四法の足跡・秘典 〜四法の夢〜 第四話 復讐より強き想いを |
四法世界は混乱を極めた。誰かが混沌を世界に呼び込み、大量の獣や精霊が異形の者としてあふれ た。そんな時代の話。
俺は幻獣だ。本来『忘れられし神』に使えるべき獣。でも友人との約束でここに残っている。この 世界の最後の幻獣として・・・
俺、この世界ではシュリルフェン・トゥラームと名乗っている、は旅の万屋で、薬草から魔動法の かかった武器まで何でも取り扱う敏腕商人だ。
連れの少女はノエル・イリハート。召喚士で唯一、俺を呼ぶことが出来る少女だ。彼女は 俺の司る言葉を知っている。
「それを買うのか?」
俺の言葉に魔術師らしき若い女性が答える。彼女は古びたこげ茶色の本を見つめていた。
「売り物なのかこれは・・・・」
「ああ」
彼女は本を持ち上げた。彼女の本を持つ手はすっかり日に焼けていて健康的だ。所々には おそらく剣を使うのであろう、硬くなった箇所もあった。それでも尚、俺が彼女を魔術師と判断する理由はその手に持った本であった。 この本を取る人間は魔術師ぐらいである。この本は辞書なのだから。
「この本は売りものにするものじゃない」
彼女は本を元に戻しながら言った。
「これは売るには危険過ぎるものだ。」
それだけわかっていれば十分である。それがわからない人間には売らない。
彼女は親指の爪を噛んだ。
「ほしいのか?」
「私に売ってくれるのか」
なにかしらその表情に引っかかるものを覚えたのも確かだ。けれども売らなければいけないような気がした。
「お前にはその本が必要だろう。そんな気がする。だが、力に溺れるな。見失うな。」
「何を?」
「さあな。俺にはわからない何かだよ。」
長身の女性が去っていくのを俺はただ眺めていた。
「なに、見つめてるの・・・・・」
後ろから響いた声にゆっくりと振りかえると、長い黒髪の女性が立っていた。
彼女がノエル。今年でもう17歳、出会ってから8年ほどの月日が過ぎたことを意味している。
「いや、深い意味はないよ。なんとなくな・・・」
ノエルはどこかしら不機嫌そうであった。
「?」
「なんでもない・・・」
なんだかふて腐れているノエルをみて、不意に笑みがこぼれる。なんでそんな顔をしているんだか。まるで・・・いや、もうそんな顔をする年頃だな。いつまでも子供だと思っていたんだけどな
「やっぱりシュリルは・・・ああいう人・・・というか・・・人間でも・・・その・・・」
「何だ?」
「・・・なんでもない!」
ノエルは急に叫ぶと奥へといってしまった。なんだ、俺は何か気に触ることを言ったのだろうか。年頃の女性というものは数百年生きていてもわからない。そんなことを考えているうちに、店頭には新しい客がついた。
若い女性だった。まったく日光を浴びたことのないような純白の肌に赤い瞳。その瞳が俺を見つめた。彼女は・・・違う。
「魔術師から辞書を取り上げるにはどうすれば良いか、お教えいただけないでしょうか。」
桃色の唇がせせらぎの音のような言葉を紡いだ。
「お前と、お前の主人と、辞書が一冊あればすむことだ・・・」
俺の低い声に彼女は一瞬身をすくませる。白い髪が震えるようにゆれた。
「主人と辞書の両方が私のもとにはありません」
彼女は悲しげにそう言った。
「貴方のせいです。」
「俺の?」
心当たりがまったくない。しかしそれが嘘だとは思わなかった。
「あの!!・・・そんなの・・・言いがかりです!!」
奥から声がする。ノエル・・・立ち聞きか・・・。俺は気にするなという身振りを女性にして見せた。だが彼女はそんなものは見ていなかった。俺の目を見ながらこう呟いたのだ。
「双頭の竜、始まりにして終わり、永遠に自らを創り出しまた、消していく。」
「・・・ウロボロス。ウロボロスの辞書か。」
一瞬の沈黙で、俺は全てを理解した。あまりにも必然であったために、気づかなかったのだ。
「貴方のせいです。」
「俺のせいだな。」
「シュリル!!」
ノエルが奥から出てきた。抗議の目で俺を見ている。
「いいんだ、ノエル。どう考えても俺のせいだ。」
「私は貴方が思っているとおりの存在です。でも私には主人と辞書の両方がありません。」
俺は彼女の赤い瞳を見つめた。
「何故か・・・ですか?」
「そうだ。」
俺の言いたいことを彼女はしっかりと分ってくれた。ノエルのためにいすを取り寄せると彼女に先を促す。
「復讐・・・彼女には妹がいました。肌の白く、体の弱い妹が・・・」
「お前のようにな・・・」
「・・・はい」
女性はゆっくりと話し出した。現在のウロボロスの持ち主、リュージュ・エルクランの妹はある男に研究材料として使われたようだ。
「彼女の家系は代々、非常に魔力の強い一族でした。彼女も、その妹も一族の中でも特に魔力が強かった。まるで・・・かつてその身に受けた力を思い出したように・・・」
そうか・・・エルクラン、あの人の・・・アスリール嬢のもう一人の母親の家系・・・。
アスリール・プレ・セガランティスは俺の友、フェルディ・アードと同じく『希望』の一人で魔動法を担った人だ。彼女の中にはもう一つの人格が宿っていて、その人格の母親がファイフ・エルクラン・・・つまり彼女の先祖というわけだ。
「彼女は魔力を封印した・・・けれど、その妹は封印の負荷に耐えられないくらい体が弱かった・・・」
高い魔力を持つものはそれだけで、あらゆる魔動法の品の媒体になる・・・。だから・・・。
「魔力は彼女の妹の体を苦しめてはいたけれど、その体を守っていたのもやはり魔力だった。限界までその魔力を奪われ・・・」
ノエルが口元を覆った。最悪の出来事だ。
「先刻、彼女は見つけた。いや・・・」
「辞書が呼んだ・・・」
俺の言葉に女性はうなずく。
「売ってはいけなかったのに・・・貴方には分るはずだったのに!!!」
「すまん・・・俺が・・・俺の落ち度だ。」
女性の初めて見せる感情らしきものに押されるように俺は言った。そう・・・あの本は・・・彼女を呼ぶだろう。彼女を求めるだろう。どんなことをしても、彼女の手に収まろうとするだろう。忘れられし神の力の一端を担う俺の意識を曲げてでも・・・それだけの力があれにはある。
「彼女にこれ以上の悲しみを見せないように。彼女がこれ以上の哀しみを作り出さないように。これが彼女の母の遺言でおそらく彼女の妹もそう願っていることでしょう・・・」
女性の話は終わった。だから俺は今まで何度も口にした台詞を言う必要がある・・・。
「錠をやろう・・・辞書を封じるための錠を。」
俺は手のひらを上に向けた、そこに黒い、錠付の黒い封印が現れる。
「お前は夢を見ないから、俺は夢をもらうことはできないが、お前の主人は夢を見るだろう。お前も知るとおり古くからの定めによりお前の主人から夢をもらう。」
女性は黙ってうなずいた。
「お前の名は・・・・」
「リューシャ・エルクラン・・・」
その名が誰に名づけられたにせよ、リュージュ・エルクランの妹の名であることは疑いようもなかった。
◇ ◇ ◇
魔術師の転移は、移動手段としては何者にも負けない。その移動手段に準じるのは召喚士の次元切断くらいのものだが、いかんせん非常に難しい。未熟なノエル に行えるはずがなく、結局地道に歩くことになった。幸い復讐の相手である男はそう遠くに住んでいるわけではなく、俺が自分の姿を示せば朝焼けが出ている間 ほどの時間である。もっとも、普通の人間が歩けば二日はかかる距離ではあったのだが。
◇ ◇ ◇
「静かね・・・。」
ノエルの呟きは町に広がって消えた。
「ああ、静か過ぎる。」
俺は口に出して現実を確認した。そう、静か過ぎた、この町には人の気配がまったくない。
「ウロボロスは・・・まだこの町にある。」
リューシャの呟きに俺はうなずいた。確かに感じる。懐かしく、そして破壊的な力の鼓動を。
「まさか・・・その人、町の人も?」
「主人はそんなことしません。」
確かに、この町は人の気配が絶えて久しいようであった。俺はそのことに少し感謝する。しかし、白髪の女性は付け加えていった。
「魔力の気配が濃い・・・いまだ薄れていない・・・あの時と」
走り出す。リューシャはまるで目的のものが見えているかのように走り出した。迷うそぶりも見せずに路地をまがっていく。
俺と同じように彼女にも見えているに違いない。ウロボロスの在り処が・・・。
「この町には・・・」
リューシャは息も乱さずにそう言った。
「一人の刀匠がすんでいました。腕のいい、そして・・・優しすぎた刀匠が」
いくつもの路地を曲がり、小径を駆け抜けていく。
「刀匠は信じていた。この町の指導者が異形の者の出現を予言したとき、彼は人々のこの町を守るという想いに押されるように、幾本もの剣を鍛えた。皆を、この町を、人々のささやかな幸せを愛していたから。しかし、その剣が向けられたのは皮肉にも・・・」
俺は言葉の途中でリューシャを止めた。目前の建物の影から、声が聞こえたのだ。
『わしの孫じゃったよ、偽りの言葉により、やつの地位を固めるために、生贄にされたのは・・・。わしはその瞬間に狂ってしまった。やつだけでなく、この町の人間全てを許せなかった。悪いのは、やつだけだったのに・・・』
年老いて疲れきった男の声だった。そして、全てを失い孤独な男の声だった。
男の独白が続く。彼の知識の奥底に封印された、血塗られた技。膨大な魔力と白銀の剣を媒介に、その魔力の漂う範囲にいる全ての生物の命を切り裂く赤錆びた剣を生み出す技。それを・・・
『あの子・・・あんたの妹じゃったな、あの子の全ての魔力をこの剣の精製に使った。そして・・・死の定めにあるその体に流れる血で刀身を染めた・・・』
『き・・・貴様ぁ!』
『いまさら、許せとは言わん。どうせこの身は今でも狂っているのだ。こんな人間は消えて無くなったほうがいい。しかし・・・』
リューシャの呟きと男の言葉がそう告げた。
「『復讐を果たしたとして、その身に何が残る・・・』」
そして純白の髪が太陽の光に煌いた。それに続いて俺も駆け出る。
「やめろ、リュージュ・エルクラン。力に溺れるなと忠告したはずだ。」
俺は目前に浮かんだ異様な風景をただ眺めながら言った。
黒い髪の流れるそばに一冊の辞書が浮いてる。その髪を持つ女性に追い詰められたように、大地に倒れた初老の男の上にも・・・その左右にも、空にも大地にも・・・。全ての空間に辞書が浮いている。
女、リュージュは男を見つめたまま、振り向きもせず言った。親指の爪を噛んでいるのが後ろからでも分った。
「命に等しきものは命しかない。この男は命を損なったのだから、自らの命の灯を消すべきだ。自らできぬというのなら私が消してやる。消せぬほど猛き炎な ら、世界の理を曲げてでも燭台ごと吹き飛ばしてやる。そのために、私自身を呪縛しようとも・・・それが定めなれば・・・。」
ノエルが一言違うと呟くのが聞こえた。
「死ね。それがお前の罪だ。」
「違う!」
全ての辞書が光った。その光がそれぞれ一条の光線と化し一点を目指す。その波動とエネルギーが干渉し、あたりは眩い閃光に包まれた。
「何故・・・邪魔をする。」
光が収まった時、俺の姿は男の前にあった。翳したマントに一点の焦げた穴を残して。
「何故か分らないのか?教えてやろう。夢の代償に・・・」
「お前に?たかが商人のお前に何が教えられるというんだ?」
リュージュは持っている辞書を開いた。その頁で二つに破り分ける。それとともに、この場に存在する全ての辞書が二つに分かれた。
「お前は力に溺れている、だから見えない。お前は復讐を望んでいる、だから聞こえない。お前は乗り越えなければならない。」
リュージュの手の中の辞書は二つに分かれたにもかかわらず、その厚さはまったく変わっていない。彼女はその一つを、まるで置くように空中に放つと、残りを再び二つに分けた。他の辞書も再び分裂する。
「彼は復讐を果たして愛した人々と生きる気力を見失った。貴方が見失うのは何かしら・・・貴方はそれを見失っていいのかしら・・・そうなったら・・・貴方は彼とどう違うと言うの!!」
ノエルが叫ぶ。そして俺たちは告げた。
「俺の真の名を知れ、リュージュ・エルクラン。」
「そう、『克服』の名を、乗り越える力を、幻獣ユニティプア!汝の名を伝えるために!」
リュージュの右手と、ノエルの右手が同時に空に振り上げられる。
「邪魔をするならお前たちも死ね・・・死んでくれ!!私が忘れられないように!」
包んだのは眩い閃光。全ての辞書がそれぞれの文字を光らせながら少女を目指した。
俺はその光を縫って、魔術師の女性を目指した。
その拮抗の中を一瞬の影が・・・
「リューシャ!!」
光の中でリュージュが見たものは俺たちではなかった。リューシャ・エルクラン。彼女の妹は光の中で姉と出会った。
「主人・・・いえ、姉さん。何をそんなにあせっているの・・・」
「私は・・・私は忘れないから。貴方のこと、絶対に忘れない。貴方が死んでしまったこと・・・」
妹がまるでふわっと音がしそうな儚さで微笑んだ。
「乗り越えようとすることは忘れることじゃない。忘れられないように、血と哀しみで縛らないで・・・」
「え・・・」
「乗り越えることは、その全ての想いを姉さんの物にしていくこと。今の姉さんの気持ち、本当の気持ちを大切にして。私を想ってくれるその心で・・・乗り越えて、私の死を!」
妹の手が姉の手へと黒い封印を手渡す。そのまま手を取り、その手が辞書に触れた。
俺は叫んだ。
「想え!今の心を。リュージュ・エルクラン、お前の本当の心だけが、その本を封じられる!」
人の為に祈ること、人を想うこと。それがウロボロスの起動鍵となったのがはっきりと俺には知覚できた。
◇ ◇ ◇
「指輪・・・」
リュージュの手の中を見ながらノエルが呟いた。二つに割れた指輪、それはリュージュ自身が自らの魔力を封じるために作った指輪だった。 そうして作られた物品は、意思を持つことがある。俺の主人であったフェルディ・アードの指輪にも二つの人格が宿っていた。リュージュの指輪には妹であるリューシャが宿っていたのだ。
「たいした嬢ちゃんじゃ。まさにそのとおり・・・。」
男の弱々しい呟きを聞きながら、黒い馬の姿の俺は告げる。
「俺はお前の妹の願いをかなえてやった。だから夢をもらう権利がある。」
三人の人間が俺を見つめた。静寂の中でリュージュはうつむいたままだった。
「夢は渡せない・・・」
呟く。そして、ゆっくりと顔を上げると、そこにはまるで妹とうりふたつの儚い微笑が浮かんでいた。
「私の中には妹への想いしか残っていない。妹からもらった願いしか残っていない。まして夢なんて今の私にはない。だから・・・。」
俺は黙ってリュージュの話を聞いていた。ノエルも、男も何も言わなかった。
リュージュの親指が口元に伸びたが、ふと止まる。
「私がこれから先感じる一番始めの夢を貴方にあげる。私が夢を見ることができるようになったら・・・妹の願いを果たして、妹の死を乗り越えることができたら・・・そのときはお前を呼ぼう。」
俺は頷くと口をリュージュの額に触れさせた。リュージュが一冊の辞書を差し出す。
ウロボロスの辞書。
「お前が持つがいい・・・いやお前しか今は持てないのだ、リュージュ。その本に心を、お前は与えたのだから。」
長身の女性が去っていく。一言言い残して・・・
『貴方も死にたがるのはもう止めたら・・・。』
老人は満たされたように微笑んだのだった。
辞書をめぐる争いはこれで終わる。この辞書がある男の手に渡るのにはさらに数千年を要することとなった。
「もはや彼女と会うことはないだろう。俺は彼女の奥底に眠っていた最後の夢を報酬として受け取った。自分を責める凶夢、それは今の彼女に必要ないものだったから。」
第四話 Seal & feel of closed book / Fin
説明 | ||
『プレ』オープニング→ http://www.tinami.com/view/549450 第一話→ http://www.tinami.com/view/549455 紹介 『何故かわからないのか。教えてやろう、夢の代償に・・・』 過去から呼び起こされた一冊の辞書。強い力をその身に秘めて・・・ 妹を想う姉の心は怒りに流され、大切なものを見失っていた。だから・・・その身を縛っていく・・・。 |
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