Good-bye my days.第4話「姉と弟」
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 舞がベッドルームに駆け込むのを確かめて、ボクは扉を開けた。瞬間、舞の靴がそこにあることに

気が付き焦ったが、太陽の光に霧散してくれた。

 

 扉の向こうにいたのは、ちょっと見たところ女の子と間違えそうな、きゃしゃな体系の少年だった。

 

 「政則君、おはよう。どうしたの?」

 

 「ええ、ちょっと…届け物があって…」

 

 「あ、入らない?ちょっと暗室仕事をしていて変な感じだけど」

 

 少年はうなづいた。

 

 Tシャツに洗いざらしのジーンズの彼は、かかとを踏みつけたスニーカーを脱いだ。

 舞が気づいたとおり、この少年は彼女と7つ違いの弟である。

 

 今から4年前。海浜公園で野鳥を撮影していた時のこと。

 小学3年生だった彼は、ボクの近くでラジコンで遊んでいたのだが、どうしたわけか

故障してしまい、しょげ返っていたところを、ボクが直してあげたのが出会いだった。

 

 少しして、少年を連れてお礼にわざわざ公園にやってきたのが中学生の舞だった。

ものすごく一生懸命頭を下げていたのと、うざったそうな少年のうつむいた顔を覚えている。

 

 その後、時々公園で出会うことになるのだが、この姉弟は事あるごとによく喧嘩をして、

ボクはいつも仲裁役をしていた。見かけによらず気が強くて頑固な少年である。

 

 ボクは冷蔵庫を開けた。

 「コーラでいい?」

 

 「はい…」

 

 少年は椅子に腰をかけて、テーブルに着いた。

 グラスにはじける細かい泡。

 

 「ところで、とどけものって?」

 「あ、これなんです」

 

 少年は薄い紙袋の中から青い布を取り出した。

 「それって…」

 「いまある唯一の姉ちゃんの遺留品です」

 

 先ほど舞の前で赤い霧と化したバンダナの本物のほうだ。

 

 「警察や山岳隊の人たちは捜索一時中断してるんだけど、大学のサークルのメンバーがまだ

 気象を見ながら捜索を続けていて、見つけたんだって。」

 

 「…」

 

 舞は足元を踏み誤った後輩を助けて、沢へ滑落した。その途中で木の枝に引っかかったの

だろうという。

 

 「母さんが…それ、宮本さんに持っていけって」

 

 「どうして…?」

 

 「うちには、姉ちゃんのものがイヤって言うほどあるけれど、

 宮本さんは多分一つも持っていないだろうからって。もし迷惑じゃなかったら…」

 

 ボクは少しためらったが、受け取ることにした。

 「わかった。どうも、ありがとう」

 

 確かに、ボクは形に残るものを舞からもらったことはない。

 中学校の修学旅行のお土産も「邪魔になったら困りますよね」と、

 各地のお菓子など、後に残らないものばかりだった。舞はおおざっぱな様でいて、

意外と気を使う娘なのだ。

 しかし、ボクが形に残るものを手にしたくない理由は他に、ある。

 

 少年はしばらくコーラに浮かんだ氷をカラカラ鳴らしていたが、

 うつむいたままぼそりといった。

 

 「姉ちゃん…帰ってきますよね」

 

 ボクはぐっと言葉に詰まった。

 

 「オレ、あの時…」

 

 少年は話し始めた。

 

 「姉ちゃんが出発する少し前に喧嘩しちゃって、『山に行ったまま帰ってくるな!』って

 言っちゃったんです。ホントにそうなるなんて思ってなかったから。なんだか苦しくて…」

 

 彼はうつむいたまま、髪をかきあげる。

 

 「気にすることないよ」

 

 静かにボクは言った。

 

 「今まで、正則君が言ったこと、全部お姉ちゃんに起こったら、お姉ちゃん

 大変なことになってるよ。今回はたまたま…」

 

 「えと、そうじゃなくて…」

 

 少年は言葉をさえぎった。

 

 「もし姉ちゃんが、遭難したとき、その言葉を思い出していたらって思ったら、

 つらくて…」

 

 唇をかみ締める少年は、右手のひらで瞼をぬぐった。

 

 「あの日も、姉ちゃん、出掛けにうじうじ家のこととか母さんのこととか、いちいち

 オレに指図するから。思わず言っちゃって。いつまでも子供扱いするから」

 

 舞の気持ちもよくわかる。

 

 姉弟の父親は消防士で、二人が幼いときにビル火災で殉職している。弟や母親を

思いやる心が過度に表れてしまうのだろう。

 一方、弟は家に一人しかいない男性としてしっかりしなければと過剰に意識している。

 どちらも優しさから出た行動が、衝突の原因になってしまっているのだ。

 

 「政則君、今、お姉ちゃんにして上げられるのは、信じて待つことじゃないかな。

 お姉ちゃんなら、きっとそんな事でくよくよしていて欲しいと思っていないはずだよ」

 

 少年は黙ってうなづいた。

 

 

 少年が帰った後。

 ボクはベッドルームの扉を開けた。

 

 「舞…」

 

 震える背中がこちらを向いていた。

 

 「死ぬってこんなに辛いんだね。死ねないね…」

 涙声が言った。

 

 「うん。絶対、生きないとね。絶対…」

 

 ボクは少年から受け取ったものを彼女に渡した。

 光に当てても消えることのないバンダナ。

 舞はじっとそれを見つめていた。

 

<つづく>

 

説明
ベルを鳴らしたのは、舞の弟だった。いつも喧嘩ばかりしていた姉弟の心を知る。
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タグ
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