さわだけ-双子物語番外シリーズ-
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 二人の娘が無事に高校を卒業して独り立ち・・・いや二人立ちして家から出た。

私は寂しさと嬉しさが混じる複雑な心境の中。

 近所に空いていた土地建物があり密かに溜めていたギャンブルでの貯金を使って

気楽に遊べる雀荘をオープンして近所の人たちとの交流を兼ねて麻雀をしていた。

 

 が、その時も長くはなかった。くだらない世間話に華を咲かせていたら入り口周辺に

軽い悲鳴とざわつきが耳に障った。何事かと牌から視線を入り口に移すと

一見ヤクザを装ったチンピラが私の座る卓に手を叩き付けた。

 

 その勢いで山や河が崩れ、私は苦笑をすると。相手はグラサンから私を覗き見る。

腰を屈めて視線が合うように睨んできた。なんだ・・・コイツは。

 

「山口菜々子」

「ん?」

 

 旧姓の私の名前を呼ぶ女に私は適当に返事をする。すると、女は卓にいたおばさん達が

怯え、逃げ出すことも気にせず私の対面に座り足を組んだ。

 

「私と本気の勝負をしようや」

 

 連れと思われる男から煙草を受け取ると禁煙の部屋でプカプカとふかしながら

次の言葉を紡ぎだした。

 

「互いの腕一本を賭けて勝負しろや。もし、断ったら家族全員を巻き込むつもりだからよ」

 

 そう言われると断ることもできない私は、その賭けの条件を聞いて昔の感覚を

取り戻しつつあった。興奮していたのだ、命さながらの条件を出されて過去の私が

亡霊のように私に取り憑きつつあった。私はつい元の口調でそのケンカに乗った。

 

「わかった・・・。だがてめぇ、そこまで言うからには覚悟はできてんだろうな・・・」

 

 それまでの視線はどこかに飛んでいき、殺気だけが辺りを包み込んでいた。

睨んでくる相手に私も殺意を持って睨み返していた。

 

 騒ぎを聞きつけてサブちゃんが私の傍に駆け寄ってきた。

 

「お嬢!」

「あぁ、ちょうどよかった。サブ…。煙草持ってるかな」

 

「お嬢…」

 

 サブも気づいただろう。私の眼差し、彼が一番恐れていた私の表情に戻っていることに。

その視線を追うと気まずそうな表情で相手の顔を窺ったが相手は笑っているような表情を

作っている。やる気十分だ。

 

 いや…。むしろそのくらいの気概がないのにあんな喧嘩を吹っかけられても困る。

ヤクザを舐めてもらっては困る…。どっちにしろ、相手の女には痛い目に合ってもらおう。

 

「サブ、お前も席につけ」

 

 それでちょうど五分五分になる。なぜなら、連れの男も自然のように女の隣の席に

ついた。サブが入ればちょうど4人になる。男は余計なことを言わないように

釘を刺されているのか私に生意気な口一つよこさない。

 

「よし、やろうじゃないか。この時代には珍しいその大きな賭け麻雀」

「ふふっ…」

 

 女は一筋の汗を垂らせて口角を上げていた。

自信があるのだろう。その意気込みに合うように序盤は女の独壇場と思わせる和了

(あがり)が続いた。忘れていたけど、ルールは喰いタン赤ありの半荘勝負である。

 

 最初の親は女の連れの男であり、私の親番は東南の四局目になる。所謂ラスである。

連続で和了していて、連荘に入っていた。親が和了続ければ場は回ることはない。

 

 私は最初の一本を灰皿に押し付けると二本目の煙草に火を点けて考えた。

しょっぱなから運を利用して立ち回っている。ただの無能ではないようだ。

 

 一度も上がれないまま南場を迎え、私は3着に甘んじている状況。

細かい和了で場を回している、せこいが和了がなければ勝つことはできない。

おそらく一緒に連れている男とコンビ打ちしているに違いない。

 

 だけど、まだチャンスはある。

 

 戦いは終わるまでわからない、わかったもんじゃない。

そう考え続け、オーラス。相手は素早く翻牌を鳴き1000点の手で和了をとる

勢いに感じられた。だがその後は早々に鳴いたのが裏目に出たかなかなか和了までには

至らず、グズグズしていた。

 

 ん? ちょうど対面の牌が半分切った時に私は自分の積んだ牌の位置を思い出した。

それがちょうど牌を引いた時に閃く。ちょうど私の手はその時聴牌になっている。

 

 長考。

 

 意を決して私は捨てる牌を横にして宣言した。

 

「リーチ!」

 

 私の考えが間違ってなければ次は確実に和了、相手との1万点差は吹っ飛ぶことになる。

ドラ3抱えのハネ満。

 役自体は大したことないが一発ツモが成立すれば裏ドラ次第では更に膨らむ。

傍から見れば運のみの麻雀。

 

 しかし、その運さえ無くした私はもうこの方法しか残されていない。

私の狙いに気づいていない、もしくは勝ちを確信している相手はそのまま牌を捨て続ける。

 

 有利はあくまで有利。勝ちに繋がるとは限らない。

私の番になり、私は静かに牌を握って目の前にある自分の山と牌をすり替えた。

これまでに数度しか練習したことなく、パーフェクトと賞賛できるほど静かに成功させた。

 

「ツモ!」

 

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「くそっ、もう少しだったのに」

 

 サブちゃんに相手の連れを外に連れ出してホッと胸を撫で下ろした私は天を仰ぎながら

煙草を吸っていた。勝負終了が確定するまで気づかれないまま、私は無事に勝ちを

もぎ取っていた。

 

 しかし、守るものが出来ると人間は弱くなるものだな。

そう思えた。強くなるものもあれば、弱くなる部分もあるのだ。

勝負だけに関していえば、明らかに腕も運も大幅に落ちていた。

昔の私ならこうは打たなかったはずだ。もっと、死に向かって打っていた。

 

「来な」

 

 私は立ち上がると、負けて項垂れている相手に声をかけて外へと連れ出すことにした。

売られた喧嘩は買い、キチンとケジメをつけなければいけないのだが…。

 

 どうにも腑に落ちないことがある。どうしてこいつは私を狙っていたんだ。

その疑問を歩きながら聞こうと住宅街の中を歩いていた。

 

 歩く先は少し遠い実家の組。場合によってはそこに寄るか寄らないか決まってくる。

最初は口を閉ざしていた相手もそれが意味のないことだと知って言葉を発した。

 

「覚えてないですか、私のこと」

 

 急に敬語になり、しおらしくなった女。こんな派手な外見の奴は覚えがなかった。

思い出せない私に相手が胸ポケットから取り出したメガネを装着すると、

どこか見覚えのある顔に見えてきた気がする。

 

 だけど、ここ数年で私の組にいた人間とは違う。そう、何かもっと時間が離れた…

考えていた時、彼女はいきなり名乗って驚いた私は反射的に振り返る。

 

「希(のぞみ)ですよ。貴女と子供の頃一緒にいた…」

「え…」

 

 霞みかかっていた思考が少しずつ晴れていった。

彼女は昔、借金の肩代わりで私の家に居た学生の女の子だった。

彼女自身はとても真面目でどうしようもないクズの親から引き離して自立させる

ために親父が一時引取りをして、名前を伏せて高校まで行かせていた。

 

 その時、私には年上の男衆しかいなかったせいか。希を私が何か行動をするたびに

傍に居させられたことが記憶に残っていた。

 

 ちゃんとカタギの世界に戻せるように色々尽くしたのに…。

やるせない気持ちが私の中に込みあがっていた。

 

「どうしてだ、どうしてカタギの世界に戻っていったお前がここにいる」

「やっと思い出してくれたんですか・・・姐さん」

 

 私は怒っているのに、希は嬉しそうに涙を浮かべてさえいた。

 

「その目です。姐さんの相手を殺すくらいの威圧感が私は忘れられませんでした」

「何を…」

 

「だけど、最近の姐さんを見かけた時にあの狂気染みた表情は失われ、

一般人と馴れ合ってるじゃないですか」

 

 嬉しそうにしていた後、すぐに怒ったような顔をして私を睨みつける。

昔の私と今の私を比べて困惑してしまい失望した気持ちの行き場所がなくなり

私に勝負を挑むことにより気持ちを晴らそうとしたのだろう。

 

 腕一本という無茶振りも恐らく本気ではなく、私の闘志を蘇らせようという

魂胆だったのだろうけど。

 

「そう、だとしたら悪いけど。私はもう昔の命知らずの私じゃないわ。

貴女の望む私はもういない」

「どうして…」

 

 信じられないという顔をして私に話をかけてくる。人目を避けるために

私は再び歩きだしてゆっくりと答えを探していく。

 希も私の答えを焦らずに待って、暫く歩くとひっそりと綺麗に咲いている

桜の木がある場所にたどり着いた。

 

 住宅街から離れた、なだらかな丘の中心に立っている桜の木に手をついて振り返る。

 

「私はヤクザである前に、人の妻となり、愛する子供もいるのよ」

「うそ・・・」

 

「残念ながら本当。何かそれをきっかけに憑きモノが取れたように人が変わったと

私自身感じられた。でも、本音も本音だけどさ。この状況が実に幸せなのよ、私には」

 

 浮かべた笑みを相手に見せると、驚きを隠せず暫く沈黙が続いていた。

今思えば旦那の話は私と親父でしかしてなかったから気づいてなかったのだろう。

それだけ当時の私は周りが見えていなかったし、彼女のことも意識していなかったのだ。

 

 これだけうろ覚えなんだもの。

 

 帰りの道を歩いている途中、彼女が望むだけ私のその後の話を始めた。

最初は複雑そうに顔をしかめて聞いていたのを、少しずつ和らいでいったように見えた。

彼女がどういう人間かによっては連れていく場所を組にして引き渡すつもりだったけど、

思い出してしまえば情が移ってしまい、家に連れて帰ることにした。

 

 家に着いた時にはもう夕方になっていて、後をついてくる犬のような彼女の前にいた

私は自宅の場所に立ち止まって振り返った。

 

「ここが私のおうち」

「けっこう普通ですね」

 

「それがいいのよ」

 

 大きな屋敷で私と対等に付き合ってくれた人はいなかった。

お嬢様といえば聞こえはいいけど、肩書きがヤクザだったし。

かなり寂しい思いをしたものである。

 

「そういうものですかね・・・」

 

 借金はしていたけど、それ以外は普通な希にとっては私の立場こそが

憧れだったのかもしれない。周りが持ち上げてくれて圧力も持っている。

そんな見た目からして強い力が欲しかったのかもしれない。

 

 家の中はシンプルで清潔を保っているけど、ある一画だけは旦那と一緒に

決めて娘達の小さい頃からの思い出の品々を飾ってあった。

 

 本人たちには当然内緒にしてある。気づかれたら捨てられてしまいそうだったから。

 

「この子たちが?」

「そう」

 

 写真もその中にはちゃんとあり、小さい頃から高校生の頃までの写真がいくつもあった。

雪乃に関していえば向こうの写真部の生徒さんと交渉して色々譲ってもらった経緯がある。

 

 どれも私にとっては代えがきかない宝物ばかりであった。

 

「あ、どことなく姐さんの面影があるね」

「でしょう?」

 

 二人で座りながら写真だの、描いてもらった絵だのを見ながら

思い出話に華を咲かせていると、ドアが開く音が聞こえた。

恐らく旦那のおかえりであろう。

 

 私が立ち上がると希も同じように立ち上がり迎えに行くと

旦那の目の前に知らない女がいて驚いたのか、一瞬絶句してから

僅かな表情の変化で挨拶をしていた。

 

 長く付き合ってるからわかるけど、これは喜んでいるのだろう。

出会いの頃から感情の雰囲気は全面に出るのだが、見た感じの表情はさして

変化はしないから最初は私も戸惑った覚えがある。

 

「おかえり〜」

「ただいま」

 

 すると私の後ろにいた希が警戒するような表情と目付きで静雄を睨みつけていた。

 

「あんたが姐さんとあんなことやこんなことを・・・」

「へ・・・?」

 

 いきなりの言葉に私と静雄は驚いて間の抜けた声を出してしまう。

想像するととても照れくさくなるのだが、希のほうはとても悔しそうな顔をしている。

 

「あんたみたいなどこの馬の骨とも知らない奴に!」

「いや、あんたもその中に入るでしょ。一緒にいた期間短かったんだから」

 

 しかも再会したのは今日だし。

とんだ狂犬を拾ってしまったものだと、希を抑えながら私は少しだけ後悔していた。

 

 だけど、それ以上に拾ってよかったのかもしれないとどこかで覚えていた。

最近は静雄も帰ってくる頻度は増えていたけど、娘たちが自立して嬉しい反面

寂しかったから。

 

 たった二人なのに、家の中から気配を感じなくなっただけで

すごく広く感じるようになっていたから、静雄もこんな知らない人間相手に

表情を変えずに私の意見に賛同してくれた。

 

「よろしくね、希ちゃん」

 

 静雄の言葉に希は反抗的に返すがさっきよりは落ち着いてきたのか

言葉が敬語に戻っていた。

 

「もう『ちゃん』っていう年じゃないですけどね!」

「じゃあ、ごはんの用意をしちゃいますかね」

 

「姐さん!私も手伝う!」

 

 メガネの位置を調整して希が後ろから犬のようについてくる。

こんなに犬っぽい子だったかと考えるがそのイメージがあまりなかった。

おそらく時間による変化だと思われる。

 

 それか、ずっと感情を閉じ込めていたそれを解放させたから

改めてわかったことだったのかは定かではない。

 

 ただ、一人加わっただけで空気が一気に騒がしくなったのだけは感じていた。

これから色々大変かもしれないけれど、その分楽しいこともありそうな予感に

ワクワクしている感覚があった。

 

 私の勘はこういうときは、はずれることがないからそこだけは自信が持てた。

そんなことを考えていたら口元が思わず緩んでしまい、そこを希に見られて

からかわれたりした。だけど・・・。

 

 本当にこれからが楽しみだと心底思えたのだった。

 

お終い

説明
双子物語の両親にスポットを当てた話。この時点で双子ちゃんは卒業しているので本編より進んじゃってますね。ナンテコッタイ
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