銀の槍、意志を貫く
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「将志、準備は出来たかしら?」

「……ああ、いつでも出られる」

「そう、それじゃ、出発しましょう」

 

 月へ移住する当日、将志と永琳は荷物を最低限まとめて研究所を出て、月へ向かうスペースシャトルの発射台へと向かった。

 公共の交通機関が全て停止しているため、二人は歩いて移動することになる。

 永琳の研究所は町のはずれにあるため、発射台のある基地からはもっとも遠い。

 その結果、かなりの距離を歩くことになる。

 

「…………」

 

 途中の街を、将志は黒曜石の様な眼でじっと眺めながら歩く。

 普段大勢の人々で賑わう街には誰もおらず、その綺麗なまま打ち捨てられた様子には物悲しいものがあった。

 ゆっくりと辺りを見回しながら歩く将志に、永琳が声をかけた。

 

「どうかしたのかしら?」

「……あれほど賑わったこの街路も、随分淋しくなったものだな。死んだように静かだ」

 

 そう語る将志の口調は、どこか淋しげだった。

 将志にとってはまだ短い生涯ではあるが、生まれてからずっと過ごしてきた街なのだ。

 それが無くなると言うのはやはり悲しいものなのであろう。

 そんな将志に、永琳は頷く。

 

「……そうね。人がいなくなると言うことは、街が死ぬと言うことですもの。その表現は言い得て妙ね」

「……そうか……街も死ぬのか……では、槍である俺もいつかは死ぬ時が来るのだろうか?」

「かもしれないわね。けど、来たとしても当分先だと思うわよ? 第一、あなたに死んでもらっては困るわ」

 

 二人はそう話しながら街中を歩いていく。

 すると、目の前に一件の古びた背の低い建物が見えてきた。

 そこは、かつて将志が包丁を買いに来た金物屋だった。通りざまに将志が外から中を覗くと、中にはまだかなりの量の金物が残っていた。

 そして、将志がとある一区画を見た時、彼は小さく笑みを浮かべた。

 

「……くく、あの店主らしいな」

 

 将志が見たのは、包丁が並べてあった一角だった。他のものが随分残されているにもかかわらず、包丁だけは全てが持ち出されていたのだ。

 将志はそれを確認すると、どことなく安堵感を感じながら自分の背負った鞄を見やった。

 その中には、ひと際丁寧に梱包された、将志の愛用する『六花』と銘打たれた包丁が入っていた。

 

「将志?」

「……ああ、今行く」

 

 突如立ち止った将志に、永琳が声をかける。

 将志はそれに応えると、駆け足で永琳の所に戻っていった。

 

 しばらく歩くと、摩天楼群を抜けて住宅街に入っていく。

 そして、二人はその中に一件のログハウスを見つけた。将志はその前で立ち止まり、ログハウスを見上げた。

 そこは、将志がずっと修業をしていた喫茶店だった。

 

「……ここも、今日で見納めか……」

 

 そう話す将志は、やはりどこか淋しげだった。

 そんな将志を見て、永琳はふと何かを思いついたような表情を浮かべた。

 

「ねえ、将志。少し寄って行かないかしら?」

 

 将志は突然の永琳の提案に首をかしげる。

 

「……主?」

「ほら、私達が乗るシャトルは最終便だし、今から行っても少し早すぎるのよ。だから、少し休憩したいと思うのだけど?」

 

 そう言って微笑む永琳を見て、将志は頷いた。

 

「……了解した。少し待っていてくれ」

 

 将志はそう言うと、鞄の中から鍵を取り出した。それは鞄の中に入りっぱなしになっていた、この店の鍵だった。

 将志は鍵を開けて中に入ると、思い出をかみしめる様にカウンターの中に入っていく。

 店の中の物は殆どが運び出された後であったが、その中の一角にぽつんとコーヒーセットとティーセットが一組ずつ置いてあった。

 将志はそれを確認すると、怪訝な表情でそれに近づく。

 すると、そこには一枚の置手紙が置いてあった。

 将志はそれに目を通した。

 

『将くんへ

 将くんのことだから、きっと月に行く前にこの店に来ると思って、この手紙を残します。

 月に来る前に、この思い出の詰まった店でコーヒーでも紅茶でも好きに楽しんでください。

 私は先に行って、将くんのことを待っています。

 月でまた一緒に喫茶店を盛り上げていきましょう!

                             マスターより』

 

 

「……マスター」

 

 将志は手紙を大事そうに懐にしまうと、永琳に声をかけた。

 

「……主、何か飲みたいものはあるか?」

「あら、今何か用意できるのかしら?」

「……紅茶でもコーヒーでもどちらでもな」

「そうね……それじゃ、コーヒーをもらおうかしら?」

「……了解した」

 

 永琳のオーダーを聞いて、将志はガスの元栓を開きお湯を沸かし始めると同時に、ミルでコーヒー豆を挽き始めた。

 将志はこの店で淹れられる最後のコーヒーを淹れるために、手際よく作業を進める。

 

「……出来たぞ」

 

 将志はカップにコーヒーを注ぐと、ソーサーに乗せ、カウンター席に座る永琳に出した。

 コーヒーは香り高く湯気を立て、将志の修業の成果が如実に現れている。

 永琳はそれを受け取ると、しばらく香りを楽しんだ後、口に含んだ。

 すると、口の中にさわやかな風味が漂うと同時に、深みのあるまろやかな苦みが広がった。

 

「ふふふ、流石ね。インスタント何かとは比べものにならないわ」

「……喜んでもらえて何よりだ」

 

 笑みをこぼした永琳に将志は満足げに頷き、自分の分のコーヒーを飲む。

 その味は、自分が修業を積んだ場所に対する敬意と感謝の籠った、温かみのある味だった。

 

 

 

 喫茶店を出て、二人は再び基地に向かう。

 基地の周囲では、妖怪の襲撃に備えて数多くの兵士達が待機していた。

 

「八意博士、お待ちしておりました。失礼ですが、乗船許可証の提示をお願いいたします」

「ええ、これで良いかしら?」

 

 永琳が入口に居る物々しい対妖怪用の銃を持った兵士に乗船許可証を見せると、兵士はそれを確認した。

 

「八意 永琳 様、槍ヶ岳 将志 様、確かに確認しました。それでは中にお入りください」

 

 そう言うと兵士は道を開け、二人は中へ入っていく。

 基地の中では、そこでは月へ向かうスペースシャトルがずらりと並んでいて、人々が乗り込んでいく。

 永琳が乗りこむのは兵士や技術者たちのために用意されたものであった。

 この計画の最高責任者である永琳は、不具合が起きた時などに備えて最後まで待機することになり、将志はそれに付き合う形になる。

 

「状況はどうかしら?」

「現状全く問題はありません。先発の船からのシグナルも異常は無く、全てが順調に行っております」

「そう。少しでも異常を見つけたらすぐに私に言いなさい」

「分かりました」

 

 この移住の指揮を取っている本部に着くと、永琳は早速中にいる技術者と話をする。

 その間、将志は技術者たちの邪魔にならないように本部の外で待機をする。

 そして、いくつかのシャトルが月へと旅立った時、兵士の一人が血相を変えて本部に飛び込んできた。

 

「大変です! 妖怪たちが今までにない大群でこちらに向かってきています!」

 

 その一報を受けて、本部は一気に騒然となった。

 

「落ち着きなさい! まだ妖怪たちが来るまで時間はあるわ! 全員緊急の会議を行うから、ただちに集合しなさい!」

 

 慌てだす技術者達を永琳はその一言で落ち着かせ、技術者と軍の上官を呼び集めた。

 役員全員が集まると、永琳を議長として緊急の会議が始まった。

 会議の内容は妖怪達の軍団の規模と進行状況、交戦までの時間、現存勢力での相手の撃退の可否など、様々なことが議題に上がった。

 その結果、交戦までの猶予はほぼなく、更に現在地上に残った軍の現存勢力での撃退は不可能であるなど、ネガティブな要素が多数確認された。

 そして会議の結果、シャトルの発射時間の繰り上げが決定し、全員に通達された。

 

「将志」

 

 会議が終わると、永琳は即座に将志の所へ向かった。

 シャトルの搭乗予定時刻よりはるかに早い主の登場に、将志は首をかしげた。

 

「……主? どうかしたのか?」

「シャトルの発射時間が繰り上がったわ。もうすぐ発射するから急いで乗りなさい」

「……了解した」

 

 永琳の言葉に頷き、将志は自分が乗る予定のシャトルに乗り込む。

 永琳もシャトルに乗り込むと通信室に入り、月の先遣隊との通信を始めた。

 

「月管制塔! 当方は妖怪達の攻撃を受けているわ! 今から残りの全機が発射するから急いで準備しなさい! ……無茶でも何でも良いから、死ぬ気でやりなさい! アウト!」

 

 永琳はそう言うと、通信を一方的に切断した。

 ちょうどその時、外から新たな報告が飛び込んだ。

 

「緊急連絡! 妖怪達が基地内への侵入を始めました! 物凄い勢いでこちらに侵攻しています!」

「何ですって!?」

 

 その報告に永琳は眉をしかめた。

 妖怪達の侵攻速度が算出されたものよりもはるかに速かったのだ。

 永琳は俯き、唇を強く噛んだ。切れた唇からは血が流れ、その白い肌に赤く線を引いた。

 そして、永琳は苦渋の決断を下した。

 

「……軍部に通達! 発射までシャトルを防衛しなさい! 生き残れば絶対に救援を寄越すわ!」

 

 その通達を受けて、軍の兵士達が次々とシャトルから飛び出し、シャトルを守るべく妖怪達との戦闘を開始した。

 兵士たちは理解していた。この戦場が自分達の死に場所になると。

 

「総員、何が何でも、燃え尽きるまでシャトルを守り通せ!!」

 

 兵士たちは仲間を守るため、自らの命を捨てて奮戦する。

 

「お前達、何としてでも人間共が月に行くのを阻止しろ!」

 

 一方の妖怪達も、何か譲れないものがあるらしく、捨て身の攻撃を仕掛けてくる。

 一人、また一人と人間もしくは妖怪が倒れていく。

 戦況はしばらくの間膠着状態に陥っていたが、物量に優る妖怪達が段々と押し始める。

 

「準備完了しました、発射します!」

 

 そんな中、一機、また一機とスペースシャトルは月に向かって飛び立っていく。

 そして、残るは永琳たちが乗ったものただ一機となった。

 

「ほ、報告します! 一,四,七中隊、全滅しました! 我が隊もほぼ壊滅、うわあああああああああ!!!」

 

 通信機からは、防衛部隊からの戦況報告が届く。

 そしてそのほとんどが、隊員の全滅を知らせるものだった。

 永琳はそれを悲痛な面持ちで聞き届ける。

 

「管制塔! 発射許可はまだ出ないの!?」

「こちら月管制塔、許可が下りました! 準備が整い次第発射してください!」

「了解!! 機長、ただちに発射を……」

 

 永琳は窓の外を見て凍りついた。何故なら、窓の外にこちらに迫ってくる妖怪の大群が見えたからだ。

 その前には防衛部隊はすでに存在していなかった。

 

 ――――間に合わない。

 

 永琳は奥歯を噛みしめ、来るべき衝撃に身構えた。

 

 

 

 ……しかし、いつまで経っても衝撃は来なかった。

 永琳が不思議に思って窓の外を見ると、妖怪達の大群を銀が切り裂いていくのが見えた。

 

「ま、まさか!」

 

 永琳は窓に駆け寄り、外を注視した。

 そこには、妖怪の大群を相手にたった一人、槍一本で立ち向かう銀髪の青年の姿があった。

 

「将志!」

 

 永琳は青年の名を叫んではめ殺しになっている窓を必死に叩く。

 すると将志はそれに気が付き、永琳の方を向いた。

 そして、今までにない形相で永琳に何か言葉を発した。それは明らかにこう言っていた。

 

 主! 何をやっている、早く行け! ……と

 

 永琳はそれを見た瞬間、思わず息を飲んだ。

 それと同時に将志を助ける方法を考えるが、出てこない。

 永琳は視界が真っ暗になり倒れそうになるが、何とか踏みとどまった。

 そして、

 

「……っ……機長! 準備が整い次第発射しなさい! この戦場で散っていった者のためにも絶対に月に行くわよ!」

 

 永琳は血が出るほどに拳を握りしめ、泣き叫ぶようにそう言った。

 ……その言葉は、天才ゆえに周囲から敬遠されてきた自分を主と呼ぶ、初めての親友との別れを意味していた。

 

 

 

 

 一方、シャトルの外では、将志が妖怪達を相手に手にした銀の槍で戦っていた。

 そんな彼の胸中には、主を守るという、執念にも似た強い使命感が渦巻いていた。

 その思いに応えるように、銀の槍は主に害を為す妖怪達を薙ぎ払っていく。

 

「……はあっ!」

 

 将志が槍を一振りすれば、近くにいた妖怪がまとめて倒れる。一突きすれば、前にいた妖怪がまとめて串刺しになる。

 その戦いぶりは、まさに獅子奮迅と言っても過言では無かった。

 

「くっ……人間共の中にこれほどの者がいたとは……」 

 

 大将格であろう妖怪が将志の戦いぶりを見て、思わずそうこぼした。妖怪の大将は将志を見やると、妖怪達に指示を出した。

 

「者ども、あの男は無視して背後の宇宙船を破壊せよ!」

 

 大将の指示に従って、妖怪達は一斉にシャトルに向かっていく。

 

「……船には誰一人として手を触れさせん!」

 

 将志はその妖怪の中を眼にもとまらぬ速さで駆け抜ける。銀の軌跡が通り過ぎた所にいた妖怪は、体から血を流しながら一斉に崩れ落ちた。

 その人間としてはあまりに異常な様子を見て、妖怪の大将は将志を睨みつけた。

 

「……貴様、妖怪だな?」

「……それがどうした」

「妖怪の身でありながら、何故人間に味方する?」

 

 妖怪の大将の言葉を聞いて将志は小さくため息をついた。

 

「……何かと思えばそんなくだらない話か」

「何だと?」

 

 心底くだらないと言った表情で放たれた将志の言葉に、妖怪の大将は眉を吊り上げる。

 それに対し、将志は妖怪の大将を睨みつけ、槍の先端を大将に突き付けた。 

 

「……妖怪であろうが人間であろうが関係ない。俺はこの身に代えても主に忠を尽くし、主を守る。……誰に何と言われようと、俺はこの意志を貫く!」

 

 そう言う将志の黒曜石の様な黒い瞳には、その言葉を裏付けるかのように強烈な意志が宿っていた。

 直後、その背後から轟音が鳴り響き、強烈な突風が吹き始めた。

 スペースシャトルが発進し、月に向かってどんどん高度を上げ始めた。

 

「くっ、者ども、追え!」

 

 大将の一言によって妖怪達は飛び立つシャトルに向かって飛び付き始める。

 その様子は、横から見ると塔の様に空へ向かって伸びていた。

 

「……その船に、主に触るなぁ!」

 

 将志はそのシャトルを追って塔を作りだす妖怪を蹴散らしながら、神速とも言える速度で駆け昇っていく。

 それは、一本の銀の槍が天を貫かんばかりに伸びていくように見えた。

 

「おおおおおお!!」

「ぐええええええ!!!」

 

 そして将志はその塔の最上部にいた妖怪を貫き、その勢いのまま空に飛び出した。

 いつしか将志は永琳の乗るスペースシャトルを追い抜いていた。

 後ろから追いかけてくる妖怪はもういない。将志は慣性に身を任せ、空を漂う。

 その空中で止まった将志を、スペースシャトルはゆっくりと追い抜いていく。

 将志がすれ違うスペースシャトルを見ると、ちょうど窓から中を除くことができた。

 

「……!!」

 

 その窓には悲しみを抑えきれず、涙を流して窓を叩きながらこちらを見ている永琳の姿が映っていた。

 彼女は窓にすがりつき、必死に将志に呼びかけている。

 

「……主……」

 

 将志は、そんな永琳に笑いかけた。自らの主を守り切ったことによる達成感と安堵感から生まれた笑みだった。

 それと同時に離れ離れになる主を不安にさせないようにと言う、将志の心遣いも入っていた。

 

「…………」

 

 それを見て、永琳は呆けた表情を浮かべて泣くのをやめた。

 そしてスペースシャトルは完全に将志を抜き去り、宇宙に向かって飛び出していった。

 

「…………」

 

 将志はそのスペースシャトルの姿を眼に焼きつけるように、見えなくなるまでじっと眺める。

 しばらくすると、シャトルは完全に見えなくなった。

 その瞬間、将志の心の中から何かがごっそりと消えてなくなったような感覚を覚えた。

 

「……ぐあっ!?」

 

 その直後、将志は相手の妖怪の攻撃を受け、地上に落下する。

 将志の体は銀色の光の粒となって星屑のように消え、地上には刃の根元に蔦に巻かれた黒曜石が埋め込まれた銀の槍が落ちてきた。

 

「ぐあああああああああ!?」

 

 その槍は、まるで意思を持っているかのように妖怪の大将を貫いた。

 銀の槍に貫かれた妖怪の大将は、音もなく砂の様に消え去っていく。

 それに呼応するかのように、戦う相手のいなくなった妖怪達も次々とその場から去っていった。

 

 

 

 ……そして、誰も居なくなったその場には、一本の銀の槍だけが残された。

 

 

 

 * * * * * 

 

 あとがき

 

 という訳で、将志と永琳は離れ離れになりました。

 実質、ここまでが第一部のお話になります。

 

説明
穢れのない世界を目指して、人間達は月へと飛び立っていく。そんな彼らを、糧にしている妖怪達がみすみす見逃すはずがなかった。
そして、銀の槍は一つの決断をした。
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コメント
クラスター・ジャドウさん:この時の文明の多くは、人妖大戦の戦火によってほとんどが失われてしまいました。その結果、後世まで残る品物は少なすぎて発見できないのでしょうね。(F1チェイサー)
…槍妖怪、忠義の為に死すの巻。こうして旧文明は滅び去り、歴史からも葬られる事になった訳ですが、これだけの技術を誇っていたのに、痕跡すら残らなかったのでしょうかね?何がしかの拍子に、オーパーツが発掘されても良さそうですが?(クラスター・ジャドウ)
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