リア充爆発する
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「昨夜零時から全国的に発生している原因不明の爆発ですが、政府は未だ何の声明も発表しておらず……」

 テレビがまくしたてるように喋っている。いい加減煩わしいのでスイッチを切った。一時間ごとに同じ内容を繰り返す体質はこんな状況になっても治らないらしい。

 爆発は、始まったその瞬間が最も激しかった。以後断続的に続いている。全国地域を問わず起こっているが、被害はほぼ住宅街と繁華街に集中している。現場には爆発物は見つかっておらず、捜査のめどは全く立っていない…… 得られた情報はそんなところだ。

 しかし、大多数向けの真っ平らな言葉を使うからわかりにくくなるのであって、事実はきっと単純だ。要は人生の勝ち組が軒並み爆発している。某巨大掲示板群だか某動画コミュニティサイトだかどこ発祥なのかは知らないが、リア充爆発しろ、というダークな呪いがなぜか成就してしまったようだ。

 そんなわけで、僕のアパートも十部屋の内三部屋が爆発した。零時ちょうどに爆発したのが二部屋、それから一時間くらいでもう一部屋も消し飛んだ。遅れて爆発した方は、爆音に驚いた彼女が彼氏の部屋に駆け込むなりしたのだろう。玄関先で爆発したためか前者二つよりやかましかった。

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 焦ってない辺りからわかると思うが、僕は浮いた話と縁がない方だ。

 片田舎の中学からちょっと都会の進学校に進んで、案の定高校デビューに失敗し、しょうがなく勉強に専念するポジションに入り、勉強の成果を友達でもない連中に横取りされ、受験に失敗し、ろくでもない大学に入った。

 大学では何とか友達もできたが、それも親友と呼ぶには値しない薄い友人ばかりだ。内輪の飲み会の頭数に使われることが多く、合コンみたいな誘いは全く来なかった。そもそも友達なんてできないだろうと思っていたのだから、そのくらいが妥当だと思う。

 彼女持ちの奴らは、もうみんな爆発したのだろうか。

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 大学は休みになった。こんな異常事態なのだから、当然だ。

 しかし、来るなと言われたら行きたくなるのが人の性のようで、軽く朝食を済ませ、いつも学校に着ていく服に着替える。ときどき爆発音はしたが、なんだか静かすぎたのでテレビをもう一度点けると、コメンテーターが喋っているところだった。

「リア充爆発しろ、ですか。はっはっは。じゃあ私がかつらをかぶったら爆発しますかね」

 と言って誘い笑いをしながら爆発した。もちろんテレビはすぐに消したが、彼の人生はあれでよかったのだろうか。お茶の間が凍るような笑いが遺言だなんて、ちょっとかわいそうな気もするが、そういうルールになってしまったからこの際仕方ないだろう。

 僕は、ちょっとだけ、本当にちょっとだけ、笑った。我ながら不謹慎だと思う。

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 いつもの道はもういつもと呼べる状況ではなかった。飛び散った瓦礫で車が通れないから、通勤ラッシュの時間帯でも道路は閑散としている。爆発の跡はまるで小さい隕石によるクレーターのようで、まざまざとそこにあるとさすがに気が滅入る。通れなくなっている道もあったから、少し遠回りもした。それでも道のりはほとんど変わらないはずなのに、今日はとても長く感じた。

 校門で呆然としていると、声をかけられた。とても珍しいが、この状況なら珍しさなんてリセットしていい。

「おはよう、聡」

 優希だった。なんで笑っているのだろう。少なくとも楽しくて笑っているということではないはずだ。優希とはそこまで親しくもないけれど、とてもいい奴だってことは噂に聞いているから、わかる。

「眠れなかったみたいね」

 そう言って、優希はさらに笑った。わかった、これは悪戯を思いついた時の顔だ。僕のくまを指さして、ビビリとか何とか言うに違いない。そもそもあんな爆音が響く中眠れる方がおかしいだろう。

 しかし、僕の予想は外れる。

「大丈夫よ、あんたは爆発しない」

 そうかもしれないが、人に言われるとなんだかいい気がしない。お前はリア充じゃないぞって言われているようなものだ。

 ……待てよ、なんでそんなことがわかる。そう疑心暗鬼になりながら、僕は優希のにやけ顔から目をそらしつつ、

「なんでだよ」

 と返した。

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 万有引力ってこんなに強くない。しかし、机は僕の頭をとらえて離さなかった。

 優希は僕の懸想を知っていた。飲み会で喋ってしまったらしい。頭をグルングルンさせながら

「僕にはねぇ、もう決まった人がいるんだからねぇ」

 とれろれろ喋る姿は、酔った時の僕以外の何物でもない。なまじリアルだから見ていられなかった。机に突っ伏さずにどうしろというのだ。

「聡、可愛いね」

 うるさい。僕が可愛いわけがないだろう。茶化すために声かけたのならどっかいけよ。そう目だけで伝えた。

「あはは、ごめん。そういうつもりじゃないから」

 まあ、そんな気はしていたけれど。

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 美雪は、端的に言えば僕の幼馴染だ。

 優希の性格は細かくまでわからないけど、優希と大体正対する性格をしている。控え目で、おとなしくて、読書が好きなインドア派の女の子。でもなんだか頭のいい、そんなところは優希と似ていた。なんだか、というのは持ち合わせたクレバーさがテストの点数のような数字に表れない、ということだ。

 一番印象に残っているのは、中二の夏、初めてコンビニに寄って帰った時。

「折角だから、コンビニ寄っていこうよ」

 と、美雪が言ったのだ。その時の僕は、最近のテストで爆発的にいい点数をとった美雪をどこか歪んだメガネで見ていたから、変な声が出てしまうくらいに驚いた。取り乱しつついいよと言うと、困り気味だった美雪の表情から力が抜けたように見えた。

 コンビニで買うのは飲み物にした。とても暑い日だったから、アイスは溶けるし、口も手もべたべたすると思って気が引けたからだ。

「じゃあ、ちょっと歩いたら休もっか」

 そう言う美雪は、買い物袋を後ろ手にもってご機嫌だった。

 すい、すいっと歩いて、美雪は裏通りの図書館の階段に座った。促されるままに隣に座る。僕が飲み物を出そうとすると、美雪の手がそれを止めた。

「これ。あげる」

 ぷちん、と小気味よくパピコを半分にする。これ、前からやりたかったんだ、と美雪は屈託なく笑った。

 その時の笑顔が忘れられない。

 それよりも前からだけど、僕は美雪のことが好きだった。

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 優希は僕のそんな惚気話を静かに聞いた。

 相槌も打たない。顔の重みをすべて頬杖に乗せて、細くなった眼はとても眠そうに見えたけど、そんな態度からもつまらなさは感じなかった。

 全部喋り終わると、優希は少し身を乗り出して、

「ここにいていいの?」

 とだけ言った。

 優希も、いい女じゃないか。僕はそう思った。もてない癖になんで上から目線なのだろう。でもそう思った。

「ありがとう。すぐ出発する」

 そう言って立ち上がると、優希はがん、ばっ、て、とゆっくり三回手を振った。いい笑顔だった。

 そして、優希は爆発した。

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 中学の卒業式直前に、美雪と僕は二人きりになった。

「もう、卒業だね」

 そう言って、美雪は下を向いた。

 下を向くと、そこにはたくさんの時間が詰まっている。履き潰し同然の上履きとか、半分擦り切れた学ランとか、短くなったズボン、スカートとか、膨らんだ胸もそうかもしれない。終わらないと思っていた時間の結晶だった。

「約束しようよ」

 お互い、きつかったり、苦しかったりしたら、この町に戻ってきて、あの公園で会おう。そういう約束をした。僕は、何も言えなかった。

 そんなことを思い出しながら、実家までの長い道のりを、自転車で進んだ。

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 美雪は、そこにいた。

 公園の噴水のほとり、夕日のほうを向いて、右手を胸に抱いて、ワンピースと一緒に風に揺られている。逆光で見えないけれど、きっと寂しさのあふれた表情をしているだろう。少し壊れた公園の景観に、白いワンピースがよく映えている。

 いないと思っていた。自己満足で終わるはずだったのに。自転車漕ぎで上がった息が、さらに少し荒くなる。その息に気がついたのか、美雪がおもむろに振り向いた。

「聡……」

 思わず声が漏れた、という感じの美雪の声は、湿っていた。目にも涙のようなものが光った。

「美雪、僕さ……」

 いきなりだけど、最後の勇気を振り絞る。そうだ、これを伝えたら、死んでもいい。爆発したっていい。五年越しに僕は言った。

「美雪のことが、好きだ」

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 ……まだ生きている。爆発してない。でも、心臓が爆発しそうだ。

 たっぷり間をおいて、美雪は応えた。

「ごめんね、聡」

 そうか。勘違いしてごめん、美雪。

「聡は、そういうのとは違うんだ」

 そんな顔するな。こっちが悲しくなるだろう。

「でも、会えてよかった」

 僕は、悔しかった。自分に会えてよかったなんて言ってくれているのに、それを素直に喜べない自分の未熟さが悔しかった。こんな僕のせいで、悲しい再会のまま、また別々になってしまうんだろう。五年前と、何も変わっていなかった。

 もう、帰ろう。僕は、まだ何もできやしないんだ。

「じゃあ、僕、これで……」

 うん、と美雪は頷いた。小声で何か言ったようにも思えたが、本当に何か言ったかどうかもわからなかった。寂しさと悲しさのないまぜになったような感情を抑えながら僕は公園を後に――

 

 背後で爆発音がした。僕は振り返った。

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