ムギとスミレ
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【菫】

 

 いつものように部活に顔を出すと梓先輩だけが一人でギターのチューニングを

しているのを目撃した。そのまま部室内に入ればいいのに私ったらつい足を止めてしまい

ドアの隙間から覗き見るような形で先輩を見ていた。

 

 ここ数日より嬉しそうな部長の笑顔を見てつい入るタイミングを失ってしまった

というか。指を絡めて俯きながら独り言のように頭の中で言い訳をしていた所。

 

「何してるの、菫」

「ひゃぁぁぁ、ごめんなさい、ごめんなさいです!」

 

「・・・」

「あ、何だ。直かぁ・・・。びっくりさせないでよ!」

 

 後ろから声をかけられた私は盛大に悲鳴を上げて振り返ると、怪訝な表情をしている

直の姿があった。そして気まずそうな表情をする彼女が私に指を差してきた。

 

「後ろ」

「へ?」

 

 直は私に差していたわけではなく、その後ろに向けてのものらしい。

私の後ろということは部室なわけで。そこを差すということは・・・。

私は恐る恐る背後を向くと笑顔で私を見つめる梓先輩の姿があった。

 

「ぎゃあああああああああ出たああああああ」

 

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 先輩は騒ぐ私の口を押さえて、直が私の背中を押す形で部室へと入っていく。

 

「まるで私幽霊みたいな扱いなんですけど・・・」

「すみません・・・先輩・・・」

「まったく・・・。菫は騒がしいんだから」

 

 私は二人分のカップを棚から取り出すとコポコポという音を立てて紅茶を淹れる。

この音を聞いているとどこかホッとするような気がして。根っからの召使い気質なのかも

しれない。

 

 淹れた紅茶を先輩と直の前のテーブルに置くと梓先輩は首を傾げながら

自分の分の紅茶を置いた場所の席に座った私に聞いてきた。

 

「何であんなとこにいたの?」

「いえ、梓先輩が嬉しそうにしていたので」

 

 あんなとことは私がドア前で覗き見ていたことだろう。嘘をついても何にも

ならないので素直に見たことを告げると、少し照れくさそうに頬を赤らめる先輩が

何か可愛らしい。

 

「え、え!?顔に・・・出てた?」

「はい、思い切り」

 

 私がそう答えると尚更赤くなる先輩だった。興味が出てきた私と直は

身を乗り出しながら梓先輩に聞き出そうとすると、先輩は両手を前に出して横に振る。

降参の意思表示らしい。

 

「わかったから!」

 

 私たちが腰を降ろすと一息ついて紅茶を一口啜ると、意外な人の名前が出てきた。

 

「ムギ先輩と会ったんだよ。会ったというか遊びにいったというか」

「紬おねえちゃ・・・お嬢様が?」

 

「お姉ちゃんでいいんじゃない?」

 

 ニヤニヤしながら私に言う梓先輩。ぷくっと頬を少し膨らませると、謝りながら

先輩は続きを話し始めた。それを聞いていると懐かしくて会いたい気持ちが募ってくる。

時々怖いけど、いつも優しくしてくれるお姉ちゃんが私は好きだった。

 

「先輩、羨ましいです」

「え?」

 

 少し言いにくいことだったが、私は少しずつ頭の中で言葉を整理して必要な部分だけ

語りました。

 お姉ちゃんとの約束を守らないと怖かったこと、そしていつも暖かい手で握ってくれて。

屋敷で働いて辛かった時も癒しになっていたこと。

 

「多分、私はお嬢様がいなくなってから徐々に寂しくなっていったんだと思います」

 

 今思い出すと胸が締め付けられる思いがする。私は顔をしかめて胸に手を当ててると

私の切ない想いが伝わったのか、梓先輩は優しい顔をして私に話しかけてきた。

 

「じゃあ、会いに行こう。場所教えるから」

「はい・・・!」

 

「あっ、でもちょっとしたサプライズがあった方がいいかなぁ」

 

 そう言いながら先輩は顎に指を当てて悪そうな顔をしながら何かを企んでいました。

それを私が知るのはお姉ちゃんに会いに行く当日になってわかったことでした。

 

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 当日になって梓先輩は、とある場所で待ち合わせをすると携帯で知らせてきました。

私は他のことに頭が回る状況ではなく、素直に従い特定の場所へと向かいます。

普段通ってる学校から離れた少し遠い所にある喫茶店を見つけると、そこで合ってるか

どうかを携帯に入ってるメールの情報と見比べてみるとそこで合っていたようでした。

 

 チリンチリン

 

 ドアを開けると鈴が鳴る音がして、席に座って注文をすると程なくしてドアの

方向から再び音が鳴ったので、梓先輩が到着したのかと思って振り返ると

そこには紬お姉ちゃんの姿があったのです。

 

「菫!?」

「お姉ちゃん!?」

 

 少ししか経っていないのに随分と大人っぽくなったお姉ちゃんの姿に私は思わず

目に涙を浮かべてしまい、お姉ちゃんを慌てさせてしまいました。

 

「もう、梓ちゃんったら。こんなことなら言ってくれればよかったのに」

 

 私が状況を説明するとお姉ちゃんも同じようなメールが先輩から来たって言って

喜んで向かったら相手が私だったという。

 

「ごめんなさい、お姉ちゃん・・・。梓先輩じゃなくて」

「そんなことないわ。私菫のことも好きだから」

 

 微笑みながらそんなことを言われると胸がドキドキしてしまうではないか。

いや、もう現にドキドキして煩いくらいなのだけど。

お姉ちゃんは私のそんな気持ちには気づいてないんだろうなぁって思うと

少し落ち込んでしまいそうになる。

 

「あ、お嬢様って言った方がいいのかな」

「いいわよ、家でもないし。それに貴女言ったじゃない」

 

「え?」

「大学くらいまでは親の言うこと聞いた方がいいって。もう大学生だし、ある程度は

自由にさせてもらうわ」

 

 いくらお嬢様とはいえ、親に対してのそういう発言ってどうなのかなと少しは冷や冷や

したがお姉ちゃんの堂々たる態度を見るとそれでも良いのかもと思えてきた。

 

「菫」

「なに、お姉ちゃん」

 

「うふふ、何でもない」

 

 すごく嬉しそうに注文をした紅茶を啜る私をみているお姉ちゃんに、

私は意味がわからず首を傾げると笑いながらやんわりと誤魔化す言葉を言う。

 

 なんだろう、場所は違うのに今の状況は子供の頃一緒に遊んでいた時と空気が似ていた。

そう思うと私は胸がくすぐったくなるような気持ちで何だか嬉しくなった。

 

「どうしたの?」

「なんでもない、お姉ちゃん」

 

「?」

 

 私もお姉ちゃんみたいに笑いながら言うと不思議そうな顔をしてお姉ちゃんも首を

傾げていたのを見て、幸せな気分になっていた。

 

 

 お姉ちゃんに寮に案内してもらう。いつもバンドを組んでたメンバーの人たちと

共に過ごしたりしている部屋へと誘われる。

 

「今の時間はみんな用事があっていないけど、少し時間が経ったら紹介するわね」

「そ、そんな。いいよ、お姉ちゃん」

 

「あら、自慢の菫をみんなに見せびらかしたかったのになぁ〜」

 

 うぐっ、そんなこと言われたら断るに断れないではないですか。

お姉ちゃんは私の心を容易く操作するように喜ばせたりがっかりさせたりできて

ずるいと思った。

 

「わかったよ。じゃあ、それまでお邪魔するね」

「喜んで〜」

 

 私の言葉に手を合わせて頬の横に手を動かして首を傾げる仕草が可愛いと感じた。

 

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 それから今までの間に起こったことを報告と純粋に話がしたかったこともあって

いっぱい、いっぱい話をした。どれくらい時間が経過したかはわからないけれど、

話に一区切りつけると、遠くから足音が聞こえてきた。

 

 私は直感でその足音がお姉ちゃんが言っていた人たちのことだろう。

私が高校入る前も散々話は聞いてはいたけど会うのは初めてでいざとなると

緊張がものすごい速さで私の中を駆け巡っていく。

 

「あ、来たみたい」

「お、お姉ちゃん。やっぱり私・・・」

 

 バタンッ

 

 私がお姉ちゃんに断ろうとした直後にドアは遠慮なく開け放たれ、

数人の気配が中へと入ってきていた。

 

「ムギちゃーん!」

「あれ、誰だ。その子」

 

 何がそんなに嬉しいことがあったのか、ものすごいテンションで最初に入ってきた

セミの長さの髪に髪留めをつけている人の後におでこが広い人が視界に捉えた私の方を

見てお姉ちゃんに尋ねていた。

 

「私の妹よ〜。というか、妹みたいなもの?」

 

 紹介するとギュッと私を抱きしめてくれるお姉ちゃんに、二人は微笑ましそうに

私達を見つめていた。なんだかちょっと恥ずかしい。

 

「へー!可愛いね!」

「は、は・・・初めまして」

 

 後者は私の言葉ではなく、最後に入ってきた綺麗な黒髪ロングのお姉さんから

発せられた言葉だった。見知らぬ私を見てガチガチに緊張しているのを見て私以上に

緊張していると思われた。それはもう気の毒なほどに・・・。

 

「初めまして〜・・・」

 

 私は澪先輩と思われる方に同じように挨拶をしたのでした。

 

 梓先輩も去年までは今の私のように弄られていたのか、私はまるで子供に与えられた

新しい玩具のように遊ばれ可愛がられた。

 梓先輩の話しを聞いたり、今の先輩方の大学生活を聞いたり楽しい時間を過ごし、

後々の約束を交わして先輩方は部屋を去っていった。

 

 嵐が去った後の静けさにお姉ちゃんは私にお疲れ様といって紅茶を淹れてくれた。

お姉ちゃんが淹れる紅茶はとても久しぶりで美味しかった。

 

「楽しい人たちだったね」

「でしょう?」

 

 自慢の親友なのよって続けて私の隣に座るお姉ちゃん。

 

 二人になって暫く沈黙が訪れる。

私は何をすればいいんだろうと頭の中で考えを巡らせていると、不意に声をかけられた。

 

「ねぇ、菫」

「なに、紬お姉ちゃん」

 

「私、菫のことが好きよ。ずっと・・・小さい頃から」

 

 いきなり何だろうと思った。いきなり過ぎて言葉の真意が掴めないけど、ずっと答えを

返さないのはまずいと思って私も同じことをお姉ちゃんに伝えた。

 

「私もお姉ちゃんのこと好きだよ」

 

 すると考えもしないことに、お姉ちゃんの手が私の頬に当ててくいっと私の顔を

横に振り向かせた瞬間に暖かくて柔らかい感触が唇に感じた。

その感覚はすぐにも離れてしまう。何ともいえない、気持ちのよい感触。

だがそれも一瞬で発覚した瞬間に私の頭は真っ白になってしまった。

 

「おねえちゃ・・・!い、今きききききすをををを」

「私の好き。は、こういうことなの」

 

 言葉の合間に妙なタメを作ったお姉ちゃん。その表情はやや赤らめているようで、

最初は冗談かもと思った私もお姉ちゃんのやや潤んだ瞳を見て確信した。

私もお姉ちゃんのことそういう意味で好きだと気づいたのだ。

 

 切なく胸を締め付けるようなこの気持ち。

 

「私もそういう意味で好きだよ・・・」

 

 琴吹の監視下にないこの場所で私達はようやく本音で向き合えた気がした。

今まで背景に親の姿があり、言いたくても言えない言葉が沢山あった。

だけどそれを今は言える状況にあるように思えた。

 

「私、お姉ちゃんと話したいこといっぱいあったんだ」

 

 私は嬉しいという気持ちを前面に出していたけど、目元が潤んで仕方なかった。

それをわかってくれるのか、お姉ちゃんは黙って私を抱きしめてくれた。

 

「今日はいっぱい話をしようね」

 

 って言ってくれたのがこれまでにないほどの幸福であった。

お姉ちゃんの温もりと匂いが私を包み込んでいく。ふとその時、二人で遊んでいた頃の

楽しそうにはしゃいでいる声が聞こえた気がした。

 

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「今日は私にごはん作らせてね」

「じゃあ私も手伝うわ」

 

 台所で野菜の皮を剥きながらもう戻らない懐かしい日々を振り返りつつ、

今の時間を大切にしたい。

 

 昔と全く同じ関係じゃなくなるかもしれないけれど、私はそれでも後悔しないと

言い切れる自信があった。傍にお嬢様・・・お姉ちゃんがいてくれれば、それだけでいい。

それに私には親友と共に過ごしてくれる仲間もいる。

 

 これ以上の幸せはないってくらい、今の私は清々しく生きれるのであった。

 

お終い

説明
この二人の関係性が原作であまり語られていないので距離を大きく詰めて百合仕立てにしてみました。ムギの前で彼女は「お姉ちゃん
」なのか「お嬢様」なのか。多分前者を使うと思うのですがちょっと悩みましたねえ
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けいおん! 琴吹紬 斉藤菫 百合 

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