偽装天下(下)
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朝議(玉座の間)

 

華琳「じゃあ、一刀は蜀へ?」

 

凪「はい。国境際で霞様と風様が華琳様の指示を待っております」

 

凛「ふむ……一刀殿は蜀に渡ったのですか?」

 

秋蘭「蜀とは少し厄介だな……」

 

桂花「あの全身精液男!亡命のつもりなんじゃないでしょうね!!」

 

春蘭「なんだとっ!?」

 

季衣「ねぇ、流流。ぼうめいってなぁに?」

 

流流「他の国に行っちゃうってことだよ……」

 

季衣「えぇーっ!兄ちゃんが!?そんなのやだよぉー!!」

 

華琳「落ち着きなさい――」

 

威厳に満ちた声で一喝。さらにこう続ける。

 

華琳「一刀のことよ、そんな大それた考えがあるわけないわ」

 

そして今度は溜息交じりに。

 

華琳「大方、旅行気分でふらふらしてるのでしょう」

 

春蘭「北郷の奴めぇ!私達の手を煩わせて置きながらぁ〜っ!」

 

華琳「ふふ、大丈夫よ春蘭。一刀は直ぐに戻ってくるわ」

 

それは優しく蕩けるような囁き。瞳には異様な熱が篭っていた。

 

華琳「一度手放すことを覚悟したけれど……もう駄目ね」

 

玉座にもたれ、どこか脱力したように呟く。

やがて華琳は、ゆっくりと皆を見回して、

 

華琳「捕まえて、閉じ込めましょう」

 

それは背筋を凍らせるほど美しく、歪な微笑。

臣下の者達は息を呑み、恐る恐る口を開いた。

 

真桜「ぇ……ほ、北郷隊はどうなるん?」

 

沙和「そ、そうなの〜……」

 

凛「それに、一刀殿の天界の知識を政務に活かすのでは……?」

 

華琳「何を言っているの? 天の御遣いは天へと還った。ならば、あれはもう私の愛玩人形も同じでしょう?」

 

華琳「閉じ込めて、たくさん虐めて、泣かせて、許しを乞わせてやるの」

 

夢見るように語る華琳。

悲しみが怒りに、怒りが憎しみに……どれも愛の深さ故にだった。

皆も、そんな王の異様な雰囲気と嗜虐的な想像にあてられ、次第にその瞳に愛憎の熱を宿していく。

 

そこに――。

 

魏兵「申し上げます!天の御遣い、北郷様の身柄を保護したとの報告がありました!」

 

華琳「ふふ、噂をすれば何とやらね」

 

春蘭「おい!それで北郷の奴は今どこにいるのだ!?」

 

魏兵「はっ!既にこちらに向かっており、半日もあれば到着するかと……」

 

華琳「そう。では一刀が到着したら、早速、私の部屋に作った“鳥籠”に入れておいて頂戴」

 

魏兵「は……はっ!」

 

魏兵は一瞬顔を引き攣らせたが、すぐさま玉座の間を駆けて行った。

 

華琳(んっ…っ――うふふ、一刀……)

 

華琳は渇望した物を手中に収めた感覚に身震いした。

それは、馬騰の時には味わえなかった興奮だった。

 

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ガチャーンッ……。

腹に響くような、重い金属同士がぶつかり合う音。

 

一刀「……これ、わざわざ作らせたの?」

 

北郷一刀は、巨大な鳥籠(牢屋)の中で呟いた。

 

華琳「うふふ、礼には及ばないわよ」

 

華琳は籠の中の一刀を満足そうに眺めながら、手に持った鎖を弄んでいる。

彼女の持つその鎖は、籠の中、一刀の首元まで延びていて――。

 

一刀「というか、籠に入れてさらに首輪まで付けるんですネ?」

 

一刀がジト目で抗議する。

華琳は涼しい顔で受け流し、突然鎖を引っ張った。

 

一刀「ぐあっ!?」

 

ガシャンッ!!と、鉄格子に引き付けられる一刀。

華琳は鎖を引きながら、ゆっくりと一刀に近付き、鉄格子越しに彼の唇を奪った。

 

華琳「んっ…ちゅ……んん……」

 

鼻に掛った甘い声が漏れ、湿り気のある音が響き渡る。

 

一刀「んん……ぷはっ――ず、随分情熱的だなぁ」

 

微かに頬を赤らめ、上がった息を整える一刀。

華琳は至近距離で彼の瞳をじっと見詰めたまま、囁くように尋ねた。

 

華琳「ねぇ、どうして居なくなったの?」

 

一刀「あ、あぁ……」

 

吸い込まれそうな青い瞳。思わず見入ってしまう。

一刀は暫し彼女の瞳を見詰め返したまま沈黙し、やがて口を開いた。

 

一刀「正直……どうしようかと思ってたんだけど」

 

一度目を閉じ――開く。覚悟を決めた黒い瞳が現われた。

 

一刀「やっぱり、ちゃんと話さないと駄目だよな」

 

華琳「一刀……?」

 

只ならぬ雰囲気。華琳は言い知れぬ不安を感じた。

一刀は、華琳の両肩に手を添えて、真正面から見詰め合う格好を取った。

 

一刀「華琳。君は、自分の覇道を諦めたのかい?」

 

華琳「………何を言っているのかしら?」

 

さして驚いた様子もなく、華琳は聞き返した。

その口元には不敵な笑みすら浮かんでいる。

 

一刀「だって、これじゃあ諸葛亮の天下三分の計と状況が同じだよ」

 

華琳「天下三分……ふぅん」

 

言葉だけでどんな意味か分かったようだ。

しかし口を挟むことはせず、華琳は話の続きを待った。

 

一刀「諸葛亮は、曹操に対抗するため劉備に天下三分の計を進言した」

 

華琳は瞑目し、静かに耳を傾けている。

 

一刀「魏蜀呉で大陸の天下を三分。この天下に事変があれば、蜀は呉と組み魏に立ち向かう」

 

華琳「一刀……あなた、それは歴史に関する天の知識ではなくて?それなら――」

 

咎めるような視線。華琳が『絶』に手を伸ばす。

 

一刀「本来ならば、これは終わった歴史だ。赤壁の戦い以前の話だったんだ」

 

華琳「どういうことかしら?」

 

『絶』に伸ばした手が止まる。華琳は怪訝そうに目を細めた。

すると今度は、一刀が咎める視線を彼女に向ける。

 

一刀「なぜ、劉備と孫策に蜀と呉を与えた?」

 

華琳「………私の決定よ」

 

不機嫌そうに顔を背ける華琳。一刀は一つの核心を得た。

 

一刀「魏は戦勝国なのに、戦敗国の蜀呉に対し十分な賠償も請求していない」

 

華琳「無いところからどうやって取れというの?」

 

一刀「それどころか、蜀に対しては経済支援を行っている」

 

華琳「今や大陸全土が私の物よ。飢えている民がいるなら施すわ」

 

一刀「しかし、蜀という国は健在で、蜀の民は施しだとは思っていない」

 

それは、実際に蜀で確認したこと。

蜀の民は、今の自分達の生活が、魏の援助で成り立っていることを知らなかった。

それどころか、全ては蜀の手柄となっており、魏を貶める悪い噂まで流れている。

 

一刀「それじゃあ、この国の……魏の民が報われないよ」

 

弱々しく首を振る一刀。

 

華琳「……こう言っては何だけど、蜀は民の教養もまだ低く、高官の統治能力も低いわ」

 

一刀「だから、魏の悪い噂を?」

 

華琳「共通の敵を作ってやれば民は結束するもの。それに、国への不満も魏に誘導できる」

 

一刀は聞きながら瞑目した。

それは、元の世界でも見られた図式だった。

 

一刀「華琳、分っているだろう? 魏の兵や民から不満が上がり始めている」

 

華琳「国が大きくなり発展すれば、不満は出てくるものよ」

 

一刀「不満の種類が違うよ。それに、国境の駐屯兵からの不満や報告は無視できない」

 

華琳「瑣末なことだわ」

 

素っ気ない答え。一刀は眉をひそめた。彼の知る厳粛な王は、そんな判断はしない筈だった。

そして今の彼女は、魏の民や兵を引き合いに出しても、本音を聞かせてはくれないのだと分かった。

 

一刀「ならそれは良い、根本的な問題はそこじゃない」

 

華琳「悪いけど一刀。話の続きはまた今度にして頂戴」

 

華琳は一刀から離れようと彼の胸に手を押し当てる。しかし彼は構わず続けた。

 

一刀「問題は、どうして蜀と呉を国として残したのかってことだ」

 

華琳「一刀」

 

怒気を含んだ声。一刀は怯まない。

 

一刀「それはたぶん……いや、間違いなく俺のためだろう?」

 

華琳「自惚れね」

 

一刀「なら良かったんだけどね。今の華琳のことは、手に取るように分かるよ」

 

華琳「………そう」

 

柳眉を下げ、寂しそうに微笑む華琳。

“大局に逆らえば身の破滅”天の御遣いが占い師から言われた言葉。

華琳は気付いていた。そして、全て分っていたからこそ、大戦の決着後にその選択をした。

 

一刀「別れの夜、華琳は俺の変調の理由に前から気付いていたと言っただろ」

 

華琳「ええ」

 

一刀「だから、成都での最後の戦いで劉備を倒した後、蜀と呉を残す形にしたんじゃないのか」

 

華琳「………」

 

華琳は静かに目を閉じていた。

一刀は、その閉じられた瞳をまっすぐに見詰め、最後の言葉を口にした。

 

一刀「俺を、この世界から消さないために……」

 

咎めるようでもあったし、感謝するようでもあった。

しかし、一番前面に出ていた物は、申し訳なさだった。

 

一刀「ごめん、俺の所為だな……」

 

華琳「いいえ、一刀の所為ではないわ。私が選んだの――」

 

 

――あなたを……。

 

 

彼女が望んだものは覇道。自身の才覚と天命を以って成す、大陸の天下統一だった。

しかし、彼女は寸でのところで全てを投げ打ち、赤壁の戦い以前の勢力図を再現したのだ。

「属国」の括りすらせず、下した二国に武力と統治力を与え、魏に不明があれば協力して討ちに来るよう宣言した。

 

兵の命を預かり、覇道を歩んできた彼女らしからぬ、何とも曖昧な結末。

 

そして、それらは全て、一人の少年のために行われたことだった。

 

 

『人は役割を果たし死んで行く』

 

 

いつの日か、彼女が目の前の少年に説いたことだった。

 

彼女は偽りの覇王となり、偽りの天下を取った。

覇王は偽りの王であり、彼女が求めた王の役割は、もう果たせないのかもしれない。

 

しかし、それと引き換えに、彼女は少女の役割を果たすことだろう。

 

最愛の少年と、再び恋をすることができるのだから――。

 

 

 

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an epilogue

 

 

数年後。

蜀の国政や経済も安定し、五胡による侵略行為も落ち着きを見せていた。

これでようやく、蜀への援助もお役御免かと思いきや、援助は未だに続いていた。

 

華琳「一刀」

 

一刀「華琳。本当に出席するのかい?」

 

華琳「ええ。他国の王が来ているのに、寝ているわけにはいかないわよ」

 

膨らんだお腹。身重になった華琳。間もなく新しい命が誕生する。

一刀は、華琳を優しく抱きしめ耳元で囁いた。

 

一刀「無理はしないようにね……?」

 

華琳「ふふ、分ってるわよ」

 

二人しかいないのを良いことに、華琳も素直に甘えその身を預けている。

 

華琳「最近忙しくしてたみたいだけど、今日は何を議論するのかしら?」

 

一刀「とりあえず、蜀への援助金の減額からかな?」

 

華琳「ふぅん。きっと猛反発が来るわよ?」

 

抱き合ったまま、三国会談の打ち合わせを始める二人。

あの日以来、二人きりの時はずっとこんな感じである。

 

一刀「魏の現状は俺の所為だからね。少しでも魏の民の不満を解消する責任があるよ」

 

華琳「あら、それを言うなら私が原因を作った張本人だけど?」

 

一刀「なら、俺達夫婦の責任だ」

 

華琳「うふふ、そうね……」

 

一刀の胸に額を押し当てる華琳。

冗談めかしで話しているが、二人は至って真剣だった。

 

一刀「それに、このまま援助し続けたら蜀に偏っちゃうからね」

 

この偽りの天下は、特に三国の経済バランスが重要だ。

魏よりも下で、決して貧しくなく、蜀と呉を均等に保たなければならない。

 

一刀(それに、故郷の例もあるしな……)

 

物憂げな表情で、一刀は遠い昔に思いを馳せた。

 

今より未来。元の世界。一刀がいた国の状況。

源流点より世界中に発信される悪評。譲歩に次ぐ譲歩。際限のない技術供与と資金援助。

一刀もその昔、子供心に理不尽さとある種の諦めを感じ、自分の国を情けなく思ったりしたものだ。

 

一刀(自分の子には、ああいう切ない思いはさせたくないよなぁ)

 

華琳「一刀?」

 

一刀「いや、まぁ、この子に俺達が作った国を自慢したいっていう親としての見栄が一番なんだけどね」

 

少し照れたように微笑んで、一刀は華琳のお腹に手を当てる。

 

華琳「そう、良いんじゃない? 頑張りなさいな、お父さん」

 

一刀「ああ、頑張るよ。だから隣で見ててくれ、お母さん」

 

指を絡め合い、手を繋ぐ。

三国会談へと続く扉の前に、二人で肩を並べて立っている。

 

そこには、誇り高き覇王の姿も、歴史を変える天の御遣いの姿もない。

そこにあるのは、道化となった少年と寂しがり屋の少女の姿。

 

何のことは無い。

 

歴史の大局も、天の御遣いの歴史改編も、誇り高き覇王の役割も、そんな御大層な物達全てが、

寂しがり屋の少女の“大好きな人と一緒にいたい!”という、あまりにも単純な願いの前に敗れたのだ。

 

誇り高き覇王は寂しがり屋の少女となり、天の御遣いは役目を終え、役立たずの道化としてこの世界に残った。

 

そして、道化となった少年と寂しがり屋の少女は、これからも、この世界を相手に偽りの天下を演じ続けるのだろう。

 

 

一刀「それじゃあ、華琳」

 

華琳「ええ。行きましょうか、一刀」

 

 

もう二度と、大好きな人と離れないように――。

 

 

 

 

『偽装天下(下)』〜完〜

説明
『偽装天下』これにて幕となります。
作中、独自の解釈を多分に含んでおります。
拙い文章ですが、お読み頂ければ幸甚です。
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コメント
むしろendにせずに続編希望(飛鷲)
これはこれでハッピーエンド…という事でしょうね。(mokiti1976-2010)
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華琳 北郷一刀 真・恋姫無双 恋姫†無双 真・恋姫†無双 

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