恋姫異聞録171 − 武舞 第二部 −
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戦場の各所で鳴り響く剣戟の音

 

炎の壁を隔て、互いの陣地目前で将に将による激しい戦いが繰り広げられていた

 

兵隊ちは、自分達を率いる将達の戦いに牽かれ心を滾らせ武器を持つ手に、刃に己が魂を乗せる

 

互いの掲げる理想の為に、己の戴く王の為に、そして全ては己の大切な家族の為に

 

戦場に舞い上がる血しぶきは、生への叫びだ。生きるために、生かすために、眼前の敵を討ち滅ぼす

 

兵の握るちっぽけな穂先には、敵の命と己の人生、帰る場所を、軽く刹那に振りましながらも載せている

 

刃に載せらられた思いを知るからこそ、刃の重みを知るからこそ

 

蜀の将に圧倒される魏の将達、春蘭、霞、凪、真桜、沙和、呉の者達、そして秋蘭と昭は決して諦める事はない

 

関羽の恐ろしいまでに重く、硬い一撃一撃を捌き、地面を舐める事になろうとも

 

厳顔に己の技が通じず、着込んだ鎧さえ切り裂かれようとも

 

魏延に反撃の暇さえ与えられず、亀のようにただ耐える事を強いられようとも

 

馬超が己と同じ力を、自分よりも強大で在ろうと思わされる力を感じようとも

 

「秋蘭様、我等が一斉に槍を持って呂布に一撃をっ!!」

 

兵の言葉に首を振る秋蘭。理由は簡単だ、秋蘭ですら見きれぬ動きを見せる呂布の前では、兵たちは紙切れ同然

 

「よい、昭が来るなと言った。私に呂布を狙えと言った。ならば唯信じるのみ」

 

例え地力が無く、圧倒的な相手を前にしても、信じるべきを信じ、討つべきを討ち、守るべきを守る

 

魏の精兵とは、何処までも、何処までも、愚かなのだ

 

愚か過ぎるほどに、生に対して真っ直ぐに、例え力がなくとも、敵が強大であろうとも、手足を出すことすら許されずとも

 

強固に固めた鎧を外されようとも、地面を舐め辛酸を味わおうとも、己が誇りを捨てず剣を持ち、脇目を振らず唯前へと足を踏み出す

 

だからこそ、昭は前に立ち呂布の攻撃を全てを受け止めていた

 

「クッ!!」

 

降り注ぐは豪雨の乱打。宙に浮かされる昭の身体に降り注ぐ方天画戟

 

昭は、宙で横になる身体に胴薙に振り下ろされる方天画戟に対し、身体を捻って縮め、剣を合わせて滑らせ躱し

秋蘭から放たれる矢を呂布の攻撃が再び襲う前に予測、誘導して身体を更に捻り、体勢を空中で無理やり変えていく

 

人の可動域を超えた動きに昭の身体は悲鳴を上げるが、そんなものは聞こえぬとばかりに思い切り歯を食いしばり敵に集中していく

 

身体が回らぬならば腕を振り回し、それでも体勢を変えられぬならば、足を振り回し、それでも無理ならば宙に浮かぶ剣を手に取り

 

呂布の反撃を利用して身体を空中で移動させ、弓を呂布へと届かせていく

 

「・・・さっきとは・・・違うっ!!」

 

苦虫を噛み潰したように、苦渋を舐めたかのように、深く眉根を寄せて唇を噛み締める秋蘭

助けようにも助けられない、自分では呂布の武器を予測出来無い。地力が無くとも、予測ができるからこそ躱せる昭とは違う

 

「躱せてなんかいないじゃないっ!!」

 

兵を動かし、呂布を囲み、昭をどうにか救いだそうと詠が動くが、兵は近づくことさえ出来なかった

何故ならば、昭に振り下ろされる乱打の二割が近づく兵に向けて振るわれ、兵は無残に頭を砕かれ、胸を鋭利な方天画戟の矛先に貫かれ

地面に命なき肉塊を転がすだけになっていたからだ

 

「無駄に仲間を死なせるなっ!」

 

「アンタじゃどうにも出来無いでしょうっ!!」

 

一馬や無徒達を呼ぼうにも、詠と風には出来なかった。何故ならば、この時・・・

 

「出来る限り兵をまとめて後ろに下がれッ!巻き添えを食うぞ!!」

 

戦場に響く、呉の大都督【周公瑾】の声。普段の凛とした声ではない、明らかに焦りと驚き、そして怒りの混じった声

 

同じくして、呉の兵の悲鳴にも似た声が戦場を埋め尽くしていた

 

視線を向けた風の眼に映ったのは、敵の放った山なりの弓矢が放物線を描き、地面に着弾したと同時に大爆発を起こす様子

 

爆薬の中に詰められた鉛球は灼熱の土を撒き散らしながら飛散し、爆風は兵の身体をまるで土塊のように砕いていく

 

蜀の羌族の騎兵は、鳳統より渡された爆薬を詰めた竹筒を矢に括りつけ、炎の壁を飛び越し呉の兵を襲う

 

竹筒に着けられた火縄が導火線となり、計算された短さで敵地へと着弾した瞬間に爆発するという攻撃方法

 

「着火、一、ニ、三っ!ハナテッ!!」

 

騎射にて放たれた火薬矢は、冥琳の退避命令に遅れた呉の兵達を容赦無く食い荒らしていく

 

炎の壁をモロに喰らった時のように、兵たちは肉体を四散させ、血風を巻き上げ無残な肉塊ヘと変わり果てる

 

爆音、光、衝撃、三つの恐怖に駆られた兵達は、顔を恐怖に引きつらせ雲の兵達も一馬や無徒の指揮無くば、巻き添えを食い大打撃を受ける所であった

 

こんな状態では、いかに戦場を埋め尽くす張三姉妹の歌であろうとも、彼らの心を奮い立たせることなど出来やしない

 

「ダメね、私たちの声がかき消されてる」

 

人和は、冷静に高所である井蘭車の上で現状を見つめていた

 

高所から見ればよく分かる。象兵を用意した蜀は、敵の攻撃に備えていた

突撃がそのまま成功すれば良し、しなければ合図と共に兵を下がらせ地面に仕込んだ火薬と油で突出させた敵を分断し包囲する

 

包囲してしまえば、大軍にて少数の兵を蹂躙できる。それどころか、弓矢を騎乗にて扱う事が出来る、涼州と羌族の兵を使い

さらに弓での戦ならば、蜀には得意とする将が二人も居るのだ、強力な矢、爆薬を着けた矢を使えば圧倒的に攻めることが出来る

 

「中央を開けて、一気に攻めようとした此方が不利。負けるわ」

 

「そんな」

 

眉根を寄せる妹に、長姉である天和は、歌が止まり絶望で顔が染まっていく。此処で負ければ、自分達に未来はない

今まで積み重ねて来たものは全て無に帰す。蜀で同じように歌えるとしても、魏にて全てを賭け全てを預けた妹、地和はもう歌えないだろう

 

「ちーちゃん・・・」

 

全てが見えてしまうこの場所で、圧倒的な戦を目の当たりにした妹は、自分と同じくきっと顔を曇らせているはずだ

そう思い振り向けば、妹は真っ直ぐ、敵の姿など一度もその強い光を宿した瞳に映しては居なかった

 

彼女の瞳に映り続けて居るのはただ一人。魏の一文字を背負う男

 

何一つ疑ってなど居ない、何一つ不安に思ったりはしない、全てをその背中に見たのだから、全てをその背中に賭けたのだから

 

張三姉妹の一人、地和は、決して声を、歌を止める事などしない。例え声をかき消されようとも、喉を潰されようとも

 

思いを届けるべき相手は常に、彼女の瞳に映っているのだから

 

妹の、姉の姿を見て二人は頷く。今更何を不安になっているのだ、姉妹が信じているのだ

自分達が信じずにどうすると、二人は地和とは別に、魏の文字を背負う男が信頼し、頂く者へと視線を向け歌い出した

 

「何でこんなモノを記したのよ。こんなモノを見たら、誰だって戦で使う!どうしてこんな恐ろしいモノを!!」

 

絶叫するように昭に非難の声を上げるのは、華琳の側に配する軍師、桂花

 

「刃と同じ、使う者によりその姿は千変万化。その刃は食す為に、その刃は大地を耕す為に、その刃は愛する者を護るために

知識が、知恵が、人を殺すのでは無いわ。何時でも人を殺すのは、人の意志」

 

桂花の疑問に答えるように、水鏡は小さく呟いた

刃は時に料理を作り、刃は時に鍬となり大地を耕し、刃は時に人を護る。使うもの、手にした者によってその姿を変える

 

「つまり、昭殿が天の知識として記したのは先を見ての事。己が志半ばで命を落とした時に、華琳様に力として託すため」

 

動揺していた心を一瞬で立て直し、普段通り眼鏡を指先で直して腕を組む稟

既に彼女の中ではあらゆる想定が頭の奥底を駆け巡っているのだろう、視線を映した水鏡が少しだけ瞳を細め、眉根を寄せていた

 

 

 

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「しゅ、蘭っ!俺をっ、受け止めてくれっ!!」

 

投げ込まれた武器を次々に破壊され、捌ききれず身体を少しずつ削っていた昭は、空中で身体を亀のように縮め

呂布の横薙ぎに合わせて宝剣、青スの剣と倚天の剣を盾のように構える

 

武器破壊を狙い刃を立てて構えれば、呂布は間違いなく武器を止めて横薙ぎから上段へと変化させてくる

それでは昭の身体は地面と方天画戟に挟まれ切断されてしまう。だからこそ、武器の腹を見せて構えた

 

「昭っ!!」

 

これならば、呂布は思い切り振りぬいてくるはずだと、呂布の思考、足の動きから導き出した答えは、呂布の力に凌駕される

 

読まれていると見た呂布は、足の動きを途中で変化させワザと己の行動を読ませたのだ

 

更に踏み込み、昭の身体が固まった所で武器の軌道を無理矢理に変える

 

呂布にだからこそ出来る強引な力技。横薙ぎを斜め上に軌道修正し、無理やり昭の頭上に停めて刃を返し

脳天を狙う上段からの振り下ろしへの変化

 

「チィッ、やっぱりかぁっ!!」

 

全員が昭の窮地に凍りつく中、予想をしていた霞が戦場に転がる槍を偃月刀で弾き飛ばす

 

一直線に飛ばされた槍は、宝剣に激しい音を立てて激突し、昭は吹き飛ばされ地面にぶつかり砂煙を上げながら転がって行った

 

「射ヤァァァァァァァァァァァァァッッ!!」

 

間一髪、呂布の方天画戟は地面に深い亀裂を作り、昭は秋蘭に抱きとめられていたが

霞の動き、己から一瞬、気がそれた瞬間に、目の前で構えた翆は静かに溜め込んだ己の力を開放していた

 

全身の捻転を槍に乗せ、全てを貫く攻城弩弓のような一撃

 

猿叫のような声から放たれる一撃は、空気を切り裂き、風邪を巻き込み、全てを切り裂く乾坤一擲の一撃と成す

 

「ひゅっ・・・」

 

迫る螺旋に風を纏う一撃。槍を弾き飛ばしたため霞は、翆に半身を、身体の左だけを見せた状態であったが

小さく息を吐き出し【ふわり】と柔らかく、羽毛のように身体を後ろへ跳ね、回転する槍の切っ先に優しく偃月刀の刃を当てた

 

回る穂先に刃を当て、流れに逆らわず偃月刀を回して着地と同時に下から添えるようにして軌道を変え

 

肩を削りながら通り過ぎる翆の銀閃に合わせて足を踏み出し、偃月刀を前に付き出した

 

「槍術の基本、まさか刀でやるとはな」

 

「避けてるくせに、驚くとか無いわ」

 

「避けてる?これがか?」

 

左肩に突き刺さる偃月刀を見る翆は、口元を笑に変え即座に横薙ぎに槍を振るえば、霞も同じくズタズタに切り裂かれた左肩から血を流しつつ

更に遠く、後方へと下がり間合いを取った

 

「心臓をねろうたはずなんやけどな。アホみたいに全力で突き入れとるから、避けりゃ無防備かと思うたんやけど」

 

「此方だって同じだ。身体が開いて、半身。肩足立で避けられるなんて、アタシもまだまだだ」

 

次々に爆発する火薬、響く爆音に銀閃が音叉のように音を鳴らし、翆は筋肉を締めて出血を抑えるとゆっくり槍を中程に構えた

 

互角の様に見えるが、明らかに霞の腕の方が重症であった。偃月刀は、ただ突き刺さっただけ

対する銀閃は、霞の腕をまるで獣が牙を立てたかのように皮膚を食い破り、翆のように止血をすることが出来ないでいた

 

アカンなぁ、助けるに隙を作り過ぎた。今更いうてもしゃあないけど、左腕に力がよう入らへん・・・

 

「一人でこっち来たんは、恋を立ち直らせるためやろ。さっきまでの恋なら簡単にとれた」

 

「さあな、アタシは兄様の顔を見に来ただけだ」

 

「白々しいヤツやな、退路は無いで。アンタほどの将がアホなことをしとるな」

 

「元より退路など無い」

 

時間稼ぎ、呼吸を整えるための言葉遊び、力の入らぬ左腕を少しでも動かすための間

 

しかし、翆はそれすら知っているのであろう、最後の言葉に全てが集約されていた

 

大地に根を張るが如く、どっしりとその場に腰を据えて槍を中程に構える

 

嵐の前の静けさのように、翆の周りだけが静寂に包まれ緊張した空気が辺に張り詰める

 

偃月刀を構える霞も同様に、重圧の有る城壁のような気迫を垂れ流し、近くに居た陳宮は圧力で身動きが取れぬほど身体が硬直していた

 

「重いな、それが張遼の背負うモノか」

 

「そっちは随分とデカイもん躯に押し込めてるもんやな。はち切れそうやで」

 

ニヤリと二人は笑うと、互いの得物を踏み込みと同時に前へと突き出した

 

身内に押しとどめた覇気を開放し、城壁のような圧力を前に押し出し、互いの武器が戦場に火花を散らす

 

「アイタゾ、突撃開始ダ!!」

 

爆薬にやられ、呉が兵を退いた隙に羌族と涼州の兵が地面を埋め、炎の壁の隙間を開けた時

 

前線に足を向けた薊が唇を噛み締め、一筋の赤い血が流れ落ちた

 

「アホンダラがぁ、直ぐにがけに押し戻せぇ!退いたら負けるがよぉっ!!」

 

退いた場所には、ぽっかりと隙間が空き、開いた隙間から此処ぞとばかりに騎兵隊が押し寄せ始めた

 

「崩れた場所に騎兵が流れこんだら一気に殺られる!祭ぃ!死んでも通すなぁ!!」

 

「解っとるわ!会陽っ!」

 

「応さ、鉄脊蛇矛のサビにしてくれるわっ!!」

 

薊の言うとおり、爆音で混乱する騎兵、そして不可解な武器で士気を落とした兵に騎兵が流れ込めば一気に滅ぼされてしまう

 

炎の壁の役割とは、敵の勢いを強制的にそぎ落とし、爆薬にて一気に戦力と士気を切り落とすこと

 

左翼へと合図の鏑矢を放てば、祭と会陽こと程普が即座に反応し溢れだすように迫る蜀の騎兵に食らいついた

 

駱駝騎兵を操る祭は、騎射にて敵を翻弄し、会陽は鉄脊蛇矛を振り回し騎馬ごと敵を一刀両断する

 

「ちぃ、火の壁とあのよう解からん武器で、前に出とった駱駝どもは減らされ過ぎたかぁ!穏っ!!」

 

「お任せ下さいー!」

 

「此処が見せ場じゃぁ亞莎ぇ!」

 

「はいっ!」

 

同じく左翼でも炎壁が開いた時、亞莎こと呂蒙が前線に立ちふさがり元の姿である武官の顔を見せた

 

「赤壁ではお見せできなかった私の護りをお見せしちゃいますよ〜」

 

即座に反応し、開いた火炎の壁に向けて陣形を車掛へと変化させ、穏と薊を中心として兵が回転を始める

 

炎の壁から出てきた騎兵に襲いかかる、一列の兵による長槍の横撃

 

まだ開いた隙間が小さく、敵も騎兵とはいえ少数で次々と乗り込んでくる敵に対し

 

摺鉦で削り降ろすかのように、呂蒙を先頭に兵達を回転させ次々に打倒していく

 

「あの可怪しな武器が厄介じゃぁ、どがあする?」

 

「陣を変化させ対応いたします」

 

「亞莎なら機を見れるかぁ」

 

「前に居るのはその為ですから、頑張ってもらいますよ〜亞莎ちゃんには」

 

穏の言葉を証明するように兵を引き連れ回転を続ける呂蒙は、敵の挙動に敏感に反応してを掲げた

 

同時に、呂蒙の動きを見た穏は、陣形を回転させながら流れるように鶴翼の陣へとV字に変化させ、爆撃に乗じて乗り込んだ敵を包囲殲滅へと追い込んでいく

 

「きさんの護りは玉石じゃぁ」

 

「ありがたきお言葉、ですが・・・」

 

「応、祭の方がキツイのぅ。冥琳は護りより攻め、勘がええ策様が居られる事が救いかよ」

 

見れば、爆撃を集中的に喰らい駱駝騎兵は数を減らしていた

 

前に立つ程普と雪蓮が敵を討ち、冥琳は穏と同じように雪蓮からの合図で即座に陣形を変え、蓮華が兵を先導、祭が騎射にて敵の機をずらし隙を作る

 

一見完璧に思える連携では有るのだが、護りとなれば穏より僅かに劣る。それに加え、雪蓮と蓮華が居ることを嗅ぎとった羌族の王

 

迷当が騎兵と爆薬を多く携え、左翼よりも攻撃が強く留まる事が無い

 

「敵ト内通シテイルカト思ッタガ、無用ノ心配デアッタヨウダナ」

 

目線の先は、後方で関羽の側に立つ鳳統。迷当は、敵地に入り込み、見つかったが無傷で帰った鳳統を信用しては居なかった

 

当たり前だ、敵の手を借りて此方に帰って来たのだから。信用しろという方が難しい

 

だが、この戦果を目の当たりにすればよく分かる。裏切ったわけではない、彼女が敵地に入り込んだのは、自分達が使う黒色火薬が有るか無いかだ

 

敵も同様に使うのならば、戦の方法を変えねばならない。だが、敵地には黒色火薬など欠片も無かった

 

ならば使う。敵に無い力、大きく、一気に戦場を塗り替えられるこの力を。命を賭して手に入れた情報は、眼前の敵を圧倒しているのだ

 

「首ヲモラウゾ、呉ノ王ヨ」

 

信用に値すると大斧を握る迷当は、騎兵に一歩も引かず、襲いかかる爆薬をまるで予め知っているかのように避ける雪蓮へと騎馬を疾走らせた

 

「あ、来ちゃった。後おねがいね、会陽」

 

「任されたっ!」

 

「悪いけど、あの人に名を呼ばれるまで死ぬわけにはいかないのよ・・・ねっ!」

 

前に突出し、迷当の操る騎馬を鉄脊蛇矛で両断する程普。放り出された迷当は、動揺することなく異形の仮面の奥底で瞳を光らせ

 

自然体で待ち構える雪蓮へと大斧を振り下ろした

 

「・・・小覇王カ、ナルホド」

 

「味わってみる?揚州全域を支配した力を」

 

振り下ろされる大斧をまるで木の葉を払うように横薙ぎで、迷当の躯ごと弾き飛ばした雪蓮

 

空中で巨体を猫のように丸めて着地した迷当は、己の大斧に付いた刃こぼれを見て仮面の奥の瞳が鋭くなり、仮面に手を掛けて脱ぎ去った

 

顔の半分には、王の階級を表す刺青、風の神ヌラシャッハ・イルハラドゴン。仮面を脱ぎ去り、刺青を見せた迷当の躯からは殺気が鋭く発せられた

 

「我ガ勝利ヲ、風ノ神ニ捧グ」

 

斧を縦に、祈るように額に当てた瞬間、巨体が目の前から消え去った

 

顔の引きつる雪蓮は、一瞬で危険を感じ取り剣を地面に突き刺して逆立ちするように地面から足を離せば

 

地面は大斧の一撃で大きく抉られ、ポッカリとまるで落とし穴のように口を開けた地面が出来上がっていた

 

「やば・・・」

 

「フンッ!」

 

咄嗟に足を地面から離したまでは良かったが、宙に浮いた躯は格好の的

 

昭でも無い限り、空中で躯を捻り、軌道を変えて避けるなど不可能に近い

 

えっと、こうやってこう?

 

全力で振りぬかれる迷当の斧。誰もが眼を覆いたくなるような風を轟音と共に切り裂く一撃に、雪蓮の躯がかき消されたはずだったが

 

「イタタッ、難しいわねー。よくこんなの出来るものね」

 

「チッ」

 

地面に音もなく美しく着地する雪蓮と舌打ちし、顔を顰める迷当

 

あの一瞬で、雪蓮は魏で何度も見た昭の動きを舞を天性の才で再現して見せたのだ

 

 

 

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「手、痺れちゃった。剣が上手く握れないかも、なーんてね」

 

挑発するように手を態とらしくブラブラと振る雪蓮に、迷当は額の血管が浮き上がるほど怒りを見せた

 

握る大斧が震え、殺気はより鋭く雪蓮の肌を刺激するが雪蓮は笑う。内に秘めた猛虎が真っ白な牙を見せて咆える

 

早くあの獲物を食わせろ、ヤツの肉体を引き裂かせろ、血の海に沈め勝鬨と共に咆哮を天に轟かせろと

 

ダメよ、もっともっと魅了したように私しか眼に入らないようにしなきゃ。そしたら思う存分、喰らわせてあげるわ

 

「フンッ!」

 

「えっ!?」

 

更に、剣を地面に突き刺して手首を揉んでいた雪蓮に対し、迷当は同じく大斧を地面に突き刺し大きく息を吐き出した

 

「突撃、騎射ニテ一掃セヨ」

 

吐き出した息に怒気を全て載せたのか、迷当の顔は無表情に変わり背後で炎の壁をさらに開く騎兵達に指示を送った

 

思い切り眉根を寄せる雪蓮に迷当は鼻で笑い、雪崩れ込んでくる騎兵を静かに斧を持ち上げ指揮を取る

 

「挑発シ、意識ヲ向ケヨウトシテイタダロウ。ツマリ、コウサレルト厄介ダトイウ事ダ」

 

「さあ、どうかしら」

 

「金煌ヲ受ケ継グ娘、貴様ノ言ウ通リノヨウダ」

 

後方、炎の壁の向こうで見え隠れする黄金の三叉槍を持つ蒲公英の姿に雪蓮は、歯を噛みしめた

 

士気の下がった所になだれ込み、爆薬を着けた矢を放つ羌族と涼州の混合騎兵に蹂躙され始める呉の兵達

 

応戦する祭の騎射や程普の攻撃では追いつくことが出来無い敵の激流のような突撃に、指揮を取る蓮華も同様に唇を噛みしめた

 

「だが遅い、貴様の注意を一瞬でも引ければ此方が勝機を見いだせる。行け、明命っ!」

 

叫ぶ冥琳の言葉に反応し、忍ように迷当と交差するようにして炎の壁の向こう側へと入り込んだ周泰が、密集し隊列を組む騎兵達を切り伏せていく

 

隙をつき、内部に入り込めば、炎の壁の前で矢を構え隊列を作り待機する無防備な騎兵達

 

援護として下手に撃てば、敵方面に流れ込んだ仲間に爆風が当たってしまう

 

機をみて撃ち放つため、無防備に矢を番えて待機する棒立ちの騎兵を周泰率いる隠密部隊が一方的に蹂躙していた

 

「だから蒲公英が此処に居るんだよ。攻める時が最も隙が多くて危ない時なんだからねっ!」

 

「うわっ!?」

 

呉の動きに気が付いていた蒲公英は、金煌を振り騎馬から下りた手勢を隠密部隊へと向け、暴れまわる周泰に金煌の一撃を見舞う

 

野太刀のような長刀で槍を受けた周泰は、蒲公英の武器に顔が青ざめ口の端を吊り上げる蒲公英から即座に間合いを取った

 

「解っちゃった?この武器ね、三叉なのは敵の武器を破壊する為なんだよ。相性バッチリだよね、その武器と」

 

「うう〜っ」

 

口元に軽く握った拳を当てて、意地悪そうに微笑む蒲公英

 

蒲公英の言うとおり、三叉にわかれた槍は、敵の武器を受け止めるか、ワザと受け止めさせ捻り破壊する物

 

長刀である周泰の武器は明らかに不利であり、破壊もしくは絡めとるには容易い

 

「蒲公英にピッタリだよね。だって凄く意地悪な作りだもん」

 

音が出るほど底意地が悪そうににっこり微笑む蒲公英は、前へ前へと間合いを詰めて槍を真っ直ぐ突き放つ

 

少しでも掠れば、少しでも穂先の間に入れば捻り、巻き込み、叩き折るとばかりに無造作に突きを放っていく

 

周泰は、間合いを詰められては長刀は容易く破壊されてしまうため常に後ろへ後ろへと下がるしか無い

 

先端を当てるように、槍のように使って長刀を扱うしか周泰には選択することが出来なかった

 

「サア、貴様ラノ敗北は目前ダ。ユックリ戦ヲ楽シモウデハナイカ」

 

「嫌よ。ゆっくりなんてしてられない、全開で行かせてもらうっ!」

 

先ほどとは打って変わり、姿勢を低く猛虎のような瞳と殺気を見せ、開く口元から覗く犬歯は牙の如く

 

飢えた獣そのもののような姿を見せる雪蓮は、トントンと横にステップを刻み、不規則に猛禽類のような鋭い剣閃を放つ

 

「俺ト同ジ速度トハナ、面白イ」

 

「ハァァッ!」

 

肉体の支点が膝である人の動きではない、獣と同じ腰を支点として軌道を変える靭やかで強靭な雪蓮の剣撃を受け止め

 

流れるような連撃に容易く着いて行く迷当は、再び先ほどのような巨体では考えられぬ、風の神をその身に宿したかのような動きを見せた

 

「抜かれただとっ!?おのれ、追撃が間に合わぬとしても軌道を変えろ、呉の意地を見せろ魏王の元へと行かせるなっ!」

 

騎射にて爆薬を付けた矢を放ち、隊列をいとも簡単に崩して突破していく蜀の騎兵達

 

無理矢理にでも、隊をぶつけてでも敵兵の進路を変えて華琳の元へ行かせまいとさせる冥琳

 

だが、騎馬民族である羌族を前に、呉の乱れた騎兵ではとても追い付くことは無い

 

突破と加速を許してしまえば、彼らは一気に目標へと矢のように雪崩れ込む

 

「モラッタゾ、魏ノ王ヨ!」

 

騎兵隊を率い、突破した右翼から斜めに、一直線に魏王、華琳の元へと騎兵が雪崩れ込む

 

穏は驚愕し、呂蒙は眉根を寄せ、薊が竹簡を握りつぶす

 

砂煙を上げる敵兵の接近に無意識に華琳の前に躯を向ける桂花、同じく羽扇を手に笑を絶やさぬまま盾のように躯を投げ出す水鏡

 

流琉と季衣は、虎士達に指示を出し、菱型の方円の陣を組み敵に備える

 

兵の誰もが腹をくくり、昭と秋蘭までもが呂布よりも後方の敵の攻撃に向かい、王の盾になろうとした時

 

【来た】と呟き、稟だけが極氷のクレパスのような笑を浮かべた

 

「雷を携え、雲が日輪を守護する為、戦地へ集う。叢雲が放つ雷をその身に刻め」

 

迫る敵騎兵。だが、静寂に包まれる魏軍の後方から微かに音が響く

 

陽炎の中、少しずつ少しずつ、こちらへと近づいてくる影は、次第に大きく地面を震わせるほどの音を鳴り響かせる

 

絶望に染まりそうになる魏の兵達の眼に映ったのは、後方から魏の旗を掲げて近づく人々

 

李通と鳳が率いる警備兵に先導され、それぞれに旗を持つ民達

 

「間に合ったようじゃの。さて、父様に聞かせてやるとしようかの。我等の声を」

 

「うんっ!」

 

先頭に、李通と鳳、そして七乃に守られた美羽と涼風は、二人同時に大声で叫ぶ

 

【父様(お父さん)がんばってーっ!!】

 

遠く戦の喧騒、騒音にかき消される声。だが、娘たちの声は、子供たちの声は、例え聞こえずとも昭に無限の力を与え続ける

 

呂布の瞳にも映る魏の旗。増援かと武器を構え、強引に前に突き進もうとした瞬間、躯がまるで緊縛されたかのように動かなかった

 

何故ならば、目の前で先ほどまで乱撃に蹂躙されていた男から得体の知れない殺気、気迫、それらが入り混じったモノに押さえつけられたからだ

 

人とは此処まで恐ろしく、凶悪な顔を見せることが出来るのかと、呂布の背筋に今まで感じたことのない冷たいモノが流れ落ちた

 

「昭っ!?」

 

「後ろへ、華琳の元へ行け。此処は死んでも通さん、ヤツは此処で殺す」

 

昭から聞いたことがない荒々しい言葉が吐かれ、宝剣を二つ投げ渡された秋蘭は、何かを感じ直ぐに踵を返して後方へと走った

 

走り、王の元へと向かう秋蘭の眼に映るのは、光と爆煙、そして炸裂音

 

「華琳様ーっ!!」

 

叫び走る秋蘭だが、目の前には爆炎と砂煙。爆風に視界を遮られ、腕で防ぐように前を見れば

 

風で消え去る砂煙の中から無残な人であったモノの肉片が地面に大量に転がり落ちていた

 

「あ・・・ああ・・・華琳様・・・」

 

絶望に染まり、言葉を無くす秋蘭であったが、砂煙が全て晴れた時、現れたのは無事な魏兵と華琳の姿

 

「華琳様、ご無事でっ!!」

 

「ええ、皆のお陰で私はなんともないわ」

 

良く見れば、地面に転がっているのは蜀の兵。魏の方円の陣の近くまで来て、何故か虎士達にたどり着く前に自らの爆薬で殺られていた

 

「おまたせ致しました稟様、ご所望の矢です」

 

「ご苦労様です。秋蘭様、これを」

 

投げ渡される小さな瓶の付いた矢に秋蘭は首を傾げた

 

「コレは?」

 

「それは美羽と共に創りだした、雷を溜めておける瓶です。矢が敵の身体に突き刺されば、敵に雷を喰らわせる事が出来ます」

 

「雷だと!?いったいどうやって」

 

「説明は、戦が終わってからゆっくりと。それよりも、敵の武器は電気に弱いようです。意味は分かりますね?」

 

「了解だ、敵を全て我が矢にて討ち取ってくれよう」

 

第一陣がやられたのを目の当たりにしていても迷わず流れこむ騎兵

 

対する秋蘭は、一人、特殊な矢を番え寸分違わぬ射撃術で敵の肉体に食い込ませる

 

放つ二股に分かれた鏃に繋がれた陶器の瓶は、敵の肉体に食い込んだ瞬間、眼に見えるほどの火花を放ち、携える爆薬に引火

 

第二陣の騎兵隊は、次々に付近の爆薬に引火し大爆発を引き起こし、騎兵は無残な肉塊へと変わり果てた

 

「これが、毛皮とごむを擦り合わせ発生した雷を溜める瓶。昭殿は雷電瓶と呼んでいましたがね」

 

そう、稟が大量の毛皮を使い、美羽の自然学の知識と合わせ作り上げたのが現代でいうコンデンサ

 

つまり、ライデン瓶。またの名をエレキテル。だれでも簡単に作り出せるライデン瓶の歴史は古い

 

静電気もまた、古くから雷と同様のものと知られてきた。稟は、風の知識と真桜の知識を取り込み、そして美羽の知識を合わせ

 

静電気に弱いとされる黒色火薬に対する武器として、蓄えれば感電すらさせることの出来るライデン瓶を想像だけで創りあげていた

 

「これにて秋蘭様は、真に雷光と呼ばれることでしょう」

 

敵の文字通り砕け散り血雨を降らす光景を眺め、稟は不敵に笑い

 

水鏡はその姿を見て【神算鬼謀】と呟き己を超える鬼才に身を震わせていた

 

「さあ、反撃を開始しますよ」

 

 

説明
武舞 二部まで来ました

今回、合わせて聴いていただきたいのはこの曲です

The Liberation of Gracemeria

http://www.youtube.com/watch?v=o_-G9W5QXGo

戦場を埋める黒色火薬の爆風
果たして、このまま魏は一方的にやられてしまうのか?



眼鏡無双の方は楽しんでいただけたでしょうか?
まだプレイしていないという方は、此方の献上物からどうぞ
http://poegiway.web.fc2.com/megane/index.html
フリーゲームですので、無料で楽しむことができます
感想などを送っていただけると喜んだりしますw

何時も読んでくださる皆様、コメントくださる皆様、応援メッセージをくださるみなさま、本当に有難うございます。これからもよろしくお願いいたします
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コメント
これは・・・魏は勝っても稟ちゃんはお尻ペンペンマシマシの刑決定ですね…(アーバックス)
やっぱり昭は抵抗策を用意してたんですね。でも何かを守る時の昭は格好いいです。(咲実)
これは、昭くんに敗北という文字がなくなりましたね。 この先は一方的な蹂躙戦にもなりかねない感じですかね?(神余 雛)
黒色火薬に対し、電気で自爆させるという策が発動したことで雛里の立場が危うくなりそうだな。(garnetgo)
民や娘達が戦場近くまで来てる=背水の陣と同等いやそれ以上の効果を発揮しそうですねぇ(shirou)
きょうだ(garnetgo)
雷電瓶によって火薬は防ぐことができ、雲兵は無事、そして家族らの応援で士気は回復するでしょう。ここからの展開が楽しみすぎるw(破滅の焦土)
3行目の「兵隊ちは」は「た」が抜けていると思います。雷電瓶を持ってきたんだろうけど、美羽と涼風を戦場まで連れてきたことを後に怒りそうだよな〜。ここまでやってるとこの後何が出てきても驚きそうにないかもw(KU−)
山頂に登ることで遠くが見えるだけの虎を地平の先を見通せる鳳と評し、空を飛ぶことで天に近いだけの鳳を天の頂まで昇っていける龍と評する等、水鏡は人の世の道理についてはかなり疎い印象がありますね。だからこそ、真なる龍である稟を見誤ってしまったのでしょう。(h995)
何か対策があると思ってたけど・・・確かに火薬の天敵は電気だな。花火作る時も静電気対策するくらいだし・・・・。(とんぷー)
蜀の騎兵の皆様に合掌・・・(anngetuuteki)
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