【南の島の雪女】ケービン同好会
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【白雪よ話を聞いて】

 

風乃

「ねぇー、白雪、きいて!」

 

部屋に入ってくるなり、制服姿の風乃は、苦虫をつぶしたような顔で

白雪に話しかける。

 

白雪

「なんだ、風乃。そのいやそうな顔は。

 何かあったのか」

 

どうせささいなことだろう、と白雪は思ったが、

一応同居人だし聞いてやろうといった気分で、耳を傾けてみる。

 

風乃

「部活を作ろうとしたら、逃げちゃった!

 で、とられちゃったの!

 怒られちゃったの!」

 

白雪

「…順を追って話してくれないか、風乃」

 

わけのわからないセリフに、いらだつ白雪であった。

 

 

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【風乃は部活に入りたい】

 

白雪

「すべてを語ってみろ。30秒で」

 

風乃

「えーっとね…」

 

白雪が風乃から聞き出した話を、ここに再現してみる。

 

時は四月。

高校一年生である宇久田風乃は、せっかく高校に入れたのだから

部活をしようと考えていた。

 

だが、風乃の意に沿うような部活は、なかなか見つからなかった。

 

まず、サッカー部。

 

風乃

「サッカーボール蹴るのって、

 人の首を蹴ってるみたいで面白そうですよね!」

 

サッカー部員

「…いや、蹴るのはボールだから。人蹴ったらレッドカードだから」

 

怒られてしまった。

 

次に、書道部。

 

風乃

「書道部の部室って、静かですよね。

 何か出そうでワクワクします!」

 

書道部員

「何か出ても、集中して書くことが大事ですよ。

 ワクワクして精神を崩しちゃダメ」

 

たしなめられてしまった。

 

次に、新聞部。

 

風乃

「新聞部って、幽霊とか報道しないんですか!?

 この新聞、まじめな内容ばっかりでガッカリです!」

 

新聞部員

「過去に、幽霊を捏造して報道したら、先生から叱られたんだ。

 もう幽霊は報道しない方針なんだ、ごめん」

 

謝られてしまった。

 

次に、写真部。

 

風乃

「心霊写真、とらせてください!」

 

写真部員

「うちは、女の子専門なんだ。

 君、ちょっとポーズをとってみて…」

 

撮られてしまった。

 

次に、英語部。

 

風乃

「フランケーン!

 ドラキュゥーラ!」

 

英語部員

「ホワーイ?」

 

話にならなかった。

 

次に、生物部。

 

風乃

「生物部って、解剖しますか? できれば、幽霊の」

 

生物部員

「ふふふ…ふふふ…」

 

話が成立しなかった。

 

 

いろいろ回ったが、どれも、私の好みの部活じゃない。

肩を落とす風乃。

 

ここで、発想の転換がはたらく。

「ない」なら、作ればいいじゃない。

 

風乃

「そうだ、幽霊部を作ろう!」

 

教室(授業中)で、突然、宣言した。大声で。

 

 

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【幽霊部を作ろう】

 

幽霊部。

それは、幽霊と仲良くなることを目的とした部である! えっへん!

 

そう風乃から説明を受けた、クラスメイトの茜と緋那は困惑するのだった。

 

「…幽霊部? 風乃が、さっき授業中に言ってたやつね?」

 

緋那

「幽霊と仲良くなることが目的って…」

 

風乃

「学校や、学校近くのいろんなところに出かけて、

 幽霊とお話して、写真とって、メル友になって…。

 とにかく仲良くなるの。

 どうかな?

 ふたりとも、幽霊と仲良くなりたくないかな?」

 

「お断りよ。

 私、部活なんてやろうと考えてないもの。

 学校が終わったら、茜と一緒にいるんだもん。ねー?」

 

茜は緋那に抱きつく。

 

緋那

「わぁっ。ちょっと、茜…。

 いきなり抱きついたら、びっくりするよぉ」

 

風乃

「キジムナー同士で仲良くするのも、いいけど、

 幽霊と仲良くするのもオツなもんだよ!

 ほら、こんなふうに!」

 

風乃も緋那に抱きつく。

 

「なに緋那に抱きついているの、意味わからない!

 離れなさい!」

 

風乃

「やだ、やだ、なんか、緋那のさわりごこちが

 すごくいいんだもの、離れたくないっ!」

 

緋那

「く、苦しいよ、2人とも、お願い、やめて…」

 

二人に抱きつかれて、苦しそうな表情の緋那。

 

緋那

「やめてって…」

 

緋那は抱きつく2人をつかんで。

 

茜&風乃

「あ」

 

緋那

「いってるでしょ!」

 

力強く投げ飛ばす。

キジムナーである緋那の腕力は、人間のそれより、はるかに強い。

 

茜と風乃の体は、校庭を飛び越え、

高校の隣の公園まで吹っ飛んでいったという。

 

 

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【中城若葉は、部活に入りたい】

 

「若葉は何か部活に入るのかー?」

 

中城若葉のクラスメイトである、志良堂桂介が話しかけてくる。

 

「桂介。うーん。そうだね。

 僕、何か部活に入ろうと思ってるんだけど、

 どこに入ればいいか、よくわからなくて」

 

「ふーん。そうか。

 じゃあ、水泳部ならどうだ」

 

「水泳部?

 まさか、女子の水着姿を撮影してこいなんて、

 無茶を言うつもりじゃ…」

 

「女子の水着を着た、若葉が見たい」

 

「…じ、冗談だよね?

 い、一応言うけど、僕、男だよ」

 

「似合うと思うぜ」

 

桂介の目は、笑っていない。

 

「あ、あはははは」

 

水泳部には絶対入部しまい、と若葉は誓うのだった。

 

 

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【風乃は若葉を誘ってみる】

 

風乃

「いいもん、他をあたってみるもん…」

 

風乃はあきらめない。

他のクラスメイトにも幽霊部に勧誘してみる。

 

ところが、みんな顔を青ざめさせて、

「いや、俺は人間の友達がいるから」

「知らない世界に連れていかれそう。怖い」

「ゲームの中に友達がいるんだ、僕は」

「昔、幽霊にいじめられて、トラウマなんだ」

などと言い訳して、部活に入ろうとしない。

 

結局、誰ひとりとして、幽霊部には入部してくれない。

さて、困った風乃。

 

そんなとき、ふと目に、ある人がうつる。

 

風乃の目がきらりんと光る。

 

次のターゲットは、あの子にしよう。

隣の家に住む、あの子に。

風乃は、ぬらりとした動きで、幽霊のように、若葉の背後にしのびよる。

 

「ね、若葉」

 

「う、うわっ!?

 突然うしろから話しかけないでよ!」

 

「幽霊部に入ってちょ♪」

 

「や、やだよ…そんな、怖そうな部活」

 

「そんなに怖がらないでよ。

 まだ、何も説明してないよ」

 

「説明しなくてもわかるよ!

 僕は、幽霊が苦手だ、って、いつも言ってるよね!

 誰が入るものか!」

 

「怖がりを克服するために入るんだよ。

 ぜったい、幽霊をスキになれるって!」

 

「やだもん!」

 

若葉は、風乃を振りきって、教室の外へ走り去る。全速力だった。

 

「あ、待ってよ!」

 

 

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【風乃は若葉を追いかけてみる】

 

高校の廊下を、逃げ回る若葉。

それを追う風乃。

 

若葉の背中は見えるが、距離はなかなか縮まらない。

このままでは逃げられてしまう。

 

そこで、風乃はある策を思いつき、実行することにした。

 

「逃げられると思ってるの?」

 

「どうするっていうのさ」

 

「いま、若葉の前に…わたしの幽霊のお友達が立ってるんだ。

 はさみうち、だよ。

 逃げられないよ」

 

くくく、と風乃の顔がゆがむ。

 

「えっ!?」

 

若葉は、自分の目の前をじっと見る。

何もない。何も、見えない。

無人の廊下が広がっているだけだ。

 

まさか、そんなバカな。ここに幽霊が。

ぶるっと震える。

 

いやでも、万が一、風乃の言うとおり「何か」がいたとしたら。

恐怖を感じた若葉の足は、だんだんと速度をゆるめていく。

やがて、足は止まり…

 

「う、うわあああっ」

 

若葉は、くるりとターンし、風乃のいる方向に引き返す。

 

「うそだよー」

 

脚払い。

 

若葉は、風乃の足にひっかかり、

どさーっと、バランスを崩して、顔から廊下に倒れこむ。

 

「つかまえた」

 

風乃は、楽しそうな表情で、

倒れた若葉を、うしろから羽交い絞めにする。

 

「は、はなして、はなしてよ」

 

「さあ、入部届にサインするのだ!」

 

「わかったよ、サインするから、はなして」

 

「やったぁ!

 ようし、サインしてちょ、早く早く」

 

風乃は、若葉を羽交い絞めから解放する。

 

そして、解放したと同時に、あっさり逃げられるのだった。

 

「はなしたら逃げちゃった。

 若葉、頭いいねぇ…」

 

 

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【追う者と逃げる者】

 

若葉

「こっ、ここまで来たら、もう大丈夫かな。

 風乃ったら、もう、ほんとうにしつこいんだから…」

 

若葉は、学校の男子トイレの中に身を隠していた。

 

もう安全だと思い、トイレの個室から出た瞬間のことだった。

 

天井のパネルが開き、そこから、風乃が飛びおりてきた。

 

風乃

「とうっ!」

 

若葉

「なな、なんで天井から!?

 しかも、ここ男子トイレなのにっ…」

 

前面に風乃。背後は壁。逃げ場なし。

戦うしかない。

若葉は、すぐ横にたてかけてあったモップをつかむ。

 

「立ち去れ!」

 

モップを風乃めがけて、ふりおろす。

 

「うおう!?」

 

風乃は腕でガードしようとしたが、間に合わず、脳天にモップの柄が直撃した。

 

目をぐるぐる回して気を失い、その場にうずくまる風乃。

 

「ちょっとかわいそうなことをしたけど、仕方ないね」

 

ほっとしたのもつかの間。

 

安心してはいけないと、若葉が思い知るのは、これからだった。

学校のゆく先々で、風乃が待ち受けているのだから。

 

風乃

「若葉!」

 

理科準備室のドアから飛び出してくる。

これは、強酸性の薬品をぶつけて撃退した。

 

風乃

「若葉!」

 

図書室の本棚の裏から、飛び出してくる。

これは、辞書でたたいて撃退した。

 

風乃

「若葉!」

 

廊下を歩いている途中、背後から忍び寄る。

これは、消火器で殴って撃退した。

 

風乃

「若葉!」

 

家庭科室で、冷蔵庫の中から飛び出し、せまってくる。

家庭科室中を逃げ回り、風乃がガスコンロの上に立った瞬間、

火をつけ、燃やしておいた。

 

 

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【若葉の苦悩】

 

そんなこんなで放課後をむかえ、風乃の恐怖をさけるため、

若葉はさっさと学校を出ることにした。

 

カバンを持ち、教室をあとにしようとする若葉。

今日の出来事をふりかえってみる。

 

襲われ、撃退し、襲われ、撃退し、襲われ、撃退し…。

ロクなことがない。

脱出ゲームの主人公か、僕は。

と若葉は思った。

 

若葉

「今日の風乃、しつこすぎる…。

 幽霊より怖いよ…」

 

疲れのせいか、若葉の顔は、汗にまみれていた。

 

そんな若葉の様子を、遠くから、クラスメイトである茜と緋那が見守る。

茜と緋那は、若葉のクラスメイトであり、風乃撃退の一部始終を目撃していた。

 

「若葉、たいへんそうね…」

 

風乃

「どうしたの? 何の話してるの?」

 

「わっ!? ふ、風乃。ずいぶん元気そうね…。

 今日、けっこうひどい目にあったと思うんだけど…。

 物理的に」

 

風乃

「辞書や消火器で殴られるくらい、大したことないよ!」

 

「そ、そう…」

 

反応に困る茜。

 

風乃

「あ、でも、燃やされたのは、ちょっときいたかなぁ」

 

緋那

「風乃って、丈夫だよね」

 

風乃

「人間、丈夫が一番ですから!」

 

えっへん、と自慢げな顔の風乃だ。

 

 

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【若葉は学校から帰ろうとしたけれど】

 

ところがどっこい。

若葉は、そう簡単に、学校から出られはしなかった。

 

「こ…校門がしまっている!?

 これじゃ、学校から出られないよ」

 

「ふっふっふ…」

 

校門の上に立つ、謎の影。

 

「ふ、風乃! なんでそんなところに!」

 

「若葉、逃がさないよ! とう!

 …はうっ!?」

 

校門から、ジャンプする風乃。

しかし着地失敗。ぐきりと足首をひねる。

 

「あ、足が、足が…っ。

 くじいたのかな…」

 

足をおさえながら、苦しそうに、その場を転がる風乃。

 

「ふ…風乃、だいじょうぶ?

 保健室に…」

 

「だが…。

 まだ片足は動けるっ!」

 

根性で立ち上がる。

 

「わあ!?」

 

「さあ、若葉。今度こそ、入ってもらうよ」

 

風乃の手には、入部届。

あくまでも入部してほしいらしい。

 

若葉は、もうカンベンしてくれ、と思い、

風乃に背を向け、校内の方向に逃げ出した。

 

 

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【ようこそ、同好会へ】

 

「まってー」

 

ゾンビのように足をひきずりながら、ずるずると

若葉を追いかける風乃。

右手にペン、左手には入部届け。

速度は遅いが、確実に若葉を追い詰めていく。

 

(一日中にげまわっていて、もうつかれた…

 こんなに走ってちゃ、休めない。

 体力がつきて…いつか、つかまっちゃう。

 そうだ、どこかの教室に身を隠そう)

 

若葉は、身を隠すべく、隠れられそうな場所を探す。

すると、目の前に、薄暗い教室が飛び込んできた。

 

若葉

「あの人気のなさそうな教室…。

 よし、あそこに隠れてやりすごそう!」

 

若葉は、教室の戸を開け、入り、閉め、その場にへたへたと座り込んだ。

誰もいない、空き教室なのかと思った。

 

ところが。

若葉の予想を裏切り、どこからか声がした。

 

女の先輩

「ようこそ、ケービン同好会へ」

 

若葉

「…はっ!?」

 

女の人の声だ。

予想外の声の登場に、立ち上がってしまう若葉。

 

でも、風乃ではない。声がちがう。

 

若葉

「だ、だれかいるんですか」

 

女の先輩

「あら、1回では聞こえなかったでしょうか。

 じゃあ、何度も言いましょう。

 ようこそ、ケービン同好会へ。

 ようこそ、ケービン同好会へ。

 ようこそ、ケービン同好会へ。

 ようこそ…」

 

教室の奥にいた人影が、ゆっくりと姿をあらわす。

若葉に近づいてくる。

 

人影はやがて、正体をあらわす。

女子の制服を着ている。この高校の女子生徒だろうか。

突然の訪問者にも、落ち着きはらった様子で、にっこりとほほえんでいる。

その表情は、とてもおだやかだ。

 

一瞬、幽霊ではないかと身構えたが、そんな心配もなかったようだ。

 

さて。

 

さっきから一言もかまずに

「ようこそ、ケービン同好会へ」と繰り返しているので、

いいかげん、止めることにした。

 

若葉

「わ、わかりましたっ。

 もうリピートしなくていいです。

 ここが同好会の教室だと言うことはわかりました」

 

女の先輩

「おわかりいただけて、とてもうれしいです。

 わたし、2年の稲福美鶴と申します。

 ケービン同好会の会長をしています。

 あなたのお名前は?」

 

若葉

「1年の、中城若葉です」

 

美鶴

「あらまあ、後輩さんですか」

 

若葉

「ええ、まあ、1年なので」

 

美鶴

「そうですね、わたしは2年なので、

 1年は後輩ですね」

 

若葉

「ま、まあ、そうですね」

 

若葉

(…なんだか、変わった先輩だなぁ)

 

若葉は、困惑してしまった。

苦手な同級生に追いかけられて逃げ込んだ先には、変わった先輩がいた。

しかも、聞きなれない名前の同好会。

適当に切り上げて、同好会の教室から出てしまおう。

 

そう思った矢先、教室の戸の外側から

「わかば、どこー?」と風乃の声がした。

 

「うっ…」

 

声が近い。おそらく、教室の戸をへだてて、

すぐ向こう側にいるにちがいない。

 

若葉は出るわけにはいかなくなった。

 

若葉

「みつる先輩、すいませんが、僕、追われているんです。

 1時間。

 いえ、30分だけでも、教室にかくまわせてください」

 

美鶴

「追われている? まあ、それは大変ですね」

 

若葉

「ええ、大変なんですよ、しつこくて」

 

美鶴

「では、同好会へ入会しましょう!」

 

若葉

「…は?」

 

話の展開がおかしい。

若葉は、口をあんぐりと開け、止まってしまった。

 

 

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【この同好会は人があつまらない】

 

美鶴

「入会希望者ではないのですか?」

 

若葉

「ち、ちがいますよ。

 僕、追われているんで、この教室に逃げ込んできたんです」

 

この人は、話を聞いていないのだろうか。

若葉は不安を感じた。

 

美鶴

「そうですか、残念です。

 入会希望者は、この教室に来るよう、貼り紙をしておいたんですけど…」

 

みつる先輩は、少し残念そうだ。

 

若葉

「まだ、誰も来ていないんですか?」

 

美鶴

「ええ、あなたが最初です」

 

若葉

「人気、ないんですね…」

 

しまった、今のは失言だ、と若葉は思った。

 

若葉

「す、すすす、すいません、人気がないなどと

 出すぎた言葉を!」

 

美鶴

「うーん、地味な活動テーマだから人が来ないのでしょうか」

 

若葉

「地味なんですか?」

 

美鶴

「ケービンって、何か分かりますか?」

 

若葉

「わかりません」

 

美鶴

「わたしもわかりません」

 

若葉

「ええっ!?」

 

 

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【先輩は、入会してほしそうにこっちを見ている】

 

美鶴

「というのはウソです。怒りましたか?」

 

若葉

「お…怒ってないです。

 ただ、ちょっとびっくりしただけです」

 

美鶴

「そう、ならよかったです。

 今のウソは、新人歓迎の、ちょっとした余興です」

 

若葉

「よ…余興ですか」

 

美鶴

「話を進めていいですか」

 

若葉

「ど、どうぞ…」

 

美鶴

「ケービンとは、かつて存在した、沖縄の軽便鉄道のことです。

 『ケービン』という愛称で親しまれていました。

 この同好会は、今は失われし『ケービン』について、

 調査・発表を行う同好会なのです」

 

若葉

「へぇ…」

 

沖縄には昔、鉄道があったということを、若葉は聞いたことがあった。

ただ、それが「ケービン」などと呼ばれていたのは

今はじめて知ったことだった。

 

若葉

「…まあ、たしかに、他の部活に比べると、

 すこし、地味な感は否めない…です、かね」

 

美鶴

「ふふっ、そうですね」

 

若葉

「活動しているのは、美鶴先輩だけですか」

 

美鶴

「あと、おふたりほどいるんですけど、

 毎日部活に参加しているのは、わたし一人です」

 

若葉

「そうなんですか、それは心細いですね」

 

美鶴

「そうなんですよ! で、ですから…

 若葉さんもぜひ、ぜひ入会してください」

 

美鶴先輩は、両目をきらきらと輝かせて、顔を近づかせながら、

若葉に入会するよう誘う。

 

若葉

(うっ、そんな目をしたら、断りきれないですよ、美鶴先輩!

 っていうか、ちょっと顔が近すぎませんか!?)

 

先輩の顔が、目と鼻の先にある。強烈な笑顔とキラキラおめめ。

逃げられる気がしない笑顔が、そこにあった。

ある意味最強の営業スマイルか。

 

若葉は、なんだか大変なことになったぞ、と心の中で思った。

 

 

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【けいびんか、幽霊か】

 

ガラッ。

 

若葉の背後で、教室の戸が開いた。

 

「ぎょっ!?」

 

若葉は、びくっと驚き、すぐにうしろを振り向く。

風乃か。風乃なのか。

そうであればすぐさま、撃退せねばなるまい。

 

若葉は、すぐ横にあった、パイプ椅子を持ち上げる。

追跡者(風乃)の頭にぶつけ、撃退するためだ。

 

「ちーっす。しつれーしまーす」

 

「…へ?」

 

手にもったパイプ椅子を、思わず床に落としてしまった。

 

予想に反し、チャラそうな男が入ってきたからだ。

 

左手はポケットの中、右手はケータイいじり。

制服を着崩しており、髪型も校則アウトな感じだ。

靴のかかともふみつぶしている。

きわめつけは、世の中を舐めきったような表情。

 

かなりポイント高いチャラさだ。

 

チャラ男

「あー、部室は、ここっすかぁ?」

 

けだるそうな感じの声が、チャラさを強調させる。

 

美鶴

「ええ、そうです。

 わたし、2年の稲福美鶴と申します。

 入会希望者ですか?」

 

チャラ男

「そーっす。

 俺、1年の石川森男っていーます。

 好きな楽器はギターとマラカスで、

 好きな食べ物は、カレーっす」

 

モリオよ、別にそこまで訊いていない。

 

美鶴

「モリオさん、では、入会届けにサインを」

 

モリオ

「うーっす、ペンありますか?」

 

美鶴

「はい、どうぞ」

 

さらさらと入会届にサインしていくモリオ。

 

こんな軽そうな男が、軽便同好会に入って、何をしようというのだろうか。

どう見ても、鉄道とかに関心なさそうな感じなのに。

人の興味というのは、見た目ではわからないものだな。

若葉は、そう思った。

 

モリオ

「書き終わりましたぜ、先輩」

 

モリオは入会届を提出する。

入会届の文字は、かろうじて原型を保っているものの、

すこしヘビっぽい字をしていた。

 

美鶴

「モリオさん。

 これであなたは、正式な会員です。

 ようこそ、軽便同好会へ」

 

モリオ

「え? 先輩、もーいちど、いいっすか?

 リピートアフターミー。

 けいびんって聞こえたんですけど」

 

美鶴

「けいびんですよ?」

 

モリオ

「けいおんじゃないんですか?」

 

美鶴

「けいびんですよー。

 K・E・I・B・I・N

 で、けいびんです」

 

けいおんとけいびんについて、きちんと区別をつけられるよう、

ローマ字を一文字ずつ発音する丁寧な先輩であった。

 

モリオ

「えー? まじすかー?

 けいおん同好会じゃなくて、

 けいびん同好会なんすかー?

 うわー、やっちまったすわ」

 

あまり真剣みのない声だが、顔を見ると、

髪の毛をくしゃくしゃにつかんでいて、なんだか深刻そうだ。

 

「軽音」同好会と、「軽便」同好会を間違えたようだ。

これは、間違えられるものだろうか。

 

モリオ

「せんぱーい、ギターひけますかー?」

 

美鶴

「レールならひけます」

 

何のレールなのか。

 

モリオ

「うっわー、まじっすか、すごいっすね。

 パねぇっす、先輩!」

 

なにがすごいのか。

 

美鶴

「ですから、ぜひモリオさんも、軽便同好会の一員として、

 わたしにつきあってください」

 

モリオ

「レールひける先輩、ちょーかっこいいです!

 レールがなにかは、よくわかんないですけど!」

 

なんなんだ、このふたり、会話がかみあっていないのに、

意気投合しているぞ。大丈夫か。

 

若葉にとって、理解不能な場面が続く。

 

美鶴

「さあ、若葉さんもぜひ、入会してください!」

 

若葉

「うっ、結局こっちに話をふってくるわけですね…」

 

別に、軽便同好会に入るのがイヤってわけじゃない。

ニッチで素敵な部活だと思う。

 

でも。

もっと僕がスキでいられる部活が、

まだまだあるはずなんじゃないかと思うと、

今決めるのは時期尚早だと思う。

 

「あと一週間ぐらい、考えさせてくださ…」

 

若葉は、今すぐの返事をさけようとした。

 

ガラッ。

 

若葉の背後の、教室の戸が開く。

 

若葉

「なんだ、また入会希望者か…。

 今日、多いなぁ」

 

風乃

「若葉! こんなところにいたんだね!

 さあ、幽霊部に入部しなさい!」

 

若葉

「風乃!?」

 

とっさのことに、体勢をとりそこねた若葉は、

パイプ椅子をもつことを忘れ、教室の奥へあとずさってしまう。

 

しまった、使う武器がない。

 

風乃

「さあ、入部届にサインしなさい!」

 

ゾンビのように足をひきずりながら、若葉に迫る風乃。

 

美鶴

「まあ。また入会希望者ですか。

 今日はにぎやかでうれしいです」

 

先輩は本当にうれしそうだ。

さっき、風乃に追われていると説明を受けたはずだが、

もう忘れているようだ。

 

風乃

「あなたは誰ですか? 若葉に何か用でも?」

 

美鶴

「2年の稲福美鶴です。

 軽便同好会の会長をしてます。

 今、若葉さんに入会をお願いしているところです。

 あなたは?」

 

風乃

「わたし、1年の宇久田風乃っていいます!

 入会希望者なんかじゃありません!

 若葉は、わたしの幽霊部に入部させます!」

 

若葉

「だから、幽霊部は嫌だって言っているじゃないか、風乃!」

 

美鶴

「まあ、若葉さんの決めることですから。

 若葉さんの自由がいいでしょう」

 

若葉

「先輩…」

 

風乃

「幽霊部に入って」

 

美鶴

「軽便同好会に、ぜひ」

 

若葉は、2つの選択をせまられる。

 

モリオ

「俺といっしょに武家屋敷をめざそうZE!」(※武道館と言いたかったらしい)

 

お前は黙れ。

 

若葉

「うーん…」

 

悩むまでもない。

今、ここで軽便同好会に入っていれば、風乃の誘いも断れるかもしれない。

ケービンには詳しくないのだが、

幽霊よりはマシだろう。はるかに、ずっと。いやマジで。

嫌ならやめればいいし。

と若葉は思った。

そして決心する。

 

「僕は…」

 

言葉を続けようとする若葉。

 

そのとき、教室の戸が、ガラ、と開く。

 

怖そうな教師

「おい、宇久田。ここにいたのか」

 

風乃

「あ、せんせー」

 

怖そうな教師

「校門を勝手に閉めたそうだな?

 話がききたい。職員室に来なさい」

 

風乃

「あう…」

 

風乃は教師にひっぱられ、教室から出ていった。

 

 

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【僕は男です】

 

風乃退場後から数分後、軽便同好会の入会届けには、

「中城若葉」と名前が書いてあった。

 

美鶴

「入会、受理しました。若葉さん。

 女の子の後輩が入ってくれて、とても嬉しいです!」

 

若葉

「えっ!?」

 

美鶴

「どうしました、そんな顔して」

 

若葉

「い、今、何と言いましたか」

 

美鶴

「とても嬉しいです」

 

若葉

「そこじゃありません!

 もう少し前です!」

 

美鶴

「入ってくれて」

 

若葉

「もうちょい前です!」

 

美鶴

「女の子の後輩」

 

若葉

「そうそう、そこです!」

 

美鶴

「やった、当たりましたね」

 

少し嬉しそうな美鶴先輩。

 

若葉

「…いや、そんなに喜ぶことじゃないと思いますけど。

 いいですか、先輩。

 僕は女性じゃありません。

 オトコです!」

 

美鶴

「ふーん? そうなんですか?

 じろじろ…じろじろ…

 うーん、若葉が男だなんて信じられないですね。

 どう見ても、女の子ですよ?」

 

若葉

「か、顔だけ見ても判断つかないなら、

 首から下をみてくださいよ!

 ほら、男子の制服を着てますよね、僕」

 

美鶴

「男装しているだけでしょう?

 ふふ、冗談がうまいんだから」

 

若葉

「先輩、それはないですよ…。

 信じてください、お願いします」

 

美鶴

「うーん」

 

若葉

「このとおりです。

 ほら、今、頭さげますから」

 

なんで僕が、男であることを信じてくれるよう、

頼み込んでいるんだろう、頭まで下げて。

何か話がおかしくないか?

と若葉は思った。

 

モリオ

「俺も、このとおり、頭下げるんで。おねやいしあーす」

 

モリオ、謎の最敬礼。

なぜお前まで頭をさげるのか。

 

美鶴

「そんなに頭を下げなくても…。

 まあ、そこまで頼まれたら、信じましょうか。

 若葉さんが男だということを」

 

若葉

「ほっ…」

 

美鶴

「でも、明日の朝には、若葉が男であることを

 忘れているかもしれません…。

 わたし、物忘れ、はげしいですので」

 

若葉

「まさか、そんな。

 一晩で忘れるわけ、ないでしょうに」

 

美鶴

「うふふ」

 

何かをごまかすように笑う美鶴。

 

若葉

「…否定できないんですね、先輩」

 

 

-15ページ-

 

【風乃は白雪を誘いたい】

 

白雪

「で、先生にこっぴどくしかられ、帰ってきたと」

 

風乃

「うんっ♪」

 

白雪

「うん♪ じゃない!

 どう考えても、お前が悪い。勧誘が強引だ。

 若葉がかわいそうとは思わんか」

 

風乃

「だって、怖がりな子って、いじめたくなるんだもん」

 

白雪

「…なんだ、そりゃ」

 

入部してほしいから追いかけたのか。

怖がる様子が楽しくて追いかけたのか。

白雪には、いまいち風乃の目的が見えてこなかった。

 

風乃

「若葉は怖がりだから入部NGだとしても、

 他のみんなくらいは、入ってくれてもいいよね?

 幽霊部」

 

白雪

「…あのな、どう考えても、そんなオカルトな部活、

 やりたがらないと思うぞ。

 普通の神経なら、誰もやらんだろ」

 

風乃

「ねぇ、白雪、幽霊部に入ってよ!

 幽霊部員でいいから!」

 

白雪

「入りたくない。

 それに、俺は、高校生ではない。

 部外者は部活に入れないだろう?」

 

風乃

「じゃあ高校生になってよ、白雪!」

 

白雪

「誰がなるものかっ!」

 

風乃

「受験するだけでいいから!

 受験して高校生になってよ!」

 

白雪

「受験とかハードル高いわ!

 だいたいお前は…」

 

今日も、風乃の部屋では、白雪の怒号が飛ぶ。

幽霊部がスタートできる日は、まだまだ遠そうだ。

 

< おわり >

 

 

-16ページ-

 

【おまけ:モリオってどんな人】

 

若葉

「ねぇ、桂介…

 石川森男って知ってる?」

 

桂介

「知ってるぜ。

 あのチャラそうな男だろう?」

 

若葉

「うん、最近知り合ったんだけど…」

 

桂介

「まあ…俺が知っていることを教えるとしたら…

 頭が残念な奴だけど、悪い奴じゃない。

 っていう程度かな」

 

若葉

「そうかぁ…。

 あっ! 桂介! うしろにモリオが!」

 

モリオ

「……」

 

若葉

(うわー、怖い顔してるよ。

 頭が悪いといわれて、怒ったかな)

 

桂介

「おう、モリオじゃないか」

 

モリオ

「ケースケ。おめー、今なんつーた?

 オレのアタマが残念だと!」

 

桂介

「悪い悪い、まあ、そう怒るな」

 

若葉

(ど、どうしよう、ケンカになっちゃう?)

 

モリオ

「オレの髪型、そんなに気にいらねーか?

 んなこと言われると、気になるじゃん!

 セットセットー」

 

どこからか鏡を取り出して、髪のセットを始めるモリオ。

髪型を直せとは、まだ誰も言っていない。

 

桂介

「ああ、頭が残念だ…」

 

若葉

「でも悪い人じゃないね…」

 

< おまけのおわり >

 

 

説明
雪の降らない沖縄県で、雪女が活躍するコメディ作品。
南の島の雪女、第8話です。(基本、1話完結)

【今回のあらすじ】
4月の半ばにさしかかったころのこと。
1年生である中城若葉は、
部活や同好会について、どれに入ろうか悩んでいた。
風乃から「幽霊部作るから、一緒にやらないか」と言われ、
激しく拒絶するが、しつこいので、逃げ回る。
逃げ回るうちに、ある一つの空き教室に逃げ込んだ。
無人と思われたその空き教室に、人がいた。
その先輩は言う。
「ようこそケービン同好会へ」

※ケービン = 沖縄の軽便鉄道のこと。今はもう存在しない。
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