ミラーズウィザーズ第一章「私の鏡」17
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 そこは仄暗(ほのぐら)い場所だった。

 本来なら地下という立地を考えれば完全なる闇に包まれていてもおかしくはない。それなのに壁のあちらこちらが薄く青い光をまとって足下を照らしている。その視界を統べる青さは、まるで水の中にいるような気分にさせられるものだった。

 青き光の光源となっているのは、四方を囲む壁自体。それは透明感のある結晶鉱物で、手元に本当の灯りでもあれば、煌(きら)めきに揺れる水晶洞窟の幻想的な光景に目を奪われただろう。しかし残念ながら、その身一つで洞窟を下っている少女は手ぶらで、水晶自身が放つ淡い魔光を頼りに、暗い足下を怖々進めているのが実情である。

 エディは学園長が維持していると思(おぼ)しき結界内に事も無げに入ってしまった。

 もちろん、簡単だったとはいわない。触れただけで切れてしまいそうな細い糸を一本一本より分けるような作業、慎重に慎重を期さないと一瞬で警報結界が発動するそれがエディにも感じられた。

 しかし、実際こうして中に入れてしまている事実が、どこか奇妙に思えた。

「これ、どこまで続いているんだろ……」

 エディの呟きに返事をする者はいない。ただ、冷たい空気が足下を流れ過ぎるだけで、物音一つない固い気配に満ちていた。

 結界の内部で洞窟の入り口を見付けたエディ。明らかにあの結界はこの洞窟に対して張られていたものだった。好奇心から虚無の闇にも見える洞窟に入ったものの、明らかに普通ではない窟内の様子に身が退けていた。

 このような洞穴にいてもおかしくない蝙蝠(こうもり)の姿もなく、足下で蠢(うごめ)くはずの虫の気配もない。まるで時間が止まったような静かな闇と、見る者を蠱惑(こわく)する青い光が触れてはいけない禁忌の雰囲気を醸し出す。

 それなのにエディの思考から、踵(きびす)を返して引き戻すという選択肢がすっぽりと考えから抜け落ちて、人工窟とも自然窟ともとれる地下道を何かに引き寄せられるように下へと下へと進んでいた。

「この光ってるの、魔石の類(たぐい)だよね……。こんなに大きな魔石がこんなにいっぱい……」

 人工、自然を問わず幽星気(エーテル)の含有率が高い石を魔石と呼ぶが、洞穴の壁面が一面魔石だなんて、エディは信じられなかった。しかし肌に感じる魔力の圧力は本物で、全身の毛が逆立つような震えに襲われる。並の者なら一時間と保たずに魔力に当てられるだろう。息をする度に肺に重く何かがのし掛かる。

 そんな異常がまかり通る洞窟が、人知れず存在するなんて考えにくい。それも毎日人が生活する身近な場所では尚更だ。明らかにこの洞窟は、学園長が関係する魔法施設のように感じられた。

 さまざまな疑問が浮かぶのに、エディの足は止まらない。止まるどころか、魔石水晶の輝きがエディを導き、更に推し進めるのだ。それはまるでこの邂逅が運命であったかのように力強く、はっきりとした意志を感じさせる。

 エディの内心は疑心と不安ばかりが渦巻いていた。結界に侵入しようとしたときの功名心など、とっくに霧散している。

 いや、後から考えればその「功名心」すら彼女によってもたらされた外因的感情だったのかもしれない。

 魔女に『魅了(チャーム)』の魔法は付き物だ。きっと自分も『魔女の秘術(ウィッチクラフト)』によって支配されていたのだろう、とエディは思い返すことになる。しかし今は青玉(サファイア)のように蒼く深い空気に包まれた洞窟を先へと進むだけであった。

 どこもかしこも透き通った魔石の壁。人が通る為に整備されているわけでもない悪い足場を無理に進み続ける。エディはどれほど歩いたのかもわからず、水晶に映る自分の姿を見付けては、それに吸い寄せられて歩みを進めるようであった。その力無い歩みは端から見れば頼りないもの。そう、それは夢遊(むゆう)に似て、エディ自身にも現実感がない世界。エディは完全に青き魔力の世界に酔ってしまっていた。

 その頃になって、エディはようやくある噂話を思い出していた。魔力に当てられた意識が、薄れた拙(つたな)い思考で必死にどんな話だったかを思い出す。普段は気にもしない噂話を懸命に頭に巡らせる。

「たしか……、聖騎士バストロが何かって……」

 どうして洞窟に入る前にその噂話が思い当たらなかったのだろう。魔女とは『忘却(アムネジア)』の魔法も操ってみせたのか、それはわからない。ただ少女は自分の迂闊(うかつ)さを呪う他ない。

 魔女ファルキンの伝説。それはどんな田舎の子供であっても知っているような世界中に轟(とどろ)く伝承。史実にある人喰いの魔女。破壊の権化(ごんげ)として教会を滅ぼした不老不死の災厄。三百年前に討滅された伝説の魔女の話は、世界各地で尾ひれが付いて千差万別の噂話が流れるようになった。

 このバストロ魔法学園にも馬鹿げた噂話がある。三百年前にその名の由来となった聖騎士バストロによって討滅されたはずの魔女ファルキンは死んでおらず、このバストロ魔法学園のどこかに封印されている。そんなどこにでもありそうな幼稚な噂話、誰が本気で信じよう。エディだってそんな与太話を信じたわけではない。第一、直前までその噂話を忘れていたぐらいだ。

 少女は見付けてしまう。

 青く光る水晶の中、一糸まとわぬ女性の肢体が沈んでいた。まるで魔石の水晶に漂うように埋め込まれた女性。背は低く、エディと同じぐらいしかない。それなのに見事な銀髪は足下まで届きそうなほど長く乱れている。

 同じなのは身長だけではない。その高いとはいえない鼻筋、見覚えがある。その笑いもしない口元、見覚えがある。青水晶の中でゆっくりと開けられたエディと全く同じ金色(こんじき)の瞳が少女を捕らえた。

 見覚えがあるはずだ。水晶の壁に閉じ込められていた女性はエディと瓜二つの顔をしていた。鏡で左右逆に映る自分の顔しか知らないエディでも、自分と同じだと思うぐらいだ。端から見れば何から何まで同じ顔が向かい合っている様子は不可思議としか言いようがない。

「あ、……あああぁぁっ!」

 エディの声にならない声に、水晶に沈む女性の口元は僅かに歪めてみせる。

 同じ、全く同じ。目の前に自分がいる。自分が目を開ける。

 幽星気(エーテル)が荒れていた。目の前の自分が動くと、幽星気(エーテル)に満ちた洞窟が嵐のように荒れ狂う。

 曰く、自分自身(ドッペルゲンガー)に会った者は死ぬ。

 目の前の自分が何者なのか、エディは不思議と知っていた。なぜかしらそのことだけは事実と確信出来た。この自分自身(ドッペルゲンガー)こそ、死を振りまく伝説の彼女であると。

 低俗な与太話だと思っていた噂は真実だった。

 彼女は稀代の魔法使い(ウィザード)。最凶の魔女(ウィッチ)にして、世上を屠(ほふ)る悪女(ヴィクセン)、理を弄(ろう)する妖女(ハガル)、妖冥降魔の夜女(リリス)として秘儀(ルーン)を紡ぎ呪言(スペル)を奏でる者。我らが魔術(マジック)の祖にある人喰いの魔人(モンスター)、欧州に魔女戦争をもたらした災厄『ユーシーズ・ファルキシ』その人だった。

説明
魔法使いとなるべく魔法学園に通う少女エディの物語。
その第一章の17
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コメント
どもども。読んで頂いてありがとうございます。やっと第一章が終わりました。こんなにダラダラ長いの誰が読んでくれるんだ、って感じです。(柳よしのり)
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