東方永兎抄 其の一。
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 これはとある昔語り。しかし、ただ過去にあったことを列挙し、回想することで、

過去を賛美するためのものではない。昔を懐かしむという行為は自分の中にある原石を磨きなおし、

それが光ることを願い続ける行為だが、過去を見つめなおすという行為になれば、

そこには裁断し抽出することに加え、そこから抽象化を加えることによって、

新しい価値を創造することができる。未来のために過去を見つめなおす。

 

それが今回話をする、永遠を生きる彼女のひとつの物語。

それを私が語ることが出来るというのは、嬉しいことなのか、悲しいことなのかはわからない。

 

 いつだって、過去を語るのは。現実に満足しないものだけの特権なのだから。

 

 ーωー

 

 「長雨、か・・・」

 

雨が大地を叩く音が耳朶に響く。竹の葉も雨に濡れて少し寂しそうにその身をしな垂れていた。

いつからか永遠亭と呼ばれた旧式の和風建築も周囲の緑と同じようにしとどにその身を濡らしている。

その建物の廊下にあたる部分で洗濯籠を持った少女が物憂げに外を眺めている。

兎の耳を頭に付けたその姿は人間ではないが、その顔立ちはまだ”可愛い”と評しても良い程度の幼いものだった。

その彼女、鈴仙は軒先でその様子を眺めながら、一つ溜め息をついた。

雨は嫌いではない。寧ろ好きな部類に入るが、こうも長い間降り続けられては気が滅入る。

この雨が降り出してから、もう2週間は陽の光を浴びていない。

洗濯物の入った籠を脇に置いて、縁側に腰を下ろす。家でも常に身に着けている、スカートがふわりと舞った。

 

「このままじゃ、満足に洗濯物も乾かないしなぁ…。姫様からまた文句を言われるじゃない」

 

生乾きだから、着ると気持ち悪いと忠告はしたのだが、それを聞かなかった挙句、

文句を言われるというのは理不尽な気もする。だが、いつものことなので気にしない程度に長い付き合いではある。

あの姫様の態度は人付き合いの少なさから来ているのかもしれないとも思えるようになった。

輝夜と鈴仙が出会ったのは鈴仙の体感時間では結構前。

何度も何度も砂時計を傾けて、いつしか時間を図る機能を忘れてしまった、

そんな昔の事だ。始めて会ったときの印象は今のような自堕落なものでは決してない。

今の輝夜が嫌いというわけでは決してないが、昔の輝夜は全く違う存在であったと言っても良い。

 

(物語に出てくるような、深層の令嬢というか、本当にお姫様っていう感じだったのよね……。

天気の良い、月の綺麗な夜に風に抱かれて舞っているような、そんな決して近づけないような、そんな存在)

 

ぼんやりと昔の事を考えながら鈴仙は自分の髪を撫でる。

こうやって考え事をしながら髪を手櫛で整えるのは彼女の癖だ。

普段からぼんやりと物思いに耽ることが多い鈴仙は食事の席でも、

彼女の薬師の師匠でもある永琳から指摘されていた。

 

彼女の藤色の髪が指に合わせて踊る。普段は月光に煌めいている彼女の髪も、

今日は静寂を物憂げに彩る雨によって、少し色褪せて見える。

 

(雨も、嫌いではないんだけどね……)

 

折角だから雨の匂いと、音でも楽しんでいようと、目を閉じた。

しばしの静寂を楽しんでいると鈴仙の耳に雨と異なる、透き通った音が飛び込んできた。

 

(……人の声、かな。これは……歌?)

 

耳を澄ませなければ聞こえてこないほどの微かな音。

波長を操り、可聴域にまで合わせるとその声の主は見知った人だった。

鈴仙はその口に笑みを浮かべ、その人の下へと向かった。

 

「かひはかく、ありけるものを侘び果てて、死ぬる命を救ひやはせぬ、か」

 

「……姫様?」

 

鈴仙が静かに障子を開いて、輝夜の名前を呼ぶと、

うつ伏せになって本を開いていた輝夜は稲妻に打たれたかのように身体を震わせ振り向いた。

彼女は少し顔を赤らめながら、鈴仙を咎めるように口を尖らせる。

 

「びっくりしたじゃないの、屋敷の中じゃ足音を消さないようにっていっつも言ってるじゃない」

 

「や、普通に歩いてきましたけど……お気づきになりませんでしたか?それとも、何かに熱中されてました?」

 

歌を口ずさんでいたことは伏せながら、惚ける。輝夜はんー、と身体を起こして、背伸びをしながら、

 

「いーや、ただ本を読んでいただけよ。雨が降り続いて特にやることもないし」

 

「……雨が降ってなくてもやることは変わりないじゃないですか」

 

鈴仙は肩を竦める。相変わらずの部屋の乱雑さに、同時に溜め息も出た。

後で片付けようと考えながら障子を閉め、明かりの灯る室内へと足を踏み入れ、輝夜の斜め前に腰を下ろした。

 

「失礼ね、私だって天気の良い日は外に出かけることもあるわ。

昔はおじいちゃんの手伝いに良く出かけてたんだから」

 

 「それは初耳です。昔から姫様は家からほとんど出ないものだと思ってました。家でゴロゴロとしてるものだと」

 

歯に衣着せぬ物言いも今では慣れたものだ。普段からこういった物言いをしているわけではないが、

輝夜と話すときはどうも皮肉っぽい言い方になってしまう。何が原因なのかはわかっていないのだが、

取り立てて輝夜がそれを咎めたりしないため、そのまま話が進む。

 

 「私は外に出なかったんじゃなくって、外に出られない理由があったから、

やむなく家でゴロゴロせざるを得なかったの」

 

ゴロゴロしているということは認めたようだが、少し引っ掛かった。

小首を傾げながら、鈴仙は輝夜に問いかける。

 

「ん?理由って何です?」

 

「あら、鈴仙には話したことなかったっけ?私が昔、おじいちゃんとおばあちゃんと一緒に暮らしていた頃のこと」

 

少しだけ遠い目をしながら、輝夜は話し始める。遠い遠い、

今は雲の向こうにある、あの丸く輝く月のように、遠く儚い、昔話を。

 

竹取物語と言えば、「今は昔、竹取の翁というものありけり」で始まる、

多くの人が古典の時間に習ったことのある有名な古典作品であるが、その内容を詳しく知っている人は少ない。

概要を短くまとめれば、ある日竹の中にいた輝夜姫を見つけた竹取の翁は、彼女を家に連れて帰り、

妻の媼と共に育てることにした。そして、彼女は成長していくごとにその美しさを増していき、

その美しさは噂となり求婚をしてくる男性も現れるようになったが、

彼女は無理難題を吹っかけて悉く彼らの要求を突っぱねる。

最終的には帝も現れ彼女に求婚をしてくるようになり、彼女は育ててくれた両親の願いもあり、

帝とは和歌を詠み交わすようになる。しかし、ある時月から使者が舞い降り、彼女は月へと帰っていく。

 

「……と、いうこと」

 

輝夜は得意げに人差し指を立てながら、えっへん、と胸を張る。

あまりない。何がないと言えば感想に他ならないが。

鈴仙は視線を上に泳がせながら考えをまとめていた様だったが、やがて口を開いた。

 

「色々と端折り過ぎて良くわからないんですが。何で姫様が竹の中に居たのかだとか、

竹取の翁ですっけ?とにかく、姫様のおじいさまが何故姫様を連れて帰ったのか、

何で帝は姫様に求婚をしてきたのかだとか、何でそんなに姫様がモテているのかだとか」

 

「おじいさまは70を超えてるのにも関わらず、子宝に恵まれてなくてね。

だから、天からの授かり物だって、喜んで私を育ててくれたってことなの。

男どもが求婚してきた理由なんてわからないわ。どこから噂を嗅ぎつけてきたのかもわからないし」

 

律儀に質問に答えながらも、今度は輝夜が肩を竦める番だった。

 

「人から持て囃されることは悪くないとは思いますけどね。

ある程度、良い方向に評価されているってことでしょう?」

 

「良くないわよ。だって、噂だけで集まってる時点で、

私の外見だけに惹かれてやって来ている輩ばっかりってことじゃないの。

評価ってね、する側はいい気なものだけど、される側は堪ったもんじゃないわ。

良い評価にせよ、悪い評価にせよね」

 

「……?良い評価なら良いじゃないですか」」

 

だーかーらー、と前置きをして、腹が立ってますというような不機嫌な表情をして、

 

「勝手に私のことを評価しないで貰いたいの。

何で見もしない、聞きもしない、知りもしない赤の他人にあれこれ私のことを言われなくちゃいけないのよ。

大体、人の評価なんてのは、その人と会って、実際に話してみないことには出来ないものなのっ」

 

ここで鈴仙は少し疑問に感じた。昔に風評被害でも受けたのだろうか。やけに噂に敏感な気がしてならない。

 

「やけに評価に拘りますね。何か昔に変な噂でも流されたんですか?

実は普段から家では横に寝そべってお仕事は自宅の警護をやっていますみたいな」

 

「そこはもう少し良い妄想に耽ってるわよ。あの中で輝夜様は今日も歌をお詠みになっているに違いないだとかね」

 

歌という言葉を聞いて、鈴仙は自分が何故この部屋に来たのかを思い出した。

元はと言えば、雨音に混じって聞こえてきた歌に惹かれてこの部屋に辿り着いたのだった。

そして、ついでに縁側に置きっぱなしにしている洗濯物のことも思い出す。雨脚が強くなれば、

屋根が付いている縁側と言えど、振り込んでしまうかもしれない。不安に狩られた鈴仙は、

晩御飯の支度があると言って、席を立つことにした。そしてその去り際、障子に手を掛けて、

そう言えば、と切り出した。

 

「かいはかく、ありけるものを……でしたっけ。和歌を歌ってると、

姫様も姫様っぽく見えますね。ちょっと驚きです」

 

イタズラっ気たっぷりに言いながら振り返ると、一瞬だけ、ほんの一瞬だけ驚いているような、

悲しんでいるような、そして、傷ついているような表情を浮かべている輝夜が目に入った。

だが、それもすぐに元の表情に戻る。そして、一応姫様ですから、といつもの明るい様子で返してきた。

不思議に思いながらも、じゃあまた後で、と言いながら出て行く鈴仙の背中に輝夜の声が掛かる。

 

「何ですか?」

 

鈴仙が振り向くと、そこには先程一瞬で消えてしまった、どこか儚さを感じさせる表情をした輝夜の姿があり、鈴仙は気を引き締める。数瞬の間を置いて、輝夜は重い口を開いた。

 

「……ねぇ、今日のご飯は何かしら?」

 

無言で部屋を出て、障子を閉め鈴仙は洗濯物の下へ早足で向かった。

その背中には、こらーっ、姫様を無視するなんてどういう了見よーっ、という慟哭が響いていた。

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包丁がまな板を叩く、小気味いい音が居間に併設されている台所に響く。

鈴仙はいつものブレザー姿にエプロンを着け、材料を切りながら時に手を止め、昆布の入った土鍋の味を見ている。

今日の晩御飯は鍋物のようだ。ちらりとご飯の様子を見る。

少し前に河童に直してもらった電子ジャーの液晶を除くと、あと4分と見えた。

鈴仙は鼻歌交じりに、下ごしらえの仕上げに入る。

 

「れいせーん、ご飯まだー?」

 

「姫様、働かざるもの喰うべからずという言葉を学びましょう。

そもそも、この教えは伝道者のパウロという者がいましてですね……」

 

 鈴仙が声のする方を振り向くと、炬燵に入って、

仲良くテレビを見ていた輝夜と永琳が仲睦まじく会話をしている姿が見える。

 

永遠亭は幻想郷を基準に考えると、かなりの大豪邸と言っても差し支えないほどには大きい邸宅であると言える。

永遠亭の全員が揃う、この居間と各自の個室。永琳の研究室兼書庫。

そして離れに古い石造りの倉庫があり、それでもまだ空室が残っているのだから恐れ入る。

その居間ではいつも通りの光景がいつも通りに行われており、

鈴仙のいつものお小言とそれをちょっと膨れ顔で聞いている輝夜も、

これもまたいつもの光景だ。しかし、今日は輝夜が少し自慢げな表情をして、永琳に言い返していた。

 

「あのね永琳。私は働かないんじゃないの。ちゃんと働くときには働くし、

妹紅が来たときには永遠亭を守るために必死になって懲らしめてるじゃない。

ね、家を守るだなんて、これは立派な家長としての仕事をこなしていると言えるでしょう?」

 

「それはただじゃれあっているだけでしょう。妹紅だって本気で潰しに来ているわけではないですし、

姫様だって何だかんだ言っても楽しそうじゃないですか。それはただのケンカって言うんです」

 

永琳は無碍もない。チャンネルをリモコンで変えながら、呆れたように切り捨てた。

だが、輝夜と妹紅の関係は永琳の言っている関係で大体あっている。

本気で輝夜を殺したいと思っているのなら、正々堂々と戦う必要もないのだ。

嫌いというのは、好きの延長線上であると永琳が言っていたように、

嫌いな感情は相手が気になっているから生まれてくる。

本当に嫌いになったのならば、関心が無くなって行く。

その事を鈴仙は良く、知っていた。包丁を動かす手が止まっていることに気づくと同時に、

電子ジャーがご飯の炊き上がりを報せてくる。

 

(……やれやれ、ね)

 

心の中で嘆息しつつ、鈴仙はいつものように切り替えて、鍋つかみを着けて鍋を居間に持っていく。

こうして、いつものような永遠亭の、いつものような食事が始まった。

 

湯気を立てている真っ白いご飯と、いりこでダシを取った味噌汁、

後は焼き魚に山菜の天ぷらが食卓に並んでいる。その食卓を囲んでいるのはいつものメンバーだ。

テレビと向かい合う位置に座っているのが輝夜。輝夜の左側に座っているのが永琳。

そして、その向かい側は現在空席だが、ここにてゐが座る。

このポジションがテレビが永遠亭にやってきて以来定位置となっている。

因みに、鈴仙がどこに座るかというと、その日によって異なり、三人のうちの隣に座るようになっている。

 

 自分の分をお茶碗を用意し、誰の傍に行くかを考える。

普通に考えれば、今来ていないてゐの席に座るのが妥当だろう。

空いているスペースがあるのにも関わらず、自分の近くにこられると人は大なり小なり拒絶反応を示す。

これは、自己領域の侵害をされているという状況に対して納得する理由が付かないためだ。

これは自分の部屋に誰か来ていると落ち着かない理由と同じである。

だが、てゐの席というのが引っ掛かるポイントでもある。

腰を下ろすと同時に底が引っこ抜けるだとか、バネが仕込んであってどこかに飛んでしまうだとか、

色々な可能性が考えられる。

 

では、師匠の隣はどうだろうか。これはこれで問題しかない。

今日は汁物のおかずがあるため、目を離したスキに何を混入されるかわからない。

一度、何故か身体が火照って一晩眠れなかったこともあって、

汁物がある日に師匠の隣に座ることを避けるようになった。

 

 残るは輝夜だが、他の二人に比べると危険度は少ない。

だが、やけに好き嫌いが多く、テレビを見ながら食べるせいもあり、

ポロポロとご飯をこぼすため、見ていてこっちが腹が立ってしまう。

 

(ここは考えるべきだわ……)

 

罠の危険か、身体の危険か、精神の危険か。

どの席にも危険が潜んでいる状況に既になれてしまっているのか、

その状況を改善する方向に頭が動かないことが、鈴仙の日々の苦難を物語っている。

それでもへこたれずに立ち向かっていくのも鈴仙の強みなのかもしれない。

 

(普通に座れたとしたら、てゐの席がベスト。

でも、そこで罠が仕掛けられているかは座ってみないとわからない。

そこを避けて通れば今度はどちらも食事に集中できなくなってしまう。

今日のテレビは私の好きな「ぶらり百人途中下車の旅」だし…)

 

「どうしたの鈴仙?早く座ったら?」

 

「いけっ、そこだっ、……あー、何でそこで振っちゃうのよ。

もう少し考えなさいっての。あ、鈴仙、遅いわよ」

 

それぞれの反応を返してくる二人。冷や汗を流しながら険しい表情には気づいていない。

やがて、覚悟を決めた鈴仙は口を開く。

 

「師匠、姫様、てゐを見ませんでした?」

 

「てゐ?ご飯前には見かけたわよ」

 

怪訝な顔をしながらも口を開いたのは輝夜だった。

 

「いつ、どこで見たんですか?」

 

「ご飯、冷めちゃうわよ?」

 

「良いから、答えてください。真面目な話です」薬草の選定を行う位に真剣な顔で輝夜に問いかける鈴仙。

 

「え、えっと、鈴仙と話をしてたじゃない?

あの後、ちょっと屋敷の中を歩いてたんだけど、玄関の傍でばったり会ったわ」

 

玄関の傍というと、この居間ともそう離れていない。

だが、私がここで料理の支度をしている間にてゐが来た様子もなかった。シロなのかな、と鈴仙は首を傾げる。

 

「鈴仙、何か気になることがあるの?」

 

「いえ、些細なことなのでいいんですが……」

 

「それなら早く座って食べましょう。てゐの席が空いてるし、そこで良いじゃない」

 

「い、いえ、ですね。今日はちょっとこの席は嫌と言いますか……」

 

「じゃあ、私の隣に来る?」

 

笑顔で永琳が言葉を掛けてくる。鈴仙は顔を引きつらせながら首を横に振った。

 

「い、いえ、今日はたまには姫様の隣で食べようかなって」

 

「ん?私?別に構わないけど、それなら早く座りなさい。冷めちゃうわよ」

 

だが、私の考えをトレースしていくと一番辿り着きやすいのが輝夜の隣だろう。

私がてゐだったら真っ先にそこに罠を仕掛けておく。

そして、バネか何かで綺麗に外に飛んでいった後に颯爽と現れて、

戻ってきた頃にはご飯が無くなっていた、という按配だ。

 

「姫様、その隣においてある座布団を何度か叩いてみていただけませんか?」

 

「……?変な鈴仙。永琳、実験もいいけど、あまり刺激の強すぎるのも考え物よ?

頭に幻覚が湧き始めたらどうしようもないんだから」

 

と言いながら、座布団を2、3回叩と、ぼふぼふと良い音が響く。

流石にブーブークッションのようなチープな仕掛けもなく、鳥もちのように陰湿な仕掛けもなかった。つまり。

 

「読み勝った……。今日は私の勝ちね、てゐっ。姫様、今参りますっ」

 

自分の分の味噌汁とご飯を準備し、意気揚々と炬燵に向かう。

そして、座布団の前1メートルほどの床板を踏んだ。

 

カチリ、という音ともに綺麗に後ろに飛ぶように床が跳ね上がる。

 

鈴仙は、ものの見事に開いていた障子をすり抜けて、外へと吹き飛んでいった。

 

「永琳、だから言ったじゃない。実験もほどほどにしておかないと、って」

 

「平和で良いじゃないですか。私はこれで怪我の治療がてら、

また実験できて嬉しいですよ。あぁ、またあの怖がる顔が見れるのね……」

 

吹き飛んで味噌汁とご飯まみれになっている鈴仙をおかずにご飯を食べる二人の大人を見ながら、

廊下側の障子を開けて顔を出したてゐは複雑な表情を浮かべ、口を開く。

 

「自分で仕掛けておいてなんだけど、時々これで良いのかなとか思うんだよね……」

 

ーωー

 

大混乱となった食卓も何とか終わり、鈴仙は一度お風呂に入って、

その後に明日の予定を聞きに永琳の元を訪れることにした。

ガラガラと木製のドアを開くと、机に向かっている永琳の姿が見える。

今日は何か書物をしているようだ。音に気づいて、手を止めて入り口の方へ振り向く。

もはや耳慣れた椅子の軋む音が耳に響いた。

 

「あら鈴仙、そんなお風呂上りの色っぽい格好でどうしたの?」

 

「……誰のせいでこうなってるんですかっ。味噌汁のせいでブラウスに染みが付くし

、髪の毛はご飯まみれでベトベトだったんですからっ」

 

「あぁ、だから耳が無いのね。でも、別に私たちのせいじゃないでしょう?

いつも教えてるじゃない?私は考える道筋を教えてあげることは出来るけど、

答えだけは自分で見つけなきゃいけないって。今回は、貴方の出した答えが間違っていた。それだけよ」

 

永琳の言葉に言い返せず、鈴仙は口を尖らせる。

 

「でもでも、師匠はわかってたんですよね?てゐが前もって来ていて、罠を仕掛けていたこと」

 

「いえ、姫様も私もてゐが仕掛けている姿を見たわけじゃないわよ?

まぁ、多分あと3歩くらい先を考えれば出る答えだったってことよ」

 

「姫様にもわかってたのかなぁ……」軽くショックを受ける鈴仙。それを見て永琳は軽く笑みを浮かべる。

 

「それは貴方の良心に任せるわ。で、このタイミングってことは明日の予定かしら?」

 

「あ、そうなんです。そろそろヒヨスと、ケシ、それにハシリドコロが切れそうなので、

ちょっとその辺りを重点的に取ってこようかと思うんですが」

 

 「あら、そんなに鎮痛作用のある薬草ばかり使ってたかしら?」

 

「まぁ……使ってましたね」遠い目をして答える鈴仙。

世の中には思い出したくない記憶、略して思い出がいくつもあるものだ。

そういうものは奥に仕舞いこんで蓋をしておかなければならない。絶対に。

 

「うーん、それじゃあいつも行ってもらっている所より深いところまで行かないと見つからないわね……。

あの辺りには鈴仙を連れて行ったことはあったかしら」口元に手を当てながら考えこむ永琳。

 

「多分大丈夫だと思いますよ。あの東の弐より少し奥に行ったところ辺りですよね?」

 

「……ええ、場所はその辺りだけど」

 

「……?何か問題でもあるんですか?師匠がそんなに私に気を使ってくれるなんて珍しいじゃないですか。

いつもはいつでもマンドラゴラを持って帰ってくれていいとか言ってくれるのに」

 

「マンドラゴラはいつでも大歓迎なんだけどね。……まぁ、良いかな。

以前と比べて知識も付いてるし、今の鈴仙なら大丈夫でしょう。大体の地図を描いておいてあげるから、

明日の朝に一度ここによってちょうだい」

 

多少違和感を感じながらも鈴仙は頷き、明日に備えて早く寝ようと踵を返す。

その表情は綻んでいた。永琳に褒められたのはいつ振りだろう。

普段から師匠の期待に応えようと薬草の選定には力を入れてきた。

いつかは薬師として師匠のようになりたいと、

調合の際はいつだって目を皿のようにして師匠の技術を盗もうとしている。

その努力が報われたような気がした。振り返って障子を閉めるとき、

鈴仙にしては珍しい喜びが心から溢れ出たかのような笑顔を向け口を開いた。

 

「おやすみなさい師匠。明日も頑張りますね」

 

「ええ、おやすみなさい。興奮しすぎて寝られないなんてやめてね」

ふふ、と微笑みながらそれじゃあ、また明日の朝にねと言葉を返す。

その様子はまるで、仲のよい姉妹そのものだった。

 

ーωー

 

 鈴仙の跳ねるような足音が聞こえなくなり、誰もいなくなった障子の向こうの暗闇を見つめ、

永琳は先ほどの微笑から、諦観の表情を浮かべた。

そして、疲れたような、謝るかのような声をその暗闇に向けて放つ。

 

「ねぇ、貴方はまだ、私を恨んでいるかしら……?」

 

その声はやみに吸い込まれるかのように少し冷え始めた空気に溶け、

霧散していった。それに応えるかのように虫の声が遅れるように響いていた。

説明
永遠亭であったかもしれない。これはそんないつかの物語。 鈴仙メインで送る、永遠亭メインのお話です。 ある日蘇った石上麻呂。しかし、彼に当時の記憶はなかった。 永遠亭メンバーは久しぶりの来客ということもあり、彼をもてなすが、 彼の記憶が少しずつ戻ると同時に、輝夜は過去と対峙することに。 石上のことを最初から怪しく思っていた鈴仙は、 輝夜のためにこの不可思議な現象に一人立ち向かっていく。 何故、石上麻呂は現世へと蘇ったのか。 輝夜は過去の記憶と対峙したときに何を思うのか。 そんな、あるかもしれない、現代版竹取物語。
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