インフィニット・ストラトス―絶望の海より生まれしモノ―#106
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「ぐぅ―――ッ!」

 

『箒――っぅわ?』

 

地面に叩きつけられ、肺の中の空気が全て絞り出されてしまうのではないかと思うほどの衝撃に箒は苦悶の声をこぼした。

 

喉の奥からこみ上げてくる鉄の味。

一瞬意識が飛びそうになるのを、オープンチャンネルごしに聞こえてくるシャルロットの声でなんとか繋ぎとめる。

 

「ぐ…」

 

口の中に溢れる鉄の味を吐きだし、なんとか起き上ろうと痛む体に鞭を打つ。

 

『ッ――!未知のエネルギー粒子を検知。もしかして、コレのせいでシールドが中和されて―――きゃぁッ!』

 

簪の声を箒はどこか遠い世界のモノのように感じていた。

 

視界の先で、三機のゴーレムが箒に向けて左腕の熱線砲を向けてくる。

機能停止直前のISに、ボロボロの操縦者が乗っているだけだと言うのに、なんと言う念の入りようだろう。

 

(――シールド張らないと…でも、確かシールドは中和されるんだったか?)

 

((肉体|カラダ))は『もう限界だから休め』と言ってくる。

((理性|アタマ))は『もう無駄だ。諦めろ』と言ってくる。

 

――いいじゃないか。ここまで頑張ったんだから。一緒に戦っていた二人だって、もう落されたんだから。

 

 

 

それでも、それに抗おうとする((自分|ココロ))が((居|あ))る。

 

―――アイツなら、こんな事で諦めない。どれだけ傷ついても、何度倒れても―――最後の最後まで、諦めたりしない。

 

…だから、

 

「―――まける、ものか。」

 

既に三機のゴーレムは熱線砲の発射態勢に入っている。

手にしている二刀は確かに業物であるが雪片のようにエネルギーの対消滅反応は起こせない。

 

((瞬時加速|イグニッションブースト))を使えば避けられるかもしれないが、それが出来るスペースは無いし、ボロボロの体の方が耐えられない可能性の方が高い。

 

「―――まけて、やるものか。」

それでも、箒は諦めない。

 

目の前には、敵がいる。

仲間が落されたのなら、助けに行く必要がある。

 

それなのに、どうして諦めていられるだろうか。

 

「お前たちなぞに、負けてやるものか!」

 

せめてもの悪あがきでもいい。

箒は全ての展開装甲を防御に回して防御の体勢を取る。

 

 

 

そして、桃色の熱線が放たれる――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それよりも早く、青白い閃光がゴーレムを直撃した。

 

「ッ!」

 

その一撃は大したダメージにはなっていないようではあったが、箒を狙っていたゴーレム全機の注意がその射手に向いた。

 

『テメぇらなんかに、俺の仲間を――箒をやらせねぇ!』

 

そんな啖呵を切りながら戦場となった学園の空に舞い上がる白い影。

 

「いち、か…」

 

一振りの刀を手に、ゴーレムに向かっていく((武士|もののふ))の姿に安堵した箒はそのまま意識を手放した。

 

 * * *

 

 

ぎ、ギャギャッ―――

 

そんな金属の悲鳴が辺りに響く。

 

悲鳴を上げているのは簪を撃墜して止めを刺しに来ていた二機のうちの片方。

上げさせているのは―――

 

「ボクさ、いま物凄い不機嫌なんだけど、判る?」

 

瞳のハイライトが完全に行方不明で濃密な『不機嫌です』オーラを放つ空であった。

 

無人機であるゴーレムは返事をしない。

何とかして大鋏からの脱出を果たそうと試みている…が、右肩と左脇でがっちりと挟み込んだ薙風の右腕に取り付けられた大鋏からは逃げられない。

 

「今日はね、漸く取れた休みだったんだ。文化祭からずっと、あれこれ織斑先生が外用に出るからその分を山田先生と一緒に穴埋めしてきたんだよ。昨日の事件の後始末でほぼ寝てないんだよ?漸く休めて、折角気持よく昼寝してたって言うのに、なんでこんな事してくれるのかな。ねぇ、聞いてる?」

 

べぎゃ――

 

装甲の拉げる音と共にゴーレムの腕や頭の位置がずれる。

 

どうやら装甲に食い込んだハサミによってフレームに歪みが生じたらしい。

―――生身の人間相手だったら、完全にスプラッタでR-18Gな光景になっていただろう。

 

「その上で((ボクの生徒|かんざしさん))に怪我させるとか、もう極刑モノだよ。判ってる?」

 

ゴーレムのバイザー式カメラアイが明滅する。

誰かに助けを求めているのだろうが、僚機は既に105mmパイルバンカーによる容赦のない((脳天打ち|ヘッドショット))で大破させられているため誰もすぐには助けに来れない。

 

「―――バイバイ。」

 

ぺぎッ。

 

小気味のいい破砕音と共に、ゴーレムが二つに砕き千切られる。

 

パラパラと散る装甲片。

力無く崩れ落ちる((残骸|ISだったもの))。

 

 

 

そんな光景を、簪はただ呆然と眺めていた。

 

被弾して、墜落して、そこに追い打ちを掛けられて死を覚悟した次の瞬間には一機目撃破だったのだ。

当然のように頭の方が追い付いていない。

 

「こちら千凪。現場に到着して一年四組、更識簪の無事を確認。ついでに二機撃破。」

 

管制官役の教師への連絡を終えた空が簪の居る方に向く。

 

右腕の禍々しい大鋏とその基部に取り付けられている物騒な杭打ち機を無視すればいつも通りの空がそこにいた。

 

「簪さん、大丈夫?」

 

「あ、うん。じゃなかった、はい。」

 

差しのべられた手を掴んでがれきの中から身を起こす。

 

「ああ、無理しないで。」

 

そう言われて、簪は起き上るのを止める。

確かに、地面に叩きつけられたダメージは小さくない。

 

「もうすぐ回収班が来るからそれまではここで大人しく待ってる事。いいね?」

 

「ええと、空くんは?」

 

「うん?ああ、ボクはまだやることがあるから。」

 

思わず見惚れそうになるほどの笑顔だったが簪にはそれが限界突破した怒りが笑顔になっているようにしか見えなかった。

 

「やること?」

 

「うん。こんな騒ぎを起こしてくれたお礼参りに。」

 

空が見上げる先では三つの黒い点が一つの白い点と苛烈な((巴戦|ドッグファイト))を繰り広げていた。

 

「それじゃ、行ってくるよ。」

 

「うん、行ってらっしゃい。」

 

 

(また、泣き別れにされた残骸が降ってくるんだろうな…)

 

簪は飛び上がってゆく空の背中を見送りながらそう思わずには居られなかった。

 

 

 * * *

 

 

あ、死んだ。

 

そう悟ってしまったシャルロットは思わずギュッと目を瞑ってしまっていたが、何時まで待ってもその身を焼く熱線はやってこなかった。

 

もしかして、痛みとか感じる暇も無く蒸発してしまったのだろうか、などと無益な思考をしながら目を開けてみる。

 

目の前には相変わらずのゴーレム。

 

ただ違うのは、機体の数か所に対物ライフルでも開かないような大穴が幾つも開いている事。

 

『一体誰が?』

そう思った時…

 

「危ない所でしたね。」

 

「や、山田先生!?」

 

不意に背後から声が掛って振り返ると、そこには居たのは一組副担任、山田真耶その人だった。

 

但し、いつもの格好では無く、見慣れぬライトグレーのどこか打鉄に似たシルエットの((機体|IS))に身を包み、その手には見たことも無いような大型の対物狙撃銃の化物のような銃を持って。

 

「はい。大丈夫ですか、デュノアさん。」

 

「あ、はい。僕は大丈夫です。」

いつも通りの柔和な笑みを浮かべた真耶の問に、困惑しながらもシャルロットは応える。

 

事実、シャルロットは直撃を貰う寸前に物理シールドを展開が間に合いダメージはある程度軽減出来ていた。

それでも、地面にまでは落されているが。

 

「それは何よりです。ここからは私達教師の出番です。いままでよく持ちこたえてくれました。」

 

シャルロットにねぎらいの声をかけてくる真耶。

 

その背後に、シャルロットは不吉な影を見つけた。

 

「山田先生ッ、後ろ!」

 

「ふぇ?」

 

振り返るが、もう遅い。

 

シャルロットの追撃に来ていたもう一機のゴーレムはぴたりと真耶とシャルロットに照準を合わせて左手の熱線砲を構えていた。

 

エネルギーの充填に必要な僅かな時間では、どうしようもない。

 

けれども―――

 

「大丈夫ですよ。」

 

「え?」

 

真耶の言葉にシャルロットが疑問の声を上げたとほぼ同時の事だった。

 

ジュイン。

 

そんな音と共に、ゴーレムの熱線砲が吹き飛んだ。

 

「え?」

 

続いて何処からか飛んできた大型グレネードが炸裂してゴーレムを焼く。

 

「えぇ?」

 

既にボロボロのゴーレムに止めを刺したのは、背中側から腹部を貫通した((刺突式ブレード|パイルバンカー))であった。

 

「え、えぇ!?」

 

シャルロットは驚くしかない。

 

自分たちが散々苦戦した相手があっさりと葬り去られたのだから。

 

「ありがとうございます、有澤先生、如月先生。」

 

気が付いてみると真耶が構えた大型ライフルの銃口が湯気を上げている。

 

―――何時の間に撃ったんだろうか。

 

((高速武装変更|ラピッド・スイッチ))とは違う、早撃ちにシャルロットは戦慄するしかなかった。

 

「危なかったな…と、普通なら言う処だけど――」

 

「山田先生、私達に態々やらせなくても自分で対処できたでしょう。」

 

ゴーレムをスクラップへと変えた大型パイルバンカーの持ち主――真耶と同様の機体に乗った如月先生と大型の((擲弾砲|グレネードランチャー))を抱えた有澤先生が二人の元にやってくる。

 

「いえ、万が一の事も有りますからお二人に来て頂いていて本当に良かったです。」

 

「…まあ、そう言う事にしておきましょう。」

 

「織斑先生と、日本代表の座を争っておいてよく言う…」

 

微笑む真耶にぶつくさと文句をこぼす二人の教師にシャルロットは苦笑いしかこぼせなかった。

 

「っと、いけない!箒と簪を助けに行かないと!」

 

「篠ノ之さんの所には織斑くんが既に行っていますしそのうち織斑先生も駆けつけます。更識さんの所には千凪先生が行ってますから大丈夫ですよ。」

 

ふと思い出したシャルロットであったが、教員部隊は既に手を打っていた。

 

「織斑先生も千凪先生も、漸く休めそうな所でこの騒ぎが起こって気が立ってますから、いいストレス発散になりそうですね。」

 

あーすっきりした。

 

そんな声が聞こえてきそうな真耶の笑顔にシャルロットは今後、この童顔で可愛らしい先生と今まで通りの接し方が出来るか不安になった。

説明
#106:彼らの本気



一ヶ月ぶりです。
教育実習中は結局一文字も書けず、結局これだけ時間が空いてしまいました。
この先には採用試験が有り、卒論があり…と色々ですが完結目指して着実に進みたいと思います。
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コメント
感想ありがとうございます。教師陣には生徒にない『経験』が有りますから。それに学園の教師となると元代表候補生とか代表候補生候補生とか沢山いるのでは…と思った結果がこれです。#70では非力さを嘆いていた千冬ですが、嘆くだけでは終わりませんよ。(高郷 葱)
おおっ、教師陣が面目躍如の大活躍だ! ここまでくるとかえって、これまでの事件でいかに教師陣の行動が抑えられていたのかが如実にわかりますね。ホント、一夏たちっていろんな意味で守られているんですね、常日頃からずっと……。そのことを改めて思い起こさせられたエピソードでした。(組合長)
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