ほむら「捨てゲーするわ」第二話
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「ほんとに放課後になっちゃったよ…」

 まどかの呟きが聞こえる。本当ならこのまま朝チュンまで持ち込めるくらいにはまだ寝れそうだけど、保健室に差し込む夕日のまぶしさに、私はうっすらと目を開く。

 そこには困惑と同時に諦めも宿した表情のまどかが居た。

「うーん、近年類稀に見る快眠が出来たと思ったら、まどかがずっと側に居てくれたのね…ありがとうまどか…」

 ほろり、とまどかの優しさに嬉し涙が浮かんできたのだけど、まどかは深いため息をついた。ああ、憂いがあるまどかもいいわね…。

「ほむらちゃんが離してくれなかったからね…お昼は食べさせてくれたけど、私、今日の授業全部さぼる事になっちゃったよ…」

 私の事情ばかりに付き合わせるのも良くないし、何よりまどかのお父さんが作った…否、お義父さんが作ったお弁当を無駄にするわけにはいかない。なので昼休憩にはまどかにはきちんと食事をしてもらった。その後はもちろんお腹いっぱいなので、とても良く寝れたわ。

「大丈夫よ、まどか…あなたの出席状態は校内のパソコンにハッキングをかけて、しっかりと書き換えておくから」

「ほむらちゃん、それ、犯罪だよね!? わざわざ気を遣ってくれなくてもいいから!」

「気にしないでまどか。私の出席簿を書き換えるついでだから、あなたが気に病む事はないわ」

「すっごく気になるよそれ! それにノートも…」

「安心して、まどか。私のノートは一か月先までの授業が網羅されているから、そのコピーをあなたの鞄に入れておいたわ。是非使ってちょうだい」

「いつの間に!? そもそもなんで一か月先まで書けてるの!? ツッコミが追い付かないよ!」

 私のアフターサービスはもちろん万全、まどかを独占できるように最善を予め想定して動いている。こんなのは私と仲良くしてもらう為の朝飯前の作業に過ぎない。

 ああ、魔女退治に魔力を使わなくていいのって、素晴らしい。だってこんなにも、まどかの為に力を奮えるのだから。

…もちろん「それだけグリーフシードがあれば別にいいんじゃね?」と思うかもしれないが、それは野暮だ。

「まどか、あなたには信じてもらないかもしれないけど、私は魔法少女なの。だから、あなたの為にこれくらいしてあげられるのは当然だから」

「ま、魔法少女? それって、朝にも言ってたの?」

「ええ…そうね。せっかくだし、歩きながら話しましょうか。どこか行きたいところはあるの?」

「え、えっと…さやかちゃんも帰っちゃったみたいだし、私、何だか疲れたから今日は帰ろうかなって」

「ほむぅ…それなら仕方ないわね。喫茶店や雑貨屋はまた今度行きましょうか」

「う、うん…(次もあるんだ…)」

 ちなみに美樹さやかはちゃんとまどかを迎えに保健室まで来たのだが、気配を察知した私が時間停止を駆使してこっそりと、穏便に追い返しておいた。

 穏便に追い返すついでにちょっとストレス解消も手伝ってもらったけど、まあそれは証拠隠滅もしたし、割愛しましょう。

 随分と昼寝をしてすっかり体も足取りも軽くなった私は、ちょっとだけ足取りが重そうなまどかの手を引いてルンルン気分で帰路についた。

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「…まあそんなわけね。魔法少女にならないともれなく幸せになれるから、絶対魔法少女にはならないようにね」

「…えっとぉ、白豚?と契約すると魔法少女になって何でも一個願いを叶えてもらえるけど、でも魔女と戦い続けてグリーフシードを探さないといけないし、グリーフシードが不足してソウルジェムが真っ黒になると私たちが魔女になっちゃう…って事?」

「さすがまどか、ザッツライトよ」

 帰り道、朝の魔法少女関連はあまりにも早口説明だったせいか、まどかには分からない部分も多々あったらしい。そこでもう今回は「いっそ全部言っちゃおう」と思って教えてあげた。都度の説明が面倒くさいとも言うけど。

「いきなりで信じれないと思うかもしれないけど、事実よ。証明するのはちょっと難しいけど…とにかく、あなたは魔法少女になってはダメ」

「うーん、確かにいきなり教えてもらって信じる、って言うのも説得力が無いよね…でも私、なんていうか…ほむらちゃんが嘘を言っているようにも思えないの」

「まどか…ぐすっ、そう言ってくれるのはあなただけよ。こんな事をいきなり話しても、変人扱いでおしまいだもの…」

「ほむらちゃん…(でもそれは自業自得じゃ…)」

 いつもどんな場合でも私に味方しようとしてくれた事が多いまどかだけど、今回のまどかは特に好意的というか、その優しさが身に染みる。

 ああ、やっぱり私はまどかが好きなんだな…だからこそ、繰り返して疲れ切ってしまって、それで一休みしたと言えど諦める気にはなれない。

「待っててね、まどか…私、一休みしたら必ず自分で歩くから…」

「? 一休み? 私がどうかしたの?」

「あ、ああ、言葉に出てたのね…大丈夫よ、気にしなくていいわ」

「うん…? あ、それと、どうして魔女にする為に白豚(仮称)は契約をして回っているの? 目的が無いってわけでも無さそうだし…」

「いい質問ね。簡単に言えば白豚野郎は私たちが調子こいて希望を抱いていたら『残念、これが現実っ…!』みたいな感じで絶望させて、その時の感情の動きがものすごいエネルギーを生むらしいわ」

「私たちの絶望が…?」

「ええ。それで白豚は『宇宙のエネルギーが減ってく一方でやべぇから多少の説明は省いて女の子家畜にするわwww』という感じで騙して契約して、私たちを宇宙の為に生贄にするのよ」

「か、家畜って…ほむらちゃんの言う事が全部理解できているか自信無いけど、そんなの聞くとなろうって気にはならないよ…」

 この周回のまどかはやけに聞き分けが良いというか、私を信じてくれている気がするわね…例え言葉だけでも、そう言ってもらえると嬉しい。

…まあそもそも、この周回は私の満足の為に連れ回す予定だから、契約の魔の手が伸びにくいとは思うけど。

「それでいいのよ、まどか。私はもう後戻りが出来ないからどうしようも無いけど、まどかには幸せな生活があるもの。白豚にわざわざ不幸にされてまで願いを叶えてもらう必要なんて…」

「…願いかぁ…」

「えっ、ちょ、まどかさん?」

 願いという言葉をいかにも意味ありげに、憂いを帯びた表情でつぶやくまどかに思わず私は敬語になる。憂い顔のまどかもなかなか…いや、そうじゃない。時間停止を使ってその顔を激写した後、私は疑問を払拭する為に話しかけた。

「まどか、どんな願いでもとは言ったけど、それで負うデメリットも説明したわよね?」

「あ、ううん…契約をするつもりは無いよ。無い、けど…」

(やばい…やっぱり全部話したのは間違いだったかしら…)

 まどかの予想外の反応に私は心底ビビッている。最悪まどかが契約したら『魔法少女になったまどかと一緒にニチアサヒロインタイムごっこ』をするプランもあるのだけど、やっぱり出来れば普通のまどかとイチャイチャ…もとい遊んだりしたい。それにニチアサごっこをするには、白豚野郎がマスコットというのはいただけないわね…。

「ただね、やっぱりどんな願いでもって聞くと…私みたいに何の取り柄も無いと、迷っちゃうなって」

「そんな事無い!」

 私の様子を見るように遠慮がちに言うまどかを、全力で抱きしめる。オーバーな行動かもしれないけど、今までの時間軸で出来なかった分の反動が出ているのか、私の体は本能のままに動く。

…不謹慎なのは分かっているけど、まどかに抱き付くのは好きだ。今だってそんな下心だけじゃないのだけど、次に出来る機会はいつになるか分からない。

 私の頭はそれを理解しているのか、強く訴えつつも頭は冷静、まどかの感触をしっかりと記憶しようとしていた。

「まどか、あなたは『誰かに必要とされたい、必要とされる自分でありたい』と思っていないかしら?」

「!…どうして、それを?」

「メンタリズムよ」

「えー…」

「…いえ、優しいあなただからそう思っていると考えたのよ」

 冗談に心底微妙な声を出されたので、すぐに訂正した。

「まどか、あなたはね…こんなにも私に必要とされているの。あなたが存在しているだけで、救われている命もあるの」

「い、命って…大げさだよ、ほむらちゃん」

「そうね、あなたにとって私は転校してきたばかりで、意味不明な言動を繰り返した挙句に保健室につき合わされ、さらに帰り道で抱き付いてくる変質者一歩手前の人間よね…」

「ほむらちゃん…(自覚あったんだ…)」

 自分でそう言いながらも手を離せないのは、まだ私が『一人で歩けない』からだ。

 今の私は、杏子にゆまちゃんに…そして何より、まどかに寄りかかって好き勝手して、ようやく歩けている。

 だから私は簡単には離せなかった。毒電波と言われてもいい。

「でもね、私にとってのあなたは本当にとても大切な人なの。それだけは分かって欲しい。少しの間でもいいから、気味悪がらずに付き合って欲しい。それが、今の私の願い…」

 そう言って私はそっと体を離した。まどかはどんな顔をしているだろう?と期待半分不安半分で顔を合わせる。

「…ごめんね、まだほむらちゃんの言ってる事、よく分からないけど…でも、私と仲良くしたいっていう気持ちは伝わってきたよ。それに、ほむらちゃんを気味悪がるなんて、そんな事ないよ絶対…多分…?」

「まどかぁ…」

 何だか語尾の方が不安だったけど、まどかは少しだけ引きつりながらも笑顔を浮かべていてくれていた。

―この笑顔だけでご飯三杯はいける…。

 私はこの場面が台無しになるような事を考えていた。

「あ、私こっちなんだけど、ほむらちゃんは?」

「ちょうど逆方向よ」

「そうなの? ごめんね、付き合せちゃって…」

「ノープロブレムよ、まどか。私は特に用事も……あったわ」

 用事、と自分で口にして、今日という日が何の日かを思い出す。

(今日はまどかが未知…なんて可愛らしい物じゃないのに出会う日…)

 私の今日のやるべき事は決まった。

「もしかして、魔女退治?」

「いえ、それはお休みしてるから、ちょっとした野暮用ね」

「えっ、魔女退治ってお休みしてもいいの?」

「この街にはもう魔法少女が居るから大丈夫よ…牛が」

「う、う、牛…!?」

 戸惑うまどかに背を向けて私は走り出す。

 そう、魔女なんて知った事では無い。私の力はまどかだけの為に奮われるのだ…少なくとも、この周回では。

「ほ、ほむらちゃん、牛って」

「読んで字の如く、よ。まどか、今日はありがとう。また明日!」

「いや、ちょっと…牛ってなんなのほむらちゃ―」

 善は急げ、と言わんばかりにまどかに背を向けて走り出す。夕日が照らす道、背を向けて走り去る私の後ろ姿に見惚れていると信じて。

 見ててね、まどか…今度こそ、あなたを幸せにしてみせる!

 

「魔法少女…牛…わけがわからないよ…」

 まどかは唖然と、ほむらが走り去った道を見つめていた。

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「ふう、参ったな…美樹なんとかじゃノルマクリアなんて夢のまた夢さ。上司にまた怒られるじゃないか」

 夜の静かな住宅街、キュゥべえは独り言をつぶやきながら歩く。

「大体、なんとかさやかじゃなくて僕が用があったのは鹿目まどかなのに…よりにもよってさやなんとかだけなんて聞いてないよ!」

 本来、CDショップに一緒に居るはずだったのに、いざ一芝居うったら来たのは、そのオマケだけだ。感情が無いとはいえ、愚痴も言いたくもなるのだろう。

「まあいいや。それならまどかの家に行って直接交渉するだけさ。今なら夜も遅くて眠気で正常な判断もしにくいだろうし…おっと、あくまでも合意の上で話を進めないとね」

 恐らくとある少女が聞いていれば激昂するかのような内容を、誰も居ないと思ってキュゥべえは垂れ流す。

 そう、確かに誰も彼の話を聞いていない。

 正確には、聞く必要も無い。

「きゅぶれ!」

 とことこ歩くキュゥべえは突然頭を破裂させ、首なしになった体だけが力なく横たわる。特殊な体なのか、血液の類は飛び散らない。

「…な、なんだいきなり…誰かに攻撃されたのか? でも、周囲に魔力の反応なんて…まあ代わりはいくらでもいるんだけどさ」モシャモシャ

 そして替えの体が到着する。記憶自体は共有しているので、特に支障はない。ただ、弾けた体をそのままにしておくわけにはいかないので、咀嚼するような形で回収する。

「きゅっぷい…全く、どんな逆恨みか知らないけど、僕を恨むのはおかどちがぶしっ!」

 回収後、独特のげっぷをして歩き出そうとした瞬間、再びキュゥべえの頭が爆ぜる。同じく首なしの体が以下略。

「…な、なかなか相手もしつこいね…それに衝撃が別の方向からだったし、なかなか巧妙な仕返しと見るべきか…」クチャクチャ

 新しい体も同じように回収しながら、冷静に分析する。無駄とは言ったものの、体が全くのローコストで作られているわけでもない。だからこそこうして少しでも回収し、再利用の手立てが必要だ。

 しかし、完全な回収というわけでは無い。爆ぜた体は数パーセントといえど、確実に消耗している。

「きゅっぷい…こんなに強い恨みなんて買ったのだろうか…でも僕に地球人の感情なんて理かいぶばっ!」

 キュゥべえの頭が以下略。首なしが以下略。

「な、なんなんだ一体…!」ガツガツ

 再び違う方向からのダメージに、同じ事を繰り返していた―。

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 時間はわずかに巻き戻る。

 

 住宅街を一望できる程度の建物の頂上に、自分の背丈に近いようなスナイパーライフルを、私は狙撃体勢で構えた。望遠レンズは超精密射撃用に加えて、魔力による強化で空き缶ですらレンズ一杯に捉えられる。

「かわしたやっくそくっ、わすれないっよ♪」

 鼻歌交じりで私は獲物を探す。するとのんきな事に、住宅街の道路のど真ん中を歩く、邪悪極まりない白豚宇宙人を見つけた。

「目標をセンターに捉えて…狙い撃つ! と見せかけて!」

 かちん、と時間を停止。止めなくても外さない自信はあったけど、さらに精密に狙いを定めて、トリガーを引く。

 発砲音と衝撃が私の体に伝わるけど、銃弾は銃口から放たれた直後の位置で止まる。

 私はすかさず別のビルの上に飛び移る。もちろんあの白豚はまた復活してくるので、同じ場所を別の位置から狙える場所に移動した。

 かちん、と再び動く時間。弾丸は狙い定めた場所に見事着弾、白豚の頭は強烈な貫通力がある銃弾によって爆ぜた。

「グゥレイトぉ!…あ、次が来たわね。めをっ、とじっ、たしかる〜♪」

 白豚の回収が終わるまでしばしの間音楽を口ずさむ。ちょうと食べ終えたところで同じ動作。撃つべし撃つべし!

 位置を特定されない為に別の建物へ。

さて、今夜は何体狩れるのかしらね?

いつもなら時間の無駄と諦めていた根競べが、今の私にとってはストレス解消としては非常に最適だった―。

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「あべしっ!」

 何体目か分からない体が破壊され、キュゥべえは感情の無いはずの思考に不思議な焦燥感を覚えていた。

「な、なんなんだ今日は…無駄だと分かっているはずなのに、何度でも撃たれる…そして全く進めない…」モグモグ

 キュゥべえが回収を終えて歩み出す前にはすでに頭は爆ぜ、結果として同じ位置でボディを何度も失っている。それなら回収をしなければと思うかもしれないが

「ボディの遺棄は厳罰が下る…でも回収すればまた殺されて回収…ど、どうすればいいんだ…きゅっぷい…おぷばっ!」

 キュゥべえの体は、死亡してしまうとステルス機能が解除されてしまい、一般人の目に付く可能性が激増してしまう。そしてそれが万が一解析でもされてしまえば…という事で、回収は義務付けられている。

 そしてまた一体、回収が必要となってしまった。

「まずい、まずいぞ…一日でこうも何体も失えば、代わりがあると言っても損耗のせいで回収した分のエネルギーは無駄になるじゃないか…それに深夜になっても続けるなんてとんでもない執念だ…無理やり起こして契約するのはルール違反だし、止むを得ない!」

 すると今まで律儀に撃たれていたキュゥべえの動きに変化が見られた。

 

 §

 

「♪もうな〜にがあっても〜…って、あら」

 超倍率ズームでキュゥべえの狙撃と観察を続けていたら、変化が見えた。時刻は深夜、そろそろゆまちゃんも杏子も寝ているだろうかしら。

「…袋? それに…あら?」

 何を思ったか、白豚は自分の死体を透明な袋に入れ、それを咥えてそそくさと逆方向に向かっていく。まどかの家との距離は空く一方だ。

「…もしかして諦めたのかしら? でもあいつの事だし…」

 念のため、と時間停止と移動を繰り返し、キュゥべえの動きを追っていく。ちょうど人気も無くろくな舗装もされていない町はずれの一区画まで来たところで、私は今日の野暮用の終了を確信した。

「あ、でもせっかくだし」

 時間を停止したまま、キュゥべえの目の前まで移動する。ビニール袋を咥えて移動している姿はちょっとだけ可愛い…はずがないわね。中身もアレだし。

「ここら辺だと…これくらいの威力かしら?」

 私は盾の中に収納している爆弾の中から、周辺一帯に被害を与えない程度の物を選んで取り出す。騒音は仕方ないけど…それでも周囲に配慮する私はなんて良い子なんだろう。今度まどかになでなでしてもらいたい。

 スイッチを押し、キュゥべえの目の前に設置。周辺環境に被害が出ないとはいえ、間近で爆発すれば、この生物の強度なら木端微塵だ。

「回収の手間を省いてあげるわ…あなたとのよしみでね」

 最後に聞こえるはずもない捨て台詞だけを残して、私はしっかり離れて時間停止を解除した。

 どがん、とそれなりの音と振動が後ろから聞こえ「わけがわからないよ!」という声も聞こえたかもしれないけど、気のせいよね。

 振り返らず走り抜ける私の胸の中は達成感で満ちていた。

「まどか、私が守ってあげるから…だから安心してね…!」

 堪えきれない笑いを浮かべながら、私は転校初日の役目を終えた。

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「昨日ね、町外れで爆発があったんだって…何があったんだろう…」

 一応規模は小さ目の爆弾だったけど、やはり深夜の爆発音はなかなか響き渡っていたみたいね。

「まあ、それはこわいわねー」

 まどかの家の前で待ち伏せ…もとい、一緒に登校しようと待っていたら、彼女は出てきた。出てくる時に「ひっ!」って言ってたけど、ちょっと驚かせすぎたかしら…それか喜びのあまり声に出てしまった? 相変わらず可愛いわね。まどかわいい。

「ほむらちゃん、すっごい棒読みだね…怖くないの?」

「だってあれより強い爆弾なんていくらでも…いや!」

「え」

「怖い、怖いわまどか! 誰かというよりもまどかのぬくもりが無いと怖くて立っていられないレベルで! まどかっていい匂いで温かくて可愛くて頼りになるのね!」

「な、何? 何で抱き付くかなほむらちゃん!?」

 正直もう何も怖くないと思わず言ってしまいそうなほどループしている私だけど、よくよく考えればまどかに抱き付くいい口実だと気付き、渾身の演技でまどかを抱きしめた。

 ああ、本当に史上最高の抱き心地とはこの事ね…まどかの幼児体k…もとい、幼さが残る体は女性的な抱き心地というよりも、まさに子供を抱き締めている、むにむにという表現がぴったりの体だ。

 杏子のやけに締まった体や牛みたいな乳をした脂肪の塊とはわけが違う。抱き枕とはかくあるべきね。

「何だろう、今すっごく泣きたくなってきたよ…」

「私もよ…こんな幸せな気持ちでまどまどほむほむするのなんて初めて…」

「えぇー…」

 とか言いつつ、抵抗しないまどかは本当に優しい子だ。

 ああ、もしも私の魔法が永続的に時間が止められるなら、今この瞬間でもう動かしたくないのに。

 でも、私は歩き出さないといけない。何より、まどかの為に。

「おっはよー…って、朝っぱらからなにやってんの!」

「まどかさん、おは…そ、それは禁断のキマシタワー!?」

 幸せの中そんな決意をしていると、後ろから声がかかってくる。美樹なんとかとワカメっぽい人だと見ずとも分かったので、とりあえず無視してもうちょっと抱き付く事にした。

 

「いや、そこは離れようよほむらちゃん!」

 

 すでにツッコミ慣れたまどかはきっちりと私の思考を読んでいた。

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「あ、まどか、一緒にお昼食べに行きたいんだけどさ、ついでに会わせたい人が居るんだけど」

「私に? いいけど、誰?」

「まどかは嫁にはやらないわ! 私の嫁になるんだもの!」

「あ、ほむらちゃんも来る? せっかくだし一緒に食べようよ」

「(スルーされた…)…ええ、構わないわ」

「えっ…あんたも来るの…」

 お昼休みが到来すると同時に美樹さやかがまどかを不良道に引き込もうとしていると思った私は阻止しようとしたけど、まどかが行くならしょうがない。

 渋々承諾すると、美樹さやかは露骨に嫌そうな顔をした。

「…まどかさぁ、散々好き勝手されてるのに、よくこんなの相手に出来るよね…もしかして脅されてる?」

「本当に失礼な子ね、美樹さやか。まどかは自分の意思で私と一緒に居てくれているもの。ね?」

「え、あ、うん…たぶ…もちろんだよほむらちゃん?」

(照れてるまどか可愛いぃぃぃ)

(まどかに何があったのぉぉぉ!?)

 まどかは私に話を振られると一瞬顔をこわばらせながらも、ひくひくと口元を歪めながらも返事してくれた。

 照れ屋さんのまどかのリアクションだけでもうお弁当食べなくていいわ…いや、残すとゆまちゃんに悪いし杏子に○されるから食べるけど。

 それにしても美樹さやかは何故かまどかを心配そうに見ている。あなたは自分の恋路でも心配してればいいのよ全く。

「そ、それよりも早く行こうよ。私お腹空いたし…ウェヒヒ」

「ええ、そうね。美樹さやか、空腹のまどかを待たせるなんて万死に値するわ。その会わせたい人っていうのが居る場所にさっさと行くわよ」

「な、何よその上から目線! 言われなくても行くわよ!」

「ふ、二人とも喧嘩はダメだよ? ほむらちゃんもほら、そんな言い方良くないよ…」

「申し訳ありません、美樹さん。私、入院生活が長かったせいで、コミュ障をこじらせてしまいまして…」

 まどかが言うなら仕方ない、と私は下げたくも無い頭を丁寧な言葉と共に送る。ああ、まどかの為なら自分を殺せる私格好いい…。

「変わり身はやっ!…で、本音は?」

「まどかの優しさに感謝する事ねほんとバカな子」

「そこは隠せよぉぉぉ!」

「ほむらちゃぁぁぁん!」

 二人のツッコミがいい感じでシンクロしていた。

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 そんな感じで私たちは屋上へ。

 階段を上り、屋上へと続くドアを開けると、そこには案の定巴マミが居た。渋々とそちらに歩いていくと

「やあ、こんにちは鹿目まどか!」

「!?」

 彼女だけではなく、不意を打ったかのようにまどかに駆け寄る白豚型宇宙人ことインキュベーター。

「あ…もしかしてこれが白豚…?」

「僕の名前はキュ…え、白豚…?」

「…私の友達をいきなり白豚呼ばわりなんて、あなた…」

 まどかは私が正式名称を教えていないせいか、未知との遭遇の第一声がこんな事になってしまう。まあ反省する必要は無いけど。

 さすがの巴マミもこれには渋い顔を隠せないのか、何やら言おうとしていたので、時間を止める。

 かちん、と私だけの時間が始まる。

 さて、普通に銃を撃てば少し場所が場所だけに目立つ。こんな時どうすれば…と悩んだ私は妙案を思いついた。

 そう、○さなければスペアは来ない。

 つまり、生きたまま動けないようにすれば?

 私は自分のアイディアに口元を歪めた。

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「と、とにかく、僕と契約して…ってあれ?」

 キュゥべえは自分が先ほどまで居た場所とは急に景色が変わった事に驚きが隠せない。

 跳び箱、各種ボール、マット…どうやらここは体育用具室といったところだろうが、キュゥべえには関係ない。

「昨日から一体何なんだ…まあいい、さっさとまどかのところに…あれ? 動かない?」

 しなやかな体を動かそうとしても反応しない。そっと首を下に向けると。

「な、なんだこれは!?」

 自分の体が小さなドラム缶に押し込まれていて、さらにその中にコンクリートが流し込まれていて、さらに固まっていた。

 これで顔もまるごと固められていれば命は無かったかもしれないが、ご丁寧な事に顔だけはしっかりと外に出ている。

 顔だけがドラム缶から露出しているような形は、どこか海賊が飛び出すゲームのようにも見える。

「く、くそっ、まだ意識があるから切り替えもできない…マミ、マミー! 僕はここだよー!」

 キュゥべえの声が体育倉庫に響くが、もちろん届くはずは無かった。

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「いい? その子の名前は…あら?」

 巴マミは先ほどまで自分の前に、そしてまどかへと向かっていたキュゥべえ(本名:白豚)の姿がいきなり消えた事に目を丸くした。

 まあ今頃は倉庫で固まっている頃でしょう…魔力で時間を止めて、さらに魔力付加で高速で作業を行ったから、これくらいは出来る。ビバ、魔力の乱用。

「おかしいわね、ついさっきまでここに居たのに…」

「まあいいじゃないですかマミさん、それよりもこの子があたしの友達のまどかです。あたしと同じ魔法少女候補生ですね!」

「ま、魔法少女?」

(こんなところまで連れてきておいて、またふざけた事を…)

 いっそこの子がまどかの友達で無ければ、白豚と同じくドラム缶の刑にしてあげるのだけど。

 何にせよ、これでまどかと巴マミが出会ってしまったわけね。

 とりあえず白豚にはまだろくに接触されていないからいいけど、どうしたものかしら?

「あなたが鹿目さんね? 初めまして、私…」

「あ、もしかして…う、牛さん…?」

「「えっ」」

 さやかと巴マミが凍りつく。

 無理もないだろう。あの、巴マミのJCとは思えない乳脂肪分…二つの揺れる双丘を見れば、私が与えたコードネームを思い出すのも仕方がない。

…それにしても忌々しいわね、あの胸は!

 私の成長が感じられない慎ましい胸と何が違ってああなるのか分からない。

「み、美樹さん…この子、白豚やら牛やら…さすがに心配になるんだけど」

「だ、大丈夫ですって! まどかの奴、昨日からこの転校生に絡まれて、ちょっと変な事を吹き込まれているだけですって!」

「変な事なんて吹き込んで無いわ。まどか、この人がこの街を守る魔法乳牛の巴マミよ。必殺技()とかの名前を叫ぶけど腕はわりと良い方ね」

「な、なんで私の事を…って、魔法乳牛って何!?」

「言葉通りよ。何よそのふしだらな乳脂肪分は。私なんて寝る前にどれだけ牛乳を飲んでも改善の余地も見られないのに…!」

「え、え? 牛さんが巴マミさんで、魔法乳牛…?」

「ま、まどか、あんた転校生に何教えられたの!? マミさんはこの街を守る正義の魔法少女で、あたしは昨日助けられたのよ?」

 なるほど、とりあえず美樹さやかとだけはコンタクトを取ったのね白豚は。

…そう言えば、昨日はまどかがCDショップで契約を迫られる日だった。どうせまたまどかにコンタクトを取ろうとすると思ったから、夜な夜な狙撃に勤しんでいたんだっけね。途中から完全な憂さ晴らしに変わっていたから忘れてたわ。

「もう、何が何だか…キュゥべえも居なくなったし…まあいいわ」

 こほんとわざとらしく咳払いをする巴マミ。続く言葉を私は予想できていたけど、まどかに私は全てをもう話している。ここからは私とまどかの絆にかけるしかない。白豚だったら何度でも撃ち殺してるけど。

「鹿目まどかさん? あなたには魔法少女としての素質があるの。魔法少女になってみるつもりは無い? 魔法少女になれば…」

「えっと、魔法少女って白豚?と契約して願いを叶えてもらえる代わりに魔女と戦って、結局は自分も魔女になってしまうんですよね? さすがに私、それだとちょっと…」

「「………え?」」

(まどかグッジョブ!)

 私の言葉をまどかは本当に信じてくれているらしい。

 巴マミの説明が終わる前にはまどかははっきりと拒否してくれた。

 それに引き替え巴マミと美樹さやかの「何それ?」的なリアクションときたら!

 私は心の底から「ざまぁwww詐欺被害乙www」と大笑いしていた。

「ちょ、鹿目さん…何それ、あなた魔法少女じゃないのよね? なんでそんな…」

「わ、私もほむらちゃんから聞いただけなんですけど…でもほむらちゃん、嘘言ってるようにも見えなくて」

「え、え…何なの…昨日あたしがキュゥべえから聞いた話だと、そんな事一言も…」

「全部事実よ。美樹さやか、あなたはまだ魔法少女じゃないんでしょ? 良かったじゃない、宇宙の燃料(爆)にされなくて」

 巴マミも美樹さやかも私とまどかの言葉に翻弄されている。私は今まで誰に言っても信じてもらえなかった真実をまどかに信じてもらえて、さらにはまどかの口を通してこの二人に伝わりつつある事態に、軽く快感を覚えていた。

 素直なまどかマジまどまど。

 浮かれていた魔法少女とその候補生はざまぁ無いわね。

「…あ、あなたも魔法少女? 取り分が減るからって何も知らない子に嘘を教えるなんて、まるでいじめられっ子の」

「そ、そうだ! マミさんと違ってあんたの言う事なんか」

「あいにくグリーフシードなら間に合っているの」

「「」」

 じゃらじゃらと大量のグリーフシードを取り出して床に落とす。

 これ、グリーフシード目的じゃないって伝えるのにはいいのだけど、しまうの面倒くさいのよね…。

「…でも! あなたの言う事が真実である証拠は!? キュゥべえがそんな事してなんの得があるの?」

「そ、そうだそうだ!」

「じゃあ本人に聞けばいいじゃない」

「…はっ! 外に出られた!?」

 もはや認めたくない一心で巴マミは私にまくしたて、美樹さやかは取り巻きAの状態になっている。

 しょうがないから巴マミが未だに信頼を置いている宇宙白豚を倉庫から再び持ってきた。もちろん時間停止で。

「きゅ、キュゥべえ!? あなた、一体どこに…そしてその恰好は?」

「そ、それなんだけど、僕にも何がなんだか」

「いや、そんな事はどうだっていいわ!」

「ちょ」

 巴マミはコンクリ詰めのキュゥべえを助け出す余裕は無いようね。

 この後の展開がなんだか見えてきた私は、こっそりと盾を装備し、いつでも来るべき時に備えていた。この状況だけあって私の変化に気付く人はいない。

「あれ、ほむらちゃん、その盾っぽいのなに?」

 あ、まどかだけは気付いたみたいだわ。

 というかこの子、随分落ち着いているのね…白豚に騙されないのはいいけど、私が知ってるまどかの中でも一番クールじゃないかしら。

「そりゃあ、昨日から振り回されているからね…何だか落ち着いちゃったというか」

…クールなまどかも素敵ね。

 まどかがクールになるなら私がキャラで被るから、昔のキャラに戻ろうかしら?

 なんて二人で緊張感の無いやり取りをしていた間も、質疑応答は続いていた。

「キュゥべえ、私たち魔法少女が魔女になるって本当?」

「どうしてそんな事を? 僕はそんな事は一度も」

「答えて!」

「いやまあその通りなんだけどね」

「………そ、そん、な」

 この白豚の唯一いい所…じゃないけど、質問に素直に答える特性が見事役に立つ。

 巴マミは信頼していた存在の激白に呆然自失とし、美樹さやかはただ唖然としていた。

 ざまぁ…とはさすがに思えないわね。同情もしてないけど。

 私だっていつか魔女になるかと思うと、多少の不安はある。

「…ほむらちゃんも、いつかは魔女になるの?」

「どうしてそんな事を?」

 私の隣に立って成り行きを見守っていたまどかは、突然上目遣いで私を不安げに見てくる。

 なに、この可愛い生き物。

 時間を止めて写真を数枚撮らせてもらった。

「えっとね…昨日、ほむらちゃんと別れて魔法少女について考えたんだけど、ほむらちゃんも魔法少女ならいつか魔女になるのかなあ、って。それだと悲しいなって思うの。だってほむらちゃんは…」

「なるもんですか、絶対。魔法少女は希望がある間は決して魔女にはならないの。まどか、あなたという希望がある限り私は永遠の魔法少女よ。ええ、例え老衰が迫ってきても魔法少女をしているはずだわ」

「ほ、ほむらちゃん…苦しいよ(そしてそれはとっても痛いなって)」

 前言撤回。

 やっぱり私は魔女にはなれそうもない。

 だってこんなに可愛いまどかが居るのよ? 今の発言だけでキュゥべえ移動の為に使った魔力が補充されているかのようで。

 思わずまどかを抱きしめてしまった。ああ、柔らかくていい匂いのするまどかがいとおしくて仕方ない。

「なにこの空気…」

 私とまどか、巴マミとキュゥべえの空気の違いを感じ取り、美樹さやかはそう呟いていた。

「…なんで、そんな事を」

「君たちが絶望して魔女になる瞬間、とんでもないエネルギーが生み出されるんだよ。それはもう宇宙を救える規模のだね…」

「そんなの…私たち、燃料じゃない!」

「だから説明したじゃない。そいつは私たちは単なる効率のいいエネルギーを生み出す家畜としか思ってないのよ。だから鬼畜にも勝る白豚宇宙人って呼んでるのよ」

 あれ、そこまでは説明してなかったっけ?

 正直まどかが可愛すぎて記憶がどうでも良くなっている。

 もう(まどか以外)どうにでもな〜れ〜。

「白豚って…心外だよ暁美ほむら。僕たちは結果的に君たちを含めた宇宙を救おうと」

「うざい。そろそろ薄汚い豚箱に戻りなさい」

 かちん、と時間を以下略。

 キュゥべえは体育倉庫に省略。

「そんな…私たちは魔女に…だったら」

(あ、そろそろくるわね)

 巴マミが指輪をソウルジェムに変換して変身をしようとしたので、時間停止。

 まどか以外はどうでも良かったのだけど、このままでは彼女に危害が加わりそうだったので、それなら放っておけない。

 美樹さやかは…話についてこれてないからどっちでもいいけど、とりあえず気絶だけさせとこうかしら。

 これは決して気晴らしじゃない。下手に何かされて収集が付かなくなるのが嫌だから、という私なりの配慮だ。ああ、私優しい。

 美樹さやかのスタンバイはOK。私は巴マミからソウルジェムを奪い取る。

…全く、すでにソウルジェムが濁っているじゃないの。

 私はため息交じりにグリーフシードを取り出し、浄化しておいた。まあ一個くらい支障はない。

 もちろん巴マミを救うつもりは無い。これからの作戦を遂行するにあたり、魔女化されると面倒なだけだ。

 後は、信頼できる人を連れて行くだけ。もちろん人選は決まっている。

「まどか」

「!…ほむら、ちゃん? え?」

 まどかの手を握ると彼女の時間が動き出す。私の時間停止は私が触れている物が触れている間だけ動くのだ。

 今のまどかは私を信じてくれている。だから、私も信じてる。元々まどかは信じているけど、私の素っ頓狂(さすがにちょっとだけ自覚はある。ちょっとだけ)な言動を受け止めてくれるまどかは、貴重な存在だ。

 だから、今回はもう私の魔法についても教えよう。

「手を離さないで。離すとあなたの時間も止まってしまう」

「え…みんな、止まってる…?」

「こっちよ」

 私は今も信じれないという様子のまどかの手を引き、屋上の入り口を抜けた踊場で足を止めた。

 この距離なら…多分、ソウルジェムも何とか機能するでしょう。

 黄色い光を放つ巴マミのそれを、まどかに渡す。

「ほ、ほむらちゃん、これって」

「ええ、巴マミのソウルジェムよ。これを持っている限り、彼女は変身はできない。あ、あんまり離れすぎると彼女がぶっ倒れるけど」

「な、なんで私に…」

 すぅ、を息を吸い込み、私は意を決してまどかにお願いする。

 そう、今からお願いする事をまどかが拒否した場合、私の作戦は崩壊する。そうなるとどんな被害が出るか分からない。

「まどか、落ち着いて聞いて欲しいの。今から巴マミは発狂して、私を…下手をすれば、今周りに居る人を殺そうとするかもしれない」

「そんな、どうして!? だって牛…じゃなくて、巴マミ?さんは魔法少女で正義の味方って…」

「それは事実よ。でもね、今まで人を守る為に魔女を倒してきたっていうのに、自分たちの末路が魔女だと知らなくてそれを知ってしまったら、あなたならどう思う?」

「それは…」

 まどかが信じてくれる、協力してくれるという確証は無い。私のしている事は無駄になるかもしれない。

 だけど、今のまどかなら信じてくれる気がした。まだこの世界だと一日目だけど、私は確かにまどかと友達になれている…よね?

(内心で、捨てゲー周回だから最悪どうなってもいいや、なんて思っているなんて言えないけど。もちろんまどかを除く)

 私はまどかを信じている。だから、少し…ほんの少しだけ。

 巴マミへの鬱憤を晴らしたい。

 そう思って、今回の作戦を思いついた。

「今から彼女はこう言うはずよ。『ソウルジェムが魔女を生むならみんな死ぬしかなくね? マジやばくねわたしら?』とね」

「あの人、そんなチャラい風に言うようには見えないよ!?…でも、似たような事なら私も予想できるけど…」

「だからよ。魔法少女に変身されれば私も無事では済まされない。でも魔法少女になれなければ、はったおす…じゃなくて、説得するチャンスが生まれるの」

「ほむらちゃん、今、なにか物騒な言葉が…」

「気にしないで。だから、ソウルジェムを持って、ここであなたは待機していて。そうすれば彼女も変身できないから、私にチャンスが生まれる。これは、信頼できるあなたにしかお願いできないの。私、自慢じゃないけどあなた以外の人間で心から信用できている人いなくて」

「私にだけ…ほむらちゃん、どうして私だけなの?」

「あなたが私の最高の、本当に最っ高の友達だからよ」

「友達…」

 本当なら嫁と言いたいのだけど、さすがに今はおちゃらける場面じゃないわよね。いや、本気だけども。

「…変だよね、私、ほむらちゃんと昨日出会ったばかりなのに」

「…それは百も承知よ。でもね、この気持ちに嘘偽りはないわ。だから、あなたが協力を拒否しても、私にそれを非難する権利も無いの」

 まあそんな事されたら、帰って泣く自信はあるわね。

 そうなったら妥協してあんこちゃんの胸で泣くか…と思っていたら、まどかは一度だけ頷き、私に笑いかけてくれた。

「…ほむらちゃん、私がこれを持っていれば、みんなに危害は加わらないの?」

「もちろんよ。その為に私は何とかするし、あなたにお願いしているの」

「信じるよ、私。ほむらちゃんはえっと…変な事はたくさん言うし、するけど…でも、嘘だけはついてないって思ってるから!」

「ま、まどか…!」

 まどかの意を決したような言葉に私は胸を撃たれ、落涙する。

 何だかちょっとだけ私に対する見方の本音が混じっているけど、今はそれもご褒美!

 繋いだ手を離す前に少しだけ力を込める。

「まどか、ドアは閉めるけど、私たちの気持ちはいつでも繋がってる。あなたが私を信じてくれている限り、成功させる。だから待っててね!」

「うん! 私に出来る事…というほどじゃないけど、ずっとこうして待ってるから!」

 私が手を離すとまどかの時は再び止まる。

 意を決したまどかの顔は可愛らしいのに凛々しくて、たまらず写真を数枚撮った後、ほむほむしてから屋上に出て、ドアを閉める。

 これで条件は揃った。後は私にかかっている。

…なんて言ってみるけど、本当は感情に任せて憂さ晴らしするつもりしかないのよね。

 一応止めるつもりだから、まどかには嘘を言ってない…はずよ。

 かちん。時は動き出す。

「…みんな死ぬしかないじゃない!…って、あ、あら?」

「…ぐはっ! 何故か昨日転校生に暴力を振るわれた夢の時みたいな痛みが…がくっ」

 時間が動き出した世界で巴マミは取り出せてもいない銃の引き金を引くようにして困惑し、美樹さやかは微妙に余裕がありそうに見えたけど、やっぱり私の一撃で気絶した。

「あなたは、本当に変わらないのね…」

「わ、私のソウルジェムが無い!…あ、あなた、暁美さん?でいいんだっけ…あなたも魔法少女なのよね?」

「お察しの通りよ。でもまぁ、あなたと違って死のうとは思ってないけど」

 絶望した表情のまま取り乱す巴マミを見下すように私が言うと、彼女はさらに顔を歪めた。

…一応この人が美人なのは認めてるけど、こんな顔も出来るのね…顔芸ってやつかしら。

「な、なんでよ!? 私たち、いつか魔女になって人を呪うのよ? それなのに生きていたって…」

「甘ったれないで、巴マミ!」バシーン!

 思いっきり手を振りかぶり、私は巴マミの頬を張った。

 そうだ、この人が錯乱したから、まどかが手をかけるしかなかった。あの周回のまどかは最後まで、この人を殺めた事を後悔していたんだ!

 とりあえず、その時の鬱憤を全力でぶつけておいた。

「い、いたっ!…何するのよ!? お父さんとお母さんにもぶたれた事ないのに!」

「何ふざけた事を抜かしているのよ! あのまどかだってお母様にぶたれて一人前の女神様になったのよ? だからあなたはぼっちでうじうじしてすぐに死にたがるんだわ!」バチン!

「いたい!?」

「この馬鹿!」ガスッ!

「えうっ!?」

「牛野郎!」バコン!

「いあっ!…ちょ、」

「おたんこなす!」ドスッ!

「ひぐっ!…だ、だかr」

「なーにが『いじめられっ子の発想ね(キリッ』よ! あの時の恨みぃ!」ゲシッ!

「ぐえっ!…ま、まっt」

「何が『二度と会いたくないって言ったわよね?』よ! こっちだってまどか連れ回してなかったならスルーしてたわよ!」バコン!

「げふぅ!…し、しn」

「とどめはあなたのお得意…ティロ、フィナーレ!(物理」ドグシャア!

「ぐふぅ!」

 はぁはぁ、と私は謎の一撃をかまして巴マミを殴り飛ばず。

 途中からちょっとだけ個人的な鬱憤が出過ぎて手どころか足も出てたような気がするけど、まあ巴マミも魔法少女だから大丈夫よね。

…でも、まどかに見られないといいんだけど。

「何とか言いなさいよ巴マミ!」

「死ぬところだったわよ!? それどころじゃないでしょ!」

 私に殴られて顔を腫れさせながらも、巴マミはすぐに立ち上がり抗議する。

 そしてその一言を引き出した事で、私はにやりとした笑みが止められなかった。

「あなた、死ぬんじゃなかったの?」

「あ…で、でも、魔女になっても死ぬのと同じじゃない! それなら、いっそ…!」

「なら、聞くわ。あなたは自分がいつ魔女になるか分かるの?」

「そんなの分かるわけないでしょ!」

 今の巴マミは死にたくても死ねない。私すら殺す事は不可能だろう。

 だから、こうして自分の感情をぶつける事しか出来ない。

 なら、私だって同じだ。

「明日魔女になるとしたらどうするの?」

「そ、それなら今死んだ方が…」

「諦めるんじゃないわよ!」

 私はもう一度彼女の頬を張った。相手は魔法少女、美樹さやかの時と違って加減なんかしていない。するもんですか。

 私は、巴マミを救うつもりなんてない。まどかに救うと言ったのは、それは結果としてそうなるかもしれないから、と思って言っただけだ。

 私は、自分の感情を彼女にぶつけているだけだった。

「っつう!」

「それでも私は明日に向かう! 魔女になる運命を覆してでも生きる! あなたは魔女になるなんてつまらない運命に負けるの? あの白豚に騙されて終わっていいの!? 冗談じゃないわよ!」

「だって!」

 巴マミは顔を私に向け、きつい視線を送ってくる。

 それはあの時の…私たちを殺そうとした絶望感にあふれた顔じゃない。

 私と同じだ。

 激情に身を任せている。先輩という肩書もベテランという称号も捨てた、巴マミという中学三年生がそこに居た。

「そうでも思わないとやってられなかったの! 正義の魔法少女が魔女を倒して、それで世界を守っていると思っていないとどうしようも無かったの! それも甘ったれって言うんでしょ!」

「…私は、そうは思わない。何かを守る事で自分を支える人はたくさん居るもの」

「……え? 暁美、さん?」

「でも、それとこれは別!」

「あうっ!」

 もう一度だけ巴マミの頬を叩く。今度は少しだけ、加減して。

 この力加減は私なりの、自分を出してくれた巴マミに対する敬意だ。

「あなたは自己満足で世界を守っている。それを放棄したら世界はどうなるの? それを考えた事があるの? そんな無責任なら最初からもっと好き勝手にしてれば良かったのよ! そうすれば友達だって作れたでしょうに!」

「べ、別に欲しいなんて言ってないもん!」

 何だかいじめすぎたせいか、段々と子供口調になってきている。

「あら、そうなの? それならこれからもぼっちで頑張れば? 私はまどかっていう最高の友達が居るから、少なくとも寂しさで絶望する事は無いわね。ああ、毎日がまどかで潤うこの生活、たまらないわ」

「う、うう…」

 巴マミに聞かせるように、私はまどかとの日々…と言ってもまだこの時間軸だと二日目だけど、その出来事を思い出す。

…まずいわ、にやにやが止まらない。想像以上に好き勝手するの楽しすぎだわ。

「うぅぅぅぅ!」

 私の幸せオーラに中てられたのか、巴マミは俯いたまま凄い唸り声を出していた。

 そして再び持ち上げた顔には、今までの周回で一度も見た事が無い…涙と鼻水でぐしゃぐしゃにした巴マミの顔があった。

…誰、この人…。

 私が原因なんだろうけど、こんな小学生…いや、幼稚園児みたいな泣き顔をする中学生、初めて見たわ。

「ぶわあぁぁぁん! あげみざんがいじめるぅぅぅ! わらひがんばってひたのに…ともらちもつくらずがんばっだのに…ぶえぇぇぇん!」

(想像以上に面倒くさい事になってしまった)

 私の予測していた巴マミの行動パターンは二つ。

 一つは「みっともないところを見せたわね、もう大丈夫よ」とお姉さんらしく取り繕うパターン。いわゆる王道だ。

 そしてもう一つは「それでも死ぬしかないじゃない!」と暴れ狂うバッドエンド。その場合はとりあえず気絶させて、自宅にぶん投げて見捨てるつもりだったけど。

「あげみざんのばかぁーーー! きらい、だいっきらい!」

 わんわんという表現がぴったりな巴マミは本当の意味でキャラ崩壊をしてしまっている。

…いや、これが素なのかしら?

 だとしたら次回の周回に取り入る隙も…。

「もうやらぁーーー! もうなにもじだぐないーーー!」

 人が考えてるのにうるさいわねこの人…。

 ついに両手を振りかざして、寝転んだままじたばたし始める。

 こんな駄々のこねかた、漫画でしか見た事ない…ある意味貴重ね。

「…まあ、何もしたくないなら、それで。家で引きこもりでもしてなさい。意外と悪くないものよ」

…とりあえず自殺はしなさそうだし、まあいいか。面倒くさくなったとも言うのだけど。

 私が踵を返してまどかの元に向かおうとすると、急に足首を握られた。

「ま、まっで!」

「ちょ、何よ…私、今から」

「いまから、どうずるの?」

「とりあえず鼻水拭きなさい」

 せっかくの(まどかの次くらいに)美人なのだから、このぐしゃぐしゃのまま話させるのは忍びない。というわけでティッシュをあげた。

 ちーん!と恥ずかしげも無く鼻をかむマミ。女子力ガタ落ちである。

「今から、どうするの?」

「どうするって、まどかに会いに」

「そうじゃない! 魔法少女としてどうするのか聞いてるの!」

 鼻をかんだらあら不思議、みんなが大好きなマミお姉さんに元通り…じゃないけど。

随分と…なんて言えばいいのか、泣いた後のせいなのかすっきりとした顔になっている。

「私は諦めないわ。戦い続ける、それが私の抵抗よ」

 髪を払うポーズで私はそう言う。正直ちょっとだけ格好をつけた。

「やだ…格好良い…」

(効果あったし。そしてこの周回だと戦う気ないし)

 正直気障すぎたと思ったのに、巴マミには こうかは ばつぐんだ !

…そう言えばティロティロ必殺技を叫んでいる人だったわね、納得。

「何があなたを突き動かすの?」

「それが私の願いだからよ。願いを否定しない限り、希望は潰えない。魔女にはならないの」

「やだ…イケメン…」

(どんだけチョロイのよあなた)

 私の一挙一動にうっとりする巴マミ。

 正直サブいとは思うのだけど、ここまでノリノリになってくれると、私だってさすがにちょっと…気分が良い。

「…私も、魔女にならないの?」

「あなたは生きたいと願ったのでしょう? あなたは今、生きている。絶望する理由、どこにあるのかしら」

 うん、今日の私最高に気障だわ…巴マミの質問に中てられて、正直今は病気が感染してるわね、これ。

…元々感情を全力でぶつけるのが今回の作戦の目的だったのだけど…その弊害なのか、私の口からはどこからとってきたのか、アニメの主人公みたいなセリフが出てくる出てくる。

 入院中に散々アニメばっか見てたのは、ダメだったかもしれない。

「…あけみさぁぁぁん!」

 そして立ち上がった巴マミは再び涙をぼろぼろ流し、私に抱き付いてくる。私よりも背が高いくせに、私の胸に顔を埋めて泣き出した。

…わざわざ私の胸に顔を埋めるなんて、どんな宣戦布告なのかしら?

「ちょ、離れなさい…」

「あけみさん! あけみさぁん!」

「ああ、もう!」

 ソウルジェムも手元に戻ってないのに、凄い力で私をホールドして離さない。当然時間停止も使えない。

「わたし、あなたみたいな人を待ってたの! お父さんもお母さんも死んで、誰も私を褒めてくれなくて…それに、叱ってくれる人も居なくて…だからいつでも良い子でいないと、ってわたし!」

(聞いてないんだけど)

 挙句の果てに、私が聞いてもない事をまあぺらぺらと。逃げれない私は格好の愚痴の的ってところね…。

「ありがとう、私を叱ってくれて! 私を生かしてくれて…ありがとう!」

(何故そうなったし)

 本当に的外れな事ばかり言われて、私はまどかがそろそろ突入してくれないか、本気で思っていた。

 そして、ほんのわずかな罪悪感。

(…鬱憤を晴らす為だけに殴った、って言ったら…絶対魔女化するわね、これ)

 そう、死ななければまあいいか、くらいにしか考えてなかったのに。

 無駄にたなぼたラッキー状態で私は何も言えなかった。

「ふえぇぇぇん! あけみさぁぁぁん!」

 挙句の果てにまどかは何故か、いつまで経っても来てくれず。

 昼休み一杯まで泣きつかれていた私は、時間を止めてまどかと食事を済ませる事になってしまったのだ。

 

 

 

続く!

説明
ほむら「捨てゲーするわ」 (http://www.tinami.com/view/524004) の続きです。
はちゃめちゃギャグにするつもりがところどころシリアス(?)っぽいものが混じっています。
あと今回もマミさんを初めとしてキャラ崩壊があります。
予めご了承下さい。駄々っ子マミさんもたまにはいいじゃない…。
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魔法少女まどか☆マギカ 暁美ほむら 鹿目まどか 巴マミ 佐倉杏子 

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