はがない短篇集 夜空理科寄り |
はがない短篇集 夜空理科寄り
理科エンド
「原作8巻の終わり方を見る限り、小鷹先輩の恋人に最も相応しいのは理科だと思うんですよ」
「何だ? 藪から棒に」
放課後の屋上に呼び出された俺は隣人部の後輩から突然そんなことをまくし立てられた。
天才科学者志熊理科は白衣を脱ぎ、メガネを外し、髪を下ろしてごく普通の美少女となって俺の前に立っている。
「だって、7巻辺りから小鷹先輩がベタ褒めだったのは理科じゃないですか。献身的な性格と典型的な漫画科学者ルックを止めた理科を美少女美少女って何度も連呼して」
「そう言えばそんな気がしてきた」
詳しくは述べられないが、学園祭行事とその後を通じて俺の中の理科評価はうなぎ登りになった。
「アニメのエンディングじゃ夜空先輩と星奈先輩の一騎打ちみたいな描かれ方ですが、先輩の内部評価で言えば理科と幸村さんの一騎打ちの方が正しいはずです」
「アニメの方はストーリー変えれば済むだけの話だろ? 夜空と星奈は不動の二枚看板なんだし。薄い本では小鳩も加われば完璧だ」
「ど、どうしてこの場においても理科をディスるようなことを平然と言うんですか!」
理科はプンプンと怒っている。
「大体、星奈先輩は優遇されすぎなんです! +の漫画版ではメインヒロインに抜擢されるし理科は存在すら消されていたし、コミケでは一番たくさん薄い本を作られてたし理科の本はほとんどなかったし、どこぞの誰かのSSではメインヒロインがデフォルトだし理科はトラブルメーカーでしかないし。完璧ヒロインは何作メインを張れば満足するんですか?」
「大宇宙の大いなる意思だから仕方ないさ」
特に3つ目の指摘はどうにもならない。
「小鳩さんは邪王真眼だの堕天聖黒猫だの中二病な方々と一緒に出演したり、きりりん氏だの姫乃小路秋子さんだのと妹な方々と一緒に出演したりとクロスオーバーで引っ張りだこですし」
「小鳩は可愛いから仕方ないさ」
中二病も妹も昨今は1作に1人はいるし、妹は可愛いからな。フッ。
「そんな訳で金髪ガールズばっかり優遇されているのが理科には納得できないのです」
「それでどうしろと?」
「だからここは理科エンドに突入するのが筋だと思うんですよ」
理科は拳を握り締めた。
「…………わかった」
理科の提案に頷いてみせる。
「へっ?」
理科は予想外だったらしい俺の返答に間抜け面を見せる。が、関係ない。
「理科、好きだ。愛している」
俺は理科を力強く抱きしめた。
「あの……抱きしめて告白してもらえるのは嬉しいのですが……この作品にドラマは、ないのですか?」
「ないよ」
「えぇええええええぇっ!?」
理科が大きな驚きの声を上げた。
「星奈先輩のように7、8万字クラスの物語が欲しいとは言いません。でも、せめて、1万字程度の困難と葛藤の末に小鷹先輩と結ばれるラブストーリーを……」
「これ、1,200字の短編で入浴するまでに書き上げる物語だから」
「何でそんな投げやりなんですか! せっかくの理科ヒロインなんですから、もっと胸を焦がす切ない物語をっ!」
腕の中で理科が吠えるが無視。代わりに時計を見る。もうタイムアップだった。
「結ばれた俺と理科は一生幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」
「もう締めに入ってやがるぅ〜〜っ!」
理科は絶叫するが、もう紙面はない。
既に100字ほどオーバーしている。
「めでたしめでたし」
「これじゃあ、いきなりエンディングしかない展開じゃないかぁっ! 責任者出てこいや、おらぁああああああああぁっ!」
理科エンド 完
夜空の愚痴りごと
「私は本当にメインヒロインなのだろうか?」
三日月夜空は自身の境遇について大きな疑問を抱いていた。
「気のせいか肉の当て馬にしかなっていない気がする……」
あごに手を当てながら考える。
数々の理不尽な物語の展開を思い出してみる。
「肉エンドや幼女エンドは存在するのに、何故夜空エンドが存在しないのだ!」
憤まんやるかたない。
「こ、小鷹は何故私を選ばないのだ? こ、小鷹が望むのなら……き、き、キス、とか、少しぐらいエッチな展開があっても良いというのに……」
夜空の顔が遠目からでも分かるぐらいに真っ赤に染まり上がる。
「わ、私は……小鷹の為なら何だってできる覚悟を決めているというのに……」
夜空は自分が口にしている言葉の大胆さぶりに気を失ってしまいそうになる。
そんな夜空の目の前を2人の金髪の美少女が通過していく。
歩いてくるのは夜空と同じ隣人部員であり宿命のライバルと想い人の妹である柏崎星奈と羽瀬川小鳩。2人はとてもだるそうに前かがみで俯きながら歩いており夜空に気付いていない。
「小鳩ちゃん。すっごくお疲れみたいね」
「最近、はがないに加えてクロスオーバーの出演が多すぎてかなわんのよ。全部結構長いし、クロスオーバーものやと出会いの場面からやり直しになったり毎回交遊設定が変わったりと複雑すぎてよう分からへん」
「小鳩ちゃん可愛いから、色んな作品で引っ張りだこだもんね♪ あたしが独占したいのに〜〜♪」
「アンタ、そんなこと言いながらいっつもあんちゃんとラブラブばっかりしおって」
「まっ、まあ、それはあたしと小鷹の関係を考えれば仕方ないって言うかあ〜」
「チッ!」
「でも、私も小鷹とのラブラブ話を展開される度に結局は数万字に及ぶ作品になっちゃって、くっつくまで大変なんだから。連載ものって大変なのよ」
「そんなことはウチだって知っちょる」
「それに、読者サービスで露骨にお風呂シーンが入ったり、小鷹に裸見られたりって結構恥ずかしいんだから。まあ、相手が小鷹だからいいんだけど……」
「ウチだってサービスシーンであんちゃんとお風呂一緒に入ってて恥ずかしいじゃ。あんちゃんやからいいんだけど……」
「そ、それに、ほら、直接的には語られなくても、小鷹と深い仲っていうか、そういう関係に見られちゃう場合もあるんだし」
「ウチはアンタをお義姉ちゃんなんて認めへん!」
「それは今連載中の作品でしょ」
「全作品共通で認めへん!」
「でもでも、あたしの愛は小鷹と小鳩ちゃんの両方に向いているのよ〜♪ だから小鷹にだけメロメロで小鳩ちゃんをないがしろにするなんて絶対にないから〜♪」
「抱きつくな! 暑苦しいんじゃ!」
「そんな罵詈雑言を叩きながら抱きつかれたままにしている小鳩ちゃんってほんとラブリ〜♪」
「うっさい! ウチは次の物語の出演で忙しいんじゃ。ずっとずっと出演予定でいっぱいなんじゃ。4月からは俺妹2期も始まるから、クロスオーバーがまたどんどん増えるんじゃ」
「あたしも次もその次もメインヒロイン役だから忙しいのよね。だからこその小鳩ちゃん分の補充なのよ〜」
結局星奈と小鳩は夜空に気が付かないまま通り過ぎていった。
そんな2人を見ながら夜空は思った。
「裸を晒したり周囲の人間に気付かないぐらいにヘトヘトになって出演を続けねばメインになれないと言うのなら……しばらくは今のままでもいいか」
夜空はため息を吐いてから空を見上げた。
「楽して……小鷹が手に入ればなあ」
一番星が少女の綺麗な瞳に映っていた。
夜空ノーマルエンド
テスト勉強は貞操が危ない
俺が隣人部に入ってから半年ほどの時が過ぎた。
特に何か熱心に活動しているという訳ではない。いつも各自が気ままに遊んでいるだけ。だけどそれなりに楽しく過ごしている。
気付けば放課後は隣人部部室に立ち寄って過ごすのが日課になっている。
隣人部の活動は俺の人生に潤いをもたらしてくれている。ぼっちだった俺の人生に所属という居場所を与えてくれた。
その意味で俺は隣人部の面々にとても感謝している。だがぼっちがぼっちで無くなったことで生じる厄介な変化に俺も直面することになった。
「…………今回の期末試験、かなりヤバいかも知れないな」
教科書と参考書、そしてノートを開きながら俺は冷や汗を掻いていた。
期末試験の範囲の勉強がかなり危ない。
こんなこと初めてだった。
今までの俺は勉強で困ったことはほとんどなかった。
何しろぼっちで無趣味ときたものだから勉強する時間には事欠かなかった。授業中も放課後も特にやるべきこともなく、暇潰しに勉強し続けていた。
その甲斐あって成績は常にトップクラスを維持していた。
だが、隣人部に加わったことで俺の勉強時間は大きく減った。
部室でも勉強はよくしている方だ。けれど、毎日無条件で暇潰しに勉強していた時と比べると明らかに時間も集中力も減退している。
その結果が今回の試験範囲の問題が解けないという事態に繋がっている。
どうやら俺は天才でも頭の回転が良い訳でもなく、人の3倍の時間勉強していたから成績が良かっただけの不器用人間らしい。
理科や星奈、マリアといった天才に囲まれていたせいで自分を見失っていたようだ。
とにかくこれは俺にとって大ピンチだった。
「つまり先輩は理科に子供を産んで欲しい。そう言いたい訳ですね?」
天才が凡人にはよく分からないことを述べながら近付いてきた。しなを作ってうっふんとか口で言ってくれちゃっている。ウザい。
「なあ」
「何でしょうか?」
理科は瞳を輝かせている。引っ掛かってしまったことに気付く。余計なフリを入れてしまったことを後悔しつつ仕方なく会話を続ける。
「あんま知りたくもないのだが、俺の期末試験がヤバいのと理科が俺の子供を産むのとどんな関係があるんだ?」
きっと知らない方が良い。知れば余計後悔する。経験的にそれは十分に分かっている。だが、ここまでトス待ちをされてしまっては聞かない訳にもいかない。俺はそこまで非情に成りきれない。
「そんなに知りたいのなら、お教えしましょうっ!」
ここで知りたくないとツッコミを入れるのは容易い。だがきっとそのツッコミはその後に更なる事態の悪化を招く要因になる可能性が高い。
故に小規模爆発させてこの話をさっさと終わらせるのが吉というものだろう。
「先輩は試験範囲の勉強が分からない以上、誰かに教えて貰う必要がありますよね」
「そうかあ。分からない所を他人に聞くという勉強法があったんだっ!」
今まで思いも寄らなかった勉強法だった。
こっそりと聞き耳立てていた夜空も大きく目を開いて驚いている。
俺たちは常にぼっちだった。だから、他人の力をあてにするという選択肢が最初からすっぽりと抜け落ちている。
「ふっふっふ。あたしはどうしても分からないことはステラに聞いてきたもの。だから理科の言うことなんて別に新鮮でも何でもないわ」
星奈は自信満々な笑顔で大きな胸を反らしてみせた。俺たちとは次元が違うと言いたいらしい。でも、そんなことは目からウロコの理科の説明に比べればどうでも良いことだった。
「先輩には先生役を果たせる人材が必要です。でも、先輩はクラスに友達がいませんよね?」
「…………ああっ」
クラスメイトに勉強を教えてもらうなんて考えたことさえなかった。そんなものはリア充世界の出来事であって、俺にとってみれば地球の反対側で何が起きていると言われるのに等しい。
「そうすると、先輩はこの学校で一番の天才である理科に勉強を見てもらうことになるわけですよ」
「………………そういう選択肢も生じるかも知れないな」
理科が勉強を見ると言った所で夜空と星奈の体がビクッと跳ね上がった。
ここでアイツらに話を振るときっと長くなる。きっと脱線する。だから、何か言いたそうな2人を無視して話の続きを聞くことに。
「先輩の勉強を見ていると状況が深刻なことが明らかになります。理科は家で付きっ切りで勉強を見ることになり先輩の部屋を1人で訪れることになるのは歴史の必然です」
「……………………ああっ」
鼻息荒くなってきた理科に言いたいことは山ほどある。だが、ここでツッコミを入れてしまうと事態の泥沼化はもう分かっている。
敢えてツッコミポイントを全てスルーして話の続きを促す。
「すると、理科が部屋に入るなり鍵を閉めた先輩はいやらしい笑みを浮かべて言うんです。保健体育の子供の作り方を実践で教えて欲しいぜって」
耐え続けるべきなのか。それとも盛大にツッコミを入れるべきなのか。
それが問題だ。どちらが俺への被害が少なくて済むんだ?
「勿論理科は貞淑な少女ですので、自分の性感帯がどこなのか実際に触ってみせながら懇切丁寧に解説して先輩を拒みます」
突っ込まない。突っ込まない。このタイミングでツッコミを入れるのは逐次投入で泥沼化しかならない。
「でも先輩は理科に肉欲の限りを尽くそうと頭がいっぱいなので説得は通じません。抵抗できないように自ら手錠で縛られた理科は先輩に押し倒されてしまいます。そして先輩の荒々しいけれどぎこちない手を巧みに誘導して襲われます」
「……あのなあ」
ヤバい。あまりの展開のアレさにちょっとツッコミを入れ掛けてしまった。危ない危ない。
「あっ、勿論理科もそういう行為に及ぶのは初めてですから実際には上手く誘導しきれないかも知れません。理論と実践の乖離は全ての研究者にとって永遠の課題ですから」
問題なのはそこじゃねえ。俺は口に出さないことに成功した。
「そして必死の抵抗にも関わらず理科は遂に先輩に力尽くで犯されてしまいます。ええ、理科は先輩に犯されるんです。無理やりですっ! それも何度も何度も。朝までですっ!」
「…………もう少し小さな声で喋ろうな」
この際夜空や星奈の反応は考えない。何故なら聞くまでもなく怒りきっているだろうから。
むしろ問題なのは今の理科の危険発言が部外者に聞かれていないかということだ。
「すると理科のお腹の中に先輩のベイビーが出来るのは必然です」
理科は勝ち誇った表情を見せた。
「そうなった以上、責任を取って小鷹先輩は理科と結婚するしかないと。もう完璧ですね♪」
理科はとても爽やかな笑みを浮かべながらウインクしてみせた。
言いたいことはたくさんある。
でも、ここは1ヶ所だけツッコミを入れることにする。
「試験はどうなったんだっ!」
「ハァ? いたいけな女子高生をレイプして孕ませておいて学生生活を平然と続けていられるなんてどうして思えるんですか? 先輩は事件が発覚した時点で即退学ですから試験の成績なんて気にする必要もありませんよ」
「本末転倒だろうが、それじゃあ!」
呆れ顔の理科に大声でツッコミを入れてやった。
理科は天才すぎて思考回路がどこかぶっ飛んでやがる。
「じゃ、じゃあ、小鷹の勉強はこのあたしが特別に見て……」
「駄肉のような他人を振り返れない傲慢不遜に教わるのでは小鷹が哀れだ。ここは特別にこの私が勉強を見てやろう」
「なら、エロいことをされなくていいので理科がみます。先輩方はご自分の試験勉強に打ち込んでください」
星奈、夜空、理科の三者の視線が絡み合って火花を散らす。
何なんだ、この状況は?
っていうか、勉強に集中できないからどこか他でやって欲しい。
それができないのなら誰か助けて。
「あっはっはっはっは。お兄ちゃん。今日も相変わらず冴えないプリン頭なのだ〜♪」
部室にマリアが入ってきた。
「あっ、お兄ちゃん。今日も勉強しているのか?」
マリアが俺がテーブルの上に広げている教科書を見つけて覗き込んできた。
「ああ。試験は近いし、よく分からない箇所もあるんで勉強しないとな」
「ふ〜ん」
マリアは俺の教科書をじっと見る。
「お兄ちゃん、これ分からないのか?」
「分からない部分もある」
「なら、ワタシが教えるのだ。これなら前に高校に行っていた時に習ったので覚えているのだ」
「本当か!?」
驚きの声を発する。
よく忘れてしまうが、これでもマリアは10歳にして進学校の高校でもトップの成績を誇っていた超天才児だったのだ。
性格に難があり過ぎて高校は途中で辞めてしまったらしいのだけど。けれど、マリアに勉強を見てもらうというのは今度の試験を乗り切るのに丁度良い解決策だと思った。
……あっちの3人に頼むとすごく身の危険を感じるので。
「って、小鷹先輩は女子高生が3人でアンタを取り合っているのに、幼女に走るんですかっ!?」
「小鷹はやはりロリコンだったのだな!」
「やっぱり、小鳩ちゃんのことも不順な目で見ていたのでしょ!」
すげえ言いがかりが飛んできた。
「あのなあ……」
過去の前例に従えばここで俺が何を言っても理科達は聞いてくれない。
「だいたい、マリアさんもマリアさんですよ!」
理科はマリアの方へと詰め寄った。
「小鷹先輩の家になんか行ったら、あっという間に服を脱がされて裸にされてしまいますよ」
「ほえ? お風呂に入るのか? お風呂ならこの間お兄ちゃんの家に行った時に入ったぞ」
「「「えっ?」」」
理科達はぎょっとした瞳で俺を見る。
「一緒に洗いっこして、一緒に寝たのだ〜」
「「「なんですって(だって)!?」」」
3人の瞳に殺意の波動が篭る。
「マリア、物事はちゃんと伝えろ! 大変な誤解が渦巻いているっての!」
このままでは俺は殺されてしまう。
「ああ、そう言えばあの時はうんこ吸血鬼もいたのだぁ」
「より正確には一緒にお風呂に入ったのも寝たのも小鳩とマリアの2人でしたことだろうがあっ!」
俺は必死に自分の無罪を3人のJKに訴える。
「小鳩ちゃんと3人で一緒にお風呂に入ったり、1つの布団で寝たのね! やっぱり小鷹は……」
「部員の中から犯罪者が出るのは大変悲しいが、これも世界平和の為だ。ペド小鷹にはここで消えてもらおう」
「理科エンドかと思わせぶりな展開を用意して……結局は幼女エンドなんですねっ!」
しかし、怒り狂った3人に俺の言い分は伝わらない。
「どうせ、マリアさんを勉強にかこつけて部屋に招き入れて、保健体育の実践だげっへっへと言いながら子作りに励むつもりなんでしょう!」
「とんでもねえ言いがかりだぞ、それは!」
大声で理科の虚言を否定する。
「うん? お兄ちゃんはワタシに赤ちゃんを生んで欲しいのか?」
マリアが首をかしげた。
「マリア! 小鷹の口車に乗っちゃダメだからね! アイツは小学生でも……ううん、見た目小学生なほど反応する生粋の変態なんだから」
「小鷹に付き従えば待っているのは性のおもちゃにされた挙句の妊娠だぞ」
「ふ〜ん」
マリアは俺の顔をじっと見る。
「でも、ワタシはお兄ちゃんの赤ちゃんだったら生んでも構わないのだ。きっとうんこで面白くてかっこいい子になるのだ♪」
マリアはニコッと楽しそうに微笑んだ。
それは普段であれば10歳という年齢に相応しい天真爛漫な笑顔と言える。でも、こんな命を賭けたやり取りを行なっている席で見るには相応しくなかった。
何故ならマリアのその笑顔は俺の死を確定させたからだ。
「じゃあお兄ちゃん、勉強を見てあげるついでに子供を作るのだ。にゃっはっはっは」
マリアはもう一度笑顔を重ねた。これで、死刑は執行へと移った。
「「「殺スっ!」」」
3人のJKに襲い掛かられて命を散らしていく俺。
俺はただ、試験勉強に勤しんでいただけなんだけどなあ……。
「ところで子供ってどうやったらできるのだ?」
指をくわえて首を傾げるマリアを見ながら思う。
マリアにはコイツら残念に成長しないで欲しいと。
柄にもなく神様にそんなことを祈りながら俺の魂は肉体を離れて天へと登っていったのだった。
幼女エンド 完
夜空は友達が良くない
「小鷹と再会して既に半年。それなりに2人の仲を深める出来事も重ねて来た。なのに何故私と小鷹はいまだ恋人になれないのだっ!?」
もうじき12月に入ろうかという晩秋の隣人部部室。
三日月夜空はままならない現実に胸を痛めていた。
「このままでは……肉に小鷹を盗られてしまいかねない」
必死に頭を横に振って嫌な予感を打ち消しに掛かる。
けれど夜空には星奈の方が自分よりも小鷹の彼女の座に近い気がしてならない。
いや、このままの状況で推移していけば年内、クリスマス頃には星奈に小鷹を奪われてしまう。
「悔しいが私にはあの駄肉のように気安く小鷹に接することはできん。だが、どうすれば?」
星奈の最も有利な点。
それは肉感的で官能的なボディーにあるのではない。そうではなく、星奈の最大の武器は小鷹に対して何も飾らないこと。ごく自然に全てをさらけ出している所にある。
星奈は極めて自己中心的な人間だ。常に自分が正しいと信じて疑うことはほとんどない。それ故に常に自分の思うがままの行動を取る。そこに一切の悪気さえも存在しない。
その為に小鷹に対しても一切身構えることがない。
一方で夜空は相手が誰であれ身構えてしまうのが基本。小鷹に対してもそう。深謀遠慮を張り巡らし過ぎて却って息詰まるやり取りをしてしまう。
夜空にとって感情をそのまま出すとは危険すぎてとても出来ることではない。何故ならそれはコントロールが効かなくなった自分を晒してしまうことに他ならないから。
そしてそうなった場合、自分が相手に否定的に受け取られる場合が大部分であることを夜空は経験から知っていた。
「本当に、どうすれば良いのだ」
悩む夜空。そんな夜空に背後から近付いていく1人の少女。
「なら、理科と手を組みませんか?」
少女は背後からそっと囁いた。
「志熊理科!?」
体を大きく震わせながら夜空が振り返る。そこには白衣にメガネという如何にも格好をした天才の異名を欲しいままにする後輩少女が立っていた。
「貴様、一体どこから聞いていた?」
「そんなことはどうでも良いことです」
理科は夜空の怒りを軽く受け流した。
「今大事なのは星奈先輩が夜空先輩と理科の共通の大敵だということです」
理科のメガネが鈍く光る。
「…………それで?」
「ですから理科と手を組んで最大のライバルを一緒に潰しましょう♪」
理科はとても楽しそうに提案する。けれど夜空はそんな理科の態度と提案が気に食わない。
「くだらん馴れないは好きではない」
理科の提案を一蹴する。だが理科は夜空が提案を拒否することを最初から読んでいたように話を続けて来た。
「そんなことを言っていますと、理科も夜空先輩も各個撃破されて小鷹先輩は星奈先輩のものになりますね」
「…………フンッ」
鼻を鳴らして理科から顔を背ける。
「そして結ばれた小鷹先輩と星奈先輩はラブホテル代わりにここで激しく愛し合うようになるのが薄い本的なお約束でしょう。夜空先輩がせっかく小鷹先輩の為に準備した部屋が2人の愛し合った痕跡まみれになりますね」
夜空の体が大きく震えた。
「この部室を破廉恥な目的でなど使わせてなるものか」
胸の奥から何かがこみ上げてきそうになるのをグっと堪える。
もし、小鷹と星奈が本当に恋仲になったら理科の言うような使われ方がこの部室に起きるのではないか。それを認めてしまいそうになる。
「もしくは2人揃って退部して小鷹先輩の家で時間も忘れて愛し合い、夜空先輩のことも完璧に忘れてしまうでしょうね。きっと数ヶ月もすれば星奈先輩のお腹は大きくなり、学校も辞めてしまうでしょう」
夜空の体がまた激しく震えた。
「幾ら星奈先輩のご実家がお金持ちとはいえ、高校中退のカップルの未来は大変でしょうね。可哀想な小鷹先輩。星奈先輩を選んだばかりに苦労することになって。うっうっうっ」
理科は大げさに泣く真似をしてみせた。あまりにも稚拙な演技。けれど夜空にとっては理科の演技が嘘くさいかどうかは大した問題ではなかった。
「肉と結ばれると小鷹が不幸になる……か」
小さく呟く夜空。その呟きを聞いた瞬間に理科は顔をパッと輝かせた。
「何故諦める必要があるんですか?」
「………………っ」
夜空は前方を向いたまま動かない。
「夜空先輩も小鷹先輩のヘタレっぷりは分かっているのでしょう? 今の時代をヘタレ先輩では生き抜いていくことはできません。となれば、ヘタレを引っ張っていく鉄の信念を持った立派な女性が必要となるんです」
夜空は微動だにしない。
「それでいいんですか? 夜空先輩ほどの女が何を迷うことがあるのですか? 奪い取るんです」
夜空の全身が一瞬だけ僅かに震えた。
それを見て理科はニヤリと笑いながらメガネを鈍く曇らせた。
「今は悪女が微笑む時代なんですよ」
その囁きを聞いた瞬間に夜空の瞳は大きく見開かれた。
「志熊理科……」
夜空は水面に浮かぶこの葉の如く静かに後輩の名を呼んだ。
「潰すぞ……肉を」
「はいっ!」
理科は満面の笑みで返事をしてみせた。
『ちょっと小鷹。アンタから話しなさいよ』
『分かってるって』
部室の外から男女の声が聞こえてきた。
小鷹と星奈のものに間違いなかった。
「どうやら早速好機に恵まれたようだな」
「策は?」
「そんなものは不要。正面から叩き潰すのみ!」
夜空は冷血戦闘マシーン・ウォーズマンスマイルを浮かべると小鷹達の到着を待つ。
そしてそれからほどなくして部室の扉が開いた。
「小鷹、肉よ。大事な話がある!」
夜空は部室の雰囲気が弛緩しない内に仕掛けることにした。
「実は俺からも夜空と理科に話があるんだ」
だが、夜空が話し掛ける前に小鷹の方から話を始めてしまった。
「話、だと?」
嫌な予感に駆られながらつい先に話す権利を譲ってしまう。
「その話って言うのは……」
星奈が小鷹の隣に寄り添った。
「「うん?」」
夜空と理科が揃って疑問の声を上げる。
だが、全ては後の祭りだった。
「実は俺と星奈は今度結婚することにした」
小鷹は真剣な表情でそう話を切り出した。
「高校を卒業したら俺はすぐに星奈と結婚する」
「これ、昨日小鷹に買ってもらったの。えへへ。いいでしょ」
星奈は顔をニヤケさせながらプラチナのシンプルの指輪を夜空たちにかざしてみせた。
「「………………っ」」
夜空と理科は何も言えない。言えるはずがない。
最悪な形で星奈に先手を取られたのだから。
「この間、この部室でリアルエロゲーしていたら……パパにバレちゃって。即結婚という流れになったのよ〜」
星奈はとても楽しげに結婚に至った事情を説明した。
「ま、まあ、そういう訳なんで、2人にも同じ隣人部部員として俺達の結婚を祝ってもらえると嬉しいんだが……」
小鷹が後頭部を掻きながら笑ってみせる。
それが、2人の怒りの導火線に火を灯した。
「また今回も星奈エンドかよ。お前らいい加減にしろよ、畜生〜〜っ!!」
「この流れから言って、夜空エンドに向かうのがまっとうな作品ってもんじゃないのかぁ〜〜っ!」
目を剥いて小鷹に詰め寄る夜空と理科。
「でも、そんなこと言われたって……この物語も3,000字で締めるからもうオチに行かないといけないし」
小鷹は目を逸らしながら2人に告げた。
「まあまあ。いつもと同じオチだと思えば誰も腹立てないわよ。うふっ♪」
星奈は2人に指輪を見せびらかしながら微笑んでみせた。
「小鷹、肉っ! お前らだけは生かしておけんっ!」
「乙女の純情を踏みにじった恨みを思い知れ〜〜っ!」
夜空と理科は空中高く飛び上がってキックを仕掛ける。
「小鷹っ♪ あたしのこと、昨日パパに誓ったみたいに一生守ってね♪」
「って、逃げれば良い所を俺をわざわざ盾にするなぁ〜〜〜〜っ!!」
2人の少女の蹴りを顔面に受けた小鷹の悲鳴が隣人部部室に響きわたるのだった。
ノーマルエンド(星奈エンド)
説明 | ||
はがない理科、夜空を中心とした短篇集 過去作リンクページ http://www.tinami.com/view/543943 新しく出帆した電子書籍会社の玄錐社(げんすいしゃ)さんの音声付き電子書籍アプリELECTBOOKで1作書かせて頂きました。題名は『社会のルールを守って私を殺して下さい』今週中には発売予定です。有料(170円)ですが、よろしければご覧ください。会話文、地の文共に音声が入っているのがこのアプリの最大の特徴です。なお、アプリは現在の所、iphoneやipad touchなどappleのモバイル端末(iOS6)専用となっています。宣伝に関しては発売後にまた改めて詳細をお伝えします。 |
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