真・恋姫?無双 〜夏氏春秋伝〜 第十四話
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黄巾の補給処を攻め落とし、次の指示を待つ一刀の下に桂花がやってきた。

 

「一刀、アンタは曹軍に戻ってきなさい。劉備達に貸した部隊の指揮は別の部隊長を送っておくわ」

 

「承知しました」

 

残すところは黄巾本陣。そして一刀は勿論例の任務を請け負うことになっている。

 

その為、一刀に劉備陣営からの帰還命令が出たのであった。

 

「取り敢えず私は先に戻るわ。すぐに部隊長を送るからさっさと引き継ぎ済ませちゃいなさいよ」

 

そう言い残して桂花は曹軍本隊の下へと戻っていく。

 

それを見送った後、一刀も一度劉備陣営へと戻った。

 

 

 

「…というわけで、本日を以て私は曹操様の御座す本陣へと帰還令が出されました。曹軍から出向した兵の指揮に関しては別途派遣される部隊長が行いますので」

 

「そうですか。わかりました。数日の間でしたが、ありがとうございました」

 

「いえ、こちらこそ。劉備殿の兵はそこらの官軍より屈強で、戦が相当楽になったことは事実ですから」

 

一刀は出向兵の指揮官としての立場から劉備軍幹部に別れの挨拶をしていた。

 

それを受けて劉備は満面の笑顔で謝意を表す。

 

どうもこの娘は人の心を信じすぎている節がある。目の前の人物が腹の中で何を考えているのか、そこを勘ぐるという事を全くしないように感じられた。

 

しかし、その代わりとでも言うかのように、関羽は常に相手を警戒し、2人の軍師は劉備と相手の会話からその相手の心の内を読み取ろうとしているようであった。

 

「それでは失礼します」

 

簡単に退席の辞を述べて、一刀は劉備の本陣を後にした。

 

その後すぐに後任の部隊長がやってきて引き継ぎを行なった。とは言っても、精々曹軍と劉備軍それぞれの連絡を取るべき相手を教える位のものであったのだが。

 

 

 

 

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曹軍本陣に戻った一刀は早速華琳の下へと帰還の旨を告に行った。

 

一刀が軍議を行う場に到着した時には、既に主要な武官、軍師は全て揃っていた。

 

「只今戻りました、華琳様」

 

「ええ、お疲れ様。桂花と秋蘭からの推薦があったから貴方に劉備達の偵察を頼んだのだけど、報告をして貰えるかしら?」

 

華琳のこの発言に一刀は内心で少しながら驚いていた。

 

推薦があった、ということは華琳自身も劉備陣営の偵察の必要性を感じていたということである。

 

覇王たらんとする者として、劉備に英雄たる資質を

見たのかもしれない。

 

「劉備陣営は全体的に人材不足、資金不足であることはお分かりかと存じます。しかしながら、現時点での配下の将、軍師は共に非常に有能な者達でありました」

 

「軍師の有能さは先の戦からこちらでも確認しているわ。将の方はどうかしら?」

 

「関羽、張飛ともにかなりの武を持っています。現状、この2名に一騎打ちで勝てるとすれば春蘭しかいないでしょう。いえ、春蘭ですら時の運次第では敗北がありえます」

 

「私が奴らに負けると言うのか、一刀!!」

 

「落ち着きなさい、春蘭!一刀は運が悪ければ負けると言っただけよ。貴方が劣っていると言ったわけではないわ」

 

「何、そうなのか?」

 

「ああ、その通りだよ、春蘭。報告に戻ります。兵は練度はそれほど高くありませんでしたが、士気は非常に高いものでした。その原因は劉備にあるようです。あの者の語る理想に共感した者が兵となり、劉備の理想の為に散る覚悟を持っているようです」

 

間に春蘭の抗議を僅かに挟みつつも報告を続けていく。

 

そして、劉備の理想が話題に上がったところで華琳は何事かを考え込んだのである。

 

一刀は雰囲気を察して報告を中断する。

 

華琳によって訪れた沈黙は再び華琳によって破られた。

 

「一刀、貴方は劉備の理想を聞いたのでしょう?それについてどう思うかしら?」

 

「華琳様、何故この者のような一武官にもそのようなことをお聞きに?」

 

「以前の糾弾を覚えているかしら?あの時、一刀は己の中に定めた信念を貫く種の人間だと確信したわ。どんな信念を持っているのかはわからないけれど、そのような人間が劉備のような理想に触れて何を感じるかを聞いてみたいと思ったのよ」

 

桂花の質問の仕方から考えて、恐らく軍師勢には既に同じ質問が投げかけられたのだろう。

 

ならば一刀が答えるべきは真に己が感じたことでよいはずである。

 

暫しの間沈黙して考えを纏めた後、一刀は質問に答えた。

 

「正直に申し上げますと、甘すぎると考えます。劉備は人間というものを信じすぎておりますので。あの者の理想が現実となることは、例え千年、二千年の時を経たとしてもないでしょう。それほどまでに荒唐無稽な理想です。しかし、耳障りの良いものでありますれば、そこに希望を見出す者がいたとしても、決して責めることは出来ないかと。人は誰しも夢を見るものでありますので」

 

一刀の評価は完全に酷評である。しかし、華琳はその評価に満足したようであった。

 

「そう。貴方から見てもそういった評価なのね。私や桂花、零もほとんど同じ評価だったわ。それで?劉備達の将来性はどれ位のものかしら?」

 

報告の続きを促された一刀は再び沈黙する。

 

しかし、今度の沈黙は非常に短く、すぐに答え始めた。

 

「先程劉備の理想は実現不可能だと申し上げました。しかし、諸葛亮、?統、両名が策を弄すれば実現可能のように見せることは十分に可能でしょう。それを行うことによる利点も多いです。今後、2人の策を伴う劉備の理想に共感する者が増えることは想像に難くありません。大きく名を馳せる事態が起これば、近い将来に華琳様に並び立つ程に成長する可能性は十分にあるものかと」

 

一刀の回答を聞いた華琳はその顔に笑みを浮かべる。

 

「いいわね。私の覇道を飾るに足る人物ではあるようね、劉備。任務ご苦労だったわね、一刀。下がっていいわ」

 

「はっ」

 

この日の軍議は実質的に一刀の報告位しか議題が無かったため、その後すぐに解散となるのであった。

 

 

 

 

 

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「兄ちゃん、稽古つけてよ!」

 

「ん?ああ、季衣か。そうだな…今日はここで野営だし、いいよ。陣の外側行こか」

 

軍議が終わって各々の天幕へ戻る道すがら、季衣が一刀に稽古の打診をしてきた。一刀は少し考えてから承諾する。

 

その会話を聞いていた3人が興味ありげに近寄ってきた。

 

「一刀殿、これから稽古をなされるのですか?」

 

「何や何や〜。何か面白そうな匂いすんで〜」

 

「沙和達も見物したいの〜」

 

凪は真面目に、残る2人は面白半分でついて来ようとしているようだ。

 

「季衣、凪、ちょっと」

 

一刀は季衣と凪を手招くと、何事かを耳打つ。

 

それを聞いた季衣は満面の笑みで頷き、凪も妙案だ、ともいうような表情を浮かべた。

 

「ああ、勿論3人も来ていいぞ」

 

「よっしゃ!」

 

「わーいなの!」

 

「た・だ・し!お前達にも稽古を受けて貰おう!特別待遇でお相手するぞ!」

 

『げっ!』

 

笑みと共に発された一刀の言葉に一言漏らすと即座に逃げようとする二人。

 

しかし、2人の背後にはすでに季衣と凪が回り込んでおり、あっさりと捕まってしまった。

 

「さあ、真桜ちゃんも沙和ちゃんも皆で稽古しよう!」

 

「2人ももっと真面目に訓練を受けないと強くなれないぞ」

 

「離してなの〜」

 

「堪忍や〜」

 

「却下。さ、行くぞ」

 

2人の抗議も虚しく棄却され、季衣と凪に引き摺られていく。

 

そこに新たに2つの声が加わる。

 

「何だ、鍛錬に行くのか、一刀?ならば私も行くぞ!」

 

「私もご一緒してよろしいでしょうか、一刀さん?」

 

それぞれの部隊に指示を出し終えたのだろう、春蘭と菖蒲が兵達の間から出てきて一刀達に声を掛けたのである。

 

「勿論構わないさ。今日は季衣と凪と真桜と沙和に地獄の特訓の大盤振る舞いだ」

 

「ほう、そうなのか!私も存分に鍛え上げてやろう!」

 

「ふふ。腕がなりますね」

 

『ひ〜〜〜っ!』

 

ノリノリで付いてくる2人の将軍に真桜と沙和は更なる絶望に打ちひしがれた声を上げるのであった。

 

 

 

この一連の様子を遠目に見ている者が2人いた。

 

華琳と秋蘭である。

 

一刀達が去ると華琳がぼそりと呟いた。

 

「賑やかなものね」

 

「ええ。一刀は仲間との楽しい時間という物をとても大切にする奴です。それを感じ取っているからこそ、皆自然体で接しているのでしょう」

 

ただの呟きに意図せず返された返事に多少驚くも、今度は明確に問いかける。

 

「あら。だったら秋蘭も一刀の前では自然体になるのかしら?」

 

「ええ。一刀とは仲間以前に最早家族同然です。それは当然のことですよ」

 

答えつつ、秋蘭は実に自然な、しかしとても美しいと感じる笑顔を浮かべていた。

 

華琳は暫しその笑顔に見とれてしまう。

 

秋蘭自身は依然として一刀達の去っていった方向を眺めていた為にそのことに気づくことはなかった。

 

(秋蘭のこれほど綺麗な笑顔は見たことが無いわね。ホント、嫉妬してしまう程よ、一刀…)

 

我に返った華琳が真っ先に考えたのは一刀への対抗心であった。

 

そうとは知らず、未だに視線を固定したままで秋蘭は更に言葉を紡ぎ出した。

 

「一刀はきっと、いずれ我らの軍にとって掛け替えのない存在になり得るでしょう。私はあいつにそれだけの才能があると信じているのです」

 

秋蘭を知らない者が聞けば、唯の身内贔屓だと嗤うかもしれない。しかし、付き合いの長い華琳には、それが本心から言っていることだと理解できた。

 

「…一刀のことは少なからず私も認めているわ。貴方の期待を一刀が裏切らないことを願いたいわね」

 

「ええ」

 

その後は特に会話も無く、2人は時折吹く風に髪を靡かせていた。

 

不思議と居心地のよいその沈黙は、今後の進軍計画を相談にきた2人の軍師によって破られるその瞬間まで穏やかに続くのだった。

 

 

 

 

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翌日から一行は冀州の黄巾本隊へと一直線に進軍を開始した。

 

曹軍、劉備軍共に次の戦が黄巾との最終決戦であることを知らされており、その士気は連戦の疲れを感じさせない程高いものであった。

 

一刀はその行軍中にも黄巾内部をよく知る周倉と指揮官たる桂花と共に対黄巾の最後にして最大の策を練り続けていた。

 

「劉備達にそれとなく聞いてみたところ、張角達の正体については流した虚報を信用しているようでした」

 

「そう。やはり裏工作の方は問題ないみたいね。となれば、現状問題となってくるのは劉備が同行しているということ。下手に正面からの潜入なんて更に出来ないものになるわ」

 

「俺が以前に砦にいた時と変わってないんだったら、北西にある壁に一部穴空いてるとこがあるはずだぜ」

 

「この軍自体は南から砦に当たることになるでしょうから、そこから侵入することは確かに出来そうね。ただ、あくまで一つの案。穴が塞がっていたら使えないのだから」

 

一刀の報告、周倉の情報、それらを統合し、選別し、桂花が作戦を組み立てていく。

 

「他に手薄なところはあった?」

 

「いや、他に思いつく点は無ぇな」

 

「そう…だったら、最悪、黄巾を潰走させて、そこにアンタ達を紛れ込まさないといけないわね」

 

「その場合、劉備達の軍が厄介になってきますね」

 

「それはしょうがないわ。場合によっては黒衣隊を使って混乱工作を仕掛けることに辞さないわね」

 

相手は既に警戒心を極限まで高め、砦内に引き篭ってしまっている。

 

その状況で打てる手はそれほど多くない為、そのような作戦も視野に入れておかねばならないのであった。

 

「とにかく、今の作戦を念頭に置いて準備なさい。今回は相手も相当混乱することになるでしょうから、隠形能力よりも戦闘能力重視で選抜しなさい」

 

「御意に」

 

指示を出された一刀が承諾したことを確認すると、桂花は周倉に向き直って命を下す。

 

「アンタは潜入した後に一刀達を張角達の下に案内なさい。その後の事は一刀達に任せておけば問題ないわ。万が一見咎められることがあったら混乱に乗じて逃げ出したことになさい。それを見破れるほど頭の回る奴は黄巾にはいないでしょう」

 

そんな人物がもしいたのなら、黄巾の乱はもっとずっと厄介なものであったろうことは、少し頭の回る者であれば誰にでも想像がついた。

 

桂花の指示に周倉は諾の返事を返す。

 

それを以て、張角拉致という名の救出作戦の概要が決定したのであった。

 

 

 

 

 

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そこから更に進軍すること数日、両軍はようやく黄巾の本陣をその視界に収めることになった。

 

「やっと見えたわね。春蘭、我が軍の将を集めなさい。それから零、劉備軍に伝令を。軍議を開くわ」

 

「はっ!」

 

「了解しました」

 

2人が去って行く中、華琳は未だ傍に控える桂花に小声で確認を取る。

 

「準備の方は?」

 

「策も決まり、潜入部隊の選抜も終えました。いつでもいけます」

 

「わかったわ。くれぐれも劉備達に漏れないよう、注意なさい」

 

「はっ」

 

(張角、張宝、張梁…どのような娘達なのかしらね。ふふ。準備は万端。今からその顔を見る時が待ち遠しいわね)

 

華琳は人知れず口角を吊り上げていた。

 

 

 

四半刻と経たず両軍の主要人物は華琳の天幕に集まっていた。

 

「集まったわね。我々は遂に黄巾本隊と対峙したわ。これより、世に蔓延る賊徒、黄巾の掃討を図る。作戦は我が軍の軍師、荀ケに説明させるわ。桂花」

 

「はっ。此度の作戦は火を用いた攪乱を主軸に置きます。全軍は予め門前にて鶴翼の陣で配置。配置が完了した後、複数の弓兵部隊に4箇所同時に火矢を射掛けさせます。黄巾にはまともな指揮官も存在しないでしょうから、この火によって混乱極まる状況となるでしょう」

 

「なるほど。混乱して出てきた所を鶴翼の陣で確実に潰していく、というわけですね」

 

「そういうことよ。このような状況で混乱した大衆が取る行動は限られてきます。一人がたまらず外に飛び出せば、他の者も深く考えることもせず後を追うでしょう。戦意も高くなりはしないでしょうから、被害も極力抑えられるはずです」

 

途中、諸葛亮が先の言葉を取りつつも、桂花は作戦の概要を全て伝え終える。

 

そこで一度皆を見回すが、3名を除いて特についてこれていない者はいないようだった。

 

「それでは配置ですが、劉備軍は一固まりで中央に布陣して下さい。左翼先端に秋蘭、右翼先端には春蘭を。左翼と中央の間は沙和と凪、右翼と中央の間は真桜と季衣を配置します。菖蒲は本陣の守護をお願い」

 

「ちょ、ちょっと待ってください!中央を私達だけで担うには兵力に厳しいものがあります!」

 

桂花が告げる作戦に?統が慌てて反論を示す。

 

しかし、それは既に織り込み済みだったのか、桂花は澱みなく返していった。

 

「足りないと考えられる分の兵力は勿論貸し出すわ。それに両翼にこちらの兵を置いていることにも意味があるわ。こちらの兵は厳しい訓練を積んでいるから迅速に行動を起こせるわ。加えて、春蘭と秋蘭は長年ともに戦場を駆けてきて、抜群に息の合った行動が為せるの。鶴翼の陣で肝となるのはどれだけ素早く包囲を完成出来るか。それは貴方もわかっているでしょう?」

 

「はい、確かにその通りです…」

 

「それにそちらの将2人は相当な武の持ち主なのでしょう?ならばその2人を配置することで中央の戦力は問題無いはずよ」

 

桂花の説明は確かに理に適っている。

 

その為、?統はそれ以上の反論を展開することが出来なくなってしまったのであった。

 

「配置の説明まではしたのよね。後の行動は先程の説明通り、鶴翼の陣による包囲、殲滅です。なお、何らかの緊急事態が発生した場合は銅鑼を3回打ち鳴らしますので、それが聞こえたら各自撤退してください。伝令が来るようであればその伝令に従ってください。何か質問はありますでしょうか?」

 

全ての説明を終えて、桂花は再び皆を見回す。

 

誰からも質問が出ることはなく、これによって作戦は決定事項となった。

 

「では以上で軍議を解散する。各自、戦闘配置につくように」

 

『はっ!』

 

華琳の解散の号を受けて皆が散っていく。

 

皆が黄巾との最終決戦に向けて気合の入った顔をしていた。

 

そんな中に浮かない顔をする者が2名。

 

「今回は何事も無いといいのですが…」

 

「…大丈夫だと信じましょう」

 

秋蘭と華琳が一体何を心配しているのか。

 

それは今回の策にあった。

 

「あの子も桂花と同等以上の能力はあるはずよ。何故か今までそれを発揮出来てはいないのだけど…」

 

「これからも桂花の手が空いてない事もあるでしょうから、零のあの性質も治せるなら早く治してもらいたいものです…」

 

2人が心配していること。それは今回の策を立てたのが零である、ということであった。

 

今回の行軍の主要軍師は桂花であるのだが、桂花は潜入作戦の策を練っていた為に、戦自体の策は零が練ることとなったのである。

 

このことを知っているのは華琳と秋蘭、そして桂花だけであるのだが、3人とも零の性質は分かっている。

 

とは言え、3人に出来ることは華琳の言った通り、信じることくらいしかないのであった。

 

 

 

 

 

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軍議から暫くの時間が経過した現在、一刀達は張角達が篭る砦、その北西にいた。

 

「斥候の報告通りだな。塞がれるどころか更に崩れてる様子だ」

 

作戦立案時に周倉が言っていた通り、砦の北西の壁は崩れた状態であった。

 

遠目に見て確認した一刀達はそのまま作戦を実行する旨を追随していた伝令兵に告げ、戦端が開かれるのを待っていた。

 

やがて黄巾陣内から煙が上がるのとほぼ同時に鬨の声が響き渡る。

 

そして、それほど時を置かずに剣戟と怒号の音が届いてきた。

 

それを聞きとめると一刀は部隊に指示を出す。

 

「よし、潜入開始だ」

 

果たして、火攻めと包囲によって混乱しきった黄巾達は、壁の穴から侵入してきた一刀達に気づくことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

黄巾陣内は混乱に満ち満ちていた。

 

その砦内のとある一室。そこに3人の少女がいた。

 

一人は桃色の髪をした、おっとりした雰囲気の少女。

 

一人は青色の髪をした、活発な雰囲気の少女。

 

一人は薄紫の髪をした、落ち着いた雰囲気の少女。

 

彼女達こそが黄巾の乱の首謀者とされている張角、張宝、張梁である。

 

「地和ちゃ〜ん、人和ちゃ〜ん、一体どうなってるの〜?」

 

「そんなの私にもわからないわよ、姉さん!」

 

「姉さん達、落ち着いて!さっきの人が言ってたでしょう。曹操の所の軍に攻めてこられたのよ」

 

突然砦を責められ、3人は狼狽えていた。

 

そこに黄巾の者が報告に来る。

 

「張梁様はいますか?!東側から火の手が!」

 

「張角様!砦の西側に火を放たれました!」

 

「張宝様!張宝様はいらっしゃいますか?!南の区域で火事が!」

 

3者3様、バラバラに報告する様に張宝が一喝する。

 

「あ〜っ、もうっ!わかったから!」

 

「姉さん、抑えて。火の出ている所が分かっているなら人数を分けて火を消してください」

 

『はいっ!』

 

張宝の癇癪を張梁が宥めて黄巾達に指示を出す。

 

どうやら黄巾の頭脳は張梁が担っているようであった。

 

とはいえ、ここまで混乱していては最早どうしようもないであろうが。

 

報告に来た黄巾兵が去ると、張梁が2人の姉に振り向いてとある事を告げた。

 

「流石にこれ以上ここにいることは無理よ、姉さん達。この砦を捨てましょう」

 

「ちょっと、人和!また当てもなく旅をするの?!」

 

「お姉ちゃんはちぃちゃんと人和ちゃんがいれば何でもいいよ〜」

 

「姉さんは黙ってて!折角落ち着ける場所を見つけたって言うのに、それを捨てるって言うの?!」

 

張梁の発言に張宝が食ってかかる。

 

張梁はため息を吐きつつも張宝を諭そうとする。

 

「あのね、姉さん。この砦はもうすぐ曹操に落とされるわよ?このままここに残っていても、捉えられて殺されるだけ。こうなってしまった以上、もう逃げるしか道は無いのよ」

 

「うぅ〜…でも〜」

 

それでも諦めきれない様子の張宝が更に何かを言いかけたその時、3人に声を掛けてくる者があった。

 

「張角ちゃん!よかった無事だったか!」

 

「あっ、周倉さんだ〜」

 

声の主が古参のファンである周倉だと分かると張角は笑顔を浮かべて返事を返す。

 

しかし、張梁が張角の前に立ちはだかった。

 

「待って姉さん!周倉さん、貴方は曹操に討ち取られた、って報告があったのだけれど、何故ここにいるの?」

 

「ちょっと、人和、それ本当なの?」

 

人和は周倉に関する報告を受けていたことを思い出し、警戒していたのである。

 

更に人和の言葉を聞いた地和も事態を理解して警戒を示す。

 

「ここにいるのはそれなりのワケがあるんだ…」

 

「理由?一体どんな…?」

 

張梁が周倉に聞き返す。

 

周倉がそれに答えようとすると、後ろに黙って立っていた男が周倉を手で制して話しだした。

 

「初めまして、君は…張梁さんかな?俺は曹操軍将軍夏侯惇が副官、夏侯恩だ」

 

一刀の名乗りに張梁は体を強ばらせる。それは後ろの2人も同じであった。

 

「そ、曹操の兵が何でこんなところに?それに何故周倉さんと一緒に…?」

 

「それらを説明している時間はさすがに無い。だから単刀直入に言おう。張角さん、張宝さん、張梁さん。3人に我らが主、曹操様の下まで来て貰いたい」

 

これ以上ない直接的な降伏勧告。それに真っ先に反応したのは張宝だった。

 

「そんなこと出来るわけないでしょ!曹操の所に連れて行かれて殺されるのが目に見えてるじゃない!」

 

「え〜?!私達殺されちゃうの?!お姉ちゃんもそれはさすがに嫌だよ〜!」

 

張宝の言に張角も同調して拒否を示す。

 

しかし、その一方で張梁だけは何事かを考えている様子であった。

 

「…夏侯恩さん、でしたか?何故私達に降伏勧告を?」

 

張梁の取った質問。この行動は一刀に評価を改めさせるに十分なものだった。

 

(この状況下で降伏勧告は些か不自然であることに気づいたか。張梁は中々に頭が回るみたいだな)

 

「一つ誤解があるようで。我々は今の所、貴方達の命を取るつもりは無い。曹操様の下へ来て貰い、問答の後処遇が決まる」

 

「そう言っておいて途中で後ろから斬るつもりじゃないでしょうね?!」

 

「もし貴方達が曹操様の下に連れて行く価値が無いと俺が判断していれば、とっくにその首は胴と永遠の別れを告げていたよ」

 

突っかかってくる張宝に一刀は酷く無感情な声色で返す。

 

それは単にその事実を告げられる以上の効果を3人に齎した。

 

3人はすっかり怯えてしまい、声も出せなくなってしまったのである。

 

それは一刀の言が紛れもない事実であることが、その声色から十分以上に伝わったからであった。

 

少々時間をかけつつも何とか立ち直った張梁が3人を代表して再び一刀に問う。

 

「おとなしく付いていけば、殺しはしないんですね?」

 

「さっきも言った通り、曹操様との問答次第、だな。ただ、俺の見立てでは恐らく大丈夫だろうが」

 

「…わかりました。降伏します」

 

「ちょっ!人和?!」

 

「人和ちゃん?!」

 

降伏を宣言した張梁にようやく立ち直った張角、張宝が驚きの声をあげる。

 

張梁はそんな姉2人を宥めるように声をかけた。

 

「いいの、姉さん。どの道、私達には選択肢が無いわ」

 

張梁の言葉に納得したのか、それきり3人は言葉もなく、潜入部隊によって連行されていくのであった。

 

 

 

 

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砦門前では飛び出てきた黄巾が包囲され、まさに掃討戦の終盤といった様相を呈していた。

 

一刀はその戦場の更に後方、曹軍本陣に張角達を連れて来ていた。

 

「華琳様、張角達を連れてまいりました」

 

「ご苦労だったわね、一刀。さて、貴方達が張角、張宝、張梁の3人ね。率直に聞くわ。何故黄巾を率いて漢王朝の転覆を狙った?」

 

華琳は張角達に単刀直入に質問する。

 

その内容は聞く者が聞けば意地が悪いと評価するものであった。

 

「そんなっ!ちぃ達はそんなこと望んでないっ!」

 

「私達はただ楽しく歌ってただけだよ〜!」

 

「でも黄巾を率いていたことは事実でしょう?」

 

『うぅっ…』

 

張角と張宝は即座に否定しようとするが、華琳の一言に黙り込んでしまう。

 

張梁はそんな姉達より一歩前に出ると毅然とした態度で語りだした。

 

「曹操さんは一つ誤解をされているようです。私達は黄巾を『率いていた』のではありません。黄巾が私達に『付いて来ていた』だけです。その上で一部の者達が暴走を起こしたのです。私達3人は旅芸人でした。黄巾は初めはそんな私達を応援してくれる追っかけの人達だったんです。漢王朝の転覆なんて大それたことを望んでいたわけではありません」

 

多少声は震えているものの、華琳を前にこれだけ堂々と主張できることはそれだけでも評価に値するものであった。

 

「つまり、貴方達は巻き込まれたようなものだと言うことかしら?」

 

「はい、その通りです」

 

「成る程ね。確かに事前の情報通りだわ。さて、前置きはもういいでしょう。張角、張宝、張梁。貴方達のその力、私の為に使ってくれないかしら?」

 

華琳の要求に張角と張宝は頭の上に疑問符を浮かべる。

 

「え〜っと…どういうこと?」

 

「ちぃ達に何をしろっていうのよ?」

 

そんな2人に対して張梁は何事かを感付いたようであった。

 

それを裏付けるためだろう、張梁が華琳に問いかける。

 

「それはつまり、私達に貴方の為に歌え、とそういうことですか?」

 

「ええ、そうよ。察しが良くて助かるわ。貴方達は言ってみればその歌だけでこれだけの人数を動かしたのでしょう?」

 

言って華琳は未だ戦闘が続く戦場を見やる。

 

「貴方達の人を惹きつける力。それは十分に立派な能力よ。その力を私に貸して欲しいの」

 

「お姉ちゃん、難しい話はわかんないよ〜」

 

「はぁ。いい、姉さん?曹操さんはこう言ってるの。命を取らない代わりに私達の歌で曹操さんの兵士を集めろ」

 

ここまでを聞いて改めて一刀と華琳はそれぞれ内心で感心する。

 

やはり張梁は相当に頭が回るようである。

 

2人の問答は様々な情報が省かれたまま進んでいた。にも関わらず張梁は華琳の要求を寸分違わず理解していたのである。

 

「え〜と。それじゃあ私達は今まで通り歌っていいの?」

 

「ええ、そうよ。但し、歌うのは私の領内だけということになるけれどね」

 

「ちょっと!それじゃあ意味ないじゃない!ちぃ達の目標は大陸一の歌手になることなのよ!」

 

華琳の補足に食ってかかる張宝だったが、すぐに張梁に諫められる。

 

「姉さん、落ち着いて。曹操さん、貴方が兵力を欲する理由は何ですか?」

 

「私はいずれ領土を広げ、大陸に覇を唱えるわ。けれど、今のままでは圧倒的に兵力が足りない。それを補うためよ」

 

「広がった領土内は私達でも安全に旅が出来るんですか?」

 

「無論よ。大陸に平穏を齎すために覇を唱えるのだから、己の領土の治安くらい守れねばその資格すらないと言えるわ」

 

華琳の返答を聞いて、張梁は再び考え込む。

 

そして次に発した言葉に華琳は笑みを深くするのだった。

 

「わかりました。これからは貴方の為に歌うことを誓います。姉さん達もそれでいい?」

 

「うぅ。人和がそういうなら…」

 

「私は2人と一緒なら何でもいいよ〜」

 

それぞれに諾の返事をした3人に、華琳は微笑みかける。

 

「感謝するわ、3人とも。私の真名は華琳よ。真名を呼ぶことを許可するわ。それから貴方達の今後の活動だけど、今の姓名は捨ててもらうことになるわ」

 

「えぇっ?!何でよ?!」

 

「貴方達には漢王朝から討伐令が出されているの。仕方ないことだと諦めなさい。今後は真名を以て生活して貰うしかないわね」

 

華琳の言ったことは紛れもない事実である。

 

討伐令まで出されているのでは3姉妹も渋々ながら納得せざるを得なかった。

 

「それじゃあ仕方ないよね。私の真名は天和で〜す。よろしく〜」

 

「はぁ、しょうがないかぁ。ちぃは地和よ」

 

「私は人和と言います。ところで討伐令が出ているのでしたら、匿ってもバレてしまうのでは?」

 

張梁の懸念も尤もである。が、曹軍は既にその対策は立てていた。

 

華琳は面白そうに笑うと、一刀にある物の公開を命じる。

 

命を受けた一刀が天幕の中で何かを探していたかと思うと、いくつかの似顔絵書きを広げてみせた。

 

「これが諸侯に流した3人の似顔絵だ。いい出来だろう?」

 

そこにあったのは。

 

3人ともこの世の物とは思えない、鬼のような形相を浮かべた髭もじゃの大男であった。

 

「ちょっと〜、お姉ちゃんこんなんじゃないよ〜!」

 

「ちぃはこんなに醜くないわよ!」

 

「これは…いくら何でも酷くないですか…?」

 

3者3様に落ちこむ張3姉妹。

 

その反応に一刀も華琳も十分に満足したようであった。

 

「貴方達の正体を他の諸侯に知られないようにする為の策よ。これがあるから、貴方達が名を名乗らない限り、誰も貴方達が黄巾の首謀者だなんて思うことがなくなるわ」

 

「確かにそうなんだろうけど…」

 

華琳の説明に納得はするものの、どこか腑に落ちない様子の張3姉妹であった。

 

「とにかく、これでバレる心配は無用だと分かったでしょう?これからは存分に働いてもらうわよ」

 

『はい』

 

ここに張3姉妹の曹軍参画が決定したのだった。

 

 

 

その後、間もなく黄巾達は全ての者が討たれるか捕縛され、曹、劉両軍に軽微な被害が出たのみで戦は終結した。

 

張角達の首級に関しては、秋蘭の部隊が黄巾の陣に突入したが、張角達は火に飛び込んでしまい、首級を挙げることが出来なかった、ということになっていた。

 

戦が終わると、両軍はその場で互いを労った後、曹軍は自軍の領地へと、劉備軍はひとまず軍の協力者でもある公孫賛の下へと戻っていくのであった。

 

説明
第十四話の投稿です。

遂に黄巾の乱の終結。
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コメント
>>naku様 少々省いて劉備の挨拶だけ書いてますけど、隠れたところできっと、、、…き、きっときちんと挨拶してるでしょう!(ムカミ)
>>kyou様 降伏=軍隊、投降=個々人 として捉えていました。今、少し調べてみたのですが、投降が”負けを認めて降参”、降伏が”投降+従うこと”のようです。従って、完全に自分の日本語力不足です、すいません。ご指摘ありがとうございます(ムカミ)
投降と言う文言、降伏と言う方が一般的じゃないかなと思いますが……まぁ、意味が通じれば良いって言われればそれまでですが。(kyou)
>>陸奥守様 桃香が”平原の相”になるのはこの後でしたね、完全に失念していました、すいません。(ムカミ)
現時点で桃香達は領土持ってないよね。どこに帰ったの?(陸奥守)
>>本郷 刃様 何故かこの2人は首突っ込んで巻き込まれるパターンが、自分の中では一番しっくりきてしまいますw(ムカミ)
>>帽子屋様 ありがとうございます、修正しました(ムカミ)
真桜、沙和、変に関わった時点で逃げることは出来ないんだ・・・南無w(本郷 刃)
誤字報告 ×張遼はそんな姉達より ○ 張梁はそんな姉達より(帽子屋)
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