ほむら「捨てゲーするわ」
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「…また、失敗したのね」

 私は見慣れたくもない病室の天井を見ながら、そう力なく呟いた。何気無しに見たソウルジェムに濁りは無い。そう、私には何のリスクも無い。

「…」

 いや、何のリスクも無いというのは間違いだ。事実、私の心は度重なる失敗でおかしくなりつつあった。

「…ふふ」

 楽しくも無いのに笑えてくる。人間、絶望的な状況になると逆に笑えてくるというけど、まさにそれかしら。

「うふふふふふふふ」

 笑いが止まらない。心が壊れかけている。ソウルジェムが濁っていないのが救いかもしれないけど、よくよく考えれば、それは異常だ。

 だって、こんなにも絶望的な気分なのに、一切濁らないというのはおかしい。あの宇宙人が言っていたエントロピーを凌駕したのかしら?

「ふ、ふふ…うふ」

 私の笑いの発作が止まる。それと同時に、冷静な思考…いや、あとから考えれば、あんな事が冷静に考えれていただなんて、どうかしていた。

「…やめたわ」

 私は再び一人呟く。呟いた口元には笑みが浮かんでいた。

 そして、とある少女が言っていた言葉を口にする。

 

「捨てゲーするわ」

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「何をしよーっかなー♪」

 鬱屈していた数秒前とは一転、私の心は弾んでいた。ベッドから降り、病室に備え付けられていた机に向かい、大学ノートにシャーペンを走らせていた。タイトル部分に書かれていたのは『この周回でやる事』。

 私は毎回、失敗した事を記憶の確かな限り記載していた。こうしてフィードバックする事により、次回以降に活かす為だ。

 だけど、今回書かれている事は

「とりあえずまどかと仲良くするのは鉄板ね…それでデートとかして、ついでに家にも遊びに行って…うふふ、夢が広がるわ」

 そう、私の純粋なまでの欲望が書き連ねられている。ワルプルギスのワの字も無いノートにはなんら魔女対策なんて書かれていない。そもそも、書く必要が無い。

 私はこの周回を諦めた。何を諦めたのかって? 全部よ。

 そう、この周回は誰かを死なせないとか誰かを魔法少女にしないとか、そんなのはどうでもいい。ワルプルギスの夜が来ればさっさと次に行く。

 そう、初めの決意はそういう事だ。

 知り合いの少女の言葉よろしく、この周回は捨てた。

 代わりに、私がしたい事を思いっきりする事にした。

 もちろん罪悪感はある。だって何もかも放棄したのだから、誰かが確実に不幸になる。それは見捨てている事と同義だし、さすがにそうした良心まで捨ててはいない。

 けど、心底疲れたのだ。悪いことをしているとも、甘ったれているのも分かる。分かるけど、この状態では私は前に進めない。

言い訳? 上等じゃないの。

「…でも、まどかが不幸になるのは避けたいわね…」

 そんな身勝手さ丸出しの私でも、さすがにまどかが不幸になるのを見捨てるのは忍びない…というよりも、まどかが不幸になった時点で私の好き勝手には反する。

「…とりあえずまどかが不幸にならない…うん、魔法少女にもしない方針は守りましょう。私偉い」

 とりあえずそこらへんは何とかしよう。多分、何とかなるわよね…。

「…いや、それが上手くできてないんじゃないのかしら…そうなると」

 だとしたらまどかを調子に乗らせる先輩風情を何とかしないといけないし、まどかを心配させるバカも何とかしないといけないし…。

「…はっ! これでは大差ない…?」

 とりあえず色々と深く考えずにシャーペンを走らせていたら、ほとんど今までと同じプランになりつつあった。

「あー危ない危ない…もうちょっとでまたストレスマッハの周回になるじゃないの。それだけは避けないと」

 そう行って消しゴムで消して書きなおそうとしたけど、妙案は思いつかなかった。とりあえずまどかは不幸にしないの部分だけは残ってるけど。

「…まあいいわね、深く考えなくても。まどかを何とかしながら、おいおい考えましょう。考え過ぎもストレスだもの」

 私はそこまで書いて(というほど書く内容が無いけど)、再びベッドに寝転がった。前の周の事はリセットされているとはいえ、疲れは抜けきっていない。ちょっとだけ寝よう。

(…まどか、この周回ではあなたを幸せに…ほむふふ…)

 ニヤニヤしながら私は幸せな時間を噛み締める事を心に誓った。

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「さあ着いたわよ」

「みゃー」

 私が退院し再びお世話になるアパートのドアを開けると、腕に抱かれた真っ黒でもふもふの生き物…猫のエイミーが鳴き声を上げた。ペット不可だけど、まあいいわよね。魔法の力もあるし。

 

…事はあの日、目覚めた日に遡る。

 その日の夜に「あ、エイミー助けないとまどか契約しちゃう…」と思い出した私は夜な夜な街を徘徊し、エイミーを見つけた。人懐っこさはそのまま変わらず、私を疑うことも無く擦り寄ってきたので、とりあえず盾に入れた。生き物の格納は設定的にどうなのか分からなかったけど、何とかなったので良かった事にする。

 惰性で退院までこっそり面倒を見ていたらエイミーはすっかり懐き、そしてそんなエイミーを見ていて私は、ふと閃いた。

「…そう言えば、動物と過ごすのってストレス解消になるって言ってたわね…」

 

…そして、今に至る。

 猫は環境の変化を嫌う動物とは言ったけど、元々人懐っこく賢いエイミーは部屋に入れると当初は不安そうだったけど、しばらくして居間のソファーの上で眠りだした。何度か柱が爪とぎの犠牲になったけど、まあこれでもバカな子が魔法少女になるのと同じ、しょうがない事よね。

「…うーん、まだ足りないわね…」

 眠っているエイミーの隣に座って私はノートを取り出し、ほとんど白紙のやりたい事リストを見た。

 『まどかを不幸にしない』の下に『猫をモフモフしたい』という項目が追加されて以来、まだまだ白紙の状態が続いている。

「…そう言えば、魔女退治しないとなると、何すればいいのかしら…ほっといても巴マミがこの街の魔女は何とかするでしょうし…勉強はしても意味ないし…」

 強いて言うならまどかの姿を収める為の高性能カメラをわざわざ軍から拝借してきたけど、学校は明日からだし…あ、今から忍び込めばいいのかしら。

「…みゃー?」

「あら、起こしたかしら? ごめんなさいね」

「みゃーん」

 ぶつぶつ一人で言っていたら、おねむのエイミーを起こしてしまったようだ。一応謝って頭を撫でたら、すぐにゴロゴロ言い出して太もものあたりに頭を擦り寄せてきた。

「ふふ、私が言ってる事、わかってくれているのかしらね?」

 動物に人間の言葉は理解できないとドヤ顔で言っている学者を思い出したけど、エイミーを見ていると視野狭窄の童◯野郎が世の中を斜めに見ているだけとよく分かる。この子は私の話を聞いてくれている。

「全く、◯貞をこじらせるとこれだから…あ」

「みゃーん?」

 話し相手、と考えて、私に足りないものが瞬時に思いついた。

 時刻は間もなく夕刻。

 折を見て行動を開始するとしよう。

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「というわけで捕獲完了ね」

「どういうことだおい…」

 唖然とする佐倉杏子と千歳ゆまをアパートに連れ込み、私はとりあえず満足気に頷く。

…夕方に差し掛かったところで私は行動を開始し、となり町の風見野まで足を伸ばす。魔力をたどる事で目標は早々に見つかった。

 佐倉杏子と千歳ゆま。この周回ではどうやらもう出会ってしまったらしく、せっかくなので二人まとめて捕獲した。時間停止を使えば、気を失わせることなんてたやすい。盾にはいくらでも入るし、ここまで持ち帰るのは苦じゃなかった。

 そしてタイミングがいい事に、盾から放り出したらちょうど二人共目を覚ました。

「…アタシはゆまと一緒に今日の夕飯を調達しに行こうとしてたら、何故か気を失って、今ここにいる…何を言ってるかわからねーと思うが…」

「説明ご苦労様。これからここをねぐらにするといいわ。というかしなさい」

「ど、どういう事だよ!?」

「お、おねえちゃん、誰? ここ、どこ?」

 二人ともいきなりの展開にわけがわからないのか、ひたすらきょろきょろして現状を把握しようとする…が、分からないのも無理ないわね。

 家なき子の二人を保護してあげた私の優しさは、人に優しくされる事に慣れていないこの二人には酷ね…ちょっとだけ泣きそうになった。

「どうせろくに寝る場所も無いんでしょ? 雨風しのげて三食くらいは保証してあげるのに、文句があるの?」

「うっ、ぐ…いやいや、そうじゃねえ! お前は誰なんだよ!」

「暁美ほむら。あなたと同じ魔法少女よ」

「おねえちゃんも魔法少女なの? キョーコの友達?」

「まあそんなところね。正確には利害の一致というか…」

「ちげぇ!」

 話し相手に選ばれて興奮していると思わしき杏子は憤慨し、居間に置かれているちゃぶ台をバン!と叩く。その拍子に驚いたエイミーは起き上がり、すぐさまソファーの後ろに隠れた。

「ちょっと、エイミーが驚いているじゃないの…本当にがさつなところは変わらないんだから…ぶつぶつ」

「いや、お前が質問に答えないからだろ! なんでアタシを悪者にしてんの!?」

「おねえちゃん、ゆまも猫触っていーい?」

「いいわよ。でも嫌がっていたらすぐに止めてね? そこに居る野良犬と違ってデリケートな生き物だから」

「うん!」

「誰が野良犬だこらぁ!」

 さっきから喚き散らす杏子と対照的に、ゆまは猫を見て目を輝かせる。私の忠告を守るようにしてそっとエイミーに近づくゆまはいい子ね。杏子に懐いたのが不思議で仕方ないわ。

「本当にうるさいわね…あなたは住処が無い。私は住処を与える。これのどこに問題あるの?」

「問題ありまくりだ! 大体、見知らぬあんたの力を借りようなんてこれっぽっちもねえ! アタシたちは何の問題も無く生きて…」

「ゆまちゃん、ここで暮らすつもりは無い? 雨も風も気にせずに、ご飯も普通に食べられるわよ」

「ほんと? キョーコ、ここに住もう!」

 話にならない杏子を置いといてゆまちゃんに話を振ってみると、すぐさま目をキラキラさせて私を見てきた。腕の中には気持ちよさそうなエイミーが居る。ああ、もう懐いたのね。これは好都合。

「お、おい、ゆま…」

「良かったねキョーコ! もう段ボールも新聞紙も必要無いよ!」

「ちょ、おま」

「…真っ当に生きようにしたのは認めてあげるけど、子供になんて思いをさせてるのよ…」

「う、うるせぇ。アタシだって、ゆまが居たらいつまでも…」

 杏子は自分のやってきた事に罪を全く感じていないほど、根っからの悪人では無い。だからこそ、ゆまに必要以上に悪事には加担させたくなったのだろう。それで自分たちの首を絞めるのは、どうかと思うけど。

…まあ言い方は悪いけど、今の私には好都合だ。

「…まあそんなわけだから。ここからなら風見野だってそんなに遠くないし、見滝原で戦うっていう選択肢も無い訳では無いわ」

「見滝原って…な、何でアタシたち見滝原に! ここにはあいつが…」

「いいじゃない、別に。巴マミなら協力するって言えばホイホイ食い付いてくるわよ」

「…だから嫌なんだよ…っていうかマミの事も知ってんのか?」

「ええ。あ、でも私は一切戦うつもりは無いからそこのところよろしく」

 私がそう言うと杏子は訝しげに、さらに疑う表情を強めた。面倒くさい子ね…まあ美樹なんとかよりはマシだけど。

「だったら尚の事信用ならねえ。魔法少女ならあんたもグリーフシードを集めてるだろ? それなのに戦わないなんて道理に反してる」

「うるさいわね…これで満足?」

「え」

 仕方ないので私は変身し、盾の中から砂山程度の量のグリーフシードをじゃらじゃらと落とした。周回を重ねるうちに無駄の排除と貧乏性が加速していった私のストックの一部だ。

 これ以上は面倒くさいので特に何も言わなかったけど、杏子は私の無言の「グリーフシードは別に要らない」オーラを感じ取ったようなので、盾にしまった。

「…本当に、アタシたちを騙すなんて事は」

「しつこいわね。住処を与えて食事も提供する、私の目的はそれだけよ。強いて言うなら健全に過ごしてもらえると気が紛れていいわね」

「何だよそれ…はぁ、もういいよ。信用云々じゃなくて、なんか一気に疲れた…世話になるよ」

「それでいいのよ」

「やったー!」

 さり気なく本音を混ぜた私の答えにようやく杏子は根負けして、ぐったりと居間の畳の上に寝転んだ。何気にここで過ごせるかどうか心配していたゆまちゃんは、杏子のオッケーが出た事で素直に喜ぶ。

「ほむらおねえちゃん、お風呂にも入っていいの?」

「好きなだけどうぞ。ついでに洗濯とかしてくれると助かるわ」

「うん! ゆま、一応家事は出来るよ!」

「あら、小さいのに感心ね」

 元気よく返事をしてくれたゆまちゃんの頭を軽く撫でると嬉しそうに笑う…が、私の顔は一瞬凍りついた。

(…この跡、火傷…?)

 撫でた感触に違和感を覚えてさり気なく髪をかき分け、その痕跡を発見する。それはまるで、馬鹿な学生が根性焼きと称した―

「ゆま、悪いけどお茶入れてきてくれるかい? ちょっと喉が渇いた」

「うん。お茶、入れてきてもいい?」

「私からもお願いするわ」

 一応私に断わりを入れてきたので、もう一度頭を撫でる。再びさり気なく髪で傷痕を隠すようにして送り出した。

「…虐待ってやつだよ。全く、これも魔女の影響ってんなら世知辛いねぇ」

「全くね…」

 まあ今回魔女退治を放棄した私が同意してもいいのか微妙なところだけど。

 変なところで察しが良い杏子は私の反応を寝ころびながら見ていたのだろう。疑問を払拭してくれた。

 一応あの子には会った事あるけど、その時はそこまでの事情は知らなかったものね…。

「…」

 そして嫌な事を思い出した。

(思えばあの子もあいつも、イレギュラーだったわね…)

 今回も出てくるかどうか別として、忌々しい白と黒の魔法少女。

 あいつらにまどかを殺された事は、今でも忘れない。

(…ちょっと待って、魔女以外に何とかすべき事、多いような…)

 私の憧れの無気力生活に早くも陰りが出てきたような気がした。

(いけない、早く軌道修正しないと…とりあえずまどかに危機が及ばないようにGPSのセットをして、それ以外は出来るだけ…)

「…なあ」

 ぶつぶつと少しでも好き勝手する為に計画を練り始めた思考を中断するかのように、寝転んで私に背を向けたまま杏子は話しかけてきた。

「…何?」

「まだあんたを信用していない。もちろん危害が及ぶようなら相応のお返しはする」

「知ってるわ」

「…でも、少なくとも今は感謝はしておくよ。アタシはともかく、あいつ…ゆまに真っ当…ていうかどうか微妙だけど、少しだけいい生活をくれてやって、ありがとな」

「…別に、したくてしてるだけよ。私なりの気晴らしだと思えばいい」

「そうかい」

 こちらに顔を向けない杏子に、同じくどこを見るわけでも無く私は答える。

 そう、気晴らしだ。本来の私には思いつかないような方法。

 私が求めていたもの。そう、それは―。

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 夜。家事が出来ると言っていたゆまちゃんの言葉には偽りなく、適当に入っていた材料でカレーを作ってくれたが、意外と美味しい。それを三人で食べると、杏子はお風呂にも入らず出かける準備をした。

「キョーコ、行くの?」

「ああ。何、ささっと行ってすぐ終わらせる。大人しくしとけよ」

「うん…あの、わたしも」

「今日は風見野かしら?」

 ぬっとアパートの狭い玄関に顔を出して私は割り込む。別に杏子に気を遣ったつもりは無いけど、偶然ゆまちゃんの言葉を遮る結果になったのは、良かったのか悪かったのか。

「今日は、って何だよ。アタシの縄張りは風見野だ。他のどこでもない」

「そう、邪魔したわね。ゆまちゃん、一緒にお風呂に入りましょうか」

「あ、うん…キョーコ、気を付けてね」

「ああ」

 ぶっきらぼうに返事を返し、杏子は足早に夜の街に消えていく。一緒に行きたかったと思わしきゆまちゃんは、その背中をずっと目で追っていた。

 

「お風呂、気持ちいいねー…」

「そうねぇ…あー、生き返る」

 ばば臭いかもしれないが、これは私の心からの本音だ。築十五年を超えているアパートとはいえ、補修を重ねてお風呂はちょっとしたトイレ一体型のホテルと同程度には広い。私とゆまちゃんが一緒に入るくらいなら窮屈ではなかった。

「キョーコ、大丈夫かなぁ…怪我してないよね?」

「あの子はああ見えて用心深いわ。不利ならさっさと退くだろうし、勝つと分かればさっさと終わらせるわ」

「ほむらおねえちゃん、キョーコの事詳しいね。やっぱりお友達じゃないの?」

「…友達、じゃないわね。でもまあ、嫌いじゃないわ」

「…よく分かんないなあ」

 私が膝を曲げて座って入浴しており、ゆまちゃんはその足に挟まるようにして、私に背中を預けて座っている。親が子供をお風呂に入れる時はこんな感じなのかしら、とふと考えた。

 それにしても…予想以上に、この二人を連れ込んだのは正解だった。

「まあ話し相手にはなると思っているから、友達になってもいいわね」

 そう、私が必要だったと思ったのは、話し相手だ。今までの生き方では全く必要無いと思っていたのだけど、ストレスから解放される為に私が思いついたのは、かつての出来事だった。

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『もうちょっとくらい話してもいいんじゃない?』

 とある時間軸、共闘相手となった杏子は、私の家で作戦会議中、そんな事を言いだした。

『必要な配置と作戦は伝えたはずよ。他に聞きたい事があるの?』

『いや、そういう事じゃなくてよ…伝えましたはい終わり、じゃちょっとね。一応当日はお互いの命がかかってるしよ、もっと話題を出すべきじゃない?』

 その時は杏子と戦うのも初めてじゃなかったので、私は必要最低限を伝えて、早々に切り上げようとしていた。

『…深入りしないというのはあなたも了承したでしょう? そういうの、あまり好きじゃないでしょうし』

『勝手に人の事を決めつけんなっての。あんたの顔見てたらさ、ちょっとくらいは言いたい事もある』

『手短にお願い』

 その時の私は内心で「今までにないパターン」くらいにしか思っていなかったので、言葉通り早く会話を終わらせようとした。

『だから、なんつーか…ほら、あんたってムラムラしてそうっていうか』

『…それは、仮にも女性に使う言葉かどうか微妙じゃない?』

『だーかーらー! そんなんじゃなくて…とにかく、何か話したい事があるんじゃないかって思っただけ! 話し相手が欲しそうに見えたんだよ!』

『話し相手…?』

 私が? 話したい?

 もちろんその時は杏子の単なる思い付きだと思っていたし「珍しく何を言うかと思えば」くらいにしか感じていなかった。

『不満とかやりたい事とか色々あるだろ? そういうのが出来なくてイライラして、せめて誰かに話したいんじゃないかって思っただけ。違ってたならあんたが気にする事は無い。アタシの思い違いだったってだけだ』

『なら、思い違いね。当日は作戦を忘れないようにしてくれれば言う事は無いわ』

『へいへい』

 そう、私は。

 その時からずっと、気付かないフリをして、綻びを溜め込んでいた。

 そして今、それが爆発したのだ―。

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(…悔しいけど、杏子の言う事も直感もバカにできないわね)

 そう、今こうしてゆまちゃんと他愛のない会話をしていると、不思議と悪い気がしない。寂しいなんて感じた事は無かったけど、一人で黙々と汚れを落とす為に入浴していた頃に比べて、確かに胸の奥が満ちていくような…ほっとしているような気はした。

「それじゃあね、ゆまともお友達になってくれるの?」

「…いいわよ。ゆまちゃんは良い子みたいだしね。あ、魔法少女にはならないって約束できる? それならOKね」

「キョーコにもそれ、言われた。魔法少女のキョーコって強くて優しくて格好いいのに…」

「傍目からはね。実際は飴玉を一個もらって、あとは延々とタダ働きさせられるだけよ。社畜よりも待遇悪いわ」

「シャチク?…よく分かんないけど、二人が言うなら、ゆま、やらない」

 とりあえず分かりやすい例えを出してあげたけど、幼女には難しかったみたいね。

 それでも約束してくれたゆまちゃんの頭を撫でてあげた。

(…まどか以外は別にどっちでもいいんだけど。まあ、ここまで小さい子まで放っておくのも酷よね)

 何と言うか、我ながら背負っていくものを勝手に増やしているような気もするけど、これくらいなら大丈夫…よね?

「えへへ…キョーコもほむらおねえちゃんも優しくて格好いいね。ゆまは魔法少女にはなれないけど、二人を見てるとまだ憧れちゃうよ」

「その憧れが命取りよ…それに、私は格好よくなんてないわ。だって、戦う事を放棄した魔法少女…そうね、戦わない魔法少女っていうなら魔法ニートね」

 今更戦うつもりなんてないけど、自分でそう言ってみて想像以上に世間体が悪そうに思えた。まあ学校には通うつもりだし、魔法少女に世間体も何もないんだけど。

「どうして戦わないの?」

 ゆまちゃんは素朴に聞き返してくる。小柄な体は振り返らずとも、上を見上げれば私と顔を合わせられた。別に罪悪感なんてないのだけれど、純粋な目を向けられると少しだけ答えが詰まった。

「…疲れたのよ」

 素朴な疑問に素朴な答えを返す。これが今の私の、嘘偽りない気持ちだった。さすがに相手が子供でも軽蔑されるのかしら、と私は考えているが、どうしようもない。変な虚勢をする元気は本当に無かった。

「そっか、それならしょうがないよね」

 でもゆまちゃんはそれで得心したように頷く。驚く事でも無いのだけど、これくらいの年齢の子なら魔法少女のイメージから離れていればもっと聞いてくるだろうし、否定されたいわけでも無かったけど、私は聞き返していた。

…随分と、口が軽くなってるわね私…。

「…どうして?」

「うんとね、ゆまもキョーコと一緒に居た時にね、疲れて歩けなくなった事があるの。その時にね、キョーコが『今だけ休ませてやるけど、元気になったら自分で歩けよ』っておんぶしてくれたの。だから、疲れたら休んでもいいんだよ」

「…自分で歩く、か…」

 杏子の言葉を自分の中で反芻してみたけど、私のしている事はまさにそれなんだろう。

 自分だけで歩けなくなったから、エイミーどころか杏子、そしてこの子まで巻き込んで休んでいる。本当に自分勝手だ。

「そうね、思いっきり休ませてもらうわ」

 でも、私は今すぐに元気になる事は出来ない。こうして話しているのも、元気になる為に必要な事だ。元気になったから話しているわけじゃない。

(どうせ、私の事だから元気になったらまたいつもの調子に戻るんでしょうね…自覚があるのが何とも言えないわ…)

 堂々巡りになりそうな自分の生き方を思い起こし、可笑しくて少し笑ってしまっていた。

「うん、それがいいよ。ゆまもお礼に家の事、してあげるね。明日はほむらおねえちゃんが学校だから、ゆまがお弁当作ってあげる!」

「あら、それは普通に助かるわね…次の周回からはゆまちゃんは最初から家に連れ込んだ方がいいのかもしれないわ…」

「ふえ?」

 私の独り言にキョトンとしたゆまちゃんの頭をもう一度撫でて、しっかり体を温めてから入浴を終えた。

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「それじゃあ行ってきます。エイミーと野良犬のお世話をお願いね」

 制服に着替えて気分一新…というほど着慣れていないはずも無いけど、今日から始まる日々を考えると、少し弾んだ気持ちにはなれた。

「キョーコは犬じゃないよー。はい、ほむらおねえちゃんのお弁当」

 そういってお弁当箱の四角い包を差し出してくるゆまちゃんはエプロン姿で、笑顔で送り出してくれる。夜な夜な帰ってきて家主を見送る事無く、今も爆睡している杏子とはえらい違いだ。

「キョーコはね、野宿の時にはこんな時間まで寝てないよ。あんなに気持ちよさそうな寝顔、初めて見たの」

「あら、そうなの…まあわざわざ起こす意味も無いわ。掃除の邪魔になるまでは寝させてあげなさい」

「うん、そうする」

 まあどうせあの子の事だから、野宿の時にはゆまちゃんに危害が加えられないよう、周囲に注意を払って熟睡していなかったのだろう。私が学校に行っている時は別に好きにしてていいので、放っておくことにした。

「じゃあ、後はよろしくね」

「うん、行ってらっしゃい」

 ゆまちゃんに見送られて古びたアパートを後にする。話し相手もそうだけど、見送ってくれる人が居るのも不思議な気分ね。もちろん嫌じゃない。何より、話し相手としか考えていなかったけど、エイミーの世話をしてくれる人が居るのもいいわね。

「…なんにせよ、やるわよ。普通の学園生活、まどかとのワンダフルライフ…!」

 杏子やゆまちゃんとのやり取りでちょっとしんみりする事もあったけど、やっぱりこの周回…私の息抜きの雰囲気には相応しくない。

―さあ、楽しもうじゃないの…ワルプルギス、今回は見逃してあげる…。

 私は似合いもせず活発な学生のように、通学路を足早に駆けていった。

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「はーい、それじゃあ自己紹介いっt」

「暁美ほむらです! よろしくお願いします!」

 今までの周回のようにするのもなんなので、私はせっかくだから元気に挨拶をしてみた。そもそも辛気臭い挨拶なんて、今からの学園生活の足を引っ張り兼ねないもの。

「げ、元気があっていいですねー…あ、席は中沢くんのとなr」

 カシャン、と時間を止める。私はこの間地味な作業をしたのだけど、もちろんみんなには瞬間移動にしか見えないだろう。

「あ、ここでいいので」

「あ、え?」

 中…なんとか君は悪い人ではないのだけど、さすがにもう同じ席、同じ景色は飽きた私は、気分を変えるため席を移動した。なんとか沢君の隣にはまどかの隣の席にいた少女が、そしてまどかの隣には私が座っている。

「い、いや、いつの間に?」

「まどか、これからよろしくね?」

 先生…というかクラス全員の困惑の声を無視し、私は隣に座るまどかに話しかける。反対側のお隣さんは…誰だったかしら。まあいいか。

「あ、え、う、うん…よろしく、暁美…さん…?」

「まどか、疑問形はいらないわ。それとほむらでいいから。私もまどかって呼んでいい?」

「うん…ていうかもう呼んでるけど…」

「あら、私ったら…てへっ」

 まどかの態度が硬いのは私の雰囲気が硬いからだ、と思ってお茶目に、下を出してウィンク。これでこの周回においては、私はまどかの親友あたりにポジショニングされたわ。間違いない。

「あ、あははは…」

 まどかが頬の端を引きつらせながら…笑っている! これは間違いなく好感触!

 私は今まであまり見ることができなかったまどかの笑顔が見れて、この時間軸がとても楽しいものになる事を予感していた。

 

(へ、変な人…なんで私の事知ってるんだろう…)

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「まどかって、部活はしてるの?」

「え、えっと…私って得意な事とかないから、特にしてないかな…」

「そんな事無いわ。あなたはとても可愛くて…ああ、髪の毛もとっても綺麗。どんなシャンプー使ってるの?」

「エッセンサルだったかな…」

「奇遇ね、私もあのシャンプーが好きよ。特に匂いなんかが…ほむほむ」

「ほ、ほむらちゃん!?」

 私は好きな匂いにつられてほむほむ…もといまどかの髪をくんかくんかする。ああ、朝シャンしてるんじゃないかってくらいいい匂いで癒される。今、確実に私のソウルジェムは浄化されているだろう。

 思えば、私はまどかの事を何でも知っているとか言っていたけど、実はまどかから自分の事を聞かせてもらった記憶はあまり無い。そこで私は困った転校生のフリをして、お隣さんになったまどかを質問攻めにしていた。

 まどかの事が知れてさらに怒涛の勢いで質問しているので、周囲は遠巻きに私を見るだけで特に近寄っては来ない。面倒も避けれて一石二鳥だわ。もっと自分に素直になっておくべきだったわね。

「ちょ、ちょっと転校生!」

 すると今までまどかの側に居つつもガン無視されていた青い子が声を荒げた。本当にいつでもうるさい子ね…。

「ふぁひかひら? わふぁひ、いまいほはひいのよ」

「う、うるさい! あたしの話を聞け!」

 まどかの髪に顔をうずめつつも応対してあげた私に対して、この命令口調。

 今までの周回はそう言われつつも仲を修復しようと試みた事もあったけど、それも今回は知ったこっちゃない。

「だまらっしゃい!」パッシーン!

「あいたぁー!?」

「さやかちゃぁぁぁん!?」

 どうせ話なんて言っててもお小言だと思っていたので、そのまま立ち上がってノーモーションでビンタを叩き込む。もちろん魔力を込めると今の一般人である美樹さやかは首がマミる可能性もあったので、ちょっとだけ込める程度に留めておいてあげた。

「あたしの話を聞けって…聞かん坊なあなたが良く言えたわね!」

「い…いきなりなにすんのさ!? 大体人を勝手に聞かん坊にして、あんた何様…」

「美樹さやか、歯ぁ食いしばれ! いつもウジウジして恋の一つも実らせないなんちゃって乙女なんか…修正してやるっ!」ガツン!

「いったぁー!?」

「さやかちゃぁぁぁん!?」

 まだ口答えする美樹さやかに積年の恨みを込めて、せっかくなので個人的苛立ちもぶつけておいた。

 そう、この子はいっつもいっつも…!

 この子に対する不満の全てをぶつけるとなると学校ごと吹き飛ばしかねないので、グーで殴るだけで勘弁してあげておいた。

 先程まで活気のあった休憩時間は凍りつき、美樹さやかはピヨピヨと頭の周りにひよこを飛ばしながらぶっ倒れており、何がなんだかわからないまどかは美樹さやかが殴られる度に絶叫を上げていた。美樹さやかのもう一人の友人のワカメみたいな子は唖然としている。

「ひ、ひどいよほむらちゃん! 何も殴らなくても…!」

「もう、しょうがないわね」

 カシャン、ともう一度時間停止。どうでもいい作業なので描写は割愛。

「はい、もう大丈夫よ」

「あ、あれ? 殴られてぶっ倒れたさやかちゃんが普通に立ち上がってる…」

「な、なんか転校生に理不尽な暴力を振るわれた、ような…?」

 唖然と立ち上がるさやかはほとんど怪我らしい怪我も見せていない。さすがは結界内で拾った魔女のひげ薬、人間にも効果抜群だわ。副作用は…まあ多分無いでしょう。

「まどか、美樹さやかにいわれなき中傷を受けて私の心はズタズタよ。保健委員として保健室に連れていってちょうだい。こっちよね」

「え? 確かに私保健委員だけど誰に教えてもらって…ってほむらちゃん、歩き出してるけど場所知ってるんじゃないの!?」

 ずるずるとまどかを引きずって私は保健室へと急ぐ。一連のやり取りを見ていたクラスメイトはすでに誰もが私たちの邪魔をしない。ああ、友情って素晴らしいわ。

「なんとなく分かるような気もしなくも無いんだけど、私一人で行ってる途中に倒れる可能性を考慮すればあなたも来るべきよね」

「私ほむらちゃんに抱っこされてるんですけど! ほむらちゃん、私よりも明らかに元気だよね!?」

 引きずると怪我をすると踏んだ私は、まどかをお姫様抱っこして保健室まで連れて行ってもらう事にした。ああ、やっぱりまどかは優しい…こんな私に付き添ってくれるなんて…。

 そのまま私は保健室までまどかと共に駆ける。途中まどかが何かを懸命に語りかけてくるけど、全部私を心配してくれる優しい言葉だと思って終始私は笑顔だった。

 

「わ、私これからどうなっちゃうの? ねえ、ほむらちゃん! こんなの絶対おかしいよ!」

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 保健室と言えば清潔でありながらどこか薬品臭く、病院暮らしが長かった私としてはあまりいい印象は無い。

 とは言え、今はまどかが付き添ってくれている。まどかのいい匂いが私の肺を満たし、不快な気分では無かった。

「ありがとう、まどか。随分と楽になったわ」

「…うん、それは良かったよ…」

 私の感謝を素直に受け取ってくれるまどかは、可愛い。ちょっと、ほーんのちょっぴり強引だった気もするけど、それでも面倒を見てくれるまどかは本当に優しい子だ。さすがはまどか、私の最高の友達。

「…それでね、ほむらちゃん…」

「どうしたの、まどか?」

「…そろそろ離してもらえたら、それはとっても嬉しいなって」

 保健室のベッドの上には、私とまどか。

 しかし私の体調を考慮してか、まどかには抱き枕状態…腕と足をまどかに回しての完全ホールド状態になってもらっていた。当然顔も引っ付くので、まどかに頬ずりした。

「ほむぅ…それがそうもいかないのよ」

「いやでも、もうちゃんと保健室に来れたわけだし…」

「まどか、ここに連れ込んだ…もとい、同伴してもらったのにはもう一つ、大切な話があったからなの(キリッ」

「ほむらちゃん?(いきなり真面目な顔になられても…)」

 正直今回は積極的にどうこうする気は無いのだけど、それならせめてまどかには普通の女の子として過ごしてもらい、ついでに私と一緒に遊んだり思い出を作ってもらわなくてはならない。そうなると必然的に魔法少女になってもらっては困るし、障害はほぼ一つだ。

「まどか、あなたは家族や私を含めた友人は大切だと思う?」

「え、あ、うん。大切だよ? 家族も友達も…ほむらちゃんも(解放してくれれば)大切だよ?」

 ちょっと照れながらも私を友達って言ってくれた…これにはくるものがあるわね。何だか言いよどんだ気もするけど、すでにこの周回の私はまどかの友達確定ね!

「だったら今の自分から変わりたいなんて思ったらダメよ」

「…どういう事?」

「具体的には何でも願いを叶えてあげるとか言ってくる白い豚野郎に騙されて魔法少女になってしまってその挙句散々な目に遭うくらいならそのままで居なさいって事よ覚えたわねもういいわね?はい、これで今回のまどかはもう魔法少女にはなりませんはい決まり破ったらグリーフシード一気飲みだからね」

「え、え、え…?」

 今まではいきなり魔法少女とか言ったら変人扱いされそう、という事でぼかして伝えていたけど、今回はもう面倒くささもあって、一気に全部教えてあげる事にした。ちょっとだけ早口だったけど、やっぱりぼかさず伝えきるっていうのは気持ちいいわね…。

「…それじゃあまどか、おやすみ…実は今まで(ループでの)疲れが溜まっているから、すこぶる眠いのよ…授業は聞き飽きたから、放課後まで抱き枕になってちょうだい…」

「ほ、放課後!? それじゃ私、授業とかは!?」

「…大丈夫よぉ…テスト範囲まで網羅してるし、ノートもこの先一か月分くらいとってあるからへっちゃら…ぐう…」

「ほむらちゃん? ほむらちゃぁぁぁん!?」

 そこまで伝えたところで私の意識は夢の世界へと旅立つ。

 まどかは本当にいい匂いで柔らかく、自作のまどっち抱き枕とは比べ物にならない寝心地だったのだ…。

 今だけ…本当に今だけ、わがままを許してね、まどか?

 私を呼ぶまどかの声を子守歌に、深い眠りはすぐにやってきた―。

 

続く…かも?

 

説明
何だかついつい勢いで書いてしまった(ちょっとだけ)壊れたほむらさんのお話しです。
さっくり終わらせるつもりだったんですが相変わらず無駄に長くなりそうなのでさっさと投稿しておきます…あたしってほんと無計画。

あ、一応注意書きじゃないですが、キャラ崩壊に加えて一部設定を無視していそうな箇所がいくつかあります。でもギャグメインの話なので、見逃してもらえたらって
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