉がよほど予想外だったのだろう。

 晴れは勢いよく立ち上がると、俺に詰め寄ってきた。

 

晴  :「何を言っているんだ! ボクの話しを聞ていなかったのか!?」

 

章刀 :「聞いてたさ。 聞いたからこそ、お前を行かせる訳には行かないんだよ」

 

晴  :「理由になっていないぞ! 言っただろう、君を巻き込む訳には・・・・・・」

 

章刀 :「お前、怖いんだろ? 海燕に会うのが・・・・・」

 

晴  :「っ・・・・・・!?」

 

章刀 :「手、震えてるぜ?」

 

 さっき、海燕を倒すと言った時からずっとだ。

 晴の手は、小さくだが確かに震えていた。

 

 必死に隠そうとしていたようだけど、俺が見逃すはずもない。

 

 きっと、海燕と居た頃に何か恐ろしい目に遭ったんだろう・・・・・

 海燕の下から逃げ出したのも、きっとそのせい。

 

 その理由は話していなかったけれど、それは晴がどうしても隠したい事なんだ。

 

 思い出しただけで、身体が震えてしまうくらいの・・・・

 

晴  :「それでも、ボクは・・・・・・ッ」

 

章刀 :「そんな状態で行って、勝てる相手なのか?」

 

晴  :「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 晴は黙ってしまった。

 

 晴に戦いを教えた程の男が、弱い訳が無い。

 

晴  :「・・・・・ダメだ。 それでも、君は行かせられない!」

 

章刀 :「晴・・・・・・」

 

 晴はガシッっと俺の両腕を掴んだ。

 

 いまだに震えるその手が、俺の制服に大きくしわを創る。

 

晴  :「これは、ボクが犯した罪・・・・自分でまいた種なんだっ! 

    だから、ボクが自分で決着をつけなきゃいけない事なんだっ!!」

 

 両腕に伝わる力の強さが、晴の想いを伝えて来る。

 

 怯えながらも決意のこもった瞳が、俺を見つめてユラユラ揺れていた。

 

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章刀 :「・・・・・それは違うよ、晴」

 

晴  :「?・・・・・・・・」

 

 俺は、自分の腕をつかむ晴の両手を、そっと握り返した。

 

章刀 :「自分で言ってただろ? お前は、母さんに出会って生まれ変わったんだ。

   晴って名前をもらったあの日から、お前はもう“銀髪の盗賊狩り”なんかじゃないんだよ。

   だから、その頃の罪に今のお前が決着を付ける必要はない」

 

晴  :「・・・・なら、どうしろというんだっ! ボクがやらなければ、一体誰が・・・・・」

 

章刀 :「はぁ〜、バカかお前は」

 

 “ポカ!”

 

晴  :「あぅ・・・・っ。 章刀・・・・・?」

 

 今にも泣きそうな晴の頭を、軽く小突いてやった。

 いきなり何をするのかと、晴は困惑した様子で俺を見上げて来る。

 

 俺は、そんな晴に笑顔を返した。

 

章刀 :「妹が困ってたら、助けるのは兄貴の仕事だろ?」

 

晴  :「章刀・・・・・・・ッ」

 

 晴の目の端に、涙の粒が浮かび始める。

 それがこぼれ落ちない内に、俺は指の腹で拭いとってやった。

 

晴  :「君と言うヤツは・・・・・ほんとうに・・・・・ッ」

 

章刀 :「泣くのは、無事に城に帰れたらにしろよ。 そんで、皆にちゃんと謝れ」

 

晴  :「・・・・・・ああ、そうだな」

 

 少し赤くなってしまった目をぬぐい、晴は笑った。

 そんな晴らしくない表情が、今はなんだか愛おしく思える。

 

 俺は晴の頭を優しく撫でて、その細い両肩を抱いた。

 

章刀 :「じゃあ、行ってくる。 全部終わったら、家に帰るぞ」

 

晴  :「わかったよ。 なぁ、章刀・・・・・・・」

 

章刀 :「ん?」

 

晴  :「・・・・・必ず。 必ず無事に帰ってきてくれ・・・・・!」

 

 これも晴らしくない・・・・・というよりは、これも新しい彼女の一面というべきか。

 

 眉根を寄せて不安そうに見上げて来る晴に、俺はただ頷きを返した。

 

章刀 :「ああ、兄ちゃんにまかせとけ!」

 

 晴の肩から手を離し、背を向ける。

 

 もう、日暮れまでそれほど時間はない。

 

 俺は少し足早に、川辺を後にした。

 

 

 

 晴・・・・・・。

 

 必ず、助けてやるからな・・・・・・!―――――――――――――――――――――――――

 

 

-27ページ-

 

 

――◆――

 

 章刀が去った後の川辺。

 

 

 一人残された晴は、寄り添うように並んだ中の一つの岩の前に立っていた。

 彼女を拾ってくれた、彼女の兄妹の母の墓だ。

 

 

晴  :「母さま、見苦しいところを見られてしまいましたね・・・・・」

 

 

 自分の情けなさを嗤うような、そんな口調だった。

 

 

晴  :「晴・・・・・・。 あなたからもらったこの名を、ボクはとても誇りに思っています。

     しかし・・・・・・・・」

 

 

  胸に手を当てて、今度の笑顔は少し自然に。

 

  先ほど自分を救う為に去って行った兄の事を思い出しながら、優しく笑った

 

 

 

 晴  :「・・・・・あなたの息子の方が、ボクにとってはよっぽど晴れた空の様に思えます」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

説明
ひと月以内に間に合いました19話目。

今回も入れられれば挿絵入れようかと思いましたが上手くいかず・・・汗
また機会があれば載せようと思いますww

その他感想・ご指摘・ご要望等もお待ちしてます 礼
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