俺妹 ホワイトデー 桐乃 ノック
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俺妹 ホワイトデー 桐乃 ノック

 

 

 3月14日木曜日夕方。その日、俺の部屋には数カ月ぶり、いや、それ以上の年月を経て久しぶりにノックの音が鳴り響いた。

「日いずる地にも文明はあったんだなあ」

 人類の高尚なコミュニケーションを示す音の響きに感動を覚える。

「で、誰だ?」

 扉越しに誰が立っているのか分からなくてちょっと不安を覚える。

 俺の部屋を訪れる人間でノックをするような文化を理解している人間は果たしていただろうか?

 おふくろはわざとノックしないで入ってくる。俺がエロ本やエロサイトを閲覧している現場を抑える為に。えげつない女だ。

 桐乃はノックなんかしない。唯我独尊な妹さまにとって俺のプライバシーなぞ考慮するに値しない。気の向いた時にそのまま踏み込んでくる。自分の部屋には厳重に鍵を掛けているのもかかわらず。えげつない女だ。

 オヤジは俺の部屋に入ってくることがそもそもない。

 他に俺の部屋にちょくちょく入ってきた人物と言えば……黒猫か。だが、アイツも妹同様に俺の部屋に入るのに遠慮なんて示したことがない。無言で部屋に入って勝手にベッドに寝転んでいた。ベッドに寝ている時にもっとパンツをじっくり見ておけば良かった。

 礼儀正しいのは麻奈実やあやせ。だが、アイツらは俺が案内しない限りこの部屋に入ってこない。従ってノックをする必要がない。

 そんなこんなで俺の部屋の扉をノックする輩はいない。

 では何故、ノックの音が聞こえるのだろうか?

「ああ。アタシ」

「桐乃?」

 ノックの主は妹さまだった。あまりにも意外すぎる人物だった。

「入っていい?」

「ああ」

 ちょっと気後れしながら返答する。桐乃に一体何が起きたのかと心配になりながら。

 

 扉が開く音がする。

「邪魔するわよ」

 やはりらしくない言葉を発しながら桐乃が入ってきた。

「お前、本物の桐乃、だよな?」

 目を凝らして妹を凝視する。

「他の誰に見えるのよ?」

「いや、もしかすると沙織の変装じゃないかとわずかな可能性に賭けて」

「頭1つ分身長低く見せるのは至難の業だっての」

「遠近法を使えばあるいは」

「もう部屋の中に入ってるの。ていうか、そうまでして沙織がアタシに化ける理由が何もないでしょうが!」

 桐乃が怒った。目上の人間に目をむいて蹴りを入れてくるこの理不尽な怒り方、どうやら本物で間違いない。

「で、何の用だ?」

「人をこんなに怒らせておいて、それについては言及ないわけ?」

「特にないな」

 キッパリと答えてみせる。ここ2年間、この妹さまのおかげで俺も随分強くなった。

 妹がこの程度怒るぐらいでいちいち動揺してはいられない。

「…………まっ、いいわ。そんなことで言い争いをしにきたわけじゃないし」

 桐乃は不承不承頷いてみせた。

 

「で、何の用だ?」

「今日はホワイトデーでしょ。バレンタインのお返しを3倍にしてよこしなさいっての」

 桐乃が右手を差し出す。指を上下にヒラヒラさせながらムカつく態度を見せてくれる。

「炭の3倍のお返しって練炭でも用意した方が良かったか?」

 桐乃の手の上に白い包みで包んだ市販のクッキーを載せながら軽口を叩く。

 けれど桐乃は俺の嫌味ではなく別の箇所に反応を示した。

「何で市販なのよ? こういうのは普通、手作りがイベントの基本でしょうが。ギャルゲーのお兄ちゃんキャラを舐めてるの?」

「誰がギャルゲーのキャラだ。俺はお前の失敗を見て学んだんだっつーの」

 先月の14日。

 コイツはうちの台所を壊滅してくれた。

 親切な近所の人が通報して消防車が出動してくる騒ぎ。

 詳しくは語りたくないが、そんなこんなで大騒ぎとなった。

 受験会場から家に戻ってきた時に、消防車と野次馬がうちの前にたかっているのを見て本気で泣きたくなったことを今でも鮮明に覚えている。

 受験会場帰りに黒猫たちがチョコを渡してくれた嬉しさも吹っ飛んでしまった。

 あの日の光景を教訓に、ホワイトデーのお返しは全員市販のお菓子をプレゼントしようと心に誓ったのだった。あの悲しみを二度と繰り返さない為に。

「市販なんて女子力が足りないのよ」

「女子力の足りないお前に言われると実によく身に染みるなあ」

 大きく息が漏れ出た。

 桐乃は心身共にハイスペックなのに比べて何でああも家事スキルが壊滅的なのかねえ。

 

「で、ホワイトデーのお返しを催促する為にわざわざノックしたのか?」

「まさか」

 桐乃は俺のクッキーの袋を指でなぞりながら首を横に振った。

「京介に聞きたいことがあったからわざわざノックしてやったのよ」

「だろうな」

 物をねだるだけならこの妹が俺に遠慮なんかするはずがなかった。

「で、何を聞きたいんだ?」

 妹は俺の顔を覗きこんできた。

「京介ってさ、何で大学行くの?」

「それは随分な質問だな」

 ぶしつけで失礼な問い掛けだった。

「だってさ。アンタって、何となく文系の典型例じゃん。4年後に大卒って称号を得るぐらいで他に今後の人生で役立つことなんかないでしょ」

「お前は本当に失礼なヤツだな。全国の文系大学生に謝れ」

 俺の文句にも関わらず桐乃は全く悪びれない。

「じゃあ、何を学んで何をしたいの?」

 桐乃に言われて眉間にシワが寄ってしまう。

「そう言われると……困るんだがな」

 俺が入りたい大学、入りたい学部は秋ごろ、つまり半年前には既に決まっていた。

 じゃあ、何故そこに入りたいのかと言われると……明確な返答に困る。

 強いて言うなら、家から大学までの距離と偏差値。就職への有利さ。それ以外に何かあっただろうか?

 思えばキャンパスツアーやオープンカレッジみたいなイベントにも参加していない。俺は来月入学する大学、学部についてよく知らないのだ。

 先生の名前も1人知らないし、どんな授業があるのかも分からない。

 世間体というか、評判だけでこれから4年通う大学を選んだ。それは桐乃に指摘された通りなのかもしれない。俺はこれから過ごす4年間で大卒という称号が欲しいだけなのかも知れない。

 

「ほら、やっぱり。アンタには何のプランもないのよ」

 桐乃はしたり顔で俺を指差した。

「へいへい。そうでございますね。ダメな兄で悪うございました」

 ムッとしながら何か反撃の要素がないか考える。

 プランと言えば……。

「桐乃こそ、ヨーロッパに行って何をするんだ?」

 桐乃は中学卒業後、ヨーロッパに留学することになっている。

 けれども俺は桐乃が何故ヨーロッパに行くのか詳しく聞かされたことがなかった。

 桐乃はパッと表情を輝かせた。

「まったく、本題に入るのに随分と時間掛かってくれたじゃないの」

「つまり、お前の留学について話がしたかったからわざわざノックしたわけだな」

 何とも回りくどいことを。

 ていうか俺、責められ損じゃねえ?

「ほらっ。アタシってアンタと違って多才じゃん。頭はいいし、運動神経はいいし、読モしている美貌の持ち主だし、小説書けばベストセラーだし」

「自画自賛する為にここにきたのか?」

「違うわよ。今にも単なる事実を列挙しただけだし」

 とりあえず瞬間的に殴りたい衝動に駆られるがグッと堪える。

 俺の妹は今日も眩しすぎて鬱陶しい。

 一体、どんな人生相談を持ちかけられるのやら。

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「で、結局なんでまた留学なんだ?」

 話を戻して妹に尋ねる。

 桐乃のヨーロッパ行きに関しては根本的な部分でよく分からない所がある。

いや、俺の発想が単に国内に引き込むることを何とか正当化したいヒッキー思想であることも承知しているのだけど。

「色々ありすぎて……よく分かんないのよね」

 桐乃は首を横に振った。

「日本を出て勉強してみたいし、大陸式の陸上も学んでみたい。モデルとデザインも世界を見てもっと吸収したいし、色々なのよ」

「……それは随分と多様な目的をお持ちだな」

 言いながら俺は疑問を覚えていた。

 桐乃の瞳に明らかな戸惑いの色が出ている。

 直接には言わないものの、コイツは明らかに迷いがある時の表情をしているのだ。

 何について迷っているのか少し探り出してみるにする。

「大体、何でヨーロッパなんだ?」

 妹が去年留学したのはアメリカだった。アメリカに陸上スポーツ留学した。

 何故今回は欧州なのだろう?

 いや、それ以前にだ。

 

「具体的にはヨーロッパのどこなんだ?」

「…………フランス」

 妹は渋々回答した。

 フランスといえば、ファッションの世界的中心地であり、スポーツ王国でもある。

 桐乃が留学するにはフランスという選択肢は一見相応しく聞こえる。でも……。

「お前、フランス語喋れるの?」

 俺はコイツがフランス語を練習している様を見たことがない。薄い壁を通してそれっぽい声が聞こえたこともない。

「…………英語で行われる学習プログラムに参加する」

 桐乃は俺から目を逸らした。

「つまり、今現在桐乃はフランス語ができないってことか」

「…………現地に行ってから覚える。今も挨拶ぐらいならできるけど」

 15歳の少女に外国語を2つも覚えていろというのは酷な話だろう。

 でも、今の受け答えはとても桐乃らしくない話だった。

 コイツは隙だらけに見えても用意周到に努力を重ねている。フランスに留学するからには、それに耐えられるだけの基礎はあらかじめ養成しているのが桐乃という存在だ。

 ところが、生活の要となる語学が初歩レベルというのはどういうことなのか?

 桐乃の目的が語学留学だというのならそれもいい。だけど……。

「フランス語が分からない状態で、モデルの仕事に接近できるのか? スポーツのちゃんとした始動を受けられるのか?」

 フランスはフランス語を重視するという。言い換えれば、フランス語以外がなかなか通じないお国柄であるはず。だとすれば……。

「今度の留学は時間がたっぷりあるんだもの。腰をじっくり据えてやっていくわ」

「要するに具体的なプランはない。ってことだな」

 桐乃の語学能力から予想はしていた。でも、極めて妹らしくない。

 

「何でヨーロッパなんだ? アメリカだったら、1度は生活経験があるわけだし、スポーツにしろ芸能にしろ動き易いんじゃないのか?」

 外国の事情はよく知らない。けれど、縁のある所の方が動き易いのは全世界共通だろう。

「……結局さ、アタシもアンタのこと全然馬鹿にできないって気付いちゃったのよね」

「質問に答えてないぞ、それ」

 桐乃は腕を組んで首を横に振った。

「アタシの海外に対する見方がさ。その辺の日本しか知らない連中と大差ないって」

 桐乃はため息を吐いた。

「アメリカに行ってみたから次はヨーロッパ。ファッションもスポーツも両方するならフランス。我ながら発想が安直過ぎて全米が泣くわよ。しかもさ、プロフェッショナルを目指すのに、言語っていう最低限の要件さえも満たしていないし」

 妹は目を瞑りながら自虐的に話を続ける。

「何でヨーロッパなのかって聞かれたら……去年のアメリカでのスポーツ留学の苦い思い出を払拭する為だってのが一番だと思う。アメリカにすぐまた挑むのはアタシもお父さんたちも抵抗がある。で、他の外国ってことでヨーロッパ。アンタが何となくで大学決めているのと実はそんなに変わらないのよ。困ったことに」

「でも、それで海外が選べるんだからスゲェだろ」

「そりゃあアタシ基本が優秀だから」

 目を開いた妹は胸を張って叩いてみせた。

「へいへい。俺の妹は優秀で鼻が高いこってす」

 俺は常にこの妹に対して二律背反的な葛藤を常に抱かざるを得ない。羨ましくもありムカつきもする。

それでもコイツが努力の人、意地っ張りで苦悩に陥りやすい人間であることを知っているから。そして妹だから嫌いには絶対になれないのだが。

 

「でもさ。それって、アンタの理屈に沿った所での偏差値が高いから選べる選択肢が多いってのとあんま変わらないのよね。あれもできる。これもできるはあっても、あれがやりたいはない。というか、アタシの場合は1つに決められない」

 妹は再び瞳を閉じた。

「全部やればいいんじゃねえのか? 今までみたいにさ」

「学生として参加している分には、超学生級になる自信ならあるわよ。でも、プロとしてずっとやっていくのはまた別次元の問題だし」

 桐乃はため息を吐いた。

「スポーツ留学までしたんだから陸上で身を立てたいとは思うけど……短中距離走って、日本ではそれこそ国家代表クラス以外は雇ってくれる会社さえもないし」

 桐乃が陸上に打ち込んだのは俺への対抗心があったことを考えるとちょっと申し訳なくも思う。俺が長距離走とかやっていれば、また別の今もあったのかもと考えてしまう。

「アタシって超美少女だけど、人気子役が大人になっても売れ続けるのが難しいみたいに、未来がすんなり開けてるわけじゃないのよね」

「JCの魅力全開がお前の売りの特徴だからな」

 コイツがこの性格と外見のまま20歳越したらやっぱりハッ倒したいヤツに違いない。コイツは14、5歳ならではの魅力を最大限に発揮しているのだ。

「クリエイターの才能にも恵まれまくっているけれど、御鏡さんみたいに手先が器用なわけでも、作品の安定供給ができるわけでもないし」

「少なくとも料理界には進まない方が全世界の為だな」

 趣味で書いた携帯小説が出版されたりとコイツの才能?は世に何故か認められる。それが俺や黒猫にとってはまた葛藤となるのだが、コイツは感性を突き通して金になる作品を送り出す能力にも恵まれている。

 では、小説家として長年やっていけるのかと言うとそれは怪しい。コイツの作家としての売りは“現役女子中学生作家の生の感性”ということだった。その意味が本人にも分かっているからこそ、今のセリフに繋がるのだ。

「だからアタシは何でも超学生級の才能の持ち主だけど、逆にこれでならずっと行ける、行きたいって道もないんだよね」

 桐乃は僅かに俯いた。

 何となくだが、桐乃が俺に何を言って欲しいのかは掴めた。

 ただ、その言葉を口に出してしまうのが正しいのか。俺自身納得できるのかはまだちょっと分からない。

 もうしばらく話を聞いてみる必要がありそうだ。

 

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「質問を変えるぞ」

 再び仕切り直す。そろそろ問題の中核に触れるべき時だろう。

「留学するのは構わない。けど、今じゃなきゃダメなのか?」

 俺の疑問の中核。それは時期。今年の出発は必要なのかということ。

 桐乃は目を細めて床へと視線を落とした。

「アンタはさ、本当にやりたいことがまだ分からないって理由で大学入学を先延ばしするの?」

 桐乃は質問に質問で返した。その理屈に従えば、俺の妹はいつの間にかグローバルスタンダードがデフォになっているらしい。俺が浪人を選択しないのと桐乃が世界を相手にするのは同じことらしい。

 でも、そこには決定的な違いがある。

「そのポジションは、俺……家族や、黒猫やあやせと遠く離れてでも得たいものなのか? そんなに大事なことなのか?」

 二律背反する想いの片方が吹き出る。

 俺の進路は既存の人間関係をほとんど変えない。高校生が大学生になるだけとも極論できる。それに比べると桐乃は大きな変化が待っている。

「…………兄貴はさ。アタシが海外に行っちゃうことに反対?」

 桐乃は困った顔をしながらまた質問に質問で返した。

「反対はしない。でも、今じゃなきゃダメなのかって点には疑問の余地がある」

 コイツの才能と好奇心を国内に留めておく必要はない。むしろ世界で羽ばたくべきだとも思っている。でも……。

「まあ、アタシには前科があるからね。心配なのも当然、か」

 桐乃のアメリカスポーツ留学と途中帰国は高坂家や妹の友人たちに大きな衝撃を与えた。

 そんな俺たちは桐乃の海外進出に対して多分みんなが両義的な感情を抱いている。応援したい気持ちと押し留めたい気持ち。桐乃自身もそうなのだろう。

「心配なのもあるけれどお前がいないと寂しいからな。アメリカでも同じことを言ったけど」

「へぇ〜。何か今日は素直じゃない」

「茶化せる話題でもないだろ」

 何も言わずにある日突然俺の目の前から消えた桐乃。数ヶ月してヲタグッズを全て処分してとたった1通のメールだけ送ってきた桐乃。あんな想いはもう2度としたくない。

 

「俺としては、日本でじっくり実力を蓄えて高校卒業してから世界に羽ばたいたらどうだというのがお前に対する希望だ。そうじゃないと俺が寂しい」

 俺の願望と桐乃の夢を後押ししたいという気持ちを折衷するとこうなる。

「兄貴の言うことはすごくもっともだと思う。でも……」

 桐乃はまた俯いた。

「分かってる。桐乃の世界を相手に頑張りたいって想いも、留学手続きの煩雑さも」

 頷いてみせる。

 アメリカから戻った桐乃に留学の影が再びチラつき出してから、俺なりに留学について調べてみた。

 旅行に行くのとは異なり、その手続きには長い期間と多くの承認が必要となる。例えば今日申し込んでも実際に派遣となるのは早くて半年後、1年後が普通。

 逆に1度チャンスを逃せば次は最低でも1年待たないといけない。その間の身分は桐乃の場合には特に曖昧になってしまう。桐乃は日本の高校には志願していないのだから。

それを考えれば、見切り発車でもスタートできるタイミングで飛び出すことはとても重要だろう。

 だから多分、海外留学で必要なのは能力以上に根性と気合と勇気なのだ。

 それを桐乃もよく知っている。そしてアメリカに留学する際に桐乃が見せた、誰にも知らずいつも通りに振舞い続けるという行動は気合が空回りしたものだった。

 その結果、桐乃本人も留学を知らされなかった俺たちも深く傷付くことになった。

 そんな過去の苦い思い出があるからこそ俺は兄として妹に告げておかなければならない。

 

「桐乃が今年留学するというのなら、俺から言えることは1つだ」

 妹が顔を上げる。ジッと覗き込んで真剣な瞳で俺の言葉を待っている。

 だから俺は言ってやった。

 今の妹に最も必要だと思う一言を。

 

「気楽に世界を楽しんでこい。以上だ」

 

 桐乃は大きく息を吸い込んで目を瞑った。

「誰にも知らさずにアメリカに行く。レースで勝つまで誰とも連絡取らない。そんな息の詰まる覚悟は持つな。パソコンでも携帯でも便利なツールやアプリはどんどん増えているんだから、毎日でも連絡入れてこい。桐乃が日本にいるんだってみんなが思うぐらいに」

 桐乃は真面目過ぎる。コイツの場合、手を抜くぐらいで丁度いい。

「ヨーロッパに行っても毎日エロゲートークしようぜ。こう、周りがドン引きするぐらいに盛大にさ」

「真面目な話し合いの最中にセクハラ混ぜんな」

「男と付き合うのはお兄ちゃんが許さんからな。男の影がないかどうか毎日下着の色と柄を教えろ」

「だからセクハラすんなッ!」

「金髪巨乳の美人なお姉さんとお友達になったらすぐに知らせてくれ」

「絶対知らせてやるもんか。バァ〜〜カッ!!」

 桐乃がムッとした表情で俺を睨みつける。

「後、ここが桐乃の家であることを絶対に忘れるな。不退転の覚悟なんて決めないで、いつでも帰ってこいよ」

「あ……っ」

 妹は息を飲んだ。

「お前がヨーロッパにいようが千葉にいようが、スーパーモデルになろうが普通のJKになろうが俺のたった1人の可愛い妹であることに変わりはない。どこにいても、何をしていてもそれを忘れるな」

「……このシスコン」

 桐乃の頬に赤みが差した。

「まあそんなワケで肩の力を抜いて世界に挑め。桐乃の大好きなお兄さまからの素敵な助言は以上だ」

「自惚れんな……ばぁ〜〜か♪」

 とても楽しそうな表情を向ける桐乃。彼女の中で何かが溶けたようだった。

 

「アタシがさ、アメリカに黙って旅立ったのって丁度去年の今頃のことじゃん」

「そう言えばそうだな」

 そうか。あの喪失感から丁度1年か。

 早いような短いような。

 桐乃に出て行かれたあの日から、黒猫が高校に入学してくるまで俺の時間は完璧に停止していたからな。

「だからさ。今回はあの時みたいにならないようにちゃんと話しておきたいと思ってさ」

「その割にはホワイトデーの催促をきっかけにこの部屋に入ってきたよな」

「ノックしてあげた時点で、気付いてしかるべきでしょうが」

「遠大すぎて分かるかっての……プッ。あはははは。なに、ナチュラルにコントやってんだ、俺たち」

「ほんとっ、何やってるのかしらね。アタシってば、ボケキャラと対極にいるのに。あはははは」

 2人で声を揃えて笑う。

 本来なら1年前にするべきだった話がようやくできた。

 そんな感慨でいっぱいだ。

「別に真剣に話し合うつもりもなかったんだけど……人生相談になっちゃったわね」

「話し合いだけで解決したんだから、今までで最短の問題解決だな」

「…………最初の人生相談から約2年。桐乃がそれだけ大人になったってことだろ」

「アタシは元から兄貴より大人だっての」

「まあ、そうだな」

 桐乃が俺へと向き直る。

「でもさ……アタシの悩みを聞いてくれたのは嬉しかった」

 久しぶりに感じるこの感覚。

「ありがとうね……兄貴」

 妹の笑顔を見てドキッとするこの高鳴り。

 そして思い出すひとつのフレーズ。

 

 俺の妹がこんなに可愛いわけがない。

 

 

 今年のホワイトデーはちょっと特別な日になった。

 

 

 了

 

説明
ホワイトデー記念に書いたもの

過去作リンク集
http://www.tinami.com/view/543943


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