【南の島の雪女】雪女、耳をかじられる(1)
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【今回のあらすじ】

白雪は、風乃に耳を噛まれた。パンの耳と間違えられたらしい。

風乃は、その後も、父親の耳、クラスメイトの耳などに次々と噛み付いていく。

人間の耳が、パンの耳にしか見えないらしい。

風乃に何があったのか。白雪は頭を悩ませるのだった。

 

【今回の主な登場人物】

 

白雪 … 沖縄に来た雪女。風乃と一緒に暮らしている。気が強くて、突っ込み役。

 

風乃 … 白雪と一緒に暮らしている高校生の女の子。ボケ役。

 

わーちゃん … 豚の妖怪ワーマジムン。人の股をくぐろうとする。かわいいけど生意気な子豚。

 

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【雪女が耳を噛まれる事象】

 

「あいひゃあああああああいいいい!?」

 

白雪の目覚めは最悪だった。

 

耳に痛みを感じたので、起きてみれば、何者かに耳をかみつかれている。

暗くて、何者かよくわからない。

 

「俺の耳をかんでる奴はだれだ!」

 

白雪は怒りながら、今いる暗い部屋の電気を、ぱちりとつけてみる。

耳をかんでる奴の正体が明るみにさらされる。

 

「風乃!?」

 

自分の横に寝ているはずの風乃が、いつの間にか、白雪の右耳をガジガジとかんでいる。

歯型が残るほどに、かみついていた。

風乃の瞳は閉じられたままだ。寝ぼけたまま、かみついたのだろう。

 

「風乃のバカ! 何すんじゃ! 人の耳をかむな!」

 

白雪はブチギレて、寝ている風乃の頭を殴り、耳から歯が離れると、

両腕で抱っこし、ベッドの下めがけて落とした。

ずどん。床に落ちて、目が覚める風乃。

 

「風乃、目をさまさんかっ!」

 

「痛いよ、白雪…ベッドから落とすなんてひどいよ…。

 何があったの…?」

 

「何があったの、は、こっちのセリフだ!

 急に俺の耳をかみやがって! 何のつもりだ!」

 

「え? わたしが、白雪の耳をかんだ?」

 

「そうだ、よくみろ、俺の右耳を!

 歯型が残っているではないか!」

 

「うーん…あ、そうだ。夢の中で、パンの耳があらわれて、

 おいしそうだから、それをかじったの」

 

「で、パンの耳をかんだつもりが、俺の耳をかんでいたと。

 …パンの耳と、人の耳を間違えるな!」

 

「ごめーん、次から気をつけるよ。

 パンの耳と、人の耳、間違えないようにするよ」

 

パンの耳と人の耳、どう見分け、どう間違えるというのだろう。

白雪には理解不能だった。

 

「まったく…ほら、時間はまだ夜の2時だ。寝るぞ」

 

電気を消す。

 

しかし、白雪に安らぎが訪れることはなかった。

寝ては噛まれ、寝ては噛まれ、安眠など許されず、

ついに白雪は、風乃に猿ぐつわを噛ませ、全身を縛り付けるが、時すでに遅く、もう朝になっていた。

 

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【朝】

 

朝7時。風乃と白雪は、朝食をとりに、食卓へとあらわれる。

 

風乃の母親

「ど、どうしたの、ふたりとも…ケガしてるわよ」

 

あらわれた風乃と白雪の様子を見て、母親はあいた口がふさがらない。

 

白雪

「ちょっとケンカを」

 

白雪の両耳は、歯型だらけで、見るも無残だった。

それに、眠れなかったのか、両目の下にクマがある。

 

風乃

「ちょっとケガを」

 

ちょっとどころではない、大量のあざが、風乃をおおっていた。

頭にはトリプルたんこぶ、ヒザはかくかく、指が変な方向に曲がっているが、

風乃いわく「ちょっとのケガ」らしい。

あまりに白雪の耳を噛みすぎたせいで、白雪から鉄拳制裁を受けていた。

 

白雪

「風乃、お前が耳ばっかり噛むから、ついに眠れなかったじゃないか!

 どうしてくれるんだ、俺のスリーピングタイムを返せ!」

 

風乃

「だってー、白雪の耳、すごくおいしそうなんだもん」

 

もじもじと体をくねらせる風乃。

 

母親

「…風乃と白雪がすごく仲良しなのは知っているけど、

 過激なプレイはダメよ。体に毒よ」

 

少し顔を赤くする母親。

 

白雪

「いやいや、プレイじゃないから!」

 

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【父の朝酒】

 

風乃の父親

「おー、風乃、白雪、もう起きたのかぁ」

 

食卓のすぐ近くにあるソファから、父親の声がする。

しかし、その父親の声は、なんだかマヌケな感じがした。

ろれつが、回っていない。

 

白雪

「お、お義父さん。顔、赤いんだが…

 まさか、朝からお酒を…」

 

白雪は、父親の顔を見て、うっ、とした。

顔が赤い。酒臭い。目もすわっている。

 

そして、いつもより陽気な感じのする父親。

ふだんのおだやかな様子からは、とうてい考えられない。

 

父親の目前のテーブル上には、コップと黒いビンが置いてある。

ビンのラベルには「久米の露」と書かれてある。

白雪は「久米の露」が泡盛(沖縄のお酒)であることを、テレビのCMなどで知っていた。

どうやら、この「久米の露」が、父親の陽気さの源であるようだ。

 

父親

「朝飲む酒はうまいんだぞ! 白雪も飲んでみるかい」

 

白雪

「いや、遠慮する。お義母さんの手伝いもあるのでな」

 

風乃

「あっ! お父さんのそれ、おいしそうだね!」

 

風乃は、父親の姿を見かけると、どだどだと突撃していく。

 

白雪

「おい、風乃、待て! それはお酒だ! 飲むな!」

 

白雪は、風乃がお酒を飲むものと思い、止めようとした。

 

しかし時すでに遅し。

風乃は、あっという間に父親のすぐ近くまで行き…。

 

風乃

「かぷっ」

 

父親

「!?」

 

風乃は、父親の左耳に噛みつく。

突然の出来事に、その場にいた白雪と母親は凍りついた。

 

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【パパの耳を噛む娘】

 

父親

「おー、風乃、どーした。

 僕の耳に噛みつくなんて、ずいぶん寝ぼけてるじゃないか…」

 

父親は、酔いすぎて痛みを感じていないのか、

実の娘に耳をかまれているというのに、とぼけた様子だ。

 

風乃

「〜♪」

 

実の娘は実の娘で、父親の耳を、おいしそうに噛んでいた。

ガムを噛むかのように、はむはむと噛んでいる。

 

母親

「ねぇ、風乃はどうしてお父さんの耳を噛んでいるの?

 痛そうだから、やめなさい」

 

母親は、子供をあやすように、優しい声で注意に入る。

 

風乃

「へ? お母さん、私、今、パンの耳をかじってるんだよ」

 

風乃の言葉に、母親と白雪はあぜんとした。

どこからどう見ても、今噛んでいるのは、パパの耳だ。パンの耳ではない。

 

父親

「そっかー、パンの耳かー、なら仕方ないね」

 

何がどう仕方ないのか。正常な判断もできなくなったのだろうか。

この父親の酔っ払いぶりはどうしようもないところまで来てるのだと、白雪は理解した。

 

白雪

「何がパンの耳だ!

 お前が今噛んでいるのは、パパの耳だ!

 俺の耳も、そうやって噛んだじゃないか!

 まだ寝ぼけてるのか!?」

 

風乃

「ふぇ? だって私、パンの耳、好きなんだもん。

 世の中、ネコ耳より、パン耳だよ!」

 

白雪

「お前のパン耳好きはどうでもいい。

 なぜ、人の耳を、パンの耳だと言って噛むのか、

 その理由を聞かせろ!」

 

風乃

「そこに、パンの耳があるから!」

 

くわっ!と真剣な表情で、白雪の問いに答える。

しかし、そこにパンの耳はない。あるのはパパの耳だけだ。

 

白雪

「…だめだこいつ、話が成立してない」

 

白雪は呆れて、さじを投げたい気分になるのだった。

 

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【パパ散る】

 

風乃は、依然として、父親の耳を噛み続けている。

そろそろ父親が嫌がるかと思われたが、そんなことはなかった。

 

父親

「うー、風乃。ちょっと耳を貸してくれ」

 

風乃

「どうしたの、お父さん。

 …あっ」

 

風乃はいとも簡単に、ソファの上に倒される。

その拍子に、風乃の口が、パパの耳から離れてしまった。

 

父親

「お父さんも、お返しに、風乃の耳をかませてく…」

 

酔っ払った父親の顔が、風乃の耳に近づいていく。

 

その顔は、にんまりとした、なんともいやな顔つきで、

娘に見せる顔としては、明らかにアウトなものだった。

 

白雪&母親

「おとうさん、やめなさい!」

 

父親が風乃の耳をさわろうとした瞬間、白雪と母親のダブルパンチで

父親の体は、宙を舞って窓をやぶり、花咲く庭の向こうへと吹っ飛ぶのだった。

 

父親

「うう…風乃が耳を噛むのは良くて、僕はダメなのか…。

 り…りふじん…だ…」

 

顔中を花びらにつつんで、くるくると目を回す。

庭に咲く可憐な花々につつまれながら、父親はがくりと倒れた。

 

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【風乃は正常】

 

白雪

「はい、これは何ですか」

 

風乃

「パンの耳です」

 

白雪

「では、これは何ですか」

 

風乃

「パンの耳です」

 

白雪

「じゃあ、これは何ですか」

 

風乃

「パンの耳です」

 

風乃と白雪は、視力検査ならぬ、耳検査を行っていた。

人の耳の写真を見せて、風乃に「これは何に見えるか」とひたすら尋ねる検査だ。

 

風乃が、ついに「これは人の耳です」と答えることはなかった。

 

母親

「どうしましょう、目の病院に診せてもらおうかしら」

 

白雪

「目の病院より、頭の病院に診せてもらったほうがいいかもなー」

 

人の耳と、パンの耳を間違えるのは、どう考えたって、頭がどうかしているとしか思えない。

 

風乃

「ひどーい、白雪! わたし、目も頭も悪くないよ!

 どこもおかしくないよ!

 ただちょっと、人の耳が、パン耳に見えるだけだよ!」

 

白雪

「それがおかしいと言っているのだ!

 人の耳が、パン耳に見えるなんて、ありえないだろう!」

 

風乃

「大丈夫、大丈夫。まだ朝だよ、朝。

 ねぼけてるだけだって。

 昼になれば、パン耳なんて見えなくなっちゃうよ、きっと」

 

白雪

「…そうだといいのだが」

 

白雪は、不安を感じつつも、登校する風乃を見送るしかなかった。

学校では何も起こらない。白雪はそう信じたかった。

しかし、そんな白雪の希望もむなしく、惨劇は起こるべくして、起こるのだった。

 

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【Yの悲劇】

 

風乃の通う高校から、悲鳴が聞こえてきたのは、

風乃が登校して間もない時間だった。

 

「うひゃあああああ!?」

 

いきなり耳を噛まれた男子生徒は、あとずさり、そのまま逃げさる。

 

「あれ? 私のパンの耳はどこ?」

 

目の前にあったパンの耳が突然消えた。

噛み付いた瞬間、突然消えた。

 

さっき、おいしそうなパンの耳が宙を舞っていたはずだ。

どこへ消えた。風乃はきょろきょろとあたりを見回す。

 

もはや、風乃には、パンの耳しか見えていなかった。

 

朝飯をまともに食べず登校したせいか、風乃はお腹を空かせていた。

お腹を空かせたところに、横切るパンの耳。大好物のパンの耳。

それはもう、かじらずにはいられなかった。

人の耳であるということも知らずに。

 

女子生徒の耳、男子生徒の耳、教師の耳。被害は、とどまるところを知らない。

 

昼になるころには、「風乃に近づくな」という御触れが、学校中に出回っていた。

 

お昼時間。

それは、生徒たちにとって憩いのひとときである。

生徒たちは、中庭の木陰に座り、ゆっくりと弁当を食べながら、会話をしている。

 

女子生徒A

「でねー、豚が股の間をくぐるとねー」

 

女子生徒B

「うんうん」

 

男子生徒A

「きたー! 風乃がきたぞー!」

 

男子生徒B

「なに!?」

 

女子生徒A

「きゃあああああ! 耳、耳、耳!」

 

男子生徒A

「耳がやられる! すぐ逃げないと!」

 

男子生徒B

「耳を隠せ、隠せ! ヘッドフォンだ!」

 

昼休みの中庭で、次々逃げ惑う生徒たち。

耳に飢えた獣は両目を光らせ、生徒たちの耳を狙わんと、猛り狂う。

 

そして、運悪く、一人の生徒がついに追い詰められる。

その生徒の名は、山田という平凡な男子高校生だった。

 

山田

「お、追い詰められた! くそ、これまでか!」

 

吉田

「山田! 弁当をばらまけ!

 ヤツが弁当の中身に気を取られている間に逃げるんだ!

 弁当の中身を落とせ!」

 

山田

「しまった! 弁当箱に500円玉しか入ってない!

 ひぃぃぃ! ち、近寄るな! 俺の耳はおいしくないぞ!

 う、うわああああああ!」

 

吉田

「山田! 山田ァー!」

 

男子生徒C

「よせ、吉田! 山田はもうだめだ!

 早く逃げるんだ!」

 

昼休み。学校中に、悲鳴がこだまする。

ある者は逃げきり、ある者はヘッドフォンをかぶって耳を守り、

ある者は逃げ遅れ、餌食になる。

 

現在、山田の亡骸は、保健室にて保管されているという。

 

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【獣と化した風乃】

 

中庭の悲劇は、学校中を恐怖におとしいれた。

この状況を見かねた教師たちは、対策を練り、風乃捕獲を実行に移していた。

 

男の声

「おい、宇久田! これを見ろ!」

 

宇久田風乃は、男の声がした方向を見る。

そこには、体育教師の新垣(30歳・独身)が、風乃を見下ろすように立っていた。

190cmを超えるその大男は、熊のようないかつい顔で風乃をにらみつける。

 

だが風乃には、新垣教諭のいかつい顔など目にも入らぬ。

風乃の視線は、ただひとつの箇所に集中していた。

 

新垣教諭の持っている、大きな半透明のゴミ袋。

その袋の中には、いっぱいに入った、パンの耳があった。

 

新垣

「ここらへんのパン屋から、かきあつめたパン耳だ。

 人の耳を食べてもおいしくないだろう。

 さあ、食え」

 

新垣教諭は、袋を、風乃の目の前に投げ捨てる。

袋の口は開いており、中から漂うパンの匂いが、風乃の鼻をくすぐる。

 

獣と化した風乃は、大きな袋の中にすぐさま頭を突っ込み、ガツガツとパンの耳を食べ始めた。

がうう、がうう、と獣のような声でわめきながら、

風乃は、パン耳をくだき、咀嚼し、ごくごくと飲み込んでいく。

パン耳をかじるという生易しい表現は似合わない。その姿はまるで、血肉を骨ごと食らう肉食獣である。

 

しかし、数分たたぬうちに、風乃の体は、その力を失い、

ばたりと、その場に倒れこんだ。

 

新垣

「パン耳に塗っておいた睡眠薬が効いたか。

 やれやれ、生徒相手にこういうことはしたくなかったのだが…」

 

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【縛られて転がされる風乃】

 

 

風乃

「とゆーわけで、眠らされて、家に送り返されたわけですよ」

 

白雪

「…このバカが」

 

白雪は、頭痛を感じ、頭をおさえた。

風乃が学校でパン耳騒動を起こしたことに、呆れてものも言えず

ただただ、頭に痛みだけを感じた。

 

被害件数は新垣教諭から聞いた。

男子生徒10件、女子生徒40件、教師2件。

 

女子の被害数が飛びぬけて多いことに、

白雪は多大な違和感をおぼえたが、めんどくさいので何も聞かなかった。

 

風乃

「っていうか、白雪。

 わたしの縄ほどいてよ。両手両足を縛られちゃ、白雪のお耳を噛めないよ」

 

今、風乃は両手両足を縛られ、自室の床に転がされていた。

風乃に耳を噛まれないようにするための仕方ない措置だった。

 

白雪

「俺の耳を噛むから、そうして縛っているんだろうが!

 しばらくそのままにしてろ!」

 

おじいさん

「ふぉっふぉっふぉ、困っているようじゃのう」

 

突如、机の引き出しがガラリと開き、そこから、よぼよぼの老人があらわれた。

老人の体は半透明で、足が見えない。

 

白雪

「うぉ!? お、おい! 今度は机の引き出しかよ!

 変なとこから出てくんなよ、じいさん! びっくりするだろうが!」

 

おじいさんの引き出しからの登場に、白雪はびくっとする。

 

白雪は、机の引き出しを抜き差ししてみて、たしかめるが、

そこに四次元はなく、ペンや消しゴム、ハサミ等が転がっているだけだった。

 

風乃

「あ、おじいちゃん。助けてよ。

 わたし、なんだか人の耳が、パンの耳に見えているみたいで。

 ついついかじっちゃうんだ、てへ♪」

 

白雪

「てへ♪とか、かわいく言っても許さないからな…」

 

おじいさん

「風乃はパンの耳が好物じゃからのう。

 わしが生きてたとき、よく食べてたのを思い出すわい」

 

このおじいさんは、風乃の祖父である。

数年前に亡くなり、今は幽霊をやりながら、風乃を見守っている。

 

風乃

「ふっふっふ、わたしのパン耳マスター道をなめないでよ。

 パン耳(1袋10円)をパン屋から購入して、

 揚げて食べたり、フレンチトーストにして食べたり、

 耳のない食パンにくっつけてみたり、

 水に浮かべてみたり、オモチャにしたり、用途はいろいろあるけど、

 やっぱり究極は、そのままかじること。素材の味が活きてるわぁ」

 

縛られたまま、幸せそうな笑みを浮かべる風乃。

パンの耳には、風乃にしかわからないような、多様な用途があるらしい。

 

白雪

「ああそうですかい」

 

白雪は、風乃の話に興味なし、といった感じだ。

 

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【まぼろしのパンの耳】

 

おじいさん

「おそらく、風乃は幻を見せられているのじゃよ。

 風乃や、いつから人の耳が、パンの耳に見えるようになった?」

 

風乃

「えーっとね、たしか昨日の夜から。

 昨日の夜、高校の校舎で遊んできて、帰ってきたら、だったかな。

 寝ている白雪の耳が、パンの耳に見えたの」

 

風乃は、幽霊と遊ぶ目的で、夜の校舎に忍び込むことを習慣としていた。

昨日も、夜の校舎で幽霊とたわむれたあと、家に帰ってきたら

人の耳が、パンの耳に見えるようになったそうだ。

 

おじいさん

「ふむ。

 夜の校舎で幻の術か何かにかかった可能性が高いのう。

 何かあったか、思い出せるかの?」

 

風乃

「うーん」

 

風乃は目を閉じて、なにやら考え込んでいる。

昨日の記憶を必死に思い出そうとしているようだ。

 

風乃

「あ、そうだ。変なことがあったよ。

 夜の校舎から出ようと、校門のあたりを歩いていたとき、

 わたしの股の間を、何かが通り抜けていったの」

 

白雪

「股の間を何かが通り抜けていった?」

 

風乃

「うん。暗くてよくわからなかったけど、わたしの股の間を、

 小さな動物らしきものが通り過ぎていったの。

 最初はネコかな?と思ったんだけど、

 それにしては、ちょっと大きかったような。

 それに…」

 

白雪

「それに?」

 

風乃

「なんだか、変な臭いがしたの。

 たしか、豚みたいな臭いだったかな」

 

白雪

「豚のような臭い…。小動物…。

 近くの養豚場から子豚でも逃げ出したのか?」

 

風乃

「この近くに養豚場はないよ。

 新聞にもテレビにも、豚が脱走したっていう

 ニュースもないし…」

 

白雪

「ますますおかしい話だな…。

 近くに養豚場もないのに、なぜ豚の臭いをした小動物があらわれたのか。

 仮に子豚だったとしても、幻の術との関連性も見出せないのだが」

 

おじいさん

「ワーマジムン、じゃな」

 

白雪

「わーまじむん…?」

 

わーまじむん。

聞きなれない言葉に、白雪は首をかしげる。

 

おじいさん

「沖縄方言で、ワーは豚。マジムンは魔物。

 つまり豚の妖怪じゃ。

 ワーマジムンに股をくぐられると、不幸が訪れるそうじゃ。

 風乃が、夜の校舎で出会った、豚らしき小動物は、

 ワーマジムンかもしれないのう」

 

白雪

「ほう、そんな妖怪がいるのか」

 

風乃

「ワーマジムンに股をくぐられると不幸になるの?

 うっそだー。

 まわりがパンの耳だらけになって、わたしは幸せだよ?」

 

白雪

「…俺は耳をかじられて不幸だが?」

 

白雪は自分の耳をさすって、被害にあったことをアピールする。

 

おじいさん

「…『不幸』というといろいろ解釈があるが、

 風乃の遭遇したワーマジムンは、

 股をくぐると、幻を見せるタイプのようじゃのう。

 ワーマジムンにも、いろいろな種類がいるのじゃ」

 

白雪

「で、幻はいつ解けるんだ?

 毎日耳をかじられちゃ、たまったもんじゃない」

 

おじいさん

「幻はずっと続くものではない。

 近いうちに解けるはずじゃ」

 

白雪

「…そうだといいのだが」

 

近いうち。まさか、近いうち=3ヶ月以内とか言わないだろうな。

「近いうち」という表現のあいまいさは、白雪の不安をぬぐうことはできなかった。

 

風乃

「ああ、白雪のパンの耳が目の前にあるよぉ…かじりたい…

 食べたい…今すぐにも、食べたい…

 舌でなめて、歯でかみくだいて、しっかり味わって、

 体内にとりこんで、消化して、排出したい…」

 

風乃のあぶない視線が、あぶない発言とともに、白雪の耳につきささる。

縛られてて手足が動けないので、視線を向けることしかできないのが救いだ。

 

白雪

「本当に、解けるのかな…?」

 

身の危険を感じた白雪は顔をひきつらせて、風乃のあぶない視線を受けないよう、

耳を手で隠すのだった。

 

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【豚をぶっ(略)】

 

おじいさん

「今すぐにでも、パン耳の幻を解きたいかのう? 白雪は」

 

白雪

「ああ、できれば。今すぐに。即。ナウだ。

 早くパン耳の幻を解かないと、

 今晩には耳がなくなってしまいそうで…ぶるぶる」

 

白雪は後方にいる、束縛された風乃を見て、顔を青くする。

さっきからエヘエヘ笑って、白雪の耳ばかり見ている。

実に幸せそうな笑顔だ。

白雪は、身の危険…ではなく耳の危険、を感じざるを得なかった。

 

白雪

「それに、風乃は明日も学校だ。

 毎日毎日、睡眠薬入りのパン耳を食べさせられて、

 家に強制送還されたのでは風乃もたまらんだろう」

 

おじいさん

「よろしい。では、方法を教えよう。

 風乃に幻惑の術をかけた張本人…

 つまり、ワーマジムンに会って、術を解いてもらうのじゃ」

 

白雪

「ちょっと待て。

 ワーマジムンに術を解いてもらうって…いろいろ突っ込みたいのだが。

 そもそも人の言葉は通じるのか? 豚の妖怪に」

 

おじいさん

「それは会ってみなければわからん。

 豚の妖怪にも、人の言葉が通じたり、通じない者もいる。

 まちまちじゃ。

 言葉が通じれば、事情を話して、術を解いてもらう」

 

白雪

「そ、そんな! 言葉が通じなかったらどうするんだよ!」

 

おじいさん

「もし言葉が通じなければ、倒すしかないかのう。

 ワーマジムンを倒せば術は消えるのじゃ」

 

白雪

「なるほど。ブタをぶったおす!ってか」

 

にっこり白雪。

 

白雪の微妙なダジャレについて、おじいさんと風乃は胸の奥にそっとしまいこみ、

聞かなかったことにした。

 

 

< 次回に続く! >

説明
雪の降らない沖縄県で、雪女が活躍するコメディ作品。
南の島の雪女、第11話です。(基本、1話完結)
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