落日を討て――最後の外史―― 真・恋姫†無双二次創作 31
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【31】

 

     1

 

 劉玄徳――桃香は本陣にて、夜天を照らすように燃え盛る砦を、その大きな瞳でしかと見つめていた。今頃その中では、曹孟徳の妹である曹徳、および、孫家の末姫である孫尚香が捕縛されている。あるいは――殺害されているころだろう。

 彼女らに罪はない。

 けれども、桃香はそれを十二分に承知したうえで、陶謙の要請に従い、襲撃の命令を下した。それがいかに理不尽なことであるか、どうしようもなく理解してうえで、曹徳と孫尚香を捕らえよと、抗うようであれば斬れと名を下したのである。

 桃香たちが叙州陶謙のもとへ身を寄せたのは、叙州牧後継に桃香を据えたいとの要請が、とうの陶謙から齎されたからである。

 近年、感情的な振る舞いで評判を落としていた陶謙が、桃香たち劉備軍の評判に便乗し、領内統治の健全化を図ろうとしていたのは明らかであったが、桃香たちとしても、つき従う義勇軍やその家族のために、豊かな叙州に腰を据えることは悪い選択肢ではなかった。

 だが目算が甘かったのだ。

 叙州に着いてすぐ、女子供の中から体調を崩す者が出た。洛陽からコレラをもってきたのかもしれないと肝を冷やしもしたが、どうやら疲労から来るたちの悪い風邪ということだった。

 療養場所を提供しようと、好々爺の面体で言う陶謙の言葉を信じ、桃香たちは病人たちを彼に預けた。そして、その療養所がそのまま、人質の監禁場所と相成ったのである。

 劉備軍は今、老獪な一人の男の、間抜けな先兵になり下がっていた。だがそれでも、幽閉された者たちを切り捨てるということはできなかった。

 それをしないために、せずともよい世界を実現するために、桃香は立ち上がったのだ。ここで人質を切り捨てられようはずもない。

 だが――、ならば何の咎もない、曹徳や孫尚香の命を奪ってよいのか。

 いいはずが、ない。

 どちらを選んでも正解でない。けれども八方ふさがりの状況を作り出したのは、軍団を率いる自分だ。だから、その正解でない決断を下すのは自分でなければならない。

 ――朱里ちゃんでもなく、雛里ちゃんもなく。わたし。

 そう桃香がこぶしを握ったとき、

「桃香さま」

 と呼ぶ声がした。

 振り返ると、そこには苦しげな表情の少女が立っていた。

「どうしたの、朱里ちゃん」

 問うと、幼く健気な軍師はかしこまって告げる。

「本陣背後に、曹操軍が接近しています。数は、約一万。一直線に向かってきます」

「……そう。砦の中はどうなったかな」

「鈴々ちゃんも愛紗さんも、まだ戻りません。捕えたとの報告も――」

「分かった。ここは撤退するのが正解――だよね」

「御意」

 苦々しげに朱里は答える。曹徳も孫尚香も逃がしたうえ、ここで撤退すれば後詰の陶謙軍にも被害が出る可能性がある。陶謙としては、ここで桃香に曹操を迎え撃ってほしいはずだ。だが――。

「朱里ちゃん、撤退の準備をお願い」

 その言葉に、朱里が静かにうなづき、踵を返して去っていく。

 ここで引いたのでは何のために陶謙の片棒を担がされたのかわからない。けれども、ここで引かなければ、曹操軍と正面衝突という事態を迎えざるを得ない。そしてそうなった場合、劉備軍はおそらくひとたまりもない。

 まだ劉備軍は、義勇軍に毛が生えた程度の集まりでしかない。それを優秀な将と軍師によって、一応の体裁に仕上げているにすぎないのだ。

 あの曹孟徳が率いる精兵と真正面から打ち合って、無事では済むまい。

 ――なにしてるんだろう、わたし。

 近頃、桃香は自軍の被害を最小限に抑えるための、逃げの一手ばかりを選んでいる気がする。本当はもっとうまく事を運べたに違いない。どれほど優秀な部下を持っても、旗印である自分がこのありさまでは、宝の持ち腐れではないか。

 

「ご主人様が、いてくれたら――」

 

 そんな弱音を吐いた自分を、桃香はあわてて叱咤する。

 洛陽を去った辺りから、不思議な記憶が脳裏をよぎるようになった。それは日に日に具体的な姿を形成し、ついには桃香の心の半分に居座ってしまっている。

 

 北郷一刀という少年とともに成し遂げた、天下三分の計。

 

 桃香が今生きる人生とは、まったく別の人生の記憶。

 

 そして、桃香は気が付いている。現在曹孟徳のもとにいる軍師、虚。彼こそが、北郷一刀であることを知っている。

 嘗て、自分が想い焦がれ、狂おしいまでに恋をした男だと知っている。

 だが同時に、疑ってもいる。

 彼は確かに北郷一刀だ。けれどもそれは、『桃香にとっての北郷一刀』なのだろうかと。

 自分の中にある、別の人生の記憶。それが空虚な幻想でないということは、言葉にはならない不思議な実感から分かっていた。この記憶は、確かに自分が経験したものだと。

 桃香、愛紗、鈴々の三人で交わした桃園の誓い。だが、桃香の持つその記憶には、四人で交わした桃園の記憶の映像がある。

 桃香と、愛紗と、鈴々と、それから純白の衣を着た、あの優しいご主人様と。

 自分のことを曹孟徳の従僕と言ってはばからないあの男と、桃香の知る『ご主人様』はあまり重ならない。だからこそ、疑わしくも思う。

 もし別人なのだとしたら、彼を想いたくはないから。嘗てささげた自分の思いは、『桃香にとっての北郷一刀』にささげたものだから。

 しかし。

 もう――確かめるすべはない。

 曹孟徳の軍師、虚は――先日処刑されてしまったのだ。

 だから余計に思う。

 黒い北郷一刀と、白い北郷一刀は同一人物なのだろうか。

 同一人物であってほしいという思いと、別人であってほしいという思いがせめぎ合う。

 同一人物であったなら、『別の人生』を歩みながらも、桃香と一刀は再会を果たしたことになる。洛陽ではコレラで命を落としかけた自分のために、一刀が奔走してくれたことになる。――うれしいに決まっている。

 だが、別人であってほしいとも強く思う。桃香の『ご主人様』が曹孟徳のものであるというのは耐え難く妬ましい。そして何より、桃香の『ご主人様』が、焼殺などというおぞましい苦痛に見舞われたなどと考えたくもない。

「ご主人様――今のわたし、ダメダメだよ。もういないあなたに、頼ることばかり考えてる」

 消え行くような声で、桃香はつぶやく。

 そして、気がつく。

 桃香は黒い一刀と白い一刀が同一人物であることを、どうしようもなく願ってしまっているのだ。彼が苦痛の果てに死んでしまったのだとしても、この世界に彼がいたことに、たとえほんのひと時でも、桃香のそばに彼がいたことに、違いはないのだから。

「だめだめ。――まだ、あきらめないからね」

「おう、その調子だ」

「うん。だから、見守っていてね」

「いや、それは少し厳しいかなあ。これから少し行くところがあるんだ」

「……」

「……」

 そこで、桃香はハッと気がつく。

 自分がいつの間にか会話を交わしていた相手は――誰だ。

 振り返る。

 そこには、赤い仮面をつけた黒衣の男が立っていた。

 

「よう、劉玄徳」

 

 まるで気配には気付かなかった。離れて立っていた陣中の兵士たちがあわてて槍を構え、その黒衣の男を取り囲む。

 だがその男はまるでうろたえることなく、まっすぐに桃香を見ている。

「わが名は華蝶仮面。届け物だぞ、劉玄徳」

「……お、お届けものですか」

「ああ、ほれ」

 と言って、華蝶仮面は人間を三人、それから長物を地面に放り出した。

「愛紗ちゃん! 鈴々ちゃん!」

 投げ出された三人のうち、二人を見て、桃香は声を上げる。

「大声出すな。別に死んじゃいない。それからもう一人は、曹孟徳が妹、曹徳だ」

 華蝶仮面の言葉に、桃香は視線を跳ね上げる。

 愛紗、鈴々とともに投げされた、髪の短い少女。これが――。

 ――曹徳さん。

「道中拾ってきたんだ。それもちゃんと生きている。曹操へ差し出せ」

「どういう、ことですか?」

「おまえ、このまま撤退する気だろう。よせよせ。曹孟徳からは逃げ切れん。使者を出し、対談を申し込め。それが最も犠牲の少ない選択肢だ」

 それだけ言うと、華蝶仮面は桃香に背を向けた。

「あ、あの――蝶々仮面さん」

「華蝶仮面」

「あ、えっと。華蝶仮面さんはその――」

 言いさした桃香の言葉を、飛び出してきた少女が遮った。

 

「なりません! 桃香さま!!」

 

「朱里ちゃん……」

 突然現れた朱里が勇ましい顔で、華蝶仮面をにらみつける。

「どういうおつもりですか」

 厳しい口調で、朱里は華蝶仮面に詰め寄る。

「諸葛孔明。みなまで言わずとも分かるだろう」

「曹操さんと会談の機会を持ち、曹徳さんを差し出せば――曹操さんは今回の件についてけじめをつけるよう要求するでしょう」

「ああ、そうだ」

 にやりと、華蝶仮面は笑う。

 

「劉玄徳の首くらいは求められるだろうな。だが、全滅は防げるぞ?」

 

「本気で――それをおっしゃっているのですか」

 朱里は悲しげに問うた。

「当然だ。冗談を言っている暇は生憎持ち合わせていない」

 

「……そう、ですか。あなたは……私の知るあなたではないのですね」

 

「何の話だ。初対面のはずだがな、諸葛孔明」

 一瞬瞑目すると、朱里は口を再び開く。

「許容できません。桃香さまにそのような愚策、吹き込むのはやめてください」

「いいよ、朱里ちゃん」

 桃香はそっと朱里の肩に手を置いて、一歩前にでる。華奢な朱里の肩は小さく震えていた。

「曹操さんと対談を持てば、みんなは助かるかもしれないんだよね」

「いけません! ここで桃香さまを失えばどうなるか……。みなさんは、桃香さまにつき従っているのです。あなたを失ったのでは全滅と変わりません」

「そんなことはないよ、朱里ちゃん。それに事態がここまで行き詰ったのは、わたしのせいだから」

「それは違います、桃香さま。私たちが的確に――」

 そこまで言いさして、朱里は口をつぐんだ。その先の言葉が意味するところを悟ったのだろう。

「案ずるな、諸葛孔明。恐れるな、劉玄徳」

 優しげな声で、華蝶仮面が言った。

「曹孟徳は烈火のごとく怒り、けじめの提示を求める。だが、最悪の結末だけは回避できるよう手配してある」

 仮面の下で、さながら父のように微笑む華蝶仮面の表情に桃香は息をのむ。そしてそれは――朱里も同様であった。

「万事うまくいく。華蝶仮面は、偽りを口にしない。信じろ。最大の危機には――白馬の勇士が現れる。物語のオキマリというやつだ」

 華蝶仮面は今度こそこちらに背を向けて歩き出す。

「ではさらばだ。とうっ!」

 高らかに一声叫ぶと、華蝶仮面は軽やかに舞い上がり、包囲を跳び越えて姿を消した。

「朱里ちゃん」

 桃香はさながら母のように柔らかな声で、朱里に語りかける。

「……は、い」

 とめどなく溢れる涙をぬぐいながら、朱里は答えた。その涙が悔しさや悲しみから来るものでは決してないことを、桃香は分かっている。

「曹操さんに、使者を出して」

「御意」

 この少女は多分、自分と同じ理由で泣いているのだ。

 

 

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     2

 

 華琳は劉備軍からの使者に苛立っていた。

「舐めてくれたものね。事ここに至って対談? 愚弄されたものだわ」

「華琳さま」

 設けられた対談の席には、護衛として春蘭、側付として桂花を連れてきていた。

「分かっているわよ、桂花。妹の身柄が向こうにある以上は仕方がない」

 暫くすると、対談の相手が姿を現した。

 向こうもまた三人である。

 三人とも洛陽で一応の面識がある相手であった。

 すなわち、劉玄徳、諸葛孔明、そして関雲長。

 劉備が華琳の前の席に腰掛け、これをもって対談が開始された。

「洛陽以来ね、劉備」

「はい」

「とりあえずあの子を返してもらおうかしら。妹が戻らないうちは、他の話をする気が起きないもの」

 華琳の言葉を受けて、劉備は背後の兵士に目配せをする。

 幾らか間があって、髪の短い少女が対談の場に姿を現した。

「やあ、華琳姉さん。久しぶり」

「ええ、久しぶりね。本陣に天幕を用意させているから、そこで休みなさい」

「りょーかい」

 肩をすくめると、妹は再会の時を惜しむでもなく、さっぱりとその場を去って行った。むかしから、湿っぽいことを好まぬたちなのだ、あの妹は。

「さて劉備」

 華琳は気を取り直し、冷徹な声をかける。

「別にあの子を襲撃した理由を聞こうとは思わないわ。ただ、あの子をこちらに返して、この場が済むとは、あなたも思ってはいないでしょう?」

 華琳がそっと目くばせすると、春蘭は安い剣を一本ぬいて、それを劉備の前に放った。

「先に剣を抜いたのはあなたたち。無事で帰ろうというのは、虫のよすぎる話よ」

「待ってくれ、曹操」

 関羽が劉備をかばうように立ちはだかる。

「何かしら、関羽。もしかして、代わりにあなたの首を差し出すとでもいうのではないでしょうね」

「われわれは、桃香さまを失うわけにはいかない」

 すっと、華琳は目を細める。

「劉備は軍団の長。その首には一定の価値がある。でも――死んだあなたに価値はないわ。陶謙もろとも、叙州もろとも、完膚なきまでに滅ぼしてもいいのよ」

「――ッ」

 苦虫を噛んだように関羽が顔をゆがめる。

「さがれ関羽」

 春蘭が一歩前に出る。

「ここは華琳さまと劉備との会談の場。口出しは無用だ」

 春蘭と関羽の視線が交錯する。

「愛紗ちゃん、ありがとう」

「春蘭、さがりなさい」

 しかし二人の視線の応酬は、各々の主の声で制された。

「関羽、話は最後まで聞きなさい」

 華琳は不敵に笑んで言う。

「死んだあなたに価値はないわ」

 でもね、と華琳は続ける。

 

「生きているあなたなら、話は別よ」

 

 

「華琳さま――」

 桂花が驚きの声を上げる。

「あなたがその生涯をすべて、この私にささげるというのなら、劉備の首は必要ないわ」

 会談の場に、緊張が走る。

「わ、私の――」

「ええ、そう。関雲長の真名を私に差し出し、その生涯を捧げ、忠誠を誓いなさい」

「……そうすれば、桃香さまの命は」

「見逃しましょう。あの子も生きて帰ってきたことだしね」

 このやり取りに、劉備が席を立つ。

「だめだよ、愛紗ちゃん! ここは――」

「さがれ、劉備」

 だが、華琳の覇気が彼女を黙らせる。

「あなたも軍団を率いる身であるなら弁えなさい。あなたは、温情を掛けられているの」

「でも――」

「分かった、曹操」

 観念したように、関羽がうめく。

「部下のほうが物分かりがいいようね。では関羽。まずは誓いなさい」

 華琳はその美しい手を差し出す。

 関羽は獲物を置き、華琳に近づき跪くと、その手を取った。

 だが。

 その時である。

 

「その誓い、相待った!」

 

 凛然とした声が会談の場に響く。

 そして、その声の主は間をおかず、大股で勇ましく、その場に姿を現した。

 一つに結った赤い髪。

 純白に煌めく鎧。

 その女は威風堂々立ち現われると、気品のあるたたずまいで華琳を見据えた。

 華琳は静かに腰を上げ、真正面からその女と対峙する。

「わが名は曹孟徳である。見知らぬ女、名を名乗れ」

 問われ、その女は優しく微笑んだ。

 

「わが名は、公孫伯珪。――幽州の公孫伯珪である」

 

つづく

 

-3ページ-

 

ありむらです

 

週末に挙げると言っておきながら遅れてすみません

 

すみませんついでに、試験の準備をそろそろはじめないといけないので、更新が遅くなります

 

読んでくださっている方ごめんなさい!!汗

 

ありむらでした

説明
今回はあの人が。

独自解釈独自設定ありの真・恋姫†無双二次創作です。魏国の流れを基本に、天下三分ではなく統一を目指すお話にしたいと思います。文章を書くことに全くと云っていいほど慣れていない、ずぶの素人ですが、読んで下さった方に楽しんで行けるように頑張ります。
魏国でお話は進めていきますけれど、原作から離れることが多くなるやもしれません。すでにそうなりつつあるのですが。その辺りはご了承ください。
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コメント
くっそつまんね(うえはら)
ここまで一気に読ませてもらいました!このシリーズはとても面白いと思うので、更新楽しみにして待ってます!(レヴィアタン)
いつか、ありむらさんが仰ってた「完結させるつもりです。」という言葉を信じて更新楽しみにして待っています。(のみぐすり)
こ、公孫・・・だと・・・っ!?次回楽しみにしてます!  あ、“「朱里ちゃん、撤退の準備をお願い」 その言葉に、朱里が静かにうなづき、踵を返して去っていく。”うなづき→うなずき(頷き)かと(Yosuyama)
邪風ひいた患者を閉じ込めてるってことは悪化して死んでるんじゃ(親善大使ヒトヤ犬)
↓…やべえwww kazさんの幻視した未来を否定できる自信がないwww(根黒宅)
確かに白馬の勇士が現れたな(飛鷲)
l華琳「公そ・・・、ダレ?」 桃香「えっと・・・だれ?」 ハム「って桃香はわかれよ!」てな未来を幻視した。更新頑張ってください。(kazo)
あれそういえば、この人あまり出ていなくててっきり病に伏せっていたのかと思ったけど、生きていたんだハムソンさん!!次回は場を掻き乱すかな?(黄昏☆ハリマエ)
さすがは我らが黒華蝶さん! 臥龍を地に縛り、自身の言の葉で大徳を導くとは、そして打っていた一手が公孫?であったとは・・・どう展開する!?(本郷 刃)
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桃香 愛紗 朱里 鈴々 華琳 魏ルート 真・恋姫†無双 北郷一刀 

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