俺達の彼女がこんなにツインテールなわけがない トリプルデート
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俺達の彼女がこんなにツインテールなわけがない トリプルデート

 

 

 高校生活も2年目も終わりが見えてきた12月序盤の土曜日夜8時。

 ウチこと島田美波(しまだ みなみ)は自室に篭りながら一大決心を固めていた。

「よしっ! 明日こそはアキをデートに誘って告白するんだからぁっ!」

 右拳をグッと握り締めながら決意を誓う。

 

 幼い頃にドイツに渡ってずっと向こうで暮らし、日本に戻って来たのは中学卒業の頃。

 慣れない日本の高校で言葉さえも分からずに戸惑っていたウチに最初に優しくしてくれたのはアキこと吉井明久(よしい あきひさ)だった。

 アキのおかげでウチは学校生活にも馴染み坂本や木下、土屋といった友達も得られた。恋のライバルではあるけれど大の親友でもある瑞希と仲良くなれたのもアキのおかげ。

「ウチの本当の気持ち、今度こそちゃんと知ってもらうんだから」

 アキのおかげで日本で暮らし始めてからのこの2年間を楽しく過ごすことができた。

 そしてウチは今アキに恋している。アキはウチにとって特別な男の子。世界でただ1人の少年。そんな大切な存在。

 

 きっかけはよく覚えていない。日本での生活はいつもアキと共にあったから。アキ中心の生活だったから空気みたいに馴染んでいた。

 多分その中に好きって気持ちはずっとあったのだと思う。

 でも、それがハッキリとした形になったのは、2年生になってアキと初めてキスをしてその後のゴタゴタを通じて自分の気持ちと正面から向き合った時からだった。

 

『これがウチの気持ち……だから』

 

 ファーストキスはウチが勘違いしてしまったもの。その後にアキの恋心がウチに向いてないことを知った時は大きなショックだった。

 だけどその後、アキがウチを本当に大切に想ってくれていることを知った。それでウチはアキが大好きで堪らないことに気付いた。それからはもう一直線だった。

 そしてそれから半年。ウチなりに一生懸命アピールは続けてきた。でも、アキはウチの想いに気付いてくれない。まるでラノベの主人公みたいな劇鈍さを発揮してくれている。

 だからウチは決心せざるを得なかった。ウチの方から愛をストレートに告白するしかないって。

 

「勇気を振り絞るのよ。島田美波っ!」

 ドキドキしながら携帯電話のボタンを操作する。掛ける相手は勿論アキ。デートの約束を取り付ける為の電話だった。

「みょっ、もしもし」

 ……いきなり舌を噛んでしまった。恥ずかしくて軽く死にたい。

『こんばんは、美波。週末の夜に電話掛けてくるなんて珍しいね。どうかしたの?』

「あのさ、アキ……」

 ウチのドキドキが収まらない内に電話は繋がってしまった。緊張を隠し平静を装いながら話を切り出す。余計な話をして脱線しないように直球勝負で。

「明日、ウチとデー……一緒に遊びに行かない?」

 心の中でウチのバカァ〜〜っと嘆く。デートという単語1つさえ恥ずかしくて使えない自分が恨めしい。何の為に決意を固めたのやら分からない。

『えっと。あの。明日は1日中出かける予定がもう入っちゃってるんだけど……』

「あっ、そうなの……」

 ……しかもあっさりと断りの返事。何なの、この悲しみの連鎖は?

「まっ、まあ、大した用事じゃないから。先約を優先しなさいよ」

 ウチにできるのは自分が傷付いてないように空威張りして振舞うことだけだった。

『うん。せっかく誘ってくれたのに、なんかゴメンね』

「だからいいって言ってるでしょ。じゃあ、ウチは他を誘うから電話切るわよ。日曜だからってはしゃぎ過ぎるんじゃないわよ」

 赤いボタンを押して通話を切る。

 携帯が切れると共に緊張も湧いていた力もプッツリと絶えてしまった。

 

「あ〜何なのよ〜〜っ! せっかくウチが勇気を振り絞ったのにぃ〜〜っ!!」

 ベッドの上にダイブしてゴロゴロと転がり回る。勇気を費やしたエネルギーが今は報われなかった悲しさと恥ずかしさに変わってしまっていた。

「アキの奴〜〜っ! 予定って一体何なのよ〜〜〜〜っ!?」

 恥ずかしさは怒りへと転化された。

「どうせ坂本や土屋と遊びに行くんでしょうっ! 男同士で遊んでないでウチとデートしなさいってのよぉ〜〜っ!!」

 アキは男女交際よりも男同士で遊んでいる方が楽しいという子どもっぽいタイプ。

 坂本や土屋という男友達に負けたという事実はウチの苛立ちを押し上げる。

「そりゃあ瑞希や木下さんとデートされるよりはましだけどさあ」

 最悪な事態でないことにほんの少しだけ安堵する。でも、それだけじゃやっぱり納得できなくて。

「ああ〜〜っ! モヤモヤするぅ〜〜っ!!」

 ウチはベッドで長時間転がり続けて夜更かしすることになった。

 

 

 翌日の目覚めは玄関のチャイムによってだった。ピンポンピンポンうるさい音が脳内に鳴り響く。

「誰よぉ〜。日曜日のこんな朝っぱらからぁ……っ」

 フラフラしながら玄関へと向かう。

 起きたばっかりで髪もボサボサ、服装はパジャマ姿。本来は乙女が人前に出る姿じゃない。

でも、両親は昨日から出かけている筈で後はうちには妹しかいない。だからウチが出るしかなかった。

「うん?」

 玄関前に到着すると、外出用のおめかしをした妹がドアを開ける場面に遭遇した。

「へっ? 葉月?」

 葉月は赤い可愛いコートに身を包み、髪留めがいつもよりお洒落な葉っぱ模様。クリスマスを連想させるよそ行きの出で立ち。

 ということ、チャイムを鳴らしているのは一緒に遊びに行くお友達だろうか?

 いや、この気合の入り方。もしかして……男の子だったりするのかも♪

「フッ。さすがはウチの妹だけはあるわね」

 葉月はウチの妹だけあって男の子から人気がある。まったく、まだ小学生なのに葉月も隅に置けないわね♪

 そして妹は扉を全開にして人物を迎え入れた。

 

「バカなお兄ちゃん。いらっしゃいなのです〜♪」

 妹は扉の向こう側の人物を見てパッと顔を輝かせた。

 えっ? 今、バカなお兄ちゃんって。それって……アキのことっ!?

「やあ、葉月ちゃん。約束通り迎えに来たよ」

 玄関内部に現れたのは予想通りにアキ。普段着ているコートとは違うベージュのジャケットでちょっと格好良い♪

 じゃなくてっ!!

「なっ、なな。何でっ!?」

 アキを指差しながら驚く。ウチのデートの誘いを先約があるからと断った男が何故うちにっ!?

 

「やあ、おはよう。美波♪」

 爽やかな笑顔。思わず見惚れてしまうぐらい。

「おっ、おはよう」

 右手をちょっと上げて挨拶を返す。そして返してから気付く。自分が酷い格好をしていることに。

「あ〜〜〜〜っ!!」

 思わず大声を上げてしまう。

「えっと、それは、アマゾンの奥地に今も住んでいるというアマゾネスが戦いの際に上げるという雄叫び?」

「そっ、そうじゃなくて……」

 首を思い切り捻って肩につけるアキ。ウチが何に驚いているのかまるで理解していないらしい。

 つまり、寝起きスタイルのウチの今の姿をおかしく思っていないということ。

 変に思われなかったことを喜ぶべきなのか。それとも恥ずかしいとさえ思ってくれない眼中のなさぶりを嘆くべきなのか。

 ……まあ、今はウチの服装の話よりも重要なことがある。

 

「何でアキが日曜日の朝にうちに来てるのよ?」

「ああ。それなら……」

 アキは葉月を見る。妹はアキに向かって微笑み掛けた。

「バカなお兄ちゃんは葉月と大人のデートをする為にここまで迎えにきてくれたのです〜♪」

 アキの代わりに事情を楽しそうに話してくれたのは妹だった。

「大人の……デート?」

 その単語にウチの心は激しくかき乱された。

「ひぃいいいいいいいいいぃっ!? ごっ、誤解だからねっ!」

 アキがウチを見ながら生まれたばかりの小鹿のようにプルプル震えている。

「お姉ちゃん。おはようなのです〜♪」

 今頃になってウチに挨拶する葉月。

「うん。おはよう、葉月。でも今はアキの体中の骨を砕くかどうか決めないといけない大事な時だからちょっと待っててね♪」

 天真爛漫な笑顔を見せる妹に笑顔で答えて返す。

 

「さて、アキ。遺書はもう準備した? 唯一の全財産であるエロ本の形見分けは済んだ?」

「死ぬのが前提なのっ!?」

 ウチを見ながら涙を浮かべて怯えるアキ。でも、本当に泣きたいのはウチの方。

「葉月と大人のデートをするってどういうこと? 葉月はまだ小学5年生なのよ」

 ウチ以外の女とデートする為にウチの誘いを断ったなんて。しかもデートの相手がまだ幼い妹だなんて許せない。アキはウチをお義姉さんって呼びたいわけ!?

「いやいやいやっ! 僕はただ、葉月ちゃんが社会見学の宿題で上野に連れて行って欲しいから連れて行くだけのことで。ひぃいいいいいいいぃっ!?!?」

 怯えるアキから視線を妹へと向ける。

「アキはああ言っているんだけど?」

「表向きの口実はそうですが、実際には葉月とバカなお兄ちゃんの大人のデートなのです♪ 2人は既にラブラブなのです♪」

 妹はニッコリと微笑んだ。

「妹はこう言ってるんだけど?」

 般若。鬼神。殺戮者。そんな単語が心に思い浮かんでくる。

「ひぃいいいいいいぃっ!? こっ、殺さないでぇ〜〜っ!!」

「アキが何を言っているのかウチにはまるで分からないわ。ドイツ語で喋ってくれる?」

「無理だから! ドイツ語なんてバームクーヘンしか知らないよぉ〜〜っ!」

 拳を握り締める。これを振り下ろせばアキの言っていることも分かるかも知れない。死とは何か。理解できるかも。

「だっ、だって、葉月ちゃんは今日のお出かけについて美波に許可をもらっているって! 美波が行けないから代わりに僕が行くことになったんだよ!」

 妹を見る。

「ウチ、そんな話は聞いてないわよ」

「お姉ちゃんが眠っている間にちゃんと耳元で囁いて報告したのです♪」

 葉月は笑顔。微塵も悪気を感じていない。

「えっと、だったら美波も一緒に3人で上野に行くというのはどうかな? そ、それなら、ほら、美波も安心でしょ……」

 アキが冷や汗ダラダラで提案してきた。悪くはない提案。けれど、首を横に振ったのは妹だった。

「バカなお兄ちゃん。保護者同伴ではデートにならないのです。若い2人きりで行くです」

「ふ〜ん。そうなんだあ。………………アキ、死んでね♪」

 ニッコリと笑って判決を下す。

 

「何で僕がぁあああああああああぁっ!?」

 アキは絶叫しながらスクワットでもしているように体を激しく上下動させて震えている。

「だって、アキが葉月をたぶらかしたんでしょ? そうに決まっているわよね」

「そうなのです。葉月はバカなお兄ちゃんの大人の魅力にメロメロなのです♪」

 頬を染めて見せる葉月はどこまでも楽しそうな姿勢を崩さない。そしてアキへの絶対的な信頼と愛情を崩さない。

「うん。証言は取れたわ。死んで♪」

 アキを殺して妹をHENTAIの毒牙から守らなくちゃ。決して私怨ではない。これは正義の執行なのよっ!

「はっ、葉月ちゃんっ! 急いで逃げようっ!」

 アキが葉月の手を取って駆け出す。アキに手を握ってもらえるなんて羨ましいっ!

 じゃなくて、大事な妹の手を握って逃げるなんてアキの奴、許せないっ!

「愛の逃避行なのですね♪ 葉月はバカなお兄ちゃんに一生付いて行くのですよ♪ 2人で世界の果てまで逃げるのです」

「そうじゃなくてっ! あの武神から逃げないと僕たちがとっても危険なんだよ〜っ!」

 アキは妹を連れたまま外へと出て行ってしまう。今日も逃げ足だけは速かった。

「待ちなさいっ!」

 ウチも急いで追いかけようと思った。けれど、パジャマでボサボサ髪のままではさすがに外に出られない。

「それじゃあ、上野に愛の逃避行なのです。葉月の宿題は明日までに提出しないといけないのです♪」

「分かった。葉月ちゃんの宿題も大事だから上野へ逃げよう」

 2人は上野に逃亡するという情報を口にしてウチの視界から消えていった。

「アキと葉月がデートだなんて……絶対に認めないんだからぁ〜〜〜〜っ!!」

 今日の予定はこうして決まったのだった。

 

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 ウチは着替え直してから妹とアキを追って上野へと向かった。

 幸いにして2人はすぐにみつかった。堂々と駅前を歩いている所を発見。それでこっそりと尾行しながら2人に付いていくことにした。

「ウチは葉月の姉。ゆえに、デートを監視して場合によっては粛清を施す正当な権限を有しているわよね」

 自分を納得させながら首を縦に振る。

 葉月がアキに変なことした瞬間、じゃなくてアキが妹に不埒な真似をした瞬間に取り押さえられるように。決して、デートが羨ましくてこっそり見ているわけじゃない。

 さて、そのアキたちだけど、西郷とかいう太ったおじさんの銅像の前にいる所で金髪ツインテールのウチと同世代の少女に声を掛けられるという不思議な展開を迎えていた。

 

『よろしければ、私たちと一緒にトリプルデートしましょう」

 

 那須原とかいうその少女はアキたちにトリプルデートを申し込んできた。

 那須原の後ろには物腰柔らかそうな少年。更にその隣には背の高い地味顔の男と、小学生だか中学生だか分からない小柄な少女。

 どうやら那須原たちはダブルデートの最中らしい。そこにアキと葉月が加わってトリプルデート。なるほど。って、トリプル……デート!?!?

 アキと葉月がデートであることが公式化しちゃうじゃないのよぉ〜〜っ!

 

『ぐぬぬぬぬぬ! お兄ちゃんと那須原さんが見せ付けるようにトリプルデートするなんて絶対にダメですっ!』

『アキと葉月のデートなんて、ファーストキスの相手として姉として絶対に許せないわっ!』

『世のヤンデレが何故恐れられているのかお兄さんと加奈子は身をもって知るしかないようですねっ!』

 

 ウチは立ち上がる。この世の不正義を糾弾する為に。

 

『『『このデート絶対に潰すっ!!』』』

 

 そして初めて気が付いた。自分の両隣に怒りの炎を両目に宿した2人の少女が立っていることに。

 ウチら3人の目が合う。

「もしかして……」

 言葉にせずとも分かる。ウチらは同じなんだって。同志なんだって。

「ということはお姉さんたちも……」

 モデルと言っても通用する髪の長い美少女が驚きながら言葉を続ける。

「このトリプルデートに不満がある、と」

 同じように長い黒髪の美少女だけどちょっと可愛い系の少女が言葉を締め括った。

「どうやらウチらの目的は同じみたいね」

 ウチが右手をスッと出す。

「はい。お兄さんのデート。断固阻止です」

「お兄ちゃんがベタベタして良い女の子は本妹の私だけなんですっ!」

 2人の右手がウチの手の上に重なっていく。会ったばかりだけど、ウチらは同志だった。深い所で繋がっている。それが本能的に理解できた。

 

 早速自己紹介が始まった。先頭バッターはウチ。

「ウチは島田美波。文月高校2年生よ。今はあのバカそうに見える、実際すごいバカの吉井明久とウチの妹の葉月のデー…お出かけを追尾中なの」

 デートという言葉がどうしても認められず言葉を変えて報告した。

 自己紹介を終えてモデル級美少女へと順番を渡す。

「わたしは新垣あやせと申します。千葉市の私立に通う中学3年生です。現在は、あの地味顔の高坂京介さんと泥棒猫来栖加奈子のデー…密会を追っています」

 モデル少女あやせが悔しげな表情で頭を下げた。3人の中で一番背は高く、大人びた雰囲気を出している彼女だけれど実は一番年下であるらしい。

「私は姫小路秋子(ひめのこうじ あきこ)です。ミッション系スクールに通う高校2年生です。今、双子のお兄ちゃんであり最愛の人でもある姫小路秋人と那須原アナスタシアさんのデー…拉致現場を追っている所です。ぐぬぬぬぬぬ」

 秋子は顔を声を発しながら憤っている。

 実の兄に恋をする。……三者三様、色々な恋模様があるらしい。

 

 簡単な自己紹介が終わった所であやせがおそるおそる手を挙げた。

「あの、島田さんは、あちらの男性が妹さんをデートに連れ出したことに腹を立てているのですよね? 可愛い妹さんを守るために」

 あやせからの質問。それはウチの胸にグサッと突き刺さるものだった。

「そっ。そりゃあそうよ。妹はまだ11歳なのに、デートに連れ出すなんて……。アキの奴、絶対に許さないんだから!」

 葉月が羨ましいとか妬ましいとかそういう感情はこの際なかったことにしておく。だって、妹を恋のライバル視しているなんて言ったら恥ずかしすぎる。

「それに、あのアキって男は……ウチのファーストキスの相手なんだから」

 あやせから顔を背けながらアキとの関係の一端を告白する。

「それじゃあ、あの男の人は美波さんの恋人なんですね」

「へっ?」

 ポンッと手を叩く秋子の一言に心臓が飛び上がりそうになる。

 

「えっと……ウチとアキの関係は、その、なに? 簡単には言い表せない複雑なものなんだけど。恋人ですかと尋ねられたら……否定できない何かを含んでいるわよね」

 自分でもよく分からない返答。でも、アキとの関係を否定するのは何か嫌だった。

「美波さんという恋人がいながら、その妹さん、しかも幼い子とデートだなんて。あの吉井って男の人。とんでもないプレイボーイなんですね。ぐぬぬぬぬぬ」

「しかも、狙っている妹さんは小学生だなんて。ロリコン赦すまじですっ!」

 2人ともアキに対して憤っていた。だけど、その様子を見てウチは逆にちょっと気後れしてしまう。ウチとアキが付き合っているというのは嘘だから。そうなって欲しいという願望に過ぎない。

「で、でも。2人のデートを邪魔したら……ウチがアキに嫌われちゃうかも知れないし」

 アキにはお仕置きしないといけない。でも、それでアキに嫌われてしまうのは嫌。乙女心は複雑なのだ。

「島田さんは、浮気されてもあの吉井という男性が好きなのですね」

「その気持ち分かります分かります。分かっちゃいますよぉ〜」

 2人はウチに同調の意を示してくれる。それは、心苦しくもありがたいことだった。

「なら、妹さんと浮気男のデートは私が代わりに潰しますっ!」

 大きく右手を挙げて名乗り出たのは秋子。その瞳は決意に満ちていた。

「で、でも……」

「大丈夫。私とお兄ちゃんの恋を邪魔するお邪魔虫の中にはありさちゃんというあなたの妹さんと同じ年齢ぐらいの子がいます。対処法ならバッチリです!」

 自信満々に答えてみせる秋子。頼れるオーラを醸し出している。

「じゃあ、お願いしよう…かな」

 ウチ自身がアキと葉月のデートを潰せない以上、秋子に任せるしかない。

「頼むわね、秋子」

「お任せあれですっ!」

 秋子は力強く頷いてみせた。

 

「でも、そうなると私はお兄ちゃんと那須原さんのデートを潰している余裕がなくなりますね」

 一転、秋子はちょっと困ったように思案顔を見せた。

「その那須原さんという方はどういう方なのですか? 先日、ほんの少しお会いする機会があったのですがまだよく知らない方ですので」

 あやせが右手を小さく上げて質問する。

「そうですね。お兄ちゃんと喋っているとよくハレンチな話をしますね」

「ハレンチ?」

 あやせの表情が急に険しくなった。

「そうです。那須原さんはとってもハレンチで淫乱な妄想ばかりしている人です。お兄ちゃんをエッチなトークで誘惑するんです。ぐぬぬぬぬぬ」

 秋子は悔しそうに歯噛みした。

「分かりました。那須原さんのデートはわたしが阻止します」

 あやせは力強く頷いてみせた。

「あやせちゃん?」

「ハレンチは……わたしにとって最も許せない敵です。だから、秋子お姉さんのお兄さんはわたしが守ります」

 強い決意を瞳に灯すあやせ。

「それでは……お願いしますね」

 秋子は安心したように笑ったみせた。

 

「じゃあ、ウチは高坂って男と加奈子って女のデートを止めることになるわね。あの2人の情報を頂戴」

 身長差カップルを見ながらあやせに尋ねる。

「お兄さんは……京介さんは……以前、わたしにプロポーズしてくださったんです」

 あやせの声は震えていた。

「えっ? プロポーズ〜〜っ!?」

 中学生の口からすごい言葉が飛て口を半開きにして驚く。ウチはもう結婚できる年齢だけど、プロポーズなんて当然されたことない。大人っぽいとは思っていたけど……やるわね、この美少女中学生。

「はい。ですがわたしはまだ中学生なのでお受けできませんでした。でも、お兄さんは真剣にわたしとの将来を考えてくれているのだと思って嬉しかったんです。なのに……」

 あやせは今にも泣き出してしまいそうだった。右手で両目を押さえて涙が出そうになるのを必死で抑えている。

「そっか。あやせも男に思わせぶりな態度を取られて舞い上がっちゃったんだね」

 かつての自分を思い出しながらあやせの肩に手を置く。

「ウチも昔似たようなことがあったからさ。完全とは言わなくても、その辛さ分かるよ」

 あやせの顔を覗き込む。

「でもさ。そんな酷い男なのに諦められないんだよね」

「はい……。わたし、お兄さんのことが好きなんです。諦めるなんてできません」

「うん。分かった」

 あやせの頭を撫でる。

 まだ知り合ったばかりだけど、この子がウチよりもしっかりしているのは分かった。

 そんなあやせが心をかき乱されてしまう存在。プロポーズしておきながら他の女をデートに誘うような男だから相当に困った人物なのだろう。

 でも、それでも好きになってしまうのが恋というものなのかも知れない。理屈で割り切れないから恋なのだ。ウチが経験しているのもそんな恋だし。

 だから、だから……。

「高坂と加奈子のデートを封じるのはウチに任せて」

「はい。お願いします」

 涙を拭いて頷くあやせ。

 こうしてウチら3人はそれぞれ撃退目標を定めたのだった。

 

 

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「バカなお兄ちゃん。早く早くこっちに来るのです。美術館は待ってくれないのですよ」

「待ってよ、葉月ちゃん。その、どうせなら……動物園行かない?」

「今時の小学5年生は動物園に行ったなんてお子ちゃまなレポートを提出するのは許されないのです」

「最近の小学生は大変なんだなあ」

 トリプルデートが始まって約30分が過ぎました。

 現在3組のカップルは別々に行動しています。私はその内の1組を追って美術館前に張り込んでいます。

お昼ごはんを一緒に食べるまでのこの約1時間、絶好の襲撃機会到来です。デートを粉砕するまたとないチャンスです。

 でも、私こと姫小路秋子は現状に戸惑っていました。

 

「島田さんには大見得切ってしまいましたけど……本当にデートを邪魔して良いんでしょうか?」

 大きく首を傾げながら2人を眺めてしまいます。

 今までお兄ちゃんに近付こうとする泥棒猫の妨害を行ってきたことは数々ありました。

 でも、お兄ちゃん以外のデートを妨害するのは初めてです。

 果たして、そんなことが倫理的に許されるのでしょうか?

 急に不安になってきました。

「私は、どうしたら……」

 島田さんの苦しみは本物でした。姉だけでなく幼い妹まで手に入れようとしている浮気者かつロリコンは人間として許せません。

「バカなお兄ちゃ〜ん♪ 早く早くなのですよ〜♪」

 けれど、妹さんが心から楽しそうにしている姿を見ると決心が鈍ります。

「はぁはぁ。そんなにすばしっこく動き回られると……僕の体力が続かないよぉ」

 そして、特に危険はなさそうな吉井という男性も放っておいても良いのでは。そんな気分になってきます。

 でも、何もしないでいるのは島田さんを裏切ることになってしまいます。八方塞になって私が途方に暮れていたその時でした。

 

 妹さんたちの近くに1組のカップルが歩いてきました。

 ごく普通の顔をした私と同世代の少年。輝くお凸が特徴で小学生のようにも見える小柄であまり凸凹のない体つきのツインテール少女のペアです。

 女の子の方は唇を尖らせて不服そうな表情を浮かべています。

「まったく。貴重な休日をどうして富樫勇太と付き合わなければならないのデスか……」

「俺たちにデートするように命じたのは凸守のお父さんだろう。わざわざ東京行きの飛行機のチケットまで渡してさ」

 男性の方もブツブツと不平を述べています。何であの2人、お互いに不平不満を述べながらデートしているのでしょうね?

「まあ、お前が日本一可愛い凸守とデートしたいと泣いて頼むから引き受けてやったのデス。ありがたく思えなのデス」

「泣いて頼んでなんかないっての。今にも泣きそうな表情をしながら俺に頼んできたのは凸守の方だろ」

「情報を捏造するなデス!」

「それはこっちの台詞だ!」

 ブツブツと文句を言いながらも並んで歩くのをやめない2人。仲が良いのか悪いのかよく分かりません。

「フン。ちゃんとエスコートしやがったら、手ぐらい握ってやっても良いのデスよ」

「へいへい。その寛大な御心に感謝させてもらいますよ」

 そっと寄り添う2人。何となくあの2人……馬が合っているように見えなくもありません。もしかすると照れ隠ししているだけなのでしょうかね?

 その時でした。

 

「あの泥棒猫……わたしのお兄ちゃんを誘惑して東京まで連れ出すなんて許せない……っ」

 兄に手を出そうとする女を許すことができない健気な妹の波動を感じ取りました。

 即ち私がいつも発している小宇宙(コスモ)です。

 振り向くと、木陰の中にありさちゃんと同年代のショートカットの可愛い女の子がエイト・センシズに目覚めているのが見えました。

 お凸少女のデートを見てジェラスを極限まで燃え上がらせているのです。

「あの子も……お兄ちゃんを愛する妹なんですね」

 私と同じ存在をみつけて心が熱くなります。だってあの子は……兄と妹はどんな障害をも乗り越えて結ばれるべきという究極の愛に目覚めているのですから。

「我・愛・妹。それがわたしとお兄ちゃんが共有するたったひとつの正義のはず。それを破ることは許されないんだよ!」

 妹さんは怒りを篭めた視線で黒くて大きな剣を右手1本で平突きに構えます。そして──

「お兄ちゃんたちの全てを否定してあげる!」

 稲妻よりも速く鋭い突進を2人に向かって仕掛けたのでした。

「悪・即・斬っ!!」

「なっ!? 樟葉が何でここにっ!?」

「そんなこと暢気に尋ねている場合ではないのデスっ! さっさと逃げないと殺されるのデスよっ!?」

 妹さんの突撃に2人は本気で驚いています。

「わっ、分かった。一緒に逃げるぞ」

 少年が女の子の手を握ります。それは無意識の行動なのかも知れません。だけど、ごく当たり前のようにして少年は女の子の手を取ったのでした。

「…………うん。なのデス」

 女の子は顔を真っ赤にしながら少年と共に走り始めました。その手を放さないままに。

 壮大、というか壮絶に始まった追いかけっこ。命を賭けたその鬼ごっこを見ながら私はエールを贈ったのです。

「頑張れ……妹さん。本懐を遂げてくださいね♪」

 そう。やっぱりこの世で最も崇高なのは血の繋がった兄と妹の恋愛なんです。

 出会ったばかりの男女の急造カップルとは歴史の長さと重みが違うんです。

 お兄さんと泥棒猫を追う妹さんの姿を見て私の中にも闘志が漲ってきます。今なら私は黄金聖闘士(ゴールドセイント)の領域までコスモが達しているような気がします。

「よしっ! 私も頑張っちゃいますよぉ〜〜っ!」

 私は島田さんの妹さんと吉井という人を別れさせる決意を固めたのでした。

 

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 葉月ちゃんとのデートは最初から波乱含みだった。というか、高校生が小学生とデートしている時点で問題が起きない筈がない。

 美波の逆鱗に触れてしまったのも当然と言えば当然の話だった。

 僕はいつ警察に捕まってペド撲滅法を適用されて死刑にされてもおかしくない存在になってしまっている。

 葉月ちゃんの宿題を手伝っているだけなのに何でこんなことに……。

 そして今、僕たちの前に新たなる難敵が現れたのだった。

 

「幼い女の子と付き合うのは男性として許されないことだと思いますっ!」

 突如やってきた髪の長い知らない女の子が僕たちに向かってそう告げてきた。

「ぐぬぬぬぬぬぬぬっ!」

 可愛い顔をした女の子は何故か知らないけれど激しい威嚇の表情を見せている。

 まだ高校生ぐらいにしか見えないけれど、もしかするとペド撲滅担当捜査員なのか!?

「綺麗なお姉ちゃんは誰なのですか? 葉月は、島田葉月と言いますです。こっちはバカなお兄ちゃんなのです」

 葉月ちゃんはそんな彼女の表情の険しさを気にすることなく丁寧に頭を下げた。さすが大物は違う。

 けど、初めて会う人に対してバカなお兄ちゃんって説明するのはどうかなあ?

 僕がおバカな人間だって誤った先入観を与えてしまうかも知れない。僕はこんなにもお利口な人間だって言うのにさ。

「これはこれはご丁寧にどうも。葉月ちゃんと見るからにバカなお兄さんですね」

「見るからにってバカの格上げされたぁ〜〜っ!?」

 また誤った第一印象を持たれてしまった。

「ご挨拶が遅れました。私、姫小路秋子って言います。以降お見知りおきをお願いします」

 姫小路さんは丁寧に頭を下げた。随分と礼儀正しい子であるらしい。先入観は酷いけど。

 うん?

 そう言えば、金髪の那須原さんの彼氏の名前が姫小路くんだったような気が?

「それで、綺麗なお姉ちゃんはラブラブ大人カップルな葉月たちに一体何のご用なのですか?」

 僕が疑問を口にする前にする前に葉月ちゃんは話を進めてしまう。

 一方で姫小路さんは再び僕に対して威嚇の表情を見せた。

 

「見るからにバカなお兄さんのしていることはペド撲滅法に引っ掛かりますよ。裁判なしの死刑、または去勢が執行される可能性があります」

 姫小路さんが鋭く僕を睨んだ。

「グハァアアアァッ!?」

 気にしている点を指摘されて大打撃を受ける。

「だから今すぐデートを辞めて5m以上離れてくださいっ!」

 姫小路さんの口調は強い。

「でも……」

 対する僕の声は弱々しい。けれど、姫小路さんの言い分に納得しかねるものは感じていた。

 

「確かに葉月とバカなお兄ちゃんは大人のキスも済ませ、将来を誓い合った完全無欠の恋人なのです」

「葉月ちゃんっ! だから僕を社会的に死に追いやる情報をポンポン口にしないでぇ〜っ!!」

 イカン。このまま葉月ちゃんに喋らせ続けたら僕は本当に死にかねない。舌を噛む体勢がデフォになりつつある。

「今日もバカなお兄ちゃんが葉月がまだ知らない大人の世界を教えてくれるそうなのです。だから明日の葉月は大人の女になっているのは間違いないのです」

「僕、美術館にお供するだけだよね? ペド撲滅法に引っ掛かることは何もしてないよね!?」

「葉月はいい子なので、バカなお兄ちゃんの願いならどんなことでも聞くのです♪ だからいっぱいいっぱい大人のことを教えて欲しいのです♪」

「葉月ちゃんの言葉は僕を死への船出に導いていくぅ〜〜〜〜っ!」

 葉月ちゃんはわざとやっているのではないかと疑いたくなるぐらいにピンポイントでヤバイことを言ってくれる。

 天真爛漫純粋無垢な葉月ちゃんがそんなことをするわけがないのだけど。

 

「ぐぬぬぬぬぬぬ〜〜っ! 男子高校生と女子小学生の熱愛淫乱交際許すま〜〜じ〜〜っ!」

 姫小路さんは葉月ちゃんの話を聞いてますます怒っている。いや、誤解して当然かも知れないけれど。

 でも、僕と葉月ちゃんは別に恋人同士じゃないのに。このままじゃ僕は本当に死刑になってしまうぅ〜〜っ!

「葉月ちゃんっ!!」

 姫小路さんが葉月ちゃんの両肩を荒々しく掴む。目が激しい怒りに燃えている。

「小学生が男子高校生と恋するなんてダメですっ! そんなこと、世間様が許しませんよっ!」

 姫小路さんは葉月ちゃんの肩を激しく揺らしながら訴える。

 けれど、その揺り動かしは葉月ちゃんの心までは動かせなかった。

「世間が許さないと、恋をしてはいけないと言うのですか?」

「「えっ?」」

 強い瞳をした葉月ちゃんの凛とした一言は姫小路さんだけでなく僕まで驚かした。

 

「恋をするのに、世間の承諾はそんなに大事なのですか?」

「そ、それは……」

 肩を掴まれているのに、圧倒されているのは姫小路さんの方だった。

 葉月ちゃんは真剣な表情で姫小路さんの顔を覗き込んでいる。

 こんな真剣な表情の葉月ちゃんを見るのは初めてだ。

「綺麗なお姉ちゃんは、世間に反対されたら恋するのを諦めるのですか? 好きな人への想いを捨てられるのですか?」

「だから、それは……っ」

 姫小路さんは葉月ちゃんの肩から手を放す。力なく俯き、しばらくの間黙っていた。

 そして──

「世間が何と言おうと……好きな人への想いを捨てられる訳がないじゃないですかっ!」

 顔を上げながら大声で天に向かって吠えた。

「世間にどんなに反対されようとも……私はお兄ちゃんが大好きなんですぅ〜〜〜〜っ!」

 姫小路さんのブラコン宣言。清々しいほどの兄大好き宣言だった。

 

「葉月ちゃんの熱いハートに目が覚めました」

 姫小路さんは瞳をキラキラ輝かせながら葉月ちゃんの手を握った。

「世間が何と言おうと、真実の愛の前には無駄無駄無駄〜ですよね。うん♪」

 姫小路さんはとても楽しそうな表情をしている。

「綺麗なお姉ちゃんに理解してもらえて葉月は嬉しいのです♪」

 葉月ちゃんは満面の笑みで姫小路さんを見ている。

「私は葉月ちゃんと見た目通りバカなお兄さんの恋愛を応援しちゃいますよ〜〜っ♪」

 姫小路さんはとても困ったことを述べながら葉月ちゃんの腕を振り回している。

「はいっ♪ 葉月はバカなお兄ちゃんと幸せになるのですよ♪」

「ええっ! 世間を敵に回しても真実の愛は達成されるべきなんです」

 ……姫小路さんは言っていることが最初と正反対になった。いいのか、それで?

 そしてそんな疑問を抱いている間にまた大きな転換が起きた。

 

「お兄ちゃん。その泥棒猫と別れてわたしに子供を産ませるか、死ぬか好きな方を選んでっ!!」

「その極端な選択肢はなんだっ!? どっちも選べるかっての!」

「逃げるのデス。逃げるのデス! ダークフレイムシスターは管理局の洗脳を受けているに違いないのデスっ! 捕まったらDeathなのDeathっ!!」

 僕と似た雰囲気を持つ同世代の少年と、小柄な体に反比例してツインテールが長い少女が誰かに追われるように僕たちの元へと走ってくる。

 このまま行くと僕にぶつかるルートとすごい勢いで。えっ? ぶつかる?

「って、こっちに気付いてっ! このままじゃぶつかるっての!」

 大声で訴えるも、必死に逃げているらしい2人には僕の声が聞こえていない。

「葉づ……っ」

 葉月ちゃんと姫小路さんを連れて避けようと思ったけれど、もう遅かった。

「うわぁあああああああああああぁっ!?!?」

 右手を伸ばして葉月ちゃんの腕を取ろうとした瞬間。僕の右肩から背中に掛けて大きな衝撃が加わった。少年の肩が僕にぶつかったのだった。

 僕は衝撃に耐えきることができずに大きく体勢を崩した。前のめりになって倒れる。

 そして倒れていく先には────葉月ちゃんの可愛らしい顔があった。

 葉月ちゃんとの顔の距離はあっという間にゼロになり……僕と葉月ちゃんの唇が重なってしまった。

 

 チュッ♪

 

 へっ?

「「あっ」」

「クスッ。バカなお兄ちゃんの唇ゲットだぜなのです♪」

 何が起きたのか、上手く整理することができない。ただ、とんでもないことをしてしまったことだけは分かる。

 ペド撲滅法に引っ掛かりそうな何かをしてしまったような気がしてならない。

「バカなお兄ちゃんに荒々しく、しかも強引に大人のキスをされてしまったのです♪」

 葉月ちゃんがやたら嬉しそうに誇っている。

 でも僕は嫌な汗が止まらない。社会的死の恐怖を感じて止まない。

「葉月はあまりにも嬉しくて、ついつい決定的瞬間を動画に撮ってインターネット上にアップしてしまったのです」

「全世界に葉月ちゃんと見た目通りにバカ極まるお兄さんの愛の模様が発信されましたね♪」

 ツヤツヤした表情の葉月ちゃんとやたら興奮している姫小路さん。

「フッ。僕の人生……終わったな」

 ガックリと首を落とす。インターネット空間に動画で曝された以上、もう僕の社会的な生は死んだと見るべきだろう。

 これから僕はJS(じょししょうがくせい)にキスをした男として一生後ろ指を差されながら暮らすのだ。もう、そう決まってしまったのだ。

「大丈夫なのですよ♪」

 僕の頭が小さくて細くて柔らかい両腕に包まれた。

「バカなお兄ちゃんは一生涯葉月が守ってあげるのですよ」

 葉月ちゃんが僕をギュッと抱きしめている。

「だから……何の心配も要らないのですよ♪」

 とても温かい声が耳に、胸に届いた。

「ありが……とう……」

 自分の感情がよく理解できない。でも、葉月ちゃんの抱擁が涙が出るほど嬉しいものであることは間違いなかった。

「…………フッ。姫小路秋子はクールに去ります」

 姫小路さんは背を向けて去っていった。

 その後も僕は呆然と葉月ちゃんに抱きしめられるままでいた。

 社会的に死んでしまった抜け殻の僕に葉月ちゃんの優しさはとても身に染みていた。

 

 

-5ページ-

 

 綾小路秋人さんと那須原アナスタシアさんのデートを潰す。それが現在のわたし、新垣あやせに課せられた使命です。

 けれど、優等生の代名詞たるわたしが他人様のデートを邪魔して良いのでしょうか?

 悩みます。というか罪悪感に駆られます。

 どうしたら良いのか分からず物陰から尾行しながら途方に暮れている時でした。

 秋人さんたちの近くを1組のカップルが小走りにやって来ました。

 お兄さんと同じく地味顔の高校生ぐらいの少年。加奈子を髣髴とさせる背格好のツインテール少女のペアです。

 2人はちょっと不機嫌な表情を見せながらわたしの前を通り過ぎていきます。

「まったく。ダークフレイムシスターのせいで死に掛けたのデスよ」

「良い子の樟葉があんな行動を自分から取るとは思えない。きっと誰かに良からぬことを吹き込まれたんだろう」

 女の子が不平不満を述べているのを彼氏が宥めています。デートのエスコートに失敗してしまったのでしょうかね?

「富樫勇太とのデートさえ凸守にとっては耐え難い苦痛なのに、その上命まで狙われるなんて最悪なのデス」

「まあ、なんだ。今日のデートは全てが不本意で全てがおかしいんだと納得してしまえば少しは腹の虫も収まるってもんで」

「それじゃあ、富樫勇太はこの国一番の美少女である凸守とデートしていることが嬉しくないと言うのデスか? 全てがおかしいとは凸守に失礼なのデス」

 女の子は更に非難の視線を彼氏に送ります。彼氏はまた場にそぐわないことを言ってしまったようです。

「俺は女の子とデートなんて一度もしたことなかったから……しかも相手が凸守で……そりゃあ嬉しい、さ」

「わっ、分かっていれば…いいのデス」

 2人が急に顔を真っ赤にして俯きました。

 どうやらリア充爆発しろな事態のようです。別れてしまえば良いものを。チッ! 

 舌打ちを奏でたその時でした。

 

「暴力は全てを破壊することができるのよ。人も、人の絆もっ!」

 突如チアガール姿のグラマーな女性が2人の前に立ちはだかりました。

「私はね、あなたたちの絆が折れる音が聞きたくて仕方がないのよ」

 高校生ぐらいの年齢の女性は応援で使うボンボンを嵌めた右腕を2人に向かって突き出しながら語っています。

「丹生谷は一体何を言っているんだ?」

 男性が女の子を庇うように前に立ちながらチアガールに尋ねます。

「偽モリサマー。遂に気がおかしくなったデスか?」

「私は偽モリサマーではないわ。500年の時を生きる最後の魔術師、偉大なる預言者モリサマーよ」

「もっ、モリサマーデス……本物デスかぁっ!?!?」

「丹生谷? 本気で一体何が起きた!?」

 にわかに騒がしくなる3人。三角関係の修羅場でしょうかね?

 もっとヤレっ!! 

 そして刺せっ!!

「偉大なる預言者モリサマーは予言する。あなたたちは今日別れることになると」

「別れるも何も俺と凸守は別に……」

「そっ、そうなのデス! 富樫勇太は凸守にメロメロなのデス! だから、別れるなんて絶対にないのデスよっ!」

「えっ? 凸守……」

 ツインテ少女は男性の右腕に自分の両腕をしっかりと絡ませました。恋人同士であることを見せ付けるかのように。

「富樫勇太は凸守のことが大好きだから別れるなんて絶対にないのデス!」

 ツインテ少女はよく聞こえませんが、顔を真っ赤にして大声で叫びました。

 

「ふ〜ん。なるほど」

 チアガールは冷めた瞳でツインテ少女を見ます。

「この世界最後の魔術師モリサマーは希望する」

 チアガールの瞳が細く鋭くなりました。

「凸守早苗……お前の血で化粧がしたい、と」

 チアガールが拳法の構えを取りました。

 あれは……返り血で身を紅く染める鶴の姿が名前の由来になったという恐るべき殺人拳法の南斗紅鶴拳の構えに間違いありません。

 わたしも通信教育で免許皆伝しましたから間違いありません。血がバシュッと飛び散る様が良いんですよね♪

「死になさい、中坊っ!!」

 チアガールはツインテ少女に向かって突進を仕掛けました。

「凸守、逃げるぞ。俺に付いて来いっ!」

「…………はい。なのデス」

 男性は手を引きながら場から全力で逃げていきます。ツインテ少女はうっとりした表情で顔を赤くしながら男性についていきます。

 襲撃を受けたことでラブラブ度が急上昇しているように見えます。刺されて血を撒き散らせば良いものを。

「この世で誰よりも強く美しい私じゃなくて凸な中坊の手を引いて逃げるなんて……富樫くんも死になさいっ!」

 ジェラス全開で2人を追いかけるチアガール。そんな彼女の迷いなき瞳と姿勢を見てわたしも遂に目が覚めました。

「そうです。わたしも迷うことなくデートを粉々に粉砕しましょう」

 男女の絆の折れる音。わたしも聞いてみたいです。

 

 

「秋人お兄さん。血化粧はおのれの血でしてくださいね」

 深呼吸を繰り返しながらゆっくりと秋子さんのお兄さんと那須原さんの元へと近付いていきます。

 秋子お姉さんの為にこのデート……完膚なきまでに潰させてもらいますっ!!

「ちょっと、よろしいでしょうか?」

 意を決して2人に話しかけます。

「えっ? えっと、僕たちに何か御用でしょうか……?」

 秋人さんがわたしを見ながら呆然としています。ファンがわたしを見る時とそっくりなこの反応、もしかして……。

「デートの最中に他の女に見惚れるなんて随分な対応ね、秋人くん」

 那須原さんが秋人お兄さんを白い目で睨んでいます。どうやら彼がわたしに見惚れていると判断したようです。

いい感じに空気がギスギスし始めました。このまま円満破綻してくれれば良いのですが。

「そして、昨日は随分お世話になったわね、新垣あやせさん」

 那須原さんがわたしへと振り返りました。

「いえ、こちらこそ。昨日は加奈子が大変お世話になりました」

 昨日のイベントのスポンサー代理に丁寧に頭を下げます。

プロモデルとして当然の礼儀です。

 でも、ここからは秋子お姉さんの願いを叶える乙女戦士として行動させてもらいます。

 

「それで新垣あやせさんが一体私たちに何の用なのかしら?」

 那須原さんの質問にすぐには答えずにもう1度深呼吸を繰り返します。お腹の中に空気と共に力を溜めて、一気にそれを放出しました。

「那須原さん。そちらの姫小路秋人さんとのデートを即座に中止していただけませんか?」

 わたしがそれを口にした瞬間、周囲の空気が一気に変わりました。

「何故、と訊いても良いかしら?」

 鋭い目つきに変わった那須原さん。怒っているのは明白です。

「わたしの強敵(とも)がそれを望んでいるからです」

 きっぱりと返答してみます。

「秋子だね」

「姫小路秋子ね」

 2人はわたしの返答に即座に反応してみせました。

 バレバレのようですね。でも……。

「そして、わたしがそれを望んでいるからです」

 毅然とした態度で告げます。

 秋子お姉さんが願ったからだけではありません。わたし自身もこのデートに異議を唱えているのです。

「どうして新垣さんがわたしたちのデートに反対するのかしら?」

 那須原さんが顔を引き攣らせながら、冷静な声で再び尋ねました。

 いよいよ、勝負の時です。

「それは那須原さんが……とてもハレンチな方だとお聞きしたからです」

 わたしは彼女に対する宣戦布告を告げました。

 

「ほらっ。那須原さんのハレンチぶりはよく知らない人にまで問題視されているよ」

 秋人お兄さんが那須原さんのわき腹を肘で突きながら囁いています。

「だからこれを機会にもうハレンチなことを言うのをやめに……」

「ハレンチなことの何がいけないと言うの?」

 那須原さんはとても強い意志のこもった瞳でわたしに反論しました。

「私は秋人くんを愛している。そして姫小路秋人も私を愛している」

「いや、僕は別に……」

「愛し合う年頃の男女がハレンチな行為に及ぶのに何の問題があると言うの?」

 那須原さんはとても強い口調でわたしに尋ねます。

「そ、それは……」

 その口調に思わず退いてしまいそうです。でも、負けるわけにはいきません。わたしはメガネを掛けていてもおかしくないほどの優等生なのですから。

「まだ高校生の身でハレンチなことは許されません。そういうことは大人になってからするべきです。学生の本分は勉学なのです」

「私たちはもう十分に大人よ。秋人の子供だって産める体よ」

 那須原さんはお腹に手を当てながら強く訴え返します。

「体はそうかも知れません。けれど、子どもを育てるのにはお金も掛かるし生活も大変なんですよ」

「あら? 私は那須原重工社長の娘よ。今出産したって金銭的な苦労なんて生涯無縁よ」

「でも、それはご実家のお金じゃないですか。秋人お兄さんに収入があるわけじゃ……」

「秋人は自分と妹の分の生活費を自分で稼いでいるわ。学生でありながら社会人。彼には私の一生を養うだけの力がある。新垣さんの論理に従っても、私たちがハレンチなことをするのに問題はないと思うのだけど?」

 ああ言えばこう言って返す那須原さん。でも、負けられません。秋子お姉さんの為、そして自分の為にっ!

「だから2人とも僕の話をよく聞いてくれないかな? 僕は那須原さんと付き合ってないし、子ども産ませようともしていないからね」

 そう。男子高校生とハレンチな関係になるなんて許されないことなんです。

 わたしとお兄さんがハレンチな関係になるなんて許されないことなんです!

 だってわたしは天下に名だたる優等生なのですから!

 

『あやせ……今からお前を滅茶苦茶に抱いてやるからな。覚悟しておけよ』

『はい。お兄さんの御心のままにわたしを滅茶苦茶にしてください……でも、責任は取ってもらいますからね♪』

 

「うん? 新垣さん。あなた、もしかして……」

 あり得ない光景を想像して葛藤していると、那須原さんがわたしを凝視していました。

「何ですか?」

 ちょっと嫌な予感を覚えながら尋ね返します。

「私はね。ハレンチな妄想を口にするのが大好きなの。姫小路秋人に学校や自室で陵辱される妄想を抱いては秋人くん本人に告げているのよ」

 那須原さんは質問には直接答えてくれません。でも、その話の内容はわたしを愕然とさせたのでした。

「はっ、ハレンチな妄想を好きな男性に直接告げるなんて……」

「新垣さんも大好きなんでしょう。ハレンチな妄想をすることが」

 那須原さんはニヤッと笑ってみせました。

「なっ、何を言っているんですか!? わたしはハレンチな妄想とは全く無縁な、潔癖症とさえ言える人間ですよ!」

 必死になって那須原さんの言葉を否定します。

「フッ。今更取り繕っても無駄よ。新垣さん。あなたからは私と同じ。ううん、わたし以上にエロス臭が漂っている。あなたの頭の中はいつもピンク一色なのでしょう?」

「そんなわけがないじゃないですか! わたしは清純派です!」

 首を振って断固拒絶。

「嘘ね。あなたは毎日想い人とエロいことをする妄想にしか頭を使わない類の人間よ」

「わたしはエッチな薄い本の存在を汚らわしいからと親友と大喧嘩までした女ですよ」

「そういう女だからこそ正反対に転ぶというわけね。なるほど、今の言葉でますますあなたが私と同類だと確信を得たわ」

 那須原さんのドヤ顔。

「わたしは……ハレンチな少女なんかじゃありませ〜〜んっ!」

 大声で反論します。

 

「何か勘違いしているようだけど。私はハレンチなことが悪いことだとは全く思っていないわよ」

「えっ?」

 那須原さんの言葉にわたしの勢いが止まります。

「私は……恋する女の子がハレンチで良いと思うわ」

 那須原さんの言葉は胸を打つものでした。フラフラとよろめいてしまいます。そんなわたしの体を支えたのは那須原さんでした。

「恋する女の子は大いにハレンチであるべきなのよ」

「でも、ハレンチな学生は社会のルールに反した存在で決して認められず……」

「あなたが幸せになれない社会って……誰が幸せになれる社会なの?」

「そ、それは……」

 那須原さんの言葉が更にグサッと胸に突き刺さります。

「まずあなたが幸せになってみんなにも幸せを示してあげる。それこそが、正しい優等生ではないの?」

「正しい…優等生……」

 とても気持ち良い心地のする言葉でした。

「そうよ。あなたはハレンチになることで真に正しい優等生になれるのよ!」

「真に……正しい優等生っ!!」

 その言葉を聞いた瞬間、視界がパッと明るく開けていくのを感じました。

 

『あやせのお腹もだいぶ大きくなってきたな』

『まったく。京介さんが朝も夜もなくわたしのことを愛し続けたりするからですよ。お腹の膨らみのせいで中学校の卒業式に出られなかったんですからね』

『あやせは俺の子どもを宿したことを後悔しているのか?』

『とんでもありません。わたしは世界で一番の幸せ者ですよ♪』

『ああ。俺もあやせっていう世界で最高に可愛い嫁さんをもらえて最高に幸せだぜ』

 

「わたしはたった1人でも少子化社会への抵抗を続けてみせますよ」

 その決意は自然と口から発せられました。

「私も秋人と共に世界の危機に挑むわ」

 那須原さんはとても優しい瞳でわたしの手を握りました。

「…………いやいやいや。僕、そんなつもりは微塵も」

「目指すはギネスブック更新ですね」

「プロ野球1球団を全部私と秋人の子どもで埋め尽くしてみせるわ」

「…………プロ野球の支配下登録選手数って70人だよね? 70人なんてどう考えても無理だから!」

 見つめ合うわたしと那須原さん。

 そう。わたしたちは同じ志を持った者同士。同志なんです!

「わたしは那須原さんと秋人お兄さんの恋を応援します」

 その言葉以外に何も出せませんでした。

 秋子お姉さんには悪いと思います。でも、わたしと同じ那須原さんの恋を応援しないことはわたしにはできません。

 わたしが那須原さんのデートを邪魔できないことを悟った瞬間でした。

 

「富樫くん。そのビッチ中坊と別れて私と結婚するか、死ぬか好きな方を選んでっ!!」

「さっきも似たようなやり取りをしたけれど、その極端な選択肢はなんだっ!? どっちも選べるかっての!」

「逃げるのデス。逃げるのデス! モリサマーはマスターと同等の力を持つ危険極まりない存在。捕まったらDeathなのDeathっ!!」

 先ほどの男性とお凸少女がチアガール女性に追われながらこちらに向かってきます。

 このまま行くとわたしにぶつかるルートと勢いで。えっ? ぶつかる?

「って、こっちに気付いてくださいっ! このままじゃぶつかりますよ!」

 大声で訴えるも、必死に逃げているらしい2人はわたしの声が届きません。

「那須原さ……っ」

 秋人お兄さんは那須原さんを連れて慌てて回避に入ります。けれど、もう遅すぎでした。

「うわぁあああああああああああぁっ!?!?」

 那須原さんの腕を掴もうとした秋人お兄さんの背中に地味顔少年の右肩がぶつかってしまいました。

 秋人お兄さんは大きく体勢を崩し、前のめりに倒れていきます。

 そして倒れていった先には────那須原さんの綺麗な顔がありました。

 那須原さんとの顔の距離はあっという間にゼロになり……2人の唇が重なったのです。

 

 チュッ♪

 

「「あっ」」

 2人の声が重なります。それと共に2人の顔が真っ赤に染まりあがっていきます。

「私の唇が姫小路秋人に陵辱されてしまったわ」

 那須原さんはとても幸せそうな表情を浮かべています。

「私はこの陵辱があまりにも屈辱的過ぎて、ついつい決定的瞬間を動画に撮ってインターネット上にアップしてしまったわ」

 那須原さんの右手にはスマートフォンが握られています。

「なるほど。全世界に那須原さんと秋人お兄さんの愛の模様が発信されたわけですね」

 那須原重工社長令嬢のスキャンダルが世界に伝わる。今、経済界の仕組みは大きく挑戦されているはずです。

「フッ。僕の人生……終わったな」

 秋人お兄さんはガックリと落ち込みました。

 彼はこれから那須原重工社長令嬢とキスをした男として一生言われ続けることでしょう。それと共に妬みや恨みの対象に……。

「大丈夫よ」

 那須原さんの両腕が秋人お兄さんの顔をそっと包み込みました。

「秋人は、私が守るから。何があってもあなたを守り通すわ」

 那須原さんは秋人お兄さんをギュッと抱きしめました。

「ありが……とう……」

 那須原さんのとても温かい抱擁に秋人お兄さんは涙を浮かべています。

「…………フッ。新垣あやせはクールに去ります」

 わたしは2人に背を向けて静かに去ることにしました。

「ごめんなさい。秋子さん……」

 わたしは任務を達成することができませんでした。

 でも、代わりにとても大切なものを手に入れることができた。

 わたしは今、かつてないほどに充足感に満ち足りています。

 

 

-6ページ-

 

 不忍池散歩道付近。ウチは物陰に隠れながら高坂京介と来栖加奈子のデートの尾行を続行中。

「あやせと秋子は上手くやっているかしら?」

 現在、他所で激烈な戦いを繰り広げているに違いない2人の強敵(とも)のことを思いながら深呼吸を繰り返す。

 デートを潰す決意を固めたウチの前にターゲットである高坂京介と来栖加奈子がいる。

 ウチはもうすぐあの2人と戦闘状態に突入する。

 でも、その前にどうしても気になる2人組がいた。

 高坂たちの側にいる1組のカップル。アキそっくりでちょっと抜けた雰囲気の男、葉月に似た小柄でツインテール髪のデコ女のカップル。

 あの2人、聖戦を開始するに当たってどうしても邪魔だった。

 

「富樫勇太。先ほどのことで話があるのです」

 デコが真剣な表情で男を見上げている。

「何だ?」

 男の方は周囲をやたら警戒しながら聞き返した。

「先ほど、富樫勇太は言ったのです。俺に付いて来いと。あれは、どういう意味なのデスか?」

「それは……」

 富樫と言うらしい男は渋い顔を見せて答えに戸惑っている。

「富樫勇太は……凸守をずっとずっと導いてくれますか? 手を引いてくますか?」

 凸守という名前らしい少女は富樫という少年の瞳をジッと見つめ込む。澄んだ瞳が富樫を射抜いている。

「凸守は、今日のデートを通じてちょっとだけお前のことを見直したのデス。もし、凸守のことをずっと引っ張ってくれると言うのなら……」

 凸守の頬が赤く染まる。

「世間では中二病と言われて後ろ指を差されている凸守をずっと守ってくれると言うのなら……」

 凸守が瞳を潤ませながら富樫にもう1歩近付く。

「凸守は、凸守は……っ!」

「凸守っ」

 富樫は凸守の両肩に手を置いた。けれど、その瞳はいまだ迷いを湛えている。

 凸守の想いを受け入れたというわけでもなさそう。

「俺は…………」

 富樫が困惑した瞳のまま凸守の顔を覗き込む。

 多分、富樫は凸守の想いを現状では受け入れることができない。それを伝えようとしている。

 でも、体勢だけを見れば2人はこれからキスしようとしているように見える。

 そんな一致しない状況が次の事態を引き起こしたのだった。

 

「勇太。凸守。…………私は、貴方たちを認められない」

 立派なアホ毛を立てた小柄な眼帯少女が2人の前に立ちはだかった。

「六花……っ」

「マスター……っ」

 富樫と凸守は六花と言うらしい少女を見ながら大きく目を見開いて驚いている。

「勇太が、私の誘いを断ってどこに行くのかと思えば……東京で凸守とデートだったなんて……」

 六花は顔を伏せて落ち込んでいる。もしかして六花は富樫と恋人同士だったりするのだろうか?

 これって、もしかしなくても……修羅場?

「いや、だから、それはだな……っ」

 両手を盛んに動かしながら焦る富樫。一方で凸守は深呼吸を繰り返し、決然とした瞳で六花を見た。

「富樫勇太は別にマスターとお付き合いしているわけではないのデス。凸守とデートしてもそれはこの男の自由なのデス」

 凸守は富樫の腕を組んで六花にそれをしっかりと見せ付けた。やるわね、あのデコ。男を盗られまいと開き直るその態度。グッジョブだわ。

「おっ、おい。凸守。お前は六花のことが……」

 対して富樫の方は全然煮え切れない態度。女の子に言い寄られている際のアキを見ているかのような情けなさだった。

「うるさいのデス。勇太は黙っていてください。これはマスターと凸守の避けては通れない問題なのデス」

 鋭い視線で富樫を牽制する。やっぱりこういう場合、女の子の方が覚悟を決める度胸に長けている。

 

「勇太は私、邪王真眼と契約を結んだ。なのに凸守は私から勇太を奪おうと言うの?」

 契約という単語にウチの全身がビクッと震えた。

 アキとのファーストキスを契約のように掲げていた当時の自分を思い出す。

 自分と重なる六花という少女を応援したくなる。でも、彼女に対して何かやり切れない想いを抱いてしまう。それを訴えることは果たして正しいのかと。

「契約がなんだと言うのデス? マスターは契約を結んで半年経つのにまだ恋人になっていない。中途半端なポジションで中途半端な優先権を行使するなデスっ!」

 凸守の言葉にウチの方がグサッときた。

 ウチとアキがキスをしたのは半年前。それから随分な時間が流れたというのに、ウチとアキは恋人同士になっていない。じゃあ、アキとのキスは何だったのか?

 内側が、ウチの心の中がグラグラ大きく揺れていく。

「そう。なら、分かった」

 六花は大きく息を吸い込む。

「私も全力を出す。だから……」

 六花は拳を堅く握りながら凸守を睨んだ。

「凸守との契約は現時刻をもって解除する。私と凸守はもうマスターでもサーヴァントでもない」

「ちょっと待て、六花!? お前、一体何を言って!?」

 六花が何を言っているのかウチにはよく分からない。でも、それが六花と凸守の決別に当たるものであることはウチにも理解できた。

 

「凸守は飛び級してマスターと一緒のクラスで勉強できることになって嬉しかったのデス」

 凸守は俯きながら語っている。涙に耐えているみたいに見えた。

「マスターともっと仲良くなれる。もしかするとマスターと禁断の関係になれるかも知れない。そう思って喜んでいましたデス」

 凸守はなかなかに複雑な乙女回路の持ち主のようだった。ウチがよく知っているクロワッサンツインテールな髪型のあの子を思い出す。

「でも、実際に待っていたのは家の掟に従い富樫勇太と結婚という悪夢的展開でした」

 凸守は顔を上げた。その瞳には大粒の涙が溢れていた。

「だけど、凸守は段々と富樫勇太のことを好きになってしまって……だから、だから……」

 嗚咽で言葉を詰まらせてしまう凸守。

「俺を好きにって……」

 戸惑う富樫。本当、アキそっくりの困った思考の持ち主だ。何でここまで喋らせておいて女の子の想いを受け止められないのか。

「だから凸守も、凸守は……マスターとの関係をどうすれば良いのか自分でも分からないのデ〜〜ス!」

 凸守は頭を抱えた。

「………………なら、やっぱり私と凸守の契約は今をもって解除」

 六花は重ねて通告しながら富樫を見た。空虚にも強い意志が篭っているようにも見える複雑な想いの篭った瞳で。

「そして勇太には……今日中に誰と付き合うのかちゃんと選んで欲しい」

 六花はそれだけ告げると2人に背を向けた。

「勇太が選んでくれるのが……私であることを願う」

 六花は振り返ることなく去っていった。潔くも寂しい退場。その背中には哀愁が満ちていた。

 

 富樫と凸守は六花の姿が見えなくなってからも視線を動かさない。それが自分の罪であるかのようにして。

「結局、俺がしっかりしなきゃって話、なんだよな」

 富樫が小さく呟いた。

「恋する乙女が惚れた男にしっかりして欲しいと思うのは古今東西当然のことなのデス」

 凸守が顔を赤くしながら怒ったように答える。

「凸守って、そのさ……俺のこと……好き、なのか」

 鼻の頭を掻きながら頬を赤くする富樫。その確認の仕方、ちょっとずるい。

「そんなこと! お前の今後の態度次第なのデスっ!」

 首まで真っ赤にしながら凸守が吼えた。まあ、あんな訊かれ方したんじゃ素直になれるはずがない。

 それこそ男にはっきりとした態度と言葉で示してもらいたい所だろう。少なくともウチだったらそう。アキにビシッと好きって言って欲しい。

「俺は一般人として生きることばかりに神経使ってて……恋愛のことをまるで考えてこなかった。女の子の方が、やっぱり大人なんだな」

 富樫は大きくため息を吐き出した。

「男が子どものまま過ぎるのデス」

 心の中で激しく凸守の言葉に同意する。アキだってもっと恋愛に真剣に向き合ってくれればと思わずにいられない。

「とにかく、大人でも子どもでも構わないので富樫勇太がきちんと答えを示してくれないと……マス…邪王真眼も、モリサマーもダークフレイムシスターも、そして凸守も、胸が張り裂けそうになるこの想いのやり場がないのデス」

 凸守は自分の両手を胸に置いて俯いた。

「………………うん。そうだよな。俺が、はっきりしないとダメだよな」

 富樫も俯きながら小さく呟いた。

 

「…………とりあえず、お昼にするか」

 凸守に向かって手を差し伸べながら富樫は顔を上げた。

「行こうぜ」

「…………あっ」

 差し伸べられた手を見ながら凸守はしばらくの間躊躇していた。

「…………はい」

 そして逡巡の末にその手を慎重に取った。

 富樫がどういうつもりで手を差し伸べたのかウチには分からない。

 相当な鈍感男のようだし、深い意味はないのかも知れない。でも、凸守にとっては大きな決断であることは間違いないと思う。ウチの体験に重ね合わせて見れば分かる。

「まったく、あの富樫という男はどこまでも女の子に優しくないわね」

 告白して、だけど男に優柔不断な態度を見せられて幻滅し、それでももう1度手を取る。

 ウチとアキのかつてのことを考えた時、それがどれだけの葛藤と苦悩を引き起こすものかは身をもって知っている。だから、だから……。

「ごめん。あやせ。ウチ、こんなぐちゃぐちゃした気持ちじゃ高坂たちのデートを邪魔できないよ……」

 高坂たちに背を向けて場を去っていくしかなかった。

 

 ウチは何がしたいのか。何故そうしたいのか。

 凸守と六花と勇太のやり取りを見てわけが分からなくなった。

 

 

 

-7ページ-

 

 

「なあ。京介はさ……」

 不忍とか何とか言うでっかい池をベンチに座って眺めながら京介に尋ねてみる。

「うん? 何だ?」

 デート相手様はアヒルボートをぼんやりと眺めながら気の抜けた声で返事してくれた。

 目はトロンとして相当に疲れているのが見て取れる。夜遅くまで受験勉強していたのかも知れない。

 眠そうだなんてデート中に失礼な態度。けれど、同時に申し訳なくも思う。今日の予定はあたしが無理やり押し込んでしまったようなものだから。

「京介は女と付き合いたいって思わねえのか?」

 ずっと抱いている疑問を口にしてみた。これまで何度なく尋ねてはみたものの、それとなく答えをはぐらかされてきた問い。

「そうだな。欲しいような、別に要らないような……」

 なんとも煮え切らない返答がきた。まあ、予想通りなのだけど。

「それは草食系男子ってことをアピールしたいのか?」

 ジト目で京介を睨む。

「そんなんじゃない。ただ、怖いんだ。黒猫との別れ方はちょっと堪えたからな……」

 京介は辛そうに目を伏せた。

「それに、あの時の一件を通じて俺は自分がどういう人間なのか随分と認識が変わっちまった。センター試験が来月に控えたこの時期に、恋愛に嵌り込んだらどうなるか……」

 眉をしかめる。

「俺にはどうもバランス感覚ってものが欠如している。ひとつのことにのめり込んだら他は全部置いてっちまう。今恋愛したら、受験に手が付けられなくなって、人生さえも破綻させるんじゃないかって自分を疑っている」

「そっか」

 空を見上げる。大都会東京だってのに、やけに綺麗な青空が広がっている。

 

「京介もあたしと似て人間が不器用なんだな」

 息を吐き出す。もう12月だけど息はまだ白くならなかった。

「あたしもトコトン手を抜くか、全力投球のどっちかしかできねえ。バランス良くって生き方ができねえよ」

 真面目にコツコツ日々を積み重ねているあやせや桐乃とあたしは大きく違っている。やたら偏った力の使い方しかできないのだ。

「高校は最底辺に引っ掛かれば良いかなってぐらいだし、モデル業はイロモノイベントじゃ偉そうにしているけど他はサッパリ。もう半分諦めている」

 京介の顔を覗きこむ。

「そんなあたしにとって今全力を賭けているのは……京介。おめぇ、なんだよ」

 京介の手をそっと上から握る。

 本当はこのままキスしたい。あたしの正直な気持ちを行動で示したい。

 そんな衝動が胸をいっぱいに占めている。

 でも、今の段階であたしからそれを仕掛けるのはフェアじゃねえ。それは分かってる。

 そんなことをすれば京介が苦悩に陥るのは目に見えている。忙しい中にわざわざデートに応じてくれた相手を苦しめることはあたしの本意じゃねえ。

 だから、代わりに述べる。京介の心にあたしの想いが届いてくれるようにと願いながら。

 

「あたしと京介がさ、より良い生き方をできるように……一緒に努力、してみるって言うのはどうだ?」

 

 それは今のあたしにできる精一杯の愛の告白だった。

 

 

 

 

 次回 クアドラプルデート

 

 

 

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ツインテール物語第2話。今回は主に島田美波さんや新垣あやせたちお邪魔虫組が中心のお話。
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バカとテストと召喚獣 俺の妹がこんなに可愛いわけがない 

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