[武装神姫]消えない思い出
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 2051年12月、その日は突然やってきた。

「マ、スター。今日はなん、だか体、がお、もいので、すが」

「おい、どうしたんだよアンバー。なんだか言葉も途切れ途切れだぞ?」

 天野隼人は『アンバー』と呼んだ天使型アーンヴァルを、心配そうにそっと手に乗せた。

 顔の前にアンバーを近づけると優しい声で言う。

「大丈夫か?」

「はい、マス、ター。私はマス……が心ぱ……てくれ、るだけ……満ぞ――――」

 パタリ……とアンバーは倒れた。

 ピーピーピー……とアンバーからはエラー音なのか警告音なのか、少なくとも良くない音が発せられる。

「おい……。アンバー? アンバー! アンバー!!」

 隼人は取り乱した。

 15年前、隼人が5歳の時に父親に買い与えられたアンバーは、隼人にとって家族も同然だった。

 隼人はアンバーを両手で大切そうに包み込むと、慌てて家を飛び出した。

 

 

「すみません! アンバーが! アンバーがっ……!!」

 隼人は家から徒歩10分ほどの神姫ショップへ駆け込んだ。

「う〜ん、初代アーンヴァルか……。さすがにもう替えの部品を取り扱ってないからねぇ。うちじゃどうにも……」

「別の部品で代用できないんですか!?」

「初期のパーツと今のパーツは規格が違うんだよ。特に外装じゃなくてコア部分となるとなおさら。メーカーに残ってればいいんだけど……問い合わせようか? ただ、有ったとしてもたぶん1週間以上はかかっちゃうと思うけど」

 年季の入った神姫ショップの店員が本当に申し訳なさそうに言う。

「……わかりました。他を当たってみます」

「これだけ大切にされている神姫だから、私としても助けてあげたいんだけどねぇ……」

「いえ、ありがとうございました。失礼します」

 ごめんねぇ、と申し訳なさそうに言う店員さんに背を向け、隼人は走る。

 向かうは、都心にある日本最大の神姫センター。

 

 

「マスター、もうすぐ成人式ですね。あんなに小さかったマスターがこんなに立派になって、私も嬉しいです!」

「あ、でも大人になったからって私を置いてっちゃ嫌ですよ!」

「はいっ! これからもずっと一緒です!」

 隼人に向かってほほえむアンバーの姿は、薄くなって消えていった。

「待って!」

 ――ガタンゴトン。

 都心へ向かう電車の中、隼人は思わず声を出して目を覚ました。

 周囲が何事かといった目を向けている。

「あ、す、すみません……」

 恥ずかしそうにうつむきながら、隼人は座り直す。

 神姫ショップを出た後、財布も何もを持ってないことに気づき、家に戻ってから駅へ。ずっと走り続けた疲れもあり、電車に揺られて思わず眠ってしまっていた。

「(……置いていこうとしてるのは、アンバーの方だよ)」

 隼人はバッグを少し開けて、中で寝たままになっているアンバーをのぞきこむ。

 ピクリとも動かないその姿は、ただのフィギュアと変わらないはずなのに、何故か痛々しさがあった。

 絶対に助けるからな、と隼人は心に誓った。

 

 

「申し訳ありませんが、その神姫はサポートが終了しておりますので、問い合わせはユーザから直接メーカーへして頂くようお願いしております」

 息を切らしながらお願いした隼人に返ってきたのは、そんな言葉だった。

「……ふ……ざけるなっ!」

「申し訳ございません」

「せめて在庫を調べてくれるとかあるんじゃないんですか!?」

「申し訳ございません。初代アーンヴァルはもうお取り扱いしておりませんので」

 思わず熱くなる隼人に対し、店員はあくまで冷静にマニュアル対応を貫く。

 何を言っても無駄だと感じた瞬間、隼人は自分の姿がバカバカしくなり、頭に上った熱も一気に冷えてしまった。

「……はぁ。もう、いいです。大声出して、すみません」

「いえ、力になれず申し訳ございませんでした」

 隼人は店員に会釈をすると、背を向けて歩き出す。

 すれ違う人たちの連れている神姫達が、目の前が真っ暗になった隼人の目に留まる。

 みんないい表情をしている。

 ほんの数時間前までは、アンバーも隼人の前で同じような顔をしていた。

「今年の年末は一緒に過ごせないのかな……」

 誰にともなくつぶやく。

 メーカーでも無理という最悪のケースは考えない。

 アンバーがいなくなるという最悪のケースは考えられない。

 とぼとぼ歩いていると、隼人のモバイル端末の着信音が鳴った。

 知らない番号からだったが、隼人は何も考えられずそのコールに応答した。

「はい」

「もしもし、天野さんでしょうか? 私、神姫ショップの大塚と申します」

 隼人が家を飛び出して最初に駆け込んだショップの店員さんだ。

「あ、はい、天野ですが、えっと……どうして番号を?」

「あぁ、よかった。うちの会員さんで、初代アーンヴァルを持つお客さんはあなたくらいだったからね」

「あぁ、なるほど。それでどうしたんですか?」

「私の方でメーカーに問い合わせてみたんだけど……もう在庫はないそうだ。全国の店舗に出回っているものが全てだと言われちゃったよ……」

「……そう……ですか」

 ドクン、と隼人の鼓動は強く打ち、お腹の中がぐちゃぐちゃになるような強い喪失感に襲われる。

「そうか……その様子だと他のところもだめだったようだな……」

「……はい、わざわざありがとうございました」

 落胆の混じったお礼とともに隼人は通話を終わらせようとする。

「あ、待った! 私が電話したのはもう一つ理由があるんだ」

「……?」

「私の知り合いの店で、腕のいい修理屋がいるところがあるんだ」

「ほんとですか!?」

「いや、ま、あまり期待されると保証はできないが、在庫部品の希望が薄いとなるとね……。私が力になれるのはこれくらいだよ」

「いえ、十分です。ありがとうございます!」

 微かかもしれないけれど、繋がった希望を胸に、隼人は大塚から聞いた住所へと向かった。

 

 

「えっと……ここ、か」

 『豊和』というお店の前で隼人は立ち止まった。

 修理専門というわけではなく、修理も受け付ける町の神姫ショップといった感じのこじんまりとしたお店だ。

 ちょっと古くさい店だが、客は多い。

 お客さんに愛されている店だということは一目見ただけで隼人にも分かった。

 店に入ると30代半ばの人の良さそうな男性がレジで対応をしていた。

「あの、腕のいい修理師がいると聞いて来たのですが」

 隼人はレジに立っている男性に話しかけた。

「あぁ、腕がいいかは分かりませんが、私が修理を請け負っている瀬田と申します。お話は大塚さんから伺ってますので……そうですね、えっとこちらへ」

 レジの奥にある作業場へと隼人は促される。

 鞄の中から優しく取り出したアンバーを、瀬田も優しく受け取った。

「まずはちょっと中を見てみます。えっとー、どうぞあちらへ」

 近くのイスに促された隼人は素直に座った。

 5分も経たない内に、瀬田が隼人の元へとやってきた。

 そして、瀬田から発せられた発言は、隼人にとって衝撃だった。

「……申し訳ありません。やはりコアとなる部品が壊れていました。純正部品が無くては修理はできません。……幸いCSCに破損は無さそうですのでデータを取り出すことなら……なんとか」

 データ、神姫が持つ記憶。思い出となる画像データや音声データ。

「なんで! ……ですか」

 思わず大きくなってしまった声を抑えるように隼人は詰め寄った。

「大好きな神姫がいなくなる苦しみは私も知っているつもりです。……ですが、この素体の修理は……無理です」

「そん……な……」

「ですからせめてアンバーさんのデータだけでも生かしてあげたいと思うのですが……、どうします?」

 突然隼人の目から涙が溢れた。

 もう、アンバーとは会えない。

 それならせめて、データを取り出してその思い出とともに自分が生きることがアンバーの生きることに繋がる。隼人はそう考え、決心した。

「……お願い、します」

 もう、会えないのなら、せめて思い出だけでも。

「わかりました。データ量的に何時間かかかってしまうと思います。後で取りに来ていただくために連絡先を――」

「待ちます!」

「あ、でもこんな小さなお店には、この古めのイスしか……」

「待たせて、ください」

「……わかりました」

 瀬田は隼人がイスに座るのを確認すると作業を開始し、隼人はアンバーとの思い出を辿るようにそっと目を閉じた。

 

 

「マスター! いつまで寝てるんですか? 早く起きてください!」

「あぁ、そうだなアンバー。寝ぼすけだった僕をよくそうやって起こしてくれたよな」

「もうっ、寝ぼけてるんですか!?」

「あぁ、そうだな、できれば覚めてほしくないよ……」

「もうっ! いいから目を開けてくださいってば! 帰りますよっ!」

「痛っ!」

 突然ほっぺが引っ張られ、隼人の意識は覚醒した。

 既に日は落ちており、店も閉店の時間を超えているため、客の姿はなくなっている。

「マスター、やっと目が覚めましたか?」

「はっ? えっ?」

 隼人の目の前にいるのはアンバー……ではない。少し前に発売された新型のアーンヴァルである。

 しかし――、

「アンバー!!」

 隼人には分かった。理屈ではなく、それがアンバーなのだと直感した。

 隼人は両手で新型のアーンヴァルを包み込む。

「マスター! 痛いですよっ」 

「いやー、すみません。思ったより時間がかかって、すっかり遅くなっちゃいました」

 瀬田が頭をかきながら、隼人に微笑む。

「あ、あの。……これは?」

「前の素体は申し上げた通り修復不能です……。ですので、データを取り出して新しい素体へ移しました。」

「え……? え、え?」

 隼人には瀬田の言っていることが分からない。

 いや、意味は理解できているが、頭の整理が追いつかない。

「あと、事前に説明しておくべきだったのですが、これは独自改造扱いになってしまうので、メーカーのサポートを受けたり、公式大会への参加はできません」

 瀬田は申し訳なさそうに言うが、元々初代アーンヴァルはメーカーのサポートも切れてしまっており、それに伴い大会への参加もできなかったため、デメリットではない。

「え、じゃあ、これはアンバーなんですね?」

「ええ。見た目は変わってしまいましたが……記憶も思い出も、消えてはいません」

 瀬田が優しく微笑んだ。

「あ、ありがとうございます!!」

 隼人の目からは再び大粒の涙が溢れだした。

 

 

 店を出ると雪が降り始めていた。

「内部回路が凍結しないように鞄に入っとけよ」

「いえ、大丈夫ですマスター。今はここにいたいですから」

 アンバーは頑なに隼人の肩から動く気はないようだった。

「分かったよ。でも、今だけだからな」

「はいっ!」

 あまりしっかりとした厚着をせずに出てきた隼人にとって、日の沈んだ12月の空気は冷たい。

 でも、隼人はそんなことが気にならないくらい胸の暖かさを感じていた。

「これからもずっとよろしくな、アンバー」

「はいっ! もちろんです、マスター!」

説明
Windows XPのサポートが来年で終了だなーと思った時に、神姫も企業にとっては商売でやってるわけだから、やっぱりサポート終了もあるよなー、と考えて作った作品です。初代アーンヴァルの発売を2036年、その15年後の話として設定しています。
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