真・恋姫?無双 〜夏氏春秋伝〜 第十八話
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ここ最近、大陸は非常に不安定な状態にある。

 

庶民は言わずもがな、時勢を読む力の弱い諸侯は大きな事件こそあったものの、大陸は平和だと考えている。

 

ところが、時勢を読む力の長ける者達は、最早大陸は動乱の時代に静かに突入し始めていることを感じていた。

 

華琳こと曹操もまた、その時勢を読み切っている一人である。

 

その部下であり、自他共に認める優秀な文官達もまた同じであった。

 

それほどに大陸の事情を左右した事とは一体何なのか。

 

これはほぼ時期を重ねるようにして起こった3つの事件を指す。

 

まず初めに事が起こったのは黄巾壊滅から数ヵ月後のこと。

 

大陸全土に震撼が走った。

 

その内容とは、

 

 

 

第12代皇帝、劉宏の崩御

 

 

 

諱として孝霊皇帝の名を授けられたこの漢王朝の象徴の死。

 

人はいずれ死ぬとはいえ、それが皇帝とあっては大陸が揺れるのも致し方ないとも言える。

 

しかし、この崩御には大きな問題が一つあった。

 

それは後継者問題。

 

なんと、霊帝は後継者を明確に指名しないまま崩御してしまったのである。

 

その結果、劉弁と劉協のどちらが皇帝につくか、朝廷内で揉めに揉めたのであった。

 

結局は何進、何太后の兄妹に擁立された劉弁が即位したのだが、これを快く思わなかったのが宦官筆頭集団の十常侍であった。

 

十常侍は劉協を皇帝の座に就けようと画策。

 

そこで2つ目の事件が起こる。

 

それは、

 

 

 

何進、何太后兄妹の暗殺

 

 

 

劉弁の主たる支持者である2人を、十常侍は別々に罠に嵌めて殺してしまったのであった。

 

しかし、時を同じくして何進に洛陽へと召集されていた董卓が、都に入って事実を知るなり、十常侍を捕縛、粛清したのである。

 

一連の事態を受けて、劉弁は己に政治を執る能はない、として、早々と劉協に皇帝の座を譲ってしまった。

 

劉協は治世の才は持ち合わせているようであるが、如何せんまだ幼い。

 

そこで政治は当面、劉弁と劉協の2人が共同で執ることになった。

 

董卓軍一同はそれを補佐することを約束する。

 

しかし、ここで更に大陸を驚愕の渦に巻き込む3つ目の事件が起こる。

 

 

 

董卓の相国就任

 

 

 

劉弁、劉協は己達を危地から救い、よく助けてくれる董卓達をいたく気に入り、ある種の永久欠番の様に扱われていた相国の地位を賜ったのであった。

 

これらの事件により、大陸には知らず暗雲が立ち込めているのである。

 

一部の者達は確かに感じ取っていた。

 

最早、漢王朝の終焉の時は近い、と。

 

 

 

 

 

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「ちょっと困ったことになったわ」

 

「困ったこと、とは?」

 

陳留の城内、情報室。

 

現在、そこでは一刀と桂花が深刻な表情で顔を突き合わせていた。

 

「董卓の情報が集まらないわ。全くね」

 

「それは黒衣隊を使っても、ですか?」

 

「ええ。元々天水にいた、ということくらいかしら。董卓配下の将、張遼、呂布、華雄に関しては噂等からある程度の情報が得られているのに、こと董卓とその腹心たる賈駆の情報が集められないわ。黒衣隊から2人程洛陽に送り込んでいたんだけど、ね…」

 

桂花はそこで言葉を濁す。

 

少し躊躇った後、改めて言い放った。

 

「2人とも手酷くやられて帰ってきたわ。むしろ帰って来れただけでも御の字。他の諸侯の間蝶は片っ端から捕殺されていたらしいわ」

 

それは一刀にとっても驚きの情報であった。

 

こういった潜入系の情報収集に関しては、それに特化した隊員を抱えている。

 

そこから抜き打った一手がものの見事に失敗に終わったと言うのだ。

 

「董卓の陣営には軍師と呼べる人物は賈駆くらいしかいないはずよ。これは賈駆の手腕を見事と言うしかないわね」

 

見事、の一言で済ませられるものではない、と一刀は考える。

 

宦官の粛清を終えたとは言え、まだまだ安定しているとは言い難い朝廷内事情。

 

それを抱え込んだ上で、さらに董卓を探りに来た者達に情報を漏らさず、それどころか僅かな情報すら持ち帰らせない程の徹底振り。

 

こと情報戦に限れば桂花を凌ぐのではないだろうか。

 

それだけの高評価に十分値するのである。

 

しかし、本来であればいくら黒衣隊隊長であるとは言え、一個人たる一刀にこのような話をする必要は無い。

 

逆に言えば、この話を呼び出した上で持ち出したと言うことは。

 

「ここに呼び出されたということは、私に潜入しろ、ということですね」

 

「ええ、そうよ。とにかく欲しいのは董卓と賈駆の正体。その軍の正確な規模は恐らく掴めないでしょうけど、可能であればそれも。頼めるかしら?」

 

「お任せください」

 

洛陽への潜入、董卓の情報収集。

 

現実にこれは今までの黒衣隊に与えられた中で最高難度の任務であろうことは間違い無い。

 

その任務を一刀は二つ返事で受けたのだった。

 

 

 

 

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数日後、一刀は商隊に紛れ、旅人に扮した状態で洛陽に入った。

 

初めて見る漢の都。それは名に恥じぬだけの雄大な光景であった。

 

「秋蘭から聞いた限りじゃ、以前は廃れる一方だったって話なんだけど、これは…」

 

一刀の目に映る洛陽はその事前情報とは全くもって正反対のものであった。

 

街の至るところに人が溢れ、活気に満ち満ちている。

 

試しにそこらの民に聞いてみると、皆口を揃えて董卓の善政を褒め称える。

 

また、軍の統制もよくとれており、兵が問題を起こすことはまず無い、とのことであった。

 

これが果たして董卓の手腕なのか、はたまた賈駆の手腕なのか。

 

いずれにしてもこの分であれば大陸五指に入る治安の良さと言えるだろう。

 

洛陽を軽く見て回った一刀は宿を取って今後の作戦を練る。

 

チラと見た感じでは、いくら一刀といえども城への潜入はかなり厳しそうであった。

 

とは言っても、難しいのは内宮への侵入である。

 

いくら相国の就いたとは言え、董卓が内宮で執務を行っている可能性は無きに等しいだろう。

 

しかし、隊員が既に捕殺されかかっている現状がある。

 

これを鑑みて、無理はせずに少しでも危険と判断し次第城内潜入は打ち切ることにした。

 

今回の最優先事項は董卓と賈駆の正体である。

 

正体と言っても、要は為人が分かれば良い。

 

人物に関する噂は、まずはその対象の為人と照らし合わせて判断することになるので、そこが重要なのである。

 

取り敢えずの方針を決めた後、疲労の溜まった体を休めるために睡眠を取ることにしたのであった。

 

 

 

 

 

 

それから数日。

 

「はっはっはっは」

 

洛陽の街の一角にて一刀の空々しい笑い声が響いていた。

 

「董卓のところまで辿り着きも出来ないとか…」

 

董卓軍の守護する宮殿は内宮で無くとも潜入捜査はかなり厳しいものであった。

 

行く先行く先、どこでも少なくない数の兵士が配置されている。

 

賈駆はどうやら相当に情報戦の心得があるようで、情報漏洩の対策はほぼ完璧なものであった。

 

加えて、禁軍も動員しているのであろう、常時相当数の警備兵が城内を廻っていた。

 

「さて、どうしたものか…」

 

もう少し危険を押してでも続けるべきか否か。

 

この先のおおよその歴史を知っている一刀は董卓に関する情報が非常に重要であることは分かっている。

 

その為、許容する危険度をこれまでよりも大きくし、少々強引でも情報を得ることに決めようとしたその時だった。

 

「きゃあああぁぁぁ…」

 

どこからか絹を裂くような悲鳴が聞こえてきた。

 

すわ、事件か、と一刀は声の聞こえた方向へ走り出した。

 

 

 

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洛陽の街の端、さらにその裏路地ともなるとさすがにまだまだ整備が及んでいない。

 

そこに根付くのは街のならず者や流れ着いた賊の残党等であった。

 

そんな場所を走る少女が2人。

 

「月、走って!」

 

「詠ちゃん、ごめんね。私のせいで…」

 

「後でいくらでも聞いてあげるからっ!今は逃げないと!」

 

その少女達を追いかける男が3人。

 

必死に逃げる少女達であったが、少女の1人が躓き、転んでしまう。

 

「へうっ…」

 

「月っ!」

 

もう1人も思わず止まって転んだ少女の下へ駆け寄る。

 

直後、2人に影が差した。

 

「へっへへ。追いついたぜ。おとなしくしとけよ〜?そうすりゃあ痛い目には合わないぜ?」

 

「いい〜もん着てるなぁ。どっかの豪族様の家の娘かなんかかねぇ」

 

「おいおい、お前ら。んなことより見てみろよ。こいつら、どっちもかなりの上玉だぜ?」

 

少女達の前に立ち、下卑た笑みを浮かべる男達。

 

男達はそれぞれ手に得物を握っている。

 

更に、少女達はすでに追い詰められており、まさに絶体絶命と言える状態である。

 

しかし、少女の1人は気丈にも言い返す。

 

「あ、あんた達!月に手を出したら許さないわよ!」

 

そんな少女の気勢も男達の笑い声で削がれてしまう。

 

「え、詠ちゃん…」

 

一方、もう1人の少女は友の名を呼ぶだけで、何も出来ないでいる。

 

男達はこの襲?の成功を既に疑っておらず、呑気に仲間内で話している。

 

「おい、取り敢えず俺らの隠れ家に運んじまおうぜ」

 

「だな。こいつらをどうするか決めんのはそれからでも遅くねぇ」

 

「うっし、それじゃあ…」

 

「待て!!」

 

男の1人が少女達に手を伸ばしかけた時、突如後ろから何者かの抑止の声が響いた。

 

男達が振り返ると、そこには細身の剣を携えた青年が1人。

 

しかし、その服装はとても兵士には見えない。

 

「あぁ?!んだ、てめぇは?!」

 

「邪魔すんじゃねぇよ!」

 

兵士で無いとわかった途端に強気に凄む男達。

 

だが、駆けつけた青年は怯むことなく言い返す。

 

「今すぐここを立ち去るならば見逃してやる。だが、これ以上その子達を傷つけようとするならば容赦はしない」

 

決して大きな声を出したわけでは無い。

 

しかし、その凛とした声はしっかりと聞き取ることが出来た。

 

殺気を向けられた訳でもないにも関わらず、男達は戦慄を覚えた。

 

それに納得がいかなかったのか、いち早く立ち直った男が1人、青年に斬りかかった。

 

「警告はしてやったんだがな…」

 

青年は一言呟くと剣を振るう。

 

その剣速は余りにも早く、まさに一閃という表現が当て嵌る。

 

気づいた時には男は胸から血を吹き出して倒れ伏していた。

 

「う、うわっ!何だ、こいつ?!」

 

「か、敵わねぇ…に、逃げろ!」

 

倒された男が最も強かったのか、それとも彼我の戦力差を測ることくらいは出来たのか、男達は一目散に逃げていった。

 

少女達は声を出すことも出来ず、その光景を呆けた様子で見つめていた。

 

青年はその少女達に近づいて声を掛ける。

 

 

 

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(なんとか間に合ったみたいだな。よかった…)

 

一刀は内心で安堵の息を吐きながら刀を納め、へたり込んでしまっている少女達に近づき、膝をついて目線を合わせてから話しかけた。

 

「大丈夫かな?怪我はないかい?」

 

少女達は未だに呆然としていて返事はない。

 

しかし、本能か、緩々と一刀の手を取ろうとはしていた。

 

少女の手が一刀の手に触れると、瞬間怯えたように少し引っ込める。

 

それでも伸ばし続けられている一刀の手に多少は安心を覚えたのか、ようやく少女は一刀の手を取った。

 

一刀は少女達を優しく助け起こす。

 

片方は緑の髪に眼鏡、如何にも気の強そうな目つきの少女。

 

もう1人は一目で良いものとわかる服を着ている、薄青、いや薄紫か、その色の髪をした儚げな雰囲気の少女。

 

よく見ると、薄紫の髪の少女は手の平をすこし擦りむいている。

 

一刀は少女の手を取ると、腰の竹筒の水で綺麗に洗い流してあげた後、綺麗な布で軽く縛ってあげた。

 

「これでよし、と」

 

そこまで来て、ようやく我に戻ったのか、緑の髪の少女が礼を述べる。

 

「あ、あり、がとう。助かったわ」

 

「あ、ありがとうございます。治療までして頂いて…」

 

紫髪の少女も釣られるように我を取り戻して一刀に礼を述べる。

 

「いや、礼なんていいよ。治療と言えるほどのことでも無いしね。それよりも、ここにいつまでもいるのは余り良くない。大通りの方まで戻ろう」

 

「へぅ、そうですね。早く戻ろう、詠ちゃん」

 

「ええ、そうね」

 

ここに留まり続けたのではいつまたチンピラに因縁をつけられるか分かったものではない。

 

いらぬ厄介事を呼び寄せないためにもさっさと裏路地を出ようと3人で移動しかけたところだったが。

 

「ちょおっと待たんかあいっ!」

 

「っ!?」

 

突然後ろから一刀に斬りかかる者があった。

 

一刀は瞬時に鯉口を切り、刀身が鞘に半分入ったままの状態でなんとか攻撃を受け止める。

 

「なっ?!」

 

体重の乗らない、腕の力だけによる攻撃とは言え、襲って来た者は完全に不意を突いた攻撃を放ったと思っていた。

 

襲撃者は攻撃を受け止められるとは思っていなかったのか、驚きの声を漏らす。

 

その際の僅かな隙を突いて一刀は距離を取り、少女達を背に隠して襲撃者に相対する。

 

襲撃して来たのは紫の髪を頭の後ろで纏め、さらしに袴、そして羽織といった出で立ちの少女であった。

 

「へぇ。あんた、中々やるやん」

 

「君こそ凄いものだ。直前までまるで気付かなかった。だが、その武に感心はしても、この子達を渡すわけにはいかない」

 

何がおもしろいのか、襲撃者は口元に笑みを浮かべていた。

 

襲撃者の言葉に軽く応じつつ、一刀は改めて刀を構える。

 

「抜かせ!月と詠に手ぇなんぞウチが出させへん、わっ!」

 

「ふっ!はあっ!」

 

台詞の終わりと共に放たれた襲撃者の一撃。

 

それは春蘭のそれよりも明らかに早く、一刀が今まで対峙してきた中で最速と言っても良いものであった。

 

そして何より、速さだけでなく、重さも十分以上に備わっている。

 

一刀はなんとかその攻撃を受け流し、繋げるようにして反撃の一撃を見舞う。

 

「おっと。危なぁ。この分やと全力でいかなあかんみたいやなぁ」

 

一刀の反撃をギリギリ避けた相手は、それだけ言うと再び武器を構える。

 

心なしか、その口元に浮かんでいた笑みがより一層深くなっている気がする。

 

どうも、この戦いを楽しんでいる節があるようだ。

 

先程とは僅かに雰囲気が異なることを感じ、一刀もより一層警戒を高めて構えを取る。

 

そして、まさに動かんとした時、少女の声が響いた。

 

「ま、待ってください、霞さん!その方は私達を助けてくれた方です!」

 

「そうよ、霞!やめなさい!あんたも!そこにいるのは私達の仲間だから大丈夫よ!」

 

その言葉に2人は止まりはしたものの、武器の構えは解かない。

 

「さっきの話、ホンマか?あんたがあの2人を助けたって?」

 

「ああ、そうだ」

 

一瞬の沈黙。

 

緊張した重苦しい空気が流れているその場を崩したのは、襲撃者の朗らかな声だった。

 

「なぁ〜んや、そんなら早よそう言ってぇな!」

 

武器を下ろして無用心に歩み寄って来る。その顔には笑顔すら浮かんでいた。

 

そこには既に敵意が欠片も見当たらなくなっていたので、一刀も武器を納めて応じた。

 

「早く言ってくれも何も、問答無用で襲って来たのはそっちじゃないか…」

 

「まあまあ、んな細かいことは気にせんと!取り敢えず、ここ出よか」

 

少女はその場を強引に押し流して、4人は裏路地を出て行くのだった。

 

 

 

 

 

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「うっし、ここまで来れば大丈夫やろ」

 

「だな。それじゃ、俺はこれで」

 

あまり目立ちたくないと考えている一刀は大通りまで出たところで去ろうとした。

 

「ちょい待ち!」

 

しかし、それは肩を掴まれて制止される。

 

一刀が立ち止まったのを確認してから、少女が話し出す。

 

「折角助けてもろたのにウチらに礼の一つもさせん気か?」

 

「いや、礼なんていいよ。当然のことをしたまでなんだし」

 

「それでも絶体絶命の危機だったのをあんたが救ってくれたことには変わりないでしょ?ありがたく受け取りなさいよ」

 

紫髪の少女に合わせて緑の髪の少女も一刀を説得に回る。

 

薄紫の髪の少女だけは少々不安そうな目で事の成り行きを見守っていた。

 

どうするべきかと一刀が悩んでいると、紫髪の少女が思い出したように声を上げる。

 

「そういや、ウチまだ名乗ってなかったな。ウチの名前は張遼や。真名は霞って言うねん。あんたやったら呼んでくれて構へんよ」

 

「…そこまでされると断れないなぁ。なら俺も名乗っておこう。俺の名前は夏侯覇。真名は一刀だ」

 

まさかの人物の登場に少々動揺する一刀。

 

ここで張遼と出会ったことを吉と捉えるか凶と捉えるか少し考え、取り敢えず話を合わせつつ判断することにした。

 

「お?真名まで許してくれるん?」

 

「そりゃあ、名に聞く張遼将軍から真名を預けられたとあれば、こちらも名乗らないと失礼にあたるしな」

 

「そんなん気にせんでええのに。ま、折角やし、くれるもんはもろとくわ」

 

「ちょっと。あんた、『夏侯』ってことは曹操のところの人間じゃないの?」

 

霞と一刀の会話を聞いていた緑の髪の少女は、一刀に疑問をぶつけてくる。

 

すでに僅かな動揺も鎮めきれており、一刀は冷静に対応する。

 

「いや、夏侯惇、夏侯淵両将軍とは遠戚にあたるけれども、俺は曹操殿に属してはいないんだ。今は大陸を旅して、世の情勢を見て回っているところだ」

 

しれっとした顔でそう言い放つ一刀。

 

少しの間黙して一刀の様子を眺めていた少女は納得した様子で口を開く。

 

「そうだったの。確かに曹操の陣営で夏侯の姓を持つのはさっきの2人と夏侯恩とかいう人物の3人だけらしいしね」

 

「随分と詳しいんだね。恩のことも知っているとは思わなかったよ。あれはそんなに有名ではないだろう?」

 

緑の少女の言に一刀は内心かなり感心していた。

 

桂花先導の下、他諸侯への情報流出はほぼ全てシャットダウンしてきたはずである。それが漏れているのだ。

 

どのような方法かは想像も出来ないが、桂花を上回るほどの情報戦実力者であることは伺える。

 

そうなれば、自ずとこの少女、さらにその隣にいる少女も正体が分かるというもの。

 

「ボクにかかればこれくらいは何てことないわ、って言いたいところだけど、残念ながら詳しい情報はあまり入ってこないのよね」

 

訂正。どうやら桂花との実力はほぼ同じのようであった。

 

「ところで、霞がああまでして救おうとした、ってことは、君達のどちらかが董卓さん?」

 

「そういえば、ボクもまだ名乗ってなかったのよね。ボクは賈文和。月の軍師をしているのよ」

 

そう言って賈駆は隣の少女を見やる。

 

賈駆に見つめられた少女は躊躇いがちに切り出す。

 

「あの、私が董卓です。字は仲穎と言います。先程は助けて頂いてありがとうございます。お礼にならないかも知れませんが、私も霞さんと同じく真名を預けたいと思います。私のことは月と呼んでください」

 

「ちょっと、月!安易に真名を預けすぎじゃない?!」

 

一刀に真名を預けようとする董卓に食って掛かる賈駆。

 

董卓はそんな賈駆を困ったような顔で見つめて返答する。

 

「へぅ。でも詠ちゃん、私達、ほんとに危ないところだったんだから、これくらいの誠意は見せないと…」

 

「うぅ…わかったわよ。わかったからそんな目で見ないでよ。月が真名を預けるならボクも預けるわ。ボクの真名は詠よ。ありがたく受け取りなさい」

 

想像の斜め上を行く、とはまさにこのことだろう。

 

董卓の容姿はまさに儚い少女を絵に描いたようなもので、性格は実に控えめ。

 

賈駆との関係も、どうやら基本的には賈駆ががんがん押していくような関係のようである。

 

正史の人物像とは全く持ってかけ離れており、正反対と言っていいだろう。どうみても腕力が強いようには見えない。

 

洛陽に入ってより民から集めた評のこともあって、どう考えてもこの子が暴政を働くとは考えられないのであった。

 

「それじゃあ、ありがたく受け取らせてもらうよ。俺のことは一刀と呼んでくれ」

 

思いがけず手に入った董卓と賈駆、ついでに張遼の情報。

 

直前までは遅々として進まなかった調査が次の瞬間には瞬時に達成である。

 

一刀はこの数奇な廻り合わせに内心で苦笑を漏らすのであった。

 

「なあなあ一刀〜。ちょっとウチと仕合うてくれへん?さっきの続きやりたいわ」

 

月と詠との会話が終わるや否や、霞が一刀にそう言ってきた。

 

戦闘中にも感じたことではあるが、やはり霞は戦うことが好きなのであろう。

 

一刀との立ち合いを望むその瞳は爛々と輝いていた。

 

しかし、直後の詠の一言でその輝きはすぐに失われることとなった。

 

「霞、あんた今から調練でしょう?それを放棄することは許さないわよ」

 

「えぇ〜。ちょっとくらいええやん〜」

 

「だ・め・よ!そういうのを一度でも許すと華雄なんてずっと恋と仕合し続けかねないじゃない!」

 

「うぅ、詠のいけずぅ〜」

 

項垂れる霞に声を掛けようとした一刀は、その背中の向こうに一つの人影を見つけた。

 

僅かの間、それを見つめた後、一刀は霞に声を掛ける。

 

「俺も明日の朝にはこの洛陽を出るから、仕合は無理だね。まあ、またどこかで会うことがあれば、その時には喜んで受けるよ」

 

それを聞いた霞は瞳の輝きを僅かに取り戻す。

 

「ホンマやな?!絶対やで!」

 

「ああ、約束するよ」

 

そんな約束を交わしていると、董卓軍の兵士が一人、慌ただしい様子で向かってくる。

 

兵士はその場にたどり着くと、息をつく間もなく切り出した。

 

「張遼様、大変なことが!あ、董卓様に賈駆様もこちらにおいででしたか!至急お耳にいれたいことが…!」

 

「わかったわ。すぐに行く。恋と華雄も集めておいて」

 

「はっ!」

 

兵士は詠からの指示を受けるとすぐさま駆け出していく。

 

その様子を見送ってから詠は一刀に向き直った。

 

「そういうわけだから、失礼するわね。全然お礼も出来ていないのだけど、悪いわね」

 

「いや、気にしないでいいよ。真名を預けて貰っただけでも十分すぎるほどだ」

 

一刀のその言葉に反論したのは意外にも月であった。

 

「それでも私達がお礼が足りないと感じているのは事実ですから。また洛陽に寄ることがあれば、宮殿の方に顔を出してくださいね」

 

「ん、わかった。いつになるかわからないけれど、その時はよろしくね」

 

「はい」

 

この時、月は出会ってから初めての笑顔を浮かべた。

 

その様はまさに守ってあげたいと素直に思ってしまうほどであった。

 

(この子はその雰囲気が人を惹きつけてやまないんだろうな。華琳とはまた別の意味で、王たる資質を持っているのだろう)

 

月と詠が宮殿の方へ歩き出すと、それを護衛するように側に付きながら霞が一刀に別れの挨拶を告げた。

 

「ほんならな。また会えんのを楽しみにしてんで〜」

 

 

 

 

3人が人ごみの向こうに消えるのを待って、一刀は視線を動かさずに近くまで来ていた人物に潜めた声で問い掛ける。

 

「何があった?帰還命令が出るほどの事態らしいが」

 

「詳細は伝えられていませんが、室長と前室長の連名にて命を下されました。相当の事態であると予想されます」

 

「わかった。すぐに戻る」

 

その人物は一つ小さく頷くと、進行方向を変えず、その先にある門から出て行ってしまった。

 

一刀は嫌な予感を禁じ得ないままに、その後すぐ洛陽の街を発つのであった。

 

 

 

 

正史の流れが澱まぬ外史は正史の沿って流れゆく。

 

一度決まった大きな流れの渦には、個人の力など取り込まれてしまうしかない。

 

一刀は数日後に外史の理不尽さを身をもって知ることとなるのである。

 

説明
第十八話の投稿です。

遂に大陸が大きく動乱し始めます。
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コメント
>>海の民様 恋姫のキャラは割りと現代日本的なところがあったりしてましたし、月の誠実な人柄を考えると自分としてはそれほどおかしなことだとは思っていなかったのですが……おかしいと感じられたのでしたらスイマセン。ここは、原作では己の魂とも言える(という設定)真名も随分あっさりと預ける外史だし、そういうこともあるか、と思っていただけると幸いです(ムカミ)
仮にも相国なんだし、いくら命を助けられたとはいえ本名を名乗るとは思えないのですが……(海の民)
>>naku様 敬愛する主君の目の前に武器持った見知らぬ男がいたら普通の反応だと思うのですが、少し過剰でしたでしょうか?(ムカミ)
>>陸奥守様 軍師であれば感情は理性で抑制できてこそ一流だと思いますが、果たして恋姫の軍師にそれが出来ている軍師が何人いるのか…w(ムカミ)
後で詠が騙した事を怒るんだろうな。理性では納得出来ても、感情で絶対納得しない性格だし。(陸奥守)
>>アルヤ様 ここで張遼と知り合うことは前から決めてありました。この後の展開で重要となりますので。どのような展開になるかは、その時まで秘密ですw(ムカミ)
これは張遼降伏の戦闘を一刀が担当するフラグかな?(アルヤ)
>>サイト様 期待して頂いているところ申し訳無いのですが、夏侯覇を名乗ったことに深い意味はありません。ボロ防止の為の真実を含ませた偽名として、後世の夏侯を取り敢えず引き合いに出しただけですので…(ムカミ)
>>本郷 刃様 お忍び故に失態ではありますが、命の危機&主君の危機であったのは事実ですから。これを助けたのであれば、真名もおかしくは無いですよね?(ムカミ)
ここで一刀が覇を名乗るとはまさかの展開wなにかするのかな?(サイト)
まさかの遭遇、しかも真名を預けるほどに至るとは・・・そして巻き起こるのはやはり迷家(笑)が起こす騒動でしょうかね? 次も楽しみにしています!(本郷 刃)
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