真・恋姫?無双 〜夏氏春秋伝〜 第九話 |
「秋蘭様!零さんから伝令です!賊が来ました!西門、北門に配置した部隊が応戦しているらしいです!」
「うむ、了解した!伝令!中央の零にこちら側の防柵もあと少しで出来上がると伝えてくれ!」
「はっ!」
大梁の東門で防柵建設の指揮を取っていた秋蘭の下に季衣が司馬懿からの伝令を伝えに来た。
それはいよいよ戦が始まったことの合図。相当に厳しい戦いになることは明白である今回の戦には然しもの秋蘭も緊張していた。
「よっしゃ、出来たで、夏侯淵はん!ただ、どこの柵も時間なかったから強度はそんなにあらへんねんけど…」
「いや、十分だ。防柵があるのとないのとでは抗戦しやすさが段違いだからな。助かったよ、李典」
「は〜、すごいね〜。李典さんは器用なんだね」
「んな褒めんとってくださいよ〜。ウチ、からくりの発明が好きやさかい、こういうの作るんに慣れてるだけなんですわ」
防柵の建設をしていた李典が完成の旨を伝えると、そこにいた秋蘭と季衣は出来上がった柵を見て感謝と賞賛を送る。当の李典は慣れの一言で流しはしたが、やはり褒められて嬉しいものがあるのか、その顔には笑顔が浮かんでいた。
「ともあれ、柵が完成したのだ。我々も一度中央に戻るぞ!」
「はい!」
「はいな!」
その場の警戒を防柵建設に当てていた部隊にそのまま任せ、秋蘭を先頭に3人は零の待つ中央へと戻っていった。
「零!戦況はどんな感じだ?!」
「秋蘭様。今の所は全く問題ありません。西に夏侯恩、北に楽進、于禁を向かわせて応戦させております」
中央に戻ってきた秋蘭に零が簡潔に状況を伝えた。秋蘭は状況を把握した上で零に指揮を任せることにした。
「そうか。防柵建設が終わり、我々も出られる。零、指示を出してくれ」
「わかりました。では季衣、貴方は北に行って頂戴。そこで楽進に西に向かうように伝言。その後は于禁とで北門の防衛を」
「わかった。行ってくるね」
「李典、あなたには北と西とを廻って、壊れた防柵があればそれを出来る限り修繕して。それが終わったら一度ここへ戻って来て頂戴」
「りょーかいや。ほな、行ってくるわ」
「秋蘭様はこちらで待機でお願いします。恐らくそう時間がかからない内に他の門も攻撃を受けるでしょう。その時に素早い対応が必要ですので」
「うむ、承知した」
テキパキと指示をだす司馬懿。その様はまさに”できる軍師”である。
(零の軍師としての能力はやはり相当に高いものがある。しかし、今回にしてもそうだが、零の名が上がりそうな戦ではほぼ必ず想定外のことが起こっている。一体、何がどうなっているのやら…)
実はこの司馬懿、文官としては既に一定の評価を受けている。しかし、軍師としてはまだほとんど評価を受けていない。
その理由は先程の秋蘭の心中にある通りである、のだが。運が悪い、の一言で済ませるにはさすがに回数が多すぎるのだ。まるで天が司馬懿の名が広まることを認めないかのように。
そのため、秋蘭はこれに何かしらの理由があると睨んでいるのだが、全くもってその理由がわからないのであった。
場所を移し、ここは北門防柵前。
ここでは現在秋蘭の隊の兵が中心となり、楽進、于禁と共に黄巾賊との戦闘を行っていた。
「はあっ!!」
「てやーっ、なの!」
楽進が敵の懐に飛び込み徒手空拳で黄巾賊を打ちのめす傍らで于禁は両手に持った双剣で踊るように賊を斬りつけていく。
義勇軍を率いていただけあって2人の実力は申し分なく、北門からの賊侵入の食い止めとして十分にその一翼を担っていた。
そこに零から指示を受けた季衣が到着する。
「楽進さ〜ん!零様から伝言です。楽進さんは西門に向かって兄ちゃんの助太刀をお願い。ここはボクに任せて」
「わかりました!すぐに向かいます!沙和、無茶だけはするなよ!」
「凪ちゃんの方こそ、なの〜。こっちは沙和達がしっかり止めておくの〜」
司馬懿からの伝言を聞き、直ぐ様楽進は西門へ向けて走り出した。
普通に考えれば、季衣のような子供に任せて他の戦地に赴くのには疑問を抱くはずである。
しかし、楽進たちは戦前に秋蘭から季衣のことを将軍格として紹介を受けていた。
それ故に楽進はその場を季衣に任せきることに特に疑問を抱かず、零の指示のとおり西門に向かうことを即決したのだった。
楽進が去って、その場に残った季衣と沙和は改めて黄巾賊に向き直り、季衣の鼓舞をもって抗戦を再開する。
「皆!ここはボク達で踏ん張るよ!すぐに華琳様や春蘭様が来てくれる!それまでの辛抱だよ!」
『おおぉぉぉぉ〜〜〜!!!』
言うまでもなく、秋蘭の部隊はその将軍のこともあって古参の兵が多い。それはつまるところ、華琳や春蘭の隊の屈強さを誰よりも知っていると言うことでもある。
そのため、季衣にとっては敬愛する主君と上司の名を例に上げただけなのだが、図らずも北門の防御に当たっている部隊にはこれ以上とない鼓舞になったのであった。
「ほわぁ〜…すごい気合なの…」
「当然!何たって秋蘭様の部隊なんだからね!」
その因果関係を理解していない季衣の受け答えは多少ズレたものになってしまっていたのであった。
「はあぁっ!」
気合の込められた一刀の一撃によって黄巾賊数人が一度に吹き飛ばされる。
「野郎っ…数で押せぇ〜!!」
『うおぉぉぉっ!』
黄巾賊はその光景にも怯むことなく、指揮官らしき人物の号令で数に頼った波状攻撃を仕掛けてくる。
ここは大梁西門側防柵付近。
黄巾賊が初めに侵入してきた場所でもあるここには北門とは異なり指揮官がいた。
また、西門に群がる黄巾賊の数は他よりも多く、それ故に西門の戦闘は激戦の様相を呈していた。
「くっ…さすがに数が多い。ただの賊じゃないだけにこの数は辛いな…」
「夏侯恩殿!司馬懿様の指示により助太刀に参りました!」
「楽進さん!助かります!」
このままではジリ貧になりかねない、と考え始めていた所に助っ人の楽進が到着した。
たった一人の増援とは言え、その一人は将軍格の武を誇る者。
平原のように広い戦場ではなく、街に入るかどうかという狭い戦場においては、数だけの援軍よりも価値のある援軍と言えた。
「はっ!一人増えたからってなんだってんだ?野郎ども!押しつぶしてやれ〜っ!」
賊の指揮官は相も変わらず数頼みの突撃命令を下す。
しかし、対する一刀は先程までの僅かな焦りはどこへやら、至って冷静にその攻撃に対処する。
「俺が左半分を!右半分を頼めますか、楽進さん?」
「まかせてください!」
「お願いします!はぁっ!」
「はあぁぁ…猛虎蹴?!!!」
タイミングを合わせて飛び出した一刀と楽進の、裂帛の気合の篭った一撃で賊が一斉に吹き飛んだ。
今まで一部が纏めて吹き飛ばされることはあっても、攻撃を仕掛けた全員が一度に吹き飛ばされることはなかった。
ところが、まさに今、二人の手によるものとは言え、その光景が現実のものとなった。
「なぁっ?!そ、そんな馬鹿な?!い、いや、怯むな!全員でかかりゃあいいだけだ!」
一刀の攻撃に怯む様子を見せなかった賊の指揮官も流石にこれには怯んだ様子を見せた。
「甘いっ!やっぱり所詮は賊だな。戦い方ってものを知って、ないっ!」
「この楽文謙がここにいる限り!ここを通れると思うな!はあっ!」
いくら賊が全員で掛かろうとしたところで、このような場所で広がることの出来る人数は高が知れている。
先程の攻撃よりも僅かに多い人数しか広がることが出来ず、その程度では一刀と楽進に敵うはずがなかった。
「ちっ…一時撤退だ」
結局賊は一刀と楽進を抜くことが出来ず、回り込もうにも曹軍の兵がそれを許さず、賊の指揮官は西門から撤退していった。
「ふぅ。第一波はなんとか乗り切った。ありがとう、助かったよ、楽進さん」
「いえ、こちらこそです、夏侯恩殿」
「ところで…さっきのやつ、あれは一体何?」
「猛虎蹴?のことですか?別に、ただの氣ですが…」
「ただの氣、って…」
助太刀に来てくれた楽進にお礼を言いつつも、楽進の使用した技に興味を持ち、問いかける一刀。
その問いに楽進はさも当たり前のように、氣である、と答えた。
現代にも”気を充実させる”という考え方は存在する。しかし、それらは専ら健康に対する考えに基づくものであり、間違っても攻撃に使用されることはない。
ところが、この世界ではどうやらその”氣”をそのまま攻撃に使用できるようだ。
(気での攻撃なんて漫画の世界のものだろ、普通。最早何でもありだな…あれだけはどう頑張っても”写せ”そうにないな)
もちろんのことながら、現代には氣で攻撃を行うような者など存在しない。生粋の現代人である一刀にもまた、その概念が無いので氣の習得は端から無理なのであった。
「あの、先程から気になっていたのですが、夏侯恩殿が腰に佩いている細身の剣は一体…?」
「ああ、これは主に対少数の時や突撃みたいな速度を要する時に使うんです。俺の主武器はこちらの剣ですから。ただ、形状から分かるように、対多数には向いてませんので。多数を相手取る時にはこちらの戟を使っているんですよ」
そう言って一刀は先程から振るっていた戟を軽く持ち上げて見せる。
「複数の武器を使い分ける、ですか…それは相当な熟練度が必要なのでは?」
「…幸い、妙なところで器用でね。色々な武器をある程度までならすぐ使えるようになれるんだよ」
何か思うところがあったのか少々の間を置いて返答をする一刀。
その様子に楽進は聞いてはいけないことを聞いてしまったのかも知れないと感じ、空気が重くなりかける。
それを払拭するために一刀は話題の転換を図る。
「何はともあれ、ひとまずの所は賊の撃退に成功したけど…これは数を増やしてまた来るかな?」
「恐らくは。奴らの本隊にも引く様子はありませんので」
西門の先に見える黄巾賊の本隊。それは西門に押し寄せていた一団が逃げ帰ってきても、退くどころかさらに攻めてくる様子を見せていた。
「他の門にも回られそうだな…伝令!中央の司馬懿殿に他の門への攻撃が始まりそうだと伝えてくれ!」
「はっ!」
一刀の指示を受けて中央に向けて伝令が走っていった。
「さて。直に第二波が来るだろう。皆!踏ん張るぞ!!」
「はいっ!」
『おぉっ!!』
一刀と楽進の圧倒的武力を目の当たりにして、西門の防護に当たっている兵はその士気を高揚させていたのであった。
「伝令!夏侯恩様より司馬懿様に言伝です!西門を攻めていた黄巾賊が指揮官を伴って一時撤退。直に西、北以外の門にも攻撃が始まるだろうとのことです!」
「わかったわ。秋蘭様、南門の防衛に向かってください。恐らく賊の指揮官はそこから攻めてきます。それから…伝令!西門に増援を!それから西にいる夏侯恩を東門に向かわせなさい!」
「うむ、承知した!」
「はっ!」
戦況が入る度に司馬懿は冷静に、的確な指示を出していく。
此度の防衛戦は敵の数が数だけに慎重な兵力管理が要求される。司馬懿は常にその時点で出せる最高の武をもつ将を敵指揮官に当てることで割り振る兵力を最小限に抑えようとしていた。
ところが、全方位からの攻撃が始まったことで一つ問題が生じる。
(仕方がないとは言え、我が軍の兵は今の増援で使い切ってしまった。義勇軍の実力は未知数だけど、正規の軍と同格には扱えない。ここからは兵の遣り繰りが厳しくなるわね…)
そう、連れてきていた曹軍の兵を全て防衛戦に投入し、待機兵が義勇軍のみとなってしまったのである。
実は、この残り方の偏りには理由があった。
戦が始まる前に季衣たっての願いにより、義勇軍の実戦投入は最後になっていたのである。
季衣が言うには、義勇軍を名乗ってはいても庶民であることには変わりない。ならば正規の軍である自分たちがまず前に出なければならない。
正論であるが故に反論がし難く、何より時間がなかったこともあって季衣の意を汲むことで話はすぐに纏まっていた。
特に固く約束したわけでもなかったが、それをきっちりと守っているあたり、司馬懿の人の良さが伺えるものである。
それはともかく。
確実に厳しくなっていくであろう戦況を思い、気合を入れ直す司馬懿であった。
少ない兵をなんとか遣り繰りして、ギリギリの所でなんとか防衛戦を展開している曹操軍と義勇軍。
その一方でそのような状況を知らない黄巾賊の将たちは遅々として進まない街攻めに業を煮やしていた。
「てめぇら何やってんだ!こんな街の一つくらい、さっさと落としちまえ!」
「そうは言いやしても、波才の旦那。官軍連中が義勇軍と一緒くたになって激しく抵抗してきやがるんでさぁ。さっき攻めてた西門にはとんでもないのが2人もいやがりまして。あっしは今から南側を攻めていきやすんで東側は周倉のやつにでも任せて下せぇ」
「ちっ、情けねぇなぁ。おい、周倉!お前、ちょっとこいつら連れて東側攻めて来い!」
黄巾を纏めているとは言っても所詮は賊上がり。そんな波才と裴元紹ではちゃんとした戦況に分析など出来ず、況してや軍略など立てられようはずもなかった。
結局この2人に出来ることと言えば、戦況如何に関わらず黄巾賊のその数に飽かせた突撃を繰り返すことだけであった。
それは此度の大梁攻めでも同じこと。
しかし、今回は相手が悪かった。豊富かつ有能な人材を有する曹操軍を相手取ってしまった黄巾賊はその力の前に碌な成果も挙げられず、被害ばかりが増える有様である。
そのような状況に置かれて指揮官たる2人は徐々にその本性が見え始めていた。
「…波才さん、裴元紹さん。俺達は張角ちゃん達の名を世に知らしめるために活動しているんすよね?それはこのような被害を出してまで行うべきものなんすか?」
張角達の為、と口では言いつつも、その実波才達は己の欲望のままに侵略行為を行っていた。
ところが、周倉は心の底から張角達の為に動いていた。そのため、2人の本心が見え始めた今、この大梁攻めを疑問に思うようになっていたのである。
この周倉の疑問を孕んだ質問に2人はすげなく答えた。
「おいおい、周倉、何を言ってるんだ?張角ちゃん達の名を広めるにはその分金が必要だろ?だから俺達は仕方な〜くこうやって街攻めてるんじゃねぇか。ついでに布教活動も出来るしなぁ」
「旦那の言う通り!俺達ゃ黙って街攻めてればいいんだよ」
その返答で周倉は確信した。この2人は決して張角達のために動いているのではないのだと。
しかし、自分一人がそれを理解したところで何かが変わるわけでもない。
「…わかりました。東、攻めてきます」
結局、2人の言う通りに東側を攻めることを決めた周倉であった。
黄巾賊によって全方位からの攻撃がまさに始まろうとしている頃、司馬懿の出した伝令兵が陳留の街に到達していた。
兵は陳留に着くやいなや、軍議の間を目指しひた走る。
折しも軍議中であったので、主要な将は都合よくその場に揃っていた。
「はぁっ、はぁっ、ほ、報告です!大梁方面への遠征軍ですが、賊が一つに結集して来たため、現在は大梁にて籠城戦を展開中!し、至急援軍を求むとのことです!」
「賊が一箇所に?総数はわかっているの?」
「せ、斥候の報告によれば2万は下らず、3万を越える可能性すらあると!」
兵のその報告にその場に居た武官文官達は皆驚愕する。
「なっ!?何だその数は?!秋蘭達は無事なのか?!」
春蘭が報告に来た兵に詰め寄ろうとする。しかし、菖蒲が既のところで押し止めた。
「落ち着いてください、春蘭様!零さんも一刀さんもいるんです!籠城に徹すればきっと持ちこたえてくれます!」
「それでも急がなければならないことには変わりないわね。桂花!今すぐ動かせる数はどれくらいかしら?」
周囲がさざめき立つ中、華琳は冷静に事を判断して桂花に軍備の状況を尋ねる。
「はっ。ここの所は常に一定数の兵は待機させておりますので…1刻以内でしたら4千程。更に1刻頂ければその倍程度は」
「そう。だったら2刻後、8千の兵でもって出るわよ!」
『はっ!』
突如訪れた緊急事態。多少慌ただしくなりはしたが、実に冷静に、素早く対応が決定された。
この対応の早さが大梁での防衛戦をより早く終わらせる遠因となったのである。
舞台を再び大梁に戻し、西門。
そこでは一刀と楽進が賊の第二波に備えて隊列を組み直していた。
そこに李典が合流する。
「夏候恩はん、お疲れ様です。凪もお疲れさん。柵は…大丈夫そうやね。ちっと壊れかけとるからそこだけ直しときますわ」
「ありがとう李典さん。北門の方はもう見てもらったのかな?」
「はいな。許?の嬢ちゃんが奮戦してくれとるさかい、まだまだ余裕ありそうでしたわ」
「そっか。よかった」
李典の報告に安堵のため息を漏らす一刀。
一方、その話を横で聞いていた楽進は只管感心していた。
「さすが、精兵と名高い曹操様の軍ですね。夏候恩殿の武も相当なものでしたし、何より兵の錬度が素晴らしいです」
「曹操様の方針で兵の調練は厳しく行っているからね」
「それでも、やで。強いとは聞いてましたけど、正直ここまでとは思ってませんでしたわ」
「そうまで言ってもらえると曹操軍の一員としては嬉しい限りだよ。ありがとう」
李典も話に乗ってきて手放しに褒めてくれる。曹操軍に籍を置く身の一刀にとっては、やはりその賞賛は嬉しいものであった。
そんな和やかな会話もやがて終わりを迎える。
「夏侯恩様!こちらの防衛は現存兵力と増援に任せて東門に迎え、と司馬懿殿が!」
「了解。それじゃ、楽進さん。こちらはお任せします。恐らく次の攻撃は指揮官がいないでしょうから、さっきよりは楽だと思います。ですが、厳しいと感じたら中央に伝令をだしてください。司馬懿殿がすぐに適切な対応をしてくださいますから」
「わかりました!夏侯恩殿、ご武運を」
「ああ、そちらこそ!」
その言葉を最後に一刀は東門の防衛線に向けて駆け出した。
「ほな、ウチも一旦中央に戻るわ。司馬懿はんに次の指示もらいにいかなあかんしな」
「わかった。真桜、また後でな」
「おう。凪こそ無理しなや」
一刀に続いて李典も西門の防衛線から去っていく。
「…よし!」
それを見送って、楽進は気合を入れ直すのであった。
一刀が東に向かっている頃、南門では裴元紹率いる黄巾賊が秋蘭率いる曹軍と戦端を開いていた。
「弓隊!構え!…てーっ!!」
秋蘭の合図と共に数多の矢が空を埋め尽くし、黄巾賊に襲いかかる。
「歩兵隊、抜刀!弓隊の射ち漏らした賊を寄せ付けるな!」
味方を盾にして矢の雨を抜けた少数の賊も悉く熟練の歩兵隊によって討ち取られていく。
南門の攻防では未だに賊はまともに防柵に辿り着くことすら出来ていなかった。
その光景を目の当たりにして裴元紹は相当に焦っていた。
「くそっ…くそっ!何でここにも化物みたいな奴がいるんだよ!こっちに至っちゃあ近づくことすらままならねぇじゃねぇか!いや…いや、いや!所詮は弓だ。弓なんだ!野郎ども!全員で突撃をかませ!矢なんてすぐに切れる!矢さえ切れちまえばこっちのもんよ!!」
矮小な自己理論に縋って馬鹿の一つ覚えの突撃を命じ続ける裴元紹。
秋蘭は遠目に見えるその様子に呆れとも哀れみともつかないため息を漏らしていた。
「将のような存在が出てこようとも、所詮賊は賊か。皆の者!容赦はいらん!無辜の民を脅かす賊に正義の鉄槌を下してやれ!」
『おおおぉぉぉっっ!!』
秋蘭の鼓舞に鬨の声を上げる。
その一方的とも言えるような戦いはその状態のまましばらく続くことになるのであった。
更に場所は移り、東門では。
「怪我を負ったものは一旦下がれ!戦える者は複数人で相手に対処しろ!互いの死角を補い合うように戦うんだ!」
配備された部隊に仮の指揮官が指示を出していた。
「すまない、遅くなった!状況は?!」
そこにようやく一刀が到着する。
「夏侯恩様!戦闘に突入してまだそれほど経ってはおりません!ただ、賊の方には相当腕の立つ指揮官がいるようでして…」
「そうか……ん、確かに賊のレベルの統率力じゃないな…よし!敵指揮官の下まで斬り込む!腕に自信のある者!付いてくる勇気のある者はいるか?!」
「なっ?!む、無茶です!夏侯恩様!」
「確かに少々無茶かも知れない。だが、多少の犠牲を覚悟してでもここでこの指揮官を討ち取っておかねば最終的な被害が大きくなってしまう恐れがあるんだ」
部下の制止を受けても止まろうとはせず、覚悟を宿した瞳を向ける一刀。そのような瞳を向けられては、部下としは折れるしか仕様がなかった。
「…わかりました。ですが、死なないでください、隊長。隊長の力はまだまだ我らの国には必要なものです」
「そう簡単には死なないさ。夏侯家に受けた恩は未だ返せてはいない。あの恩を返しきるまでは勝手には死ねないからね。そ・れ・か・ら!呼び方。こういう時でも隊の存在が割れかねないことは慎むように。ね」
「はっ!失礼しました!どうかご武運を!!」
黒衣隊員でもあるその部下は一刀の指摘に素直に謝る。
そして、その部下の言葉を背に、一刀は少数の精兵を伴って虎鉄を手に賊軍の中心を突っ切っていくのだった。
「ぎゃあぁぁっ」
「うわあぁっ」
「ひっ、に、逃げろ〜!」
「何だ?!どうした、お前ら?!」
賊にしては異例の統率力でもって東門を攻めていた周倉だったが、突如逃げ惑い始めた中央前方の黄巾党員に疑問を投げかける。
逃げてきた党員を捕まえてその理由を正したところ、その答えに周倉は大変驚くこととなった。
「お、俺たちの中央を化物みたいな奴が突き進んで来たんでさぁ!お、俺は逃げさせて貰うぞ!あんな奴相手に戦いたくねぇ!」
いくら訓練を行なった正規の兵ではないとは言え、これほどまでに人を怯えさせるとは一体どんな者なのか。
その周倉の疑問はすぐに晴れることとなる。
「てめぇ!死にさら」
「遅い!!」
周倉のすぐ前に居た党員が何者かに斬りかかろうとしたが、言葉を発しきる前に血飛沫をあげて崩れ落ちた。
その光景を見て周倉は心底震えた。
周倉自身、それなりの武を持っているという自負はあった。しかし、目の前の党員を斬った者のその剣筋、それが全く見えなかったのである。
しかし、周倉には只々震えていることは許されなかった。
「お前が東側の指揮官か?我が名は夏侯恩!曹軍一の将、夏侯惇が腹心なり!この郡の指揮官と覚しき者よ!腕に覚えがあるならば我と勝負せよ!」
この口上に我に返った周倉は返しの口上を大きく言い立て、己を奮い立たせる。
「如何にも、俺が東を任された周倉って者だ!ここで手前ぇの首を取って、そのまま一気に街に雪崩込んでやらぁ!」
その口上を終えるやいなや、周倉はその手に持つ巨大な剣を一刀に向かって振り下ろす。
「おぉ?!なかなかやる!だが、はあっ!」
周倉の一撃を正面から受けた一刀は予想以上のその一撃に感心する。しかし、余裕を持って捌いた上でお返しとばかりに周倉に一撃を見舞う。
「俺も多少は武に自信を持ってるからな!官軍の将軍格が出てきたからってそう簡単に負けてやらねぇ、よっ!!」
言うだけのことはあり、周倉の武は中々のものだった。そのまま互いの立ち位置を変えながら2人は数合を打ち合う。
「んっ!重い一撃だな。賊にしておくのが勿体ないくらいだ。これ程の武を持っていながらなぜ黄巾のような賊に身を落とす?!」
「煩せぇっ!今の黄巾党が変になっちまってるんだとしても、俺には張角ちゃんが全てなんだ、よっ!」
打ち合いの合間に発した問いに対する周倉の言葉に一刀は違和感を覚えた。
史実では張角は太平道の教祖として黄巾党を率い、後漢王朝を倒さんとした人物である。
この世界においても黄巾党が各地で暴れまわっていることを考えると、一刀は張角は史実と同じような考えを持って動いているのだと考えていた。
ところが、周倉の言い分から察するに、どうも今の黄巾の動きは張角の意思ではないように思われた。
そこで一刀は周倉を仕留めるのではなく、捕らえる方針に切り替える。
「何か裏がありそうだな…周倉と言ったか?悪いが、捕らえさせてもらう!」
宣言と共に一刀は背負っていた戟に得物を持ち替える。
「武器を変えたからって何だってんだ?!喰らえ!」
周倉は一刀のその行為をただのハッタリだと読んだ。その上で今までで最大と思われる一撃を放つ。
一刀は振るわれた周倉の剣に対して力の限り戟を横に薙ぐ。
両者の武器が激しい音を立ててぶつかった。
周倉は今までの経験から、互いに武器を弾かれての仕切り直しになると考えていた。
ところが、目の前の相手の武器はぶつかったその瞬間から互いの武器を削るようにして逸れていく。
両者の武器の接点が完全になくなるその一瞬前に遂に周倉の武器は弾かれる。
しかし、一刀は逸した横薙ぎの遠心力に従い、その身を武器ごと回転させる。
それはまさに菖蒲の技であった。
回転によって更に威力を増して再び襲いかかる一刀の戟。
周倉はそれに何とか剣を当てて防ごうとするが、完全に態勢を立て直せていない状態でそれを防ぎきることは出来なかった。
結果、周倉の武器は大きく弾かれる。
一刀は直ぐ様戟を返し、その背でもって周倉を強かに打つ。
この一撃をもって一騎打ちは決着を迎えた。
「ふぅ。この位の相手であれば十分に俺でも使えるな、この技」
密かに練習はしつつも、菖蒲程の目を持たない一刀にとっては使いづらいかと思っていた技。
その有用性をこの一騎打ちにて見出すことが出来、一刀は自然、その顔に笑みを浮かべていた。
「何はともあれ…黄巾賊が将、周倉!曹軍の夏侯恩が討ち取った!残党共に告ぐ!命惜しくば今すぐ投降せよ!!」
この一刀の勝ち名乗りによって東門の攻防の大勢は完全に決まった。
それまでは周倉の統率と指示によって攻め込んでいた賊達は指揮官を失って一気に瓦解。
一刀の名乗りで勢いを戻した防衛軍側によって黄巾賊は悉く討ち取られるか投降していったのであった。
説明 | ||
第九話の投稿です。 黄巾編その二、といったところです。 投稿してから気づいたのですが、場面転換が多くて無駄にページ数多くなってしまってますね… |
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コメント | ||
>>陸奥守様 確かにそうですね…活躍=大陸に名を売る、と勝手に脳内変換してしまっていたので変なことになってますね。少し、修正しておきます。(ムカミ) 後手後手とはいえ不利な状況に対応してるのだから活躍と表現しても良いと思うけど。(陸奥守) >>本郷 刃様 見た目だけの模倣ならともかく、実戦で使えるレベルで、ってことになると相当難易度上がりますよね。球技の話ではありますが、自分は見た目までしか模倣出来ませんでした…(ムカミ) >>にっこり様 軍師にとっては策を成り立たせることが一番の活躍だと思っています。今回は元々用意していた零の策を放棄せざるを得ず、更に応戦はしているものの後手後手の対応となってしまっているので、大した活躍は出来ていない、としています(ムカミ) >>都非様 様 最初のすっ飛ばした時間で、賊側の犠牲を省みない数押しで早々に門突破…のつもりで書いていたのですが、やはりおかしいものでしょうか(ムカミ) 技の模倣って、簡単なことじゃないですから・・・それも一刀の力の1つなんでしょうね・・・(本郷 刃) 活躍させないようにしてる・・・不利な状況だってことを考慮しても逆じゃないの?敵が強大なほど(今回は数だけだが)有能なことを証明し早く上にいけるんだから(にっこり) なんで、籠城戦をしてるのにイキナリ敵と直接対峙してるの? 門を開けて戦ってるの? それとも門から出て野戦してるの?(都非様) |
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