cross saber 第16話 《聖夜の小交響曲》編
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これは、イサク達が何年か前に紅葉狩りに行った時にとった写真という設定です。(……写真です。 ご足労ですが、無理矢理思い込ませて下さい)

 

参考までに、上段左からレイヴン、カイト。 下段同じく左からマーシャ、ハリル、イサク。

後は皆様の脳内処理により、キャラクターが少しでもカッコ良く、もしくは可愛くフォームチェンジされるのを願うのみです。

 

話の方もお楽しみいただけたら嬉しいです。

 

 

 

 

 

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第16話〜Holy Night Conductor〜 『聖夜の((小交響曲|シンフォニア))』編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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【side イサク】

 

夜風を滑るように伝ってくる静かな威圧感が、ピタリと静止した。

 

一切の濁りもない野饗の旋律の如き声音が冷気を震わす。

 

「奇遇だな、少年。 あっと言う間もない再開だ」

 

闇の中に毅然と佇む人影は、飄々としていながらもどこか厳かな調子で続ける。

 

「あの衝撃に耐えられたのは君だけのようだね。 まあ、かくいう君も、随分と疲弊しているようだが………。 そう睨むな」

 

剣を中段に構え、神経を尖らせる俺を諭すように男が片手を挙げるが、それを無視してビュッと空を斬ってみせた。

 

「無駄話を所望なら、それこそ無駄だ。 俺は今、あんたを斬りたくて仕方が無い」

 

「ほう、そうか? 俺は君と話をしたいが故に、こうしてわざわざ舞台の上を整えたというのに……」

 

「ふざけるな………!!!」

 

男は激昂する俺を、呆れたような灰色の目でまじまじと眺めた。

 

「ふぅ……。 どうやら、剣を以て 、変え難い力の差というものを理解してもらうしかないようだね」

 

そうは言ったが、男はそれでもなお剣を抜くことはなく、西洋の紳士さながらに物腰の落ち着いた風格と流麗な口調でゆったりと続けた。

 

「しかしだね、少年。 俺と君は理性のない獣じゃあない。 相手に対する興味や感情も少なからずあるだろう。 ここは一つ、人類の歴史の上で崇高たる騎士道精神に則って、中世のエクイテス同様に各々の名を語らおうじゃないか」

 

男は優美な動作で頭のテンガロンハットに手をやり胸の前まで持っていくと、慣れたようにきっちりと身体を折った。 オールバックになった短めの黒髪が一筋、ハラリとその額に垂れる。 緩慢すぎる男の一連の仕草には人の目を惹くだけの端麗さが内包しており、濁りのない声ははっきりと荒野に響いた。

 

 

「俺の名はアルフレッド。 昊天の緋連雀、アルフレッド=グーリンガルだ。 以後お見知り置きを」

 

 

まさしく、気高い精神を掲げる紳士そのものである男の気配は依然として友好を深めようとするもののままだ。

 

この男ーーアルフレッドは今現在、完全なまでに隙を見せている。 斬るとしたらこれ以上ない絶好のチャンスだ。 だが、それでも俺は踏み込むことができなかった。 そうした瞬間に、自分でも分からぬうちにこの身を消滅させられてしまうのではないかという全く根拠のない不安がどうしても心底に引っかかり、拭い切れなかったのだ。

 

斬りかかることも出来ず逡巡する俺に、男は少しだけトーンを落とした声で語りかけてきた。

 

「分からないか、少年。 ここで黙することは剛胆さの誇示でも自尊心の守護でもない。 紳士たるもの、騎士たるもの、男たるもの、その精精たる道の裏切りだよ。 少年も一人の剣士であるのなら、尋常に名乗りを上げるべきじゃないか」

 

男の長い腕が背の洋剣の柄に伸び、ジャラリと音を立ててゆっくりとそれを引き抜いた。 紅い刀身が月の光を浴びて、精鋭な輝きを放つ。

 

男はその切っ先をスッと持ち上げて俺に照準すると、温和にも見える笑みを浮かべ静かに問うた。

 

「さて、少年の名は………?」

 

その様相に、今まで無為に気と意地を張っていた自分が馬鹿らしくなったというか呆気に取られた俺は、ふっと息を吐き、一度剣を下ろした。

 

いかにこいつが凶悪な敵であろうとも、ここまでの礼儀を払われておいてそれを頑なに屠るならば、それこそ俺は剣士としても男としても失格だ。

 

ーーそうだ。 この男、アルフレッドは、今まで俺が戦った剣士の中で間違いなく最強の相手だろう。 俺とて無事で済むとは思っていない。 ならば、応じてやろうじゃないか。 敵であろうと、ここまで屈強で高貴な騎士と闘うことのできるこの身の幸運を、しかとあの男に返してやる。

 

 

「…………アラディフィスの三剣、イサク。 ………持して参る!!!」

 

 

俺は叫ぶようにそう名乗り、地を蹴った。

 

最早理解することも消し去ることもできない、暗雲の如き巨大な不安は全て置いて。 生への渇望と固い使命感に身を奮い立たせる。

 

俺は男の懐に潜り込むや否や、剣を下方から鋭く振り上げた。

 

 

「セアッ!!!」

 

 

ーーだが男はやはり、余裕を持ったごく僅かな動きでそれを回避する。

 

「っっつ………!」

 

まさしく一心不乱、そのもの。 俺は怯むことなく猛然と連撃を打ち出した。

 

空を斬った剣が加速度を失って伸び切ってしまうよりも速く、無理矢理それに抗って次の一撃を見舞う。

 

 

何度も、何度も、何度も。

 

 

悲鳴を上げる腕に休符を与えることもせず、本能が反射と経験に元ずいて生み出す瞬間的判断を完璧にトレースし、攻撃のみに全神経を委ねる。

 

今の俺にできる、最速で最大の剣の乱舞。

 

 

ーーなのに。 それなのに………。

 

 

男は口元に浮かべた興を楽しむような笑みを消すことなく、子供の悪戯を軽くあしらうかのように、平然と剣戟を捌いて行った。

 

 

ーーゾクリ

 

 

押し殺し切れなかった一抹の不安が、湖面に浮かび上がらんとする水中の泡のように漏れ出す。

 

 

ーーこいつは俺を試しているだけだ。 本当に、遊んでいるだけだ。

 

 

 

 

ーーーこいつは俺を…………簡単に殺せるんだーーー

 

 

 

 

「う……うおおぉぉぉっっ!!!!」

 

 

俺は狂ったように咆哮を上げ、右脇腹に構えた剣を握る腕に力を込めた。 防御を捨て威力を最優先にした渾身の三連続斬り、《蒼日月》。

 

右下方から跳ね上げた、美しい三日月のような蒼白い軌跡。 そこから連続の斜め交差斬りに繋がるはずの三連撃。 しかしてその一太刀目はいとも簡単に、男の洋剣の紅い刀身に阻まれてしまった。

 

「くそっ……!」

 

修練を積んで研磨した剣技をあっさりと止められたことに対する驚愕と増してくる絶望の片々をとにかく先送りにし、次なる剣戟を繰り出そうとする。

 

だが、男の純白のシルクグローブに包まれた手が俺の愛剣の刀身を捕らえ、それを阻害した。

 

必死に引き離そうともがく俺の視界にスルリと潜り込む男の灰色の双眸。 その瞳はやはり、爛々と嬉しそうに輝いていた。

 

「なかなかいい剣術だ。 それに、天上を支配する龍をも圧しうる鬼気としたその気迫………。 実に面白い」

 

「このっ……。 一々うるせぇよっ!!」

 

俺は僅かに奮った男の束縛が緩んだ一瞬の隙をついてそれを振り払い、素早くステップを踏んで距離を取った。

 

緊張を解かないながらも、昂ぶった心拍を治めながら剣を構え直す。

 

だが、アルフレッドはさして追撃を狙う気勢も見せず、洋剣を地面に軽く突き刺しその柄に両手を添えると、先刻と同じように観察するような目で俺を眺めた。

 

「少年の『根源』は、“月”と…………“狼”といったところか……。 これまた面白い。 ………しかし、少々手持ち無沙汰なのかな?」

 

「なにを……」

 

呟くような奇妙なその発言に俺が怪訝な声を漏らすのも気に留めず、アルフレッドは一人、何やら思考に入った。 そして、数秒と経たず顔を上げた奴が口にしたのは、驚くべき提案だった。

 

「少年の最大の剣技は、他にあるのだろう? それを使ってみたまえ。 俺は君の本気を是非とも受けてみたい。 なんなら発動時間も自由に取るといい」

 

「なっ……!?」

 

俺、イサクの射程距離最大にして最高威力の剣技。

 

それは確かに発動に少し時間がかかるが、なってしまえばありとあらゆる対象を灰塵と化してしまう最強の奥義だ。

 

現にあの強靭な肉体を持った亜獣でさえ、その前には為す術もなく倒れた。 さらにあれからの鍛錬で発動にかかる時間は僅かながら短縮され、同様にその破壊力は増大している。

 

いかにこの男が強いと言ってもまともに喰らえば一溜まりもないはずだ。

 

 

ーーだけど

 

 

その確固たる自信は、俺の心の奥底でキリキリと軋んでいた。

 

それでもこいつは、俺の全力を平然と受け止めるんじゃないか、と。

 

無論そんな気勢で剣技を放とうものなら、それこそ何も断ち切れないだろうが………。

 

舐められているとは思わなかった。 この男は本当に、純粋な探求欲からその申し出をしただけなのだ。

 

選択肢は二つ。 奴の甘言に素直に乗り、限界までチャージした本気の一撃を叩き込むか、それとも、己のプライドにかけて正々堂々真正面から挑みかかるか。

 

否。 ハリル達を護りたいなら、先にある明るい未来を進んでいきたいなら、俺が取るべき選択は一つ。

 

「はっ……。 分かったよ。 あんたのお言葉に甘えさせてもらう。 お礼にデカイのをお見舞いしてやるから覚悟しろ」

 

俺は右足を半歩引いて前傾姿勢をとり、右手に握った剣を地面すれすれに構えた。 神経を、感覚を、手中の愛剣に同期させ、擦り切れる程鋭く集中力を研ぎ上げる。

 

「すんなりいったんじゃ、俺も後味が悪いからな………」

 

言葉と同時に刀身が蒼白く発光した。 燃え上がるようにその光芒を増していき、闇に落ちた荒野の一角を、明確に、煌煌と染め上げる。

 

その姿を変えた俺の剣に、アルフレッドは眩しそうに目を細め、「ほう……」と、息を漏らした。 奴は嬉しそうに微笑むと一度目を伏せ洋剣を手にし、軽く下方に振ってそのままの姿勢でピタリと静止した。

 

目に見えてその周囲の雰囲気が変化した。 草木のざわめきが不規則でいて焦燥を煽るようなテンポを刻み、颯爽と吹き抜ける冷風が聴き手を恐怖へと誘う旋律を唄う。

 

一帯の自然を己が支配下の奏者が如く操る男の風格はまさしく、細長いタクトを手に、悠然と、それでいて激しく、オーケストラの奏でる音色をまとめ上げる指揮者のよう。

 

 

「この良き聖夜に奏でられる曲は、“((Duet Of Reunion|邂逅のデュエット))”…………いや、“((Opening Symphonia|開幕の小交響曲))”といったところか……」

 

 

アルフレッドが目を閉じ、静かに辺りの環象に浸りながら呟いた。

 

そんな奴の様子を見て、俺はふと思う。

 

こいつは俺に似ている。 否、俺が似ているのか………。

 

悠々と楽曲を指揮する男の姿に、俺は既視感のようなものを抱いていた。

 

だからこそだろう。 俺の中では無性に負けん気が膨れ上がってきていた。

 

 

ーーこいつに勝ちたい。 憧憬も慄然も鬱憤も復讐心も、その全てを超越して、俺はただひたすらにこいつを打ち倒すことを望んでいる。

 

 

俺の心中で灼熱した剛健が、ゴウと唸りをあげる白炎となって一層強く瞬いた。

 

これが契機と見てとったか、男がややトーンの上がった流暢な声で殊勝に宣誓した。

 

 

「さあ……少年の真価を見せてみろ。 ……It's show time………!!!」

 

 

「ーーーいくぜ」

 

 

心地良いほどに加速した意識をさらにブーストし、引き絞った身体を一気に解き放つ。

 

刹那。 重力、空気、邪念、自分を縛り抑えんとする全ての抵抗力がゼロになったような軽捷感。

 

脚を疾風の如く地に高速で打ち付け、次の瞬間には、俺はすぐ目の前に、頭上に剣を翳すアルフレッドを捉えた。 斬撃の軌道上に障害があると認めつつも構うことなく腕を振りかざし、無心に放つ。 俺の、最強の剣技をーー。

 

 

 

「((蒼狼|そうろう))!!!!」

 

 

 

俺の絶叫に呼応したかのように、刀身を纏っていた蒼白いエネルギーが一気に噴出された。 獲物に猛然と襲いかかる狼が如き獰猛さを秘めた破壊の力の塊が、眼前に振り下ろされる。

 

暗闇を掻き消すほどの閃光が爆発する寸前、俺は視界のアルフレッドの顔に微かに驚愕の色が過った気がした。

 

 

そして直後。 音も無く、世界が光の中へと吸い込まれていった。

 

 

 

 

 

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【side マーシャ】

 

紅蓮の炎と黒紫の閃影が、幾度となく交差する。 ただでさえ動きの速さについていけないのに、その剣戟の攻防は最早視認さえ不可能だった。

 

唯一の頼りである衝撃音から察すると、驚いたことに、一度の交錯の間にそこでは五、六撃を超えるほどの剣のやり取りが為されているようだった。

 

ーーレベルが違いすぎる。

 

愕然として闘いを見守ることしかできない私の前で、紅いクローを様々な角度から自在に突き出し止まることなくラッシュをかける女、ミーリタニアと、闇に溶け込むような漆黒の二本の刀と身体を最小限の動きで操り応戦するレイヴン。

 

戦況は互角に見える。 ーーーが、レイヴンの方が押されているということが徐々に明白になってきていた。

 

女の、命を刈り取る爪は容赦無く標的に襲い掛かかってくる。 対してレイヴンはそれを防ぐことに徹するしかできておらず、少しの隙をついて振り払われる一閃も、まるでそこに分厚い空気の壁が存在するかのように減速し、簡単に弾かれてしまう。

 

その、どこか迷いのある剣戦は、“三剣”とまで評される凄腕の剣士、レイヴンとは遥かにかけ離れていた。

 

だが私は、そしてきっとレイヴンも、その理由を分かっていたのだ。

 

 

 

ーーー人を殺める恐怖。

 

 

 

そもそも私達には、真剣な対人戦闘の経験が全くと言っていいほどなかった。

 

拘束という目的で駆り出される賊軍討伐においても相手は剣の心得もろくにない者ばかりで、むしろ多少手を抜いた方が丁度いいくらいであったし、練達の剣士と互いの剣を交える一年に一度の剣闘会でさえ、用いられるのは殺傷力のない、刃を持たない武器であった。

 

故に私達には、こうして本気の凶刃を浴びせかけてくる強者と対峙することに、また別種の畏怖があったのだ。

 

常に躊躇いなく心の臓を抉り取らんと放たれる死神の鉤爪。 しかしレイヴンには、人を殺してしまい兼ねない戦闘に対するどうしようもない拒絶が存在する。

 

恐らく、私もあの女を前にしたら竦んでしまうだろう。

 

否、それ以上に、都市に悪弊を及ぼしうる害虫や獣、そしてあの亜獣を殺めることにさえ最初の内は暗に抵抗を見せていた程に底知れぬ優しさを持ったレイヴンが、その壁を崩すことは不可能に近いのではないか。

 

 

ーーだとしたら私がなんとかするしかない。

 

 

ミーリタニアの声高い叫びが響き、鋭い金属音が鳴る。 レイヴンは滑るような動きで小刻みに後方へ飛び、距離を取ろうとする。 だが、最早猫というより豹と化した女の眼光は彼を捉えて決して逃さない。 ビュッという風切音と共に女が疾駆する。

 

そして、低い体勢のまま後ろに構えた二つの鉤爪が、月光を受けたのではなく、明らかに異様な光度の光を発した。

 

 

ーーー剣技だ……!!!

 

 

私がそう感じ、警告しようとした時にはすでにレイヴンと女の間合いはあと少しの所まで縮まっていた。

 

「喰らえっっ!!!」

 

ミーリタニアの、打って変わってどす黒い声。 腕がギリリと引き絞られ、さらなる瞬発的な加速。 そして、目にも留まらぬ神速の打突。

 

「っつ………」

 

危機を予測していたらいレイヴンはその瞬間、両の刀を地面に突き刺し大きく後方へと飛びすさった。

 

女のクローは何を捉えるともなく、直前までレイヴンの心臓が存在した空間を抉る。

 

かわした。 かわし切ったはずだった。 だが、狙いを外した女の厚みのある唇に浮かんだのは、獰猛な笑みーー。

 

 

「エクステンド・マーキュリー!!!!」

 

 

刹那。 すでに加速度を全て使い切ったはずの鉤爪が、先にも劣らぬ恐ろしい速さで打ち出された。 ーーーーいや、違う。 伸びたのだ。 三本の爪先から紅いエネルギーブレードが弾丸の如く発せられ、防御体制もまともに取れていなかったレイヴンの脇腹を斬り裂いたのだ。

 

「ちっ……!」

 

「レイヴン!!!」

 

痛手を負いながらもどうにか急所狙いを避けた彼は宙返りを打ち、着地。 すぐさまバックステップで女の魔の手から逃れた。

 

一方のミーリタニアは先程までの嬉々とした表情を翳らせ、険悪に神経を張り詰め続けるレイヴンと、彼の血が付着した自らのクローを交互に見て言う。

 

「ねぇ。 なんなの? その腰の抜けた、少女みたいな剣撃は。 キミが、女の人の真剣な気持ちに応えないような無礼な子だとは思わなかったわ」

 

その瞳は殺意に満ちた獣のものでも、遊戯を楽しむ子供のものでもなかった。 純粋に、全力の剣闘を望む剣士の目。

 

当のレイヴンは斬られた脇腹を気にする素振りも見せず、その黒目を僅かに揺らしながら自嘲気味に応えた。

 

「今俺が見せられる中では、一応本気のつもりなんだけどな………」

 

「ーーーあら、そう。 ………それじゃあ不本意だけど、仕方ないわよね」

 

女が顔を三度横に振り、いかにも残念そうに呟く。 ーーーそしてその目が、レイヴンと反対側に立っていた私にチラと向けられた。

 

「!!!」

 

背筋を駆ける悪寒。 ミーリタニアの姿が闇に消える。 そして次の瞬間には、黒光りする鉤爪が私の目の前にかざされていた。

 

「マーシャ!」

 

「くっ……!!!」

 

レイヴンの声に弾かれたように剣を振るう。

 

轟音。 衝撃で押し返される。

 

だが、ミーリタニアは私が体勢を立て直すのを待つ気はないようだ。 その目をギラリと光らせ、息つく間もない連撃を放ってくる。

 

攻撃パターンは直線的な刺突と斬撃しかないが、どちらの完成度も高すぎる。 鉤爪の先端が見えるのは攻撃直前のほんの一瞬のみ。 なんとか神懸かり的に反射による回避が成功してはいるが、もうもちそうにない。

 

ミーリタニアの直突きからの交差斬りの三連撃が、私の頬と左腕を掠めた。

 

「ぃっつ……!!!」

 

防戦一方。 攻機を見つけることもできない打突の嵐が、徐々に私の命の糸に迫ってくる。

 

だがその時不意に、荒れ狂うストームが止んだ。

 

見ると、女の両脇に引き絞られたクローが再度不気味な光芒を発している。

 

コンマ一秒の戦慄。 私はほぼ無意識的に、硬直しかけた右腕を必死に振るい、発動の完了を待つこともなく剣技を放った。

 

 

「プリマヴェーラ!!!」

 

 

闇中に白銀の流星の如く横一閃が流れ、同時に一陣の突風が吹き荒れる。 そして、眼前の景色が暴風の中に霞んだ。

 

私は不発に終わらなかったことにほんの少しだけ安堵しながらも睨むように目を凝らし、視界が晴れるのを待つ。

 

ブワッという風音と共に竜巻が四散し、どことも知らぬ場所へ流れていった。

 

 

ーーーーしかし、そこに女の姿はなかった。

 

 

「ティラミスみたいな甘さよ。 子猫ちゃん?」

 

「!!!」

 

ビクリと心臓が飛び上がりそのままに上空を見上げると、無数の星の群れが煌めく天体を背に、女の妖艶な肢体が舞っていた。 その鉤爪が一層強く瞬き、ブシュッという嫌な音を立て今まさに音速で伸長する。

 

私は何をすることもできず、目を固く閉じた。

 

フェードアウトした視界の中で女のハスキーな声がーーー

 

「エクステンド………ッッ!!!」

 

女の狂気に満ちた声が途切れ、同時に大きな金属音が鳴り響いた。 私は何が起こったかも分からずそのまま立ち尽くしていたが、結局ミーリタニアの爪という名の短槍が私を貫くことはなかった。

 

恐る恐る目を開く。 するとすぐ目の前に、幻影の如く朧げに揺れる漆黒のコートがあった。

 

「レイヴン………」

 

二本の刀を手に静かに佇む彼は私の呼びかけには応じず、 軽快にステップを刻んで数メートルの距離を取ったミーリタニアをじっと見つめていた。

 

長い髪に遮られその瞳にどんな感情が渦巻いているのかは分からなかったが、彼の放つ気配は僅かに、だが確実に変化の兆しをみせていた。

 

むくりと立ち上がった女が、その変化を捉えたのか、ニヤリと笑う。

 

「ほら、女性に真摯じゃないとこうなるのよ。 いい加減、やる気になったかしら?」

 

その時、レイヴンのコートがブワッと逆立ったような気がした。 彼はほんの数秒の硬直の後、両手の刀を握る手に力を込めた。

 

「………分かった。 もうあんたの気持ちを裏切らない」

 

シンと張りつめた荒野に、琴を弾いたような彼の綺麗な声が響く。 だが、その裏側に潜んだ黒い“何か”に、私は思わず身震いした。

 

彼の両腕が緩やかな動作で持ち上げられ、左の刀を前に、右の刀を背の後ろに構えた状態で静止した。

 

 

「覚悟しろ………」

 

 

 

 

三人の周囲を取り囲んだ聖夜の風声が、これから起こる荘厳、華麗でいて悲愴なフィナーレを予期したかのように、リンと啼いた。

 

 

 

 

 

 

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=剣技説明=

 

 

○《蒼日月》/イサク

湾曲で太刀筋が読みにくい三連続斬り。

→第5、9、14話参照

 

○《蒼狼》/イサク

剣に集中させた膨大なエネルギーを剣戟と同時に前方へ放つ。 攻撃範囲は前方八十メートルに及ぶ。

→第10話参照

 

○《プリマヴェーラ》/マーシャ

剣戟と同時に、その軌道上に、殺傷力のある薄桃色の花弁を乗せた突風を巻き起こす。

→第2話参照

 

○《エクステンド・マーキュリー》/ミーリタニア

鉤爪の先に集めたエネルギーを凝縮し、打突の瞬間に解き放つ。 攻撃射程を1メートル以上伸ばすことができる。 発動に時間がかからず、連発可能。

 

 

 

説明
なんやかんや書いてるうちに今までで最長になってしまいました。
それで気付いたんですけど、僕は完全にブラックな悪役を描くのがどうも苦手みたいです。 (今回もイサク君より敵の方がカッコいいかも……)

あ、あと、ついでですが絵も描いてみました。
最悪、皆さんの印象をブレイクしかねませんが、イメージし易くなったら幸いです。
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