MATERIAL LINK / 現代の魔法使い達04
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 南ヶ丘学園だけでなく、大抵の魔法学園都市のカリキュラムは、大雑把に分けると二種類に分かれる。座学と実践だ。生徒達は一般教養も含む必須科目の他に、選択形式として専攻科目を受講する。つまり、将来自分が進む方向性に合った科目を受講するのが一般的である。

 選べる科目は数十にも及び、魔法を扱う人の数だけ専門性が細分化される。中には、医療科

ヒーラー

に分類されているくせに降霊科

ネクロマンシー

なんて名前が付いているものもあるらしい。分類的には黒魔術だろソレ。しかも旧時代のオカルト的なアレ。

「どの専攻を取るか、じっくり悩んで決めてね。ここでの選択を間違えると、これからさき魔法使いとしては半人前になっちゃうから。器用貧乏より一点特化。それが大成への近道だよ。今の時期は体験受講も出来るから、放課後にじゃんじゃん回ってみよう! 悩め、若人よ!あ、あと一度申請した専攻は後でキャンセル出来ないから注意してね?」

 と、見た目がロリなマツリちゃんに言われても、いまいち実感が湧かないのが現実である。

「流石、九重先生は言うこと違うよなあ。俺、今晩録音した今のセリフ聴きながら寝るよ」

 後ろで筋肉が何か呟いているが気のせいだ。

 だが、マツリちゃんが言ったことは確かに為になる。使用出来るメモリが限られている以上、何かしら一つのことに絞ったほうが効率がいいのは間違いない。婆さんだって言ってたじゃないか。真に万能なんてものは世の中に1つだけ。ソレ以外は薄っぺらいハリボテに過ぎない。針の穴程度でも開けてやれば容易く崩壊するって。

「……でも、婆さん曰く相性の問題でもあるんだよなあ」

『世の中っていうのはね、矛盾の法則で成り立っているのよ。矛盾だけでは成り立たず、矛盾なしでは成り立たない曖昧な不確定乱立の理。だからこそ、私達みたいなのが残っているんだけどねえ。でも、この流れは正さなくちゃいけない。毛糸玉のようにごちゃごちゃした形じゃなくて、綺麗な一本道にしてやらなくちゃならない。そうじゃないと、あの馬鹿もあの子も――』

「ん? マコトちゃん何か言った?」

 何でもありませーん、と気の抜けた返事をしながら思考を修正。

 自分の目的を考えれば、研究科関連が妥当だとは思うんだけど……どうしようか?

安楽椅子探偵のように、頭回して動くのならそれでも構わないかもしれないけど、個人的にはジッとしているのは性に合わない。かといって、遺跡あたりからアプローチをかけるとなると、確実に戦闘系技能が必要になってくる。だって、不意を打たれて生き埋めとかされるのは嫌でしょ。悩んでいるとプライベートチャット新規メッセージとの表示。誰だ? と疑問に思うも、連絡してくる相手なんて現在二人しかいない。

 

――マリア・サマーウインド。マツリちゃんじゃなければ、彼女だろうな。開封、予想通りマリアだった。なになに、アンタの専攻、私と一緒の魔導科で提出しておいたか……ら? 追加で新着連絡。ご丁寧に、希望専攻の申請許可書類が送られてくる。あわてて彼女の席を見ると、小さくこちらにVサインをしていた。どうやら、選択の余地は無いようである。あれ? 何か続きがある。

『昼休み、大図書館のテラスに集合』

 大図書館とは、この学園が誇る全長ニキロ近い馬鹿でかい図書館のことだ。曰く、料理のレシピや一般的に公開されている書物から、禁書と呼ばれる非公開のデータまで存在する人工の海、なんて呼ばれている。勿論、書物によっては専用の権限を持っていないと見ることは出来ないのだけれど。とりあえず、了解したとだけ返信を送り、教卓へと視線を戻す。さしあたっては、図書館の場所を調べるところから始めようとしますか。

 

 

 

 

 

 図書館自体は、直ぐに見つけることが出来た。なにせ、図書館の大きさが大きさだ。大まかな場所さえわかってしまえば、嫌でも目に入る。これなら迷わず行けるだろうと思い、いかにも金がかかってそうな凝った細工の施された扉を開けて、中に入った瞬間トラップ発動。

 内部は、まるで異世界だった。やたらと踏み心地の良い石畳を歩いた先に広がっていたのは、下から本棚が天井のステンドグラスに向かって生えている光景。吊り橋のように掛けられた通路を両側から囲むように、ところ狭しと本棚の木が建ち並んでいる。手すりに掴まり木の根元を覗いてみれば、視界に映るのは深い黒。多分、ここから落ちたらそれだけで遭難者1名の後に死亡者1名という記録が出来上がってしまうだろう。流石魔法学園。図書館も普通とは難易度が違った。

 薄暗い図書館に、自分の足音だけが響き渡る。ひたすら、真っ直ぐ伸びる石畳の感触を靴越しに味わいながら、目的のテラスを目指す。

 待ち合わせのテラスは、それから10分ほど歩いた場所にあった。

 円形状に、通路と通路を繋ぐように造られた空間には丸い長足のクラシックテーブルと椅子が2組みだけ置かれてる。恐らく、本を読む為のスペースだとは思うが、図書館の規模と比べても明らかに少ないのではないのだろうか。

 さらに足を進めると、テラスにのみ集まるように計算された光の中に、見覚えのある金色を見つける。向こうもこちらに気がついたのか、金色が靡き、

「――遅い! 昼休み終わっちゃうじゃない!」

 やって来て早々、罵倒をくれやがりました。

「遅いって、これでも最短距離で来たつもりなんだけど。この図書館が広すぎるんだ。なんだ、テラスまで歩いて10分以上かかるって……」

「アンタねえ……、これだけ広い図書館なんだから、トランスポーターの1つや2つあるに決まってるでしょう? それを入り口から歩いて来るなんて……。入ってきた場所がここに近かったから良かったものの、他の入り口だったら確実に昼休み終わってたわね」

 テラスの角に目を向けると、メカメカしいトランスポーターのお姿が。

 そうですよねー、普通は移動手段くらい用意されているものですよねー。すいませんでしたー! と頭を下げる他、俺の取るべき行動は存在しなかった。

「……はあ、とりあえず座りなさいよ。時間が惜しいわ。時は金なり。このまま無駄な時間を過ごして放課後までずれ込んだらそれこそ無駄だもの」

 了解、と彼女の対面に腰を下ろす。それにしても、こんなところに呼び出すとは何の用だろうか?

「さて、とりあえず私たちは協同戦線を張った訳だけど……、当面の目標として遺跡に潜ってみようと思うの」

「遺跡? 遺跡って、旧世界の遺跡のことか?」

「そう、その遺跡よ。私たち学生の権限じゃ、大図書館から閲覧出来る情報も限られてくるじゃない? 多分、私達に必要な情報――禁書レベルの権限を取得出来るまで最短で5年。それなら、目ぼしい遺跡に潜って直接情報を引っこ抜いた方が早いじゃない」

「でも、遺跡もバグやらウイルスやら、テンション上がった生徒が放逐した実験用のキメラが蔓延ってるから、原則的に学生身分じゃ入れないって聞いたぜ? しかも、最低限自衛出来るだけの戦闘技能も必要だ。そう簡単に潜れないんじゃないのか?」

「馬鹿ね、何の為に私とアンタを魔導科にねじ込んだと思っているのよ」

 なるほど、その為の魔導科か。

 魔導科は魔法技術の発展、研究、実用を行う専攻の中でも、実際に試験機器を運用したり、遺跡などに潜ったりする実戦的な学科だ。一応は研究科に分類はされるものの、その内容は戦闘魔法部隊などを育成する兵科と比べてもなんら変わりはない。つまり、研究科の前衛部隊のようなものである。

 そんな性質上、魔導科に在籍する生徒や関係者には例外として学生身分でも遺跡への探索権限が与えられている。また、この権限自体も学園が直接管理するのではなく、魔導科の室長から付与されるという方式をとっている。つまり、

「魔導科の室長から権限さえ貰えれば、好きな遺跡を探索出来るって訳か。ん? ねじ込んだ?」

「そういうこと。それに魔導科の室長とは顔見知りでね、私にパートナーが出来たって連絡入れたら、ランク4までの遺跡の許可を出してくれたわよ。さっき送った申請許可書類も、室長が直ぐに送り返してきてくれたの。いやー、持つべきものは権力のある知り合いよねー」

 怪しい笑いを浮かべるマリアの姿に、思わず顔が引きつる。とりあえず、法に触れるようなことをしていないと願っておこう。

「そういう訳で、放課後は魔導科の方に顔を出すわよ。一応、アンタも直接お礼言っておいた方がいいと思うから。実際遺跡に潜るとなると、それなりに準備もしないといけないし、戦略を組む為にもマコトが出来ることを知っておきたい――って、そろそろ時間ね」

 時間を確認すると、昼休み終了まであと少し。マリアがどこか納得のいかない顔をしているのは、間違いなく自分が彼女の予想よりも遅れてきたせいだろう。すまん、次からはちゃんとトランスポーターを使います。

 この昼休みで分かったことは、マリア・サマーウインドという人物は予想以上に時間にうるさいということであった、丸。それはそうと、昼飯食べそこねた……。

 

 

 

 

 

 その後、とりわけ特記するようなイベントも起こらず放課後を迎えた。終礼の際、マツリちゃんが何だか刺々しい視線を送っていた原因はやはりあの写真のことだろうか。それとも、後ろの席で絶望したような涙を流している筋肉が元凶だろうか。まあ、お約束の如く、終礼と同時にマリアに連行された今の俺が知るよしもないのだけれど。

「しかし、改めて見てもデカイ学校だよなあ。何だよ、人工島まるごと学園にしちまうって。まるでSFだよな」

 そのうち、地面から戦艦が生えてきたりするのではないだろうか。

「それを言ったら、私達が使ってる魔法こそがSFみたいなものじゃない。実際、魔法って情報の海を使った演算処理の結果なんだから、どちらかと言えばオカルトより科学寄りよ? まあ、研究科……錬金科辺りの連中に関してはハッキリと断言しづらいけど。アイツら、夜な夜なヘドロ臭い大釜をニヤけながら混ぜているらしいから」

「そいつら、何やってるんだ!?」

「さあ? 噂じゃ、飲んだ瞬間に元気ハツラツになる栄養ドリンクみたな物を作ってるらしいわよ? 効果が切れたら3日ぐらい鬱になるらしいけど」

 それ、絶対大切な何かを犠牲にしてやがる。

「他には、1日で大胸筋が二倍になるサポーターとか、一瞬だけ天国を垣間見ることが出来る3Dメガネだとか、秒速十万振動する電機アンマだとか作ってたわね。量産される前にボツになって、今はオリジナルだけ錬金科の室長室に飾ってあるらしいわ」

「……深くは聞くまい」

「それが懸命ね。これ以外にも、聞いただけで生命力持っていかれそうな発明が満載だもの」

 校門を出る。人工林の並木道を抜けて、坂を登り、石段を降りる。しばらくして、マリアはとある建物の前で足を止めた。

「着いたわよ」

「着いたってどこに?」

「どこって、魔導科の総本山に決まってるじゃない」

 彼女が指差す先にあったのは、今にも崩れ落ちてしまいそうなコンクリートの塊。むしろ、現在進行形でパラパラと砂埃が外壁から落ちてきている。えっ? この廃ビル以外表現できないような建物が魔導科の拠点な訳?

 などと、動揺している間にもマリアはスタスタと廃ビルの中足を進める。これ、中に入るのにも勇気がいるんだけど。恐る恐る中に入ってみると、思ったよりも床はしっかりしていた。だが、薄暗い通路の蛍光灯が、チカチカと寿命を知らせているのはよろしくない。無意味に恐怖心を煽ってしまう。主に倒壊的な意味で。

 ところで、

「……何か、このビル外観と中身の広さが合ってないような気がするんだけど」

 先ほどから迷路のようにグルグルと通路を巡っている気がしてならない。というか、未だに行き止まりを見ていないのだ。

「規模の違いはあるけど、原理はあの図書館の本棚と同じね。なんか、時間とか空間の概念がネジ曲がってるの。思考性の魔法も編み込まれてるから、目的地までの正しい順路を覚えておかないと、ビルの中で遭難するわよ」

 なるほど、さっぱりわからん。最低限、マリアを見失ったら俺は遭難するしかないという現実だけは理解できた。それにしても、

「なんかお前、解説キャラ似合うな。今度から質問に答える時はメガネ掛けてみればいいんじゃないか?」

 元がいいんだから似合うだろう。

「――はぁああああ!? 何馬鹿なこと言ってんの? アンタが矢継ぎに質問するから答えざる得ないのよ! 好きで解説してやってる訳じゃないんだからね!?」

「でも律儀に答えてくれるじゃないか。人がいいというか、面倒意味がいいというか」

「べ、べつに人も面倒見も良くないわよ! ただ、パートナーのアンタが馬鹿で無知蒙昧じゃこの先心配なだけ! 仕方なくよ仕方なく!」

 分かった!? と吠える姿にちょっとゾクゾクする。繊細な飴細工のような外見と言動とのギャップが、どうにも自分は気に入ってしまったらしい。我のことながら、性癖がネジ曲がっている。しかし、先日の印象とは裏腹に、彼女は思いのほか善人のようだ。自分の甘さというか善行を指摘されて怒れるのは、立派な善人である証拠。碌でもないヤツの場合だと、餌にしてどう利用するか誘導をかけてくるのが基本である。

「ほらほら、昼に食べそこねたコンビニのツナサンドやるから落ち着け。今なら、タイムセールで買ったイワシの缶詰も付けるぞ?」

「アンタ喧嘩売ってる? 喧嘩売ってるのね!?」

 フシャー! と威嚇された。今のは何だかネコっぽかったので、今度ネコミミをプレゼントしてみよう。さっき言ってた錬金科の連中に頼めば作ってもらえるかもしれない。金髪ネコミミ美少女……大いにアリだな。感知魔法の応用で感情に合わせて動くようにしてもらおう。ついでに、尻尾もセットで。うん、想像しただけで彼女とパートナーを組んだのは正解だと思えてきた。現金だな俺の頭。

「むっ、アンタ今変なこと考えなかった!? いくらここが人が寄り付かないような廃ビルの中だって、変なことしたら迷いなく消し炭にするわよ!?」

 その言葉に、思わず視線が露出された首筋に飛んだ。

 密閉された廃ビルを歩きまわったせいか、薄っすらと汗で上気した薄紅色の肌。電球のショートする合間に、微かに届く小さな息遣い。薄暗い廊下に華を添えるような艶のある髪。制服越しにも分かる、豊かに実った果実。

 鼓動が、加速する。ノイズが走る。落ち着け、彼女は違う。びーくーるだ。さっさと引っ込め、このクソ犬め。

「……マコト? 大丈夫? 気分が悪いなら、別に挨拶は明日でもいいけど」

「――いや、大丈夫だよ。ちょっと立ち眩みがしただけ。もう何とも無いから、先に進もう」

「ならいいけど……。あ、この扉の先よ」

 廊下の途中に申し訳ない程度に取り付けられたスチール製の扉。迂闊に触れると勢い余って取れてしまいそうなドアノブを、マリアは迷いなく回した。

「室長、居る? メールで言っておいた彼を連れてきたわよー」

 扉の向こう側は、通ってきた廊下に比べれば綺麗なものだった。煤けてはいるものの、特に崩れている様子もない打ちっ放しコンクリートの壁。15畳ほどの広い空間にには朱色の絨毯が敷かれており、喫茶店なんかでよく見かけるような茶塗りのテーブルとソファーが部屋の中央に鎮座している。奥に置かれた執務机は、多分室長さんのスペースだろう。表面が書類の山に埋もれて見えなくなっている。偏見かもしれないが、ああいった物に埋まっている机というのは、大抵その場所で一番偉い人間の使う場所なのだ。

「うーん、どこか出かけてるのかしら? まあ直ぐに戻ってくるでしょ。お茶でも入れるから、適当に座って待ってなさい」

 部屋の角に置かれた棚からカップを2つ手に取ると、マリアは部屋の奥へと立ち去っていった。一人になった瞬間、身体の芯に気怠さが襲ってくる。間違いなく、さっきのアレのせいだろう。重くなった足を引きずるように、ソファーに腰を下ろした。

「あー、だりぃ。ギア使ってから一晩は立ってるっていうのに……。こりゃ、迂闊にマリアには近寄らないほうがいいな」

 具体的には半径2メートルくらい。

 これはMATERIAL LINKを使うたびに起こる反動のようなものだった。自分でも良くは分かっていないのだけれど、魔法を使ったあと何かしらの感情が引き金になってこの症状を引き起こす。言ってしまえば、破壊衝動だ。美しい、可愛い、悲しい、醜い、トリガーとなるものは毎回ランダム。ただ、目の前にあるソレを自分の手で壊して壊して壊し尽くしたくなるのだ。歪んだ献身、婆さんはそんなことを言っていた。経験上、丸1日大人しくしておけば全く問題なかった筈なのだけれど。

「そういえば、学園に来てから連絡用のネットワークは常時繋いでるからなあ。もしかして、ネットワークに繋ぐ行為自体もカウントされるのか? やべえ、もしそうなら爆弾背負って過ごすようなものじゃねーか」

 それとも、単にマリアに対してだけ感受性が強いのか……。とにかく、なるべく魔法の使用は控えておこう。ギアを一回転させただけでコレだ。魔法だけならまだしも、アレを使ったらどうなるのか想像しただけでゲンナリする。

 自分の祖母は、代々魔法使いの家系だったらしい。らしい、というのは、祖母と言っても血が繋がっている訳ではなく、婆さん自身もあまりその辺りを話したがらなかったから詳しい話を知らないだけだ。もともと捨て子で孤児だった俺は、養護施設をたらい回しになった後で婆さんが営む孤児院に引き取られた。その当時は、婆さんが魔法使いだってことも知らなかったし、俺自身魔法を使いたいとも思わなかったのだ。ただ、自分のことを家族だと言ってくれた婆さんの言葉で胸が満たされたことはよく覚えている。

 婆さんは、とんでもない人だった。数人の孤児の面倒や孤児院の経営を一人で切り盛りし、いい年してスポーツカーを乗り回す。朝、起こしに寝室に行ってみれば、後生大事に刀袋を抱きまくら代わりにして寝ている。杖の代わりに刀袋をつき、おしおきと言ってゲンコツの代わりに刀袋が頭に落ちてくる。ある日の夕食の席で、いきなり合コン行きたいなどと言い始め、歳を考えろと呟いたら屋根の上から吊るされた。なんというか、とんでもなくアクティブな婆さんだったのだ。

 それからしばらくして、俺は孤児の人数が減っていることに気がついた。たしか、自分の1つ下だった男の子がいない。婆さんは、引き取り手が見つかって昨晩出て行ったと言った。翌日、今度は2つ上の女の子が裕福そうな爺さんに引き取られていった。残りの孤児のメンバーで見送ったことを覚えている。そして、三人、四人、五人と引き取り手が見つかり――最後に、俺だけが残った。

 婆さんは言った。

「マコト、あんたはどうしたい? 皆みたいに、ここを出て行きたいんなら、まだいくつかツテはあるよ? これは皆にも言ったんだけどね、アンタたち若いもんは未来がある。本当はこの孤児院にいるより、しっかりした親になってくれる人のところで先を見つめたほうがいいんだよ。私は知っての通り、頭のネジが飛んでるからねえ。こんな年寄りに面倒見られて悪影響を受ける前に、出て行った方がお前の為だよ」

 そう言う婆さんの顔は、いつもの様な覇気は微塵も感じられず、どこか物憂げな表情をしていた。その顔が、どうにも俺は気に食わなかったらしい。

「……好き勝手言うんじゃねぇよ婆さん。俺まで出てったら婆さん一人っきりになっちゃうだろ。アンタみたいな危険人物、そうそう野放しにしておけるか。金が足りないから出て行けっていうなら、俺が働いて稼いでやる。そろそろ寿命が尽きるっていうなら、枕元で看取ってやる。悪影響? しっかりした大人? もう遅い。あの日、婆さんに家族だって言われてから、俺の親は婆さんなんだ。とっくに悪影響だって受けてるし、反面教師にもしている。だから……さ」

 これ以上言わせるな恥ずかしい、とソッポを向いたことが魔法使いへの始まり。この後、家族なら色々と話しあわなきゃねえ、と婆さんが魔法使いだってことを聞いて驚いたり、婆さんが使えるなら俺も使えなきゃおかしいと意地張って魔法の教えを頼んだり、誰が反面教師だと夜中なのにも関わらず孤児院中を追いかけまわされたりと、色々なことがあった。

 そして、この学園に来る前のあの日。婆さんが口にしたランク9の――、

「――コト、マコト!」

「……マリア?」

「マリア? じゃないわよ。人がお茶を入れてる間に居眠りなんて、よほどソファーの寝心地が気に入ったのかしら? 人が、お茶を、入れている、あ・い・だ・に!」

 最後の方を無駄に強調してくる。もしかして、

「何だか自分のことを無視されたようで寂しかったか?」

「誰が無視か! 寂しいか! 寂しくなんて無いわよ馬鹿!」

 うわー、分かりやす。もうマリアのイメージがボロボロと崩れて修理不能まで追い込まれた。コイツ、多分性格的には大型獣の皮を被った小動物だ。冗談でも言ってみるものである。

「いつの間にか居眠りしてたのは悪かったよ。ほら、お茶くれお茶」

「……アンタ、何か私の扱いがぞんざいになってない?」

 むしろお前の性格がぞんざいになってるよ。

 まあ、親しみ難い高値の花よりは断然良い。そう思いながら差し出されたティーカップに口を付ける。鼻を抜ける香ばしい薫りに程よい渋み。これは中々のお点前で……?

「緑茶!?」

「え、アンタ緑茶嫌いだった?」

「いやいや、これどう見ても紅茶用のティーセットだろ!? なのに緑茶!?」

 まさかその洋物のティーポットの中身は緑茶で満たされているのだろうか。なんとう道具への冒涜。だが、正面に座るマリアはそれがどうしたと言わんばかりの顔だ。

「美味しいからいいじゃない。ほら、団子もあるわよ。みたらしにきな粉、どっちがいい?」

「……なら、きな粉で」

 はい、と渡された団子を頬張る。中々美味い。程よい団子の硬さに、噛むたびに滲み出る甘み。きな粉がアクセントとなって、ついつい2本目が欲しくなる。

「美味しいでしょ? 商業施設の隅っこにあるお団子屋のヤツなんだけど、この美味しさで一本50円とは恐れ入るわ」

「というか、勝手にお茶やら団子やら食っていいのか?」

「大丈夫よ。食器以外は持参だし、そもそもそんなことを気にする室長なら、あの机の上はもう少し綺麗になっているわ。この部屋だって、昨日までは床も資料や実験器具で埋もれてたんだから。ここまで掃除した私に、少しくらいご褒美をくれたっていいと思わない?」

「だったら、もう少し謙虚になることだ夏風。お前は感謝される割合より、手間をかけさせる割合の方が大き過ぎだ」

 第三者の声が背後から響いた。慌てて振り向くと、大体二十代前後くらいだろうか? 細渕のメガネを掛けた伊達男が腕を組みながらソファーの背に腰掛けていた。

「あれ? 室長居たんだ。マコト、コレがここの室長のヨシノフユキ。一応、ここの大学の4回生よ」

 食べ終えた団子の串で突然現れた長身の伊達男を指して、マリアは面倒くさそうに言った。それ以上特に言うこともないらしい。

「ふむ、夏風君にも困ったものだ。それにしても、彼女が誰かと共に行動するなど珍しい。ふむ、遂に彼女にも春が来た――、うむ、私が悪かった。だからその展開したレンズを閉まってくれ。こんなところで黒焦げにされたくないのでね」

 などと言っているが、本人には微塵も焦った様子はみられない。もしかしたら、わりといつもの事なのだろう。

「では改めて、私はヨシノフユキ。南ヶ丘大学の4回生で、魔導科の室長をやっている。君は――夏風の彼氏でなければ何者だね? 彼氏でもないのにファーストネームで彼女のことを呼ぶ君は何者かね?」

「えっと、久我マコトです。高等部の新入生で、マリアとは同じクラスの――」

――同じクラスの何だろうか?

 なるべく客観的に、マリアとの行動を思い出してみる。まず、入学オリエンテーションで丸裸(物理)にされ、朝一で顔面に衝撃(物理)を貰い、屋上に連行され、図書館に呼び出され、首根っこを引っ張られて連行され、たまに下着を覗き見る。うん、なんだか殆どろくな目に会っていない。ならば、一度ここで多少の意趣返しとして、いたずら心を発揮して改めて関係性を整理した方がいいだろう。いやいや、まずは彼女本人のことから整理すべきだ。といっても、正直マリアのことはまだ良くわからい。先ほどだって、彼女のイメージが色々と崩れていったばかりじゃないか。よし、まずは外見から攻めてみよう。容姿、端麗。胸部、特盛。腰回り、抱き上げたら折れてしまいそうだ。尻肉、スカートの中身は鮮明に思い出せる。太腿、頬を埋めたい。次に内面だ。頭脳、明晰。外面、鋼鉄系優等生美少女。実際は、おちょくると楽しい和菓子好き金髪娘。結論――、

「――同じクラスの、マリアのペットです」

「ぶへェア!?」

 変な声と共に、マリアがお茶を噴きだした。勿論、そのお茶は正面に座っている俺が浴びることになる。生温いぜ。だが悪くない。

「ほう? それは――そういうプレイか? 脱がされたのか? 今みたいにかけられたのか?」

「まず服を消し飛ばされました。その後、グラウンドで放置プレイです。今日は首根っこ掴まれていろんな場所に連行されました。ここもその1つですよ」

「つまり……大絶賛プレイ中という訳か!? なるほど、彼女にお茶を噴き付けられて起こることすらしない理由も納得がいった。君にとってソレは――ある種のご褒美ということか! 中々に高次元に生きているな……恐れいったよ、完敗だ」

「いいえ、先輩にもきっと分かる時が来ます。気がついておいでで? 今こうして顔を真っ赤にした彼女から注がれる冷ややかな視線――これは俺だけじゃなく先輩にとってもご褒美なのです! 顔を真っ赤にした美少女からの視線ですよ? これで興奮しないでか!?」

「……そういうことか。つまり、夏風の一挙一動からシチュエーションを連想し、妄想と現実をリンクさせ己の喜ぶ映像へと変化させる。そう考えると、恐らく羞恥と怒りで赤く染まる彼女も悪い気はしないな。むしろ――良い」

 がっちりと握手を交わす。

 だが、そんな俺達の様子が彼女にはお気に召さなかったらしい。

「――お前ら、オモテに出ろやぁああああああああ!」

 瞬間、熱と光の放流が室内を埋め尽くした。あ、やべ。

「――ヨシノ先輩シールド!」

「ちょっと君!? いきなり初対面の先輩を盾代わりにするかい!?」

「先輩だからこそ、可愛い後輩を守って焼けてください! ほら、障壁カモーン!」

「ははは、残念。この身体にはそんな機能は付いていない。故に、盾になるのは君だ!」

「ははは、そのネタは昨日のオリエンテーションで既に俺がやりました。というわけで、このまま盾役よろしく!」

 れっつごー、と光に向けてヨシノ先輩を押し出した。南無三。

 

 

 

 

 

 

「久我マコトっていえば、夏風が連絡してきた新入生じゃないか。君のことだったとは……。話を聞く限り『裸王』っていうのも君のことかい?」

 で、俺を裸王にした犯人はソイツです。と、未だ頬を紅く染めながら肩で息を荒げている金髪を指さす。

「ところで、さっきから気になってたんですけど『夏風』ってマリアのことですか?」

「ん、そうだが? ほら、コイツのファミリーネームはサマーウインドだろう。だから直訳して夏風。そして私はフユキ。あと春と秋が揃えば季節が巡るぞ?」

 巡らせてどうするつもりだ。

「夏風から連絡を受けた後で色々と調べさせて貰ったが……、酷いな。よくこの学園に入学できたものだ。入試の筆記試験は合格点ギリギリに加え、実技の点数は綺麗な丸を描いている。私はここまで奇跡的な落ちこぼれという言葉が似合う人間を見たことがないぞ」

「自慢じゃないけど、暇な時間に呼んでた教科書の中身もチンプンカンプンでした。三次元座標への魔法式の打ち込み計算とかマジわかんねぇ」

「……本当に自慢にもならないわね。入試の問題にも出てたじゃない」

「つまり、筆記は全て暗記系で稼いだのか。記憶力はいいが、実用は全くダメなタイプだな」

 おっしゃる通り。

「でも、昨日私の魔法に直撃して無傷だったのよ?」

「それは凄いな。防御型か? だが、夏風の魔法は火力だけなら学園内でも随一だ。並大抵の障壁では防ぐことは出来ない。防空シェルター並の強度と、それを維持するだけのトラフィックとメモリが必要になる。となると、無効化した? いや、それでは彼が全裸になった説明が付かない。では一体――」

「そうよ、一体どんな魔法使ったらあんな結果になるのよ?」

 視線が集中する。結局のところ、俺はあの時何もやってないんだけど、それで納得する彼らでは無いだろう。なによりも、視線がそう言っている。

「あー、二人は魔法の発動までのプロセスって説明出来ます?」

「ふむ、トラフィックやメモリの関係のことか? トラフィックは一般的には魔力なんて呼ばれている自分が扱える最大情報量のことだな。自分の精神力に起因している部分が多く、海から情報を引っ張ってくれば来るほど消費量も増える。簡単に言えば燃料みたいなものか。対して、メモリは銃で言う砲身――一度に同時発動出来る魔法の規模は魔法使いのメモリの大きさで決まると言ってもいい。夏風なんかは、このメモリが馬鹿みたいに大きい。最低限の構築式さえ海から持って来れば、同時展開して力任せの物量で勝負できる。たしか、一般的な魔法使い20人分だったか?」

「……その言い方だと私が火力馬鹿みたいじゃない。私はメモリが大きいだけで他は普通よ? 単純に術式を効率化してるだけなんだから、燃費が良いと言って欲しいわね」

「その燃費の良さが普通じゃないから『移動砲台』とか言われるんだ。さて、こんな感じでいいかね? あくまで魔法を使う者として基本中の基本の知識だが」

「ええ、それで俺の場合なんですけど……、トラフィックがアホみたいにデカイ代わりに、メモリが全く存在しないらしいです。困ったことに、微塵も欠片も小粒ほども」

「はい?」

「待ちたまえ、それは色々と破綻してないか?」

 破綻しているだなコレが。

「え、ちょっと待って……。つまり、マコトは燃料はたっぷりあるけど、砲身が存在しないってこと?」

「そういうこと。言ったじゃないか、俺は障壁なんか張れないって」

「……これはレアなケースだな。つまり、君は魔法が全く使えないわけか」

「いや、ネットワークを挟んだ通信とかなら何故か使えますよ? ただ、その他はさっぱりです。オリエンテーションの時だって、使えそうな情報を片っ端から引き出してたけど、魔法なんか使えないでマリアの砲撃に撃たれたし」

「入力先が問題なくても、出力先が存在しなければ意味がないということか。だが、それだと通信系が使用出来るのは違和感がある。ランク1階層を挟んでいるからか? それとも出力先をランク1階層そのものに指定しているのか? だがそれでは情報が固定出来ずに霧散する……。いや、海には未だ謎が多い。他に方法があるのか? いやあ、君は研究しがいがあるなぁ!」

 欲しかったおもちゃを手に入れた子供のように活き活きとしているヨシノ先輩。

「君がランク9を目指す理由はその体質を改善する為か! 合点がいった。魔法を使う為の土台が整っていながらも使えないという現実は、悲しく、そして悲惨だ。落ちこぼれのスタートラインにも立てやしない。決めたぞ! 魔法が使えない人間を魔法使いにする。私の研究テーマにも親しいものもあるし、何より前代未聞の偉業だ! 魔道具を使うという手もあるが、そんなものに頼るのは愚の骨頂! 真に求めるものは進化だ! ヨシノフユキは全力で君をバックアップしよう! アハハハハハハハハハ!」

 今度は高笑い。どうやら、変なスイッチが入ったようだ。

「……この人、優秀なんだけどたまにこうなるのよね。多分、放っておいたらあと一時間くらいは笑い続けるわよ」

「そりゃすごい。で、放置しとくのか?」

 そんなわけないじゃない、とマリアは一度部屋の奥に引っ込むとモップを片手に戻ってきた。

「……おい、まさか」

「多分、そのまさかね。少し頭引っ込めなさい」

 途端、頭上を風切り音と共にモップが通り過ぎる。綺麗なフォームから振られたそれは、高笑いを続ける伊達男に向かいジャストミート。そのまま――、

「――フルスイング!?」

 振りぬいた打球、もとい頭は積み重なった書類に向かって一直線。紙束を散らしながら視界の隅に消えていった。いや、頭?

「今、飛んで行ったらいけないものが宙を舞ったような気がするんだけど」

「いい音したでしょ? 問題は飛距離か……。私の予想だと、そのまま部屋の奥に消えていく予定だったんだけどなー」

 清々しくやりきった顔をしているマリアの反面、俺の顔は青ざめる。今はまだ、背後を振り向く勇気は無い。頭って、接着剤でくっつくのかな。

 

「夏風、痛いじゃないか。私の頭は野球ボールではないのだが?」

 

 幻聴が聞こえた。俺の耳が正常なら、先ほど生首か飛んでいった紙束の中から。

「似たようなものでしょ。お望みなら、今度は金属バットを用意してあげるけど?」

「丁重にお断りしよう。この身体はそれほど耐久性は高くないのでね」

 紙束から、首が生えてきた。いや、その表現は正しくないだろう。正確には、首が這い出てきた。身体との接合部であった場所から、ムカデのような足が生え自立歩行している。

「ほら、さっさと身体に戻りなさいよ。私はいいけど、初めて見るマコトにはその姿はちょっと酷だわ。具体的には――気持ち悪い」

「首を跳ね飛ばした本人がそれを言うかね? あぁ、久我マコト。すまないが、身体まで運んで貰えないだろうか? この姿で身体によじ登るのは大変なのでね」

「全力でお断りさせて頂きます!」

「む、喋る生首を運べる機会なんてそうそうないぞ? 滅多に出来ないぞ?」

「結構です。可能なら金輪際そんな機会は持ちたくないわ! いや、それよりも首!? え、先輩って首取れる人種なのか!? ゾンビ? リビングデット?」

「ふむ、君は魔法使いが集う学園に入学してきたというのに、いまいち常識に囚われているな。現実を知りたまえ、そして、己の常識を覆したまえ。欲にかまけて生きるのも、そう悪いものではないぞ?」

 生首が、背後で直立不動となっていた身体を登る。カチリ、と何かはめ込むような音がしてモノ言わぬ身体が動いた。おい、どうなってがる。

「たしかに、マコトは少し常識に囚われすぎね。何が起こっても『そういうこともあるものなのか』って思ってないとやっていけないわよ? ちなみに、室長のその身体はゾンビでもリビングデットでもなくて人形よ。本体は学園のどこかで、今のアンタを見ながら大笑いしているんじゃないかしら」

「人聞きの悪い。私は結構シャイなのだ。面と向かって人と話すのが苦手だから、こうして仕方なく人形を介しているというのに」

 カキリ、とはめ込んだばかりの首を回しながらヨシノ先輩は答えた。

 その仕草も、肌の色も、目の虹彩も、言われてもなお人形だとは信じがたい。先ほどのように、目の前で首が跳んでいくようなことがない限り、簡単には信じることが出来なかっただろう。

「そんな理由で稀代の人形師になれるのなら、誰だって引きこもりになるわよ。今度こそ本体探し当てて黒焦げにしてやろうかしら……」

「期待せずに待っていよう。もっとも、夏風が本体の私を見つけられればの話だがね」

 そのやり取りに、思わずトカゲの尻尾きりを連想した。今のはヨシノ先輩の首飛ばしだけど。

「さて、久我マコト君。魔導科は君を歓迎しよう。まだ紹介していないメンバーが何人かいるが、それはまた後日。夏風との漫才で少々時間を食ってしまったからね、スピーディーに行こう」

 誰が漫才か! と響く声を無視しながら、ヨシノ先輩は両腕を広げ、

「君はこの学園で何を成す? 君はこの先何を成したい? 目指した先に希望はあるか? 望んだ先には未来があるか? 真理の先には絶望が待っている。偽りの先では幸福が手招いている。常識は時によっては、非常識へと変化する。一歩進めば、コインの表側だった世界は裏へと変わる。それでも――、君は自身の道を歩めるか?」

 一息。

「回答は宿題にさせてもらおう、久我マコト君。面白い回答を期待しているよ? そろそろ寮の門限が近い。急いで帰宅することをオススメする。ただし、今晩は外で寝たいというのなら話は別だがね」

 時間を確認してみると、網膜液晶の数字は18時30分を示している。寮の門限は、記憶が正しいのなら19時00分。

「……ちなみに、ここから全力疾走で高等部の男子寮まではどのくらいかかるんですか?」

「君の足にもよるが……、丁度30分くらいだね。勿論、全力疾走の場合だ」

「――お邪魔しました!」

 生首とか妙な質問とかあったけど、そんなもの全部吹き飛んだ。

 男子寮の管理人は、少しばかりふくよかな妙齢の女性だ。俗にいう肝っ玉母さんを体現したような人で、普段は張り手が少々強烈なのを除けばいい人なのだが、規則破りには鬼と化す。入寮初日に、門限破りはその日の宿は無いと思えと宣言されたばかりだ。

「あそこの寮長厳しいからな。一秒でも遅れたら玄関に鍵を掛けられるぞ?」

 恐ろしい言葉を背中越しに受けながら、挨拶もそこそこに全力で部屋を飛び出した。硬い地面で葉っぱに包まれながら寝るのは御免こうむりたいのだ。

 

 

 

 

 

 

「……慌ただしい。まあ、理由は分からなくもないがね。正直、私もあの寮長の逆鱗には触れたくない」

 飛び出していったマコトの背中を眺めながら、ヨシノフユキは同情するように呟いた。だが、本体は微塵も同情なんてしていないのだろう。呟きの反面、ヨシノフユキという人形は小さく笑みを浮べていた。

「やっぱり性格悪いわね。で、あんな違和感だらけの小芝居でアイツを返した理由は何? 門限のことなら、最悪ここに泊めればいい話じゃない。しっかりと仮眠室にシャワールームまで完備している部屋なんだし」

「ふむ、夏風は思った以上に彼のことを気に入っているのだね。だが、私はそうでもないのだよ。彼の体質は研究材料としては申し分ないのだが、それだけだ。どうにも、久我マコトという人物はマリア・サマーウインドの相棒としては役者不足のような気がしてならない」

「私が決めた相棒に文句でもあるわけ?」

「いや、君がそれでいいと言うなら構わないがね。だが、君には時間が無い。夏風の魔法を防いだという話も、おそらく彼が引きぬいた膨大な量の情報が擬似的なジャミングとして働いて、夏風の魔法構成を阻害したせいだろう。本人も、片っ端から情報を引き出していたと言っていたので、まず間違いない。なによりも、彼には覚悟が足りない。渇望が足りない、祈りが足りない、現実を踏み倒してまで求める欲が足りない。常識という鎖に縛られすぎている。それは――魔法を使う者として致命的なエラーだ」

 魔法とは、奇跡の代替だ。

 こうして会話をしているヨシノフユキという人型も、その結果の1つ。人形が人の手を離れて動く訳がないとう常識から逸脱し、人形が会話など出来るわけがないという常識を踏み倒し、人形が人間に違和感無く溶け込めるわけがないという現実を覆した魔法。それを可能にしたのが、稀代の人形師ヨシノフユキという魔法使い。だが、

「さて、それはどうかしら?」

 マリア・サマーウインドという天才は、その言葉を否定した。

「どういう意味かね?」

「私たちは常識を覆すけど、その常識っていうのは一般論であり、私たちの現実でしょ? なら、マコトにはどんな常識と現実が見えているのかなってね」

 愉快そうに、喜々としてマリアは彼の去った扉を見つめた。

「それは何か根拠があるのかね?」

 その質問に彼女は一言、

「まさか、ただの直感よ。でも、私の勘って――良く当たるの」

 

 

 

 

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