超次元ゲイムネプテューヌmk2 OG Re:master 第九話
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ポツリ、と青年のフードから軽く覗いた頬に雨粒が当たる。

つぅ、と頬の曲線に沿って流れ落ちる水滴を右手で軽く撫でてからふいっと青年は天を仰いだ。

どうやら降り出したらしい。

青年の、よもや男性のものとは思いがたい淡い色の唇から吐息が漏れた。それがいったいどんな感情を帯びていたのかは知る由もないが。

人混みの中で青年はピタリと足を止める。

その異様な出で立ち、振る舞いは全て人の目を惹くものであった。しかし道行く人々はまるで青年を存在していない者のように特に気にした様子もなく立ち去っていく。

「雨、か……」

低い声で青年は呟いた。

暫くそう佇んでいた後に、ふっと瞳を伏せてゆっくりとまた一つ吐息を漏らす。

次第に雨は勢いを増していく。

プラネテューヌで久しぶりの土砂降りと言ったところか。道行く人々は鞄やら何やらを一時しのぎで雨除けにしているがそれは無駄な努力とばかりに雨粒は人々を濡らしていく。

空に浮かぶ黒雲がまるでそれらの人々を嘲笑うかのようにゴロゴロと雷まで鳴らしていた。

 

しかし、そんな中で。

 

青年はそれに対して怯えることも焦ることもなくその針のような雨の中に立っていた。

 

ただ一人――。

 

雨にその衣装がまとわりつこうとも、ピクリとも表情を変えずにただ空に漂う黒雲を睨んでいた。

人々は彼の存在を気にすることはない。いや、気にはしていた。

誰もの目を惹く威圧的な雰囲気。異様な佇まい。不可思議な衣装。どれもこれも目を惹かないわけがない。けれど、人々は彼に関わらない。

当然だ。

 

けれど、彼女は惹かれた。

少女・コンパは。

彼のその何もかもが浮世離れした青年に惹かれた。

いや、彼女の良心が働いた所為でもあったかもしれない。

使いで近所の店まで出向いた帰りだった。コンパはそんな彼が目に付いた。

 

どうして、こんな雨の中に――?

 

コンパはそう思い、少し遠慮がちにゆっくりと彼に歩み寄った。

ただ、彼女のブーツの音だけが妙に甲高く響いていたかもしれない。

ゆっくりと己の持つカサを差し出して彼に当たる雨粒の進行を防いだ。

コートを着用していたためにそのことに気付くまで数分の時間を要した。雨粒が自分に触れなくなったことに気付いた青年がくるっとコンパの方に顔を向けた。

けれど、コンパの位置からは目深に被ったフードの所為でその人相は伺えないが極めて若いのだろう。青年はこくりと首を傾けて口を開いた。

「ありがとう」

「いいえ、雨に濡れている人は放っておけなかったです。当然のことですよ」

コンパはいつものように屈託のない笑顔で応えた。

青年は口元の筋肉を緩めて、微笑を作った。そこで何かを言おうとしたのか青年が少しばかり口を開いたが、すぐに噤んだ。

フードの隙間からでもそれが覗けたのか、コンパが不思議そうな表情で問い掛けた。

「どうかしたですか?」

「いや……可愛らしい人だな、と思って」

青年はごくごく紳士的にコンパに接した。

しかし、対するコンパの方はやはりというかやりなれた感があり、少し顔を赤らめて返答した。

「もう、おだてたって何もでないですよ」

「いや、凄く……可愛いよ」

果たして狙っているのだろうか、青年は決してその事実が間違っていないとでも言うように何度もそう返した。

コンパは気付かない。彼の口調が、少しずつ『変化』していることに――。

「それはそうと、どうしてこんなところに立っていたですか?」

コンパはそう疑問に思ったことを口にした。

物好きでもなければ、雨に打たれようとはしない。ならばどうして、聞くのは人間の心理でもあるだろう。

その質問が最初から投げかけられることを分かっていた、とでも言うように青年はフッと笑ってから答えた。

「……、少し考え事でもしていたんだよ」

「考え事、ですか?」

「ん、とっても大事な――考え事な」

コンパはキョトンとした表情をしていた。

それを見て青年は口元を押さえてフッとまた笑う。

「まだ知らなくてもいいことだ」

「そう、なんですか?」

コンパの問いに青年はコクリと小さく頷く。

その、たったそれだけの仕草のハズなのに。それでも、コンパの心臓は跳ね上がった。

内側から滲み出るその異質な雰囲気なのか、それとも彼に何か人を引きつける何かがあったのかは分からない。

それでも自分はこれを知っている――コンパは胸元を押さえてそう思った。

「どうか、したか?」

会ってまだほんの数分、それでもこんな風にフレンドリーに語りかける彼を直視できずにコンパはそっと視線を外した。

頬が紅いのも見られているだろうか、そう思うとますます頬が火照るのを感じて俯き加減を増した。

「……どこか悪いのか?」

心配そうにそう尋ねる彼の声にコンパはハッとなって慌てて笑顔を作る。

「そ、そんなことないです! 元気元気、コンパちゃんはとっても元気です!」

「……」

『外した……』とコンパはorzで項垂れた。しかしその後に頭上で発せられた堪えた笑い声に顔を上げる。

「ぷっ……くく……」

「な、なんで笑うんですかぁ……?」

コンパは半分涙目でそう抗議した。

それから暫く腹を抱えて小さく笑う青年の肩をポカポカと叩くコンパという何だか比較的に恋人っぽい絵面が構築されていた。

「――はー、コンパは本当に面白いな」

笑い涙を拭うように青年は目元を擦った。

「むぅー、笑うなんてヒドイですぅ……」

コンパの方はぷりぷりと可愛らしく腹を立てていたが、それすらも可笑しく思えたように青年はよしよしと彼女の頭を撫でた。

「……もう少し、時間はあるか?」

「ふぇ? まだ大丈夫だと思うですけど……」

コンパは腕時計に目をやって曖昧に頷く。

「そうか。じゃあさ、少し話さないか? もう少しお前とゆっくり話がしたくてさ」

「……それって、デートのお誘いですか?」

「ッ――、ったく。チョーシいいこと言いやがって……」

青年は少し恥ずかしそうにフードの上から後頭部をかく。口ではそう言いつつも、満更でもないらしい。

少し迷った風な素振りを取った後にコンパはゆっくりと頷く。

「いいですよ。私ももう少しお話ししたいって思ってたです」

 

 

 

 

 

 

「――そうか」

その時、青年のフードの奥の瞳が妖しく光った――ような気がした。

 

☆ ☆ ☆

 

雨。

部屋に立て付けられている大きめの窓に雨粒がへばり付く。

それをチラと視界の端に入れて、キラは大きめの溜息を吐く。

(雨は嫌いだ――)

キラはそう心中で呟いた。

雨は嫌い。

嫌なことばかり思い出す。楽しいことも嬉しいことも、辛いことも悲しいことも――。

雨を見ていると陰鬱な気持ちになる。

何もかもが蘇る。忘れようとしたことも、思い出したくないことも――。

 

落ち着かない――。

 

部屋に備え付けられてあるベッドに腰を落としたり、すぐに立ち上がってウロチョロと室内を不用意に歩き回ったり、何度も何度も意味もなく足を組み替えたり、景色が変わるわけでもないのに窓の外を覗き込んでみたり。何をしていても落ち着かないのだ。

「ネプギア……」

きつく結ばれていた唇からそう声が漏れる。

 

 

遡ること約一時間半前――。

バーチャフォレストから無事にプラネテューヌ本都市へと帰還したキラ達は何というか、とてつもなく近寄りがたい雰囲気を放っていた。

特にその元凶であるアイエフが最早、背景が歪んで見えてしまうほどに蜃気楼を彷彿とさせるどす黒いオーラを放出していたのだから誰も近寄れるはずもなかった。

「……あの、アイエフ……さん?」

キラは遠慮がちに口を開いた。

「なにかしら?」

口調こそ、いつもの彼女であった。

けれど、そんな彼女が纏うオーラは到底、何かを突っ込めるような勢いを削り取っているようにも思えた。

そこでネプギアはおずおずと口を開く。

「す、すいません。私が勝手な事したからお二人にも心配かけちゃって……」

段々と尻すぼみになっていく彼女を暫く見つめていたアイエフが盛大な溜息を吐いて両手を腰に当てて言った。

「まあいいわ。アンタらなりに何かをしようとしていたんだろうし、この件に関して私からはもうお咎めなしよ」

アイエフは半ば諦めた感じでそう言っていた。

「私も二人が反省しているならいいと思うです」

コンパの方は初めからそういう気がなかったとは思うのだが、突っ込むよりも先に安堵の息が出るというモノで、キラとネプギアの二人はほっと胸をなで下ろした。

「私からのお咎めは、ね……」

アイエフは誰にも聞こえないようにそっと呟いた。

しかし、それはさして重要な問題でもない風でアイエフはその思考を無理矢理蹴散らした。

「ともかく、こっちとしてもできるだけ楽な方法でシェアを上げたいわね」

携帯をいじりながらアイエフはそう言った。

「そうですね。効率の悪い方法じゃ、いつまで経っても女神様を助けられないでしょうし……」

キラは顎に手をやって考え込むが、元よりそのことに精通していない自分が考えても仕方のないことだと溜息を吐く。

「昔の私達は何も考えずにクエストをやってそれで事は足りてたですけど……」

「昔?」

「何でもないわ! それより効率のいいシェアの集め方を考えましょ」

コンパの言葉に疑問を抱いてキラは問い掛けるが、アイエフは誤魔化すように話を反らした。彼女らしくない、とキラは眉を寄せるが比較的弱い立場なのでキラは大人しく彼女の言い分に従った。『む〜……』と喉を唸らせて腕を組む。しかしながらキラに思い浮かぶ案と言えばせいぜい他人から好まれるキャラを演じることであり(EP.7 [KIRA]参照)、既にダメな気がしたのでその考えは記憶の彼方に吹き飛ばした。

「そうね……まあ仕方ない、か」

アイエフは少し面倒くさそうに口を開く。

そんな彼女の様子を不審に感じたか、キラは小首を傾げて彼女に問う。

「あの……仕方ない、って何がですか?」

「ん? あー、まあ苦肉の策ってところかしらね……」

アイエフは頬を掻きながらたらりと冷や汗を垂らす。その様は明らかにいつもの彼女とは異なる。

「そうね。まあ色々と準備もいるだろうし、それにアンタは一応でも顔を出しておかないとねぇ……」

チラ、とアイエフはネプギアに視線を送る。

それで彼女の方もその意図に気付いたのか、肩をすくめて小さく首肯する。

「……?」

キラはきょとんとした表情でネプギアを見る。

そんな彼に呆れたようにアイエフは視線を送ってからゆっくりと口を開いた。

「だから、この子は女神でしょ? つまり『教会』に顔を出さなきゃいけないってことよ」

「ああ……」

教会。

数年前まで『協会』と呼ばれ、各大陸を統治していた組織だ。しかし、ゲイムギョウ界が現在の形になったとき、大陸協定により『政府』として機能するようになった際の組織の中枢になった機関だ。

そこでは主に都市の経済や情報管理、女神及び候補生の保護なども行っており、謂わば女神達の居場所である。そこに顔を出すのは当然のことかとキラは首肯する。

「それに教会ならたくさんの情報や広報活動も行っているですから、きっと効率のいいシェアの向上の方法も分かるです」

コンパの言葉にキラは理解したように何度も頷く。

 

 

プラネタワー。

教会の機能の中心となる建物であり、天高くそびえるそれを一瞥してキラはそのドアをくぐる。

キラは近場のギルドを利用するので分からなかったが、結構冒険者達がクエストなどを求めて訪れるのかと納得したように周囲を眺めて感心したような声を漏らす。

前方を歩くアイエフが遅れてしまっているキラにクイクイと右手で指示するのを見て慌てて彼女の後を追う。

と、そこでコンパの姿が見えないことに気付く。

「あの……コンパちゃんはどちらに?」

「あの娘なら政府の医療員の娘に言われて足りない備品の補充に行ったわよ?」

「……そうなんですか」

どうもパシリみたいな感じだなとキラは後頭部を掻く。

そして、そこまで言って彼女から視線を外したところで自分を取り巻く違和感に気付く。

自分たち三人を囲うようにして佇んでいるサングラスに黒スーツを纏った女性達。どうにも機能的な外見をした女性達から発せられるのは何の色も帯びないただの無機質なオーラだけ。

「来たわね」

「へ?」

キラは背後のアイエフを見てそう声を漏らす。

アイエフは女性の内の一人に何事かを話しかけてからこちらを見た。

「ふぇ!?」

突如、キラの真横からネプギアの慌てたような声が漏れる。

「ネプギア!?」

それに驚いて、腰の刀に手を掛けながらそちらを向く。

視線の先には数人の女性に担ぎ上げられたネプギアが奥の部屋に担ぎ込まれて行っていた。

それにポカンとした表情を浮かべるしかできないキラがようやく何らかのアクションを取れるようになったのは肩に掛かる妙に強い力を感じてからだった。

「貴方様はこちらへ」

先程のスーツ姿の女性の一人がキラの肩に手を掛けていた。

「ま、待て! アンタらネプギアをどこに連れて――ッ!」

と、そこまで言ったところでキラは言葉を詰まらせた。あとのその場に残った女性達がキラに向かって銃口を向けていたからだ。

「ッ、アイエフさん!」

彼女は政府の中でも顔の知れた人物だろうと踏んで、キラはアイエフに怒声を投げた。

彼女ならばこの状況をどうにかしてくれると思い出た行動だったが、どうやら考えは甘かったらしい。

「……連れて行きなさい」

「な――ッ!?」

彼女の言葉で数人の女性がキラを抑え込む。

それなりに力のある方だと自負していたキラだが、たった数人とはいえ女性。それを払いのけられないのかと背後の女性達を睨む。

「安心しなさい、アンタもあの娘も酷い目に遭わせるワケじゃない。大人しくしていれば、ね……」

キラを見下ろす形でアイエフはそう言い放った。

「ッ――!!」

キラはワケの分からないと言った風に表情を歪めてそのまま女性達に連れられて教会の一室に軟禁させられることになったのである――。

 

 

「クソッ!」

力任せにキラは壁を殴った。

刀も没収されてしまったし、自分には為す術がない。

せめて刀があればすぐにでもこの扉を叩き斬ってネプギアの元に急ぐのに、それができないのはもどかしい。

それなりに力を込めて扉を殴る。しかし、ビクともしないと鍵に手を伸ばすが外側からロックされているようで反応はない。

「この――ッ!」

もう一度、力を込めて扉を殴るが結果は同じ。

仕方がない――とキラは拳を握って全力を乗せて扉にぶつけようとしたところで自動ドアが開き、そこにアイエフの姿が映る。

「……」

「……何、してるの?」

アイエフは極めて呆れたような表情をしてキラを睨んでいた。一方で当のキラの方はすごすごと拳を仕舞ってアイエフから視線を外す。

「何してたのよ」

「何でもねーです……」

今更、扉を壊そうとしていたなんて言えるはずもなくキラは答えを濁した。

『ふぅん……』といかにも訝しげな表情でキラを一瞥するが、すぐに大して気にした風もなく部屋を出るように指示する。

「アンタに話があるそうよ」

「……誰がですか?」

「イストワール様が」

「……!」

その名は知っている。

いや、恐らくプラネテューヌで知らない者はいないだろう。

現在この国を治めている『教祖』であり、今まで幾度となくこの国の情勢を立て直してきたやり手の元首、というのが専らの噂だった。どちらにしてもこの国のピンチを救ってきた英雄であるということに変わりはない。

そんな人物が自分に何の用か、とキラは訝しむがやはりお偉いさんの考えは分からないというようにキラは思考を放棄してアイエフの後を追う。

コツコツ、とアイエフがブーツをならしながら前を行く。そしてそんな中でアイエフは視線だけを背後に向けてキラに言った。

「そんなにかしこまらなくてもいいわよ。いつも通り、ゆったりとしてもらってていいわ」

「で、でも教祖様ですよ?」

彼女はそう言うが仮にも国を治める、謂わばこの国のナンバー2だ。そんな相手に緊張するなと言う方が無茶であるのだが。

アイエフは『あー……』と思い出したように声を出して後頭部を掻く。

「ま、とにかくそんなに気を張る必要はないって事ね……」

「?」

彼女の言いたいことはよく分からないが、リラックスしろと言ってくれているのだろうと思い、キラは小さく深呼吸する。

そしてタイミングを見計らったように教祖が控えているという『第03応接室』というプレートが掲げられた部屋に行き着く。

キラができるだけ服装を整えている内にアイエフはコンコンとドアをノックして声を掛ける。

「イストワール様、例の少年をお連れしました」

『どうぞ』

掛かった声は少女のモノだった。

キラは訝しみつつも、恐らくイストワールの側近か何かだろうと思いながらアイエフの指示に従って扉をくぐる。

豪勢な作りの応接間に、ソファが向かい合う形で二つありそしてキラから見て左側のソファの上にちょこんと、おそらく5、6歳程度と思われる少女が腰掛けていた。

「あの……」

「初めまして。私がプラネテューヌの教祖、イストワールです」

キラを沈黙が襲う。

彼の創造としては厳とした雰囲気を醸し出す二十、三十代ほどの男性と言ったイメージがあったのだが、どうもその姿はあまりにイメージとかけ離れていた。

「イスト、ワール様……?」

「はい♪」

屈託のない笑顔でイストワールは何故か嬉しそうに返事をした。

背後で苦笑を浮かべるアイエフに視線を向けてキラはパクパクと口を開閉させている。その意図を汲んだのか、アイエフは相変わらず苦笑いのまま答える。

「そうね……。最初に会う人は大概そんなリアクションなのよね」

「や、あの……へ?」

ロクな言葉を発せずにキラは何度もアイエフに問う。

しかし、いくら何をしたところで目の前に映る事実が変わるわけでもなく、キラはイストワールに奇異の視線を送っていた。

「現実よ。受け止めなさい」

「は、はぁ……」

「まあ、どうぞお掛けになってください」

イストワールは右手で自分の前のソファを指してにこやかな笑顔を浮かべる。

とりあえず言われるがままにキラはゆっくりと歩み寄ってソファに腰掛ける。

「キラさん」

「は、はい!」

ピンと背筋を張ってキラは返事をする。

いったいどんな質問が来るのかとキラはドギマギしつつ、全神経を聴覚に集中させる。

が。

「キラさんはコーヒー派ですか? それとも紅茶派ですか?」

「……はい?」

それはキラの期待を大きく裏切るモノで、まさかコーヒーか紅茶の好みを聞かれるとは夢にも思わなかったので答えが出ない。

「自分が飲みたい方でいいですよ〜」

「えと……じゃあ……、コーヒーで」

キラの答えを聞いてイストワールは横に立っていたアイエフに指示を出してから、アイエフは一度、部屋を退室した。

「先日、リーンボックスから美味しい豆と茶葉を頂いたんですよ。どうせならキラさんも如何でしょうと思いまして♪」

「は、はぁ……ありがとうございます」

『この人、ホントにあのイストワール様か?』とそろそろキラは彼女を疑い始めていた。

数分後、アイエフが一式を取りそろえて入室、キラとイストワールの前にカップを置く。

「ありがとうございます」

「いいわよ。私がやったワケじゃないしね……」

フッと自嘲したような笑みを浮かべて答えた。

何故だか納得できるような気がして、キラは『ああ……』と言ったらグーで殴られた。

ひりひりと痛む頬をさすりながらキラはカップに口を付ける。

ふわっと香る淡く芳ばしい香りがキラの荒ぶっていた心を落ち着かせてくれるようでゆっくりと思考する余裕を与えてくれた。

思えばここは教会、女神を保護するための場所だ。そんなところでネプギアが手荒な真似をされるはずがないと思い直したのだった。

(少し焦りすぎかもな……)

頬を掻きながらまた一口。

いや、寧ろ子供のような考えであったかもしれない。

 

――彼女を横取られたという我が儘であったかもしれない。

 

そんな幼じみた考えを嘲笑うようにふっと笑みを零す。

「なに笑ってんのよ?」

「いえ、なにも」

カップを目の前に置いてからキラは真剣な表情をつくって問う。

「あの、それでイストワール様はいったい俺に何の用が?」

どうもそのことで気が気ではないキラだったが、イストワールの方は特に表情を変えることなく紅茶の香りを楽しみつつ、カップを傾けていた。

流石に答えなければならないと思ったのか、イストワールは首を傾けて不思議そうに問い返す。

「何か用がなければお呼び立てしてはいけないでしょうか?」

「ぐ……いえ、そういうわけでは……。でも話があるって」

「イストワール様、あまり時間もないですし早めに本題に……」

アイエフが呆れたように横からイストワールに声を掛ける。

渋々といった表情でイストワールがカップを置いてからコホンと咳払い。

「まずはプラネテューヌの教祖として礼を言いたいと思います。ありがとうございました」

「え、えぇ?」

いったい何のことかとキラは首を傾げる。

「たった二日間ですが、ネプギアさんを保護していただき、何とお礼を言えばよいのか……」

『そのことか』とキラは首肯する。

「いえ、気にしなくていいですよ」

しかしながら、彼としては当然のことをしたという意識しかないので寧ろ感謝されるのはむず痒い感覚とも言えた。

「ていうか、その情報は既にお持ちなんですね」

「まあ、そこは諜報部の力というか、ね?」

アイエフの言葉に納得するキラはその横でイストワールの吐いた「まあそれだけじゃないんですけど……」という呟きは聞こえなかった。

「そのついでに色々と調べさせて貰ったんだけど」

アイエフはチラとキラの傍らに置かれている彼の装備であった黒い刀に視線を送る。

それからピッとその刀を指してから口を開いた。

「その刀はね、プラネテューヌの府立博物館に厳重に保管されていたはずの世界最古の刀なのよ。『いつ』、『どこ』で、『手に入れた』の?」

「――ッ!」

そこから温厚な笑みを浮かべていたキラが突如、目の色を変えて刀を抱き寄せた。

「そんなハズない!!」

「!」

「……」

絶対に渡すまいと、キラは両手に全力を込めて刀を握っている。

「これは……俺が貰ったんだ! 俺のモノなんだ!」

「待ってください。話を――」

イストワールがそう言ったところでアイエフがその脇を抜けてキラを押さえつける。

「ぎッ――!?」

「アイエフさん!」

「大丈夫ですよ、押さえつけているだけです。……さあ、答えて。誰に貰ったの?」

しかし、その問いにはキラは睨みで返すのみだった。

イストワールの指示で嘆息しつつ、アイエフはキラの上から立ち退く。

「キラさん」

「……」

「その刀、とても大事なモノなんですね?」

イストワールの問い掛けにキラは無言でこくりと頷く。

それを見て彼女の方も納得したようにゆっくりと首肯した。

「では、それは差し上げましょう」

「……イストワール様? いいんですか?」

「ええ、彼の大事なモノを取り上げるのは忍びないですし……。これは先程の礼とでも言っておきましょう」

キラは一瞬、戸惑ったように発言を押しとどめた。けれどゆっくりと、弱々しく声を上げる。

「ありがとう、ございます……」

「いいえ」

イストワールはニッコリと微笑を浮かべて小さく頷く。

「とはいえ、それだけではこちらも恩を返せたとは思っておりませんし……今日は教会のパーティにどうぞご参加なさってください」

イストワールはキラにそう声を掛ける。

キラは少し、状況の掴めないような表情をしていたがすぐに小さく頷く。

イストワールの指示で数人の女性がキラを連れてどこぞへと消えていく。

 

 

部屋に残されたアイエフはチラとイストワールに視線を向けてから口を開いた。

「よろしいので?」

「はい。折角のパーティですし、楽しんで貰いましょう♪」

「いえ、そのことではなくて……」

半ば呆れた風にアイエフは額に手を当てて嘆息した。

「黒刀(くろがたな)のことですよ」

「……ええ」

イストワールは口調をやけに真剣なモノにしてから小さく頷いた。

しかし、アイエフは納得しかねるように少し声を荒げてイストワールに向かって言葉を放つ。

「けど、アレは――!」

「いいんですよ。きっと彼には必要なモノでしょうから……」

イストワールは既に姿の見えぬ彼を見据えるようにして目を細めた。その声色からはいつものゆったりとした彼女のモノではなく、何手先をも見据える知将のような面持ちさえ感じ取れた。

「ですが、最後にアレを手にしていたのは……」

「分かっています」

イストワールはフッと瞼を閉じる。

それから深く吐息してその名を吐き出した。

 

 

 

 

 

 

「パープルハート……」

 

☆ ☆ ☆

 

「ハハハ……コンパは本当に面白いな」

青年は到底、その纏った雰囲気からは考えられもしないような陽気な声でそう漏らした。

人気のない公園の中心にある休憩所。そこにコンパと青年の姿があった。

ベンチに腰掛けて、病院で起こしてしまったミスやトラブルを語ったところでそんな彼のリアクションが返ってきたのだった。

「そ、そんな悠長に言えないですぅ! その時はホントに大変でぇ……」

コンパは口でこそそう言っていたが、この時間が楽しいと思えていた。

なんだかんだと言って彼女と親しい仲であるアイエフとはこの数日にようやく時間が取れたのみで以前まではお互いに都合が取れず、こんな談笑の時間もなかったのだ。

そんなことを思っているコンパの横でひとしきり大爆笑を終えた青年がフードの奥に浮かべた笑い涙を拭ってから吐息する。

「はー……コンパは本当に今が楽しそうだなぁ」

「ふえ? た、確かに楽しいですけど」

いきなりそんなことを言われたコンパが慌てたように答えた。

その様子をまるで優しく包む母親のように、青年は彼女をその双眸で捕らえる。

「コンパ」

そっと彼女の頭に手を添えてくしゃくしゃと撫でる。

片目を閉じたくすぐったそうな表情をしてからコンパは顔を赤らめる。

「い、いきなり何するんですかぁ?」

「……何でも」

なおも彼女の頭を撫でたまま、青年は答える。

一瞬だけ悲しそうな感情をむき出しにして、青年はそっとフードに手を掛ける。

影に隠れた彼の輪郭が露わになったとき、コンパは目を剥いた。

「ッ――!」

その時、青年の右手がコンパの顔を鷲掴みにした。

優しくあやすような口調で青年はコンパに語りかける。

「大丈夫、眠るだけだ。次に起きたときにはもう……忘れているだろうから」

――ズシン、とコンパの身体に重力が付加されたようにも感じられた。

青年の位置からでもコンパの動悸が伝わるように、コンパはとろんとゆっくり目を閉じ、そして前のめりに倒れようとしたところを青年が受け止める。

ゆっくりと彼女の身体をベンチに横たえる。

その安らかな寝顔を暫く眺めて、青年はフッと息を漏らした。

「楽しかったよ、コンパ。これで俺は――」

青年はフードを目深に被り直して雨の中を進んでいく。

やがて、その姿は針のような雨の中に消えていった――。

 

説明
小説って楽しいよね♪
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コメント
ヒノ様>キラ「今さら思い返すと俺すっごいことしてるなあ…」 一国の教祖になんてことを…ちなみに教祖は女神、候補生に次いだ権限があるのだ キラ「ぐわあああ!」 ネプギア「いーすんさんのことだし、何もないよ、きっと…」 まあ不敬罪で何かしらあるかも…w キラ「うわあああ」(ME-GA)
デバッカ「黒刀、最後に確認された所持者はパープルハート。けどそれはキラが大切な人からもらった物……一体どういう事だろう。」(ヒノ)
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