人類には早すぎた御使いが恋姫入り 四十八話
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桂花SIDE

 

理想の勝ち方というものがある。

 

それはこちらの最小の被害で相手に最大の被害を与えること。

戦の基本よ。

情報戦、腹の探りあい、盤上での手を読み合う戦い。

軍師たちの戦いはその目標から始まって、そこで終わる。

 

アイツが現れた時、私は直感した。

 

私はアイツを直接戦ってみたことがない。

囲碁や象棋では数えきれないぐらいやりあったけど、そんなものは意味を持たなかった。

何故ならそんなの全部、アイツが私を教えるためのものに過ぎなかったから。

 

アイツの戦い方というのは、能のあるの軍師でも少し考えてみたら、それがとても合理的で理想的であることが分かる。

でも、一人でそんなことを考え出そうとすると、それが出来ない。

アイツは私たちと違う風に天下を見ていることを私はこの数年間身にしみるほど感じた。

 

そう、アイツの強さは誰も真似することの出来ないアイツの価値観、天下を見る観点の違いから出るものだった。

誰もがこの戦いは『始まり』だと思った。

この戦いで得たものを礎にして、これからの群雄割拠の時代で有利な位置を取ることが一番の目的だった。

 

でもアイツが狙っていることは寧ろその逆だった。

アイツはこの戦いを『終わり』にしようとしている。

 

連合軍の以前に、表面的に一番高い位置に居た袁紹軍は今まで想像もしなかったところまで落ちてきた。

これに袁紹は激怒し、自分の状況に納得せず劉備を潰して鬱憤を払おうとした。

これにアイツは鉄槌を投げた。

 

そして、今、アイツの話を聞いた時、今袁紹の肩を持つ者が、この中に残っているわけがない。

 

「……」

 

アイツが風のように消えさって、長らくの間軍議場には膠着した空気が流れた。

 

「華琳さま」

「……」

 

華琳さまは私の声に応えず、アイツから受け取った玉璽の押してない勅命の書を開きました。

 

『その罪を赦し、』

 

華琳さまの目はそこに止まっていた。

今この時、華琳さまの軍は半壊していた。

軍の被害というものこそなかったものの、将たちの心は心乱だった。

信用していた友や肉親の変わり様を目にした皆の心には不安が、不信感が植えられていた。

そんなものの中から皆を導くべき華琳さまご本人も、また無傷ではない。

 

もし、この書に華琳さまとの悪い記憶たちを消すという意味まで含めるものだとしたら…

それは私たちにとって良い事なのだろうか。

 

「華琳さん」

 

袁本初の厳粛を装った声に華琳さまの眉がひくついた。

さっきまで感想に浸かっていた華琳さまは似合いないことに、不機嫌な顔を丸出しにして袁紹の顔を見た。

 

「今直ぐその書物を渡しなさい」

「あら、これは私の物よ。渡すわけないでしょう」

「これはあなたに与える最後の機会ですわ。書を受け取った貴女たちも同じですわよ!」

 

袁紹の顔にはもう落ち着きというものは残っていなかった。

袁紹はいつも相手を見下すことばかりに慣れていた。人に見下されるなんてもっての他。

それがこの連合軍の戦いの間、あんなに惨めに敗けて、更にはこれ以上ないぐらいに諸侯たちの前で踏み躙られた。

 

訂正しようかしら。

アイツにここまでされて、逆にあんなにならない奴の方が少ないと。

そしたら私に見えるこれからの袁紹の『墜落』から、少しは本人の凡愚さを薄くできるかもしれない。

 

「……それで終わり?」

「…なんですって?」

「他に何かないの?あなたに逆らったらひどい目に合わせたりなんかね。もっとあるでしょう?あなたの軍隊で潰したり……ああ、待ちなさい。私が勘違いしていたわ。あなたの『軍』ですって?あの虎牢関と呂布で木端微塵にされた烏合の衆なんてとても軍とは言えないわね」

「な……なんでs……」

「他に何があるかしら。ああ、その偉そうな名家の名乗りもあったわね。でも残念。それも今後意味を成さないわ。あなたがどう思うかは別だけど、今が今勅書であることを敢えて拒否しようとしてるその書物の中には、あなただけじゃなくてあなたの家門が4代で築いてきた名誉を一気に沼の底にまで落とせる程の内容が入ってるもの」

「華琳さ…」

「まだ私の話終わってないわ!自分の軍も、家柄の名誉も全て塵になった今、そうただ今から貴女の君主としての器が試される場面よ。あなたには何があるの。長けた武や智謀があるの?人の心を掴む魅力があるの?私に言ってみなさい。袁家という盾を無くした貴女は今その立場に居るべきの『何か』を持っているの?」

 

華琳さまの口は辛辣だった。

それはただ袁紹に対しての言葉ではなかった。

この場に居る諸侯の諸々。

彼らが今まで偉そうにしていられたのは袁紹という盾を持っていたから。大義という盾があったから。

それが去った今、生身でこれからの乱世に耐えられるほどの軍は、どれほどあるのだろう。

 

いつか、そう長くない未来に訪れるべき質問だった。

アイツはその時をもっと早く持ってきただけ。

 

「ッ!猪々子さん!今直ぐ華琳さんを斬り落としなさい!」

「え?ひ、姫!」

「良いから早く!」

「お、お…」

 

文醜の大剣が華琳さまに向かって迫ってきた。

護衛の武将は居ない。

しかし、

 

キン!

 

「…堕ちたわね」

「んなっ!」

 

華琳さまに迫る剣を弾いたのは、孫策の妹、孫権の剣だった。

 

「袁家といえば、長い間が『漢』を支えてきた名族。そんな名家の名を背負う者として袁本初、貴様は資格未達だ!」

「蓮華!」

 

華琳さまならともかく、孫権は袁家当主に対して暴言をはける程の立場ではない。

孫策の叫び声が孫権を我に返らせたのかと思いきや、

 

「今の剣での防ぎ方は何なの?使い方が成ってないわよ」

「ね、姉様…」

「ふぅ…これは帰ったら思春にもっときつく鍛錬させるように言っておかないとね…」

「孫策さん…今のあなたの妹の暴言、訂正するつもりはなくて?」

「そうね。……うん、ないかな☆」

「ッッ!!」

「……何睨んでるのよ。老いぼれの狸が」

 

袁紹が孫策を睨むと、軽い感覚で笑いながら答えた孫策の顔は一気に険悪になった。

 

「元を言えばあんたのとこが仕掛けた戦よ。私たちは巻き込まれてかませ役もいいところだわ」

「なんですって!」

「……そうでしょう、袁術ちゃん?」

「わ、妾か!?な、七乃…助けてたも…」

 

突然話を振られた幼き袁術は、袁紹の剣幕に這いよる声で自分の軍師に助けを求めた。

 

「うーん、そうですね〜、うちの軍も結構な被害に合ってますし、洛陽に行って皇帝陛下の安全を確保できたならまだしも、まさかこんな形で背中を突かれるだろうとは思いもしませんでしたね」

「あの男の嘘を信じていますの!」

「信じるかどうかの問題ではなくですね、袁紹さん。周りをよ〜く見てくださいよ。この調子で洛陽まで戦いに行く軍が居ると思いますか?」

「「「「………」」」」

 

他の諸侯たちの目は袁紹の視線から必死に逃げている。

袁紹に話した人たち以外、

 

一人除いて、

 

「劉備さん」

「……」

 

劉備がもらった勅書には今袁紹が収めている地までも含めた河北のほぼ全土への権限を与えんことを記されていた。

この連合軍で一番弱いといえる劉備軍。

しかもその軍は今袁紹の軍に囲まれている。

 

「あなたも私に逆らうつもりですの?」

「……私は、

 

 

一度も袁紹さんに従がうためにここに居たつもりはありません」

 

この戦争で最も長くアイツに影響を受けた劉備。

袁紹に向かって光るその眼光には一点の曇りもなかった。

 

「私たちが微塵な力でもこの連合軍に参加した理由はただ一つ。洛陽で苦しむ人々を助けようという一思いでした。でもそれが嘘だと判った今、もうこれ以上戦う理由はなくなりました」

「ッッ!!」

「袁紹さん、降伏しましょう。今ならまだ…」

「降伏…?降伏と仰りましたの?」

 

劉備の言葉に袁紹は拳を血が出るほど強く握りしめた。

 

「この袁家当主たるわたくし、袁本初が、一体誰に向かって降伏すると仰っていますの?たかがブ男一人に、このわたくしに負けを認めろというのですの!」

「……」

「赦しませんわ。あの男も、生意気にも都を手にしたあの田舎娘も…!!洛陽のような場所は、陛下の側には名門の出こそが側に居て相応しいのですわ!誰であってもわたくしの前に立ちふさがる奴は蹴散らすだけですわ」

「袁紹さん…」

 

劉備の提案は、ある意味袁紹にとって最後の救いの手だった。

もちろん、袁紹がその手を取れるものだったらここまで堕ちてもいないでしょうね。

 

次に袁紹が取った行動は、卓に残っている勅書の盛りを持って外に向かうことだった。

他の諸侯たちがそれを見て驚いた様子で立ち上がったが、他の諸侯たちが止めることも聞かずに袁紹は軍議場の横に上がっていた焚き火らに、その勅書たちを燃やしてしまった。

他の諸侯たちへのものも、自分への最終通牒も。

 

「れ、麗羽…なんてことを……」

「…これで、あなたたちも他に選ぶ道はありませんわ」

 

勅書を燃やした。

その行為、即ち陛下への反逆。

 

「あの男が私を逆賊にしようとするのなら、なって差し上げようではありませんの。所詮は十常侍たちによって立てられた傀儡の皇帝。そんな皇帝に使わされる義理なんてありませんわ」

「麗羽……お前、正気で言ってるのか!」

 

公孫賛が袁紹への叱咤を始める前に袁紹は赤くなった目を睨み突きながら諸侯たちに最後の言葉を告げた。

 

「私はこれからあの男の首を取りに行きますわ。その後は董卓、そして洛陽。私がすることは以前と変わりません。しかし、私が帰ってきた時、私と一緒に来なかった者たちに何をするかは、説明せずとも判りますでしょうね」

「「「「………」」」」

 

アイツと袁紹。どちらが勝っても、既に勅書を燃やされた諸侯たちに残される未来とは暗澹なものだった。

自分の手で決めることが出来ずに迷っていた結果とでも言えばいいのかしら。

これからどうするかはまた各々の判断ね。

 

「…付き合ってられないわ、帰りましょう」

「はい」

 

そんな袁紹と諸侯たちを見る華琳さまの目にはもう呆れも通り越して、何の興味のないかのような様子だった。

 

「私たちも帰るわよ、蓮華、冥琳。張勲ちゃん、じゃあそういうことだから、先に帰らせてもらうわよ」

 

孫策のところも帰る様子だった。

 

「桂花、袁紹軍内の劉備軍の位置は判っているかしら」

「はい……華琳さま、もしかして」

「直接に攻撃はしないわ。袁紹が血迷って迫ってこない限り。ただ劉備が袁紹の包囲網を抜けてくるのなら、どこを選ぶのかしら。その向こうから軍を配置しておきなさい。抜けだした時点で、彼女たちが安全に後衛まで逃げ切るように護衛しなさい」

「…判りました。行かせるの将は…」

「沙和と真桜に……凪がまだ劉備軍に残っているなら、その方が話も早いでしょうよ」

「判りました」

 

でも恐らく、もう凪もこの軍に居ないだろうと私も華琳さまも思っていた。

 

 

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呂布SIDE

 

恋は一刀を助けようとした。

でも、恋がしたことが一刀を酷く傷つけたかもしれない。

 

今まで一刀はずっと悲しみを隠していた。

誰にも奥の感情を隠して表に出さないようにした。

なのに恋がその子を傷つけたせいで、一刀の悲しみをより深くしちゃった。

 

助けたかったのに……。

 

「……」

「りょ、呂布さま!」

 

陣で騒ぎが起きている所に行くと、そこに居た兵の一人が近づいてきた。

 

「…なに」

「偵察に来た者をこの天幕の中に追い込んだのですが、力が物凄くて我々だけでは連れ出すことが出来ません」

「…捕まえちゃ駄目。丁寧に連れてきなさいって言われた」

「そ、そうですか」

 

恋は兵士たちが天幕を囲んでいる輪の中に入って、天幕の中に向かった。

 

「……!」

 

中に入った途端、中から矛先が飛んできた。

 

「せいやっ!」

「…っ!」

 

傷つけたら駄目。

 

「うにゃっ!」

 

方天画戟で振り払うと、矛を持っていた相手が声を上げながら後ろに下がった。

 

「…お前、前にあった」

「張飛なのだ。お前は呂布だよな」

「……付いてきて」

「捕まるわけには行かないのだ」

 

張飛は再び自分の背の倍はする矛を振るってきた。

 

「っ…!」

 

力尽くでしたら制圧できる。

でも、もしさっきの子みたいになったら……

その時は一刀に合わせる顔がない……!

 

「うりゃりゃりゃりゃりゃーっ!」

「…っ!」

 

なんとかしたいけど、どうすればいいか思いつかない。

お話は得意じゃない。

 

「やーっ!」

「くっ!」

 

張飛の矛先が肩を掠って行った。

ちょっとだけ血が流れてくる。

 

「……お前、鈴々に手加減してるのだ」

「…」

「戦場での呂布の力はこんなものじゃなかったのだ」

「……傷つけちゃ駄目だから」

「にゃ?」

 

月はこれ以上誰も死なせたくないと言った。

一刀は自分が大事にする人たちが傷つくのを絶対に許さない。

 

恋は、二人の願望に手を添えるには強すぎる。

強すぎて…二人の邪魔になってる。

 

「一刀が傷つけちゃ駄目って言った」

「お兄ちゃんが?鈴々が来たって判ってるのだ?」

「……一刀を助けて欲しい」

「にゃ?」

 

ただ強ければ、守りたいものを守れると思った。

だけど、強すぎればその守りたかったものまでも傷つけてしまう。

こうなるぐらいなら、恋はこんなに強くなければ良かった。

 

「…血、止めた方がいいのだ」

「?」

 

張飛が武器を下ろして近づいてきた。

そして首に巻いていた赤い布を解いて、傷を負った恋の肩に巻いた。

 

「今回のコレは無しなのだ。戦う気がなかった相手に一本取っても意味ないのだ」

「……」

「鈴々は正々堂々と呂布と戦ってみたいと思ってるのだ。この前戦った時は、恋ちょっと本気じゃなかったのだ」

「…」

「だからそんな自分が強すぎて寧ろ嫌になっちゃってるみたいな顔はやめて欲しいのだ。すごくムカつくのだ」

「……それってどんな顔?」

「今の呂布みたいな顔なのだ」

「……」

 

恋がどんな顔をしてるかは恋にはわからない。

でも…こんな顔をしても…それを見て喜ぶ人も誰もいないってことは判った。。

 

「董卓さま、今入られては危険……!」

「恋さん!」

 

月?

 

「恋さん、大変です。連合軍が攻めて来ます」

「……!」

「もう直ぐここにたどり着きます。今急いで逃げなければ駄目です」

「にゃっ!」

「…一刀はなんて?」

「時間を稼いでほしいと……でも数が減ったとは言っても向こうの数は数万です。いくら恋さんでもその数を足止めすることは……」

「……」

 

出来る。出来ない。

そういうものじゃない。

しなければ、

守らなければ、

 

「鈴々が手伝ってあげるのだ」

「…どうして?」

「だってお兄ちゃんがここに居るのだ。お姉ちゃんたちは……きっとなんとかしてるのだ。お姉ちゃん最近頼もしくなってるから鈴々も安心出来るのだ」

「……」

「後、鈴々のせいで呂布が袁紹みたいな馬鹿大将軍に捕まったりしたら、後味悪いのだ」

「…こんなの、傷のうちに入らない」

 

恋は張飛に巻いてもらった布に手を乗せながら言った。

 

「月、行ってくる」

「恋さん…」

「…一刀に安心してって伝えて」

 

守りたいのに傷つけてしまう。

でも、だからって守ることを諦めるわけには行かない。

だって、守りたいあなたはとても弱いから……。

 

「行く」

「鈴々に良い考えがあるのだ」

「…何?」

 

陣地の外へ向かいながら張飛が言った。

 

「鈴々、ちょっと本気出すのだ。だから呂布は全力で鈴々に掛かってくるのだ。鈴々と呂布と戦ってると、皆怖くて周りに近づいて来ないのだ」

「……いや」

「じゃあ、どうするのだ」

「…恋、ちょっとだけ本気だす。お前、全力で来る」

「むーっ、言うのだ。後で傷のせいで負けたとか言わせないのだ」

「……行く」

「おう!なのだ」

 

向こうから砂塵が見えてくる。

なんとしてでも守る。

 

 

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流琉SIDE

 

「血が止まりません。圧迫しても傷が長すぎて……」

 

私は凪さんの身体に巻いた布の上から背中を圧しながら兄様に言いました。

 

「……」

「兄様、このままだと煎り付けた方がいいかも知れません」

 

戦時に重傷を追った兵には過多出血で死ぬ前に早く止血するために焼きごてで傷を煎りつけたりします。

 

「…そんなことやっても無駄だ」

「じゃあ、どうするのですか」

 

私が聞くと、兄様は外の方を見ました。

董卓さんはまだ来ません。

暫くして兄様は杖を握って外へ向かいました。

 

「兄様?」

「布を退かせ。服も脱がせてから布を二重ぐらい巻き直せ」

「あ…」

 

天幕の外に出た兄様は天幕の横にあった焚き火を引っ倒しました。

中にあった火のついた薪と灰が地面に散らばりました。

そこから兄様は灰を集めて戻って来ました。

そしてその灰を服を脱がせた凪さんの背中に直接ふりかけました。

 

「灰には血の凝固を促す効果がある。多分、これでなんとかなるはずだ」

「……」

 

『多分』という兄様の声がすごく不安げに聞こえました。

聞く私も不安でしたが、いう兄様自身が不安がっているのでした。

 

自分の腕を斬られて、あの長い手術も難なく耐えた兄様が、人の怪我にはこうも動揺を隠せずに居ます。

それほど兄様にとって凪さんが大切だったのだと思います。

今まで誰の真名も呼んだことのない兄様が、初めて凪さんの真名を呼んだのは、つまり兄様にとって真名を呼んだ意味合いとはそういうものなのかもしれません。

 

「…俺に」

 

「?」

「言いたいことはあるか」

 

兄様は凪さんから目を放して私を見ながら言いました。

 

「……どんなの、ですか」

「なんでも…この際だ。言いたいことがあるなら言え」

 

そこまでいうのでしたら、あります。

 

「何で私は駄目で、凪さんは良かったのですか」

「……」

 

やはりそれを聞いてくるかと、兄様は一瞬視線を避けました。

 

「お前が子供ぶったからだ」

「っ……」

「凪は俺を正すためとあれば俺に手を出すことさえも躊躇しなかった。だけどお前は俺に連れて行ってとこねて、泣くばかり。そんなお前を引き受けたところで俺にとって『荷物』にばかりで何の役にも立たない」

「……」

 

やはり、私が子供じみたのが行けなかったのでしょうか。

あの時の私は、兄様に会えるという嬉しさのあまりに兄様が言った言葉の本当の意味を忘れていました。

あのまま兄様の側に居られたなら、私は嬉しかったかも知れません。

だけど兄様は……

 

「…いや、違う」

「え?」

「…今のは……違う」

 

兄様はそう言って凪さんの方へ視線を下げました。

 

「何でお前は駄目で凪は良かったのかと聞いたよな。実は凪の場合でも追い払うべきだった」

「はい?」

「ただ……あの時、お前が帰ってから……『手駒』が欲しかった」

「手駒……」

「凪じゃなくても…万が一お前が再び来たとしても、あの時だったらお前を受け入れただろう」

「それは…」

 

そんなのだったら……それは凪さんにとって酷い話じゃないですか。

 

「俺が優しくないというのは、前々から知っているつもりだろ」

「どうしていつも自分のことを冷血漢みたいに言おうとするんですか」

「それが俺だからだ」

「違うじゃないですか。もし本当にそうであるなら、どうして凪さんが斬られたのを見て何も出来ずに私に助けてなんて言ったのですか」

「……」

「本当は優しい人じゃないですか。兄様は…いつも誰かのために何かをやって、何かを言ってくれる、優しい人じゃないですか。なのにどうして…」

 

私たちにそう受け入れさせてくれないんですか。

 

「…俺は一人で何かをするのが良い。一人だったら、俺が間違った時に俺一人で背負ったら良い。傷を負っても俺が負って、罵倒を受けても俺が受ける」

 

思い返すと、兄様は側に誰が居ようともいつも一人で何かをしていました。

一人で策略を考え、一人でそれを成し、何かが間違ってもそれを一人で背負う。

そうやって腕に傷を負ったり、敵に捕まって行かれたり……。

 

「だが俺が間違ってる時、今のように誰かがそれを正そうと俺の周りでうろちょろしていると、須らく俺に来るべきの刃がそいつに落ちる。それを見た時俺がどれほど惨めになるか、お前も自分の目で見ただろ」

 

今になってやっと分かります。

 

今目の前にいるこの人が、

こんなにも弱かったことを……

 

「臆病なんですね。兄様は」

「……」

 

周りの人が傷つくのが見たくなくて、周りに誰も居させようとしなかった兄様。

そんな兄様を見ていられなくて自分の身を賭してまで兄様を守ろうとした凪さん。

でもそんな凪さんのせいで、結果的に兄様はまた経験したくなかった思いをしました。

 

「…凪を初めて見た時から判っていた」

「え?」

「こんなにたくさんの傷を負っている少女。年に相応しくなく逞しかった。誰かのために自分を犠牲にすることに慣れていた」

 

凪さんの身体を覆っている数えきれない傷の跡。

その一つ一つが、大切な友や家族たちを守るためにできたもの。

そして、また兄様のために一つ、その傷だらけの身体に傷を増やしました。

 

「初めて見た時から判っていた。彼女は必ず俺の期待を『裏切る』だろうって」

「……」

「流琉のように、凪も追い払うべきだった。思えばその時点でもう選択を誤っていた。いや、それを言うなら、そもそも彼女に会った時、そのまま通り過ぎるべきだった」

「……」

「興味が何だ…俺の興味を満たすために凪を俺の余興の犠牲にした」

「そんな風に言わないでください」

「……」

 

私は兄様の手を握りながら言いました。

少し手が震えていました。

 

「私、兄様に酷く叱られてから、今までずっと間抜けみたいに何も出来ずに居ました。今思うと戻って部屋に篭っていた私を殴り飛ばしてあげたいぐらいです。きっと凪さんも私と同じことを言うだろうと思います」

「…流琉」

「私たちは、兄様に出会ったこと。一緒に過ごせた時間。一度もそれを後悔したことはありません。幾ら悲しくても、兄様の人生に関わったことを後悔したことはありません。だから兄様も私たちに会ったことが間違いだったかのように言わないでください。そんな風に言われると……そんな風に言われると……

 

 

私、とても苦しくなっちゃいます」

 

「……すまない」

 

素直に謝ってくれる兄様のその姿は、今までの兄様の姿とはとても違っていました。

こんな兄様を一度だけ見たことがあります。

見たというより……聞いたことがあります。

傷ついた腕を治すために過ごした一晩。

 

その時一度だけ聞いた兄様の苦痛のあまりに上げた悲鳴。

 

ずっと隠してばかりだった兄様の一面。

気づくのが遅すぎたのでしょうか。

誰も気付いてくれないまま、今までどれだけその心の中で悩み、悶々と苦しみを耐えてきたのでしょうか。

 

奇人だとか、人並みを超えた才を持っているとか、そんなことどうでも良かったのに。

どうしてこんなに気づくのが遅かったのでしょう。

 

「ごめんなさい……」

 

ちょっと泣いてしまいそうになって、私は声を絞り出しました。

兄様が人に同情されるのが嫌いなのは判っています。

でも、これは同情なんかじゃないです。ただ、判ってあげられなかったことが悔しいだけです。

 

「俺は大丈夫だ」

 

兄様は握ってる私の手から手を抜けて凪さんの背中に置いた灰を片づけました。

効果があったのか、背中には血が凝ってきてもうこれ以上血が流れてくることはありません。

 

「凪の傷の処理が済むまで呂布奉先と、一緒に居る翼徳が時間を稼いでくれる。だが急がなければならない。」

 

大丈夫なはずがないのに、兄様はそう強気に見栄を張ります。

ううん、見栄を張っているわけではありません。

優しいんです。人が自分のために苦しむのが見たくない兄様は、そうやっていつも依然とした冷徹な奇人の姿を装っていたのです。

 

「縫うのは得意です」

「…頼む、手伝いたいが、今の俺がやってもうまく手伝えそうにない」

「兄様の分まで私が頑張ります。だから兄様はこれからのことを考えていてください」

 

身体の傷だけじゃなく、心の傷まで縫うことが私に出来れば……

 

・・・

 

・・

 

 

説明
強さ故に守りたい誰かを傷つけてしまう。
呂布と一刀の心の悩み。

今まで誰にもみせなかった一刀の醜態を見た流琉の兄様への解釈。

この二つをポイントに読んで頂ければ幸い。

その他にはダイジェストでちゃっちゃと行ってみよう。
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コメント
ようやく追いつけましたwこの外史も終局を迎えそうですね。続きを楽しみにしています^^鈴々と恋の一騎撃ちがとんでもないことになりそう…。(アーバックス)
馬鹿な奴だよね、ほんと…(たこきむち@ちぇりおの伝道師)
袁紹は四面楚歌でも全く気づけない…そして凪は助かるのか? 続き楽しみにしてます(ミドラ)
気が付いたらかなり更新されてた……無理やり戦われる者達が可哀そうですね。勝っても負けても後がないのだから……(山県阿波守景勝)
袁紹に使われる兵も可哀そうですね 自分達が逆賊になってる事も知らずに戦わせられるワケですから。あと鈴々が「この前戦った時は、恋ちょっと本気じゃなかったのだ」って真名言っちゃってますが(牛乳魔人)
諸侯はともかく袁紹はもうどうにもならないな・・・・・・(アルヤ)
鈴々良い子ですね〜(泣) さて、少し本気の恋VS鈴々はどう戦うのでしょうかね、袁紹も最早完全に堕ちましたか・・・。(本郷 刃)
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