真・恋姫†無双〜薫る空〜覚醒編:第71話『涼州への一手』
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 その日、風、稟の両軍師の指示の下、城内は普段の数倍あわただしくなっていた。

 しばらく忘れられていた、戦の前の慌ただしさだ。

 俺はどたばたと駆け回る者たちを尻目に、とある場所へと向かっていた。

 

 ――トントン。

 と、この時代には相応しくない作法で、二度扉をたたく。

 

「なんだよ。今更あたしに何の用だ」

 

 扉越しに聞こえてきた声は実に不愉快そうな声だった。

 

「入ってもいいかな?――馬超」

 

 少し待って返事もなかったので、俺はその扉を開けた。

 

「入っていいって言ってないだろう」

 

「駄目とも聞いてないんだけど?」

 

「……。で、何の用だよ。”天の御遣い様”?」

 

 あえて通り名の部分を強調したのは、本人の精一杯の嫌味だったのだろう。

 

「ふふふ」

 

「な、何笑ってんだよ。気持ち悪い奴だな」

 

「いや、長い間つかまっててしょげてないかと思ってたけど、心配なさそうだね」

 

「な、しょげるって誰に言ってんだ!」

 

 以前に馬超が暴れまわった時、その罰としてこの部屋へと監禁することになっていた。

 入ってから二日ほどは運んだ食事にも手を付けなかったが、以降は我慢ができなくなり、鼻息を荒くしながらがつ

 

がつと食べていたという話だ。

 

「――っ。そんな事確かめるためににわざわざここまで来たのか?」

 

「うん、それもあるけど、今日はもう一つ話すことがあるんだ」

 

「もう一つだって?」

 

「ああ」

 

 華琳が言っていた俺の重要な役割は二つだった。

 そのうちの一つが、今こうしてはなしている相手――馬超を味方につけること。

 

「なんだよ、そのもう一つって」

 

「それを話す前に、ちょっとついてきてくれるかな」

 

 そういうと、俺の言ったことが意外だったのか、馬超は「え」と小さく声をもらした。

 

「出てもいいのか?」

 

「とりあえず今だけね。まぁ、馬超の答え次第では、ちゃんと出してあげられるかもしれないけど」

 

「??」

 

 頭の上に「?」マークがでている馬超を、ひとまず部屋の外へと連れ出した。

 歩いている途中、なんど臣下のぎょっとした目を見たかわからない。

 それを見るたびに何度苦笑いと、文官にかみつきそうになる馬超をなだめる事になったやら。

 

 

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「おい、どこへ連れて行くんだよ」

 

「心配しなくても、もう着くよ」

 

「話もまだ聞いちゃいないんだぞ」

 

「うん、ここで話そうと思ってね」

 

 そういっている間に、俺たちは部屋の前に到着していた。

 扉を開いて中に入ると、そこにいた人物を見て馬超は一瞬声を失い、そして大きな声で叫んだ。

 

「か、母様!?」

 

「おお、翠。元気か〜?」

 

「元気かじゃないよ!なんで母様もここにいるんだ!?」

 

「二人にちょっとお願いがあってさ」

 

 華琳の話では、別々の部屋に拘束していた二人にはお互いの状況は黙っていたらしい。

 とはいっても、暴れられても厄介なので馬騰の方には馬超の無事だけは伝えてあったようだ。

 

「そりゃもしかして、涼州への進攻のお手伝いか?」

 

「話が早いね。もしかして誰かから聞いてた?」

 

「いや、部屋の外の兵が話してるのを”偶然”きいちゃっただけだ」

 

 唇の端を釣り上げてそういわれても、まったく説得力はなかった。

 

「はぁ……。まぁ、そういうわけなんだけど、どうかな」

 

「なんであたし達が曹操の手先になんか!」

 

「いいよ」

 

「そうだ、いいに決まって――……。っはぁ!?」

 

 こっちに掴み掛りそうな勢いだった馬超は、思わず自分の母親の方へ振り返っていた。

 

「うちにとっちゃ故郷の奪還戦だぞ、翠。むしろ気持ちだけでいえば、向こうの手は借りたくないくらいだね」

 

「いや、そうかもだけど……曹操の話になんか乗っかってもいいの?」

 

「ああ、戦の話はいい。だが、一個だけ気に食わないことがあるんだよ」

 

 馬騰は俺の方へ向いて、そういった。

 

「何が気に食わない?」

 

「この状況だよ」

 

「状況?」

 

「こんな部屋にオレと翠を集めて、話してんのがお前みたいな小僧ひとり……」

 

 瞬間、外の喧騒で満たされていた部屋の中が急に静かになった気がした。

 素人でもわかる――これが”殺気”だと。 

 

 

 

 

「――人をなめるのも大概にしろよ」

 

 

 

 バシィィと、木でできた部屋の柱に亀裂が入った。

 そして、それとほぼ同時に部屋の中に二つの影が入ってきた。

 馬騰の方を直視できるようになったころには、彼女の喉元には二つの刃が添えられていた。

 

「ほぉ、いい反応だ」

 

「自分、調子乗りすぎやで」

 

「貴様こそ我らをなめるなよ。その首今すぐここで斬りおとしてやろうか!」

 

「霞、春蘭!――っ!」

 

 二人を呼び止めようとした瞬間、俺の首に腕が巻き付いてきた。

 

「母様から剣を離せ!じゃないとこいつの首を折っちまうぜ!?」

 

「やってみぃや。一刀の首ひとつで馬騰とお前の首二つ。お釣りがくるわ」

 

「え、ちょっと霞さーん……?」

 

「ああ、そいつの首程度なら折られても何の支障もない」

 

「春蘭お前もか!!!」

 

「な、なんていうか、人望ないんだな、お前」

 

「うっ……、同情するなら金をくれ……じゃなくて、みんな剣を収めてくれ」

 

「――……ふふふ、あっはっはっは!」

 

 突然笑い出した馬騰に、それまで気が張りつめていた全員が注目した。

 

「すまんすまん。一応罠なんじゃないかと試しただけだ。本気でそこの兄さんを殺す気なんてないよ」

 

 殺気が収まったところで、霞と春蘭も馬騰の首から剣を離した。

 

「いい仲間じゃないか。オレが殺気出した途端飛び込むなんて、よっぽど大事なんだな」

 

「だ、誰が北郷など大事なものか!!私は貴様が出した殺気につられただけだ!」

 

「その割には目が本気だったような気がするけど〜?」

 

「くっ、こいつ、やはりここで斬ってくれる!!!」

 

「ちょ、春蘭、待って待って! 馬騰さん、罠ってどういうこと?」

 

「いや、ここでオレがお前を殺すように仕向けて、オレと翠を消す算段だったのかなと思っただけだ」

 

「あの曹操がそんな事するわけないだろう?」

 

「まぁ、たしかに少々せこい手だが、ここはあの司馬懿が居た軍なんでな。用心してもし足りないってことはないだろう」

 

「…………」

 

 司馬懿の名前が出た途端、俺たちは黙ってしまった。

 たしかに、二人からすればそう思われても仕方のないことだろう。

 

「戦に加勢するって話だったな」

 

「あ、あぁ」

 

 気を使わせたのか、馬騰はさっきの話へ戻した。

 

「さっきも言ったが、それについてはかまわん。だが理由は聞かせてもらおうか。ここの軍事力なら李儒の軍勢程度なら容易く落とせるはずだが」

 

「単純に戦をするだけなら俺たちだけでも十分勝てるんだけどね。……ちょっと相手の軍が異常なんだ」

 

 

 

 

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「北郷、あの二人が本当に協力すると思っているのか?」

 

「う〜ん、どうだろう。難しいところだなぁ」

 

「やはりあの時に首を落としていれば……」

 

 そうすると俺が華琳に首を落とされそうなんですが……。

 馬騰はなにか裏でもありそうだし、馬超は全然納得してなさそうだから、春蘭が心配するのもわかるんだけどね。

 

「っていうか、さっきのはちょっとひどくないか――霞」

 

「え?さっきって何のことや?」

 

「俺が馬超につかまったとき」

 

「あ、あぁっ!あそこは、ああでも言わんと向こうの勢いにのまれるとおもってなぁ。すまんかった!この通りや!」

 

「まぁ、助かったからよかったけど」

 

「せやろ?」

 

「し〜あ〜?」

 

「わぁ、だからごめんって!!」

 

 いくつか気になるところはあるけど、ひとまずは華琳の指示通りに協力へ持っていくことはできた。

 あとは風と稟の策次第、それに秋蘭の報告待ちか。

 俺の役割はあと一つ。

 

「――ったく。まぁ、それじゃ俺はちょっと街に行ってくるから、華琳への報告はお願いね」

 

「あいあい〜」

 

 二人に残りの仕事を任せて、俺は次の仕事へとむかった。

 

 

 

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 ――漢中。

 

 

 その日の天気は晴れていた。

 戦場ならば右腕に装備されているであろう小手は、その日は城の中へ置いてきたまま。

 紫陽花色の美髪をなびかせ、周囲の者は男女とわず、一度はその姿を目で追ってしまうことだろう。

 とても子供がいるとは思えないその女性は、漢中一帯を任された将軍である。

 その女性は、名を黄忠と言った。

 将軍自ら警邏に向かったり、街の住人と親しげに会話したりと、そこだけ切り取ってみれば、とても乱世の中の一城主とは思えない人物だった。

 そんな彼女だが、今は少し表情を曇らせていた。

 いつもなら明るく活気づいた街なのだが、今日に限っては少し騒ぎがおきているようなのだ。

 住人曰く、薬屋のあたりで何か騒ぎが起きているとのことだった。

 あわててその場に向かうと、薬屋の店主と背の小さな女の子が何か言い合いをしているところだった。

 

「金もないのに薬をくれって言われても困るんだよ!」

「金ならばあとで用意すると言っているのです!早くしないと知り合いが手遅れになってしまうのです!」

「だから、じゃあその知り合いをここへ連れてこいと言ってるんだ!だいたい医師には診せたのか?」

「そ、それは……」

 

 女の子はうつむき、店主は頭を書きながらため息をついてしまう。

 少女の態度から察するに、嘘をついているようには見えないが。

 

「どうかしたのですか?」

「こ、これは黄将軍……。いえ、この子が代金は今は払えないが薬が欲しいと言われまして」

「……」

 

 少女の方を向くと、今にも泣きだしそうな顔をしていた。

 

「彼女に薬を。代金はこちらで支払いましょう」

「よ、よろしいんですか?」

「ええ。その代りにわたくしをその怪我人のところへ連れて行ってくれますか?」

「…………。わ、わかったのです」

 

 一瞬の間の後に、少女はうなずいた。

 店主から薬を受け取り、黄忠は少女とともに、街の奥の方へと向かった。

 人通りの多い大通りからどんどん遠くなり、これだけ晴れた日だというのに、周りは建物の影でまるで夜のように

 

暗い場所へとたどり着いた。

 

「さっき将軍と呼ばれていたみたいですが、お前はここの城主なのですか」

「えぇ。黄漢升と申します」

「……今からのことは、全部、誰にも言わないでほしいのです」

「え?」

「薬をもらう立ち場でこんなことをいうのはおかしいというのは、わかっているのです!でも、お願い…なのです」

 

 見た目、自分の娘とそう変わらない年齢に見える少女が、そう頼む姿は本当に真剣なものだった。

 

「わかりました」

 

 そういうと、少女は少し表情を晴らし、一軒のぼろぼろの小屋へと走って行った。

 後を追いかけて、黄忠もその中へと入ろうとした。――だが

 

 

 

「――っ!」

 

 

 

 ぎぃ、と、腐った木の扉が音を立てて開かれ、その先にいたのは。

 

「…………ねね、あんた。なんて奴連れてきてんのよ……」

 

 顔の右半分から、右肩、腕にかけて赤く染まり、顔にまかれた布はもうその役割を機能できていないほどに、黒く変色していた。

 

「し、仕方がなかったのです!これ以上もたもたしてたら薫が……!」

 

「あんた、黄忠だよね……」

 

「はい。そちらは……もしかして、司馬仲達殿かしら?」

 

「――否定はしない、よ。したって意味、ないし…ね」

 

「……これは、いったい誰に?」

 

「知ってどうするの?」

 

「戦をする相手が誰なのか、知りたいのは当たり前ではないかしら」 

 

「話をしている場合ではないのですぞ!とにかく今は傷をなんとかするのです!」

 

「……もちろん。こんなところで死んでいい人ではないでしょう。あなたは」

 

「怖いな……。あんまり痛く、しない……で……ね……」

 

 司馬懿はそこで意識を失ったようだった。

 赤壁の大戦を引き起こした元凶がこんなところで、瀕死の状態となって見つかる。

 これは、何かの前触れだろうか。黄忠はそう思いながら、彼女を城へと運んだ。

 

 

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 ――最近気を失ってばっかりだな。気が付いてから最初に思ったのはそんなことだった。

 黄忠は律儀にも自分で私の看病していたらしく、私が目覚める少し前まで、私のいるこの部屋にいたらしい。

 で、代わりに今いるのが。

 

「へ〜。ネネちゃんは”ものしり”なんだね!」

「当然なのです。ねねは軍師なのですぞ?」

「”ぐんし”かぁ。すごいね!」

 

 彼女の娘の璃々という子だ。

 人が寝ている間に仲良くなったらしく、外見だけみれば街中を走っている子供とさして変わらないように見える。

 

「あ、おねえさん、もうだいじょうぶ?」

「うん。もう痛くないよ。えっと、名前教えてくれる?」

「りりはね、「璃々」っていうの」

「そっか。璃々、ありがとね」

「ど〜いたしまして!」

 

 母親と同じく紫陽花色の髪をしていて、頭をなでてやるとサラサラと指の隙間を髪が流

れる。

 見た目もかわいいし、あの母親なら将来は美人になるだろうし、ここに一刀がいたらまずいな、なんて思ってしまった。

 

「いや、いくらなんでもこんな子には手は出さないか」

「??」

「ううん、なんでもない」

 

 久々に思い出した彼の記憶が、こんなものでよかったのかと思いつつ、璃々の頭をなでていた手を顔へと持ってきた。

 

「あれ、これ……何?」

「ああ、黄忠殿が治療した後、右目を隠せるようにとつけてくれた眼帯なのです。その……」

 

 説明した後、ねねは罰の悪そうな顔で目をそらした。

 

「あ〜……、さすがに見えたら怖いもんね……」

 

 えぐられた肉眼の跡など、好き好んで見たい者なんてまず居ないだろう。

 

「えと、おねえさん、ほんとに痛くない?」

 

 今の会話で心配になったのか、もう一度聞き返してきた表情は、さっきよりも心配そうだった。

 

「うん。璃々と璃々のおかあさんのおかげだよ」

「よかった〜。じゃあ、璃々、おかあさん呼んでくるね!」

 

 たったったと、軽い足取りで黄忠を呼びに行く璃々。

 

 「さて」と、一息ついて、私は音々音に尋ねた。

 

「ねね、あんたの名前は黄忠にばれてないよね?」

 

「ばれてるです」

 

「なんで!?ばらす意味ないじゃん!」

 

「あんな状況で名前を聞かれたら言ってしまうに決まってるのです!しかも……」

 

「しかも?」

 

「目が笑ってなかったのです」

 

「――……はぁ」

 

「薫は見てないからわからないのです!あんな目で見られたら――」

 

 「それはどんな目かしら」と、扉からつい最近聞き知った声が。

 

「うっ……。なんでもないのです」

 

「ふふ。ところで司馬懿殿」

 

「――」

 

「司馬懿殿?」

 

「はぇ?あ、私のことか」

 

「ふふふ♪ご自分の名前を忘れたのですか?」

 

「いや……私の周りだと真名で呼ぶ人間が多かったから……はは」

 

「ふふ。目が覚めたのでしたら、司馬懿殿がお嫌でなければ、お風呂などいかがです?」

 

「へ?お風呂?」

 

「はい。最近巷で流行っているみたいなので。たくさんのお湯を沸かして、そこにつかるんだそうです」

 

「へ、へぇ……」

 

 お風呂の事はよく知っているのだが、流行っていったい何が起こっているのか。

 まさか一刀が何かしたのか?

 

「お嫌ですか?」

 

「あ、ううん。それは平気なんだけど……いいのかな。私って敵じゃぁ――」

 

「もちろんお風呂でいろいろ聞かせていただきますよ?」

 

「え、お風呂でって、それってまさか一緒に入――」

 

「では行きましょうか♪」

 

「え、え、え。ちょっと、黄忠さん!?って意外と力持ち!?――じゃない!お、おろして!」

 

 弓で鍛えた腕は伊達ではないらしい。ひょいと持ち上げられ、性別が違えば恋人のそれにも見えなくもない状態に

 

、私は理解が追い付かなかった。

 

 

 

 

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「どうしてこうなった……」

 

 先日まで戦場を走り回っていた私が、なぜ蜀の将軍と一緒にお風呂に入っているんだろう。

 

「お湯加減、どうですか?」

 

「ええ、すごくいいですよ……」

 

「司馬懿殿、歳はいくつですか?」

 

「え、言わないとだめですか」

 

「無理にとは言いませんが、かなりお若いですよね?」

 

「えぇと……たぶん、じゅう……六、七……」

 

「十六!?」

 

「え、えと、たぶんですよ……?はっきりしない時期が少しあって、正確にはわからないんですけど……」

 

「ふむ……それにしては――」

 

 ――むにゅ。

 と、それはずいぶん久々に感じた感触で。

 目を下におろすとそこには自分の胸を鷲掴みにする黄忠の手があった。

 

 

「なぁっななななぁぁなぁぁあああっ!!!!!」

 

「発育の方は申し分なさそうですね……」

 

「あ、あんた何してんのよ!!?」

 

「いえいえ、まさかあの司馬懿殿がそんなに若い方だとおもっていなかったので」

 

「それと今の行動になんの関係が!?」

 

「あらあら、思ったよりずっと初心な方でしたか。女同士ですし、気にすることはありませんよ?」

 

「気にするわよ!」

 

 

 ったく……。と言い捨て、私は黄忠に対して背を向けた。

 もしかしてそっちの人なのか。い、いや、でも娘がいるし……。

 まさか女版一刀ってことはないだろうが、違う意味で油断できない人だ。

 

「……そういえば、私のこと、最初から知っていたみたいな感じでしたけど」

 

「え?ああ、そういえばお話していませんでしたね。わが軍の軍師が以前とてもうれしそうに話していたもので、その時にあなたの特徴を聞いていたんですよ。もしかたらと思って聞いてみただけなんですけどね♪」

 

「あー……」

 

 怪我で余裕がなかったとはいえ、「もしかして司馬懿?」「はいそうです」なんて、間抜けにもほどがあったみたいだ。

 

「蜀の軍師って……あぁ、朱里か……」

 

「えぇ、友達が出来たって嬉しそうでしたよ?」

 

「あはは。友達かぁ」

 

 長らく縁の無かった言葉だ、といえば音々音は怒ってくれるだろうか。

 

「……ふぅ。それにしても遅いわね。何かしているのかしら」

 

 人のことを振り回すだけ振り回して、黄忠は湯の中に胸までつかった。

 

「……誰か待ってるんですか?」

 

 視線だけを彼女の方へ向け、私は尋ねた。

 

「もう少ししたらもう一人来る予定なんです。なので、もうしばらくお待ちくださいね」

 

「もう一人!?」

 

「あら、二人きりがよかったですか?」

 

「いえいえいえ!!ぜひ呼んでください!」

 

 こんな人と二人きりなんてもう勘弁願いたい。

 誰でもいいから間に入ってもらわないと、心臓に悪い。

 と、さっきまで上を眺めていた黄忠が、こちらの方をじろじろと見ていた。

 

「こ、今度はなんですか」

 

「よく見れば右目以外にも体中傷だらけですね……」

 

「あ、あぁ……最近逃げ回ってばっかりだったから……」

 

「何から?」

 

「何って……そんなの、敵からですよ」

 

「わたくしも、敵ですよ?」

 

「知ってます」

 

「では、逃げますか?」

 

「――……逃げても行けるところがないので」

 

 ちゃぷん、と水音が響いて、私ははっとした。

 そして、がらがらと扉の開く音がして、誰かが風呂の中に入ってくるのが分かった。

 

「おお、紫苑。遅れてすまなかったな」

 

「もう、今は私だけではないのよ、桔梗」

 

「そうだったな。わしとした事がすまんすまん――おっと、こっちが例の司馬懿じゃな」

 

「えぇ。司馬懿殿、彼女は私の友人で共に蜀で将をしている厳顔です」

 

「どうも」

 

 入ってきた女性は灰色の髪を後ろで結っていて、言葉遣い同様、動作の一つ一つが豪快な女性だった。

 一目見て思ったことは――……蜀には胸が大きくなる薬か何かがあるんだろうか。

 っと、そこでさっき話していた朱里のことを思い出して、それはないと悟った。

 

「ふむ……。で、司馬懿よ」

 

「何ですか?」

 

「お主、これはいける方か?」

 

 そういわれて差し出されたのは酒瓶のようだった。

 この流れはまずい。一瞬でそう思い、これでもかと思いっきり首を左右に振った。

 

「無理!お酒無理なんです!」

 

「なんじゃ、そうなのか?それはもったいない。人生損はするべきではないな」

 

 「ほれ、呑んでみろ」と瓶の口をこちらへ近づけてくる。

 やばい、この人は黄忠とも一刀とも別の意味で危険だ。

 

「いやいや、だからお酒はちょっとむりなんですってばあああああああ!!!!!」

 

 

 

 

―――ごくり。

 

 

 

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「もう、桔梗。やりすぎよ?」

 

「あー……なんだか、すまんかったなぁ……」

 

「ひぐっ……だからぁっ……無理だって言ったじゃないですかぁっっっぅううう……うっ……」

 

「酒が入れば口も軽くなると思ったんじゃが……まさか泣き上戸とは」

 

「まったく……。これじゃ話どころじゃないわね」

 

「うあああんっっ!!……帰りたいよぉ……ぐずっ……わぁぁっっん……!!」

 

「……これ以上はまずいようじゃな」

 

「今日は休みましょうか、司馬懿殿」

 

 後で聞いた話では、二人に部屋まで運ばれ、私はその間ずっと泣き喚いていたらしい。

 雪蓮の時もそうだったが、やっぱり私にとって酒は天敵だ。

 もう二度と口するもんかと、私は心に誓った。

 

 

 

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◆あとがき

 

さすが百合展開に定評のある薫さん!俺たちにできないことを平然とやってのける!そこにしびれる憧れるゥゥゥ――ッ!!

 

 

( 薫`・ω・)??┻┳?一 ========ズドドドドドド

 

 

 

 

 

 

紫苑さんマジ似てねぇなオイ!

 

説明
お酒は二十歳から。
お酒は二十歳からですよ、皆さん。

前話:http://www.tinami.com/view/541515
次話:まだまだ

第一部:黄巾編⇒http://www.tinami.com/view/78507
第二部:洛陽編⇒http://www.tinami.com/view/88485
第三部;覇道編⇒http://www.tinami.com/view/119252
第四部:覚醒編⇒http://www.tinami.com/view/421387
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コメント
薫さん、かわいかったですねぇ。(summon)
発育がよろしすぎる! これは一刀くんがだまってないな、あらゆる意味で(神余 雛)
薫の本音はやっぱりそうなんですね。帰れるといいなあ。(乱)
薫が可愛い過ぎるww 司馬懿という人間を城に連れ込んだことでトラブルが起こらなければいいのですが……。まあ別のToLoveるは起こったけどな!(じゅんwithジュン)
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