インフィニット・ストラトス―絶望の海より生まれしモノ―#103
[全1ページ]

ピ、ピ、と規則正しい電子音と呼吸音だけが響く薄暗い部屋でスコールは茫然としていた。

 

正確には、色々な事が起こりすぎて整理しきれていないと言うべきか。

 

茫然とスコールが眺める先には清潔なベッドに寝かされ、点滴を受け―――念のためと人工呼吸器までつけられたオータムが静かに眠っていた。

 

――爆発で負った火傷と傷、そのままの状態での逃避行で一時は危ない処まで行ったのだが、どうやら峠は越えたらしい。

 

 

―――コンコン、

 

控え目なノック音に、ハッと振り返ったスコールは懐を探り、いつもなら持ち歩いている護身用の拳銃が無い事に気づき、身を強張らせる。

 

 

「入るぞ。」

 

聞きなれた、それでいてだいぶ無沙汰だったように感じる声に気勢が一気に殺げた。

 

「…エム、か?」

 

「それ以外の誰に見える。」

 

恐る恐る訊ねたスコールに、((マドカ|エム))は憮然とした表情を浮かべて見せる。

 

「――織斑千冬。」

「喧嘩売ってるのか?」

 

つい言ってしまったスコールではあったが、そのあとの反応が『いつも通りのエム』であることに安堵を感じていた。

 

それを感じ取ったのか、マドカも憮然とした表情を崩す。

 

「とりあえず、二人とも無事で良かったよ。…オータムも、すぐ治るみたいだし。」

 

「『無事で良かった』はこっちのセリフよ。…あの子は丈夫なのが取り柄だって自分でも言っていたわね。」

いつもならば取り繕っていた『亡国機業幹部』の顔が剥がれ、つい本来の口調になってしまうスコール。

 

「………」

 

「………」

 

だが、一度話が止まってしまうとその先が続かなかった。

 

「……エム、」

「色々聞きたいこととか、あると思う。」

 

意を決してスコールが切りだそうとした処で、マドカの方が遮るように切りだした。

 

「私がどうしていた、とか…あのISはどうやって手に入れたのか、とか…この病院の手配や警備の事情とか、この数日に何が起こっていたのか、とか。」

 

マドカが挙げた例はスコールにとっても気になっている事ばかりだった。

 

「それについて、私だけじゃ説明しきれない。」

『私だって解ってない事ばかりだからな』などと言うマドカにスコールは黙ってうなづいて先を促す。

 

「だから、説明できる人の処まで連れていくけど…来てもらえるか?」

 

そこで、スコールは大体を把握した。

『その"説明できる人"がエムをメッセンジャーとして遣わしたのだろう』と。

 

「…だが、」

スコールはちらり、と眠っているオータムに視線を向ける。

 

「ああ、オータムなら大丈夫だ。この病院の警備は下手な研究所より凄い事になってるから。…それに、殺るならとっくにやってるだろうさ。」

 

そう言われて、スコールはうなづいた。

確かに、口封じをするならば手術中に何かしらのミスを犯しておけばいいのだ。

 

それに今のスコールは丸腰で無事を祈る事と騒ぎを起こす位の事しかできない。

…やれることなど、無きに等しいのだ。

 

「…解った。エム、案内してくれ。」

 

そう言ったはいいが、マドカは妙に顔をしかめたままだ。

 

「どうした?」

 

「これからはマドカと、名前で呼んでくれ。」

 

スコールとしては驚くばかりだ。

織斑千冬そっくりな顔と声、『オリムラマドカ』という名をあれほど嫌っていたというのに…

 

「…あれほど嫌がっていたのにか?」

 

「…うるさい。」

 

その反応で、なんらかの心変わりがあった事はスコールにもよくわかった。

 

だから…

 

「解った。頼む、マドカ。」

 

「ああ。―――――と言っても、今日はもう遅いから明日になるがな。」

 

『ここに泊れるように申請はしてあるから心配はいらないぞ』などと朗らかな笑顔で言ってくるマドカに、スコールは一気に脱力せざるを得なかった。

 

 * * *

 

「判ってるよ。こっちはもう片付けた。」

 

五反田食堂、その厨房で片付けの手を止めた弾は携帯電話を片手に洗い場の前に居た。

 

「何、勝手に集まって、勝手に祝って、勝手に騒いだだけだ。『我らが"同い年の親父どの"の誕生日を祝って』なんてな。」

 

弾が言うのは今日予定されていた一夏の誕生日を祝う会の事だった。

参加者は中学時代のクラスメイトと、((IS学園の希望者数人|いつものメンバー))。

―――((主賓|一夏))を含んだIS学園組は外出届けと外泊申請をして、『可能ならば』という注釈つきではあるが。

 

結果的にIS学園組は参加する事が出来ず、『一夏の誕生日』という名目で集まって騒いだ単なるクラス会となったが。

 

「…詳しくは知らんが、面倒事起こったんだろ?」

 

判ってるよ、そう言外に言いながら弾は軽く笑う。

 

「それより、電話しても大丈夫だったのか?」

 

弾は学園がらみで厄介事が起こっている事を知っている。

 

「ああ、ニュースになってる。一時間に一度は取り上げてるんじゃないのか。」

 

ちらり、と厨房の窓になっている部分から店舗の方に視線を投げる。

そちらでは不安そうな表情の妹といつも通りでありながら何処か苦々しそうな表情の祖父がテレビを食い入るように眺めていた。

 

「大変だったな。―――ISの暴走事故だなんて。」

 

その返事として帰ってきた驚愕の声は弾の耳を手痛くつついてくれた。

 

「どうして知ってる、だって?いや、ニュースでやってるぞ。」

 

弾としては珍しい事もあるもんだなー、程度の認識であったが電話口の反応を見る限りでは余程の大事らしい。

 

「は?なんでニュースでやってる?そんな事俺が知るかよ。」

 

耳に刺さる大声に思わず携帯電話を耳から離す。

 

「ネットやテレビでけっこう出回ってるらしいな。」

 

会をやっている間も何人かがそのニュースについての情報を集めて居たりしていた。

集まった情報としては選手の機体が暴走した、とか訳の判らないシステムが、とか断片的で眉唾物としか思えないモノばかりであったが。

 

「――とりあえず、俺の方でもちょっくら調べてみるよ。ま、一般人が手に入れられる程度だからあんま期待しないでくれ。」

 

相手の声も大分疲れているように感じた弾は電話をそこで切る事にする。

自分も厨房に立ったり運んだりと色々あって疲れてるのだから、ISで戦闘をした向こうはもっと疲れている筈だろう。

 

「それじゃ一夏の事頼むぞ、鈴。」

 

きっと、放っておいても無茶をするやつだから。

 

そう言って電話を切る。

 

通話画面から切り替わった待ち受け画面の壁紙には中学の制服を着た四人組が仲良さげに肩を組んでいた。

 

「ったく、とんだ災難だったな。一夏のヤツ。」

 

誕生日の日にこんな事件に巻き込まれなくてもいいのに。

 

そんなことを取り留めも無く思いながら、携帯をポケットにしまった弾は片付けの手を動かし始めた。

 

 * * *

 

「いったい、どーゆー事なのよ。」

 

鈴は頭を抱えながらベッドでゴロゴロと転がっていた。

 

頭痛は先ほどの弾との電話、そこで語られた驚愕の事実が原因だ。

 

「なんで、あたしらが部外秘の誓約書を書かされたことがニュースで報道されてんの?」

 

普段ならば委員会が何らかのストップをかけるか詳しく調査が終わってから発表がされる筈。

それが今回はいきなりの報道。

 

しかも――

 

「ISの暴走だなんて、委員会は必死になって隠そうとする筈なのに…」

 

夏にあった《((銀の福音|シルバリオ・ゴスペル))》暴走事件の際は報道の『ほ』の字も許さなかった。

それを考えると今回はなんだかおかしい。

 

一般人に目撃された、自衛隊も関わっている、その他諸々の要因はあるとはいえ…

 

「何かが、起こってるのは確かなのよね。―――そう言えば、」

 

おかしいと言えば一夏の様子もなんだかおかしかった事を鈴は思い出す。

 

「アイツ、妙に挙動不審だったわね。こう、"いつも通り"を演じているような…」

 

思い返せば思い返すほど『変』に思えてくる。

 

「…箒の様子も少し変だったから、何か知ってるのは確かね。」

 

一夏が黙っていて、『何事も無かった』風を装っているという事は周りに知らせたくないと思ったということ。

箒が知っているのは、その場に居合せたか何かしたからだろう。

 

積極的に何かするでもなく、ただ心配そうに眺めているだけという処を見ると箒も口止めをされているのだろうが。

 

「…とりあえず、明日一夏にカマかけてみて、反応次第では箒から聞きだそうかしらね。」

 

解散前、というか誓約書を書いてる時に言われた明日の予定を思い出す。

 

――確か、明日は日曜だから休みで月曜は場合によっては臨時休校になる筈だ。

 

中には外に出ようとする猛者も居ない訳ではないが鈴たち一年生専用機保有者たちは校内待機が命じられていた。

 

『何故、鈴たち――一年生の専用機と教員が使っていたISは他の機体のように暴走しなかったのか。』

 

その調査のために学園と槇篠技研が動いており、場合によっては非暴走機保有者として呼び出される事になるのだから。

 

ごろんと転がって仰向けになり、腕で目を覆うようにしながら天井を眺める。

 

いつも通りの、見慣れた天井。

 

だが、それが今は見慣れぬモノに見えて仕方なかった。

説明
#103:疑問と疑念


中途半端なタイミングで切ったせいか、中途半端感が物凄い…
総閲覧数 閲覧ユーザー 支援
1174 1095 3
コメント
感想ありがとうございます。確実に、物語は終末に向かって進んでいます。それも、一般人が事態を把握できるような所まで。弾と鈴の会話は敢えてあんな形(弾を第三者視点から見る)にしてあります。話している内容は弾の態度とセリフから察してください。――一夏に何が起こったのかは実は#102の時点でも判る人には判ってしまったり…(高郷 葱)
更新お疲れ様です。電話越しに鈴と話す弾が語った内容は非常に興味深いですね。確実に何かが始まろうとしている。一夏も一夏で別に大怪我や見た目上の異変があったわけではないようですが、うーむ…。原作8巻については絶海においてあまり気にしなくても大丈夫だと思います。私も話に聞いた限りでは、前提からして完全に異なっているうえ仙人コース直送連発なようですし。(組合長)
感想ありがとうございます。ウチの亡国機業組―というか、スコール一派は割とマトモな敵役ですからご安心を。…8巻は封印しっぱなしなのでまだ読んでませんが、いろんな人に色々言われているので逆に気になって仕方なかったりしています。…絶海を完結させるまでは読みませんが。(高郷 葱)
原作よりもこっちの方の亡国機業の面子の方が大好きですね!! 原作だともう、可哀想な踏み台になってましたからwwwww とくに8巻のオータムの小物っぷりはもう絶望的に萎える勢いです(苦笑)  マリオで例えるならオータムは「ノコノコ」ですねwwww(カイザム)
タグ
インフィニット・ストラトス 絶海 

高郷葱さんの作品一覧

PC版
MY メニュー
ログイン
ログインするとコレクションと支援ができます。


携帯アクセス解析
(c)2018 - tinamini.com