とある武術の対抗手段《カウンターメジャー》 第二章 信仰に殉ずる:二
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 一週間の出稽古を終えた廷兼朗は、網丘から休暇をもらい、一路奈良へと向かった。目的は白鳥三陵の一つ、琴弾原陵である。

 白鳥三陵とは、記紀神話に登場する大英雄、倭建命《やまとたけるのみこと》を祀った三つの陵墓である。何故陵墓が三つ存在するかというと、それは倭建命の神話に由来する。

 父である景行天皇からの勅命である蝦夷(えみし)・熊襲(くまそ)討伐を果たした倭建命だったが、伊吹山の神の不興を買って傷を負い、大和へと帰る旅の途中、今の三重県亀岡市で息を引き取る。その後倭建命の魂は白鳥と化して大和へ上り、奈良県琴弾原を経て、大阪府羽曳野市に下り立ち、そこからさらに東方へと飛び去ったと言う。

 それに因み、倭建命を祀る白鳥稜は三箇所に鎮座している。

 

 この琴弾原稜は陵墓の中でもマイナーで、交通の便も良くない。そのため廷兼郎以外に琴弾原陵に参拝する人間は見当たらない。

 廷兼郎はこうした神域に身を置くとき、一人であることが理想的だと考えていたため、この静けさは好都合だった。

 砂利を敷き詰め、整備された階段を昇る。その音色が耳を心地よく弾く。琴弾原の地名は、その昔、旅人が疲れて休んでいると、そこからともなく綺麗な音色が響いてきたので、彼が辺りを見回すと、水溜りに水が滴り、それが岩に響き、まるで琴を弾く音だったからだという。

 

 琴と比べるには値しないだろうが、踏みしめる砂利、擦れる枝葉、側溝を流れる水も、耳を楽しませるのには十全である。

 日本を代表する神代の武人、倭建命の陵墓を訪ねた廷兼郎の感慨は一入(ひとしお)だった。大錬流合気柔術の出稽古を経たこともあり、心身ともに充溢していた。

 それ故に、今の廷兼朗の感覚器官は冴え渡っていた。

 余程に心身が充実していないと到達しない境地で、廷兼朗は陵墓に蟠《わだかま》る敵意を敏感に察知した。

 倶風となって山を駆ける。整備された階段を横切り、雑木林を一直線に登る。英霊の墓で敵意を放つ、そんな人間を是非見てみたい。

 

 

 

 山頂に居たのは数人の男女だった。年の頃は廷兼郎とそう変わらない。だが彼らは、廷兼郎が見てきたどんな人間とも違っていた。なまじ今時の若者らしい服装なだけに、その異常が際立つ。

 廷兼郎と同じように武術を嗜んだ雰囲気もあるが、それ以外にも、彼らは何かを身に付けていると、廷兼郎の感覚が訴えていた。超能力と言う尋常ならざる力に幾度も相対してきた彼だからこそ、その直感を思い過ごしと断ぜず、忠実に従った。

 

 見れば彼らは、大勢で白鳥陵を荒らしていた。無論ここは禁足の地である。大勢の若者が入って良い場所でも、ましてや荒らしていいでもない。

 一瞬、廷兼郎の内から敵意が弾けた。

 

「今、何か?」

「まさか、もう天草式の奴らが来たのか?」

 急いで気を静め、気配の遮断に集中する。

(何たる愚劣だ!)

 心の中で叱責する。僅かに気を漏らしてしまった自分も自分だが、その僅かな気配を的確に探り当てた彼らの感覚も尋常ではない。

 何も手にしていなかった若者たちは、各々が下げていたバッグから、武器を取り始めた。

 レイピア、スピア、ブロードソードと、西洋武器の展覧会さながらである。まだナイフや拳銃のほうが似合うだろう。

 ここへきて古式ゆかしい騎士の武器を持ち出したことに、廷兼郎は感動すら覚えた。

 彼らは武器を取った。己の武をかざして寄り来る。ならば、こちらも武を以って返すほか無い。

 

 覚悟を決めてから、廷兼郎の行動は早かった。

 草むらに隠れるほどの低身で若い男に近づき、腕を素早く振り上げる。男性を戦闘不能にするには、金的を撫で上げるだけで事足りる。

 倒れこむ男を押し退け、今度はスピアを持つ女へと一気に走る。

 まだ連中は、突然の襲撃の混乱から立ち直っていない。その間に立て直すのが困難な損害を与える。

 既に槍の間合いの内側に入っていた廷兼郎を見て、スピアを持った女は咄嗟に自分の目の前に掲げた。スピアの長い柄が、彼女をがっちりと守っていた。

 その柄に向けて腕刀を横から叩きつける。当然、彼女の顔前で腕は停止する。

 

 槍は、掲げて守るには確かに優秀な盾だが、拳が届くほどの近間での取り回しには向いていない。

 槍を掲げて空いた右脇腹に、左の拳を横殴りに叩きつける。肝臓を守る肋骨が砕け、内臓に衝撃が突き抜ける。

 肝臓打ち《リバーブロー》の勢いを殺さず、廷兼朗は体を一回転させて彼女の後ろに回りこんだ。

 狙いは背面。他の肋骨と結合していない、腎臓の裏に位置する脆弱な浮動肋骨を打撃する。

 近代ボクシングにおける禁じ手、腎臓打ち《キドニーブロー》である。

 

 肋骨を二度も粉砕され、彼女は泡を吹いて卒倒した。

 これで戦線復帰の可能性を断った。だが、その代償は大きかった。

 

 既に廷兼郎を囲い込む形で包囲が完成されている。二人を倒す間に、奇襲のアドバンテージを使い果たしてしまったらしい。

 たった二人を制圧する間に状況を立て直した。やはり、若者が興味本位で墓を荒らしているというわけではなさそうだ。

 幾重の刃物を突きつけられて、それでも廷兼郎の心は穏やかだった。これよりも致死性の高い武器を、廷兼郎は知っている。重い鉄骨を縦横に振るい、かぎろう炎熱を生み出し、敵の首を瞬時に切断せしめる。そんな能力者を相手取る『対抗手段《カウンターメジャー》』は、対武器・兵器戦にも応用できる。

 相手は五人。例外なく武器を所持している。

 

 廷兼郎は徐に両腕を開いた。防御を捨てたわけではない。己の武器を突きつけ、威嚇している。

 後ろの敵に右手を、左の敵には左手を、右の相手には目線をそれぞれ突きつけている。

 敵がどこにいるか、どんな態勢か、どこを見ているのかまでありありと見て取れる。自身の持つ準静電界を広げ、より敏感に相手を感じ取る。

 びりびりと皮膚が焼ける。産毛の先端が相手の敵意を伝える。

 

「お前、天草式の回し者か?」

 目の前の一人が問いを発した。

 廷兼郎の知識によれば、天草式とは日本における十字教の派閥を指す。正確には天草式十字凄教と称する。

 日本の宗教派閥と自分が、一体何の関係があって誤解されるのか。廷兼郎には答える義務も手段も無い。

 せめて首を傾げてみせるくらいしか、廷兼郎には反応のしようがなかった。答えらしきものが返ってこないことに、皆少なからず動揺を隠せなかった。

 

 そんな中、背後の一人がスピアを突き出し、廷兼郎の尻の辺りを狙ってきた。

 一見して無防備な背中に、彼の攻め気が耐え切れなかったのだろう。

 空間移動《テレポート》能力者の攻撃さえ把握できる廷兼郎に対して、その突撃はあまりにも実直すぎた。

 背中越しに憐憫さえ浮かべて、廷兼郎は槍の穂先を外して柄を右手で捉えた。その瞬間、大錬流合気柔術が炸裂した。

 

 槍を突き出した男が、真横にすっ転んでしまった。

 槍の柄を持った瞬間、廷兼郎はその柄を押し返しながら、端が持ち上がるように力を加えた。

 これは『合気上げ』と呼ばれる技術である。相手の手首を小指側へ曲げるように力を加えることで、相手は反射的に肩が上がり、重心が高くなって不安定になる。

 その状態で柄を軽く腰で押してあげれば、重心の不安定な相手は、柄に押されて倒れてしまう。『合気上げ』と腰の動作を連動させ、殆ど一瞬で態勢を崩すため、相手は何をされたのかさえ把握できない。

 さらに腰で柄を押す動作は、体を反転させる動きへと繋げることが出来る。

 何が起きたのか分からないまま立ち上がろうとする相手の顔を、サッカーボールキックで思い切り跳ね上げた。そうしてから、廷兼郎はまた敵へと向き直った。包囲の一角を崩し、見事に脱出を成功させた。

 

 集団戦において気をつけるべきは、囲まれないこと、背後を取られないこと、全ての相手を視界に収めることである。

 先ほどの廷兼郎はその全てを守れなかったため、あのような起死回生の策を取るほか無かった。だが今は包囲を抜け、背後に敵はおらず、全ての敵を視野に収める位置に居た。

 手近にいたレイピアを持つ女が踏み込んでくる。二連続の突きが廷兼郎の頬を抉り、二条の赤い平行線が刻まれる。

 

 廷兼郎にレイピアとの対戦経験は無く、似たようなコンセプトの武器にも出会った試しは無かった。そのため、あの細く撓《しな》る穂先を目で捉えるのは不可能だった。僅かな手の挙動で驚くほど多彩に撓るため、腕や肩の挙動から軌道を察するのも困難だった。

 初見の相手には、こうした不利も働く。時間をかければ太刀筋も読めてくるだろう。だが今この瞬間に、そんな猶予は無い。

 眉間に寸分無く突き出されるレイピアに向けて、廷兼朗は右手を押し出した。

 右の掌を、細長い刀身が貫通した。

 下手に防ごうとすれば、レイピアの穂先は容赦なく人体を抉る。刃物に対して、軟い肉は何ら障害とならないが、廷兼郎は右手をかざすことで、眉間への刺突を回避しているのも事実である。

 

 天羽根流柔術、中手受。手を構成する中手骨の間に、敵の繰り出した刃物を通す荒技である。

 穂先が貫通する右手を強く握り締め、刀身を固定し、廷兼郎はそのまま振り下ろした。

 刃物とはいえ棒状である以上、梃子の原理が働くのは当然で、先端を振るわれれば、持手はその力に抗えない。

 レイピア越しに相手の腕を決め、空かさずこちらに向けられた背中に左のつま先をねじ込む。勿論そこは、腎臓の位置である。

 駄目押しとして、極まっている状態の肘を踏み、脱臼させる。右手に刺さっていたレイピアを引き抜き、遠くへ放る。

 右手の傷は上手く中手骨の間を抜けたため、骨に以上はない。握りこむのは億劫だが、平手なら問題は無い。

 敵の数は残り三人。

 

 さすがに息が荒くなる。ここは調息する時間が欲しい。先ほどの返事の意味を込めて、廷兼郎は会話を試みることにした。

 廷兼朗はよく通る声で、三人に話しかけた。

「お前らは何者だ?」

「なに? 知ってて来たんじゃないのか?」

「刃物を持ってこられたため、これを迎撃した。先ほど、天草式がどうとか言っていたが、俺には関係ない。ただの参拝客だ」

 三人が疑り深い目つきになるが、どう探られようと知らないものは知らないとして、廷兼郎は堂々とした佇まいを崩さなかった。

「なら、見逃してやる。とっとと失せろ」

 

「その前に、あんたらが何者かと、ここで何をしているのかを教えてくれ」

「関係の無い輩に、言うことなど無い」

 説明してくれないのなら、交渉は決裂である。こちらにも言うことは無い。そして既に息は整っている。

 返事さえせず、廷兼朗は三人に近づいていく。『無足』により、文字通り足音一つ立てず間合いを殺してゆく。

「何をしてる。久那《くな》」

 その台詞を聞くと同時に、廷兼郎は横に大きく飛び跳ねる。それは新手の存在を感じたからが一つ、そして新手が、異常な殺気を放っていたが故である。

「菊池さん!!」

 菊池と呼ばれた男は、じろりと辺りに目を配る。

 

「不様に伸されやがって……」

 汚らわしいものを見たときのように、吐き捨てる言い様だった。

「すみません。こいつ、やたら強くて……」

「言い訳すんな。霊装も魔術的記号も身につけていない、丸腰の素人だぞ。一端の魔術師が遅れを取る相手じゃねーな」

 久那と呼ばれた男に容赦ない言葉を浴びせつつ、菊池は廷兼郎の前に立ちはだかった。

「で、どういう用件かな?」

「もう話した。仲間に聞け」

 

「久那、言え」

「は、はい。俺たちの名前と目的を教えろって言ってきまして……」

「ほう。天草式、というよりは十字教徒にすら見えんが……、お前は誰だ?」

「倭建命のファンだよ」

 冗談とも本気ともつかぬ声音で、廷兼朗は答えた。

「墓が荒らされてるのを見て、ちょっかい出したのか。何だよ、マジで一般人かよ。そんなのにお前らやられたワケ?」

 うんざりだと言わんばかりに、菊池が呆れる。

「おいおい頼むぜ! 何のためにてめーら連れてきたと思って??」

 

 ガゴンという、骨で骨を叩く、くぐもった音が響いた。

 

 半端な台詞のところで菊池は言葉を切った。正確には、廷兼郎の後ろ回し蹴りによる側頭への打撃が、言葉を切らせた。

 仲間との会話に集中していたようなので、廷兼朗は躊躇無く彼を蹴り倒した。敵の前で隙を晒していたのだから、当然の帰結である。

 改めて、廷兼郎は残りの三人に相対する。

 

「……待てよ、おい」

 三人に仕掛けようとしたとき、蹴り倒したはずの菊池が、何事も無かったかのようにすらりと立ち上がった。

「対衝撃用術式を挟んで、この威力かよ。お前、本当に魔術師じゃねーのか?」

「意外とタフなんだな、あんた」

「タフってのとは違えよ。それが分からねえなら、マジで素人確定だぜ」

 菊池は背中から取り出した二本の棒を連結し、斧刃を取り付けた。ポールアームやハルバートと呼ばれる種類の長物である。

「寝てるのを片付けて、見張りに戻ってろ。こいつは俺がやる」

 有無を言わさぬ菊池の言葉を受け、三人は打倒された仲間を急いで運び出した。

 

 

 

「名前くらい教えろ、素人」

 大きな段平を突きつけ、菊池は名を問うてきた。

 先ほどから質問ばかりで、廷兼郎は辟易しながら答えた。

「字緒、廷兼郎」

「聞かない名だ。やはり魔術師じゃない」

「あんたは魔術師なのか?」

 菊池は、含むような笑顔を見せた。

「ああ。魔術は嫌いかい?」

 しばらくの間、二人の間に沈黙が漂った。刃を突きつけ、機に備えているにも関わらず、不思議と心地よい時間だった。

「……あるのならば、見てみたい」

 くつくつと、菊池は声を出して笑った。

「言ったな。素人風情」

 敵の得物はハルバート。斧、槍、鉤爪の三つの要素を一つに集約した、長柄武器の完成形の一つである。十三世紀にはその原型が出来上がり、十五世紀に完成し、西洋諸国で広まっていった。

 斧による力強い薙ぎ払いと、槍の鋭い刺突を自在に使い分け、縦横に振るう空間さえ確保すれば、その動きを制限するのは至難である。

 

 中でもハルバートの汎用性を決定付けているのは、鉤爪の一体化である。ハルバートの前身に当たるポールアームにも鉤爪は付いていたが、穂先との一体成型ではなく、形状も鉤爪というよりは鎚に近いものが多い。

 鉤爪を一体成型にすることにより剛性を上げ、鉤を引っ掛けて馬上の敵を引きずり下ろすなどの動作を可能としている。

 そうしてハルバートは、歩兵の主力として三百年間君臨することになる。銃の登場後も、儀礼用に使用する軍隊も存在している。

 廷兼郎は、既に槍の間合いに入っていた。踏み込んでの斧や鉤爪は届かないが、槍なら届く。そういう位置に身を置いていた。

 多機能である分、通常の槍よりも穂先が重い。殺気さえ捉えれば銃弾さえ避け得る廷兼郎は、その一撃を沈思《ちんし》して待ち受ける。

(来い。その鋭く長い穂先で、俺を貫いてみろ……)

 敵の気迫の高まり様を察すれば、自ずから機先を得る。それを逃さぬよう、恐怖を殺し、勝気を殺し、己を殺し尽くす。そうして空虚と化した己で戦況を俯瞰《ふかん》してこそ、敵の有様が浮かび上がる。

 

 いよいよ気が高まる。初動は近い。

 体を刺し貫かれ、致命の傷を得る幻に、全身の毛がよだつ。立毛筋が総毛を逆立たせ、皮膚感覚をさらに鋭敏にする。

(得物が、体が、静か過ぎる……)

 気は高まりこそすれ、菊池の体にその兆しが無い。自分の動きを最小限にして相手に隠すことは可能だが、無にすることは出来ない。幾ら隠したとて、廷兼郎の慧眼は見逃さない。

 体の傾き、それを支える足、あるいは蹴り足。突きの溜めを作る僅かな腕の引き、握り。そして全ての要となる正中線の動き。それらが伝える言葉に、廷兼郎は従った。

 己の眼が狂っていなければ、目の前の男の攻め手はハルバートではない。

(これほどの得物以上に、振るうべき武器を持っているのか)

 菊池の体に力が凝る。超能力ではない。だが、武術の練気とも違う。超能力者との戦闘を経験している廷兼郎はその差異こそ発見していたが、差異の正体までは理解できてない。

「もう遅い。見過ぎたな」

 菊池がふっと力を抜いたとき、何かが破裂した。

 そして、閃光が廷兼郎を刺し貫いた。

 

 風船を破裂させたよりも激しい音は、空気中の水分が一瞬にして蒸発したときの音である。

 穂先から放たれた電撃は、数ミリ秒のうちに廷兼郎を貫き、身体の隅々にまで行き渡ってから空中に霧散した。

 感電により筋肉の麻痺が起こり、痙攣した足腰が抜け、廷兼郎はその場に崩れ落ちた。

 槍から電気を発する。見紛う事なき超常現象である。廷兼郎は自分の直感が間違っていなかったことを喜んだが、被った被害は甚大だ。

 

(超能力、なのか?)

 菊池が起こしたのは超常現象だったが、超能力だとは思えなかった。超能力を繰る者にしては、学園都市の能力者と毛色が違いすぎる。

(まさか、本当に魔術師?)

 そういえば、彼らはしきりに魔術師という言葉を気にしていた。この現象は超能力ではなく、魔術によって引き起こされたのか。そして自分は、魔術に負けたのか。

(負けたのか。俺は。これは、負けなのか?)

 菊池が能力者であろうと、魔術師であろうと、廷兼郎が打倒された事実は動かない。

 

 何が対能力者戦闘術か、何が『対抗手段《カウンターメジャー》』か。相手の能力が分からない程度で後れを取っているようでは、素手による能力者の制圧など語れる身分にない。

(それでも、否、だからこそ!!)

 筋肉が痙攣する。足が笑って腰が抜ける。それを無理やり押さえ込むが、生まれたばかりの小鹿より頼りない。

 つたない口で息吹を行い、肺に残る空気の全てを吐き尽くす。そして一転、収縮させた横隔膜を解き放つ感覚で呼吸する。足は踏ん張るのではなく、自身の足裏を水平に保ったまま持ち上げるよう心掛ける。

 深く大きい吸気で体の筋肉を引き絞り、中国拳法で言う『平起平落』の教え、足裏を意識し、体幹深層筋を効率よく使って体を起こす。

 随意運動の麻痺が襲うなか、廷兼朗はもう一度菊池の前に立った。

 相手が如何なる能力を、魔術を用いても、それに幾度膝を折られても、廷兼郎は屈しない。どれほど苛烈で、予測不能で、尋常ならざる攻撃を受けても、『武』は廷兼郎を裏切らない。積み重ねてきた修行が、信仰が、彼を突き動かす。

 否定させるなと、己の武術を他人に、超能力に、魔術に否定させるなと、身を賭して証を示せと攻め立てる。

 

「マジで痺れるぜ、お前」

 感激し、熱を帯びた瞳で菊池が廷兼郎を見つめている。

「素人扱いは、もう止めだ。本身で行かせてもらう」

 ハルバートの周囲がバチバチと爆ぜる。紫電が空気を弾き、獰猛な獣の喉鳴りを思わせる。

「菊池さん、天草式の奴らがこっちに向かってます!! 早く移動しないと」

 構え合う最中、林から新しく出てきた一人が菊池に呼びかけた。水を差されたことに気を悪くしつつも、菊池はその諫言は見過ごさなかった。

 ハルバートを手下に向けて放り投げ、菊池は身を翻した。

「じゃあな。倭建命のファンとやら」

 菊池に続き、若者たちは素早い身のこなしで山を降りていった。

「待、て……」

 ここへきて気力の限界を迎え、廷兼朗は片膝をつく。感電のショックは、未だ抜けていない。

 

 後ろからぞろぞろと靴音が鳴り響く。何やら怒号らしき言葉も聞こえるが、廷兼郎の意識は沈みつつあり、よく聞こえていなかった。

「……大丈夫? 返事できる?」

 自分を強く抱き支える感覚がある。瞑りかけた眼に映った金髪の女性は、心配げな顔でこちらに呼びかけていた。

 この場に遅まきながらも駆けつけたことを考えても、彼女が菊池らと似たような存在であることは見当がついた。

「魔術、師……」

 それだけ呟き、今度こそ廷兼郎は意識を手放した。

説明
東京西部の大部分を占める学園都市では、超能力を開発するための特殊なカリキュラムを実施している。

総人口約230万人。その八割を学生が占める一大教育機構に、一人の男が転入してきた。
男の名は字緒廷兼郎(あざおていけんろう)。彼が学園都市に来た目的は超能力ではなく、武術だった。

科学と魔術と武術が交差するとき、物語は始まる
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武術 バトル とある魔術の禁書目録 とある科学の超電磁砲 

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