真・恋姫?無双 想伝 〜魏?残想〜 其ノ十四
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『邂逅』

 

 

 

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砂塵が舞い、怒号が響き渡っていた。

血で血を洗う争い。国単位の戦でなくとも、その本質は変わらない。

 

 

討ち破った黄巾の一団を追い立てる群れの中で、一刀は声を張り上げて指示を出していた。

 

 

 

「深追いはするな!お前達の命が最優先だ!」

 

 

 

その声が戦場に響き、少しの時間が経つ。

指示通り深追いはせずに、一刀率いる隊は整然と引き揚げて来た。

 

粗野という言葉がぴったりな男が小走りで一刀の元に駆け寄って来る。血と汗で汚れた顔に野性的な笑顔を浮かべて。

 

 

 

『兄貴ぃ!俺達の大勝利でさあ!』

 

「大勝利ってほど華々しいもんじゃないよ。怪我人は?」

 

『へい!ざっと三十人ほど』

 

「三十人か……分かった。一旦襲撃を受けた村まで下がろう。村の被害状況を見て、必要なら民の手当てを。それと隊の皆に村で狼藉を働かないよう言い聞かせておいてくれ」

 

『そんなことはしませんぜ。兄貴や姐さんの顔を潰すわけにゃ行きませんや』

 

「吉利の前では間違っても姐さんとか言うなよ?殺されかねないぞ」

 

『へへっ。そっちも重々承知してますよ』

 

 

 

男はそう言って鼻の下を指で擦った。

 

 

 

現在一刀の率いている荒々しい面々。

数日前までは近隣で略奪を働いていた、言わば山賊だった。

 

 

 

 

事は数日前に遡る。

数日前、一刀と華琳は連れ立って山賊退治に赴いていた。

 

 

 

 

 

 

 

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「殲滅」

 

「残念だけど却下だ。包囲の手を緩める気はないけどな」

 

 

 

山の麓に布陣している軍の中で、一刀と華琳は顔を突き合わせて意見をぶつけていた。

 

兵力をそれなりに増やし、少しだけだが軍を分散できるようになった今。

一刀と華琳は隊を率いて、郡内の民から報告にあった山賊を討伐しに来ていた。

 

 

((件|くだん))の山賊は、山賊という名の通り山に潜伏しているが、偵察に送った兵達は彼らを発見できなかったらしい。

 

しかし収穫が無かったわけではなく、彼らは山に三ヶ所の洞穴を発見していた。

つまりその報告を受け、改めてどう動こうかの話し合いをしている最中というわけだった。

 

 

既に手は打ってあり、三つある洞窟の内一つは土砂や瓦礫で塞いだ。

残る穴は二つ。そして篝火を焚いていない夜の行動なので、滅多なことが無ければ気付かれない。

 

 

あとは方法のみだった。

 

 

 

「殲滅はあんまり上手い手だとは言えないだろ?彼らは略奪をした。それは事実だけど最悪、民の命までは奪っていない。最後の一線はまだ越えていないんだ。どうせだったら説得して、軍に組み込んだ方がいい」

 

「それが一番良い方法だということは私にも分かるわ。でも、略奪を貧しい民から行えばそれは死に直結する。そういう意味で言えば彼らは私たちが殺してきた獣のような賊と同罪よ」

 

「同罪かもしれない。でもまだやり直せる可能性がある段階での殲滅には賛成できない」

 

「じゃあ逆に聞くけれど。説得が上手くいって山賊達を軍に組み込んだとする。そうしたらあなたは略奪を受けた郡内の民に何と説明をするの?『この山賊達は改心した。うちの軍に組み込む』と言って略奪された者達の立場を蔑ろにするつもり?」

 

「そんな気はないよ。さっきも言ったように彼らにはまだやり直せる可能性が残ってる。幸いにも、俺達の対応が早かったお陰で餓死者は出ていないんだから」

 

「……じゃあ、どうするのよ」

 

「彼らを捉えて、略奪を受けた麓の村の民達に向けて謝らせる。許してもらえるまで、何度でも」

 

「……面倒なことに蓋をして賊になった連中よ?捕えられたからと言ってそんな殊勝に謝るかしら」

 

「謝らせるよ。じゃなけりゃこの提案に意味は無いし、彼らにも明日は無い」

 

「どちらにしても最後は略奪された民達次第ね。……吉利隊、向こうの穴に移動するわよ」

 

 

話を打ち切り、華琳は自分の隊に声を掛けて一刀に背を向ける。

自分の考えを尊重してくれた華琳に心の中で礼を述べつつ、その背中に声を掛ける。

 

 

 

「華琳。気を付けろよ」

 

「はいはい。出来るだけ殺さないようにするわ」

 

「頼んだ」

 

 

 

それだけの会話で、意思疎通は完了した。

説得するには、山賊達の中に死人を出してはいけない。死人が出れば、それだけ状況は悪くなる。

 

山賊達とはいえ同じ人間。大切な者もあれば、愛しい人もいるだろう。本来なら考えるべきことではないのかもしれないが。

 

しかしそれは同時にこちらにも適用される。

こちらの兵士達にも、街で帰りを待つ人間や伴侶がいる。当たり前だが死にたくもないだろう。

 

だからこそ、こういう面倒で繊細な作戦では。

 

 

 

「さて、と。行きますかね」

 

 

 

一刀や華琳のような実力者が前に出る。

相手も自分も死なないために、実力で相手の意識を刈り取れる人間が。

 

 

敵は凡そ百人弱。

こちらも百人弱。しかし敵を殺さないようにと意図的に行動できるのは二人だけ。

 

一刀は改めて自分の呈した作戦がどれだけ馬鹿な内容なのかを自覚しながら、決意と覚悟を胸に秘めて洞窟の中へと歩き出した。

 

 

 

 

 

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『ず、ずびばぜんでじだ……』

 

 

 

 

結果として、山賊達は略奪を行った村の民達に謝罪した。土下座で。

 

村人達は渋い表情をしながらもその姿に同情したのか、寛容な心をもって山賊達を許した。

それどころか村人達数人は濡れた布や治療用の布を持って来て山賊達を手当てするという有り様だった。

 

もっとも、他の山賊達は多少の切り傷や打ち身があるだけで。

謝罪をした山賊達の頭と思われる男のようにボコボコにされているわけではないのだが。

 

 

それを少し離れたところで眺めながら、華琳は後ろの一刀に話しかける。

 

 

 

「良かったわね、あなたの思惑通りになって」

 

「……思惑通りにとか言わないでくれ。村人達の心情までを完全に把握していて、計画通りに進めたみたいな感じじゃんか、それ」

 

「あながち間違っていないとは思うけど?」

 

「ああ……うう……」

 

 

 

失態を犯したと身体全体で表すかのように、一刀は呻き声を上げる。

さすがに鬱陶しくなったようで、華琳はイラッとした表情で後ろを向いた。

 

 

 

「いいじゃない。結果として丸く収まったのだから。あなたが気にするようなことではないわよ。あの山賊達にもいい薬になったのではなくて?上下関係を確立するという意味でもね」

 

 

一刀は、民家の壁に手を当てて猿の反省のようなポーズを取っている真っ最中だった。

そんな無様ともいえる姿を見て、華琳は溜息を吐くとともに洞窟内での出来事を思い出していた。

 

 

 

 

 

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「ああもう鬱陶しいわね!」

 

 

 

迫り来る山賊達を軽くいなしながら、洞窟の奥へと進む華琳は苛立っていた。

別に殺したくて堪らないとかそういうわけではないのだが、やはり弱い者が群れて襲い掛かってくるのには苛立ちを禁じ得ないようで。

 

不殺というのは案外難しい、と辟易しつつも一刀の方針上仕方のないことだと諦めて、剣を振るっていた。

 

自らの得物である倚天と青スではない、この作戦のために用意された刃を潰してある二振りの剣を。

 

 

 

しかし、苛立っていながらも敵を片付ける手際は良い。

その原動力は無論、北郷一刀という青年。早く終われば終わるほど、彼と一緒に居られる時間が増えるというもの。

 

紫苑という友人。友人と書いて時に強敵と読むその存在。

一刀の傍に自分以外の女が増えた今、彼との時間を作るというのは何事にも優先される急務なわけである。

 

この先おそらく――いや絶対。彼の傍には多くの女性達、少女達が集まるだろう。

そしてその半数以上は彼を好きになる可能性がある。というかその可能性が高い。

 

そうなる前に自分の立ち位置を確立せねば!と人知れず燃えている華琳なのだが、その辺りの問題は特に無いということを彼女自身そこまで強くは自覚していなかった。

 

ぶっちゃけた話、一刀がこの外史に降り立ったのは華琳と再会するため。

それだけで周囲の女性より遥かにイニシアチブを取っているというか、まあ有利であることはまず間違いない。

 

一刀自身も自覚していないだろうが。彼の中で、やはり華琳は特別であって、特別以上の存在なのだろう。

 

一刀と華琳。

どちらも心の最奥にある無意識の考えには気付かぬまま、今は事態を早く収拾しようと武を振るっていた。

 

 

 

「戦意を失った敵、負傷した敵は捕らえて外に連れていきなさい」

 

 

 

華琳の指示に従い、気絶した敵や投降した敵は部下の兵が数人掛かりで外へと連れ出していく。

 

言わば彼らは今回の作戦に於いて、そういう役割を担う者達だった。華琳や一刀が敵を無力化し、兵達がそれを捕える。つまり、適材適所。

 

部下の彼らとて、好き好んで殺しをしたいわけではないだろうし、好き好んで戦いをしたいわけではない。

 

一刀の提示した作戦は、そういう意味でも被害を出さないものだった。肉体的にも、精神的にも重すぎない戦い。

 

甘いとは思うが、今の華琳はそういう甘さも嫌いではなかった。

 

 

 

「さてと……そろそろ一刀達と合流してもいい頃だと思うけど」

 

 

 

それなりに奥へと進んできたと感じ、周囲を見回す華琳。すると――

 

 

「え?」

 

 

その前方。僅か数十メートル先の壁に、唐突に、男が横合いの通路から飛んできて、激突した。

 

 

 

土埃が舞い、華琳の後ろに着いていた兵達もなんだなんだと騒ぎ始める。

その男が飛ばされてきた通路から、上着の長い裾を靡かせて超然と歩いてくる人物が一人。

 

 

その人物は壁に激突した男の胸倉を掴んで、上半身を起き上がらせる。そして、男の顔の前に拳を構えて、こう言った。

 

 

「おーい。もう一発いっとくかー?」

 

 

 

 

 

無論、その人物とはこの作戦の立案者であり、華琳の想い人であり、魏興郡の太守でもある、北郷一刀その人だった。

 

 

 

 

 

 

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「で、結局なんでああなったのよ?」

 

「いや、そのな。あの山賊の頭が人の話を聞かないもんで」

 

「話?」

 

 

壁に手を付いたまま反省のポーズを崩さない一刀の台詞に華琳はキョトンとした表情で首を傾げる。

王という殻から解き放たれた影響か、一瞬その愛らしさに不覚にも言葉を失った一刀だったが、やがて我に返るとコホンと咳払いをして話を続ける。

 

 

 

「俺はあんたらを討伐しに来た。でも殺す気はない。身の安全は保障するから投降してくれって言ったんだよ」

 

「ふうん。まあ妥当なところね。もう少し強気に出てもいいと思うけど」

 

「……はは、そこは後々勉強させてくれよ。まあ、そしたら頭っからこっちの話を否定し始めてさ。嘘だ!そんなこと信じられるか!って具合に」

 

「普通の反応でしょうね。普通なら賊は討伐。罪科に問わず、賊という枠組みに認定されてしまえば多少の非人道的な討伐方法も許されているだろうし」

 

「嫌な話だ、まったく」

 

「それで?」

 

「ああ、それで話を聞かずに襲い掛かってきたんだよ。他の山賊の皆さんは殆んど投降してたってのに」

 

「意地か何かだったのかしらね、それは」

 

「話を聞いてみないことには分からないけどな。まあそれで、なんというかこう……条件反射でというか」

 

 

言い難そうにしながら、一刀は後頭部をがしがしと掻く。

 

 

「自分が大将だってのに他の仲間というか、部下のことを考えてない行動に腹が立っちゃって、それで」

 

「つい手が出た、と」

 

「……面目無い」

 

 

そう言って一刀は反省するように俯いた。

そんな一刀を見てやはり華琳は溜息を吐き――ポン、と一刀の頭を軽く叩いた。

 

 

 

「痛てっ」

 

「痛いわけないでしょう、軽くやったんだから」

 

「でも何かさ、軽くでも叩かれるとつい声に出しちゃわない?痛てっ、て」

 

「まあ、確かに――ってそんなことはどうでもいいのよ。私が言いたいのは、別に良いんじゃないかってこと」

 

「別に、良い?」

 

 

言われていることの意味が分からず、一刀は眉根を寄せて難しい顔を作った。

 

 

「もしあなたが自分の提示した作戦のことも忘れて、ついその山賊を殺しでもしていたらそれは確かに問題よ。でも、無力化という意味では間違ってない。何より、自分たちの身の安全が最優先よ」

 

「いや、でもさ」

 

「でも、じゃない」

 

 

ぴしゃりと言われ一刀は怯んだ。再度、華琳は溜息を吐く。

 

 

「一刀の中では気になることでも、それは別に気にしなくてもいいことだと思うわ。考えようによってはそうやって山賊の頭を無力化したことで、あなたは自分と自分の隊と、あの山賊達の命を守ったことになるのだから」

 

「うん?」

 

 

いまいちピンと来ない華琳の言葉に疑問符を浮かべる。

流石にここまで言って分からないとは思わなかったのか、華琳のこめかみに青筋が浮かび上がった。

 

 

「だから!あなたが最初に言ったことでしょう?彼らはまだやり直せる場所にいるって」

 

「……あ、そっか」

 

「そういうことよ。もし、あなたやあなたの部下が死んでいたり傷付いていたらこの作戦の意味そのものが無かった。それは山賊達を対象に考えても同じ。だから、あなたのやったことは間違いではないのよ、一刀」

 

 

 

一度言葉を切って、華琳はちょっとだけ恥ずかしそうにそっぽを向いた。

 

 

 

「だから、自分のやったことを憂いたり気にするのではなく、時には誇りに思いなさいよ」

 

 

 

ぶっきらぼうながらも、最後を優しげな言葉で締め括った華琳。

しかし、それでも完全には一刀の表情の曇りは晴れない。華琳は再度首を傾げた。やがて一刀が口を開く。

 

 

 

「もちろん、あの山賊の頭に対してちょっとやり過ぎたかなっていうのもあったんだけどさ。それとは別にもうひとつあって」

 

「……何よ?どういうこと?」

 

「いやほら。華琳の前ではああいうところを極力見せたくないなーって思って」

 

「……」

 

 

 

言い辛そうに語られた台詞に華琳の眼は点になった。

 

一拍置いて、彼女の口からクスッという微かな笑い声が漏れる。

それをただ笑われたと思ったのか一刀の眉が少し下がった。微妙な表情になって頭を掻く。

 

 

 

「なんて言うか、気にし過ぎてるのは分かってるけどさ。それでもやっぱりああいう……好戦的?みたいなところは見せたくないんだよ」

 

「馬鹿ね、まったく」

 

「馬鹿!?まさかの暴言!?」

 

「違うわよ、勘違いしないで。でも、そうね……そういうことなら私も言わせてもらうわ」

 

 

 

少し何かを憂いている表情を一刀に向けて、華琳は言う。今までずっと、自分の中にもあったモヤモヤを。

 

 

 

「私だって、一刀には見せたくないわよ?」

 

「へ?」

 

「私が戦場で武を振るっているところ。流石にそこだけは、お世辞にも女らしいとは言えないもの」

 

 

 

華琳はそう言って、少しだけ儚げな笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

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ふと数日前のことが白昼夢のように思い浮かんでいた一刀は頭を振って現状へと頭を切り替える。

 

 

 

 

 

『太守様。この度は誠にありがとうございました。村の者達を代表してお礼を……』

 

 

 

黄巾の一団を敗走させ、その襲撃を受けていた村まで下がった一刀達。

救援が早かったせいか然程の被害を受けてはいなかった村にて一刀は村長からの感謝の言葉を受けていた。

 

 

 

「ああ、いや。そう畏まらなくてもいいよ。それで、村の人達に死傷者はいないんだな?」

 

『はい。これも太守様のお陰ですじゃ』

 

「そう大層なことはしてないつもりなんだけどな。うん、まあでも感謝は有難く受け取っておくよ。村長さん、他に何か困ってる事とかはないかな?」

 

「いえ、滅相もない!我らは命を救って頂いただけでも十分でございます……」

 

 

 

慌てて手を振る村長を見て苦笑いしながらも、一刀の眼は村の様子に向いていた。

 

決して裕福とは言えない、それどころか貧しいと言えるであろう村の様子。

 

そんな中、近付いてきた兵の一人が一刀に何かを耳打ちした。一刀が頷き、小声で何かを言うと兵は一礼をして去っていく。

 

 

そんな様子を見て、一刀はまた苦笑した。

 

数日前まで山賊の一派だったとは思えない行動や所作。

華琳の言う通りあの一件は、部隊的な上下関係の確立にも役立ったらしい。

 

個人的にはあまり褒められたものだとは言えないが。

 

部下からの報告を受けた一刀は改めて村長に目を向ける。

報告を受けていた時の真面目なものとは違い、その表情は人に警戒心を抱かせない柔和なものだった。

 

 

 

「今、部下から報告があったよ。太守に黙ってこっそりと蓄えていた食料をさっきの賊の一団に根こそぎ奪われた――と、村の人から聞いたそうだ」

 

 

 

それを聞いて村長の表情が青ざめる。

まるでそれが当たり前のように、まるでそれに慣れているかのように、村長は瞬く間にその場へと平伏した。

 

 

 

『も、申し訳ございません!! しかしそうでもしなければ村の皆が飢えて死んでおったのですじゃ!』

 

 

 

ガタガタと震える村長。目の前にいる青年は、若いとはいえ現太守。

睨まれれば自分どころかこの村も危うい。村長の肩に一刀の手が静かに置かれる。村長の震えが一層大きくなった。

 

しかし

 

 

 

「生きる為だったんだろ?なら仕方が無かったろうさ。村長さん、あなたのやったことは間違いじゃないよ」

 

「――へ?」

 

 

 

一刀の口から放たれた優しい言葉は、村長にとって予想外のものだった。

恐る恐るといった風に、村長は顔を上げる。それに一刀は笑い掛けた。人好きのする、柔和で頼もしさすら感じる笑み。

 

 

村長の顔が上がったのを確認して、一刀は元いた場所に座りなおした。そして笑顔から一転、仏頂面で頬杖を付く。

 

 

 

「大体さ、あの太守がそもそも何もしなかったんだから村長さんのやったことも当たり前だよ。村長さんとしても村の人達を護るっていう責任を抱えてんだし。……まあ、逆に? 普通はそういうことに気付かなきゃいけないんだけどねー、太守がさ」

 

 

 

完全に愚痴。

 

全ての責任が前の太守にあるとは思えないが、それでも一刀とにとって前太守の行動は怠慢以外の何物にも思えなかった。

 

事実、怠慢なのだが。

 

状況をあまりよく呑み込めていない村長は頭の上に疑問符を浮かべながらも、ただひとつのことが気になっていた。

 

 

それは即ち。

 

 

 

『あ、あの太守様? それで、その……お咎めの方は』

 

 

 

自分や村人が罰せられるかそうでないか。

 

一刀は一瞬キョトンとした表情を浮かべ、何の気なしに言った。

 

 

 

「無いよ。お咎め無し」

 

 

 

村長の体から緊張によって入っていた力が一気に抜けた瞬間だった。

 

 

 

 

 

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「それじゃ、少しだけ食料を置いていくよ。少しの足しにしかならないかもだけど、今後に関してはなんとか手を回すから安心してくれ」

 

『本当に何から何までありがとうございます。このご恩は一生忘れません』

 

「忘れてもいいよ。というかこんなことで一生忘れない恩を感じてたらキリが無いって」

 

 

苦笑しながら一刀は、後ろ手に軽く手を振る。

深々と感謝の礼をしたままの村長を背後に、村の中ほどへと歩き出した。

 

 

 

「さて、報告にあった黄巾党は取り敢えず討伐した。この村の現状も把握した。そろそろ帰れそうだな」

 

 

 

一人歩きながら一刀は自分が口にした言葉に頬が綻ぶのを感じた。

やっぱり、帰る場所があるっていうのは幸せなことだと思う。何よりそこに、大切な人がいるとなれば尚更。

 

 

しかし、唐突に歩を進めていた足がピタリと止まる。

一刀の視線の先には自分の部下である元山賊の頭が、村の女性に言い寄っている姿があった。

 

 

 

『なあ姉ちゃん。別嬪だな、あんた』

 

『は、はあ。その、ありがとうございます』

 

 

 

男の表情は真剣そのもの。顔つきは粗野だが、別に不細工ではない。

その真摯な眼光にやられたのか、女性の方も満更ではないようで頬を少しだけ赤く染めていた。

 

 

しかし男の唐突な台詞に戸惑ってもいたが。

それに気付かない男は、無意識の内に女性へと一歩近付く。女性はそれに倣って、一歩後ろへ下がった。

 

 

 

『そ、そのよ。よかったら俺と――』

 

 

 

意を決して何かを言い掛けた男の頭を、背後から伸びて来た手が、がっしりと掴んだ。

嫌な予感を感じて男が振り向けばそこには、数日前に自分をボコボコにした、今や自分の尊敬する上司が笑顔で立っていた。

 

 

 

 

「何してんの?」

 

 

 

 

男は、その笑顔に恐怖を覚えた。

 

 

 

 

 

 

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『兄貴、何してくれてんですか!! 折角訪れそうだった俺の春を返して下せえ!』

 

「あーあー悪かったよ。とはいえ俺言ったよな。『村で狼藉を働くな』って」

 

『俺のやったこと狼藉扱いですかい!? それは流石に酷えですぜ!!』

 

「いや、と言うよりあの人既婚者らしいんだけど」

 

『えっ?』

 

 

 

顔に似合わず物凄く純粋な声を出した元山賊の頭は、目に見えて落ち込んでいく。

 

どうやら顔に似合わず(二回目)物凄く繊細な心をお持ちらしい。

そしてやはり顔に似合わず(粗野というだけで決して不細工ではない)無理やり奪おうとも考えないらしい。

 

 

一刀はその肩にポンと手を置いた。

 

 

 

「出会いなんて星の数ほどあるさ。心配すんな」

 

『兄貴。あんたに言われても説得力に欠けますぜ。だって兄貴の周りにいる方々はちょっと特殊でしょうがよ』

 

「違いない」

 

 

 

一刀と男は顔を見合わせて笑った。

 

 

 

 

『報告!』

 

 

 

 

二人がいたその場に駆け寄ってきた兵が、声を張り上げて自分がここに来た理由を告げる。

 

それまでの朗らかな雰囲気は息を潜め、一刀は隊長としての顔に即座に戻る。それは一刀と笑い合っていた男、元山賊の頭も同様だった。

 

 

 

『郡境付近にて新たな賊を確認したと斥候から報告がありました!』

 

「色は?」

 

『“黄”――兄貴の言う黄巾党ってやつらです!』

 

「規模」

 

『さっきぶっ倒したやつらと同じくらいらしいでさあ!』

 

 

 

 

らしい、という言葉に若干の引っ掛かりを感じ、華琳の前ではそういう曖昧な言葉を口にするなよ、という気遣いの言葉を胸中で口にした。

 

勢い込んでの報告のせいで素が出た元山賊の一員。

しかしそれを気にしている余裕もないし、別段咎めることでもない。

 

 

 

「隊をまとめろ。準備が整い次第出るぞ」

 

 

 

 

裾を翻して歩き出した一刀に付いて、男も歩き出す。

既にここには、戦いに赴く少女達をただ待つだけだった少年はいない。

 

 

 

剣を抜く覚悟を改めて心に刻み、北郷一刀は歩き出す。

 

 

 

 

 

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「策殿!賊を追うのはいいが、もう既に南郷を越えて魏興にまで入り込んでいるぞ!」

 

 

 

馬を操り大地を駆ける銀髪の女性が、馬の蹄の音に負けないよう声を張り上げる。

 

その声と言葉を向けられたのは、自分の前で馬を駆って走る一人の女性。桃色の髪をした女性は後ろを向いて、やはり声を張り上げる。

 

 

 

「えー!? 祭、なんてー!? 」

 

「だから!面倒なことになる前に引き上げた方がいいと言うとるんじゃ!」

 

 

少し苛立った風に、祭と呼ばれた女性が再び声を張り上げる。

今度こそはっきりと聞こえたのか、どちらにしても桃色の髪をした女性は何故か愉快そうに笑う。

 

 

 

「大丈夫よー!袁術に全部押し付けちゃえばいいんだから!」

 

「……はあ、この娘は。また公瑾の頭痛の種が増えそうじゃな」

 

 

 

この場にはいない、しかし既に確実に頭を痛めているだろう自勢力の軍師を思って、祭と呼ばれた女性は溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

説明
先にこっちの方が出来上がったので更新をば。
片方を書きながらスランプに陥るともう片方に手を出す今日この頃。

白蓮をこれ以上残念にさせないためにも頑張れ、作者!!


※改めてここで捕捉を。
作者が資料として使っている三国志の地図は『三国志ドライヴ』というサイトのものです。郡や州の位置関係をお知りになりたい場合はそちらをどうぞ。


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コメント
kaeruさん、ありがとうございます。拝読ありがとうございます。この作品の華琳はカッコ可愛い感じを目指しています(ドヤ顔&親指)(じゅんwithジュン)
アサシンさん、ありがとうございます。来ました。例のトラブルメイカーがっ……!!(じゅんwithジュン)
先日から読ませていただいてます。華琳様の可愛さに頬が緩みます!次も楽しみにしています。(kaeru)
策殿が来ちゃったぁああああああああああ!!?(アサシン)
きまおさん、ありがとうございます。NGワードっ!! 命がいくつあっても足りませんよ!? まあ既に紫苑には手を出しているわけでして……(じゅんwithジュン)
sky highさん、ありがとうございます。利には適ってますからね、境を越えたという違反があるわけですし。しかしお持ち帰りをすると間接的に一刀の命が危ない気がする(笑)(じゅんwithジュン)
みんな大好きBB・・・ゲフンゲフン、お姉さんの祭さん登場!前回の外史で手を出されていなかったヒロインがどう関係を結んでいくのかが楽しみですね(え(きまお)
祭さん登場ですね。赤壁の因縁があるから一刀の反応が気になります。もう越境違反でお持ち帰りも有りかと。続き楽しみにしています。(Sky high)
霊皇さん、ありがとうございます。雪蓮さんのお気に入りリストに北郷一刀が登録されました!←みたいな。(じゅんwithジュン)
観珪さん、ありがとうございます。一刀は割と気にしなさそうですが、華琳ならこれを借りの一つと捉えるかもしれませんね。(じゅんwithジュン)
Alice.Magicさん、ありがとうございます。基本的に相性は悪くないと思うんですよね。どちらも戦うということに関しては割と肯定派ですし。そしてこの話は魏ルートでは見えなかった一刀のカッコよさを書いていきたいと思っています。(じゅんwithジュン)
これは雪蓮の一刀お気に入りフラグですな(霊皇)
これは雪蓮さまやらかしちゃったなぁww 華琳さまと一刀くん相手に借りだけで済むのかどうか……(神余 雛)
頭さんカワイソスwwwwでも面白いわww 周回済華琳様vs自由王雪蓮・・・相性の問題だよなぁwww一刀君の優しげな雰囲気と戦場に赴く時の切り変わりが格好良くていいですね!(Alice.Magic)
てんぺす党さん、ありがとうございます。華琳が前の外史にて劉備と同じく目を掛けていた存在、孫策。この人が関わるとトラブルが起こる確率がアップする!(じゅんwithジュン)
summonさん、ありがとうございます。一刀の傍に男性陣が一人か二人いると、一刀のことを際立たせやすくなるんですよね。特に一刀が現場で指揮をする立場だと。まあとにかく、この二人の掛け合いはちょいちょい出そうとは思っていますのでお楽しみに。(じゅんwithジュン)
KGさん、ありがとうございます。待っていますという言葉とご期待に添えるよう、頑張らせていただきます!(じゅんwithジュン)
nakuさん、ありがとうございます。頑張ります!頑張りますから剥ぐのだけは止めてー!!!!!(じゅんwithジュン)
牛乳魔人さん、ありがとうございます。誤字指摘ありがとうございます。完全に誤字でした。修正しました。 今の華琳VS雪蓮。作者が現状で考えると、頭の中にそういう構想が本当に出現しそうで怖いww(じゅんwithジュン)
たっつーさん、ありがとうございます。彼女の魅力はそこに集約されているといっても過言ではありません。(じゅんwithジュン)
mokiti1976-2010さん、ありがとうございます。小覇王さんは大体トラブルを運んできます。しかしそこに一刀というファクターが入るとあら不思議。トラブルがTo.Lo……おっと危ない。(じゅんwithジュン)
芋名月さん、ありがとうございます。さてさて、華琳並びに紫苑はこれをどう捌いていくのでしょうか。そして孫呉勢。元覇王様VS自由王。軍配はどちらに!(じゅんwithジュン)
本郷刃さん、ありがとうございます。元山賊の頭さん。名前はありませんし、今後名前を出す予定も今のところありませんが、彼は愛されキャラとしてちょいちょい出すつもりです。(じゅんwithジュン)
劉邦柾棟さん、ありがとうございます。本当に相変わらずな自由奔放さ。しかしてそれが彼女の売りなのです。(じゅんwithジュン)
R田中一郎さん、ありがとうございます。頑張ります!死なない程度に!(じゅんwithジュン)
江東の自由王殿…何でしょう?一刀にとって、とても理不尽な事が待ち受けていそうな気がバリバリします。(てんぺす党)
一刀さんの傍に男性キャラがいるのもやっぱり楽しいですよね。これからもこの二人の掛け合いを楽しみにしてます。(summon)
更新お疲れ様です。次も待ってます(KG)
誤字?「一刀は北郷隊隊長としての顔に賊座に戻る」→即座?雪蓮が一刀さんにチョッカイかけて華琳と雪蓮のガチンコだなコリャ(牛乳魔人)
次は小覇王様との邂逅ですか…何かトラブルの予感しかしないのは気のせいでしょうか?(mokiti1976-2010)
早速華琳の予想通り、一刀の傍に女性が集まりそうですね♪ 孫呉勢との邂逅が一刀にどう影響するか非常に楽しみです。(芋名月)
元山賊の頭が気に入ったりしましたw(本郷 刃)
相変わらずの『自由王』だな。(劉邦柾棟)
☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆頑張れ!作者?続きを楽しみにしてます。(R田中一郎)
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真・恋姫?無双 一刀 華琳 魏√後 

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