魏ルート IFエンド これからの曹魏を担う者達
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 街は今日も平和だ。

 あくびをしながら、一刀は人々の活気溢れる光景に目を細めた。

 一刀が魏に戻り、既に五年が経つ。

 戻ってきてすぐは五胡が国境を侵して攻めてきた事もあったが、ここ二年は平和そのものだ。

 恐らく、この大陸は未だかつてない平穏な日々を過ごしているのだろう。

 それを為したのはこの国の王、華琳の偉大な功績であり、その力となれた事は自分の誇りでもある。

 かと言って、この平和を得る為に流された血を忘れたわけではない。

 だからこそ一刀はこの平穏な世の中にあっても、こうして警邏として街に出る事は欠かさないのだ。この平和が一時でも長く続くように。

 まぁ、その仕事ぶりが熱心かどうかは微妙なところだ。

 と、一刀の足元で小さな声が上がった。

 

「父上、そんな大きなあくびをされては民から仕事振りを疑われます」

 

「あ、ああ。ごめんよ、鎮(ちん)」

 父に非難の声を上げたのは、母親に良く似た銀色の髪をした少女だった。頬のバッテン傷は、この前街で子供をいじめていたガキ大将を退治したときに出来た名誉の負傷だ。

「あははははー。お父さま、怒られたなの〜♪」

「おとんはほんま、怠け者やもんなー」

 笑い声を上げる二人を、鎮と呼ばれた少女はきっと睨みつけた。

「圭(けい)! 禎(てい)! 父上を悪く言うと許さんぞ!」

「圭はホントの事を言っただけなのー。怠け者なんて言ったのは禎ちゃんなのー」

 まだ短い髪を頭の上で結わえた眼鏡っ子の圭が禎を指差す。くせっ毛をツインテールにした禎は、背負ったリュックの中の子供用工具をガチャガチャ言わせて反論した。

「ちょっ、それはないで、圭。ウチだけ悪者になんて───ああ、もう、鎮めっちゃ睨んでるしっ!!」

「当たり前だ。我等が尊敬すべき父上の悪口は、このわたしが許さない!」

「ぶー。そんな事言って、鎮ちゃんったらまた一人でお父さまに褒められようとしてるの〜」

「なっ!?」

 威勢良く言い放った鎮だったが、圭の指摘に一気に顔を真っ赤にする。

「ホンマずるいやっちゃわー。『おとん大好き!』オーラ出しまくってなぁ。独り占めはなしやっちゅーねん」

「鎮ちゃん、お父さまがいないとダメなのー。この前だって、夜に起きて寂しくて泣いちゃったのー」

「お、お前らー!!」

 拳を握り締めて追いかける鎮。圭と禎は笑いながら逃げていく。

「ったく、あいつらは……」

 いつも騒々しい三人に、一刀は苦笑いするしかなかった。

 姉妹同然に育った三人。いつも一緒で笑いあったりケンカしてたりする姿は、まるで母親達そっくりだ。

「っと。おーい! あんまり離れるんじゃないぞー!」

 どんどん先を行って目の前の通りを曲がっていってしまった三人を追いかけようと一刀が一歩駆け出した、その瞬間だった。

 

「きゃあああああああっ!!」

 

「!」

 通りに響く甲高い悲鳴は、まぎれもなく圭のものだった。

「圭っ!」

 全速力で駆けつけると、通りを曲がってすぐの酒家の前で刀を抜いている男。泥酔しているのか、足取りもおぼつかない。

 その近くに、頭から血を流してうめいている男がいて、周囲の人間が遠巻きに取り囲んでいる。

 そして、その酔漢が抱えている少女が圭だった。

 一刀が来た事に気付いた鎮と禎が駆け寄ってくる。

「ち、父上っ!」

「おとん! 圭がっ……!」

「圭を離せっ!!」

 我が子を暴漢の手から取り戻そうと踏み出す一刀だったが、男は酒に潰れた声で威嚇する。

「近寄るんじゃねぇっ! 目ん玉えぐり出しちまうぞっ!」

「ひっ!」

 目前に白刃を突きつけられ、圭は恐怖に身を硬くする。

「この恥知らず! 圭を離せ!」

「そうやそうや! ええ大人が何クサったマネしくさってんねん!」

「うるせぇっ! そのガキどもを黙らせろ! さもねぇと───」

「ま、待て!」

 理性を失った男をこれ以上興奮させるのは危険だった。

「お前達もやめるんだ。お前達が騒いだって、かえって状況が悪くなるだけだ」

「でも、父上!」

「圭が危ないんやで!?」

「分かってる。だから、俺に任せるんだ。いいな?」

 小声で説得する一刀に、娘達は渋々と頷いた。

「お、お父さま〜……」

「黙ってろっ!! ぶっ殺すぞ!!」

「やめろっ!」

「さっきからうるせぇんだよ! 何なんだ、てめぇは!」

「誰でもいいだろ? 俺はアンタに忠告してやりに来たんだ」

「忠告だぁ?」

「そ。忠告」

 一つ頷き、一刀は空を指差した。

 

「死なないように頑張れってね」

 

 男がつられて上を見る。そして男は見た。太陽を背に、遥か高くから自分目掛けて落ちてくる人影を。

「なっ、なぁぁぁぁぁっ!?」

「はぁぁぁぁぁっ!!」

 裂帛の気合と共に、男の顔面に蹴りがめりこむ。男は頭から地面に叩きつけられる。それでも勢いは止まらず、まるで地面を滑るかのように地面に二度三度とバウンドして酒家の壁に激突した。

「隊長、御無事で!?」

「凪、ナイスタイミング」

 人ごみをひと跳びに跳び越え、さらにその勢いでとんでもない蹴りを叩き付けたのは凪だった。

「圭ちゃん!」

 人ごみを掻き分けてきた沙和は、圭に駆け寄りぎゅっと抱き締める。

「大丈夫なの? 怪我は無いの?」

「う……うぇっ……お、お母さま〜〜〜!!」

 母の姿に安心したのか、圭はわんわんと泣き出してしまった。

「恐かったの……恐かったの〜〜〜!!」

「圭! 無事か!」

 駆け寄ろうとした鎮を、禎の声が制した。

「鎮、行くな! アイツ、まだ……!」

「!?」

 鎮が見ると、男は鼻血を流しながら立ち上がったところだった。

「て、てめぇら……」

「まだやるのか」

 すっと娘を庇うように前に出る凪。

「死にたいのか? わたしは構わないぞ?」

「ぐっ……」

 凪はただ立っているだけだったが、その眼力だけで男の心臓を串刺しにしていた。更に威圧するかのように、凪が一歩踏み出した瞬間、男は身を翻して逃げ出そうとする。

「逃がすか!」

 後を追いかけようとした凪だったが、すぐそばから掛けられた声に足を止める。

「大丈夫やって。ウチに任しとき」

 言葉の後に続いたのは破裂音だった。

 最後に現れた真桜が持っていた筒から放たれた弾は男の背中に当たった途端、無数の縄となって男の体を何重にも縛り上げた。

「おかん!」

「おー、禎。見たか? これがウチの新発明、名付けて『ぐるぐる捕獲君二号』や」

「さすがおかんやっ! でも、何で二号なん?」

「あはははー。発明に失敗はつきもんなんやで」

 娘の頭をくしゃくしゃと撫でて真桜は笑う。

 その笑い声が、昼下がりの事件の終わりを表していた。

 

 

「どうやら、金も持たずに飲み食いして、酒家の者に呼び止められてカッとなったというのが真相のようです」

「それで、事が大きくなったんで、たまたま通りがかった圭を捕まえて逃げようとしたってわけか……迷惑としか言いようがないな」

 近くの点心屋の席に座り、凪の報告を聞いた一刀は大きくため息をついた。

「ほんとなのー」

 沙和は隣でゴマ団子を頬張っている圭の頬についているアンコを拭いながら頬を膨らませる。

「可愛い圭ちゃんが怪我するところだったのー。圭ちゃん、本当に痛いところはないの?」

「うん! 凪母さまのお陰で大丈夫なの〜」

 さっきまでわんわん泣いていたとは思えない笑顔で頷く圭。

「ははっ、圭はゴマ団子に夢中でもうさっきの事はよく憶えてないんだろ」

「何や圭、そんなところまでおかんに似なくてもええんやで?」

 笑い合う一刀と真桜。二人の間に座っていた禎も、意味は分からないが笑っていた。

「もー、隊長も真桜ちゃんもヒドイのー。禎ちゃんまでマネしちゃってるし〜」

 不満そうな顔の沙和。しかし娘は母の不満よりも二個目のゴマ団子に夢中のようだ。

「鎮、美味しいか?」

「美味しいですが、辛いものも食べたいです」

 さっき男を蹴り飛ばした時とはまるで違う優しい眼で鎮に語りかける凪。

「ったく、鎮も凪に似て辛いもん好きやもんなー。二人とも、娘に自分の好みを押し付けすぎなんちゃう?」

 肩をすくめる真桜。一刀は自分の隣を指差した。

「自分の好みを……何だって?」

 見れば、一刀の隣にいた禎は早々にゴマ団子を食べ終え、リュックの中の工具で何かをガチャガチャやっている。

「禎、何してん?」

「ぐるぐる捕獲君二号を改良してるんや!」

「改良って、アンタにはまだ早い───って、アホ! そこ押したら───」

 言い終えるよりも早く弾ける破裂音。次の瞬間、真桜と禎は暴発したぐるぐる捕獲君二号によってがんじがらめにされている。

「こぉの、どアホっ!!」

「うっさい! 発明に失敗はつきものなんやろ!」

 怒鳴りあう二人に、一刀達は声を立てて笑った。

 

 

「隊長、我々はこれから城に戻りますが、隊長はどうなさいますか?」

「これから、霞の騎馬隊の訓練を見る約束なんだ」

「そうですか。では、我々はコレにて」

「父上、お仕事頑張って下さい!」

「あ、帰りに阿蘇阿蘇に載ってた服屋さんに寄っていこうなのー」

「圭も行くのー」

「ほんなら市にも寄っていこうや。そろそろ『三大変形! 夏侯惇将軍弐号』の発売日やねん」

「おおっ! それは行かなあかんわ! 急がな!」

 わいわいと話しながら六人は城へと戻っていった。

 三人の部下であり愛する女性、そしてその間に生まれたかけがえのない三人の娘。

 その背中に、一刀は自分のやってきた事、選んだ選択肢が間違っていない事を感じるのだった。

「っと、そろそろ行かないと、霞に怒られるな」 

 

 

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「おっそーーーーーいっ!!」

 着いた途端に霞の怒鳴り声だ。

 整列した騎馬隊を背に、霞は眉を釣り上げる。

「なーにしてんねん! みんな待っとったんやで!?」

「ごめんごめん。ちょっと警邏中に面倒な事が色々あって」

「面倒な事ぉ?」

「それは圭ちゃんが人質に取られた件ですねー」

 トコトコとやってきた風の言葉に、霞の顔色が変わる。

「ひ、人質って!? だ、大丈夫なんか!? 怪我とかしてないんか!?」

「大丈夫ですよ」

 答えたのは風の後に続いてやってきた稟だ。

「人質は于禁将軍が確保。犯人は楽進将軍が一撃で叩きのめして、李典将軍が捕獲しました」

「ああ。最後はゴマ団子食べてニコニコ笑ってたよ」

「そうか〜。そんならええけど……ホンマ頼むで? あの子達に何かあったらって思ったら、心臓いくつあっても足らんわ」

「霞さんには人事ではないですものねー」

「母親として、ですね」

「そういや、その娘はどうしたんだ?」

「ああ、トラなら───」

 

「ここや!」

 

 その声は馬上からだった。馬の背に座った少女は得意満面の声を上げて手を振る。

「どやっ!? ウチ、ついに馬に乗れるようになったんやで!」

「トラ、すごいじゃないか!」

 トラと呼ばれたのは一刀と霞の間に出来た一人娘、張虎(ちょうこ)だ。周りの人間からトラと呼ばれる彼女は、母親に似て勝気で威勢が良いのが売りだったが、まさかこの年でキチンと馬を乗りこなすとは───

「おとん、どや?」

「すごいぞトラ! 驚いた。まさかこんなに早く馬に乗れるようになるなんてな」

「へっへ〜♪」

 父の賞賛に気を良くしたトラは幾分挑むような目で母を見る。

「おかん、待っとってや? おかんなんてすぐに追い越して、ウチが騎馬隊の隊長になってやるんや」

「アホぬかせ! この神速の張遼にお前みたいなヒヨッコが追いつこうなんて10年早いちゅうねん!」

「おー言ったな!? やったら、勝負や! 負けへんで!」

「面白い。やったろうやないか! 都の城壁を一周して先に戻ってきた方が勝ちでどうや?」

「乗った!」

「おいおい……」

 口元に笑みを浮かべてるものの、闘志みなぎる視線を交し合っている母娘に一刀はため息。

「霞、騎馬隊の訓練はどうなるんだ?」

「それはいったん延期や!」

「延期って……」

「ここで白黒つけへんと先に進まれへんやろ? せやから、さっさと勝負したるねん!」

「せやせや。おかんの言う通りやで!」

「お前らなぁ……」

「まぁ、似たもの親子ですから」

「ですね」

 どこか悟った目で風と稟。その背後で、居並ぶ騎馬隊の面々がシンクロした動きで頷いている。

「はぁ……」

 再びため息。どうやら、ここは一度勝負させる以外の選択肢は無いようだ。

「分かった分かった。ただし、無理して怪我したりしないようにな。もし怪我して戻ってきたら、本気で怒るからな?」

「大丈夫! おかんが馬から落ちたら、ウチが後ろに乗っけてったげるわ」

「それはこっちのセリフや! そっちこそ、馬から転げ落ちて泣いても助けてやらんでー?」

「それでは、お兄さんの合図で勝負開始という事で」

「分かった! 一刀、いつでもええで!」

「おとん、ウチもや!」

 相手に勝つという事よりも、競い合う事自体が楽しくてたまらないといった顔の二人。

 一刀も微笑んで右手を上げる。

「よーし、それじゃあ勝負───始めっ!!」

 右手を振り下ろすと同時に、二人は放たれた矢の勢いで飛び出していく。

 どんどん加速して、もう見えなくなった二人の姿に、一刀はやれやれと苦笑いだ。

「まったく、二人して負けん気が強いったらないな」

「まぁ、それはそれで困りものな場合もありますが───」

「ありますが?」

「なかなかうらやましくもありますね。子供を授かるというのは」

「……風がそんな事を言うとは……意外な気もするわね」

 目を見張る稟に、風は心外だとばかりに眉をしかめた。

「稟ちゃんは風を誤解しているのです。風だって、好きな男性との間に子を授かりたいと思うのですよー? ね、お兄さん?」

「あ、ああ」

 急に話を振られ、思わず口ごもる一刀。風はニヤリと笑って、そっと一刀の腕に自分の腕を絡める。

「まぁ、やる事はやっているので、いずれ授かるとは思うのですけどねー」

「お、おい、風。こんな日が高いうちから、そんな話を───って、稟ーーーーーーっ!?」

 気付けば、鼻血の海に沈んでいる稟。ぴくぴく痙攣しながら、「ふ、風の未成熟な青い果実の如き体に、大きく醜悪な欲情の昂ぶりが……」と官能小説的うわ言を繰り返している。

「ちょっ、衛生兵ー! 衛生兵ー!」

「お兄さん、いつもの事ですよ。放っておけば、すぐに復活するのです」

「復活どころか、このまま永眠しそうな勢いなんだが……」

「しかし、さすが稟ちゃん、エロエロ妄想力は高まりこそすれ衰える事はありませんねー。これでは、稟ちゃんがお兄さんとの子を授かるのはまだまだ先になりそうなのです」

「は、ははは……」

 

 

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 騎馬隊の訓練が終わると、一刀は城へと戻った。

 張遼、張虎の勝負の結果は予想通りだ。ただ、負けた事で更に闘志を燃やしているトラは親として頼もしく、嬉しいものだった。

 城門をくぐり、自室に戻ろうとする途中、

「おーい、北郷」

 声は庭の離れからだった。

 そこでは春蘭、秋蘭、季衣、流琉がお茶を楽しんでいた。そして、季衣の膝の上には黒髪を短く切りそろえた少女が、流琉の膝の上には青い髪を長く伸ばした少女がちょこんと腰掛けている。

「みんな、優雅なティータイムってところかな?」

「ていたいむ? 何年一緒に居ても天の言葉は分からんな」

「分からないんではなく、覚えていないんだろう?」

「む、それは聞き捨てならんぞ秋蘭! 聞いた事が無い言葉が分からないのは当然ではないか。そして分からないものなんだから最初から憶えていないのもまた当然の───」

「ティータイムって、ちょっとした飲茶の時間って事ですよね」

「うんうん。兄ちゃんがそう言ってたよね」

 演説のような口調で自分の正当性を訴えようとしていた春蘭だったが、口々に言う流琉と季衣の言葉にトーンダウン。

「ち、ちなみに、北郷がそう言った時、わたしは……」

「勿論いらっしゃいましたよ?」

「ぼく達が春蘭様をのけ者にしてお茶するわけないじゃないですかー」

「そ、そうか……」

「あー、まぁまぁ、そんな落ち込むなよ春蘭……」

「そうですぞ、母!」

 急に威勢のいい声を上げたのは季衣の膝の上の少女だ。

「充(じゅう)も覚えておりませぬ! 母はそんな小さな事にこだわるような器ではないのです!」

「そ、そうだな! さすが充だ。わたしを真に理解してくれるのはお前だけだ!」

「はい! 大体、母も充も難しい事を考えたら頭が痛くなるのです! 考えるだけ無駄なのです!」

「充、それフォローになってないから……」

「ふぉろお? 何年一緒に居ても天の言葉は───」

「はいはい! 同じ事を繰り返さない!」

 春蘭の娘、夏侯充は母親に似て小さな事はこだわらない豪快な性格だ。まぁ、彼女が言うところの「小さな事」というのが、他の人間にとってどうなのかという点については父親として色々言いたいところではあるが。

「姉者。あまり頭を使うな。お腹の子に悪いぞ」

 春蘭のお腹の中には二人目の子供が宿っている。そろそろお腹の大きさが目立ち始めている時期だった。

「母者、衡(こう)も弟か妹が欲しいのです」

 流琉の膝の上の少女が、隣に座っていた秋蘭の袖を引きながらおねだりする。目付きこそ鋭く、同年代の子供に比べて利発さを感じさせる衡だったが、母親に甘える姿はあどけない。

 秋蘭は戦場で見せる表情とはまるで違う優しい微笑みで答えた。

「それは北郷に聞かねば分からんな。北郷さえ良ければ、一人でも二人でもわたしは構わんのだが」

 言いながら、意味ありげな流し目でこっちを見てくる秋蘭。その目に見られる度に、どうにも落ち着かなくなってしまう一刀なのである。

「ふふっ。北郷はいつまでたってもわたしには慣れてくれないようだな。そんなにわたしが恐ろしいか?」

「そ、そうなのですか父者!?」

「ち、違うよ! ただ、秋蘭みたいな美人にそういう顔されると、どうしたって緊張すると言うか何と言うか……」

「おやおや、魏の種馬とは思えない可愛らしい発言だな。いや、それが幾人もの女を落とした手練手管と言う事か?」

「そんなんじゃない上に、娘達の前で種馬発言はどうかと思うな、お父さんは」

「?」

「あー、衡は分かんなくていいんだぞー?」

「まぁ、そう案ずるな、衡! あれだけ毎回中に出されていれば、明日にでも孕んだとて不思議は───」

「だから、娘の前でそういう話をするって言ってるでしょおおおおおおっ!!!」

 腰に手を当てて豪快に笑う春蘭に絶叫する一刀。春蘭の横では、意味も分からず充が同じポーズで笑ってる。

「あー、春蘭様も秋蘭様もいいなー。ボクも子供が欲しいなー」

「そうだね……兄様との子供……きっと可愛いんだろうなー」

 上官の子供をそれぞれの膝の上に乗せて、季衣と流琉はまだ見ぬ自分の子供に想いを馳せる。

「案ずるな、季衣、流琉! 北郷の無限の精液、精力を持ってすれば、三つ子だろうが五つ子だろうがバンバンと───」

「だから繰り返すなあああああああ!!!!!」

 

 

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「あー、疲れた……」

 ようやく城へと入った一刀だったが、叫びすぎで喉が痛い。

「ったく、春蘭には学習能力ってもんがないよな……その点は似ないように充をしっかり教育しないと……」

 喉を擦りながらブツブツ呟いてると、

「と、とうしゃま〜……」

 声を掛けてきたのはウサギ耳がついたフードを被った少女だった。並々と水が注がれた大きめの杯を、重そうに持ちながらよちよちよ歩いてくる。

「ツ(うん)!」

 慌てて駆け寄り杯を受け取ると、ツはほっと息をついた。

「おにわでとうしゃまがさけんでおられたので、のどがおかわきとおもってみずをもってまいりまちた」

 舌っ足らずな口調で微笑むツに、思わずウルッときてしまう。

「そっかー。ツはえらいなー」

 ぎゅっと抱き締めると、ツは「にへへ〜」とご満悦。

 と、廊下の向こうでバサッ! と紙をぶちまけたような音。次の瞬間、

 

「ここここの全身白濁精液男! わたしのツに何してるのよ!!」

 

 全速ダッシュで駆け寄り、一刀の腕の中のツを引き剥がしたのは桂花だった。

「ま、まさか実の娘にまで欲情するなんて、そこまでのケダモノだとは思ってなかったわ! 変態! 色欲魔! 全身ち○こ男!」

「そんなわけあるかっ!! てか、お前まで娘の前で不適切発言っ!?」 

「何が不適切なのよ! アンタなんて存在自体が不適切じゃない! 情操教育に悪いからツの視界に入らないで!」

「桂花、それは飲めないな。俺はツの父親だ!」

「わたしだってツの母親よ!」

 教育方針───とはちょっと違うが、とにかく一刀と桂花は額をつき合わせて睨み合う。

 と、

「ふ……ふええええええ……」

 二人に挟まれたツが泣き出してしまった。

「う、ツ!?」

「ほら! あんたのせいでツが泣き出しちゃったじゃない!」

「俺のせいかよ!」

「う……ひくっ……どっちもなの! とうしゃまもかあしゃまもケンカちたらだめなのっ!」

「む……」

「あ……」

 娘の声に、二人は顔を見合わせる。すぐに視線を逸らした桂花だったが、小さな声で一言。

「……悪かったわよ」

「あー……いや、俺も興奮しちゃって……」

「なかなおり……?」

 ぐすぐす言いながら問い掛けるツに、二人は務めて笑顔で語りかける。

「も、勿論でしょ? お父さんもお母さんもホントはすごく仲良いんだから」

「そ、そうだぞ? ほーら、こんなに仲良し」

 二人手に手を取って微妙な笑顔。その姿を見たツは一つ頷いてから、手をパチンと叩いた。

「だったら、なかなおりのチューしゅるの!」

「チュ、チュー?」

「そうなの! ケンカちてなかなおりしたらチューしゅるんだよ?」

「…………ちょっと、ち○こ男?」

「お、俺じゃないぞ!? そんな事言ってない!」

「う、ツ? そんな事、誰から教わったのかな〜? お母さんに教えてくれない?」

「ふうしゃま」

「あの天然ボケボケ女〜〜〜〜〜〜っ!!」

 きっとどこかで「ウフフ」などと笑っているだろう風に、怒りのオーラを放つ桂花。

「ほら、はやくー!」

「早くったって……なぁ?」

「当たり前でしょ! そんな事、出来る訳───」

「うっ……ひぐっ……」

「わ、分かった! する! するから!」

「な、泣かないで! ね!? ね!?」

 天の御使いも張子房の再来も、ムズがる娘には勝てないご様子。

 観念した顔で向かい合うと、

「いいな?」

「仕方ないでしょ? さっさと終わらせて!」

 小声で声を交し合い、そして、

「んっ……」

 唇を重ね合う。

 と、その後ろから、

 

「あら、随分と見せつけてくれるじゃない」

 

「!!」

「!?」

 弾かれたように離れる二人。そこに現れたのは誰あろう、この国の主、覇王曹操その人だった。

「か、華琳!?」

「ああっ、華琳様、違うんです! これは───」

「あら、そんなに弁解しなくてもいいのよ? 仲睦まじい事は良い事じゃない」

 華琳はにっこりと微笑んでから、ツを見る。

「ツ、良かったわね。あなたの作戦通り、父と母の仲が良いところが見られて」

「さ、作戦?」

「えへへ〜。ばれちゃいまちた〜」

 満面の笑みで胸を張るツに、一刀は「さすが桂花の血を引くだけの事はあるな……」と思わずにはいられなかった。

「ところで桂花? ちょっと一刀を借りていいかしら」

 言いながら、お腹をさする華琳。春蘭と同じく、そのお腹は大きく膨らんでいた。

「か、華琳様? こんな男の事は放っておいて、是非わたしと───」

「それは魅力的な誘いだけど、また今度にしましょう。ツ、お父上をちょっと借りるわよ?」

「いいですけど、ちゃんとかえちてくださいね?」

「う、ツ! 華琳様に対して何て口の聞き方なの!」

「あら、構わないわ。だってツはこれから生まれてくる子供の姉になるのでしょう?」

「はい。かりんしゃまのおこしゃまはわたしがごめんどうをみるのでしゅ」

 笑顔できっぱりと言うツ。一刀は頭をぽんぽんと撫でてから、華琳に向き直った。

「じゃあ、ご一緒しましょうか、覇王様」

 

 

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 既に日は落ち、見上げれば満天の星空だ。

 月は満月。

 月明かりが二人を照らす。

「大丈夫なのか、体は?」

「ええ。順調よ。時々中からお腹を蹴るんだから」

「そうか。じゃあ、安心だな」

 こうして二人きりの時間というのはなかなか取れなかった。

 一国の主として、華琳は多忙を極めている。

 お腹の子に障るのではないかと心配する一刀に、華琳はきっぱりと言ってのけた。

 

『この程度の事で死ぬのなら、覇王の子供たる資格は無いわ。生まれてこない方が幸せよ』

 

 その言葉に、さすがにそれは許せないと反論しかけた一刀に、華琳はこうも言った。

 

『でも、この子はちゃんと生まれてくるわ。だってこのわたしと、そしてあなたの子なんだから。そうでしょう?』

 

 自信に満ち溢れた華琳の笑顔に、一刀は絶対にこの子は元気に生まれてくると確信したのであった。

「にしても……ようやく我が子をこの目で見れるのね。長かったわ……」

「だなー」

「やる事はやりすぎなほどやってるのに、全然授からないんだもの。自分は子供を産めない体なのかと心配しちゃったわよ」

 そう言ってから、皮肉っぽく肩をすくめる。

「その上、あなたはよそでポンポンと子供を作ってくるしね?」

「いや、それは……」

「分かってるわよ。許可したのはわたしだもの」

 一刀が他の女性との間に子供を作ってもいいと許可したのは他ならぬ華琳だった。

 ただし条件が一つだけ。

『華琳が認めた女性だけ』というものだ。

「あなたの神がかった性欲を、わたし一人では抑えられないもの。みんなに協力してもらわないと大変だわ」

 そう言う華琳だったが、一刀には彼女の本音が分かっていた。

 だから、一刀は華琳の頭をそっと撫でた。

「大丈夫。俺はもうどこにも行かないから」

「……当たり前でしょ? あなたはあの子達の父親で、そしてこの子の父親になるんだから」

 華琳が何よりも恐れているのは、再び一刀が天に還ってしまう事だ。

 あんな想いは二度としたくない。他の誰にもさせない。

 だから彼女は自分以外との間にも子供を作る事を認めたのだ。

 この世界と一刀との間に、一つでも多くの繋がりを作る為に。

 

 華琳は空を見上げた。

 あの時と同じような月が空に浮かんでいる。

 あれから、彼女は月を見なくなった。月を見られるようになったのは、一刀が還ってきてからだ。

 華琳が言う。

「いい月ね」

 一刀が答える。

「ああ。いい月だ」

 

 今この瞬間、きっと誰もがこの月を見上げている。

 今の曹魏を創り上げた者達と、これからの曹魏を担っていく者達。

 みんなを等しく照らす月光は、曹魏の行く道を優しく照らし出している。

 

 

 

 

説明
どもです。とととです。

呉のエンディングを見直して「もし一刀が帰ってきたら魏でもこんな風になったのかなー」と思いまして。
で、祭りは終わったのに書きたくなったので書いちゃいましたw

オリキャラ多数なので耐性が無い方はご覧にならない方が良いと思いますですハイ。

<注意>
楽進の子、楽チンの字は常用漢字ではありませんので、響きが同じで何となくイメージに合った「鎮」の字を使ってます。
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コメント
やっぱり凪が第一子なんだよね〜〜。3羽烏が一番回数多いのかな?(motomaru)
>キーパー様 一刀必殺の種馬能力ですw(ととと)
一刀マジすっげーーーーーー(キーパー)
>ルーデル様 それが起きても不思議じゃない、一刀の恐ろしさですw(ととと)
どんだけ大規模な修羅場&家庭内紛争ww(ルーデル)
>nokakaki様 そして天下ではなく一刀を巡って妻達、娘達の争いが置きそうな予感w(ととと)
>ルーデル様 そうなってもおかしくないところが一刀の恐ろしいところですねw(ととと)
しまいには三国の種馬ですね。わかりますww(ルーデル)
>イリヤ・エスナ様 何だかどの国でも子供が出来そうですw(ととと)
例えば、ギのみんなが子供を産んだ時のショクと呉の反応なんかも面白いと思いますがどうですか?(イリヤ・エスナ)
>へもへも様 充は何だかキャラの立ってる子になりましたw(ととと)
各キャラの子供たちには癒されました。特に春蘭と充はまさに親子!(へもへも)
>munimuni様 時間が許せばってことで一つw(ととと)
>munimuni様 蜀は正史に子供の名前が残っていないキャラが多いんですよねー。完全オリ……考えてみますw(ととと)
>左翼手様 蜀・・・キャラ多いなぁーw でも、翠とか焔耶は書きたいかもです。(ととと)
>munimuni様 Sir、Yes Sir!!(海兵隊式w)(ととと)
>だめぱんだ♪様 風の子! これは自分でも思い入れがある分、ハードルが高いですw でも書きたいかもw(ととと)
蜀の子供たちがみてみたいです!頑張ってください(三好八人衆)
続編もしくは蜀編切に願いますw風の子が見たい!!(だめぱんだ♪)
>munimuni様 続きですかーーー!! 生ませちゃいますかーーー!!!(ととと)
>F905i様 ご意見ありがとうございます! 一組の親子に集中した話というのも良さそうですね。(ととと)
>TOX様 呉で天界に帰る……次回作を作ることがあれば参考にさせていただきます!(ととと)
蜀かー・・・・・うん見てみたいwwが!!呉のENDで天界に帰るバージョンが(よ)見たいww(TOX)
>kain様 蜀ですか! 愛紗親子に怒られる鈴々親子が目に浮かびますw(ととと)
今度は、蜀のハーレムで見てみたい(kain)
>び〜じぇい様 死なないでー!w ととと的に楽鎮と夏侯充がオススメです。(ととと)
>yosi様 ありがとうございますー。これからもハーレムを極めていきたいと思います!(ととと)
読んだだけで萌え死にでした…(び〜じぇい)
これは良いハーレムエンド(yosi)
>きりゅーのすけ様 感謝を言わざるを得ません。ありがとうございます!(ととと)
支援ボタンを、使わざるを得ない。(きりゅーのすけ)
>Reo様 ととと的に、恋姫最強キャラは華琳だと思います。漢ルートは抜かすとしてw(ととと)
>DDD様 あえて言いたい。未成熟だから風なのだと!w(ととと)
>MiTi様 ありがとうございますー。史実通りだと全員子供はいるし、兄弟も多かったりするんですよねー。書ききれるかなw(ととと)
>八神 祐様 今回は史実として存在する子供達を出したかったのでこうなりました。張三姉妹は子供がいたらステージママになりそうかなw(ととと)
>kazu様 多分、人型から変形して地を駆けたり海に出たりするのでしょうw(ととと)
>Xe様 オリキャラという事で皆様が受け入れてくださるか心配でしたが感謝です!(ととと)
>nemesis様 今回、子供達を書きたかったので色々はしょりましたが、ただ一刀ならどんな立場でも街に出るのはやめないかなーと思ってますー。(ととと)
>maaa様 華琳は完璧超人なのにデレてくれるのがいいですね。そして、ととと的にも風を身篭らせたいですw(ととと)
やはり、華淋はすごいと思えました。(Reo)
風は五年経っても未成熟なのか?(DDD)
これはこれは…微笑ましくて良ござんす。続編を切に願います!(MiTi)
張三姉妹には子供はいないんでしょうかね?(サワディー(・ω・))
『三大変形! 夏侯惇将軍弐号』に爆笑したのは私だけ? どんな物なのか気になりますww(kazu)
どれも良いキャラしてて和みました。(^_^) 続編希望です。(Xe)
一刀の立場って五年経った今でも警備隊長?魏王華琳の夫とかじゃないの?(nemesis)
華琳様、可愛いよ、華琳様。個人的には風を早く身篭らせるんだ、一刀。(maaa)
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