ハジメSide

「……シノン、私はそろそろ行こうと思う。キミも落ち着いたらここを離れた方がいい」

「え…戦うの？　あいつと…」

「……あぁ、キリトとアスナを待たせるわけにはいかない」

予備の弾倉の数、銃剣の耐久値などを確認する。

「…怖く、ないの…？」

「……命の危険のことなら、勿論怖い…。だがそれよりも、シノンやキリト達仲間、謂れのない人達が死ぬ方が余程怖いさ」

私には力がある。身を守り、誰かを守れるだけの力が…その力で誰かを守れない時は辛い。

SAOの時はそれで何度も辛い思いをした、キリト達もともに…。

「貴方は、強いのね…」

「……別に、ただ後悔だけはしたくないだけだ…」

あの日、あの時…中途半端な力しかなかった私は、あの強盗を殺すしかなかった。

いや、詩乃を殺そうとした奴に死を与えようとしか思っていなかったのかもしれない。

だからこそ、彼女を怖がらせてしまい、彼女の心に傷を与えてしまった。

もう、そんな後悔はしたくなどない。

「私も、戦うわ…」

「……やめておいた方がいい。そんな状態では、まともに戦うことは出来ないだろう。

　それに、本当に死ぬかもしれない「死んでもいい…」…なんだと？」

「どうせ、このままじゃあ私は乗り越えることもできない…。

　こんな、結局は張りぼての力で乗り越えようとしても、意味なんてないもの…」

シノンは何かを乗り越えようとしているのか？ だが、それができないなんてことは…。

「怯えて生きるのには、もう疲れたのよ…。1人で戦って、1人で死ぬ……それが、罪を犯した私の運命で、罰なのよ…」

疲れた、だと…？ 罪の代償、贖いとして死ぬ、だと……ふざけるな…。

「……巫山戯るな！」

「っ、なによ…」

私はシノンの腕を掴み、立ち上がらせた。

「……生きるのに疲れた？　罪の贖いに死ぬ？　巫山戯たことを抜かすな！

　それは今を必死に生きている人間や、生きたくても生きることの出来なかった人間への侮辱だ！」

「うっ…なら、どうしろっていうのよ！？　怖いのよ！

　死ぬのも、怯えながら生きるのも、好きな人の傍に…立つことが出来ないのも！全部、ぜん、ぶ…！」

“死への逃げ”を語ったシノンに思う言葉を放つと、彼女は必死になって言葉を返してきた。

なにが彼女をここまで追い立てるのか…。

「銃が怖くて、((相棒|ヘカート))でさえも怖くなっちゃって、もう戦えない！

　もう乗り越えることも出来ない！　そんな私に、何が出来るっていうのよ…！」

「それでも！　私はキミを守る！」

銃が怖い？ なら何故、シノンはこのGGOをやっていて、あんなにも銃に詳しいという。

だがいまは、それよりも彼女を…。

「…っ、それなら…私を、一生守ってよ！　ずっと、一生、永遠に、私を！」

シノンは私の腕を振り払い、私を壁に押しつけ、力の篭らない拳で胸板を叩いてきた。

彼女は涙を流している。

「何も知らないくせに！　私と違って強いくせに！　私にないものを持っているくせに！

　アンタに私の何が分かるっていうのよ！？」

「……そんなことは、ない！」

いまの彼女は、いままで心に溜め込んでいたものが溢れて止まらなくなっている。

なら私にできるのは、それを受け止めるだけだ。

「大切な人を撃って、その人に殺しまでさせた私の…この汚い手を、アンタは握れるの！？」

っ、まさか彼女がそこまでの闇を抱えているとは思わなかった。

だがそれでも、私の鮮血に濡れる手などよりかはマシだ。

私は、自身の汚い手で彼女の手を握ろうと思ったが…。

「無理なのよ、私の手を握るなんて！　誰にも、出来ない……ィを、人殺しさせた…」

「……え…？」

シノンはいま、なんと言った？ 誰に、殺しをさせた、と…。

涙と悲しみの表情に歪んだ彼女、その頬に流れる涙は、目尻にまた大きく溜まり…、

「私は…ケイに、景一に、人殺しをさせちゃった…。わたしの、せい、で…」

そう、告げた…。その言葉が耳に入ると、私の身体は勝手に動いていた。

「え…？」

驚くシノンの両手を右手で包み、左手で彼女の腰を抱き寄せ、胸と腕の中に収める。

銃を恐れる少女、彼女が恐れたのはあの時の『54式・((黒星|ヘイシン))』。

人を撃ってしまい、その人に殺しをさせてしまったという少女。

その恐怖を乗り越える為に、銃の世界のGGOに降り立ち、恐怖と孤独を相手に戦ってきた少女。

彼女の言う大切な人、好きな人の名は『ケイ』いや『景一』、その言葉の意味。

シノンという名前の少女……本名からもじったのであれば、彼女の名は恐らく『詩乃』。

私が心から想い、守ってあげたい少女の名は『朝田 詩乃』。

偶然か必然か……どうであれ、私のやるべきことは、((彼女|・・・))を守ること。

「……汚くなどない、綺麗な手だ。故に私は握ってみせよう。

　そして、キミが想う人の代わり…とは言えないが、こうしてキミの傍に居よう。

　シノン、キミが前に進める時まで…キミの想い人の代わりに全力でキミを守ろう」

「ぁ…あっ、あぁ、あぁぁぁっ…う、ぐすっ、ぁぁ…」

再び泣き出した彼女を、私はただ優しく抱き締めた。いまはゆっくり泣いてくれ、詩乃…。

しばしの間、涙を流す時間に使ったシノンは私の隣に座って肩に寄り掛かっている。

そして話し始めた、彼女の言うあの日の事件を…。

内容は知っているので、相槌を打ったりしながら、シノンの様子を案じた。

私を、景一を撃って、人を殺させてしまったと思っている彼女。

自分が情けなかった、詩乃にそんな思いをさせていたなんて、それも5年もの間も…。

だから私も、詩乃に明かしていなかったSAOでのことを話すことにした。

「……私は、人を殺したことがある」

静かに、それでも驚いた表情を見せるシノンに、私は言葉を続けた。

「……現実世界で1番大切な人を守るために殺して、SAOで仲間や謂れのない人々を守る為に、

　20人近い殺人者達を殺した…。キミは自分の手を汚いというが、私の手はそれ以上に穢れている…」

「ぁ……」

さらに続けた言葉を聞いた彼女は、自分のことをどう思うのか？

「……後悔をまったくしていないわけではない。それでも、前を見て進まなければならない」

「どうして、それを…乗り越えられるの…？」

その疑問も当然だろう。答えられるのはただ1つ。

「……私は乗り越えてなどいない。時には夢に出て、苦しむこともある。

　それでも、奪ってしまった命を背負って、生きていかなければならない。

　それが命を奪った者として、生きている者としての責任だから…。

　奪った命のことを、考えていけるように…」

「背負って、考えて、生きる…。でも、私は殺させてしまったから…」

「……キミは、そのことを話したのか？　キミが想う人に…」

そう問うてみると、ハッとしてから首を横に振った。

「……なら、話すのが一番いい」

「…うん」

小さく頷いた彼女、いまはこれでいい。ここで私が景一であると明かせば、色々なことが解決できるだろう。

だがそれでは詩乃もシノンも、真に乗り越える事が出来たとは言えない、だからいまは待とう…。

私も完全に落ち着いたことで心に余裕が出てきたので、死銃について話すことになった。

「ハジメ、貴方は死銃の正体に覚えがあるのよね…？」

「……3人には絞ってある。しかも内2人とは喋り方や雰囲気から違う。

　つまりは残る1人の奴が死銃の正体に当たる。

　それを確認して名前をつきとめなければ、現実世界で捕まえることが出来ないがな」

そう、最も高い可能性として挙げている『赤眼のザザ』。

奴が死銃の正体であることを完全につきとめることが目的だ。

「……奴はおそらく、自身がゲーム内からでも殺人を犯すことが出来ることを知らしめるのを目的としていると思う」

「でも、どうやってそんなことを。アミュスフィアでは、ナーヴギアみたいな電磁波が出せないって聞いてるけど…」

「……キリトが依頼者から聞いた話では、被害者2人の死因は脳損傷ではなく、心不全ということらしい」

「心、臓…」

怯えたように呟くシノン。無理もあるまい、本当にそんなことが出来るというのならば、私とて恐ろしく思う。

「……しかし妙な点も多い。あの廃墟で私を何故L115の方で撃ったのか？　黒星で撃てば、私も殺せたはずなのに…」

「十字を切れなかったからとか？　必ず十字を切るって決めてるとか、切らないと殺せないとか…」

「……私だけL115で撃ち、シノンには黒星で撃っていた。何か関係があるのか？」

「妙といえば、ダインも撃たなかったわよね？　私はてっきり撃つと思っていたけど…」

「……確かに。ゲーム内で殺せるのなら、死亡扱いのプレイヤーでもいいはずだな…」

「つまり、私とペイルライダーには共通の撃つ理由があって、ハジメとダインには撃つ理由がないってことなのかな…」

「……『ゼクシード』と『薄塩たらこ』も加えた、何かしらの共通点、か…」

話せども出てくるのは謎ばかりである。とにかく、しらみつぶしに考えるしかない。

強さやランキング…ペイルライダーは初参加で、ダインはシノンよりも強い程度らしい。

特定のイベント関連…ダインとはスコードロンが同じだったが、ペイルライダーが関わる要素がなかったとのこと。

ゼクシードとたらこには接点がなく、たらことは1,2回話しただけ。

装備は全員バラバラだからまずないな、ステータス…これも態々知ることなどないか。

「……シノン、たらことはどんな話しをしたんだ？」

「なんの賞品を貰うかってことよ、順位に応じて選択式で色んな物が貰えるの。

　銃や防具、珍しい髪色、服とかなんだけど、性能じゃなくて外見を重視したものばかり。

　あ、あとはモデルガンとかも…」

「……モデルガン？　リアルの？」

「うん、私はPTSDを克服するために…」

詩乃がそんなものを貰っていたとは驚いた…いや、確かにPTSDを乗り越える為の刺激剤としては有効かもしれない。

「……それは、アメリカにあるザスカーから送られてくるのか？」

「ええ、((国際郵便|ENS))でね」

「……プレイヤーの情報入力は…あぁ、総督府での大会エントリーの個人情報の入力で分かるのか。

　待てよ…？　シノン、前大会でダインとたらこ、ゼクシードがどんな賞品を貰ったか分かるか？」

「え、うん…。ダインはゲーム内装備の派手なジャケットで、たらこはモデルガンにするようなことを言ってたかな？

　ゼクシードは効率主義者だったみたいだから、外見重視のアイテムよりも優勝者の大きなライフルのモデルガンにしたのかも…」

少しだけ訝しみながらも答えてくれたシノン。おそらくこれが、死銃殺人の謎を解く鍵になるはずだ…。

ハジメSide Out

To be continued……