あの日言えなかった言葉を… (2)前兆
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 東京都心、幾つもそびえ立つビル群を、東から上ってきた太陽が少しずつ照らし始めた。窓ガラスが煌めくさまは神々しくさえあった。黒羽快斗は、ジャージ着で朝のランニングを装い、怪盗キッドとして予告状を出していた会場を下見に来ていた。その建物は「国立妖怪博物館」といい、妖怪漫画の巨匠・水木しげる氏の監修によって作られた民俗学資料館だった。

 快斗は近くの公園のベンチに腰掛け、博物館の外観を眺めた。全面ガラス張りの、なかなか雰囲気のある建物だ。そのガラス一枚一枚に朝日が映りこみ、えも言われぬ美しさを演出している。

「怪盗キッドのステージとしては最高の場所だな……寒くさえなけりゃな」

快斗は大きくくしゃみをした。それもそのはず、11月の朝の気温で、防寒着なしのジャージというのは少々無謀だった。

「まったな、早く来すぎちまった……でも今帰ったら……」

快斗はため息をついた。こんな朝早く、開館時間でもないのに家を出てきた理由は、幼馴染の中森青子の邪魔を避けるためだった。快斗は、青子には日曜日は用事があると言ったが、青子は映画を見に行くと言ってきかなかった。どんな映画で、どこで上映するのかは知らないが、今日見るからこの映画には価値がある、寝ている快斗を引きずってでも連れて行くと、訳のわからないことを言っていた。実際にそんなことをされたらたまったもんじゃない。

「さて、開館するまでひと眠りすっか。どうせ追い越すカメはいないんだし」

快斗はそう呟いて、ベンチにごろんと横になった。

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「大丈夫ですか?」

目を覚ました瞬間、見知らぬ少年にぬっと覗き込まれて、快斗は仰天した。

「うわああぁ!!」

快斗はガバっと跳ね起きた。少年は慌てて一歩下がった。

「ご、ごめんなさい、驚かせるつもりはなかったんです……」

少年は体の前で手をブンブン振った。

「べ、別にいいけどよ……」

快斗は、目の前の少年がすごく心配そうな顔をしているのに気付いた。

「も、もしかして君、オレの事ホームレスか何かだと思ったか?」

少年は首を縦に振った。図星。

「ハハハハ、そいつぁは見当違いだ、オレはただランニングの最中で休んでただけだよ」

「そうですか」

少年はほっとした笑みを浮かべた。快斗も微笑み、よかったと思い少年の後ろを見た瞬間……快斗は目を疑った。

「な、なあ君……その人たち……誰?」

少年はキョトンとしたが、その後ろには異形の者たちがずらりと並んでいた。その中の一人、先頭にいた大きなピンクのリボンを頭に付けた女の子が、ハッとして後ろを振り返った。

(ちょっと、あんたたち、何で出てきてるのよ!?人間の前で!!)

女の子はひそひそ声でまくし立てた。

(人間?)

ははん、と快斗は思った。小泉紅子の奴、各地から怪物集めて、キッドのショーの最中に何かやらかす気だな。

「ご心配には及びませんよお嬢さん。こういうサプライズには慣れていますから」

キッドはポンと薔薇の花を一輪出し、女の子に持たせた。次の瞬間、キッドは煙幕を張り、素早く木の陰に隠れた。

(危ねえ危ねえ、紅子に一杯食わされるところだったぜ)

一方さっきの少年たちは、さっきの高校生くらいの少年が消えたあたりをキョロキョロしていた。

「いなくなってしまいましたね、父さん」

少年がポツリと呟いた。

「ウム、さっきのはおそらくマジシャンという者じゃろう」

「それって、怪盗キッドみたいな?」

姿の見えない甲高い声と、さっきの女の子の声がした。

「おそらくな」

「ねえ、そろそろ博物館に行かないかい?約束してた時間からもう1時間すぎてるんだよ?」

人魚みたいな格好をした怪物が言った。それを合図に、少年たちはぞろぞろ歩きだした。

快斗は、少年たちと十分距離をとって後をつけた。博物館の前につくと、彼らはその外観にやはり見とれているようだった。

「あ!あれ、江戸川コナン君じゃないかい?」

さっきの人魚の声。

「何っ!?」

快斗は前方を凝視した。そこには確かに、今はもっとも出会いたくない名探偵の姿があった。

(ニャロォ、コイツも下見に来てやがったのか……ここへきてカメの登場かよ……)

快斗はブツブツ言いながらコナンの様子を観察した。コナンは、博物館の入り口で立ち止まり、ポケットに手を突っ込んで何かを必死に探していた。しかし、お目当てのものが見つからなかったのか、あきらめ顔で博物館に入っていった。

(何だ名探偵、忘れモンでもしたか?)

キッドは、今度はニヤニヤしながらコナンの後ろ姿を見た。

「快斗?何してるのこんな所で?」

(ゲッ……!!)

今2番目に出会いたくない人物の声がした。

「あ、な、何だ、青子か」

「何だ、じゃないわよ!!」

青子は快斗を怖い顔でにらんだ。

「朝快斗を迎えに行ったら、ベッドがもぬけの殻なんだもの!どんだけみんなに心配かけたら気が済むのよバ快斗ッ!!」

「へーへー、悪かったなアホ子!」

青子のセリフにカチンときた快斗はそう返した。

「ア、 アホ子って何よ!?」

青子が今度はカチンときたようだった。しかし大声で怒鳴りあっていた二人に注がれている視線を感じた。

「ま、まあいいわ」

青子はまだ頭が湯だっていたが、何とか冷静にしゃべった。

「今日の目的地にちゃんと来てくれたんだもの」

「へ?」

青子から逃れて下見に来たつもりだった快斗は、ポカンとした。

「……まさかそれって……あれ?」

快斗は博物館を指さした。

「そうよ」

的中。がっくし。せっかく逃げたつもりだったのに。

「あそこで今日、平安時代を舞台にしたファンタジー映画を上映するんだって!面白そうでしょ?」

「あ?あー……」

正直興味が沸かない快斗は曖昧に返事をした。快斗はたった今博物館の裏口に停まったワゴン車を眺めて青子の独演をやり過ごした。

「―でね、その脚本は京極夏彦さんが手がけられてて……って、聞いてる快斗?」

「え?あ、ああ、モチのロン」

「ホントにぃ?」

青子は明らかな疑いの目を向けた。

「ホントだよぉ」

快斗は適当に話を逸らそうと思った。ちょうどその時、博物館の裏口に停まっていたワゴン車が急発進した。快斗は何気なくその車内に目をやった。

「ん?」

快斗は走り去っていくワゴン車を凝視した。中にコナンが乗っているような気がしたからだ。快斗はすばやく双眼鏡を取り出し、車の姿を追った。

 確かにコナンが乗っている。後ろ向きのため、顔は確認できない。運転しているのは……男女の区別がつかない。

(目出し帽……)

快斗は嫌な予感がした。

「悪い青子。ちょっと用事思い出しちまった。映画楽しんで来いよ」

「ち、ちょっと!?」

青子の引き留める声には耳を貸さず、快斗は車を追って走り出した。ワゴン車は先の赤信号の交差点で右のウィンカーを出して止まっている。快斗は双眼鏡を目に押し当てたまま、車のナンバーを確認しようとした。信号は青に変わった。

(頼む、待ってくれ……!!)

しかし車は容赦なく発進した。快斗は必死で後を追った。右折したワゴン車が視界から消えていく瞬間、快斗はかろうじてナンバープレートの地名を読み取った。

(大阪ナンバー……)

おかしい、と快斗は思った。大阪に向かうのなら、右折は逆方向だ。快斗は手を2回打ち鳴らした。白いハトが2羽出現し、快斗の周りを飛び回った。キッドは1羽ずつ呼び寄せ、足に盗聴器とGPSを取り付けた。

「頼んだぞ」

飛び去っていくハトを見つめながら、キッドは厳しい表情で言った。

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 鬱蒼とした山奥に、古びた小さな山小屋が建っていた。普段、ここに近づく者は誰もいない。

 しかし、秋空が広がる午後、小屋に向かって歩く人の姿があった。腕には小さな子供を一人抱えている。枯葉で埋まった細い坂道を踏みしめるたび、カサカサと乾いた音が立ち、木の葉の影が小さな男の子の顔にちらついた。男の子はぐっすり眠っている。

 その人は、小屋の前で立ち止まると、錆びついた錠前を取り出した。南京錠に差し込み、慎重に回す。カチャ、と音がして、鍵が開いた。人はギイイ……と音を立てて中に入ると、男の子を壁に立てかけるように座らせ、肩にかけていた大きなバッグを床に置いた。一部屋しかない小屋の隅にあった2つの椅子のうち、小さい方の肘掛け椅子を引っ張ってきて、部屋のほぼ中央に置く。そして、バッグの中から小さな瓶を取り出し、ふたを開けて中の何かを男の子に嗅がせた。そして男の子を椅子に座らせ、今度はバッグから太く頑丈な縄を取り出す。椅子の肘の部分に男の子の腕を載せ、手首を縄で縛って固定した。さらに糊を取り出し、縄に塗り固める。同じように足や胴、首も固定した。次にハサミを取り出し、男の子の服の左腕を切り取った。そして得体の知れない箱形の機器を取り出し、それに細い透明なチューブをつなげる。その先には注射針を装着した。男の子の左肘の裏をアルコールで消毒し、静脈を探って、先ほどの注射針を刺した。刺し口にガーゼを当て、半透明なテープで固定する。人物は一旦立ち上がり腰を伸ばした。再びバッグを開け、パソコンとビデオカメラ、そして小さな液晶パネルがついた箱を取り出す。その透明な蓋の中には、複雑に絡み合った大量のコードが見える。それを男の子から見て正面に見える位置に置いた。

 全ての作業を終えたその人物は、立ち上がって男の子を見下ろした。その顔は冷たく笑っていた。

「工藤新一……お前も私の苦しみを知るがいい」

 

〈続く〉

説明
コナンが誘拐される少し前。事件は既に動き始めていた…
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江戸川コナン 名探偵コナン 黒羽快斗 中森青子 

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